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川辺(14)家内

September 20, 2010

いつも乗り込む自動車と父の匂いに喜び走ったブルゴーニュ君。


坊やが乗ろうとしたのは父の自動車・・・ 一瞬わけがわからなかった。驚きで声を上げた。父は鷹揚に微笑み返した。

娘が坊やとせんから知り合ってたとしても 今日出逢ったとしても、父にとってどうでも良いことだった。父の興味は皆で食事ができることになった楽しみ。この世ふうの一切に関知しない癖だった。

父は楽しそうに夕食の提案ばかりを始めた。ゼリーで固めたソースをローストビーフに散らしたのが具合良く冷えてる頃だと上機嫌で話した。

ゼリーソースや煮こごりを四角く冷やし硬め、細かにカットした美しい調味は父の気に入りで、物心ついたときからよく食卓に上るひと品だった。

鴨のスープに合うパンを買って帰ろうとハンドルを握ってボサノヴァの口笛を吹き始めた。

坊やは表情わからぬほうを向いてしまい、ブルゴーニュ君はお得意になってた。私は茫然と呆けてた・・・。


お母様グループの噂は、

半分は間違ってて、もう半分は納得だった。


父は物理を教えていないし先生業でもないけれど、お弟子さんはたくさん居た。

仕事の基本は物理工学。タイピンや時計をしないのは精密機器を傷つけないため。ラフな髪も、整髪料の脂を機材につけぬため・・・。タイに代わってスカーフを結び、整髪料をつけない代わりに甘い香水を愛してる。

物理の先生と耳にしたから父だと思い至らなかった。その日を境に坊やのお勉強はうちが多くなった。

そのたび私、逃げ隠れた。家内は広く、ピアノ室に篭ったり別階段を使ったりすればあまり坊やに会わずに済んだ。父は始終うろうろしてる他のお弟子さんと一緒に、ときどき坊やを食卓へ誘った。

其んな日はダイニングルームへゆきたくなかった。椅子が足りないことをいいわけにした。母を手伝いながらキッチンでひっそり食べた。

何度夢で会っても私たちはもう会話しなかった。
坊やはどんどん無口になった。私は他のお弟子さんとしか笑い合わなかった。口をきけない理由が自分でわからなかった。


**


父は大らかに優しく坊やに接した。多くを坊やに与えた。
知識、学問、経験、そして愛情。物も食物もなんでも惜しげなく。

お勉強のこと、将来のこと、趣味のこと、手取り足取り教えた。可愛がって坊やを連れまわした。坊やは父をこの上なく敬い、慕い、崇め、愛した。


夢を見るごと坊やの年は進んだ。

5,6度の夢のあと、私たちは同い年になった。


成人した坊やは父が日々愛用する風な柔らかな香りのコロンをおぼえ、パイプを好む父の側で甘い匂いの煙草をおぼえていた。

父が愛するものを好み、父が嫌うものを遠ざけた。後年に至っても坊やがおかしな程に拘り続けることとなった、父を追う兆候は既に始まっていた。父に習い、父を助け、素直な笑顔を父に見せた。

2人は夜遅くまで夢中で話合った。数字や記号がたくさん書かれた紙が2人の前へ積まれていった。実験と称して出かけては2人でクリームを舐めて帰ってきた。

子供のような2人を母は呆れて眺め、私は目を逸らした。

**


あるとき私たちは廊下で曲がりざまに鉢合わせした。

視線を合わせたのはほんの一瞬だった。短い時間が何分にも感じられた。時が止まったように まばたきさえできなかった。顔を合わせたくなかった、って逃げたく思った。

坊やが居ると胸苦しかった。あんまり苦しいから私、坊やのコト嫌いなのかしらって考えることがあった。嫌いじゃない筈だのに、坊やを見ると胸の具合が悪くなるの。

急いで俯いて、会釈だけを交わした。

顔を上げていると、坊やが発散するキラキラした光に捉えられそうで怖かった。そのくせ目の端で、坊やが少し首を傾げて会釈する格好を息を詰めて追った。

擦れ違うとき洗い晒しのシャツからふうわりと香料が香った。
鼓動に耐え切れずに廊下を駆け逃げた。

逃げてから、坊やの後姿をそっと振り返った。

恋だと気づいていなかった。

*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ
*   (11)ギモーヴ
*   (12)二つの沈黙
*   (13)父



川辺番外

September 17, 2010

2010年現実の私は、

坊やに似ている男の子君に会った。


空いた時刻のスーパーマーケット。ほんの少しだけレジを待った。私の後ろ、小学5,6年生の男の子君が並んだの。

ソフトクリームを1つ、大事そうに両手で抱えるように持ってた。穴が空くほどじっとソフトクリームを見つめてた。両手で持つほど大事なクリームを あんまり真剣に見つめる様子が可愛くて・・・

なんだか坊やみたい・・・。
とっても暖かい気持ちになって、男の子君を眺めてた。

するとふっと居なくなったワ。帰ってきてまた同じ風に私の後ろに並んだ手には、ソフトクリーム持ってない。代わりに握り締めてるチョコレート。そしてね、今度は物凄く真剣にチョコレートを見つめ始めた。

お人が目に入ってないの。夢中でチョコレートを思案する眼差しが 坊やにとってもよく似てた。

男の子君、ん〜! って息ついてまた駆けてった。戻った手からチョコレートは消え、最初のソフトクリームが握られて・・・ 

いっぱいいっぱい迷ったのネ。クリームかチョコレートかは 小さな世界の一大事。1つしか買えないお菓子を失敗すれば大事件ですものネ。かわゆ過ぎて笑みを引っ込めることができなかったワ。

"おいしそうネ! " って声をかけた。見られてたことも知らない男の子君はキョトンとし、別レジへ並ぶお友達に大声で "やったー! おいしそうって言われたー!" って報告してる・・・

また笑みが漏れた。坊やにとってもよく似てる。
一生懸命悩んで決めた素直な喜び。嬉しさを気持ちのまんまに表して・・・

真っ白な心。真っ直ぐな眼差し。レジを待つほんの僅かな時間に気持ち洗われる思いにさせてくれた、坊やに似た男の子君。

また坊やに会いたくなった。川辺へ行こう。無垢な心を見せてもらいに。 



川辺(13)父

September 09, 2010

高校生になった坊や。

噂では、物理に飛び抜けて優秀な学生さんだった。


中学頃の噂で聞いた素敵な物理の先生とお勉強したから?

音楽絵画も、優れた分野のどれにも興味がなかった坊や、ようやく好きなものが見つかったのね。

ちょっぴり寂しい気がした・・・。私、物理なんてちっともわかんない。坊やが遠くへ行っちゃった気がしたのよ。私の知らない世界を歩き始めた坊やの成長・・・素敵な事だのに寂しく思うなんていけないナ・・・

坊やが発見した構造がテレビ番組に取り上げられて、お母様グループは急に態度を変えた。貧しいと苛めてきたのに、お世辞さえ掛けるようになった。坊やは陰口の時と同じに、聞こえてないふうに通り過ぎた。

目の前でブルゴーニュ君を撫でてる人は、もう坊やって言えなくなった青年だった。黒々した睫が影を落とす様子を美しいと感じ、恥ずかしさに目を逸らした。


成長した青年に強く心を捉えられた。


それは同時に、川辺の親しいやり取りに終わりを告げているように感じた。何が寂しく何が嬉しいのかわからなくなっていた。


**


ブルゴーニュ君は喜びすぎて、屈んだ坊やのお膝に前足かけた。坊やに体重乗せちゃダメ。慌ててお紐を引っ張った。なんだかね、坊やが壊れてしまいそうに思えたの。

坊やが大切すぎて消えそうに感じる病気が治んない・・・ 

高校生の坊やは細身ながらウェイトリフティングのインターハイ優勝候補になってた。お武道のインターハイと掛け持ちで走り回ってた。120kgを毎日揚げてた。40kg足らずのブルゴーニュ君は片手で持ち上げる対象だった。

だのに私の目には、ブルゴーニュ君が前足を乗せただけで はらりと折れてしまいそうにか弱く映った。坊やが酷く儚く感じられてならなかった。守ってあげなきゃって気持ち、変わらなかった。


**


間もなく坊やは土手沿いの道へと目をやり、ではまたと会釈をして去ってしまった。噂に聞く先生とお勉強のお待ち合わせなのね? 私には少しもわかんないお勉強なんだわって、取り残された気持ちになった。


土手を軽々と駆け上がっていった。


ブルゴーニュ君もお尻尾振って私を土手のほうへと引っ張った。普段は強く引いたりしないのに・・・ 坊やと一緒に行きたいの? いつもと違うブルゴーニュ君の勢い。

喜び跳ねるからお紐が放れてしまった・・・
一目散に飛んでった先は、坊やじゃなかった。

坊やが乗ろうとドアーを開いたボルドー色の自動車。ブルゴーニュ君は、坊やの脇をすり抜けて一跳びにシートへ滑り込んだ。

いつものように。
いつもしているように、お得意顔でシートにお座りした。
ブルゴーニュ君専用のタオルケットの上にお座りした。

私、金切り声を上げた。

-- パパッ!

*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ
*   (11)ギモーヴ
*   (12)二つの沈黙



川辺(12)二つの沈黙

August 27, 2010

20歳すぎの昔には知らなかった。

答えを得られないのが子供にどんなに残酷かを。


事あるごと坊や 問いを重ねた。私に対してできることが何かあるかって。其うして私の沈黙を、答がないためと理解してしまった。

黙ってたのは問いの意味がわかんなかったから・・・ どうして小さな坊やが大人のために何かしなきゃあならないの? って。其れだけの理由だったのに。

口がきけるようになったのが嬉しくって、お友達で居てねってお頼みする気持ちだった。坊やも、私とお友達になりたいと願ってるって知らなかった。

重なる問いの最後に、びっくりしたまま言ってしまった。


"え・・・? なんにも。

貴方は何もしなくてよいでしょう?"


私は若かった。それが坊やに無力を突きつけるものだなんて想像しなかった。

ウインターコスモスをお庭に投げ込んでくれたこと、小さい手でギターを弾いてくれたこと、たくさんお話できること、それだけで満ち足りてた。坊やがお返しをしたいって考えたと気づけなかった。

川辺の夢を見ることが少なくなって、夢の空白を後悔で過ごした。知らずに坊やを傷つけたと幾度も省みた。


**


半年経って夢で川辺を歩いたらば、

坊や高校生にもなってた。


私とブルゴーニュ君は年を経てない。私たちの年齢差はまた縮まった。

川辺に見えた坊や、子供の頃と同じふさふさの髪してた。遠くからも歩き方でわかった。運動達者な男の子君のふうに よく膝を使って進む。大好きな坊やの歩き方。

近づくにつれ心臓が高鳴って苦しくなった。私どうしたの?

ドギマギして立ち尽くす側でブルゴーニュ君、大喜びで足踏みした。
坊やは一瞬柔らかな目をして、浅く会釈した。"お久し振りです。"

ブルゴーニュ君を撫でてくれる。前髪が額に落ち掛かる様子が甘やかで、表情を変えるごと瞳が煌く。私は眩暈に捉われて逃げ出したくなった。少し首を傾げる癖は へーちゃんの絵を描いてたときと同じ・・・。

"お元気でしたか。"
ブルゴーニュ君の首元に目を当てたまま坊やが問う。

-- はい。
ブルゴーニュ君のお尻尾だけ見ながらお返事した。

坊や、それっきり何も言わない。
沈黙が甘くて 息ができなかった。

*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ
*   (11)ギモーヴ



川辺(11)ギモーヴ

June 13, 2010

同じ日に2人のお友達がくださった。

革の実が揺れるブローチと、名高いナンシーのベルガモット・ボンボン。


ふんわり立ち上る独特の香り、昔から大好物なんダ・・・。
おいしいナって思うと決まって坊やにも分けたくなった。

間遠にしか夢に見なくなった坊やはナンシーのボンボンを好きかしらって空想した。それから慌てて考えを打ち消した。もし会えても香り良いボンボンは届けられないと思った。


**


坊やと夢でよく会った頃、ある日にギモーヴを頂いて有頂天になってた。メレンゲを使うマシュマロよりもっとふわふわしたギモーヴは、果物のピューレたっぷりで綺麗なパステルカラーをしてた。

嬉しくて珍しくて、ブルゴーニュ君がお散歩おやつを持つように土手に座ってぷっくり膨らんだギモーヴを頂いた。食べる? って坊やに差し出した。綺麗な果物色に坊やは喜んで・・・ふと手にするのをやめた。


ブスのくせにお前、此んな綺麗なものを食べてるのかと真顔で言った。


お口の悪さは普段からのこと。ショックだったのは後の言葉・・・

其の頃ギモーヴはとても珍しくて。坊やにとってお初に目にする色とりどりの柔らかく甘い塊は、あまりにも遠い世界を感じるものだった。そうと気づいて急いで答えた。

滅多には食べられないこと。久方ぶりなこと。お友達がそっと送ってくださったこと。ワンコクッキーを食べ終えたブルゴーニュ君が上目遣いに見た。必死に説く声が土手の静けさを破ってたから。

遠い処の人間と誤解を受けるのが怖くて、距離を置かれるのが怖くて くどくどと説いた。お友達が下さらなければ食べられなかったのよって。前のめりになって、お菓子の美しさまでお友達のせいにした。

"そうか。どこの友達? "
パリと言えない雰囲気にのまれて咄嗟に嘘をついた。
-- どこかしら・・・四国かしら、多分香川県? だったかしら・・・。

言いながら頭を抱えたくなった。つき慣れない嘘がよろよろと土手を落っこちてく気がした。


坊や、へーちゃんのお首を掻いてやりながら、お前さあって息ついた。


嘘ついたのはいけないし、謝るのはおかしいし、どうして良いかわからなくなった。ただ・・・うんと年下の少年がお友達じゃないって思いませんようにと念じながら、ブルゴーニュ君のお紐を握り締めた。

"お前さあ・・・俺お前に何がしてやれるの。"
急な言葉にぽかんとなった。

"俺ができること、何がある?"
何言ってるのかしらとわからなかった。だって私はただお友達になりたくて・・・ ダイヤモンドみたいなキラキラを見せてもらえるのが嬉しくて・・・

"何があるか言ってくれよ。何してやれる? 何がある?"
あのとき私はお馬鹿のようにぽかんとし続けて、もう充分にたくさんの素敵を貰ってるのよと答えてあげられなかった。

幼い少年にドキドキしながら、ブルゴーニュ君のお紐とギモーヴを代わる代わる弄って言葉を発することができなかった。

*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ



川辺(10)エンジェルケーキ

February 18, 2010

震災で食器棚もろとも大半が粉砕されたカップたち。


古いNIKKOのレトロな山水がぽつんと残った。

坊や、此のカップでお茶を飲みエンジェルケーキを食べたことがあったわねって 思い出したの。私随分とエンジェルケーキを作る練習をしていたんだワ・・・

おじやを作りに行った日は、余所のおうちを目にした少ない機会だった。気がつけば、あまりお友達のおうちに遊びに参ったことがなかった。

子供のときからよ・・・お友達が拙宅に来てくれておしゃべりしたり遊んだりばかり。習慣なのね、何度も訪れる仲良しのおうちも 私からは出向こうと提案したことなかったみたい。

変ね。家からあまり出たがらず、珈琲を飲みに外出するのさえ稀だった。他人様のお宅を訪ねる機会はとても少なく限られて、坊やのおうちが其の一軒だった。


**


坊やのキッチンにオーブンがなかった。簡単に想像がついた。ご老人に合わせたお食事。坊やもきっと其れしか知らない。お醤油だしの煮物や網焼き。オーブンは必要もなく きっとレシピを知らないワ・・・。

おやつを食べる習慣もあまりないかも・・・お家の事に忙しく、空いた時間は元気良く駆け回っているもの。


おうちのオーブンで焼いたお菓子があるテーブル、時には良いじゃあない?


甘いの嫌いじゃなければ、美味しくて楽しい時を貰ってくれないカナ・・・。
小さいエンジェルケーキ、焼いてみた。

優しいものを上げたかった。バニラの甘い香りや ふんわり泡だった卵白のお菓子の柔らかさ・・・。坊やが持ってなくて、坊やに足りていないものって気がしたから。

ぼんやり其うと感じただけ・・・元気な坊や、へーちゃんを抱っこする手だけとても優しくて。へーちゃんのほわほわした手触りを味わっているかに見えるの何となく切なくて・・・

エンジェルケーキ、晒し布に包んで暖か色のリボンを結んだ。お庭のデイジーをリボンに留めた。

坊やはその日川辺に居なくて、おうちでお勉強をしていたワ。ブルゴーニュ君を連れてドアーをノックした。


遠慮をされたらどうしようと気詰まりしながら差し出したとき。

坊や予想外の行動をした。


"うわああ〜! ふわふわ〜!! "
エンジェルケーキを握っちゃった。ご挨拶もせず大きなお声で・・・

"ふわふわ〜! ふっわふわ〜!"
大はしゃぎで何度も掴むの。ご老人にも差し出して触るよう勧めてる。

2人に代わる代わる掴み押されたケーキ・・・なんだかへたってしまってる。私、びっくりして戸惑って棒立ちになった。

嬉しかった、坊やが子供らしくはしゃいだ顔。ケーキなんか伸されて可いワ。坊やがうんと嬉しそうに大きなお口で笑ってる・・・

だから練習をしたのよ。うんとふわふわに作れるよう繰り返し焼いた。
私は坊やになんにもできなくて、時々バニラの香りを届けるしか思いつかなかった。


**


今も同じに自分に問うてみる。坊やが欲しがるもの、坊やを補うもの、私は持ってるのかしら・・・



サンタクロース

December 25, 2009

お薬が切れない間は痛みがだいぶ抑えられてる。体調も快復してる。

幸せなクリスマスだわ・・・♪


何歳までサンタクロースを信じてた? って問われた。
私、サンタクロースを信じてたことがないワ。

サンタクロースの絵本は 市場にたくさんあるのに読んだことがない。両親があえて与えなかったのでしょうと早くに気づいてた。

物心ついた頃セント・ニコラウス司教様のお話をきかせてもらった。
窮地のお人をお助けするときには、ニコウラス様のように隠れてこっそりお手伝いしましょうねって。

子供のときに習ったサンタクロースの事はたったそれだけ。

クリスマスの "マス" はミサのこと。捧げる側となる祭儀ですね。なりたいナ・・・聖ニコラウス様みたいに。



川辺(9)夢の空白

December 19, 2009

夢を見ない期間はまだ続いた。

坊やが中年紳士と歩く姿が見られると聞いた。


ご親類は近くに住んでないと思うのよ・・・。どなた様かしらと、お母様グループが噂した。不審なはずの紳士にとても好意的な噂だから、身なりがきちんとしたお人と知れた。彼女たち身なりでしか判断しないもの。

土手沿いの道に自動車を止めた紳士は、川辺に坊やを見つけると毎回同じ風に誘う。"行こうか。"
坊やは素直に走り寄って、帽子を取って挨拶をした。2人はクリームを舐めにゆくの。

道すがら車内でお話もしない。紳士も坊やも無口なほう。お話をしないのに2人の雰囲気は楽し気で・・・

アメリカンスタンド・スタイルのクリーム屋さんは、甘いもの好きな紳士のお気に入り。カウンターに腰掛けて、ふたつ注文をすると内ポケットからペンと紙を取り出す。

クリームを舐めながら黙って何かを書き付ける。坊やもクリームを舐めながら黙って紙を覗いてる。書き終えるごと紳士は紙を手渡す。不思議なやり取り。

お母様がた、黄色い声で噂してた・・・。

学校の先生の風じゃあないって。シャツにはカラーもついていなくて、タイを締めずタイピンもなし。代わりに華やかな絹のスカーフを巻いてる。ラフな髪。

眼鏡も指輪も時計さえなくって 身分を示すものってまるでない。
一見高価な貴金属を身につけてないのに落ち着いた振る舞いは如何にも紳士。恰幅が良いのにまだクリームを舐める無邪気。お髭は綺麗に剃りたて。

2人額をつき合わせて紙を覗く。黙ったまま紙を交し合う。坊や、真剣な眼差しで紙の空白を埋めてゆく。よくできても紳士は褒めず、ただ黙って次の紙を渡す。

紳士は坊やを愛しんでると表わさず、坊やは父親のように慕ってるのを黙ってた。愛想ないまま2人は父子のように仲が良かった。


"物理、面白いか? "
坊や無表情に頷いた。

"また明日やろうな。"
坊やまた黙って頷いた。


お母様方のお一人が会話を聞いてた。噂の種ならば何処にだって拾いにゆくのだもの・・・。

界隈にあんなに素敵な物理の先生はいらっしゃらないから、きっと遠くからいらっしゃるお方よと噂した。お一人居られる高校物理の先生なんて、丸い背中で髪がベタついて、そうそうこの間などねぇ・・・と別の噂をはじめた。


**


たったそれだけ・・・中学の坊やを見ることも叶わず目が覚めた。

無事がわかって良かった。可愛がってくださるご親戚が現れて良かった・・・。それともお年上のお友達? お勉強も教えていただけるのね。けれど私だってとても会いたかったのよ・・・。一目で良いから見たかったナ、制服の坊や。

几帳面な坊やは制服に毎日一人でブラッシをかけるの? 運動部のお洗濯、学校を終えてから暗い中に干し物をしているの?

私が知らない坊やのひとこまずつを、坊やの気持ちで追うのが癖になってた。そうして願っても詮のないことを祈った。

近くある参観日がすぐ済んでしまいますようにって。参観日が嬉しくてくすぐったそうなクラスメイトを見ても、身内を見せるのを嫌がるクラスメイトを見ても、坊やはどちらにも傷つくわ。

奥歯を噛んで気に留めないお顔をするのでしょう?
参観日なんて無ければ良いのに! と、私は無意味にただ泣いた。


本当はすぐにもゆきたいのに。

お母様の参観日・・・。


お教室の後ろから坊やに手を振るのよ。うんと頑張って、なるったけ綺麗にしてゆくの。坊やに自分のお母様を自慢した心無い子なんか小突いてやるんだから。

でも・・・夢の中に届かない。

だからね、坊やが大きくなったら参観日の代わりをさせて。坊やのお母様になってたくさんの毛糸も編みたいわ。暖かいお料理も作りたいわ。

坊やに足りなかったこと、一つ一つ埋めてゆけたらよいのに・・・。



川辺(8)生きる糧

December 10, 2009

三つ葉を入れると美味しいんだのにね・・・お粥。

昆布でさっぱりお出汁とって・・・


散々に迷って三つ葉を止した。消化促進のお野菜だけど・・・お喉に引っかけやしない? って心配で。

何故かしら・・・私の目に坊やは生まれたての雛のように か弱いものに映ってた。少しの風にも当てちゃならない気がして仕方なかった。

ずっと先、幾十年とあとになっても変わらない感覚。指の小さなささくれも、一瞬肩を竦めさせる冷気さえ、坊やを傷める何事も取り去りたかった。くしゃみ一つに泣き出しそうになった。毛布ですっかりくるんでしまいたかった。

実際にはとっても元気の良い子だった。目の前でへーちゃんと駆け回り、学校の体育に張りきって滅多なことで風邪もひかないのに・・・それでも坊やの命が繋がれることを毎日お祈りしないと済まなかった。

あんまり眩しくキラキラとして。だから神様が坊やを愛しすぎませんように、天へと奪いませんようにと毎朝夕にお祈りをした。


エルサレムの刻印が刻まれた指ロザリオ。

お散歩中のポッケでまでも繰るようになった。


坊やが生きてることを特別に尊く感じてた。


**


川辺の夢はしばらくの間見なかった。夢の中でしか会えない坊や。夢を見なければ話すこともできないの。

朝にお粥を作りに行った寒い季節は終わりを告げようとしてた。
画用紙をお膝にかかえた坊やを見た日、川風は柔らかになりクローバーが広がり始めてた。

お粥、黙してどんどん食べてたナ・・・。
ブルゴーニュ君と坊やのほうへゆきながら、あの日の様子 思い出してた。へーちゃんを脇にお匙をお口へ運ぶ姿、ずっと見てたの。

なんにもないお部屋に 坊やが洗い上げた清潔なシーツが寒そうに見えた。

大好きな祖父母がまだ生きていて、おうちの中ったらお客様で溢れてた。祖父のお弟子さんが間も空けず出入りして、東の居室に幾人と泊り込んでた。

父のお弟子さんや部下の方々も頻繁に通ってきては、南のリビングルームを占領してた。双方のお客様が知り合ってた。私は名も知らぬお人とおうちで会釈し合うのを当たり前にしてた。

お陰でキッチンには一日中湯気が立ち、一品できるごと大皿でダイニングルームへ運んでた。加えて母はデザートのプリンやシューまでを手作りに加えて皆を楽しませた。

坊やのおうちに私が立てた湯気は、僅かすぎたと感じた。


何描いてるの?

問いながら画用紙覗き込んだ。


写真と見まごうばかりのへーちゃんの絵。

絵の具を持ってないのかな、鉛筆だった。へーちゃんの毛皮一本ずつを植えるように。細かく細かく引く線が毛皮のグラデーションになってゆく。近づいてよくよく見なければ、絵かモノクロ写真かわからないほどの・・・

この子どうなっているの・・・芯から驚いた。

私は絵のこと何も知らないけど、家族のお弟子さんがた年若いプロフェッショナルのお作は毎日目にしてた。坊やの絵がそれより劣ると仰る方が居ないことくらいは、わかったの。

どなたかにお見せしたことある? 思わず尋ねた。坊やは此方を見ぬままに "見せたよ。見せて61枚売れた。此れ62枚目。" と返答をした。

芸術家さんは生きた精神のために芸術を糧にする。芸術など興味もない坊やには食べるための、文字通り生きる糧。どちらもとても尊いことだワ。

見えるままを丹念に緻密に写しとってゆく。坦々と忠実に線を重ねる。
眺めてるだけで気持ちが静かになった。衒いなく誇示もなく、へーちゃんの素直な顔が現れる。綺麗な時間。

辺りの美術大学生など、坊やの半分にも及ばないようなのを平っちゃらで提出しているというのに・・・坊やは美術にも興味ないのね。ただ、今生きるための労働。

坊やに出会って学んだの。
坊やが絵を学ぶつもりがないこと、少しももったいなくないんだわって。

こんなに良くできるから是が非でも此の道へ進んでねって差し向けるのは、たった一つの能力にしがみ付かねばならない時だけ。絶やさぬようにと恐れながら死守する餓つえた場合だけって。

突き抜けた才能を幾つも持つ子は、ただ成るままに見守ればいい。


**


坊やの夢は間遠になった。

噂だけを耳にした。中学生になったって。私とブルゴーニュ君は1つしか年齢が進んでいなかった。早く大きくなったのね。私たちの年齢は少し縮まった。

声変わりをした? お髭が生えかけた?
成長しても私の中ではいつまでも小さな坊や。そうしてね、今日も思うの。坊やのお母様になりたいワ。



川辺(7)土鍋

December 06, 2009

急いでお家に戻って 要りようの物を用意した。

ブルゴーニュ君は? って問われた。


ブルゴーニュ君があとについてきてないなんて今まで無いことだもの。曖昧にお返事した。坊や、ブルゴーニュ君を置いてかなかったら私が戻らないかもって不安に思うに決まってる。必ず戻るわってわかるようにしたかった。

小さな土焼き鍋と少しのお米、卵1ヶと昆布1枚持ち出して、マーケットで鶏肉、白葱、しめじ、土生姜を少しずつ買った。バスケットの中 卵がころころ転がるから、卵ひとつを手に握った変テコな格好でお薬屋さんへ走ってった。

幾十年使い込んで色変わりした土焼き鍋。ハンカチに包まってバスケットの底でカタリ、小さな音を立てた。病気をするごと母がお粥やおじやを作ってくれるお鍋。お見舞いの気持ちがたくさん染み込んでいるのだもの。風邪によく効くお鍋だワ・・・。


**


坊や、お布団かぶって寝たふりで待ってた。

この子、人を待つとき待っていないふりをする。


お米を洗いはじめた。坊やのおうちで作りたかったの。
何故っておじやは とんとん刻む音がして、湯気が見えて、だんだんに良い匂いがクレシェンドしてゆくのを感じなきゃいけないの。

心を暖めながら、熱いおじやで身体を暖める準備をするのよ。目を閉じててもわかる音と匂いと 暖かい気配が風邪に効くの。

私いつもそうしてもらった。してもらって嬉しかったこと、みんな坊やに分けたいナ。
お布団の中から坊や、少しだけお口の悪さした。ブスのくせに おじやなんか作れるのかって。


**


土鍋の蓋をとると坊や息をついた。2、3度香りを吸い込んでから黙々と食べた。お茶をいれると押し黙ったまま飲んだ。お薬を渡すとお水を汲む前に一気に飲み込んだ。坊やの精一杯の素直な態度。

すぐに寝かそうとすると、ごそごそ起き出した。
-- どうしたの?
"亀の餌。"

見れば棚の下段に亀の鉢があった。坊や今度は引き出しを開けてる。
-- どうしたの?
"ドジョウの餌。"
亀とドジョウと坊やを見比べて溜息が出た。

-- もうこれでお仕舞いね?
裏の家に電気が点いてるかどうか見てほしいと言った。覗いて、点いてるわよと返事をすれば、裏のお婆ちゃまがお元気か毎日確かめるって・・・

-- もう良いわね? 眠りましょうね。
"へーちゃんのブラシ。"

お台所を片付けながら放っておいた・・・。振り返れば涙が出そうだった。
坊や自身がしてもらいたかったから、代わりに生き物に優しい風に見えた。咳をしながらへーちゃんを梳かしつけてる様子に切なくなった。


**


夜の川は お昼間より水音を大きく感じた。

ブルゴーニュ君と土手をゆっくり歩いた。


土焼き鍋を置いてきた。ご老人が戻られるの明日午後というから、朝にお粥を作りにゆきたいもの。

この先風邪で一人のとき、お鍋の音が優しい思い出になると良いな・・・
嬉しかった事は 未来できっと力になるから。だから坊やにたくさんの良い思い出を・・・お母様のような思い出をあげたいの。

星がたくさん出てた。冬の空の深さに立ち止まった。あの子もお星のように清くて綺麗・・・。

ブルゴーニュ君、明日はお庭のお花を摘んでゆこうね。



川辺(6)祈り

December 01, 2009

20歳を過ぎる頃、どんなピアノを弾きたいか段々にわかってきた。


よそのお弟子さん方のお話に違和を覚えた。
自己表現って言葉が頻繁に聞かれた。

音を出せば当然にも当人を表すものになるのでしょう。それは結果。目的じゃあないって思えた。
自己表現と口にするお弟子さん方は、自己表現を目的に考えてるよう・・・それが違和感だった。

目的を果たすため、表現する自己を探してた。
何故そんなもの探さなきゃあならない? 私にはわからなかった。

表現っていう目的を果たすため、自己を手段に置こうとしてる・・・。彼女たちの気持ち、何もかも理解できなかった。

手段となった自己に実態はなくって、手段を見失えば自己さえ見失った気分になる風だった。自己と表現に兎角大きく悩む方法の何もかもが理解できなかった。

何故って私には表現するべき自己などなかったから。
あの頃も、そして今も。


**


自分なんて呆れるばかり。むやみに明るいだけで厭き厭きしちゃう。此んな自己を表現したいだなんて少ぅしも思えないんだもの。

それよりもね、大好きな人たちの世界の依り代になりたい。

ショパンの陰影ラフマニノフの悲哀ヴェルレーヌの脆さデュマ・フィスの静けさ・・・

私には備わっていないものばかり。大好きな芸術家さん達の心情。なんて素敵な幸運なの? 楽譜や書物を開くだけで、彼らの世界の欠片を分けていただける・・・。

此の方々がご覧になる光景を音楽に表わしたいって願った。

平凡な私一人の自己など、どれほどの価値もない。限られた器、狭い発想、拙い感覚、加えてお馬鹿な明るさ・・・嫌んなるでしょう? そんなつまんない自己に捉われる必要がどこにあるかしら。

音楽に乗せたいのは自分じゃあない。
自分よりずっと大きな憧れの世界。


坊やは、私にとって最も美しい世界の住人だった。

綺麗なものを見るたび 坊やを思い浮かべた。


俯いた白百合、儚い硝子の気泡、水面に朧に揺れる夕日・・・駆け回ってる坊やに似つかわしくない物ばかりが坊やを浮かべ映した。坊やの心の中と思えて仕方なかった。

お散歩から戻ればピアノを弾いた。夕ごとの坊やはシューベルトの音楽のようだったり ブラームスが似合ったりした。坊やの心の依り代の如くに弾きちらした。


**


お散歩で会えなくなって2日目・・・お留守かな? ブルゴーニュ君とおうちを訪ねることにした。土手に立てば見えている小さな木造屋。坊やが嫌がるかもって躊躇われて行ったことなかったけれど・・・

木戸も窓も閉まってた。チャイムがなくて戸惑いながらそっとノックした。お返事ないワ。コンニチハって呼んでみた。居ないカナ・・・

へーちゃんが側へ来た物音がした。ブルゴーニュ君がお外から木戸にお鼻をつけてクーンって鳴いた。へーちゃんも中からクーンって言ってる。どうしたの? 急に不安になった。

入りますよと言いながら開けば、一間奥に坊やが寝てた。へーちゃんはブルゴーニュ君にとても甘えて 2匹はお鼻同士くっつけあった。へーちゃん心細かったのね・・・。

どうしたの? 風邪をひいたの? ご老人の影がないこと不思議に思いながらお布団へ近づいた。坊やは私たちに背を向けて、帰れと言った。

枕元に何もなかった。体温計もお水も お食事のあともなかった。
お部屋の隅、へーちゃんのお茶碗にだけ お水とご飯が入ってた。
息が詰まった。

ごめんなさい・・・って思わず声に出してた。知らなかったの申し訳がなくて、ごめんなさいって気持ちばかりが巡った。

お水飲まなきゃね・・・むき出しの流し台からコップに汲んだ。コップを渡すとゴクゴク飲んだ。


**


お部屋は貧しく古びているけれど とっても綺麗にお片付けできてた。


ピンと削った鉛筆や、整頓を尽くした少ない食器や、埃ひとつない卓台やらが目に付いた。お台所の隅っこに古バケツがあって、縁にお雑巾が四角くきっちりかかってた。

小さな坊や、精一杯におうちを守ってた。この子を見ると切なくなって胸が詰まる。

お布団に膝を寄せた。
-- 風邪薬を買ってくるから。その前におじやを食べようね? 少しだけ待ってて・・・。

壁向いて背中を見せたまま坊や、放っとけって・・・
遊んでたブルゴーニュ君とへーちゃん、お尻尾振るのをやめた。それくらいに悲痛な声だった。

俺なんか構うなよ。放って帰れよ! 俺なんか放っとけばいいだろう!

-- うん、わかった・・・わかったヨ。

坊やの髪、ゆっくり幾度も撫でた。
-- すぐ戻るね。ブルゴーニュ君残してくから一緒に待ってて。
私は涙声だった。

何度も願った祈りを繰り返しながら土手を急いだ。
神様、私を坊やのお母様にしてください。



川辺(5)慰め

November 28, 2009

学校の皆が使っているお道具、坊やは持っていない・・・

私も小学生の頃、お友達のようなお道具がなかったのよ。


私たちの昔、公立学校は現在ほどに自由じゃなかった。持ち物も学校指定が多かったワ・・・お帳面も 絵の具鞄も お裁縫箱も。

義務と謳ってないけれど暗黙のお約束だったかしらね・・・。ご家庭の事情で皆と同じに求めることができない場合やむを得ないと言いながらも、原則揃えてくださいって空気が強かった。

体操服のモデルが変わった年も、速やかに移行するようにと指導があったの憶えてる。稀に以前のタイプを着続けることになった児童は教員室でお話合いがあった。

酷いわねえって思ってた。傷んでいなければ取り替えないの、褒められて良いのに。そんな風な学校気質もあって指定にたがえた品を持つ児童が至極少なかった。

中で私だけ揃った品を持ってなかった。

アメリカン・レトロの変テコな水泳帽、錆が出たパレット


お休み時間にお友達と遊ぶシール帳は、古めかしいモスグリーンのスクラップブック。


インデックスページに、はな・どうぶつ なんて仕分けして・・・。

'家庭の事情' だって事には変わりなかった。指定用具の品質を父が嫌って、ボロボロでもあと幾十年と使えそうなセルフブロカントを持たせると押し通した。私も気にせず過ごして・・・

たがえていても一度だって持ち物指導を受けなかった。私が坊やじゃなかったから? あの子と私は同じなのに。


**


坊やに意地悪なお母様グループ、お会いするたび噂してた。お道具も持たない子と同級は困るだなんて。

坊やの事情はわかんない。同居のご老人が気付いてあげられないか、気付いても買い求められないか・・・私なんにも知らない。

学校の様子を噂に聞くごと胸が痛んだけれど、坊や自身が此れで良いって胸張ってるんだもの。強い子ねって心の中で応援するよりないんだわって・・・。小さな子がどんなにか傷つくのでしょうに、坊やは気に止めないかの様子を崩さなかった。

私たちお花や生き物のお話ばかりをした。坊やから相談しないことは問わないようにして。そしてね、坊やは何一つも相談などしなかった。
マツ虫は目がとても可愛いって教えてくれた。私は坊やが一等可愛いのよと胸の奥で呟いた。


おめかしをしたお母様グループは毎日お外でおしゃべり。

だからいつお散歩してもお顔を合わせる。


坊やの陰口ばかりで過ごす人たち。私に好意的であるほど嫌な気がした。この方々は人の何を見ているの? あの子と私は同じなのに。

コサージュにお世辞を言いながら近寄って、坊やの硯の事を話しかけてきた。
"お習字時間に何を持ってきたと思われます? 石ですよ、川原の石なんですって。困りましたねぇ。"

坊やに迷惑かからないならビンタをはってやるんだのに。
まあそう、と微笑んだ。

-- お道具を使う学びの目的って何でしょうね。書道のお道具がどのように成ってきたかご存知です? 推古天皇の硯は お宅様のお嬢様のよりあの子の盤に近かったようですわね。

精一杯穏やかに応対した。川原へ向かいながら悔しさで泣けてきた。ブルゴーニュ君がびっくり眼でじっと見る。


**


土手の上を坊やとへーちゃんが駆けてきた。ブルゴーニュ君と同じ風なびっくり眼をして、どうしたん・・・? と問うた。

ハンカチを取り出すの黙って見てた。急に、カメ虫の脚が弱いって知ってる? と言った。涙を拭きながら可笑しくて噴き出した。

知らないワと答えるとカメ虫の脚のこと一生懸命話し始めた。テントウ虫の体形と実は全然違ってるって。私はたくさん笑ってたくさん泣いた。坊や、私の涙が止まるまでカメ虫のお話し続けた。

アリガトウ・・・。別れ際お礼を言った。坊やは、何わかんないこと言ってんだ お前アホ? だとか お口を悪さしてから私たちを呼び止めた。

"なあ。"
-- 何?

振り返って見た。坊やの瞳はなんてキラキラしてるんだろう。眩しいワ。眩しくて愛しい。

"なあ、今度な・・・"
-- うん?

何秒間沈黙した。遠くなった太陽が坊やの頬に睫の影を落とした。
小さい肩が心細げに見えた。

"今度よく見てみろ、カメ虫の脚。"



川辺(4)お粥の湯気

November 23, 2009

私は20才を過ぎ、坊やは9才のお誕生を迎えた。

坊やから話しかけてくれること、増えてきた。


私たちを見ると少し側まで来てくれるようになった。

とっても嬉しかった。懐いてくれることが・・・? ううん違う。坊やと仲良しになるのは最初から知ってた。逃げてるときだって私たちは仲良しだったもの。
嬉しかったのはね、坊やが他人に心を開けたこと。誰でもよかった。私じゃなくても、誰かに気持ちを開いてほしかった。

土手には誰が捨てたか小さなボール箱が転がってた。坊やとへーちゃんは大きく迂回して登ってきた。
"へーちゃん箱が怖いから。"

段ボール箱に入って捨てられてたへーちゃん。可哀想に今でも紙箱を見ると恐れるのですって・・・。坊やはへーちゃんを抱き上げてギュッと抱き締め、もう怖がらなくていいんだぞと慰めた。

甘ったれブルゴーニュ君、へーちゃんが抱っこされたの羨ましくて私の肩に頭を凭せた。黒いふかふかのお首に腕を回した。二人ともワンコを抱いてお隣同士に座った。

お花のお話してくれた。学校の裏や向こう岸に此のようなお花が咲いてたって。
坊やがお花のお話するのが好きだった。花びらの色かたちを拙い表現で伝えてくる表情、大好きだった。夢中になって大きな瞳を見開いて話してた。

坊やを見ると、とても綺麗なものに触れる気がした。
ずっとずっとあとで・・・若者になった坊やも同じふうに美しかったように。

お花、好きなのね。問い掛けると "うん。生きてる感じが見えるからな! " って嬉しそうに答えた。


**


風に当たりすぎた。

お家に戻る道々、揺れる川面を歩いてる風な気持ちがした。帰ると熱を出してた。


靴を脱ぐ顔が紅いだけで両親が慌てた。少しの発熱くらい何でもないのに。呆れながらも諦める。子供時分に虚弱で病気を重ねたから、成人しても両親は怖がってばかりいた。

うんと元気でいるときさえ、恐怖感が残ってるみたいに。だから恐れさせないようにと嘘ばかりつくようになった。加減を酷く崩すたびに母、弱く生んで御免ねって泣いて困るから。

体温計を持った父が急ぎ足でお部屋に入ってきた。水銀の古い体温計。38度を超えると外した。熱が高いと父がパニックするから工作をしなきゃならないの。

身体から離したのちも水銀は僅かに延びる。38度6分、外すのが遅過ぎた。体温計を振って温度を下げる。37度2分、低すぎて疑われちゃう? 指先で摩擦して少し戻しておいた。37度8分、良い頃合じゃあない?

お部屋を出てた父が次には氷嚢を持って体温計を見に来る。いつも通りに "良い頃合の水銀" を見せる。父が側へくるごとに大好きな甘い香水が香る。

母は大急ぎで熱冷まし前のお粥を作ってくれてるでしょう。急いでさえ炊き上がったご飯を直接お鍋に入れることなく、お米から土焼き鍋でコトコト煮立ててく。使い込んで焼きしめられた小さい陶器鍋は、優しい表情。


**


母のお料理はとても丁寧。

お布巾で拭った昆布で丁寧に隠し味のお出汁をとる。


小花柄のアンティークエプロンをしてる。ローズ色が可愛いクタっとしたエプロン。褪せた色合いのポケットやリボン。父が選んで帰って母にプレゼントした。父が絶えず母に可愛い品を与えるのも、坊やに会うまで日常に思ってた光景。

お粥で温まって熱冷ましを飲んだ。小さな坊やは熱を出したらどうしているのカナ。お粥の湯気みたいな幸せ、どうすれば坊やにあげられるカナ。

部屋着に替えてカーディガンを羽織った。母が編んでくれるたくさんのカーディガン、ショール、セーター・・・当たり前に使ってきた。

あの子、成長の盛りで短くなってしまった上着を着てたワ。手作りの品を身につけたこともないでしょう。手編みって、うんと暖かい気分になれるのよ・・・坊やきっと知らない。

ベストを編んであげたらどうかしら・・・。動き回るから7号針くらいの薄手の柔らかいの。ダイヤモンドを見せてくれるお礼に。

そうと決めて楽しくなった。明日毛糸を買いに行こう。
手編みの暖かさ、お礼にたくさん持たせてあげよう。今まで持ってなかった分まで、たくさん。

だって私、坊やのお母様になりたいんだもの。



川辺(3)ダイヤモンド

November 17, 2009

学期末、終業の日は早い時間を選んでお散歩した。

お稽古の休息は坊やの学校時間に合わせるようになってた。


お昼にはまだ早い・・・。フルーツだけつまんでお外へ出た。

坊やに会うと心満たされる・・・何故なの、何が満ちるのと知りたく思ってた。
丁度良い時刻。学校鞄を提げた坊やを見つけた。手には大きすぎる大人用ギターを抱えて川辺をうろうろしてた。

へーちゃんがすぐ後ろを同じようにジグザグに歩を乱してついて歩いた。ブルゴーニュ君を見て小さなお尻尾を一生懸命に振った。声を掛けると、此れの持ち主を見なかったかと問うてきた。

せんから川原で夕暮れにギターを練習する若者が居たの。坊やはよく口をきいてる風だった。日が落ち辺りが見えなくなる頃帰ってゆく若者。時々ギター弾かせてもらったり借り受けたりしたと言う。明後日にまた来るからと渡したまま3週間も現れないって心配そうに眉根を寄せた。

それから望んで通信簿を見せてもらった。坊やの成績は酷かった。

気に入らない先生が行うテストは白紙で出すことを辞めなかった。どれほどに叱られても白紙を通した。零点を取る坊や、クラスで左巻きと言われてた。
優等は体育だけ。音楽にも最も低いお点がついていた。

-- 音楽は嫌い?
好きと答えた。けれど音楽の勉強はしないって胸を張った。
-- 好きだのにどうして?

ギターを抱えなおして座りこんだ。私とブルゴーニュ君から少し離れた所、がたついた地面に傾ぎながら座った。小さな手でも手早く調弦をする。

弾いてくれるんだわ。学校のお歌かしら。フォークソングなら嫌な顔を隠す自信がないナ。金属弦じゃあなくて嬉しいけれど・・・と、お耳半分で聞く格好になった。

間も空けず。調弦最後の音から突然に暗い音色に変わった。私、はっとした。
お耳半分のつもりだのに思わず音の方へ目を当てた。バッハのリュート組曲が流れ出した。この子なんなの・・・

弾き終わったとき、私とても変テコな顔をしてたと思う。やっとのことで言葉を絞り出した。
-- どうやって弾けるようになったの?
"楽譜の読み方、教えてもらったから。"

答えにならない返答に困惑する・・・。読み方さえ教われば何でもそらで弾けるなら、うちに生徒ちゃんは来やしないんだのに。

感想を問われ、うっかりと相手が子供ってこと忘れてしまった。
-- とてもデリカシーのある発音よ。綺麗な音色。音が素敵に寂しそう。でもテンポが良いから感傷的じゃない。弦を押え切れずに外しても流れが崩れないの、良い集中だわ。

そうして通信簿を指ではじいて尋ねた。何故音楽の成績が酷いの? って。


坊や、真っ直ぐな眼差しで答えてくれた。


音楽教師はギターを聞くと "とても良かった" とニコニコ評したそう。ところが、どこがどう良かったか問い返すと何も答えられなかった、って。

答えられないなら軽々しく教師づらをするなと刃向い、教師を軽蔑して音楽授業をボイコット・・・。だから最低の成績。

黙ってブルゴーニュ君を撫でた。
心が一杯に満ちてくるのを感じてた。湿っぽい川原で私、ダイヤモンドを拾ってしまったと。

坊やの胸のダイヤモンドは多分音楽じゃあない。お勉強しないって決め込んでる音楽じゃなくてね・・・

賞賛を押し返し審議する心。
教師が何者か掘り返す仕業。
左巻きと仇名されても零点を通す意地。
クワガタに良い土を探し歩き、組曲を憶えるまで弾き続ける探究心。

なんて強固な宝石かしら。年端もゆかない小さな子へ恋心のような不思議な想いを抱いた。

坊やは訴えを続けた。感想を述べるくせに誰もが理由を "なんとなく" と言うのだ、って。なんとなくって何だと問い詰めても 学校の誰もが答えないのだと。

"お前ブスだけどな、事の理由が言えるから認めてやる。"

言い捨てると走って逃げてった。私の手に通信簿を残したまんま。へーちゃんがお尻尾振って転がるように追いかけた。

坊やの後姿、ギターよりも細く頼りなかった。

これからお昼のお支度をするのかしら。あんなに小さいのに危なくはないの? 火には注意をしなきゃならないって知ってる・・・?

早く大きくなって。大人になればきっと今より生きやすい。
坊やもそう思うから、急いで大人になろうとしているんでしょう?



川辺(2)輪郭

November 10, 2009

2度目にで会ったとき、

坊やはふさふさした髪をなびかせて川辺でボールを追いかけてた。


自分で鋏を当てるから、後ろのほうを切り損じてた・・・。
薄暗いお家の中で合わせ鏡も知らずに鋏を使う様子が目に浮かび、私切ってあげたいナって願ってた。

土手の上、坊やの後ろをワンコがついて走ってる。雨の日に拾った子なの。坊や、生き物を拾っては可愛がってた。巣から落ちた雛を育て、肩に乗せてお外を歩けるほどに懐かせてた。

春に川縁で弱ってた亀を元気にして、秋口にはクワガタを冬眠させる良い土を集めにお山へ入った。

ワンコ、坊やについて歩いてる。坊やは笑顔でワンコを振り返る。坊やのとけそうな笑顔、初めて見た・・・。笑うとまだまだあどけなくて、それが切なかった。


**


ほんの少し、会話を交わせるようになっていた。

私は土手の上、坊やは川の側・・・離れた所から大きく声かけた。


-- ワンコ、なんてお名前なの?

尋ねると、ムッとしたお顔で "へーちゃん" と答えた。'ちゃん' って呼び方が普段の坊やにそぐわなかった。心の柔らかい部分が垣間見えた気がして また胸がキュンとした。

-- この子はね、ブルゴーニュ君っていうのよ。
言葉を交わせたのが嬉しくて続けて言った。坊や、私を睨みつけて "そんなもん知ってるわ! " と言い捨て走ってった。後ろからへーちゃんが跳ねて追いかけた。

ワンコのお話しようって思いついた。次の日には、へーちゃ〜ん! ってワンコを呼んでみた。へーちゃんは嬉しそうに跳ねたけど、坊やは聞こえないふうに棒切れで川の中を探ってた。

-- へーちゃんはどこから来たの?
答えないから土手を降りて側へ行こうとした。ブルゴーニュ君はね、先に走ってしまわないの。階段や坂、一歩ずつ寄り添うように振り返ってくれるお利巧なワンコなのよ。

坊やは "来るなブス! " と乱暴を言いながら土手半分を駆け登り、私を制止した。お前のようなニブいのが降りたら滑る、と地面が濡れてることを教えてくれた。

ふふ・・・可愛くって笑みが込みあげた。なんて優しい子でしょう。笑顔を向けると坊や、怒ったように土手を駆け下り去ろうとした。土手に立つ低木の枝にへーちゃんのお紐が引っ掛かった。

お紐を外しながら "ダンボール。" と呟いた。
"へーちゃん、ダンボールなんかに入れて捨てやがって! "
顔を上げないまま激しく言うと、へーちゃんをぎゅっと抱きしめ土手を駆け下り見えなくなった。


**


幼い坊やの世界には、大きな敵と小さな味方たちが居た。2つのものの間で懸命に生きてた。

多く子供たちが通ってく川辺・・・茫洋と未だ形定まらない年頃の子供たち。坊やの輪郭だけがくっきりと浮き上がって見えた。



川辺(1)ウインターコスモスの夢

November 05, 2009

私が恋をした坊やの物語です。

大事な、美しい恋でした。


10歳に満たない坊やが居ました。はしっこくて、宿題を打ちやって駆け回ってる。おうちは・・・川べり近く。小屋のように小さな住家。遠縁のご老人と二人きりの暮らし。

坊やは寂しくなると川で水切りをした。だから水切りがうんと上手になってしまったの。

お散歩のブルゴーニュ君を見つけると、少し離れたところまで走って来る。こちらが気付けば逃げてゆくの。
駆けてばかりだから転んで すぐお膝を擦りむいてしまうのよ。起こしてあげようとすると " 触るな! " ってまたどこかへ走ってってしまう。

私その子が大好きで、会えるととっても嬉しいの。心の中に何かが満ちる。輝くものを見せてもらえた気持ちになる。近くのお母様がたは坊やのことを嫌がるわ。酷くお行儀が悪いから。あんな子に近寄らないほうがいいって ご自分の娘さんに言い聞かせるの。


**


ブルゴーニュ君と私、また川べりをお散歩してた。ブルゴーニュ君は失敗をして、大事なボールを川へ落としてしまったの。新しく買ってあげるとなだめても、ブルゴーニュ君川べりから動かない・・・。大のお気に入りのボールが流れていっちゃったのだもの。フランスの玩具屋さんで求めた変わったボールはね、王冠がついているのよ。

坊やが駆けてきた。お前犬のくせに玩具なんか欲しがってんじゃねー! って乱暴を言って私たちを追い払ってしまうの。ブルゴーニュ君はしょんぼりでおうちに帰って、ご飯の時間も元気がない。いつも遊んでるボールがないんだもの。

あくる朝私たちが起きだすと、なくなったボールがお庭に投げ込まれてた。

ブルゴーニュ君のために川へ入ってくれたのよ。近くのお母様グループ、脚やおズボンをずぶ濡れにして歩いてる子に白い目を向けて噂をしてる。

そんな場面の度に切なくなった。彼女たち、お洋服濡らすのはお行儀が悪いって・・・。またいたずらをしたのだわって囁き合ってる。

坊やは多分知ってる。枝葉のついたお話でなんと囁かれているかを。
坊やはね、意地悪を言う人たちなど 目の前に居ないことにするのが上手なの。何の疚しいこともないから、奥歯を噛んで知らない顔で通ってく。

とても心の強い子。ちょっと頑固。坊やがとっても愛しくて・・・意地悪なお話の輪へ近寄った。皆仕立ての良いお洋服、お手入れを尽くしたお顔、美容室の匂いがした。綺麗に整えられた女性美だのに、坊やと見比べた瞬間に浅ましく見えた。

坊やを嫌うお母様方、きちんとした服装でピカピカ首輪のワンコを連れた女性ならば喜んで歓迎をした。あの子と私は同じなのに。

-- どうかなさいました? 先ほどの子はね、大切なお友達なんですの。


**


坊やと会話をしてないの。

話し掛けると逃げ去っていくから。


それが私たちの会話。

逃げ去られるとわかって私は話しかけ、坊やは・・・
たぶん坊やはね、何度逃げてもまだ話しかけてもらえることで愛情を確かめている。確かめられるものがあの子に必要だってわかるから、私、声かけを辞めない。

小さな子が全身で突っ張りながら愛情を求める。可愛くて、少し胸がキュンとなる。あの子のお母様になりたいなって望む・・・。

"触るな! " って反抗は、優しくして頂戴って言葉に聞こえる。必死の様子に言うのだもの、"触るな! " って。

黒々した睫が縁取った大きな瞳。大人をじっと見据える。筆で描いたようなスッと凛々しい眉・・・君はきっときっと立派な大人になるわ。足の太い子犬を見て、大きく立派なワンコに育つと知れるように男の子の表情は綺麗な未来を約束してた。

坊やはお行儀の悪い言葉しか知らないのじゃあないの。おうちの中ではうんと優しい。小さな手でお米を洗って、腰が痛いご老人を助けてる。見られると恥ずかしいから誰もおうちへ入れない。

意地張って頑張る小さな子。とてもとても好きになって、ブルゴーニュ君のお散歩は川べりと決めた。着くと必ず待ってる。待ってないフリして待ってるの。お顔が合えば同じこと・・・ 駆け去っていく。

大人1人と子供1人、ワンコ1匹の大事な儀式。無言の会話。


**


風邪をひいて3日も川へ行かなかった。ブルゴーニュ君はお庭を巡って王冠ボールで遊んでた。
ロックブロック敷きのお庭。ブルゴーニュ君は足を汚さずに遊べるの。たくさん走って 広い植え込みの匂いも楽しんで、ブルースターがまだ咲き続ける岩を登る。お尻尾をいっぱいに振りながら、テラスへ上がって美味しそうにお水を飲む。

ブルゴーニュ君の幸せな遊び時間を見ながら、あの子はどうしているかしらってずっと気がかりだった。あの子にブルゴーニュ君のような笑顔をあげたいな・・・川で待ってる小さな子が心に掛かって仕方ないの。きっと寂しい顔してる。子供はほんの少しのことで不安になる。精一杯の痩せ我慢をして頑張ってる子は尚のこと・・・。


ふとお庭の隅の黄色いものに目がとまった。


手に取れば、川べに咲いてたウインター・コスモス。根っこごと投げ込んであったから花壇に植えた。あの子もお花が好きなのね・・・私知ってた。川辺のお花によくお顔を近づけてるの、見てたもの。

風邪が治ったら川へ行こう。

そうと決めて眠った。
ブルゴーニュ君と一緒に、数十年を眠った。


**


物語はウインターコスモスが見せた夢。
目覚めれば私たちのおうちの側に川は流れていなくって、坊やはもう居なかった。

坊やは立派に成長をして・・・私よりもお年上になっていた。それでも私、コスモスの夢と同じことを思ってる。あの坊やの・・・あの方のお母様になりたかったの。

聞いておけば良かった・・・貴方、水切りをしたことある? って。



ラシーヌの魅力

October 22, 2009

背表紙が傷んだ古い愛読書。

美しいラシーヌのテアトル。


三島由紀夫氏はラシーヌを古典劇の理想においていました。ブリタニキュスの日本語版修辞も著してらっしゃるのですってね。お好みに大変共感します。

ラシーヌの魅力はなんといっても芳しい文体。そして芳香放たれる舞台がお花畑じゃなくって血溜まりの荒れ地であること・・・

惨劇の語り口が薫香に満ち満ちて、不可抗力で迫り来る運命に張りつめた緊張を与えるのです。まるで能舞台を見るかの澄んだ緊張感。そして限りない情感。

悲劇は、そうでないときにまで悲劇の気配が漂うわ・・・。喜びが流血に変わるだろうと遠く予兆させるような。悲劇でなければ終結できない運命へと、言葉の韻律が運んでゆくよう・・・

惨劇の場面に響く麗しの音楽がアレクサンドラン十二音綴。
悲しいでき事に浸るでもない、限りなく端整に破局の終幕に導く非情の美。

うふふ・・・あんまり美しくって、にやけながら読んじゃうのです。



ラララ闘志

October 15, 2009

どうしても行きたかったお出掛けをしちゃったの。

入院のことを相談してから、そのままにラララお出掛け・・・


どういうこと? って厳しいお声は聞こえなかったのよ。

お医者様のほかでおうちを出るのはしばらくぶりでした。どうしたって行かなくちゃあならなかったのよ。何故ってね、素敵なフランスアンティーク市が開かれること楽しみにしていたのだもの。

とっても楽しんで、ちょっぴり酷いことになって帰ってまいりました。ちょっぴりだけネ。

お外でしゃがんでるとお水を運んで下さったお方、お椅子まで持ってらして下さったお方、ご迷惑おかけしました。ごめんなさい。

それだのに "休んだから大丈夫、ラララもう一度チャレンジ〜"って性懲りなくまたお店に入ってってごめんなさい。懲りないワ・・・お馬鹿でした。


**


お馬鹿癖がついちゃったのって、レッスンのせいかも・・・。
私、叱られてばかりで育ったの。
極端な例かもしれないけれど・・・ダンノーゼルの記事の親戚は特別に厳しい先生でしたよ。

やっと小学校に上がった頃です。
男の先生でね、1時間レッスンで多ければ4,5回もぶたれたかな・・・往復ビンタなら x2 ネ! お下げ髪を掴まれて床を引きずり回されたり、蹴られたり、後ろ襟をもって振り回されたり。首絞まるったら。理由はね、ただ音の書き間違えなの(笑)

レッスンへ行くと痣と傷が増えるし、6つ7つの女子児童が力で刃向うのって不可能だったワ。でもね、怒鳴られるほどに闘志を燃やしたの。

レッスンが終わったらばお下げ髪のリボンの片方なくなっていることもあったナ。それっくらい物理的にクチャクチャになるの。先生が及ばない音楽力を身につけて教えを請わせてやるんだから! って誓って大声で悔し泣きしながらドアーを蹴っ飛ばして帰ったものでした。

次の週も懲りずに同じことが繰り返される・・・

辞めるのは簡単。だけど解決の方法はそれじゃないワ。往復ビンタのしようがないくらいに上達すること。そうならない限りは私自身の中でクリアされないのだもの。


**


今も同じ気持ちです。病気が重なると闘志が涌いちゃう・・・。治すって身体にも物凄くエネルギーが必要でしょう? 病気に勝つっくらいエネルギーがあるなんて、うんと丈夫ってことじゃあない? って思っているのよ。



ジャン・バティスト・ラシーヌ

September 17, 2009

ご病気になられたお方が急に頑固で難しくなられること、よくあるワ・・・。

お気持ち、とってもわかるようになったの。


病気だけで我慢大会だから、病気のよその事でまでは我慢をしたくなくなるのね。元気なときより容量が小さくなる・・・治療を受けるだけで容量一杯を使い切っちゃうからだわって今ならわかる。何故って私もそうだから。

おじいちゃまがお見舞いにくださった書籍数冊。読みたかったラシーヌを受け取って、おまけに入ってた "地下鉄のザジー" を返す(笑) そしてね、病気になって特別に思ったことをおしゃべりしました。他を読む時間を使ったせいで もしディドロを読まずに終わったらば激しく後悔するでしょうってこと。

可愛い記述で書いてあっても端正と均衡のラシーヌのあとには たくさんの書物が褪せて写るように思えたの。この本じゃあなくて他のどんなオンリーワンの本でも・・・。

ラシーヌは、ロマンロランは、ディドロは、やはり圧倒的な力あるもの。
それってね、オリンピックでとてつもない記録を出す選手に興奮しちゃうようなこと。ねえ今年ベルリン世界陸上でウサイン・ボルト選手に興奮しなかった? 素晴らしい力を見せて頂けると心が躍る。

美術ならミケランジェロやレンブラントのような他の追従を許さない威力ってやはり惹かれる。好みを越えて、此のお方はどうやって限界を越える力を導き出せたのかしらと、意志に感激しちゃうような気持ち。ミケランジェロもロマンロランも彼らは "ぶっちぎり" なのですもの・・・

文学は特に、お椅子に座ったままで巨匠の業を見せてもらえる素晴らしさがある。そしてね人の一生の時間は決まっちゃってるから・・・。だからね、10代のうちなら良いけれど今になれば力の差が歴然と見えちゃうものに触れる気持ちになれないってお話を交した。

小さな作品でも良いから真に豊かな書物を厳選したとして、それさえ皆までも読んでしまえる分量じゃあないもの。他に関わる暇はないでしょうなんて。2日熱が続いて疲れて、古典大作しか嫌ぁよって うんと排他的な気持ちになってた・・・。

おじいちゃまが答えた。
"非常によくわかる。人生に何を取り入れるか取捨選択は厳しくすべきと思う。僕も、こんにち起きる殆どのことは古典に記されていると考える。ただ病気のときには内容薄い本がいいかと思ってしまった。実にラシーヌがやらないような凡人の発想だったよ。"


**


おじいちゃまのお見舞いは豊かな時間をくれます。ベートーヴェンのこと、古典演劇のこと、おじいちゃまが子供時代を過ごした全寮制学校の御ミサが厳しくて大変だったこと、お話は尽きないけれど長い時間を座ってると熱が上がってしまう。

帰り際に伺ったの。おじいちゃまがザジーを持ってるだなんて不思議ねって。

"勿論この本は僕のじゃない。確か2度目の奥さんだった人が置いてったよ。"

まぁ・・・(笑) 恋多きおじいちゃまです。うふふ。

明日はブルゴーニュ君の番ネ。久し振りにコイビートの人のお話ですって。



さかなクン

August 14, 2009

今週末は伴奏合わせ。

じっとしてれば痛みは酷くない。


歩くといけないワ。1歩ごとに骨に響いてしばしば立ち止まる。それでも体力が少し戻ってきたのが何より嬉しいのです・・・♪
 
痛み止めを打ってもおさらいだけはしていましたが、ひどい時にはソロなら2時間がもたなかったの。痛すぎて集中もできなかった。2時間のおさらいなんて小学1年生の時より短いワ・・・ 安静安静と言われ、練習不足は曲分析や資料読みで少しでも補おうとしていました。

私は長時間練習しないと駄目なほうだから、時間が短いってうんと辛いことだった。

いつでもなるべくたくさんの時間をおさらいに掛けたいって話してたらばピアニスト氏に問われたの。どうやってそれだけの根気を維持できるのかって。偏執的な知識世界から出ないのって ひょっとしてさかなクンと同じ人種? って(笑) さかなクンって表現は気に入っちゃったけど、根気じゃないのよ。

上手に申せないけれど近代フランス文化全体が酸素みたいなもので・・・例えばね お稽古しなきゃならない曲が終わって休憩に何をやりたいって申せば ピアノがしたいの。別の曲のおさらいが。

でなければ読書。選ぶのはやはり弾いてる曲と同年同国の文学で、音楽の時代歴史をトータルに知ってゆきたいと願ってる。

家事もレッスンも色んなことが同じ輪の中にあって、根気じゃなく呼吸なの。ファンシーシリーズなど何もかもが同じ近代フランスへ繋がるのは 好みなどじゃないんだワ。生きている間中吸ってなきゃ済まない酸素なんです。

音楽・美術・文学・舞踏などなどたっぷりの酸素が必要な自分があります。その他の事にちっとも興味ない・・・んっと、やっぱりさかなクンっぽい・・・?

写真は読み終えたジッド "背徳者" "田園交響楽" "女の学校" "ロベール"。



ぴちこちゃんのけっこん

July 30, 2009

物心つく前に読んだ絵本。

中でも一等好きだった "ぴちこちゃんのけっこん"


ベラ・ヘルド原作 木島始様 文 桂ゆき様 画

親指姫に似ているところは、色んな動物がぴちこちゃんと結婚したいとアプローチするところ。ぴちこちゃんは素晴らしく綺麗で可愛いネズミなんです。

違ってるところもあるのよ。親指姫が出会いの度に変化したのに比べ、ぴちこちゃんは まるで変化を見せません。あなたのここが嫌よだなんて、大変にはっきりと告げてゆきます。

男の子君達が自分の特徴をアピールするたび、ぴちこちゃんは酷い言葉を返すのよ。象のどしり君には "あんたの でぶっちょの あし、みてごらん! " 蛇のぬるり君には "あんたの めときたら なんて ちいさいの、みてごらん! "

激しいこと(笑) お人にこんな口をきいちゃいけませんよって見本のように非道なのよ。
ぴちこちゃんは変化せず、皆を同じ風に拒否し続けるのは何故?

あのね、ぴちこちゃんは欲しいものが最初っから決まっていたのじゃないかしら。親指姫は交わりながら順に選んでいったけれど、ぴちこちゃんは欲しいものを知ってた。だから皆がもってたものは全部ぴちこちゃんにとって違和あるものに映ってた・・・違う?

拒絶し続けたぴちこちゃんはね、チーズを一切れ持ってるちゅーた君を見てすぐに好きになるの。

ぴちこちゃんの結婚は、物事やお人を比べる相対性がありませんでした。ぴちこちゃんが求めた絶対的なものはチーズ以外になかったの・・・

幼児期、漠然とそんな風に感じたわ。そしてこの絵本をフェティッシュに愛しました。何故そんなに好きだったかってね、きっと私は親指姫とは違う ぴちこちゃんの種類の人間だからかもしれない。



メリーメリーを追いかけて

July 19, 2009

高田桂子様作、宇野亜喜良様絵 "メリーメリーを追いかけて" は、小さなカフェを舞台にした少年少女の冒険物語。


薔薇模様、アンティークスツール、レースつきのビロードワンピース・・・
宇野亜喜良様の表紙が大好きで 子供の頃お部屋に飾ってたの。

昔ね、表紙絵によく似た少女を知ってたワ。
私が好きだった小さなメリーメリーちゃんは 黒目がちな大きな瞳。真っ直ぐに切り揃えたキラキラするおかっぱヘア。

ひっそりした雰囲気と綺麗すぎるお顔立ちが合わさって デカダンな美しさを備えてた・・・
なんて綺麗なのかしらってドキドキして眺めてた。


**


ご近所にいじめっ子君が居たのよ。いけないことばかりする上級の男の子。先生方もPTAも頭を抱える乱暴で・・・人を見れば石を投げたり階段から落としたり。だから皆に避けられて寂しかったのカナ 暴れぶりに拍車がかかった。

メリーメリーちゃんはいじめっ子君に怪我をさせられたの。ただ下校しようと歩いてただけだのに急に乱暴にあったんだわ。

私、大憤慨しました。大好きな美しいお顔を縫うほどの大怪我のことを聞いたから。こらしめてやるシーンしか浮かばなくて いじめっ子君をどうしてやったの? ってお尋ねしたワ。

メリーメリーちゃんは当たり前のように静かにお答えなさったの。お顔を押えながらおうちへ歩いたって。びっくりして包帯をじっと見た。


**


それが多分生まれてはじめて、理不尽を受け入れる心情を意識した時。私にはメリーメリーちゃんのしとやかさが衝撃だった。

今もときどきメリーメリーちゃんの心情を追いかけて、バルザックジッドの清らかな主人公に触れてみる・・・



手芸店

June 13, 2009

お薬でおさまるくらいに痛みは退いてます。消炎措置が進んだから、来週にはCTが撮れるでしょうってお医者様。


治療に入るまでが長かったワ。炎症が強すぎると骨の症状を診ていただくこともできなくって、ただただ治療をするための治療でした。

一等痛んだ週に幾つか小包をパッケージしました。貴重な時間を痛がるだけで過ごすのは嫌だもの。動けない日でも誰かの笑顔が作れれば一日が無駄じゃないって気持ちになれるから・・・。

内一つはね、フランスの手芸場イラストが入った木製カードル。
学生の時ブローニュで求めた安価なもの。でもちょっとかわゆらしい。

屋根裏のお洗濯干し場は天井梁がむき出しで 荒めの木肌の壁をしています。太い柱が立ち上がってて男の子君の遊び場のようだから、ガーリーな額が可愛く映える。欲しかったお洗濯女中さんのイラストは見つからず、代わりに手芸場の額をかけてたの。

これって拙宅よりも相応しい場所がある気がして、差し上げてみましょうかしら・・・って。


カードルの中に鋏のカットもついてて、まるで手芸店仕様・・・♪

幾人かのお方は行き先がおわかりですネ! うふふ。



アンティークを愛でる

June 05, 2009

もう一話だけ、物のお話を続けようカナ・・・

象牙色のアンティーク聖書を見たから。


繊細な細工に留め金が付いていて、それはそれは美しかった・・・。

お買い物に欲はないけど本は頻繁に買っている・・・
あんまりにも美しい聖書は飛びつきたいくらい欲しかった。でもね我慢だわ。ゲルマン言語で1行だって読めない・・・

アンティークをお好きな方は沢山いらっして、皆様愛でかたに大小の決まり事をお持ちなのですね。年代を限ってられる方や、アイテムや国や生産者に拘りがおありの方も。
各々の決まり事には各々の思いや理由があるのね。

自分の中に持ってる決まり事はたった一つ。年代もまちまちで生産者もよく知らない私は、ただ自分に使うことができる品だけ所有するって決めている。

アンティーク食器を実際に使ってらっしゃるお方と似た気持ち。食器として作られたお品を食器として可愛がってあげたいってお考えと似ているんだわ。

本が美しければ美しいほど本である意味を壊さずにいたいなら、手にしないのも一つの愛で方かなって。

あの聖書は他のふさわしい場所へ行くんだわ。ドイツ系古書のコレクターさんの手に渡って長く長く保存していただけるかも。お針仕事がお上手な方が表紙細工を刺繍に写し取られるかも。そんな形も素敵ネ。

写真のボロっちい聖書はセルフ・アンティーク。曽祖父の形見、150年前の品。

  明日はブルゴーニュ君ですよ。



育てる物

June 01, 2009

少し変わってるかもしれないけれど、お買い物をまるでしない。

買うのは本と消耗品くらい。


きっとね、物が好きだから。だから新しく求めることが少ないんだわ・・・

リンクしていただいてるsalvage antiques様がお書きになった以前の記事は、物に対する想いをよく伝えていらっしゃる・・・。

私も同じふうに古い物が好き。そしてね、物を育てることも大好きだわ。物は古びてゆくよりも、古さが育ってゆく気がする。

昔のワンピースが仕立て直してブラウスになると 褪せた布が幸せな表情をしているように感じるし、朽ちてきたまな板がお庭でウエルカムボードに生まれ変わると 初めて浴びる日の光を嬉しそうに受けて見える。

自分自身も、身の回りの物たちと一緒に育ってゆけるといいな。共に育つのは、新しく買い替えた物じゃない方が相応しい気がして・・・だからずっと古物ばかり。持ち主もだいぶ古びてきましたヨ。

ボロっちい本は19世紀近代文学史。読んでるとね、ページを捲るたび紙の欠片が落ちちゃうの・・・お掃除機かけなきゃ(笑)



ミレー

May 28, 2009

ミレーの生活から美術理論まで示してくれるロマン・ロランを手に取った。表紙印刷の色まで現在とちがってた時代、定価40銭の岩波は祖父母の本。


カモノハシちゃんがドガとミレーを語ったから。今までミレーは近しく感じる画家ではなかったけれど、大事なお友達が好きなものを知りたくなった。

私たちが知ることができるのは あまりにも僅かな範囲で、一人の人間の審美には限りがある。だから時々他の誰かの目になって見直してみることができたら嬉しいの。

すると素敵な世界が広がるわ・・・
白秋が描く情景が白秋の目を通した新しいドガを見せてくれるように。

東京景物詩より
                 北原白秋

 シ自夫藍湯(サフランゆ)の暖かな匂から、
香料のやはらかななげきから、
おしろいから、
夏の日の夢もうつくしく
女は踊る、なつかしいドガのDancer.


この写真?

これはね、中学校の時カモノハシちゃんが描いてくれた、うんと小さなアクリルのペンギンさん♪



Maladroit(6)だるまさんが転んだ

May 25, 2009

今度こそは お顔を見るのだわって決心してお出掛けした・・・

後姿や横顔じゃあなく正面を。


ただそれだけのことがずっと叶わずにいたわ・・・もうずっと。

シャツの背中の合わせ目が どんな風に動くか知ってた。
無造作に履くジーンズの裾を知ってた。
見てたのに、後ろばかりは見てたのに。

目を見ることができなかった頃の記憶は、眼鏡の縁とすんなり整った眉の線だけ。視線を逸らしてたから残った記憶。

もうあの頃の私じゃないから、頑張らなくちゃいけないんだワって、心を決めて顔を上げた。ぱっとこちらをご覧になった。

   ・・・だるまさんが転んだ

息が止まる。時が止まる。
黒々とした睫に縁取られた大きな瞳に吸い込まれた。

胸が詰まって一瞬あと、昔みたいに俯いた・・・


**


私ね、母の恋を聞かされて大きくなりました。

皆が白いシャツを着ていても、父のシャツだけが特別に真っ白に見えるって。父は汗をかいてもサラサラ清潔に思えるって。
好きな人は一等美しく見えるのよって。

本当ね。



配達モノ

May 20, 2009

デュオ本番が終わって、ソロの譜読みを開始しましたよ。
化膿の腫れも快復しはじめました。


配達モノが多かった5月前半の記録。
リサイタルに電報をくださった方などにカードをお送りしたり・・・
お年下の男性へ小さいお祝いをオペラ座の包みでお贈りしたり・・・


LICAちゃまのお嬢ちゃまの受洗祝いがあったり・・・


小さな女の子には、ピンクのバッグに小物がたくさん詰まってたら楽しいんじゃないかしら・・・?

・お嬢ちゃま専用の小さな聖水杯。
・白いミニロザリオ。
・フランスSOCOのコインケース。
・コインケースの中はガーディアンのコンビネーションクロス。アメリカの品をアメリカへお送りするって変てこね・・・。クロスとクロス枠に分かれてるコンビだから、LICAちゃまとお嬢ちゃまがペアで付けられるの。
・日本語のお祈り文をお持ちじゃないかもしれないから、聖母マリアへの祈りや使徒信条などのカードたち。


コンサートでお世話になったMr.Bへはスタンウエイ写真集でした。
お一人お一人を思い浮かべながらパッケージするのって楽しい。


次回はブルゴーニュ君の番ね。



Maladroit(5)かくれんぼ

May 09, 2009

今でもあの青年の面影を追っているのかしら・・・

あまり目を合わせることもなかった頃の一こま。


お友達とよくふざけ合ってた。おしゃべりしたり、騒いだり。
ふと気がつくと 輪の側にあの青年が立ってることがあった。すると私は急に口をつぐんで お友達にさよならと言った。

小走りに去る。青年の前を横切らなければならないと、なるべく遠くを通るようにして。立ち姿が作る清い空気に心慄かせながら・・・
目を伏せたまま会釈だけして駆けてしまう。

遠く逃げてから、後姿 隠れてこっそり振り返る・・・
胸がどきどき打つのは走ったあとだから・・・? 答えがわからなかった少女期の甘酸っぱい思い出。


**


あの青年と同じ声、同じ髪の癖、同じ爪の切り方。当たり前のことだのに、目にするたび心がふわっと温かになる。

そうして今も・・・。後姿 隠れてこっそり振り返る。



美しい人

April 30, 2009

勿忘草の小さな花びら。

空を映した色の花びらね。


綺麗な人だと思ったの。

きっとね、お友達10人のうち10人が容貌は少ぅしも良くないって言うでしょう。
それでも綺麗な人だと思ったの。

春の若草のように伸び伸びと、夏の砂浜のように熱してて、秋の林のように秘めやかで、冬の星空のように鮮烈な。
人としての美しさを こんな風に見せてくれる方がいらっしゃるのね・・・って憧れた。
憧れは遠く、触れることができなかった。近づくのが躊躇われる種類の美しさだったから。 

くしゃくしゃの髪をして襤褸を着た美しい人。
見ていていつも浮かぶのはヘッセの詩。美しいものを求める人の無心の姿は、見る者の心も洗ってくれる。


"シャボン玉" より
                   ヘルマン・ヘッセ
                   (高橋健二様訳)

ひとりの少年が腰かけて、わらの中に吹き込む。
彼は色美しいシャボンの泡に息を満たす。
泡の一つ一つがきらびやかに賛美歌のようにたたえる。
少年は心のありたけをこめて吹く。

老人も少年も学生も三人とも、
現世の幻の泡の中から
不思議な夢をつくる。それ自体は無価値だが、
その中で、永遠の光がほほえみつつ
みずからを知り、ひとしおたのしげに燃え立つ。




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