VaguementW



PJ動画、雨だれ

November 18, 2011



今週は寂しい日々を過ごしてた。
寂しい気持ちでupしてみた。

7ヶ月前の動画、ショパン "雨だれのプレリュード"

お人に言われて気がついた。手や鍵盤と違った方向に顔を向けていることが多いって・・・。本当ね。動画を撮っていただかない限り演奏をしてる姿を見る機会はなかったから・・・

どこ見てるの? って。
どこも見ていないのヨ。

ピアノから現れる音楽を聴いて・・・
  強いて言えば音の形を見てるカナ。

**


今朝も元気がないまま。
ポッカリ穴が空いたみたい。

しなければならない事に追われてるのに
ついぼんやりしてしまう。
日を指折り数えてた週。
1日幾度もカレンダーを眺めるのに厭いちゃった。

お人が1人近くに居ないだけで覚える大きな喪失感。
不在をとっても寂しく感じるけれど
此んな寂しさを持てるのは幸せなことかもしれない。



アンチ・アンチエイジング

November 08, 2011

18世紀フランス史を読み終えたから、


次は "ファシズムと第二次大戦"。歴史って大好きよ。

**


お初に美容のお話です。何一つ美容の事がわかんない私なんかがおしゃべりするのは勿論、美容に良いものの話題じゃあない。

美容処方が大切ってお考えのお方はどうぞスルーなさってね。


アンチエイジングって発想が
とっても苦手なの。



時は私達にたくさんのものをくれる。
心が動き、学び、美しいものを見て聞いて感じる。
時はかけがえがない。

笑って過ごした人には笑い皺を、考え込んで過ごした人には思索の皺をくれる。

夏の楽しい家族旅行では、思い出やフォトアルバムと一緒に1つ日焼けのシミをくれる。

どうして自分の歴史を消したり隠したり
しなければならない筈があるだろう。



  日々の重なり、人との関わり、多くが顔に刻まれて、
  時が過ぎて・・・そして
  張りを失った肌の代わりに現れるものが
  個人史なのじゃあないかしら・・・

ときどき考えるの。

    老いを恐れる必要ってある?
    毎日の大切な時の重なりを、
    懸命に生きた時間を、
    消す必要なんてある? って。

老いや皺やシミを何故醜いと決めなければならないだろう。

**


私の考え方は間違ってるかもしれない。単なる自分の主義だわ。

  アンチエイジングは時間を取り戻す作業なのね・・・?
  ならば時間を取り戻す作業のために
  一層時間を浪費する発想が未だ理解できない。

美容のためとお顔に何やら擦り込んで過ごす時間を
未来でどうやって取り戻せるだろう。

**


消さなきゃならないほどに顔が多くを語るなら、
将来作りたい顔はどんなカナ・・・

  どんな想いに人生を費やせば
  なりたい顔になれるだろう。

私がなりたい顔は多分、アンチエイジング美容に時間を費やした綺麗な肌の顔じゃないワ。

今日の日が幾年先の顔に刻まれる。
時を愛して生きたい。



思想なるもの

October 19, 2011

21日PJライブも

ババールカードを発行します♪


コンサートを楽しまれる人々は様々で、
  楽しみ方もそれぞれに異なる。

    その中で何が伝えられるだろう? って
      問い事をされる音楽家さんも多い。

  またお客様は、別の問い事をされる。
    音楽に詳しくなかったり、
      楽譜が読めなかったりは
        楽しみ方に影響するの? って。

答えになりそうなものを読んだんダ・・・

**


フランス革命前のあの有名な "新エロイーズ" をルソーが書いた1761年、フランスでは識字率がとても低かったの。だのにベストセラーになったのは何故?ってお話を読んだ。

フランス文化研究で京都大学人文科学研究所教授でいらした桑原武夫様責任編集 "フランス革命とナポレオン -- 啓蒙思想の普及 " の章に書かれてた。

《思想なるものは、それが人々の要求に合致するものであるかぎり、いかに禁圧しようとしても、あたかも空気伝染のようにきっと伝わるものである。

思想は必ずしも活字を通さなくとも伝わるのだ。(中略)

王妃マリ=アントワネットは、民衆とおなじように一生に二、三冊しか本を開かなかったといわれているが、しかも彼女は空気伝染によって、ルソーの "自然へかえれ、" の思想にかぶれ、小トリアノンに自然庭園をつくらせ、それを "村落" と名づけ、生きた百姓の男女を配置した。》

  面白いナって読み進んだ。
  私達は伝える事を中心に置きがちだけれど
  伝わる事を考えてみるのも大切だと感じた。

    どう伝えられるのか、
      何が伝わるのか、
        どのくらい伝わるのか、
          悩まない演奏家は居ない。

  力強い文章に出会った。

《思想なるものは、もともと曲解されることをつねに避けられない。いささかの曲解を含みつつも、全体として大きな力となって現実を動かすのが、偉大な思想というものである。》

  いい言葉ね。
  いつか此んな風に言えるようになりたいナ・・・

**


今朝は、明日の合わせ準備に総通しからはじめましょうか。


*4月21日PJババール・カード
*ババール・カードvol.5



ペアの誤解

October 11, 2011

(撮影者:毛玉様)


   誤解なんです・・・
   彼方此方で皆様に誤解を受けてるの。

今朝は変テコ誤解のお話をさせてネ。

昨日upしたラジオ音声後半にもお洋服話題がありましたヨ。
放送に乗った "今日はお2人ともコスモスカラー" って描写はね・・・下リンク写真の日だったのです。

  *ハッピー工房

ベビーピンクのワンピースを着てったらば たまたま相方さんもライトピンクのシャツだったの。確かにどう見てもお揃い(恥)

  ああ、また・・・ってカタマった(汗)
  林家ペーさんとパー子さん?

  今までもよくあることだったのです。

**


コンサートは舞台の色が散らないよう同系色にしています。
"美術館の調べ" ではエメラルドグリーンでしたヨ。

会場下見でグリーンのオブジェがあるとわかって、バックも硝子越しのグリーンエリアだったから。


相方さんもライトグリーンのシャツでした。


普段はもちろん各自別々・・・

  だのにね、

リハーサルも、またお揃いって誤解を受けた。
本当にたまたまなのよ〜。


リハの私服をお揃いにする筈ないんだのに、
いつもペアにしてるって噂が(汗)


相性良いのも善し悪しですね・・・

う〜ん(恥)

偶然にカブっちゃうだけなんですよ。

今度から相談してハズすようにしましょうか・・・




頭脳が不安です

September 26, 2011

(撮影者:leonarhodo様)


9月24日本番中。
どういった場面だったのでしょうね・・・

上がり症が酷くって頭が真っ白なものだから コンサート情景はいつも殆ど憶えてないの。後に写真を見れば、緊張し切ってる中身と違って和んだムードが多いのが不思議です。

**


  コンサート明けは思ったより疲れてたみたい。

昨日は日曜で病院もなくって朝の時間はたっぷりあった。
一等最初に29日モーツアルトクラブ・コンサートのお知らせメールを送信した。1時間に送信できる人数上限を超えるから、間で別の作業をしたりして割合に時間がかかる。

全員に送信し終わるころお電話が。
疲れてぼんやり打ってたメールでコンサートの日を間違えてるってご指摘。

  きゃ〜!
  今度は訂正メールを先程送信済みの全員に再び・・・(溜息)

幾度もお邪魔様で申し訳ないし、大ボケぶりが皆様にバレちゃったワ・・・

**


一昨日の本番前もいつもの如くの頭の酷さだった。

スタッフの方に用があって楽屋を出たの。
見つけて駆け寄った。"ちょっとすみません! "

お声をかけてからフリーズした。

  "あら?何だったかしら。
     何の用事か忘れました。"

結局その用が何だったかって今日になってもわかんない。

  大丈夫かしらん・・・

**


最後に29日のコンサート予告を貼っておきましょうネ。

場所  元町?月堂ホール
時刻  6時   クラブ会員総会
    6時30分 コンサート
    7時30分 演奏家含む懇親会

お食事とアルコール付きで
会員様7,000円 一般のお客様8,000円です。
お食事準備のため要ご予約となります。

お問い合わせは神戸モーツアルトクラブ
  Fax 078-262-7015
  Mail kobe-mozartclub@kcc.zaq.ne.jp
  HP  http://www.kobe-mozartclub.com/meeting.html 

どうぞいらして下さいませ。



退院と再入院

September 05, 2011

入院中の友人が

退院した。


心が一層重くなった。

完治の退院なら喜ばしい。でも、
病院に居ても治療ができないから退院した人にかけられる言葉があるなら誰か教えてほしいと思った。

退院すると言われても、うんって相槌の他、口にできる言葉がなかった。

  今日は録音だね。今日はピアだったね。
  日差しが強いから気をつけてね。間のどこかで休んでね。

演奏の事を相変わらずいちいち憶えてて、その日その日に励ましや心配のメールをくれる。予定がハードだと注意も来る。

自分もピアノを聞きたいと しきりに言ってくれる。
友人は一番のお客様でもあったもの。

  -- おうちに帰ったなら、今度はおうちに弾きに行こうか?

他人が出入りすると体力を消耗しないかしらって不安を押して尋ねてみたのは、蝶番君が行きましょうって言ってくれたからだった。いつおうちに行っていいか聞いてみましょうって。

私が友人のことばかり言ってるから・・・
蝶番君にはぜんぜん関係ない人なのに、ありがとうございますって言おうとした。

  "音楽で治るものなら幾らでも吹くのに。"

蝶番君の言葉に泣きそうになった。ご自分の気持ちの表現は少ないお人のようだけど、一言に万感がこもってた。
演奏しに行きたい、って友人に連絡した。

友人は喜んで、本当にありがとうって迎えるのを楽しみにした。
つい数日前の事だった。

**


朝にメールが届いて、再入院しちゃった・・・って。
水が喉を通らなくなって、水分が摂れなくなったから
病院へ戻されたって。

  私は不安と失望で一杯一杯になってしまい、
  慰めも励ましも言えなくなって
  感情のままに怒ってしまった。
  
  -- ずっと友達で居るって約束したんだからね!
   言ったよね?!
   1日でも長く友達でいるって言ったよね?!

重病人を責めてどうするの・・・って落ち込んだ。
何を祈れば良いのか 何をすれば良いのかわからない。


*生きててよ
*元気になって
*祈り
*病床の絵
*食べてね
*会いたいよ
*折れた百合
*会えたね
*祈りの花
*月の光と母性
*届きますように・・・
*ピアジュリのお約束?
*お便りいただきました
*生と日々
*ハヤシライス
*「ごめんね」
*ブルターニュの聖画
*軌跡
*再転院
*想い
*2011年8月

?僕がおうどん屋さんで見たこと
?僕が思う荷台屋さん
?僕が行ったお見舞い



入り口

September 02, 2011

ヘッセ "クヌルプ" を読み終えた。


車輪の下などと異なって、アウトローが主人公?
読みはじめは其んな風に思った。
此の感想の持ち方は間違ってた。

クヌルプの主人公ようにアウトローであれ、車輪の下の主人公のように折目正しくあれ、ヘッセの主人公は出口を求めてあがき続ける。

出口かまたは・・・求めてるのはもしかしたら入り口で、自己の存在を内部で確かにするものを漠然と追っている。ゆき着かず流浪する内面にもがく。

生真面目な性質も、中途で踏み外す人生も、刹那的な漂泊も、ヘッセが描く誰もが渇き、乞う。

  ヘッセ文学の悲しさでもあり優しさでもあると思う。



心を持ったMac

August 15, 2011

 
 人と出会って心を動かされる時。


どうして此んな風に他人に接することができるんだろう? って感動をおぼえる人に出会う偶然。自分に足りないものを見直す場として与えられたのかもしれないと思う。

**

彼らの共通点は 何にどう心を動かされたか言葉で説明するのが難しいって事かもしれない。

昨年お世話になったテレビ局。お若いディレクターさんがインタビュアーを兼任された。
彼の声も姿も電波には乗らない。

   カメラの後ろから静かで熱心な問いかけを貰った私が
   話す部分だけが繋ぎ合わされて流れる。

   画面に映るのはただ其れだけ・・・
   でも私は現場にとても感動してた。

インタビューを受ける側の気持ちを引き出せるよう言葉を選んで
そっと問い、見守るように受けてはまたそっと言葉を投げる。
どんな風にも答えられる余白を与えながら問うてくる。

小さく変わる表情は、此方がどう感じているんだろうと心を沿わせて心を拾い上げる風に見えた。私は彼に習って、この人は何を聞きたいのだろうと問い手の心に入って話した。

   互いの様は相乗的に共振し合っていく。

僅かに数日間顔を合わせただけの此の方との記憶を大事に思う。
学ばせて頂いたと思う。

   一方が気持ちを開いて寄り添うと
     もう一方も同じふうを返したくなる
       人の心の針の振れ。

**

先月からのMac騒動で週に幾度もお顔を合わせることになったappleさんも其んな人だった。

不具合の初めはスムーズに機動させることだけを希望してた。
その時私にとってMacは時間節約に役立つ道具に過ぎなかったから・・・

責任を感じられたappleさんは何もかもを返上して寝食さえ削り、文字通り身を粉にして努力してくださった。ありとあらゆる方法を試み、私が個人的に使いたがったソフトに関してまで各ソフトメーカーの技術回答を問い合わせながら原因究明に膨大な労力と時間を費やして下さった。

今回のような場合、新ユーザーの個人顧客の1人や2人の不具合は大きな会社にとって返品にしたほうが余程楽なことと思う。

それでもappleさんは顔中に汗をかきながら必死に格闘してくれた。バグが起きると泣きそうにお顔を歪め、新たな作戦を験す間 祈るように手を合わせてた。

   私はエラーを続発させる画面よりappleさんを見てた。

   此の人はもう責任範疇で動いてない。
   使うのを楽しみにしてた顧客の気持ちに同化してる。

   喜びの気持ちを失望に変えさせたくないと
   自分のことのように必死になってくれている。

直営の他店には技術スキルがもっと優れた方々が居られるとわかってた。でも其れを選びたくなくなった。技術力の代わりに、食事もせずに目の前で汗を流してくれる人に任せたくなった。

   何故ってMacがもうツールではなくなっていたから。
   Macの背後に人間の気持ちが滲んでいる風に見えたから。

今度は上手くゆきますようにって願いも日数と共に変化した。
購入した機械をスムーズに使いたいって希望に代わって、一途に涙ぐましい頑張りを見せてくれたappleさんをがっかりさせたくないと願うようになった。

**

最後の最後で成功したとき、appleさんも私もクタクタだったけれど、費やした労力は少しも惜しくなくなってた。

不良と交換と交換後の不具合と・・・大変ではあったけれど、appleさんを見ていてコンピュータ以外のことをたくさん学ばせて頂いた。

   共振の針はどんな小さな出会いの中にもあって
     いつもよりちょっとだけ多く心を開けば
       大きな学びは、いつ何処でも見つかる。



静かな中休み

August 03, 2011


夕刻のお庭で

お隣さんと物々交換。


お花のお水など遣りながら塀越しに。

拙宅で実ったブラックベリーの実を?いで差上げると菜園のトマトを下さった。お夕食が鶏のあぶり焼きと聞いたので香料にとオレガノを摘んで渡すと、花壇の桔梗を切って下さった。

  涼しそうな紫色。
  お花に触れてホッとした。

Macの調子はすこぶるいい。でもね1日30分を移行作業時間と決めて振り当てても、パソコン作業って楽器に向かう潤いとは異質なものが入り込む風に感じる。

音楽の空気と相反するパサついた空気を呼びそうだから、現代風に染まってしまわぬよう此の2日は中休み。

演奏曲の時代へ戻る日にした。

作業のための30分で歴史を読んだ。オーストリア皇帝フランツ1世のウイーン会議の辺。

スタンダール著 "パルムの僧院" のモスカ伯はメッテルニヒがモデルと知った。スタンダールがバルザックに手紙を書いてナポレオンの妹君を話題にしたとも読んだ。

ページを捲る音と巨峰をプチンと?ぐ音だけの時間。

**


大人の生徒ちゃんが持ってきたのはノクターンだった。
小さな生徒ちゃんはバッハと小さなワルツ。

私はメンデルスゾーンとショパンとドビュッシーをおさらいして、フルート伴奏の譜読みを進めた。

静かな時間と音楽。何よりの栄養です。



再転院

July 20, 2011

ネコヤナギ君が届けてくれた真っ赤なトマト。


瑞々しい自然の恵みを見るたび、友人に食べさせてあげたいと思う。

6月、友人は転院をした。匙を投げられた状態にも関わらず腕が良いので有名な1人の専門医は自信たっぷりだった。仲間の尽力あってスムーズにベッドを確保し転院していった。

私たちは喜んで、友人は静かに けれども嬉しそうに笑みを浮かべた。

**


ごく僅か幾パーセントかの人に薬が全く合わない場合があると聞いた。
不運にも友人はその数パーセントだった。

**


再転院を余儀なくされた。

  此の場合の再転院とは・・・
  どのドクターにも治療不可能と言われた最初に戻ることだった。

友人は、何事もなかったように話しかけてきた。

失敗しちゃった、と まるで封筒に切手を貼り損ねたと言うくらいに静かだった。

私たちは自然に、転院はなかったことにした。
私は今度のお部屋は、お山が見えるかな? って遠足のように言った。

**


相変わらず植物のお話をしてる。

友人は杉と檜のことを熱心に話した。
私はゲーテの詩に糸杉が出てきて、白秋の歌集が黒檜だと教えた。

元気なときと同じに、何となくおしゃべりして何となく笑う。
ずっと此うだった。

だから、何でもない事をもっと話そうよ。


*生きててよ
*元気になって
*祈り
*病床の絵
*食べてね
*会いたいよ
*折れた百合
*会えたね
*祈りの花
*月の光と母性
*届きますように・・・
*ピアジュリのお約束?
*お便りいただきました
*生と日々
*ハヤシライス
*「ごめんね」
*ブルターニュの聖画
*軌跡

?僕がおうどん屋さんで見たこと
?僕が思う荷台屋さん
?僕が行ったお見舞い



女の顔

July 16, 2011

1日中フォーレを合わせた日。


  -- フォーレの "クリメーヌに" って、プーランクの "ヴィオロン" に似てますね。

蝶番君の言葉にぽかんとした。音楽をよく識ってらっしゃる方の言葉に思えなくて・・・えっ? って間ができた。

大好きだったプログラムのヴィオロンは妖艶なデカダンス。
軋むような浅い和音、刹那的な装飾が あだっぽい。
作詩のルイーズ・ド・ヴィルモランの世界に溺れたくなる。

片やクリメーヌは、ブルゴーニュ君憧れの女性です。
穢れない楚々とした美しい姿が謳われる。流れるような旋律が柔らかで香り高い。

  *"クリメーヌに" 落合訳

似てる・・・? 楽曲も詩も正反対で 作曲者も作詩者も違ってて・・・

**


蝶番君、ちょっと笑って仰った。
ヴィオロンは如何にも悪女的要素を見せてきてるけど、クリメーヌも表裏一体ですよって。ヴィオロンの表の面に過ぎないって。

ぞっとした。こういった捉え方の男性の視点は怖いったら。
演奏している自分のことを言われた風に思えた。

同じピアニストが弾いているから人物像を描き分けきれてないだけかもしれない。でも・・・ 多分そのせいだけじゃない。"クリメーヌに" の歌曲に入り込みながらも きっとヴィルモラン詩の妖女を映し込んでる。

詩の内の女性ばかりかヴィルモラン自身も、ある時は聖女と呼ばれ
またある時は魔性だったんだわ。



やりましょうか。

July 12, 2011

(撮影者:毛玉様)


大好きなファゴットに聞き入っています。

演奏をしているって感覚よりも、ピアノから立ちのぼった音がファゴットに溶けるのを楽しんで・・・

**


トランスクリプションの弊害。危険な音域がありました。低音のファゴットでは出にくいHigh-C以上に昇る音域。

様々にトライしながらも、曲内の最高音が出る確立は低かった。安定したリードほど倍音が鳴り難く、二律背反がありました。

討ち死にするより其の音を抜いてしまったほうが安全かもしれないワ。代わってピアノで拾ってカバーしようって思った。

リハーサルでも出なければ、ピアノで受持ちますって提案しようって決めてた。密かに準備して どちらの場合も対応できるよう練習してた。

     無理な音域に加えて、楽器が膨張する湿度・・・
     リハーサルでもやはり出なかった。
     
          準備しながら尋ねた。
          "あすこ、どうしますか・・・? "

問いはしたけれど、お返事は予想してた。
練習やリハーサルで100%成功してたって、
緊張の本番ではしばしば違ってしまうもの。
低い確率では問うまでもなかった。
辞めて安全策を取りましょうって仰るでしょう。

     やりましょうか。

耳を疑った。
見かけによらず、心臓のお強いこと・・・
此うした気概は格好良くて大好きです。

**


其れでも・・・
伴奏者の役割を思った。

日々の練習で出来てた箇所も、ソリストさんが本番では急に恐ろしくなって止してしまう場面には数え切れないほど遭遇してきた。直前でビビっちゃう事も多いから・・・

      本当はね・・・
      ブレーキかけて安全圏へ逃げたりは
      つまんなくって嫌いだけど・・・
      あくまでもソリストさんの方向へつかないとネ。

フォローする準備を心に留めておくのも伴奏者の役目の1つ。
ほら、次・・・
    
           鳴らしてくれました。
           まさかの高音。

弾きながら思わず ふふって笑ってしまった。嬉しくて・・・

苦心してた高音が出せたからじゃあないの。
勝負師的な行動をするかたと一緒に弾くのって楽しくて。

     コンサートって賭け事の要素がたくさんで・・・
     私は音楽の賭け事が好き。



生きててよ

May 31, 2011

友人の病気が辛くてたまらない。


私が代わりたいと思う。

彼は大概よく希望を叶えてくれる。だから代わってとお願いすれば代わってくれないかな。
美味しそうなトゥーストゥースのお菓子上げるから。

代わって、貴方は今まで通りみんなに愛されて みんなに必要とされながらご機嫌で笑っててほしい。

最初は、助かってくれるなら命を半分上げてもいいって思った。
すぐ考え直した。
助かってくれるなら、私は1年後に死んじゃっていいって思った。
また考え直した。
助かってくれるなら、私は明日死んじゃってちっとも構わないと思う。

本当に大切な友人。

**

神戸市消防局監修の冊子 "雪" 7月号に掲載して頂く原稿のことで神戸の中心地に着いた。2,3をお話したけれど、友人の事で頭が一杯で何を聞いたかわからなくなった。

人通り多い三宮の交差点前で しゃがみ込んだ。友人に何をしてあげれば良いかわからないと頭をかかえた。あっと気がつくと、矢車草君とお約束の時刻5分前。

辺りのお人に問うた。"ターミナルホテルって・・・何処でした・・・? "
三宮の真ん中に居ながら目の前にある待合わせのターミナルホテルがわからなくなってしまう程にパニックしてた。

**

ジーキル博士とハイド氏のあと、ラマルティーヌの詩を読み始めた。

ヴェルレーヌに影響を与えたロマン派抒情詩人。
好きな詩だのに、頭に入ってこない。

生きててよ。



涙の朝

May 23, 2011

LICAちゃまのブログ記事を見た。

2日前の朝のこと。


教会でコンサートしたのネってちょっとスクロールして、2枚目のお写真に ぽたっ・・・って涙が零れた。

可愛くて・・・胸がキュンと詰まって ぽたっぽたって幾粒も涙が落ちた。
左手を走らせるとき此んな角度に首を曲げるのがLICAちゃまの癖。

私はファーストピアノでLICAちゃまがセカンドで、だから私LICAちゃまの表情をいつも右側から見てた。お写真とおんなじ表情を。

ドイツとフランスに離れ、アメリカと日本に離れ、長い年月が経ってるのに変わらない。デュオ練習のとき お隣を見るとよく此んな表情してて、可愛らしさに和んでた。

LICAちゃまの無垢な感じをずっと好きで、せんにも書きました・・・
  *ラヴェル「ラ・ヴァルス」

一生懸命な音楽の時間をもらってた。LICAちゃま会いたいナ・・・
昨年クリスマスにLICAちゃまから頂いたクロスをパチリ。

**


今日はLICAちゃまと同じほど一生懸命で無垢な現・相方さんと合わせですヨ・・・♪

連日本番が重なって曲読みの時間が足りなかった蝶番君は、お仕事現場に今日のデュオ譜面も連れてって 合間に下読みして下さったよう。本番が迫っていないから弛い合わせで平気だのに・・・

心意気ある相方さんは素敵だワ。私もうんと頑張りましょって思う。
そうそ、LICAちゃまも予習譜面を書き込みだらけにしてたっけ・・・

音楽を大切にする人達と一緒に演奏するって幸せです。

蝶番君のお越しまで、おさらいしよう!



タピオカちゃんのお手紙

May 08, 2011

分厚く重いパケが届いた。

差出人は見なくてもわかる。


セロハンテープの貼り方の癖まで憶えちゃいそうなくらい頻繁に受け取るタピオカちゃんからのパケ。今日はなぁに? って楽しみに開くと古い時代のミサ典書だった。

お手紙があった。ブログでもう私のコト書かないの? っておねだり。タピオカちゃんが読みにくい翻訳ページで解読しながら待ってるから、イースター前のやりとりを訳しておきましょう。

**


《親愛なる聖マリー・ジャンヌ》

パリは今、太陽と空気が軽く感じられる。
子供達と親達はバカンスに出て、それによって彼らが居た空間は静かで美的でエレガントに変化してる。

朝の光はとても "クロード・モネ" っぽくて、春のラ・セーヌは 街を夜まで優美に彩り続けてくれる。カフェのテラスはみな満杯。貴女は今日此処で私と一緒にお茶を飲まないの?

私は毎日貴女の家を想像してるの。毎日よ! 私の知らない日本を。貴女がくれた北斎画集でしか知らない日本を想像し続ける。

北斎を見て私は狂喜し、此んなおうちに住んでるの? って尋ねると貴女は、いいえタピオカちゃんにとってごく普通の古い洋館って言ったから、北斎風じゃないって知って残念。代わりによくある煉瓦屋を想像してる。

ピアノがあって、素晴らしく愛に満ちたブルゴーニュが居て、そして其のあとが何にも想像できない。ジャポン! その遠い国に貴女が居るなんて。私の知らないもう一つの国を貴女が持っていたなんて。

いやね、どうして彼氏に書く風になるのかしら。笑わないで。
そう、彼氏! 此れが書きたかったんだのに他所事が多かったワ。

つくづく貴女の趣味ね・・・
私とは違った趣味ってこと。

私をご覧なさい。華やかな男性に憧れて、蓋を開ければ1人はアル中で、1人は子供が4人も居るのを隠してて、1人は若い女と突然遁走よ。どうなってるの?

-  -  -


グレーの霧雨が似合う貴女のナルチス(訳注: ヘルマン・ヘッセで登場の修道士) は、彼自身グレーが好きじゃないでしょう? 私も私に似合う地味な色が好きじゃあないもの。私は華やかで複雑な色が好き。貴女がポツンとした人や抑えた色を好むのと同じ理由。

彼が好きな色や、それが貴女にどうと見えるか、貴女らしい答え方で教えて頂戴な。貴女らしい答えの方法の "アレ" が好き。私と私の冴えなさ加減を肯定されてるように思えるから。

貴女の両頬へキスを、それからブルゴーニュの額にも。
お返事待ちきれないワ。

                                                                タピオカ

**


其うして問われた事にお答えのお返事書いた。

《親愛なるタピオカちゃん》

フェルメールのブルーが好きなのですって。理由は問わなかった。もし問うても多分上手に答えられないでしょうから。

答えられるほど自分に興味ないのよ。自分がブルーを如何に好きかより、フェルメール・ブルーの美しさのほうが第一な風・・・ 其処が私にとって最も愛の対象になる部分。

ヘッセのナルチスもそんなところがなかったかしらね?

私の好きな色も聞かれて白って答えた。すると一番陰影が出る色が好きなんだね、って言った。印象的な受け答えだった。

何故ってせんにタピオカちゃんに答えて書き送ったでしょう? 彼の何を見てるのが好き? って問われ、陰影と書いたでしょう? 私ねお人も物もきっと持つ陰影を見るのが好きなんだわ。


カフカ作 "城" の一節。

《Kは城を見つめていると、落ちついて坐り、
ぼんやり前をながめているだれかを見ているような気持ちが、
ときどきするのだった。
その人間は、もの思いにふけって、
そのためにいっさいのものに対して
自分を閉ざしてしまっているのではなくて、
自由に、ものにこだわらずに、まるで自分一人だけがいて、
だれも自分を見てなんかいないのだというような様子である。

ところが、その人間は、
自分が見られているということに気づいているにちがいないのだ。
だが、それもその人間の落ちつきをすこしも妨げはしない。
そして、ほんとうに
--- それが原因なのか結果なのかはわからぬのだが---
見ているこちらの視線は
そこにジッととまっていることができないで、
すべり落ちてしまう。》


                                                             (原田義人様訳)

この "城" のような陰影をね、見るのが好き。
カフカ、やっぱり長編が良いわ。タピオカちゃんは何読んでる?

タピオカちゃんに私からはキスを。
ブルゴーニュからは一舐め。

                                                               Sacra-Marie

**


午後打ち合わせにお出掛けだから、朝の時間をたっぷり使っておさらいに励みましょ。

*タピオカちゃんの訪問記
*恋の問いごと
*頬杖の恋



夜の音楽

April 26, 2011

大きな大きなチューリップ。

百合のように強く香る。


文学全集が文庫本のように見えるほどの大輪。花びらの豊かな厚み。

お隣のお兄さんが塀越しにくださった。チューリップ要る? って花壇のを切って。慌しさで少し疲れた気分に鮮やかな黄が眩しかった。

おさらいをしてお医者様へお出掛けした。化膿が邪魔して麻酔薬が広がってくれず、酷く痛い治療になった。状態は悪くなかった筈なのに 刺激で炎症を起こす。

診察台でルイ・アラゴン "殉教者の肖像" を読んだ。ナチスによるフランス占領と処刑の記録。ロワール地方シャトーブリアンの収容所1941年の痛々しい出来事。アラゴンはコミュニスト作家でありました。

  *女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン

帰ってメールを開いてびっくりした。手違いから起きたダブルブッキングで、デュオコンサートの会場か日の変更が必要になった。連絡多数。

並行して3日のリサイタルを巡る様々なやり取り。裏方さんのコト、業務乗車のコト、当日プログラムのコト。お電話が多すぎて、どのお話の続きか混乱する。

合間合間におさらいをする。神戸市の冊子に記事を書く依頼を頂く。

終曲までさらい終え、お庭を歩き回った。
チューリップを抱えて戻り、大きなクレープを2つ焼いた。

痛かったり慌てたりした日。ちょっぴり疲れてた。

**


夜、大好きな人とおしゃべりした。

読みかけの書籍はウラジミール・ジャンケレヴィッチと知った。嬉しくて、一等好きなフランス哲学者よと話した。大学時代から最も好む執筆者として、ブログをはじめたばかりの2007年から幾度となく触れた。

  *曲の中に咲く2つのお花

大切な恩師が学びなさいと勧めてくれた著者。思い出してまた涙が出そうになる。

私と違ってフランス・オタクじゃあないから、何となく選んだらたまたまジャンケレヴィッチのようだった。

とりとめなく話した。
尽きないおしゃべりをいつまでも。

成果なくただ慌しいばかりだった1日の終わり。なめらかな微風に吹かれる心地がした。

話声がくぐもったり艶を持ったり、変化するのをただ楽しんでた。
綺麗なお話は、音楽になるのね。

*恋の花びら
*恋の問いごと
*頬杖の恋
*白木蓮が降った朝



愛する師を失って

April 25, 2011

昨年、愛する恩師をお1人失った。


命の灯火が消えそうになった夜、奥方様からお電話を頂いた。

  *通知

東京とのお電話で何分間絶句し、しゃくり上げる声だけを響かせたか。

何一つ言うべきことは見つからず、ようやく絞り出した言葉は "ありがとう・・・ございました"。

すぐにお葉書書いた。
ご自分に残された日が僅かなことを既にご承知で、最後のご挨拶の風に書くことは可能に思われた。

でも、私にとってはご縁の最後じゃなかった。
ピアノを弾く限り続く気持ちをそのまま表そうと思った。

フランス留学に至る膨大な影響を与えてくださったお方。
フランス音楽を愛する姿を見せて頂き、此の方が生涯をかける音楽は如何なるものかと興味を持った。

10代の学生の拙い興味だった。師の学生時代を追いフランスに渡った20代。帰国しフランス音楽シリーズ "パリの風" を始めたあと、ドビュッシー全曲を手掛けたいと思い込んだ30代。

敬愛して止まない師の存在によって突き動かされた気持ちが、私の音楽活動を支配していった。

**

多くの想いが去来し、ペンを握ったまま折れそうになる心があった。
それでも書かなければと思った。
桁で測ることのできない感謝をどうしても伝えたかった。
伝えずとも とっくにわかっておられる事を今ひとたび。

**

病状の事も、励ましも、何一つ記さなかった。
1週間と空けず交わした普段のやり取りのように。

普段と異なるのは速達にしたことだけ。

《Cher Monsieur》

Monsieurがパリ行きの切符を下さったのだと
思っていますって、昔お話しましたね。

今も変わらぬ気持ちです。
感謝しています。

ドビュッシープレリュードは次回
全曲制覇にリーチが掛かります。

そして次のリサイタルに
リンダラハを弾きます。


短い文面だった。
短くても、速達で届く此の葉書の意味は、十二分に伝わる筈。

**

帰天の知らせと共に、
奥方様からお手紙を頂戴した。

貴女の葉書を枕元に置いて、
亡くなるまで ずっと眺めていました。

**

最後のお便りにどうしてリンダラハを弾くと書き、
その通り5月3日に実行しようとしているのか。

リンダラハは、恩師が愛し抜いた曲でした。下記リンク、リンダラハのお話を胸が引攣れる思いで更新してた。

  *ドビュッシー「リンダラハ」(1)背景
  *                (2)中庭
  *                (3)ハバネラ


初演を聴くことなく世を去ったドビュッシーと重なった。

そしてもう1人の音楽家の存在を思った。
ドビュッシーをわが親愛なる先生と呼び慕ったマニュエル・デ・ファリャ。

  *ファリャの追悼曲

パリへ移り住み、ドビュッシーと書簡を交わし、
最後は夫人へ弔電を打つことになったファリャ。

この日のブログも昨夏、涙しながら更新してた。
私は師が愛したリンダラハを追悼の曲にするのだと思いながら。

5月3日午後2時、布引ハーブ園森のホールにて演奏致します。

*サンラザールより 望郷の空



大震災とピアノ

April 24, 2011

毎日地震が続く東日本・・・


現地のピアニストさんとピアノのことを思う。幾度でも涙が出る。

何台のピアノが津波に流され、火事に焼け、どれほどの演奏家さんと音楽学生さんたちが泣いているだろうと思う。

コンサート予定をしてらした方、お稽古を頑張ってらした方・・・突然取り上げられてしまったピアノをどんなに弾きたいことでしょう。

命を繋ぐのに手一杯のなか、ピアノを弾きたいだなんてとても言い出せない状況で・・・ でもピアニストさん達はピアノが欲しくて欲しくてたまらないんだワ。

今日コンサートの筈だった方もいらっしゃる。明日のために暗譜に苦しんだ方もきっと沢山。

白と黒の88鍵は 物でも家具でもない。ピアニストの魂なんです。
言い出せない言葉を紡ぎ、表せない思いを紡ぐピアノ。
全てのピアニストさん達がもう一度鍵盤に手を置けるよう祈ります。

お披露目場所が残ってて いつでも弾ける私たちは、ピアノを失った人達の涙の分まで精一杯音楽を守り伝えてゆきたい。

皆が音楽を取り戻せる日が1日も早く来るよう切に祈りながら。

イースターの朝に。

**


5月3日午後2時、布引ハーブ園にてリサイタルです。
皆様と心を重ねることができますように。

*サンラザールより 望郷の空



恋の花びら

April 14, 2011

美しいカードが届いてた。

17世紀のバジリックの・・・


私は知らずに朝のPJでお稽古してた。

ガラス張りの窓から差し込む明るい陽を背にして、異なるピアノで異なる鍵盤タッチを試してた。弾き傷みをした手が少しズキズキしてた。

詰めた練習。疲労骨折が怖くてミルクもカルシウム強化のに切り替えた。弾き過ぎは良くないけれど、何度やっても不安は残り・・・そのうえ強度の上がり症な自分をどう運べるかしらって頭痛がする。

いつもいつも同じ悩み。
何百回コンサートをすれば、心が折れずにお人前に立てるようになるんだろう。其んな日は決して来ないの?


誰も居ないPJのピアノ前。

青いシートが掛かったまま。


手を休めなきゃ・・・って、休憩に写メをした。PJでお稽古してるの、って。
毎日ぽつんぽつんと交わすメール。お昼のPJの風景添えて・・・

オーナーが戻る。少し演奏を聞いて頂く。練習後、演奏コンプレックスを愚痴った。コンプレックスって物事を諦めない限り払拭できないものかしら・・・? って愚にもつかないコトをうだうだ言った・・・

驚くのは、10年以上も聞き続けてくださってる方でさえ " は? コンプレックス? " って目を丸くしなさることだった。数ある弱点をなんとかマシにしたいと毎日毎日ジタバタしてるのは、思うほどお人の目についていないのかしら・・・

**


帰宅してカードを手にした。宛名はタピオカちゃんより細いペンの、ママン手袋より流れのある文字。イタリアの風景・・・何処のお国から? って一瞬戸惑った。ヴェネツィアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂。

でも幾度も見覚えある文字に日本の記念切手。
あのギャル・ドルセーの葉書にお返事くださるなんて思いもよらなかった。

リサイタル前に あまり根を詰めすぎないように、って・・・
色鉛筆で空と木々の色に塗られて・・・
宛名場所に桜の花びらが数枚 貼ってあった。

何もかも忘れて見入った。
桜の木の下で拾ってくれたの・・・?

花びらの縁に微かな糊の痕。どんなお顔して貼ってくれたの?
花びらを傷めないよう気をつけて指先でなぞった。
ピアニシモで・・・ノクターンの出だしみたいに。

**


今日から さんちかホールにて神戸百人色紙展が始まっています。
東日本大震災被災地支援の義援金として被災地に届きます。

  *4月14日神戸百人色紙展2011
  *神戸の百人色紙展2011


拙なすぎる作ですが

落札されますと


此んな畳紙に入って解説文つきでお手元へゆくことになっています。
どうぞお運びくださいませ。

色紙展のお問い合わせは、神戸芸術文化会議事務局
      Tel 078-322-5165 までどうぞ・・・

*恋の問いごと
*頬杖の恋
*白木蓮が降った朝



白木蓮が降った朝

April 08, 2011

風の強い朝、

窓からお庭を見下ろして・・・


雪・・・? って思った。
白木蓮の花びらが散り積もってた。ふっくら暖かな雪だった。

ジョン・エヴァレット・ミレイの "春" って絵に白木蓮が描かれてた気がした。画集を確かめたらば林檎のお花だった。

**


変てこな夢を見てたのよ・・・

夢の中、私はピアノを辞めて20年以上が経ってた。指は固まって筋肉が落ち、もう思いどおり動かなかった。皆ピアノを弾くのは無理よって言った。

私は誰の言葉も聞かず、動かない指で毎日練習してた。20年のブランクは20年かけて取り戻そうと思ってた。何も悲しくはなかった。子供のときピアノを習い始めてから幾十年の作業を、もう1度最初から行なおうって思った。

音階も綺麗な粒では弾けなかった。何時間も音階を練習して、明日はもっと上手になるって私は満足してた。皆は気の毒そうに私を見てた。何も気の毒じゃないのに・・・って無視をした。

夢で、どんな事情でピアノを辞めたのか、どんな事情で其のまま20年も経ったのかわからないけれど・・・ いつどんな場合でも 今日より明日に良く弾けるようになるって ただ素敵。


朝の時間、

カフェオレを沸かす間に


大好きなカミュの戯曲"正義の人々" を終えた。

白い花びらを見て絵を思い出し、少しだけ本を読む時間もあった幸せな朝5時半。

夢とちがって毎日ピアノを弾いてることを感謝しながら、またネって言ったばかりの人へ葉書を書いた。


オルセー美術館が一等好きって聞いて・・・


1900年パリ万博に際して造られた当時のギャル・ドルセー(オルセー駅)のカードを送りたくなった。駅舎シンボルの時計台を今も残すオルセーが私も大好き。

会って、たくさん交わし事をして、別れて、すぐメールが来て、どぎまぎして・・・ それからドキドキをおさめて、ありがとうって葉書が書きたくなった。

暖かい風が止まない朝、カーディガン羽織って投函に行った。

  *恋の問いごと
  *頬杖の恋



トスカーナの気配

April 03, 2011

イースター前の受難節に

相方さんも受難?


蝶番君は1週抜きでマタイ受難曲とヨハネ受難曲をしなさってるハードなご様子。四旬節に楽曲箇所を読んでみてた。マタイ26-27章とヨハネ18-19章。

フォーレ合わせは本番翌日に。とっても楽しみです。
ライプツィヒものから明けて、明日パリものに戻ってきてくださいね♪

**

ある場面が別の場面を内包する。
そして数ある場面が一体になって広がりを感じさせる。
フォーレ歌曲 "トスカーナのセレナード" は私にとって其んな曲。

  *"トスカーナのセレナード" 落合訳

夜を歌う曲なのに、トスカーナの青い空が見える。緑の風が見える。
土地というのは其ういったものかしらと思う。冬の夜も、春の宵も、地は初夏の生新な風を憶えてる。

楽曲もお人も、そのものが持つ気配には今現れていない別な場面世界が内包されてて・・・ 

(わかり良いように拙訳をもう一度貼ってみますネ)

君まどろみの 一人寝の
静けき眠り 夢に揺れ

目覚めんや 
夜の明かりに照らされし
君が瞳に囚われた
我を見ませ 此の歌い手を!

我が魂を、心性を知り
涼風はこぶ 歌を聞け
我が歌声を! 夜露に濡れた涙の声を!

我が声の 君が窓辺に虚しく消えん
夜ごと歌うは 恋慕の殉教 
雨露凌ぐところなく 星天井の空のもと
我が声も 風に砕かれ 夜に凍てつく

我が歌は いまわの際の響きなり
囁きの唇ふるえ 慕情を捧ぐ
歌声尽きし
来よ、君が姿よ、現れよ!

------

我が願い 排斥の憂き目を知らば 
君忘れんがため まどろみに乞う
鮮血染まる朝来たるまで 夢揺られたし
恋情忘れ果てるまで 夢揺られたし


歌い手は懸命に窓に向かい願いを込めた。恋のはじめは燃える夏の明るい夜だったかもしれないワ。

幾日が経っても窓はひらかず、それでも諦めきれずに女性に訴え続けたのは秋口の肌寒い夜?

鮮やかな星に励まされ、風雨に心も叩かれた冬には涙声を振り絞った。

春が来て、飢つえた気持ちとやり場のない情熱が声も心も枯らしてしまった?

失意に耐え切れなくなったのは次の夏がめぐる前・・・?

**

歌の順を追うと 描かれない心模様が溢れるようで、私にも未だ見ぬトスカーナの四季が感じられるのです。

エトルリア人を意味するトスカーナの名。プロスペル・メリメ(仏1803年〜1870年) 著 "エトルリアの壺" を思い出しながらお稽古しています。

  *エトルリアの壺

歌パートを演奏される蝶番君の哀愁に満ち満ちた音は、歌の始まりから悲劇的に終わると予感さえさせてくれるの。フォーレの深く物哀しい旋律を是非お聴きくださいネ。

*トスカーナの目覚めと眠り



頬杖の恋

March 31, 2011

アナトール・フランス "ペンギンの島" を読んだ。


フランス史のカリカチュアを題材にして、人間への失望と落胆をとても辛辣に描いてるの。辛辣さの内に失意の悲しみが漂って・・・ 今の私たちが学ぶべきこと、たくさん見つかった気がするナ。

**

タピオカちゃんの恋の問いごとは続いています。
どんなお人か想像するのが楽しいってたくさん質問をくれて・・・

  *恋の問いごと

彼をイメージする本がある? って質問に、ヘッセよと迷いなく答えた。
登場人物で重なる人を聞かれ、強いて言えば "知と愛" のナルチスかしらと言った。

"まあ! 修道士風の方なの? "

其う言ってタピオカちゃんは長いメールを書いてきました。翻訳ページで読むのを楽しみにしてるタピオカちゃんのために ちょこっと訳しておきましょう。

**

《親愛なる聖マリージャンヌ。
サンタントワーヌ通りの白いルイ13世チャペルに講義を聞きに行って帰ったところ。神学者と、それからギリシャ正教の司祭も居たの。

貴女の恋のコト考えてた。私は地味だから、男も女も華やかなアーティストが大好きなの。貴女はぽつんと寂しそうに見える人が大好きね。貴女が好きな人のことを話すと私のことも好いてくれる理由がわかって、だから余計に嬉しいの。

10年っくらい前、お気に入りの修道士さんが居たわね。
橋を通ってくエルサレム男子修道会の方によく会うって言って、私ときどき一緒に見に行ったんだった。見つけると貴女 "こんにちはブラザー" とか "キリストの平和を" とかって丁寧に膝を折って行き過ぎ、私はね・・・

あれほどたくさん修道士達が行き交う場所で、どうしてあの1人なのかよくわからなかったのよ。地味な感じで取り立てて素敵と思われなかった。でもね今は何となくわかるの、貴女が "綺麗な空気の人" って指す人たちの共通点。

忘我的なんだってわかった、貴女が綺麗って言う人は皆。
自分のことを忘れてる人たちなの。
自分が頭になくって、自分以外の何かに深い愛情を注ぐ人たち。

-  -  -

実は先日彼の声にラトゥールの絵を思い浮かべるって聞いてから、あの修道士さんを10年ぶりに思い出してたところだった。其処へ修道士ナルチスなんて偶然じゃあないわ。

ラトゥールの画集、長い時間をかけて見たの。赤子のキリストを抱く腕を回した風に、手の仕草が優しい修道士さんだったって思い出した。
"悔い改めるマグダラのマリア" の頬杖をついてるほうの作も見た。

ねえ、彼は頬杖をつく癖があるでしょう?

お聞きなさい。貴女は頬杖の癖がある人を好きなの。気づいてる?
あの修道士さんも、よく橋の欄干で頬杖ついてセーヌを見てた。

あの橋から真っ直ぐ南へ行ったお店のブーダン、いつ一緒に食べにいけるの? いつ会えるの? 私は何年も何を待ってるの? やぁね、まるで振られそうになってる彼氏に宛ててるような文で変だわ。

-  -  -

彼のことが目に見えるように浮かびはじめた。違ってたら教えて。
彼はランチは1人屋上でパンを齧って 時々鳥にわけているんでしょう?
メトロでは本を読んで ときどき窓の外を見て
騒がしい場所でも彼の周囲だけ無音に見えるのでしょう?

ねえ、会って話したい。明日ムフタール通りの角のカフェで会いましょうよって書けば来てくれる? そうだといいのに。

キスと共に。ブルゴーニュにもね。タピオカ》

**

タピオカちゃんのお話はとっても楽しい。うふふ、屋上でパンかどうかはわかんないけど・・・

頬杖、とってもよくついてる・・・
そうして確かに私、その姿を見るのが好きだワ。
自分で気がつかなかった・・・



感傷のフォーレの日

March 23, 2011

アンドレ・ラシャペル神父様が

仙台教区の津波で帰天された。


悲しいお知らせを聞いたあと・・・ 南仏から怖ろしい一報が入った。
長い間家族のようにして頂いた聖書学の先生が亡くなった。

奥方にお料理を教わって、同い年の息子さん夫妻とおしゃべりし、その子供達にピアノと歌を教えた。団欒の中心に居た尊敬する人が帰天してしまった。

天災でたくさんの人々が亡くなって・・・ 被災地から離れた場所でも此うして1人ずつ消えてゆく。

ショックと深い哀しみに初めは涙も出なかった。人や物が失われていくのと同じ分だけ、側にあるものを後悔なきよう大切に慈しみたいと思った。

フォーレ "水のほとりに" のメロディーが頭をよぎった。
涙がどっと溢れ出した。

  *「水のほとりに」落合訳


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チャイムが鳴った。泣きながら応答するとフランス郵政省のドキュメント用小荷物便。パリの消印。

ヴェルレーヌのことたくさん書いてるのを翻訳ページで見て、タピオカちゃんがヴェルレーヌを贈ってくれたの。先日音出ししたばかりの "やさしい歌" が収録されてた。

天へ帰った人も、すぐ側に居るように優しい届け物をしてくれる人も、みんなずっと大切なお友達だワ。


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今日は蝶番君が合わせに来てくれます。少し感傷的な気分でフォーレの日。



フォーレ月の光に出逢う

March 20, 2011

5、6歳だったナ・・・

父のイギリスのオミヤでした。


此のブローチが大好きで、おとっときにしてた。同じ頃にフォーレのレクイエムをレコードで知った。ブローチと同じくらい大好きになった。レクイエムの音楽はわかんなかったけれど、美しさに感動することはできた。

大人になってフォーレ歌曲は後期の幾つかを伴奏した。ソロ曲をリサイタルに入れた年があった。弾いたり聴いたり・・・時折ふれたフォーレ。

でもね、今年はじめてフォーレに出逢ったのよ・・・


**


月の光を弾いたの・・・

  *フォーレ「月の光」

ヴェルレーヌ "艶なる宴" 収録の月の光の詩はよく読んでいた。曲は聴き知ってた。蝶番君の音楽を聞いてすぐに思ったの。柔らかで包み込むような膨らみある音は、月の光にさぞ合うでしょうって。

弾いてみたいと誘った。譜を用意して、軽く触る程度に譜読みを済ませた。私の手元にあった譜だから蝶番君は初見だった。

ふわっ・・・

聴き知ったどれでもない風な、不思議な密やかな世界が浮き上がった。どうして其んな風にアンサンブルが上手くゆくのか ちっともわかんなかったけれど・・・

はじめてフォーレに触れた気がした。
新しくフォーレに出逢った気がした。
知った気で居たフォーレの魅力の1部分しか見てなかったって感じた。

弾く意識はごく薄く、曲の詩的世界をなぞりながら眠るような安らぎに満たされ、気がつくと曲が終わってた。

あっという間に虜になった。フォーレの、そしてアンサンブルの。2人のうちどちらの力でもない風に曲が流れるのを感じるのが好き。
今年はね、フォーレの年にするんです。
フォーレ祭りは私にとってまさに Fetes Gallantes・・・艶なる宴。



ダンテとプロコフィエフ

March 18, 2011

フランスのスーパーマーケットの無料オマケ。


便利ダイヤルと聖人カレンダーが一緒になってる。


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夜までプロコフィエフ2番ソナタ3楽章の中を旅してた。
最近読み終えたダンテ・アリギエーリを思った。

凄惨な場面を描くのに、終わりない苦痛に見えるのに、何かが脈動してるのよ・・・。苦悩の底の高い活性、プロコフィエフもちょっぴり似てる。

  *プロコフィエフ・ソナタNo.2第3楽章
  *プロコフィエフ愛

今の時期は惨劇シーンを記すのは控えて、代わりに大好きな箇所を書きとめますね。


ダンテ "神曲" 第24歌より

《"今こそ怠惰と袂を分かつのが君の責務"
とわが師は言う。
"和毛(にこげ)の茵(しとね)の上、
あるいは衾(ふすま)の下に安坐して、
誰しも美名(よきな)は得られず。
美名と縁なく生涯を徒費する者の、
地上に残すおのが形見のむなしさは
空の煙、水に浮ぶ泡沫(うたかた)同然。
ならば立ちあがれ。
どんな戦にもおくれをとらぬ霊力(アニモ)もて、
君のあえぎに勝て。》

                         (寿岳文章様訳)


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いつも同じ風に書いていますね・・・私ね、大作巨編の飢つえないエネルギー量にとても惹かれる。どこまでも枯れない持久力が好き。

治療後1日経つと鎮まるはずの炎症と痛みが月曜から続いて5日目。
ちょっぴり嫌んなっちゃって・・・此んな時はダンテを読み返す。

するとまた力が涌く。

明日はもっと元気なブログにしよう。



アポロンの夢想

March 16, 2011

割合に加減良い気がしてたけど

化膿と血液が混じる量は変わらず・・・


治療されながら、今日はどうですか? ってお医者様に問うた。結構な量ですよ、見ますか? って・・・。ガーゼに受けた膿みを見せられた。う〜ん・・・もう少し菌が減るといいのにナ。

いつも麻酔針が髄に入っていくだけで きゃって声が出てしまうけれど、今もっと痛くて怖い思いをされてる方達が数え切れないほどいらっしゃることを思うと痛みもあまり感じなかった。


**


しっかりした楽曲イメージは出来上がってない段階では、楽譜の中を様々に彷徨い夢想する。

アポロンの讃歌の譜面はとくに興味深い。

  *アポロンの壁飾り

所々にカッコ付きの音符がある。紀元前2世紀の遺跡で失われた箇所を補った部分。目を引くのは、伸ばす音符と刻む音符が同時に書かれてるところ・・・ 例えば2分音符1つと4分音符2つが重ねて記されてる。

どうしてかしら? ってとっくり眺めた。元あったギリシャ語歌詞に沿えば伸びる音符が、フランス語訳で発音上の価が変わるときがあるせいって気づいた。

大問題だワ・・・

アポロンの讃歌を奏する趣旨に寄り、選ぶべき音の値が異なるでしょうね?

古代ギリシャの讃歌として弾くならばギリシャ語発音音価にするべきね。フォーレの音楽としてならば意味が変わってくる・・・

おそらく1893年からフォーレが手掛けたであろう (1893年発掘。94年は完成と初演の年) 作曲時に、歌詞つきでフォーレが手にした原稿にはフランス語訳があったに間違いなくて・・・

彼はフランス語訳で歌詞理解をし、伴奏づけ・管弦楽編曲・旋律補足を行ったのでしょうから・・・ 古代の旋律を用いながらも作編曲者フォーレにとって曲の基になる言葉が仏訳だったなら、後者で演奏したい気持ちもある。

蝶番君に相談してみましょう。

拙い夢想。変化するイメージ。取るに足りない考えの断片も様々に話し合いながら作り上げたいフォーレ歌曲。



フォーレに出会って

March 15, 2011

Mixiで演奏家さんが書かれてた。

今こんな時にできること、って。


良い演奏をお届けして少しでも笑顔を作ることだ・・・って。本当ね。情報はなかなか見極められず原発の不安は専門家にお任せするしかない。自分たちにできることを考えながら・・・

かつての神戸の震災では被災者側だった。空港が使えず遠い外国で身動きとれない間、音楽に救われてた。あの時より更に規模の大きい災害の数々に胸が詰まる。できそうなのはやっぱり音楽のお話を語りかけること・・・


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きのう病院の待合室でバルザック "従妹ベット" を読み終えた。

  *絵をみる

大長編に数えられるお作を終えるのに特に時間がかかったのは、途中でダンテを読んじゃってたから・・・

  *ミネストローネ・レシピ

何故って同書に神曲が描写されてた。(河出書房新社世界文学全集U-8 バルザック "従妹ベット" p387) 脇道が大叙事詩だったため長く長く彷徨って、やっとバルザックに戻った。

とってもバルザックらしい風俗哲学みたいな描写があった。


《恋にしろ欲にしろ、それが本物であれば、おのずからなる本能がそなわる。》

《果物鉢から食いしんぼうの男に一つだけ果物を取り出させてみるがいい。
ろくろく鉢のなかをのぞきこまなくたって、間違いなくいちばんいいやつをつかんでしまう。
それと同じことで、相当教養のある若い娘に思うがままに婿選びをさせてみるがいい。
なんの支障もなしに名ざす相手を夫にもてる場合なら、まずめったに間違った選び方はしないものだ。》

《自然には間違いがない。》
《恋愛における自然のこの業を "ひと目ぼれ" という。》

                           (水野亮様訳)


**


一等本能に近いところで呼吸するように過ごしてるとき、自然に出会って選びたくなったもの・・・ 其れはフォーレ歌曲でした。

音出し選曲をして、まだ合わせに至ってない譜面を眺めた。歌パートとの絡み合いを辿った。

ピアノは歌パートに繋がるフレーズを押し上げて、歌パートが一等綺麗に響く箇所は控えながらハーモニーで支えたい・・・ 書込みを入れながら考えてゆく。

ソロリサイタルが終わるまで、お稽古の休憩にじんわり暖めながら。
音楽が誰かの心を豊かにできますように。



恋の問いごと

March 11, 2011

好きな人の職業、

問われるの嫌いなんダ・・・


変かしら? お人に言えないご職業じゃあないの。私は大好きなお仕事だけど・・・ でもね、人って何をして生きてても其の人格に関係ないって場合はないかしら。

功績ある人が急に職を失うこともある。地道な努力が報われないこともある。偶然時代の波に乗って信じられない成功を手にすることもある。
其れら皆、一時的な環境だって感じる。

自分が修練して得たものじゃない夫や恋人の職業を述べる意義は、今のところ私には見つけられないし、職種は情報に過ぎない。色味のない情報。


**


親友タピオカちゃんの問いごとは素敵だったワ。

質問は質問者を顕著に表す。一等最初に "何してる人? " って問うことが質問者の価値意識を表すと同じように、タピオカちゃんの最初の問いはとてもタピオカちゃんらしかった。

  "彼は瞳の彩光が よく光ってる人?"

しっとりした光が綺麗なのヨって答えた。
他にもたくさん質問された。

  "彼はどんな季節が似合う人? "
  "彼から何の音楽が聞こえる? "

とっても楽しい問いごとだって思った。

  -- 秋が似合う人よ。
  -- ラフマニノフの小品が聞こえてくるような人。

  "彼の声を聞くと、どんな絵が見える? "

  -- 小さく話すの。
    少し声を張ったときに艶めくの。
    ラトゥールの "キリストの降誕" みたいよ。

昨朝だってタピオカちゃん、たくさん質問を浴びせてきた。

  "彼とまだしてなくて、此れからしたい事は何? "

  -- 森へ行きたい。
    枯葉を踏んで歩いて、カサカサいう音を一緒に聞いたり、
    草の匂いを一緒に吸い込んだりしたい。

写真見る? って尋ねてみた。タピオカちゃん、ダメよって答えた。まだまだ想像を楽しみたいから見せないでねって。そしてまた質問した。

  "貴女は彼の何を見てるのが好き? "

  -- 陰影。

  "彼の背景にお天気を描いて色を塗るならどんな風? "

  -- グレーの霧雨カナ。

タピオカちゃんは女学生のように話すんだワ。そして女学生のように興味津々。一晩考えたってモンタージュしたメールがきた。

グレーの霧雨は痩せ型の人に似合うでしょうネ、だとか
ラトゥールの絵で少し俯き加減の姿勢を思っちゃった、だとか
今日フナックへラフマニノフのCDを買いに行くワ、だとか。

私ね、此んな問いごとが大好き。



川辺(16)誘拐

October 16, 2010

父には小さな夢があった。

結婚前の若い時分からずっと。


いつか女の子を一人だけもって大事に大事に育てたい・・・ あまりにも小さな、ごく簡単に叶いそうな夢だった。ところが願いの強さに反して子を授かれぬまま幾年も過ぎた。

10数年も経ってやっと母が身ごもったとき、男の子の名は考えようとしなかった。迷わず選んだ娘の名を口にし、生まれてくるのは女の赤ちゃんに間違いがないと決めかかった。

もし男の子ならどうするのと母が嗜めても、男はいらない女の子に決まっていると頑固を言って困らせた。

待ち侘びた一人娘は仮死で生まれた。育たないと言われるほどに内臓が弱かった。生かしておくために父は持てる力と金銭をなげうった。

歩くようになればお洋服と下着全ての裏に 血液型と拒絶する薬剤と住所・電話番号を刺繍するよう母に命じた。お陰で十を過ぎても変テコな縫込みのあるお洋服を着せられた。

ハンカチーフにも毛糸帽のタグにも血液型が縫われてた。病気を持って何もできない子でも 姿がどうあってもいいと言った。命を繋ぐことが家族の目標になった。


其んな折りピアノのお稽古の道々に事件が起きてしまった。


急に横付けされた自動車の中から腕を掴まれた。小さな女児は 無理矢理に車へ引き込まれた。家から数分の場所だった。犯人は女児誘拐を重ね手配中だった。

遊園地のお化け屋敷は怖くなかったけれど、マジックミラー越しに見せられた犯人はとても怖かった。けれども私より、父の恐怖が幾倍も大きかった。

娘の病に生きた心地のしない数年が続いたのちに、誘拐犯に連れ去られる心配までが加わった。ノイローゼのように側を離れるのを嫌がるようになった。

そうして救難の護身術、攻撃の腕の取り方受け方を娘に施しはじめた。

父に毎日付き合うことになった。英会話のあとには関節技の護身を学び、ピアノでSOS信号のリズムを打ち憶えることを要求されて、お稽古のあとは手旗信号を習った。


ザイルを使った避難は屋根裏の梁で実践した。


経緯を思えば、父の気持ちも無理からぬことだった。


**


ある夕刻だった。チャイムに応えて母と出た。

見知らぬ老婆が佇んでいた。腰が曲がり 顔中に苦悩の皺が刻まれていた。老婆は門の外で崩れるように土下座をした。その姿だけでショックを受けた私を、母は急いでお玄関口へ押し込んだ。

老婆は誘拐犯の母親だった。道端に額を擦りつけて謝った。泣いて顔を上げぬまま、息子がとんでもないことをしたと謝罪を繰り返した。あんな息子を育てた私のせいですと号泣した。

私は肉体的な被害を受けていなかった。けれど同じ頃に同じ犯人に誘拐された女児たちは違う結果になったと警察から聞いていた。

写真で見せられた被害者のかわゆらしい女の子たちを思って幾度も泣いた。幼い年ゆえに犯人への憎しみはまだ覚えなかったけれど、父以外の男性を無条件に嫌悪するようになってた。


それでも、あの犯人にも親があり、

此んな姿で苦しむのだと知った。


それは肉体的な傷を受けなかった者だからこそ浮かぶ感情で、実害の前には決して情を誘うものじゃないとも知った。

10に満たない子供にはあまりに複雑な感情世界だった。
母は言葉ないまま門から出て、道を這って泣く老婆の側へ屈み込んで一緒に泣いていた。

老婆が悔いる凄惨な姿と 母が泣く優しい姿に、事件の枠を越えて親というものを知った気がした。震える思いがした。

望んでも坊やが得られなかった世界だった。

両親の生活とあり方は、成長後も変わらずに・・・
世の親にとって子が宝であることを、その日々を
坊やはじっと見ていた。

*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ
*   (11)ギモーヴ
*   (12)二つの沈黙
*   (13)父
*   (14)家内
*   (15)二番目の私



川辺(15)二番目の私

October 05, 2010

大きくなった坊やは、たぶん好意を抱いてくれた。


でも私は2番目。2番目に好かれてた。

坊やが一等好きなお人は別に居た。


**


なんですって! 嘘でしょう?! 女性の影はなかったはずでしょう?
お友達は驚いた。

本当なのよ。私、2番目にしかなれてないの。


**


坊やが一等思うのは、父。そう、私の父。

娘の目から見ても好ましい父親像と映った。物心つくころ、父と結婚をした母が世界一幸せな女性と信じて疑わなかった。幼い口癖は決まってた。"ママはいいな、私はパパと結婚できないから可哀想ね。"

娘の一般的な心理にしては強過ぎるファザーコンプレックスと言われ続けた。私より酷いファザコンのお人が居るなんて、思いも寄らなかった。

坊やの会話の大部分が父の事に終始した。さすがのファザコンの私もうんざりする程に、お父さんお父さんと繰り返した。


坊やは異常な敬愛と忠誠を父へ向けた。


実の父親の顔も知らない坊やにとって、父が示す父親像はあまりにも強力すぎた。父として愛し 師として愛した。異常なまでに強く深く。

生まれたての雛が親を知り、親に習おうと全力を投じる図があった。

坊やが初めて触れた父親像は、強く優しく大きな器量を備えてた。美男子で武道に長け黒帯を保持した。一方では無邪気な遊び心で人を楽しませる。

家族を一番に思いやり、妻と娘から最大の愛情を受ける。帰宅をすれば妻と娘とワンコが飛び出して出迎え両側からキッスをされる・・・ 一家の父親は其のようなものと信じてきた。

父の自動車の音がすると母が飛び出すから 幼い私は母に付いて歩き、当たり前に見真似るようになった。

仕事を愛し、外出先でおいしいお菓子を見つけるごと妻と娘に買い求め、妻に手製のシャツを仕立ててもらい 冬は手編みのセーターを贈られる。

拙宅の当たり前の光景が、強烈に坊やの中へ刻みこまれた。


悲劇の始まりだった。
悲劇はパラドックスで終始した。


父への執着は常軌を逸してた。


普段に甘いものを口にしない坊やだのに、父がお勉強に連れてゆくクリーム屋さんのクリームだけは一等おいしいものと思い込んだ。

のちに一時の病にかかったときは、お父さんと同じ病気になって嬉しいとさえ言った。呆れてものも言えなかった。

坊やは父を見真似ては 習いながらお仕事道具や物を共に手入れし使いこなした。父が大切にする物を同じふうに大切に扱った。敬愛する父の気持ちに寄り添った。

中でも父が最も大切にしている宝物、命より大切な最愛のもの。
それは彼の一人娘だった。

坊やは父が溺愛する娘を、不可侵の場所奥深くへ仕舞いこんで頑丈な鍵をかけてしまった。

父のただ一つの宝物に、何があっても触れてはならぬと思い決めた。


坊やは潔癖がすぎた。


どうと祝福されようとも拒む言葉を繰り返した。自分の気持ちを強く否定した。鍵をかけ直す如くに。

後々までも私に指一本を触れることさえ拒み続けた。
幾度となく言った。


そんなことが できるわけない。有ってはならない。


1対1の関係と、父を中心にした立場は交わることない位置にあった。坊やの潔癖さは 其処から抜け出すことを拒否してた。

私の恋のライバルは、唯一のライバルは、最愛の父になった。


*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*   (2)輪郭
*   (3)ダイヤモンド
*   (4)お粥の湯気
*   (5)慰め
*   (6)祈り
*   (7)土鍋
*   (8)生きる糧
*   (9)夢の空白
*   (10)エンジェルケーキ
*   (11)ギモーヴ
*   (12)二つの沈黙
*   (13)父
*   (14)家内




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