Vaguement X



身の丈の幸せ

November 25, 2012

ドレスバッグの中でコンサートのコサージュを入れて運ぶのは紅茶缶。


お若くかわゆらしいかたなら髪に挿したまま出発も良いけれど、この年齢でやっちゃうと怖いですものネ! 道々お人に避けて通られそうだから楽屋まで持ってゆきますよ。

軽くて丈夫でコサージュが潰れる心配がないのは缶だわ〜。
変てこかしらね? でもね此うしたものが好きなんです。

コサージュ入れは市場には素敵さんなお品が沢山あるかもだけどよく知らないのヨ。

コンサートで使う物を、コンサートに来て下さった方の差し入れのお菓子缶や紅茶缶に携える・・・ 以前のコンサートの思い出と今日のコンサートを繋いでる物。

  出番前に控え室で開く何でもない缶々に
    お客様の気配があるって楽しい。

  自分の身の丈で、自分の真実に思える。

**


もしかすると私は寂しがりなのかもしれない。

真新しく綺麗な物は
持主のほうでは大好きでも
物が持主を愛してないようで
寂しいと感じてしまうんだろう。

**

ひょっとしたら物への考え方は
幸せへの考え方に似てるの?

スターの偶像を本気で愛せる方も居れば
ごく身近な愛を抱きしめていたい人も居る。

私は後者で新しいファクターを望まず
側にあって情を交したものほど愛しく思い
新しさは傍らのものと一緒に培いたくて。


古いものが自分の中で角度を変えて
新しいものになってゆくのが楽しくて、

10代から追った詩人や作曲家と同じ重さで
身近な取るに足らない物たちを愛してて、

  擦れたハンカチも
    エミール・ゾラ全集も
      焦げが取れないお鍋も
        フォーレのメロディーも
          さもない缶々も
            ワンコも恋人も

1つ1つが足跡で

小さな小さな身の丈で

身の丈のまま居ることは、幸福を知ることなのかも。


*アンティーク好きの理由
*アンティーク途中
*アンティーククロスはまだ先
*アンティークを愛でる

*ゼロ円インテリア
*ペイントもの・・・♪
*断絶ないインテリア

*幸せな椅子
*19世紀フランスのティッキング
*嘘のアンティーク・本当のブロカント 

*エートル
*エートルが繋がる
*エートルとプロセス
*エートルとエグザゴン
*エートルを愛でる

*六角のカタツムリ
*お玄関はお家の・・・
*19世紀フランスのティッキング
*古いスクリーンはワンコのエートル
*内緒のエートルは黒田節

*HPお道具ページ

*望郷
*望郷とエートルとショパン

*使い込まれた古書♪
*古いコミュニオン・カードと物



嘘のアンティーク・本当のブロカント

November 22, 2012

かっこいいわぁ・・・♪


  素敵さんな木製トランクの如きケースは
  古いファゴットケースなんです。

昔々に蝶番君が使ってたアメリカの楽器ケースなのよ。
木をたくさん使ってあるからとっても重い。

**


昨日の続きのお話ネ。

昨日の写真は嘘のインテリアだと思う。

  *19世紀フランスのティッキング

    アンティークは本物で、求めたお店は確かで、
      でも私は素敵さんぶって嘘を飾ってる。

  *お玄関はお家の・・・

写真のアンティーク布と私の間に繋がりはない。
ただ見て大好きなだけの片想い。

持ってると自分も素敵にさんになれた気がするくらい素敵なファブリックを見せ飾って、嘘をついてるんだワ。
浅はかに手にして良かったのかしらってまだ悩む。

はあ・・・

大好きで大切なファブリック、今から長い時間をかけて19世紀ものが側にあるのが似合う女性にならなきゃいけないのね。

**


でもね、凄く好みな無骨でマスキュランなファゴットケースは、
ご提案に躊躇なく胸を張って頂いたのです。

使い込んで中はぼろぼろ。
木が剥き出しになっちゃってる。


相方さんはもちろん新品で求めたの。


毎日毎日お稽古するうちここまで朽ちた。
ファッション化したアンティークの如く風合いになった。

  デュオコンサートを重ねた相方さんの
    青春時代が詰まった楽器ケースなら、
      ファゴット好きのピアニストが飾って
        充分に赦される気がした。

     嘘のアンティークじゃなくって
     本当のブロカント。

  自分との繋がりが密でダイレクトで
  私の人生の一部ですって言える物。

此れならば今の私に似合う。


ケースはね本箱にしたんです。
想い出のオーケストラ・スコアを見せる収納にした。


**


かっこいいわぁ♪ ってケースを眺めながら思ったナ・・・
手に入れたのは素敵さんなケースじゃあないのかもって。

本当に掴んだのは、大切な楽器ケースを渡してしまって構わないと思ってもらえたデュオの形でしょうか。


*アンティーク好きの理由
*アンティーク途中
*アンティーククロスはまだ先
*アンティークを愛でる

*ゼロ円インテリア
*ペイントもの・・・♪
*断絶ないインテリア
*幸せな椅子

*エートル
*エートルが繋がる
*エートルとプロセス
*エートルとエグザゴン
*エートルを愛でる

*六角のカタツムリ
*お玄関はお家の・・・
*19世紀フランスのティッキング
*古いスクリーンはワンコのエートル
*内緒のエートルは黒田節

*HPお道具ページ

*望郷
*望郷とエートルとショパン

*使い込まれた古書♪
*古いコミュニオン・カードと物



ピアノと根気

November 11, 2012

(撮影者:タンホイザー様)


16日のPJ "モンパルナスの夜" の前に、ヴァントゥイユの写真を上げてしまいますネ。

先日ピアニストかつらちゃんが書込みをしてくれたきっかけで、根気って何かしらねって考えた。其うして私は乱暴なコメントを書いた。同じ学びを共有した桐朋同窓生にだからこそ口にできる本音です。

  *ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?

今朝は根気のおしゃべりにしましょうか・・・


(撮影者:大阪南YMCA様)


蝶番君は5時起きで朝の学校コンサートで2回公演する日だった。

そのまま午後のゲネに回って夜7時からオケの公演だった。

早朝の入りで本番・本番・ゲネ・本番 と18時間を終えた夜11時、
お疲れをよくよく知りながらfacetimeでお電話したのだった。

お電話内容はクタクタの相方さんにおしゃべりするような事じゃあなかったのヨ。

長年マルティン・ルターにキレまくってて、クリスマスを前にしてルター派曲への鬱憤をぶちまけるためにお電話したのが実情で、長い1日を終えてグッタリの方にぶつけるだなんて、ご迷惑だったことでしょう。

相方さんはお洗濯をしてた。私はキリストの奉献を巡るルター発言に憤懣遣る方無く、お疲れ顧みずしゃべり続けた。相方さんはとうとうお洗濯物も干し終えた。


ごめんなさい大変だった1日のあと早く休まなきゃいけないのにって、もう充分遅くなった時刻に言った。


相方さんはPJのためのリードを組みたいと思うって答えた。

**


facetimeの楽しいところで、ナイフでリード材に切れ目を入れてゆく手元が画面に写ってた。お互いにお顔が写るのを避けてカメラの逆側撮りボタンに設定するから作業が見えるの。

  相方さんにとって疲労困憊の1日の真夜中で、
  けれどシャンソンに合うリードを作りたがってた。

私たちはリードとヴォーカルの組み合わせを考え、16日演奏の "バラ色の人生" で最後のハイEのためにリードだけを取り替えるかヴォーカルごと替えるか相談した。

カーブの異なるヴォーカルの内径を例えばMRIで輪切りにすると、内径引き込みのなだらかさと音の特徴はどんな風に比例するか仮定しておしゃべりした。

お話は進んだけれど時計の針はもっと進んだ。

**


此処2日で憶えてる下らない例えだけれど
趣味って此んなものだと思う。

休息の趣味だから、休息の休憩は要らないわネって実感しながら音楽をしてる。

  根気っていうほどの事じゃあないし
    やり続けようって決意も別段なく
  
      私にとってソロは趣味で
      ババールは同好会で
      レッスンは音楽観賞会で

  主義テーマに合う音楽の形を見つけたいだけで
    此れといった根気は要してないみたい。

      思うようにゆかなかったり
      追われ過ぎて身体が疲れたり

      其んな瑣末な事なんて
      万人に当たり前にあるけれど

  モチベーションを低下させる程
    重大なことじゃない。

      思うようにゆかないから凹むとか
      疲れたから辞めたいって風に

      繋がらなきゃならない事じゃない。

**


束の根源、枝と幹を説いてたディドロが面白い事を書いてたナ。


  *人の特質

束と細糸の関係に使われた表現でしたヨ。

《頭は足に命令することはできますが、
足が頭に命令することはできません》



ディドロらしい考えで彼は此う言い切ってみせるけど
今時は足が頭に命令するのをしばしば目にする。

少しくたびれたから休みますよ、って。

"頭" も、生意気な "足" が命令するのを受け入れた。
くたびれた? そりゃあ大変だ。
無理はいけない、頑張りはいけない、
身体の声を聞かなきゃならない。

"頭" は、"足" が弱いから鍛えようと言わずに
弱いから休むのが好いと言う。
"頭" に其う言ってほしいと "足" が要求したので
休みを繰り返す "足" の成長を "頭" は諦めた。

ディドロの考えでは存在しなかった "心" も
どこからか姿を表して威張り出す。

ディドロ文中では "頭" が理知と理性で支配できた。
ところが "頭" が全権を担った場所を譲るや否や
"心" が独立した価値存在を主張し出した。

"心" は、自分は最も慰められるべき部位だと
"足" を味方に引き入れながら "頭" に命令し
"心" が賛同できる事こそ人にとって大切だと言う。

しかし《私を聞き入れて》ってごり押しをする "心" は
実態を開けば刹那的で吟味されない一時感情で
其処に "精神" は居ない。

"精神" は黙って "頭" を信じ
"頭" の命令を遂行し
"頭" を支え、助ける。



ディドロ風のおしゃべりにしてみたけれど・・・

根気、ナンテ特別なものを得なくったって、部位が勝手に命令権を取る仕掛けを止して、大切な頭と精神を守るだけで、ごく普通の事ならば続けるのは決して難しくないと思ってる。


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黄色いハンカチーフとマメマメ

October 26, 2012

デュオ話題が続きます。


11月16日PJの宣伝もしなきゃあならないものネ!
週末にはプログラムをupできると思いますヨ・・・♪

**


コンサート中、多くのピアニストはハンカチーフをピアノの中へ置くの。弦を張るピンより手前、音に影響しない場所へネ。

其うして多くのピアニストは置いたハンカチーフを忘れるの。
私も幾枚を失ってきたことでしょう。

次の曲のために手を拭いたり流れる汗を拭ったりに使ったハンカチは、最後にピアノ椅子を立って退場するときには使わないから、ピアノの中に入ったまま・・・

終演のお片づけで係員の方々が備品を回収してお持ち下さるとき、ピアノの中にハンカチが置かれてることには気づかないの。置いた当人もコンサート後の疲れと高揚ですっかり忘れちゃってるワ。

**


なるべくドレスに合った色のハンカチを使ってた。
ドレスクローゼットにコンサート用のハンカチも一緒に仕舞っているの。ドレスと同じにハンカチも色別にバスケットに入れて。

  先回もまたハンカチをピアノの中へ置き忘れたのよ。

レモンイエローのドレスに合う透明な黄色いハンカチって案外少ないのね。私は1枚きりしか持っていなかった。

またハンカチ置いてきちゃったわ〜って相方さんにこぼした。
ドレスとおんなじ色だったのに失くしちゃったのヨって。

  其んな会話があったのを私は直ぐさま忘れた。

  3日後合わせに来られた相方さんが
  ハイどうぞって私の黄色いハンカチをさし出した。


え・・・? って驚いた。


わざわざ会場まで行って、ピアノの中に置き忘れたハンカチを回収してきてくれたのだった。

  びっくりだわ・・・其んなことまで・・・
  本当にありがとうございます。

    つくづく・・・
      マメな相方さんに感謝です。

今日のババール合わせ、頑張りましょ〜♪
フォーレ後期作品の譜読みが間合ってません(涙)


*カタツムリ石鹸とマメマメ
*音楽解説書とマメマメ
*10.13写真とマメマメ



サスペンダーの殿方

October 21, 2012

風が冷たい。


アスターが花期を終えかけ茎を広げたマムを植え足した。

私ねサスペンダーの殿方が何だか好きなんダ。

ベルトをつけないフォーマルパンツのために吊るようになったのですって。礼装だのに麗々しくないアイテム・・・立派な男性がつけてもいたいけない少年風に現れるのは何故かしら。

個人的な殿方の趣味ではお洒落さんが苦手だけれど

  *不思議な駅(13)ジーンズと携帯

"吊ってあげなければ落ちてしまう" 条件を感じさせるせいか、お洒落をするほどに無抵抗感が漂う。フォーマルに決めたお人の何処かに力無さが匂う。

  ソコがちょっとヨイんだわ〜♪

偏執的なエントリーが多い拙ブログも益々変態よね・・・


写真は牛君デス。


牛君が使ってるのはBG社のショルダーストラップ。
ファゴットを支えるために背から胸へ装着する胴衣ネ!
(何故か蝶番君のストラップ写真を撮ってなかったワ。今度ね〜)

コンサートで上衣を着ると殆ど隠れちゃうけれど、ファゴット奏者はサスペンダー型ショルダーストラップを必ずつけてます。

  サスペンダーの無力感大好きで
    お洒落さんは大の苦手な者が
      お洒落さん目的じゃなくって
        お仕事道具のサスペンダーを
          日々観賞できるなんて。

  変態さん的なテンションが上がるったら・・・

**


ファゴットの音の魅力も共通するところがある気がして此んなおしゃべり書いてみた。意志的な低音と抜けのある高音、1楽器の内にある力バランスが好きなのヨ。

ファゴット音質のお話はまた今度ネ!
今日はババール合わせです。


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本

*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也
*ドビュッシー "木馬" 音源up
*ラヴェル "カディッシュ" 音源upとロラン

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
  ?僕が知ってるオフィシャル
  ?僕が聞いたお誘い
  ?僕ができなかった球拾い
  ?僕が聞いたiTunes
  ?僕が見たお客様
  ?僕が聞いた常連様との会話
*相方さんの夢

*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!
  ?僕が見たリハーサルの隙間

■ファゴット関連リンク
*試奏の記録
  ?僕が見た試奏会
*ファゴットリードのお話
  ?僕が見たブローチ
  ?僕が見たリード愛
  ?僕が聞いたリードの行方
  ?僕が思うトーテムポール

*やさしい理解とケクラン

  ?僕が見たモツレク
  ?僕が客席で見たこと
  ?お姉ちゃまファゴットを吹く
  ?僕が知った新年の習わし
  ?僕が見たお鍋

■コンサート外関連リンク
*パナソニックな日・・・♪
*Macへ行こう(14)フォトストリーム
*カタツムリ石鹸とマメマメ
*音楽解説書とマメマメ
*10.13写真とマメマメ
  ?僕が見た虫下し



花束

October 14, 2012

昨日はババールコンサートへお越しくださいまして、どうもありがとうございました。


秋らしいプログラムを私たちはとても楽しみました。

ご飯を食べて遅めの帰宅。
コンサートが終わった夜の楽しみはブーケを解いて活けてゆくこと・・・

お稽古は翌朝までお預けにして、コンサートの荷をお片づけしたりブーケに構ったりと、時間に追われず過ごす夜を満喫した。

いつもの如く相方さんのお花とダブルで頂いてしまった。
男の子君はお花のお世話が面倒くさいのですって。


確か先々月のこと・・・


コンサート後、昨日と同じに自分のと相方さんのと花束をふたぁつ持った帰途でお若い女の子が道に座り込んでた。

暑い日だったから熱中症なら大変と近づいた。
側へ寄るとハンカチをぎゅうと握ってた。
泣いているみたいだった。

どうしたの? って声をかけてもお首を横に振るばかり。
お隣にしゃがんでみたらば、大丈夫ですって言うけれど・・・

いまどきは学校で辛い事があると怖い発想をしちゃう方達も多いから放っておけず、イイコトもあるヨ! って伝えたくてブーケ1つを差し上げた。パァッ♪ って本当にお花が咲くように笑ってくれた。

**


昨夜は誰も道で泣いていなくて、だからたっぷりのブーケがお部屋まで無事到着♪

お花の香りの中、今日明日はソロのお稽古に戻ります。



頑張って2と高校生クイズ

September 06, 2012

8月31日決勝の全国高校生クイズの録画を観ました。
此れだけは毎年のようにチェックするのヨ♪


親族やお友達に灘校出身者が多いんダ。
帰国すると訪ねてくれる此方の記事の従兄やその兄弟も。

灘校比率高し。
女子で関係ない私まで灘校大好きなんです。

だからね、高校生クイズは灘応援が目的なの。
今年の優勝は開成でしたね。灘校ってば頑張って頂戴〜

**


先日の続きのお話です。

高校生クイズよりずっと沢山の方々がオリンピックを応援しなさって、きっとね頑張って! って思ってらしたと思う。

オリンピック選手は応援のプレッシャーに耐え得る特別な人たちなんかじゃない。別格と括る失礼はしたくないナ。私たちとおんなじに重圧を受け、脆さも弱点もある普通の人たち。

特別なのは、彼らが特別な忍耐と特別な努力の道のりで特別多くの涙と汗を流したこと。

そうして応援する私たちは、自分たちにできない業を成す人たちへ希望を込めて、希望を託して頑張って! と念じる。

  無心の挑戦や熱意が貴くて、
    人は此んな気高い心映えで困難を越え、
      試練に耐えられるものなのね、と
        志の清さに感動をもらって・・・ 

他人様への応援は、そんな心からのリスペクトを込めた形で成り立つのだと思う。

**


頑張れと言ってはいけないと取沙汰されるのは、口に乗せる側がお相手を目下のように見下した風に使うことが多いからかもしれないわね・・・

結果、口にしてはいけないような風潮が作られつつあるけれど
一等善くないのは軽んじ侮る気持ちのほうじゃあないカナ・・・
見くびった心があれば激励も、前進をたわめることも、どちらも美しい言葉にはならない。

  *頑張って! と言われることは

"頑張って" も "頑張らないで" どちらも、何かちがうって気がする時は発言者の不実さを感じ取ってるものかもしれないナ。

心を許し合う励ましは素敵。
お師匠様の激励、お客様の応援、桐朋同窓生のお声掛けがどんなに気持ち良いものか。そしてどんなに道を照らすものになっているか。

**


30日のファゴットパーティー+プラス。ファゴット伴奏だけと高を括っていたらば、クラリネットコンチェルトや、ホルンや、コントラバスの楽譜も届いて・・・

きゃ〜、譜読みを間に合わせられるよう粘りますよ。
"頑張って! " って言って頂戴ネ!


写真は相変わらずの終わってから宣伝シリーズ。


HARTの中身は此方ネ! 今upする意味ったら全然ないワ。
シャンソンの会に至っては太古の昔でした・・・


■終わってから宣伝シリーズ
*舟歌の写真と記録
*ダメダメの反省
*PJライブ動画1:2012



相方さんの夢

September 03, 2012

相方さんの夢を見た。


一緒に過ごす時間は長いけれど、夢を見るのはとても珍しい。

今までで僅か2度目だと思う。

**


夢の中で私たちは本番15分前だった。
相方さんは譜面を高い丘の上に忘れてきたと気づいた。

特別な打撃を受けた風でもなく譜面ケースを探った。
"やっぱりないな〜" とどうにも間の抜けた風を口にした。

私は仰天し急いで丘への乗り物の所用時間を尋ね調べた。
最短で往復15分との回答に絶望しながら、早口で提案をした。

ダッシュで取りに行ってる間に私はピアノ譜をコピーしてパート譜に貼り合わせるから、遅れそうならば途中で引き返して。2人で同時に取りかかって、早かった方を採用しましょう! って。

取りに出掛ける相方さんの悠揚迫らざる後姿に暗澹とした。

乗り物の列で事情を捩じ込んで強引に横入りをお願いするような事をしないだろうと。列の最後尾で悠長に待ってしまうのだろうと。

開演30秒前。
歯噛みしたい思いに捉われていると相方さんが戻ってきた。

  走るでもなくスーっと入ってきて、
    ショルダーストラップを装着しながら
      "間に合いましたね。" と呑気に笑った。

  常識はずれにボケてるのか大物なのか
  さっぱりわかんないワ、って夢の中でも思った。

**


夢と寸分違わない蝶番君のおっとりペースに
現実ではしばしば救われている。

  ?僕が見たリハーサルの隙間

上がり症で緊張ばかりする私と対照的に、本番でテンションが上がり切らない心配をするほどゆったりしてる。

出番直前まで譜面を繰るお隣で切迫感なしに構える。
お陰で楽屋は牧歌的なムードになる。
演奏前の自然な空気が私にとっては本当に有難い。

写真の通りに *舟歌の写真と記録
開演15分前でも平気でTシャツのままの相方さんには
コンサートを聴きに行っても驚かされる。

ファゴット真正面の客席に陣取った開演10分前。
お隣に座って今日は〜と話し掛けてくる人が居た。

  ええ〜?!
  私はご挨拶も忘れて慌てた。
  な、何してらっしゃるの?!
  まだ着替えてなかったの?!

  くたくたのシャツのまま客席に顔を見に来てしまったのだ。
  は、早く用意を・・・始まっちゃうったら・・・
  
他所様のコンサートながら気が気じゃなかったけれど
相方さんは悠然と、打ち上げ来ます? なんて言っていた。

天然なのかおおらかなのか、よくわからないけれど
とても真似できないなあ、っていつも感心するの。
ババールは奏者も足して2で割って丁度なデュオだと思うのです。

明日は音源upにしましょうね。


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
  ?僕ができなかった球拾い
*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也
*ドビュッシー "木馬" 音源up

*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!
  ?僕が見たリハーサルの隙間



水のほとりの恋

August 18, 2012

まだ若い頃に初めて読んだ時、泣きました。


《生は過ぎ去っていく。

肉体と魂とは河の水のように流れていく。歳月は年老いた木の肉に刻みこまれる。形の世界はすべてすり減らされ、また新しくよみがえる。

不滅の音楽よ、ただお前だけが過ぎ去らない。

おまえは心の中の海である。おまえは奥深い魂である。おまえの清らかに澄んだ瞳には、生はその陰鬱な顔は映さない。燃えたつ暑い日々、凍った冷たい日々、熱にうかされた日々は、不安に追われ、なにものにも引きとめられることなく、黒雲の群れのように、おまえから遠く逃げ去っていく。

おまえだけが過ぎ去らない。

おまえは世界の外にいる。おまえ一人で、一つの世界を作っている。おまえは自分の遊星の輪舞を導く太陽を、おまえの引力を、おまえの数を、そしておまえの法則を持っている。おまえは、夜の大空の畑に光まばゆい畝 --- その畝は、目に見えぬ牛飼いが扱う銀の鋤のあとだ --- を作る星の平和を持っている。


音楽よ、のどかな友よ、月光のようなおまえの光は、下界の太陽のどぎつい光に疲れた目には、なんと快いことだろう。

多くの人々が水を飲もうとして、足で泥を掻きまぜている共同の水飲場から、魂は顔をそむけて、おまえの胸にとりすがり、おまえの乳房から、こんこんとあふれ出る夢の乳を吸う。

音楽よ、純潔な母よ、けがれのない肉体の中にあらゆる情熱を宿し、灯心草の色、氷河から流れ出る淡緑色の水の色をしている目の湖の中に、あらゆる善と悪とを溶かしこんでいるおまえは、悪を超越し、また善を超越している。

おまえの中に巣を作った者は、世紀の外に生きる。》

       (ジャン・クリストフ10巻冒頭より新庄嘉章様訳)

**


音楽の懐深さと恒久性に胸打たれ、
  人や物の命の短さを思い、
    音楽と同じだけ大切な恋を思った。

ロマン・ロランの此の文は、フォーレ歌曲 "水のほとりに" と似ているナ・・・

  *"水のほとりに" 落合訳

恋のはじめに思ったの。
水のほとりにの歌のようになれたら・・・って。

いたわり合い、倦まず、暖かさに満ちた情愛を
いつまでも通わせることができたらナ、って。
其してそんな希いがどうか通じますように、って。

1年後、2年後はどうなっているだろうって想像できなかった。
先を想像する余裕がないほど一杯一杯な気持ちで好きだった。

会いたくて苦しくて、嫌いなところを1つでも見つけたくて
そうすればホンの少し楽になれる気がして粗捜しした。
ダメなところを幾つか見つけて尚愛おしくなった。
一層苦しくなって粗捜しも止した。

時は過ぎたけれども、今も恋心に胸が痛いまま。
読み込み訳したページを目にするだけでキュンとなる。
プリュドム詩 "水のほとりに"。


*不思議な駅(1)想い出
*     (2)階段の恋
       *バロックと階段
       *一目惚れの理:ケクラン
       ?僕が思う靴下と階段
*     (3)見送り
*     (4)車窓
       *ドビュッシー "バラード"
       ?僕が見たお別れとリスク
*     (5)プラットホーム
       *音楽のひとこま
*     (6)初めての待ち合わせ
*     (7)ミンティアの味
*     (8)チェコの袋
*     (9)人身事故--スケルツォ
*     (10)別れの時刻
       ?僕が見たウザい女
*     (11)2度目の出逢い


*古い携帯の音
*別れの月光
*揺らめきのドビュッシーバラード
*過去の女性からの手紙
*恋した匂い
       *繋いだ手のしらべ:転調
*ご不浄のやり取り
*白く光る花
*春のおでかけ
*海 -- アストレ
       *楽譜表示:アストレ
*恋路の花
       ?僕が思うコイビート
       ?僕が聞いたシマシマヒストリー
*デートのキャンセル
       ?僕が見た恥ずかしい旅行
*お土産のエピソード
       ?僕が見た小箱の中身
*ありがとうのお誕生カード
*バレンタインの思い出
*前髪パッツンのわけ
*ポップコーン
*もう一度だけ

*恋の問いごと
*頬杖の恋
*タピオカちゃんの呟き
*タピオカちゃんのお手紙

*白木蓮が降った朝
*恋の花びら

*食の開放
       ?僕が見た餃子
*渡り鮭のパスタ
*泣く女とバジル



"思うように弾けない" について

August 17, 2012

(撮影者:ぴょんきち君)


《イメージはあるのに、ピアノが思うように弾けない》
生徒ちゃんは良いけれど、プロさえもが口にする。

イメージがあれば必ず弾けるのヨって答える。
イメージとは "何となく思い浮かぶ" ことではないから。

イメージが散漫に拡散して実際的でなく、茫洋とした "何となく" の重なりに過ぎぬ場合、思うように音にならないのは至極当然に思う。

イメージの隅々がクリアで正当性と根拠を携えていること。
音楽の骨格となるまでイメージが地固めされていること。

  其うであればイメージ通りに弾ける筈。
  楽曲に支えられたイメージは楽曲を助ける筈。


ジャン・クリストフ9巻、少し長い文だけど大切なところの気がするから引用してみましょう。
お読みになってどう感じられるでしょうか。


《四月の大気は暖かで、靄がこめていた。
銀色の霞の生暖かなおおいを通すようにして、小さな緑色の葉が、まだ堅くまるまっているその新芽の襞をほぐしひろげ、姿の見えない小鳥が、隠れた太陽に向って歌っていた。
オリヴィエは思い出の紡錘(つむ)をたぐっていた。

子供の姿の自分が目の前に浮かんできた。
故郷の小さな町から、霧の中を、汽車で運ばれていた。
一緒の母は泣いていた。アントワネットは車窓の向うのすみに、一人ですわっていた・・・ほっそりした横顔、そして美しい風景が、目の底に描き出されてきた。

美しい詩句がひとりでに浮かんできて、
その綴りや音楽的なリズムをととのえた。

彼はテーブルのそばにいた。腕をのばしさえすれば、ペンを取り、その詩的な幻影を書きとめることができるのだった。

だが、彼には意志の力が欠けていた。疲れていたのだ。

それに彼は、自分の夢想の芳香は、この夢想を書きとめようとするとたちまち蒸発してしまうことを知っていた。

いつもそうなのだった。
自分のいちばんいいものは表現されることができなかった。
彼の精神は花の咲き乱れた谷間だった。
だがだれもそれに近づくことはできなかった。
そしてその花は、摘むやいなや萎れてしまった。
ただわずかばかりの花が、力なく生き残ることができた。

それは、幾編かの力弱い短編小説と幾編かの詩劇で、甘い、たえ入りそうな吐息をもらしていた。

こうした芸術上の無力が、長いあいだ、オリヴィエの最も大きな悲しみの一つだった。自分のうちに多くの生命を感じながら、それを救うことができないとは! 》

             (新庄嘉章様訳)

**


オリヴィエに対してどういったご感想が多いんだろう。
共感? それとも・・・

私は共属意識を持つことができなかった。
あとに続くクリストフの科白に深く共感した。

夢想を書き留めよう、または繰り返そうとすると霧散してしまうと嘆くオリヴィエにクリストフは言うの。

《そいつはいけない》
《きみは自分の思想を何の役に立ててるんだね?
きみは自分のものを捨ててばかりいる。
それでは永久に失われてしまう。》



**


オリヴィエは、自分の一番良いものが表現されないと考える。

私は、表現されない段階だからこそ、取るに足らないものを一番良いものと錯覚することができたに過ぎないのだと、ページを進みながら思っていた。

もしもオリヴィエの思いが本当に描かれるべき美しい詩句なら
簡単には消散しない筈だと思わされた。

オリヴィエは、書き留めようとすると花は萎えると嘆く。
果たしてそうだろうか。
書くべき形には未熟過ぎる絵空事だから萎えるのではないか。


現実が浪漫を萎えさせる風に感じるオリヴィエは、《純粋な浪漫を現実が育てる》と論じるディドロと正反対だった。

  *浪漫主義と現実主義

未熟な妄想から歩を進め、足場を確かにし、虚像に命を吹き込むことなしに、生きた花など摘めるわけがない!
私は激しくそう感じ、オリヴィエに共感しなかった。

イメージとは、オリヴィエが思うほど脆弱なものじゃない。
イメージは、霞がかかる虚事ではない。
現実を支える力あるものだ。

楽曲も演奏もイメージを持つのはとても大切だと思う。
確固たるイメージを得るべくすべき事が今日も積上ってる。

大切なイメージを幾千の書物、幾万の体験から吟味し
血肉として取り入れるには一生の時間が足りない気がして。


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*実を結ぶこと
*自由
*紫陽花の部屋で
*古希のお祝い



もう一度だけ

August 04, 2012

だいぶ前のこと。恋人と口喧嘩した。


意見が違ってるところを私は
もういいヨ・・・って諦めた。

投げやりになったのじゃあないの。
一緒に居てくれるだけで充分だった。
今以上を望むなんて贅沢に思えた。

ちょっとだけ寂しかったけれど
折り合わない些細な事には触れないことにした。

**


私が意見を取り下げたと知った恋人は悲しんで
もう一度話し合いたいと熱心に言った。

あんまり悲しそうなお顔でびっくりした。
まるで2人の仲が壊れでもするかのような
一生懸命な調子だった。


  お願い、もう一回。
    もう一回だけ話し合ってみないの?
      僕が一度聞かなかったからもう駄目なの?
        もう一度チャンスが欲しい。


胸がキュンとした。
嬉しくて・・・
何でも沢山話し合おうって気持ちが嬉しくて。

そんなに必死で願われなくても、
希むなら幾らでも聞いたのに。

微笑み返したいのを抑え、考えるフリをした。
恋人は更に多弁に願い出た。

私は考えさせてと俯き焦らした。

私、ズルイんだもの。
この機会に1つだけずっと欲しかったものを
手に入れようと思ったの。

交換条件を出したんダ。

**


  聞いてあげるから、その代わり
  私のお願いも叶えてくれる?

わかった、と恋人はすぐに応じた。

  いつか私が同じ科白を言ったらば叶えて?
    ずっと先で貴方が私と別れたくなった時、
      私がもう一度チャンスをって願ったら
        聞き入れてほしいの。

**


恋人は約束するって頷いた。
私はヤッタ〜! とお馬鹿のように両手を挙げた。
考えさせてと俯いたのは、お芝居だってバレバレになった。

  ズルいお芝居してでもお願いしたかったんダ。
  ずぅっと一緒に居たいんダ。


*不思議な駅(1)想い出
*     (2)階段の恋
       *バロックと階段
       *一目惚れの理:ケクラン
       ?僕が思う靴下と階段
*     (3)見送り
*     (4)車窓
       *ドビュッシー "バラード"
       ?僕が見たお別れとリスク
*     (5)プラットホーム
       *音楽のひとこま
*     (6)初めての待ち合わせ
*     (7)ミンティアの味
*     (8)チェコの袋
*     (9)人身事故--スケルツォ
*     (10)別れの時刻
       ?僕が見たウザい女
*     (11)2度目の出逢い


*古い携帯の音
*別れの月光
*揺らめきのドビュッシーバラード
*過去の女性からの手紙
*恋した匂い
       *繋いだ手のしらべ:転調
*ご不浄のやり取り
*白く光る花
*春のおでかけ
*海 -- アストレ
       *楽譜表示:アストレ
*恋路の花
       ?僕が思うコイビート
       ?僕が聞いたシマシマヒストリー
*デートのキャンセル
       ?僕が見た恥ずかしい旅行
*お土産のエピソード
       ?僕が見た小箱の中身
*ありがとうのお誕生カード
*バレンタインの思い出
*前髪パッツンのわけ
*ポップコーン

*恋の問いごと
*頬杖の恋
*タピオカちゃんの呟き
*タピオカちゃんのお手紙

*白木蓮が降った朝
*恋の花びら

*食の開放
       ?僕が見た餃子
*渡り鮭のパスタ
*泣く女とバジル



ドビュッシー絵画と過ごしました

July 16, 2012

あああぁ・・・


ババールの終わりに絶望的な声を上げた。
時計を見れば10時間半以上経っていたから。

どうして此うなの? まだまだ弾きたかったのに・・・
だだっこの風体で愚痴を言った。

5分ほどの1曲に1時間以上はかけないよう気をつけているけれど、試したい事・疑問な事・予習で考えついた事を色々合わせてみていると時計の長針はすぐ一周してしまう。

だいたいが1時間半枠内に収まるプログラムのために、弾きたい曲を削除するのに苦心した。

タイムを計ってはどれを外すか悩んだ。計算機を叩いて苦慮をした。相方さんは嘆息し、7月1日のように3時間以上ないと困るねと、せんない事を呟いた。

  ああ好きなだけ弾きたい。
  合わせでさえも叶わないなんて。
  こうも早く時計が回るなんて。

  合宿をして30時間合わせナンテやりたいなあ。
  丸1日弾くのじゃ本当に物足りない。

もっと弾きたかったのに。もう終わっちゃった、もう終わっちゃった、と不平を言い募りながらお玄関へお送りした。

**


"水に浮かぶ花" の映像的な世界。海の水深く曲調が変化する部分を幾度もやり直した。

  *"水に浮かぶ花" 落合訳

前半の波立ちと後半青黒く浮き沈みする海の色深さが美しい曲なのに、私のピアノは色に染まっていない気がして何度も繰り返した。

  相方さんはドビュッシーに拘っていた。

  極めて絵画的なドビュッシーは、
  1滴のミス絵の具を落としただけで
  絵全体が台無しになるからと言い出した。
  本当にその通りだと思う。

**


フランス音楽は、提示部が上手く運ばなかったから再現部で盛り返すだとか、あるポイントはまずかったけれど別のポイントは良かったなどは、あり得ないものだわねって改めて思う。

絵の全体は下らないけれど、ワンコとお花は良く描けてるナンテ絵画は成立しない。それは絵画的音楽のロジックじゃないからかもしれない。

眼識を保ち、眼識に沿ってヴィジョンを吟味し、隅々に牢固にゆき渡らせようとしないフランス音楽がどんなに愚昧なものか。

  出来不出来じゃない。
  道義心と信念の問題だ。
  心の問題だ。

其んな言葉を耳にしたのは随分と昔、子供の時分。
先日おしゃべりに書いた失望は、其の影響が強いかな。

  "心の問題だ。"

昔々に、演奏者に必要な言葉を教わったと思っている。
ならば精一杯心を砕きたいナ。

明日はブルゴーニュ君ね。
   

*ピアノ室の時計
*分かち合いと本



実を結ぶこと

July 09, 2012

一生活人としての戒めがある。


音楽家として、人として、というほど大袈裟じゃない。
日々の流れの中で重ねて考えること。自分への戒め。

ひとつはモンテーニュ "エセー" の言葉。

    《学問というものは非常な重みのものだ。
            (中略)
    学問は強い天性のなかでしか力を発揮できない。
    ところで、強い天性はなかなかないものだ。
    ソクラテスは、"弱い天性は、哲学をいろいろに扱って、
    その品位を台なしにしてしまう" と言っている。
    学問は、わるい容器に入れられると、
    無用で有害なものになるように思われる。》

               (荒木昭太郎様訳)

ソクラテスの言はプラトン著 "国家論" の中。
学問を対象に語られているけれど、他の多くのものに当て嵌まるのじゃあないかしら・・・

思慮・思考を入れる容器として善い形であるかと、我が身を振り返る行為を自分に促し続けること。其れが私の場合はとても必要なことに感じる。

たとえ間違った思量であっても、其の思想がもつ本来の形・出所を顧みることができれば、自身の考えさえ自身の反省材料に変えられる。

  結果いつも自分は "わるい容器" で、
  故にいつも自分は正す余地ある幸せな容器なのだと思う。

**


モンテーニュ再読前に読み終えてたジャン・クリストフ5巻に、上述の例となる風な箇所があった。

    《彼は真剣だった。ものすごく真剣だった。
    そして彼の反抗が目標としているものは、生命だった。
    来るべき数世紀にわたって実を結ぶ、
    豊かで大きな生命だった。

    ところが、これらの人々においては、
    すべてがなんの実も結ばない享楽に向かっていた。
    それはなんの実も結ばなかった。
    それこそなんの実も結ばなかった。

    それが謎を解く鍵だった。

    思想と感覚との実を結ぶことのない放逸。》

               (新庄嘉章様訳)

ロマン・ロランの場面は本書の上では芸術を指してのお話。
実を結ぶ芸術と、芸術を取り扱っても実を結ばない放逸の揶揄。
いわゆる堕落的な享楽や、向上なき精神を指すのじゃあなくって
研ぎ澄まされない芸術への公憤のシーンね。
とってもハードルの高い贅沢な贅沢なお話。大好きだワ。

本文に "謎" ってある通りに、芸術の体裁は繕って、けれども精神性は朧なものと、結晶化された精華の芸術との違いをひとことで表すならどう表現できるかと私自身も謎に感じていた。だからカナ、とっても共感できる発見だった。

**


学問でも芸術でも思想哲学でもいい。
器である本人より大きな其れら守るべきものを扱うときにあるべき形を、いろんな著書が示してくれる。

モンテーニュ、ロマン・ロランに通じることが
ディドロの書にもあったのだった。

  *浪漫主義と現実主義

"現実" が "純粋な浪漫" を育て、現実と浪漫が結び合うと著したのだったワ。

生きている間に叶う限り、学び、体現し、具体化してゆかなきゃならないことがどれほどあるだろう。

  今日も短い一生の中の貴重な一日。
  与えられた今日の尊い時間を、
  歪めず尊いまま費やすことができますように。


■ソクラテス関連リンク
*ソクラテスと肉体
*オーブン壊れちゃった
*人間の愉しみ

■ロマン・ロラン関連リンク
*ショパンとロマン・ロラン
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*フランス民族・フランス気質
*MP行って良かった



ピアノ室の時計

June 30, 2012

午後12時代からトリオにかかり、隙間なく練習。
やり残しだらけだけれどタイムリミット17時半。


それから大急ぎでデュオババールに取りかかった。
蝶番君は23時前の終電で大阪に帰られた。

お夕食時間の余裕などある筈もない。
ピアノ室で大急ぎで食べた小さいお菓子パンだけ。

プーランクは部分的に音色を替え
ケクランは1つのアーティキュレーションに時間をかけ
カディッシュはフォルテの音の張りをまだ言及した。

  ふいに思い出した。

お初に蝶番君とデュオババールの音出しをした日のコト。
お顔合わせ的なつもりで、音が合うか試してみた日、
異様に嵌り込んで気がつけば5時間以上経っていた。
時計が壊れちゃったカナ? って茫然と眺めたんだった。

其れまで短くない音楽生活経験では
デュオだけを5時間合わせ続けた相手は居なくって。
当たり前よね・・・

でもね・・・
  
其れからデュオババールはね、
5時間ナンテ短い合わせは殆ど無いのでしタ。

  今の私はもし5時間しか合わせられないと言われたら
    とってもつまんない気持ちになると思うの。
      5時間を長いと満足してた感覚には
        戻れないかもしれないナ・・・

デュオの日のピアノ室の時計は
奇異な程速く進む。

  5、6曲合わせ終わるともう夜で
    や〜ん時間がない〜! って焦り始める。
      あとは時計と睨めっこが始まる。
        時計は後半もっと速く進みはじめる。

1度でいいから思う存分弾いてみたい。
30時間くらい連続で合わせてみたい。

  そんなお馬鹿みたいなコトを思いながら
  丸1日の合わせを終えた。

**


楽曲が命を持ちはじめ
音を重ねて楽曲が動くこと。
ただそれが楽しくて。

  お客様に音の楽しさを少しでもお伝えできたらイイナ。

  明日、北野町にてトリオババール開催です・・・♪



2012年6月

June 18, 2012

(撮影者:ぴょんきち君)


写真は16日MPの控え席で。

6月も後半。
1年の半分が終わろうとしてるのね。

  休む暇なく動いても
    1日に弾ける量には限りがあって
      音楽を追って、音楽に追われて
        あっという間に日が過ぎて。

音楽にとっぷり浸かって暮らす幸せを噛み締めながらも
体力的にちょっとキビシイな〜。

レッスンの合間15分を1度座ってお茶飲みましょうと階下へ降りた。すると窓からのお庭の眺めに誘われた。

休憩の15分は茶ばんだ葉を除き、枝に鋏を入れて終わってしまった。手を入れれば入れるほど活き活き鮮やかになるグリーン。
手をかけたものに自分が癒されるのは音楽も植物もワンコも同じネッ。

次の休憩はコンソールのクロスを洗いたてに取り替え、ピアノ室前の鏡を磨いたら終わってしまった。

お家の用事が楽しくって、家事が好き過ぎるせいで気がつくと無休憩になっちゃうなあ。ついバタバタする癖は改めて体調優先にしなきゃネってちょっと反省した昨日だった。


7月1日ムーラン・ド・ラ・ギャレット3公演は、予想以上に消耗が激しい。


疲労を軽く感じられるようになるまで曲を繰り返すには日程的に無理がある。お稽古時間をできるだけ確保したい。

トリオが終わったら7月29日(日)は大阪市内のババールコンサート。
7月頭から日程移動になったコンサートです。詳細は今週中にわかるカナ。確認でき次第お知らせしますネ。

**


  曲目を蝶番君とお電話で相談してた。

此れから弾く曲のコトを話してると、お稽古の疲れも1日の疲れも吹き飛んでく。弾きたい曲がお山ほども積み上がってる。大皿に盛られたご馳走にナイフを入れるような楽しさがある。

8月12日(日)の美術館コンサートと、10月13日(土)の大阪のコンサートともに、ドビュッシーを入れることにした。

午前のお稽古はじめは、メンデルスゾーンのソロ曲から頑張りましょう♪ デュオ曲のお稽古ノルマはケクランのソナタとプーランク。

  今日もピアノが弾けて感謝です。
  皆様もどうぞ良い週頭を・・・♪


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西宮MPの日

June 16, 2012

雨ふりですね。


煉瓦塀周りの昨日の紫陽花。
毎日大きく表情を変える花々。

  日射しの変化に追われるように、
    太陽についてゆかなくっちゃって
      遅れまいと頑張ってるように見えた。

  まごまごしてるうちに乗り遅れ
    小さな姿のまま未だ色づかない子は
      盛り返そうと必死に頭を上げている。

お花たちがあるがままの自分を受け入れてるなんて誰が言ったのだろう。

耐え、戦い、切羽詰まって根を伸ばし、有らん限りの力で葉を広げ、害虫に暑寒に降伏しまいと策を凝らし、刀折れ矢つきたと思われた茎が見事な再起を図る。

  ふわふわ・ひらひらと
    お花の生形を見取り、
      儚いふうに喩えるさまが
        とても嫌いだ。


  儚く美しいお花も、
    儚いから美しいお花も、
      私は見たことがない。


1輪ずつが、入魂の実りだと思う。
汗を流した尊ぶべき精励なのだと思う。

**


今日は西宮ミュージックパーティー。
皆で演奏して遊ぶのヨ。

  金管の男の子君達など5名様の伴奏です。
  譜読みがようやく間に合ったワ〜

1年振りの皆様、どうぞよろしくお願いしますネ!

去年のMPも雨で、皆で傘さして打ち上げに行ったナ・・・



デュオ相性

June 02, 2012

体調が悪くて思うように動けないのがもどかしかった。
頭までがぼーっとしてしまう。


此んな時は譜読み。
体力が居る詰めた練習も、精神力を費やす楽曲のお勉強もできないときは淡々と譜読みを進めよう。体調の悪さは譜読み作業のためにあると考えると良いわネ。


ぐんぐん葉を伸ばす蔓植物。小さな花びらをいっぱいに開いたフロックス。植物のような力が私にもあれば良いのに・・・。


ナンテ自分の身体にがっかりしながらデュオ準備をしてた。

**


昨日デュオ・ババール合わせで美術館コンサート選曲が進んだ。

体調が悪いのを気遣って頂いて、弛めにのんびりやりましょうと提案されてた。まだ血の気が戻らないまま出迎えたのに、終わる頃にはとっても元気になってたのデス♪

普段から少しくらい調子を崩してもピアノを弾けば大幅に元気を取り戻す。集中と適度な運動が身体を整えてくれるかの如くに。

楽しい合わせなら尚更のこと。久々にラヴェルが多いのも嬉しくて、目眩も気持ちの悪さも忘れていった。

"休憩しますか? "
自分ではわからない動作や表情から蝶番君が体調に配慮してくれている様子に、一等最初の合わせの日を思い出した。

**


歌曲を器楽で取扱う性質上、また女声とも男声とも指示がない作品の性格上、オクターヴ上下間の音域が自由になる曲を多く合わせてた。

お互い顔を見知ったばかりで、音楽の好みは判ってなかった。

曲途中、蝶番君はしばしオクターヴ間移動を試みては音域を決めていった。どんな基準で選んでるかは知らなかった。私はファゴットの音に夢中であまり気を回していなかった。だから、

此の音域の方がお好きそうですね、ってふと出た科白に驚いた。

私の表情や弾き方の変化で、好む音を探してたと知った。気に入らない音がすると上唇がピクンと動くのだと教わって初めて自覚した。

まだよく知らなかった相方さんの感覚が新鮮な初合わせだった。

**


      パートナーばかりは、中でもデュオは、
    良い奏者・悪い奏者が居るわけじゃない。
  食べ合わせのような相性があるだけかも。

    波長がよくよく符合する相方さんを持てたのは
      この上なく幸運な偶然だったと改めて感謝した。

**


ラヴェルのデュオは、此のペアではお初です♪
有名なハバネラなど4曲を演奏予定です。

  お披露目は8月12日(日) 14時〜
  兵庫県立美術館アトリエにて。


*ババールちらしデザイン



異常食欲、2012年5月

May 13, 2012

金魚草が元気いっぱいに咲いた。


フルート譜は本番1週間前のリハーサルまでに何とかなりそう。
取出してお稽古しながらだと1周するのに3時間かかってた。
段々通るようになって昨日は1時間半で回った。ちょっと進歩ネ!

ラヴェルとフォーレは元にする伴奏譜を入れ替え、簡易アレンジされてるソロパートに合わせて手直しし終わった。青い空ちゃんスコアをありがとお!

 コツコツ地道に。
 いつもそれだけが頼りです。

**


伴奏練習のあとにトリオババールの馬鹿馬鹿しい量のプログラムを少しずつお稽古する。曲数はもとより、ピアノパートが読むべき音が多過ぎるって気づいた時は後の祭り。

1公演分の音読みしながらのおさらいが今はまだ2時間以上かかってしまう。3公演分のプログラムをローテーションで見てゆこう。

リサイタル終了から10日弱だなんてとても思えない。目まぐるしくて1月も経ったような気がしてる。

**


時間が足りずお洒落から益々縁遠くなって、加齢も重なり激しく劣化中(溜息)

でもざんばら髪ってわけにもゆかないナ。今月は別々の画家さん2件の絵画モデルをする。

お1人はタイムウオッチを持って時間決めが秒単位のお方。ポージングごとに微妙に変わる衣類皺や布影も修正しなさる。もうお1人は遠方からお越しで、会話も大事にされる弛やかな方式。

**


  食欲がまたすごいことになってる。

普段からしっかり頂くほうだけど近頃の食欲は恋人にも退かれるほど。一緒にお腹いっぱいお夕食を頂いたあと "グラタンと生クリームのケーキが食べたい。" って申したらば無言になられた。

お昼にジャンボステーキを食べて、お夕食に酢豚を山盛りにしてると周りの人たちも退いてしまった。ピアノはすごくエネルギーを使うのヨって説明しても周囲の納得を得られなかった。

昨日はメンチカツを山ほど食べ込んだあとハーゲンダッツのメープルキャラメル・アイスを2つ一気食いしても足りなかった。

お夕食後しばらくはチョコレートで胃袋を誤摩化していたけれど、結局我慢できずにお夜食に肉うどんを食べ、お林檎ジュースと黒酢ジュースを1リットルずつ計2リットル一気飲みしちゃった。

  際限なく食欲が湧いてくる・・・

**


8月12日のデュオは曲目の幾つかを挙げたもののまだ手を付ける暇がない。主催様との事務処理だけはほぼ終え、印刷物到着を待つばかりになりました。ホッ。

6月16日に恒例ミュージックパーティーがあったナ・・・
5日前に譜を開けられれば良いほうと思わなきゃならない。

**


レッスン休憩の合間にホンのちょっぴりずつ読書も進める。
ロマン・ロランは4巻に入りましたヨ。

今は本が買い溜めてあるから安心なの♪ 私ね、未読本と未開封のチョコレートがいつも側にないと不安なんです。次にはニーチェとギリシャ哲学とミントチョコが待っているので上機嫌。

さて、たっぷりのカフェオレを入れて始動します。
数日の寒さで風邪気味。暖かくして過ごそう。

明日のブログはブルゴーニュ君カナ。


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コンサート翌日

May 04, 2012

昨日は森のホールへお出掛け下さいましてどうもありがとうございました! 其して16回までずっとお世話になったハーブ園スタッフの皆様にも心から感謝です。


お天気が何とか快方へ向かい、ロープウエイが動いて本当に良かった・・・ 前日5月2日は強風のため終日ロープウエイが止まって休園だった。ハーブ園の報せを聞いてから翌朝まで戦々恐々と過ごしちゃった。風が吹くごと止む事を願って・・・

終演するとさすがに疲れた。
準備期間の緊張疲労がどっと出て、ハードな演目と相俟って。

朝のリハーサルから長い1日だったけれど・・・
事務所にお礼に行ったあと下りロープウエイ乗り場に並びながら話してたのは8月12日県美コンサートの調律時刻のコト♪

1つ終わるとどんなに疲れててもすぐに次が楽しみになる。

**


打ち上げなしで即帰宅。
当日のうちに第16回に関する物はお片づけしたかったの。
何故って今朝1番からフルート譜読みに勤しみたいですもの。

  ドレスクリーニングに出す準備
    譜面や書類を仕分けしながら片す
      バッグもドレスケースも綺麗にしましょ。

  チラシ・プログラム類の取置き整理
    プレゼントを開いてお裾分けも
      お師匠様にお電話やメールでご報告。

夏のデュオに選んだ曲の著作権について英文に自信がなかったのでアサリ君にお電話して尋ねたり、

前々から渡したかった品を、ハーブ園から降りたばかりのカモノハシちゃんに取りに来てもらったり、

  あっという間に夜が更けた。
  更けた最後に嬉しいお電話ベルが鳴った。
  コンサートのこと一杯おしゃべりもできた。

溜まったメールにご返信し切れてない。
楽屋へ寄って下さったお客様へのお礼メールも未だ。

とにかく今日はフルート伴奏の譜読み。
後援元への行事報告書も書き上げてしまおう。

日々の労働の重なりにバキバキになっちゃった身体・・・マッサージへ行く時間は今はナイなぁ。


オマケ画像・・・

ロープウエイ乗り場のお知らせ。嬉しかったナ!



白く光る花

May 01, 2012

*5月3日リサイタル:布引ハーブ園 森のホールにて午後2時〜


《柔かき物を望むなかれ、堅き物を得もやせん。

神は凡てのよき物をわれ等に労役と云へる値ひにて賣り給ふ。》

              (佐々木理譯様訳)

紀元前ギリシャに生きた賢者エピカルモスの言葉。

**


音楽に向かう時、お稽古がきついナ〜って思う時、身体が保たずに困る時、よく思い浮かべる。古代ギリシャの哲学者たちの厳しい言葉が好き。

  でも本番前、本当は逃げ出したくなる。
  力を尽くして練習に取り組んだつもりでも
  付き纏う不安でいっぱいになる。

幾日前から足許がおぼつかなくなるくらい緊張する。
本番の瞬間までなるべく平常心を保ちたくって
日常の用を努めて普段の順でこなしてみる。

昨年のリサイタル前日も普段通りにお庭に水遣りをした。
植込みにオーニソガラムが咲いていた。

頭が翌日のリサイタルで占められてしまわぬよう
普段のようにお花を眺めた。
其うして大好きな人に写メールをした。

まるで変わらぬ日常のように振る舞うことが、
今以上に自分を緊張させてしまわない方法だった。

  "お庭に咲きました。"
  簡単な一言とお花の写真を送った。

  "白く光ってるね。"
  簡単な一言が返ってきた。

嬉しかった。
リサイタルを意識しない何でもない会話が有り難かった。

今年もまたオーニソガラムが咲いた。
あれから此のお花を白く光る花って呼んでいる。


*不思議な駅(1)想い出
*     (2)階段の恋
       *バロックと階段
       *一目惚れの理:ケクラン
*     (3)見送り
*     (4)車窓
       *ドビュッシー "バラード"
*     (5)プラットホーム
       *音楽のひとこま
*     (6)初めての待ち合わせ
*     (7)ミンティアの味
       *ショパンとロマン・ロラン

*古い携帯の音
*別れの月光
*揺らめきのドビュッシーバラード
*過去の女性からの手紙
*恋した匂い
        *繋いだ手のしらべ:転調
*ご不浄のやり取り

*恋の問いごと
*頬杖の恋
*タピオカちゃんの呟き
*タピオカちゃんのお手紙

*白木蓮が降った朝
*恋の花びら

*食の開放



アサリ君の訪問

April 11, 2012

アサリ君が訪ねてくれた。


リサイタル予行を兼ねて音楽サロンと化す4月の拙宅。
毎日のように誰かがやって来てくれている。

20代と若くて女の子風に優しい空気のアサリ君の訪問では
女子会のようになる。甘いものも好きなのでケーキを焼いた。

アサリ君とは昔、パリの友人宅で知り合ったんダ。
京都の大学院から交換留学でパリ官僚養成機関に来てた。
アサリ君の先生が私の古いパリの友人と知り合いで、
もうせん同じ日に友人宅にご飯に招かれた。

日本に帰ってからも何だか仲良し。うんと年は離れてるけど
たまに女子会をします。男の子君ですけれどネ!

**


お土産にアサリ君が好みそうな本をあげた。
元々は私が買い求めた本じゃあなかった。
小さいとき母が噛み砕きながら読み聞かせてくれた一連の本。
教会学校のカードがわんさとページ間に挟まってた。

"小林秀雄ノート" などの著者で文芸評論の佐古純一郎様著 "欠くべからざること" や "無くてならぬもの"。子供だったからお話しながら解り良く読んでもらったナ。

内容は忘れちゃったけれど最初のページの
  《人生は苦しみをさけて生きるべきではない》
って言葉を両親が繰り返したのが印象深い。


他には母がフアンで、精神史研究で有名になられた亀井勝一郎様著 "現代人生論" や藤原てい様著 "いのち流れるとき" など後年開かなかったものをアサリ君へ。


全般に私には日本色が強過ぎると・・・当時漠然と感じて、すっと身体に浸透しない風が不思議だった。

著書内容に共感する・しないに関わらず、ホームグラウンドと何となく違う色合いが、子供にとっては複雑で不思議な感覚だったのだと思う。気持ちを言葉にすることもままならなかった頃のこと。

後になって、日本色と感じたものには、佐古様も執筆のもう一面が牧師である通りプロテスタント的な色も含まれてたと理解した。自分が居させてもらっている社会と、階層構造を持たない民主的組織のプロテスタント社会は似た色をしてるかもしれない。

**


子供が朧げに感じた日本色やプロテスタント色の委細は、
今思えば《権威的じゃない》というものだったのかな。

此の特徴はたくさんの場面で良心的で好ましいものだと理解できる年齢だったと思う。だから波長の相違を表現する努力を躊躇ったのだと思う。

  権威的じゃない・・・極めて民主的な視点。
  威圧感がないもの。高姿勢を取らないもの。

それは例えばイタリアバロックのカラーとも

  *バロックとカラヴァッジョ

バロックから1200年以上を遡るアウグスティン思想とも

  *チーズケーキと奏者の課題

傾倒して止まないモンテーニュの執拗とも
ディドロの高圧とも、とても違っているのね・・・

**


初めに与えられた此れら民主的で私たちにやさしく接してくれる書物から少しずつ離れ、強力な威信で戒め叱責してくれる書物を欲するようになったのは いつの頃からだろう。

其んなお話をアサリ君としてた。
そしてたくさん教わった♪

"ねえねアウグスティヌスって北アフリカ出身だそうなのに、
古代ギリシャとすごく関わったのはどうしてかなあ? "
ナンテ間の抜けた質問も馬鹿にせず直ぐ答えてくれる。

紀元前からのエジプトのアレクサンドリア図書館でしょうって。
そしてアラブ支配以降など知らない事をたくさん教わりました。
私もお馬鹿な質問ばかり重ねず済むようにお勉強しなきゃね。

**


今日はデュオ・ババール合わせです♪
8月12日県立美術館アトリエで開催の "エリュシオンの園" を音出し選曲するのです。楽しみだワ。



一目惚れの理:ケクラン

March 26, 2012

ソクラテスのあと、フランスの歌詞の歴史を読み始めた。


今朝は思い浮かぶまま筋目は何かっておしゃべり。

**


あの階段で起きた事をときどき考える。
振り返れば一目惚れには理があった。

  変哲ないズック靴に好意を持った。

ある種のステキさんなメンズシューズは、身につけるお人の雰囲気に寄っては身丈を5ミリでも高く見せたい風に感じさせることがあって何か腑に落ちない時がある。クッタリと動き易そうなばかりのズックの構わない風が、身丈があるより格好が良く思えた。

  履き古したジーンズに好意を持った。

単純に趣味だった。
流行を追わない品を作業着の如くに履いている人が、デザインパンツで脚を長く見せるよりずっと格好良く思えるのだった。

  軽やかに階段を踏むのが好ましかった。

私は運動神経が鈍くって、下り階段は足許を見て降りてしまう。
人々が俯いて段を見ながら脚を運ぶ中で、風景に目を当てながら下を見もせず駆け足のナチュラルな動作が目を引いた。

**


これらは、
一目惚れのお相手の特質よりも
私自身の特質の反映かもしれない


  多分私、自己演出ができない事物に興味がある。
  自己演出をしようとしないお人にもっと興味がある。

理由がなくただ感じる事柄の理屈は
シャルル・ケクランが面白くまとめていた。

**


  ちょこっと前置き部分から・・・

《すべての和音を単に、主和音と属和音に導びいてしまうというこの種の理論に対して、私は次のような重大な反対をする。それはある楽句については、聴覚は低音に第二度、第四度あるいは第三度の響きをきくという、音楽的な事実を見逃すことができないこと、これである。"属音上" あるいは "主音上" の音結合しか用いないということは恐るべき手法である。その単調さは危険である。

われわれの感覚から第一度および第五度以外の三和音の感じを除き去ろうとしても無駄である。》

  続けてケクランが語る事がとっても面白いの。
  長いけれど絶版書ゆえに此処に引用しますネ!
  
《要するに、和音はそれ自身の感性に合致した理論を生ずる。したがって、完全三和音を主和音とみるか属和音とみるかは感性によるのである。この事について、もう少し述べるのは無用であるまい。オネガーの音楽はシェンベルクの音楽と同様、グレゴリア聖歌よりもシュトラウスやワグナーの音楽にちかい。これに反して、フォーレとドビュッシーは中世風の考え方に意識的に近づけた。

ミヨーによると、欧州に二つの重要な流れがある。一つは属七と半音階主義をもとにしたゲンルマン的な流れで、たとえばベートーヴェンの技巧はすべて属七と完全終止 (あるいは仮偽) にもとずき、この伝統をつぐものに、ワグナー、シュトラウス、シェンベルク及びその一派、オネガー等があるという。

もう一つの傾向はフランス的なもので (ケルト風といってもよいし、またグレゴリア様式によるところからギリシャ風といってもよい) ルネッサンスの旋法 (第三度および第二度上の和音) を復活するにある。すなわちこの旋法の七の和音を新しい考えで用いること (第二度上の七の和音の確立)、および終止における新しい和音構成などである。(例えば、五度と九度) これはまずデュクドレー、サン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルなどにあらわれた。

ミヨーやプーランクの芸術はむしろワグナーやシェンベルクの傾向 (+7 および半音階) に結びつけられる。ボロディン、ムッソルグスキー (後にストラヴィンスキー) などよりなるロシアの音楽家はいずれもグレゴリアの傾向に属する。勿論、この分類は決して絶対的でない。フランスにもロシアにも半音階はある。しかし、殆んど属七を追放するに近いグレゴリアの静謐さ (半音による上行的アポジアチュールを決して用いない) はシェンベルクにいたるまでの特性となっていたトリスタン的音程や起伏の多い和声の特質に明らかに背馳する。》

                  (清水脩様訳)
                  (色部分は本書太字) 

**

 
例えばベートーヴェンの堅牢を好きだと感じる人は大きな部分で上述の属七と完全終止が作り出す確固とした印象に反応するのだろうし、ドビュッシーの柔軟を快く思う人は二度上の和音を彼が用いる際のたおやかさに無意識に着目しているかもしれない。 

ジャン・ピエール・ジュネ監督の問いかけのような映画にも
たくさんの "好きの理由" が詰まってた。

  *映画「アメリ」(1)好きなもの

"好き" を知るのは、きっと自分を知るコトで・・・

目で見比べる事が難しい音楽は、何故? を識る経緯結果が複雑だからこそ、知ることに一層の喜びをもって機微や心の趣を検知できるのじゃあないカナ・・・


■ケクラン関連記事
*ケクランの甘美
*独創とシャルル・ケクラン
*ケクランと叙情
*フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
*繋いだ手のしらべ:転調
*ケクラン、ディドロ、ドビュッシー



オンザ眉毛

March 13, 2012

髪が伸びるのがとっても早い。
前髪は日々至極適当に自分でカットする。


その日その日で目に掛かりそうな所をチョッキン。
寝癖で位置が下りていようと本当に伸び過ぎたた所だろうと構わずチョッキン。此処長いんじゃあない? って先っぽを指先で掴んでそのままチョッキン。

全体を揃えるわけじゃない。
その日その時、目に掛からずお稽古し易ければ良い。

朝急いでてうっかり短めにチョッキンしてしまった。

気がつけばオンザ眉毛。
まあいっか、すぐ伸びるから。

**


ヘアサロンへは極力行かないようにしてて・・・

髪を整えに行く時間があればお稽古がしたい。
本が読みたい。お料理にひと手間かけたい。
拭き掃除を念入りにしたい。お花を活けたい。

だからってオンザ眉毛はちょっと・・・ですね。

**


ずっと構わないまま暮らしてきて、
本当ならばクリームを塗らなきゃならない年齢も
とっくに過ぎ去った。

我ながらいよいよ具合の悪い事になってると知りながら
どうしても気持ちが動かない。

  *アンチ・アンチエイジング

**


週はじめから沢山ご注意受けて嫌んなっちゃったんダ。
いい年なんだから此れ此れをお顔に塗らなきゃダメよ、
此んな風にマッサージしなきゃダメよって。

  そうかなあ?
  どうして "こうじゃなきゃダメ" って言うの?

容貌にかける時間をもったいないと感じてしまうし
24時間の使い方を決めるのは24時間を授かった本人だのにね。
何だかくさくさしちゃった。

大好きな人は言ってたナ・・・
皺がない人より、皺がたくさんあっても素敵な人が良いって。

私もそうなれるといいナ。
皺に豊かな時間の重なりが見える顔になりたいナ。



独創とシャルル・ケクラン

February 22, 2012

大学図書館で借りたケクラン著 "和声の変遷"。


絶版になってる本書は、書店で手に入らなかった。
古びた本に、手にされた先輩方の気配。

フォーレについての文があった。

《新しい和音とか、
今まで知らなかった音とか、
巧みで複雑なアポジアチュールや
変化音などを
あまり創造しなかった。
むしろ新しい和音連結法や、
調関係の新しい解釈を
編み出しただけである。》


とっても納得できる。

創造者であろうとすることは時に創造する事を目的のように変えてしまう。創造者の創造欲と其の意義 ---意義は被創造物が創造者に還元する悦びや慰めでもあるかしら--- を、創造という事実が越えてしまう事がある。

似た風を指してケクランも同書で著してる。

《芸術家があらかじめ、人の踏んで来た道をさけようと考えたところで、決して独創的になったとはいえない。また独創的であろうと決心しても決して独創的になるとは限らない。
独創性というものは、しらずしらずの内にそなわるものである。
平凡さというものは、それを逃れようとすればするほどそこに落ちこむものである。》

              (カッコ内全文 清水脩様訳)

**


同感だナ。
独創性は結果だから。

独創的という評価結果を求めて人為を施したものは
独創じゃなく偽装になる。

評価を得たい気持ちは此の上なく平凡な心理でもあり・・・
凡庸な心理から出た作為を造形にした作が、独創的であろう筈もない。

**


同年齢の知人の言に、驚き呆れて中途で答えるのを止した事を思い出した。

美術系大学で個性的であれと言われ、必死で個性を探そうとしてできなかったと。個性的であろうと努力して結局個性が見付けられないと。

教師の真意を知人が理解しなかったか、教師自身に独創を狙う偽装の安い意図しかなかったかは知らない。双方いずれにしても、仮にも芸術を学ぶ大学と名のつくところへ通っていながら粗製な目標を鵜呑みにして掲げてしまい、粗製だからこそ破れたままに未解決で今の年に至った道筋は、厳しいけれど必ずしも薄手の講義のせいにばかりはできないと感じた。ならば他人が解決を与える事柄には当たらない。そして回答せぬままだった。

和声解説の間の作曲家の端的な書込みを私がその時知っていれば、お話材料になったカナ・・・。

ううん。芸術を学ぶ私たちは、やはり自分自身の手で掴まなければならないものですね。積んでは崩し、崩しては積上げながら。

**


今夜はセニョール・ウナミゴのコンサートへ。

明日はブルゴーニュ君の番ネ。


*本質なきイマージュ
*音楽に従う



川辺(18)終焉

January 08, 2012

坊やに恋をしてた。

ある時点まで其れは確かだった。


私が好条件のプロポーズを受けるたび、坊やは相手方との結婚を勧めたものだった。お断りした他所様のプロポーズは幾つかが漏れ伝わり、その都度坊やは怒ったものだった。あんな相手を断るなど頭がおかしいのか、謝って来いと、以前は乱暴な口をきいていた。

年月をかけて坊やの気持ちが少しずつほぐれ、少しずつ仲良しになってくのが嬉しかった。坊やから見て父の娘であることは拭えない事実だったけれども、ゆっくりと仲良くなれた。

事件の日はまだ其う感じられた。


**


怪我をした人たちは無事に退院をした。
坊やには執行猶予がついた。

通行人として巻き込まれた事情も手伝い、正当防衛は認められないながら実刑は免れた。

恋人や、または家族になるかもしれない人が刑事罰の経歴をもつのは、私には問題じゃあなかった。

防衛以上の乱闘で人様に怪我をさせたのはとてもいけない。
でもまだ他人の私たち家族にとっては、警察のお沙汰の経緯を受け入れるか否かの問に絞られるものだった。

私には過ちも受け入れるのが自然な風に思えた。

前科となれば血縁者を説得する必要があった。
予想の通りもはや反対をする立場に変わる人たちも多かった。
汚点・名折れなどの言葉を多く耳にすることになった。

何故貴女がよりによって前科者と結婚しなければならないわけがあるの?と悲しむ批難も随分聞いた。
2ヶ月以上話合いを繰り返した後に、やっと彼らは諦めかかった。

諸事好転した頃、
心を翻したのは親族ではなく私だった。


**


諸々の出来事の内に、少し威圧的な親族を前に卑屈さを覗かせる男性を何度も目にすることになった。私の好きな坊やじゃなかった。その表情に、その言葉に、さもしいものを感じた幻滅を見過ごせなくなった。

川の流れが止まったと思った。
流れない水はなんと早く干上がるのだろう。

川辺は
坊やの人生でもなく恋の道のりでさえなく
私の心そのものだった。
水は見る見る引いた。



我慢ならなくなった瞬間に、私はお話途中で席を立ちコートを手に取った。一同は呆気に取られた。親族に怒って椅子を立ったと思われたようだった。

そうじゃなかった。

胸を張っている坊やが好きだった。
傍から見れば誇るのが難しいと感じるかもしれない人生にも胸張って生きている姿が好きだった。それだけがあれば後はどうでも良かった。

子供時代の環境は坊や自身のせいじゃなかった。けれど今、自らの過失によって初めて負い目を持った。負い目は、怯弱に屈従した態度として現れた。私が知らない顔だった。

過ちも受け入れることができた。
人生を見守ることができた。
でも卑屈さというものを承服できなかった。


圧力への怖じ気。棘ある言葉に呑まれる様子。
目にしてきた姿と異なる顔を見た事を拭い消すことができなくなった。

私の気持ちが、補い合うことも乗り越えようとすることも拒否した。分かち合おうとする原動力が掻き消えた気がした。

バッグを肩にかけた。

  "皆様にご足労願って煩わせました。
  何もかも白紙にして下さい。取り辞めです。"

誰も何も理解できぬまま茫然となった沈黙と きょとんとした顔を背に、人々を残し歩き出した。頭の隅に、カミュの異邦人第一部の終わりが急に過った。

**


私の中の川が干上がるのに要した時間は、駅までの数百メートルで充分だった。

電車座席に座ると直ぐ着信拒否設定をした。それからいつもの風に車両で本を読んだ。家までの帰り道に郵便局へ寄って、特定住所からの郵便物の受取り拒否を申し出た。

帰宅して受話器片手に紅茶を入れながら電話局に番号変更を申請した。数時間後に新しい番号になると言われた。

すっきりとして、お稽古を始めた。
すぐピアノに集中した。

夜になってふと思い出し、想い出の品をお箱ごとゴミにした。

今から1年以上も前、2010年冬のことだった。


**


皆に大ブーイングを買うと思ったけれど、そうでもなかった。

翌日はお友達にも報告した。亡くなった友人は、アッハッハ桜さんらしいねえってゲラゲラ笑いながらビールを空けた。彼も坊やに会っていた。女友達は、もう! 結婚するんじゃあなかったの? って少しだけ責めた。

  うん。昨日から恋人募集中の身の上になったの。
  みんなに言っておいてネ! 募集中よ〜って。

チャイコフスキー先生は、うは〜って変テコな声を上げてから妙にしみじみとした。"女の人は見事なものだね。全力投球しておいて最後バッサーっとやれるんだ。僕ら男はそれを2年も3年も引きずるものでねぇ。泣けてくるなあ。色々思い出すなあ。"

先生に答えた。

彼との関係を断ったよりも、
彼に拘った自分の心情を断った気がするのよ。
するとネ、申し訳ないけれど急に未来が開けて見えてしまった。
凄く楽しい気持ちになってしまったの。

どうしてカナ、先生?
どうしてワクワクしてるのカナ?

**


それから僅か2週足らずで不思議な駅の光景に出会ってしまった。

                   "川辺" 完。

**


物語の成立ちは明日フランス音楽解説へ繋がりますから、
どうぞお待ちになってネ・・・♪


*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*  (2)輪郭
*  (3)ダイヤモンド
*  (4)お粥の湯気
*  (5)慰め
*  (6)祈り
*  (7)土鍋
*  (8)生きる糧
*  (9)夢の空白
*  (10)エンジェルケーキ
*  (11)ギモーヴ
*  (12)二つの沈黙
*  (13)父
*  (14)家内
*  (15)二番目の私
*  (16)誘拐
*  (17)逮捕



川辺(17)逮捕

January 05, 2012

私は大切だった川辺を失った。


ある日、川は流れを止めた。
水は日ごとに引いてゆき、
川だった場所は消えてしまった。

引き金になったのは俄に起きた事件だったかもしれない。

**

朝方のことだった。
鳥も起きださない薄暗い時刻。

お電話が遠くで鳴ってた。ブルゴーニュ君は寝息を立ててた。お腹を天井向けて、前足を万歳にした普段の寝姿。私も夢から引き出されないようお布団をかむった。

物音と父の声を夢うつつで聞くうちに再び寝入った。しばらく後にスリッパの音、またお電話のベル・・・何か良くないことがあったの? 親戚が病気になったの? 不安に駆られ起き上がった。

早すぎる朝だワって思いながら洗面を済ませて2人が居るキッチンのほうへ行った。ブルゴーニュ君も眠そうについてきた。
物騒に過ぎる単語が聞こえてきた。複雑骨折、逮捕、救急病院。何があったの?

キッチンでは受話器を置いた父に母が尋ねるところだった。坊やの名を口にした。父は重症だそうだと答えた。

私に気づくと母は父に目配せをした。母は打撃の強い話題を私の前でしたがらなかった。だから目配せだけで充分に悪いお話とわかった。何事もなかったように母は笑顔でお早うと言った。

寝不足の頭にあんまり恐ろしい言葉を聞いて、ストッと椅子に腰が落ちてしまった。本当なら此れから珈琲を入れて、私はミルクたっぷりの薄いカフェオレで・・・。関係ないことが頭を巡った。

チョコチップ・シリアルまだあったかしらと立ち上がって冷蔵庫を開けた。シリアルは幾十年変わらず木棚に仕舞ってあるのに・・・。動転してた。お塩の瓶、シロップ瓶、ばらばらに手に取っては元に戻した。

母の2度目の目配せを無視して父が言った。坊やが夜の国道で悪い子たちに囲まれてしまったって。

相手は大勢で10人以上も居たって。其の人達は単車で走り回ってたって。以前から警察が追っていたグループだって。

拒否したい映像が浮かんだ。寝そべって眠そうにしてるブルゴーニュ君をぼんやり眺めた。ブルゴーニュ君のお鼻の横に白髪を見つけた。

父は警察へゆくと言った。どうして警察なの? 病院でしょ?
上半身がぐらぐらした。

**

"大丈夫だから。坊やはしばらく出してもらえないけれど全く大丈夫だよ。" 言って父は私を抱いた。

生きてるの? どんな怪我なの? 酷いの? 何をされたの? 本当に生きてるの?
"何でもないよ。生きてるよ。警察に行ってくるから。"

父は困ったように笑った。
さっきからどうして警察警察って言うの? 病院でしょう? 重症なんでしょう? 恐ろしくてめそめそ泣いた。

"重症は、相手の子達だよ。"

・・・?

"取り囲まれてつい、やってしまったのかね。相手の怪我が治ればいいけどな。怪我は酷いようだけれど先に手を出したのは相手方らしいから・・・"

・・・?

"坊やは傷害罪で逮捕されて警察に居るんだ。"

ぽかんとした私に父は自分の頬を指差した。呆けたまま条件反射でキッスをし、母は愛情を込めて反対側からキッスをした。父が出かける前の習慣だった。

**

状況がよく理解できなかった私は、坊やが本当に怪我をしていませんようにと願うばかりだった。此の事件が人の心に及ぼす影響を考え至らぬ早朝だった。


*川辺(1)ウインターコスモスの夢
*  (2)輪郭
*  (3)ダイヤモンド
*  (4)お粥の湯気
*  (5)慰め
*  (6)祈り
*  (7)土鍋
*  (8)生きる糧
*  (9)夢の空白
*  (10)エンジェルケーキ
*  (11)ギモーヴ
*  (12)二つの沈黙
*  (13)父
*  (14)家内
*  (15)二番目の私
*  (16)誘拐



誰がために鐘は鳴る

January 02, 2012

ヘミングウエイ "誰がために鐘は鳴る" を読んでるお正月。


だいぶ身体が疲れてて、お稽古を打ちやって本を読む時間が長い元旦だった。

年末のキルケゴールと違う、すんなり入る小説が読みたかった。

有名な本書は未読で、"鐘" の意味も知らなかった。
巻頭にヘミングウエイが引用したのはイギリス17世紀詩人ジョン・ダンの詩。

《そはわれもまた人類の一部なれば
ゆえに問うなかれ
誰がために鐘は鳴るやと
そは汝(な)がために鳴るなれば》

          (大久保康雄様訳)


意味は解説者佐伯彰一様の文を引きます。

《個人も一人で全きもの、
独立した島嶼たるものはいない。
一人の死は、二人にひびいてゆく。
誰がために弔鐘が鳴ると問うなかれ。
それは、君のために鳴っているのだ》



お話の舞台はスペイン内乱の1937年。1931年の革命以降の民主共和制と保守派の戦いです。少し前に政治背景を偶然書いてた。

  *細胞診と西近代史とグラタン

本書では争いの年故に弔鐘の悲劇が避けられないけれど、
  喜びの鐘もきっと同じように鳴るものかもしれない。
    響き合える人に出逢える事は多分少なくて、
      だから稀な出逢いはとても幸せで美しいのね。

**


"誰がために鐘は鳴る" の主人公ロバート・ジョーダンとマリアはごく短い期間で一目惚れのように惹かれ合ってゆくの。

あのネ、私にもあるんです。一目惚れの体験・・・。
だから読んでいてドキドキしちゃった。

一目惚れについて
  《自然には間違いがない》
って説いたバルザックの弁 (下部リンク内) にも

  *フォーレに出会って

改めて共感することになった名作でした。

明日はブルゴーニュ君ね!



善と悪

December 27, 2011

コピー譜を貼っている朝。


電車の中でキルケゴールをやっと読み終わった。
月を渡りとっても時間がかかってた。

  *サンサーンスとディドロ

一等有名な "Ou bien...ou bien" は1843年著作。最後の著書が没年1855年。フォーレに重なる時代にヨーロッパを支配した哲学と社会情勢って なるべく色々知っておきたい気がしたけれど、何事も疎い私にとっては此の著書は不得手なタイプに思えてきた。

美の目的論、建徳と倫理、そして愛と絶望にも多く触れられているのだけれど、どの項も窒息的に感じながら読んでいた。

特に自感的疑念 (自分の生存の意義に向ける疑いの念) の問いは、タイトルの "Ou bien...ou bien (これか...あれか) " の選択の意味
----- 善と悪の間の選択じゃなく、善と悪を選ぶか・双方を排除するかの選択 -----
に関わっているからか狭量な要素が硬直的になってゆく風を感じてしまった。

**


本には各書物が求める読み方があるんだと思う。楽曲が味わい方のメッセージを聞き手に送ってくるように。私は求められた風には読めなかったのは残念だった。私などが薄い理解で曲解した中に、大切な項目は幾つもあったことだろう。

でもただの本好きとしてどうにも外せないことがある。
素晴らしい内容を知らせてくれる著者が
人として発散するものが魅力的か否か。



キルケゴールが "善と悪を選ぶか・双方を排除するか" の問いを投げるのに対して、私は其の善と其の悪がチャーミングかどうかで事を見ていると思う。

プロコフィエフ初期の頑なさが善か悪かじゃない。頑なさが挑発的で人を逸らさない魅力を含むからくすぐられる。

ドビュッシーの非機能和声が善か悪かじゃない。彼の詩情が蠱惑的だから惹きつけられる。

其うして無論善と悪の双方を選ぶ事に迷いがなく、善悪双方のチャームを愛し、善悪双方の内にも気持ちを弾ませない貧相を憎んでいるのだと思う。

**


ディドロ哲学を愛するのは、その意味で整合性より一個の人間の高い訴求力を感じるからなんだわ。ルソーよりキルケゴールよりやはりディドロが大好きだナ・・・

今選んでる曲たちも、善悪取り混ぜた魅力が一杯です。
曲のお話に絡めてはまた今度ネ。



2011年12月

December 08, 2011

買ったばかりのルノワール画集をパチリ。


昨日の消印で風見鶏コンサートのご応募は締切りとなりました。
本当にたくさんのご応募をありがとうございます!

お客様多数で抽選になるようです。
神戸生協さんからの結果をどうぞお待ちくださいませネ。

ご応募くださった方全員が当選なさったら良いのにナ。

**


  12月。時間も体力も一杯一杯になってるナ・・・

執務は、1週目にお年賀状の表書きを上げておいた。
合わせの録音確認をしながらタックシールを貼っていった。
昨夜で裏面完了。

風見鶏コンサートは私個人のご招待枠のお客様へ当日の確認メールをお送りしたり、21日の市役所コンサートはチラシPDFが届いたり、当日段取りを確認したり。

**


お稽古は、メインにソロを置くとデュオのおさらい時刻にはへとへとに。逆順だとソロの集中力が続かない。上手な配分にならないかしらって悩む。

この3日は明日の合わせ準備。2コンサート分を通し、譜面並びを確認。譜捲りの都合で切り貼りした譜面が多いから、本番がスムーズに運ぶよう譜面のまとめ方・綴じ方は曲順に寄って一回一回異なる。

明日まとめてタイムを取ってからトーク時間を割振りしよう。内容は今日中に大まかに書き出しておきたい。

年明け1週目のコンクール本選伴奏の譜はいつ届くのかしらん・・・って冷や汗を滲ませ考えるうち、カウントダウンのアマチュアさんサックス伴奏曲も決まってないじゃない? って気がつく。

アドリア海から帰国した直後のノベルティ君に曲目を問う。

決まってなかった(笑) それより昨年落合さんに頂いたのと同じモエ・エ・シャンドンのシャンパンをグラーツの空港で入手したから、暮れの蟹鍋会で飲みましょうって楽しそう。

PJカウントダウンは牛君とも久々に何か弾こうって言い合ってた。現ババールのレパートリーのフォーレ歌曲を希望だった牛君。合わせはナシで当日ネ! 調性確認だけお電話した。歌曲は声域によって調が異なる譜面が多いですものネ。

ファゴットで吹き難い調性は解っているけれど、音域を選ばない器楽演奏の場合、私は必ずオリジナル調で演奏したいと偉そうに講釈を垂れる。フォーレは調に敏感で、オリジナル調を奏でるとき特にフォーレが表したかった質感に触れられると感じるから。

**


お医者様帰り、古本屋さんでルノワール画集を衝動買いした。とっても大きいの! 奥に写ってる文庫本と比べるとサイズが判り良いかな・・・

他はニーチェとディドロをまた買い足してしまった。

お稽古休憩にイカリスーパーさんでフランスのガレットを見つけた。まぁるい缶がかわゆくてレースのストックなど入れたいナって。中身は期待せず求めたらば意外にも美味しかった。トースターで3分ほど暖めると、バターが溶けてしっとり・・・♪

今週の血圧は上78、下51。
一昨年よりグンと改善。起き抜けの朝ブログもだるさナシ♪

*2011年11月



タピオカちゃんの呟き

November 29, 2011

タピオカちゃんからお手紙が届いた。


いつもの風にまるで女学生のような文が面白かった。
タピオカちゃんの希望に添ってまた訳してみましょうか。

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《親愛なる聖マリージャンヌ》


冬将軍がパリに遅く着くって決めたお陰で、パリの街は木漏れ日の秋が残した 優しく綺麗な光を浴びてるワ。

Sacra-Marie、聞いて頂戴。私の恋はまた破滅しました。

  はじめ、私にお手紙1通を書かせる隙間も与えないくらいに
  愛してくれたと思ったら、
    次の月にはお手紙ばかり書かせるほども放っておかれ、
      最後の月はお手紙も書いて寄越すなって風だった。

少し親切をされると嬉しくなって失敗するのが、犬達と私に共通した欠点ね。貴女は他所の人の親切に特別興味がないって聞いたと思うわ。親切を求めないでいられるとしたら、どうしてなの?

私が如何ほど気落ちして貴女のメールを待ってるか、わかるわね?
ホームページに私のコトをまた載せてくれたら慰められるのよ。

ほら!
恋人の親切を失って、貴女の親切を求めてるの。
私、親切なしに生きられないんだと思う?

ねえ貴女のナルチスは親切じゃないの?
私は今、幸せなお話が聞きたいわ。
幸せで親切なお話を貴女持ってない?

     タピオカ

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《親愛なるタピオカちゃん》


西日本は雨が降ってる。
日本ではね、冬の初めの雨の日も底冷えしてなくて 弛い風を寧ろ暖かく感じる日が多いのよ。

今週みたいに良くない知らせでも貴女のお手紙は嬉しいワ。

タピオカちゃん。私も親切は好きよ。貴女ほど特別には欲してないだけ。

紫陽花を一斉に摘んだ季節だったわ。家族土産にヨーロッパ各地の何でもない物を一どきに少しずつ受取ったの。ベルギーのチョコレートやスイスの小さいレース、スペインのお茶。お願いしてた可愛い包装紙など本当に何でもない物よ。

レモングラスの香の石鹸もあった。可愛らしい赤いラインの。
私、言葉がわからなくてナルチスに問うたワ。お洗濯用だか顔を洗うためだか伺った。

身体用のようだったけれど、其うとしたお答えじゃあなかった。
此の一帯の石鹸は強いから、私の弱い肌なら負けてしまうだろうから、使うなら手洗いに留めるようにって答えだった。

とてもご親切だと思ったワ。

     Sacra-Marie

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《親愛なる聖マリージャンヌ》



こんにちは、私よ。

なんて素敵。
日本人男性はひどく繊細で、ひどく優しいのね!

フランス人は石鹸の文字を問われれば用途を答えるしか能がないわ。其うして時には問われた事にも返事を忘れ、外国文字も憶えやしないもの。

そうこうする内、私への愛も石鹸のように溶けて失い、私の希望は泡になる。愚痴ばかりで御免なさい。

貴女が好きなヘッセのナルチスもとても繊細な人だったわね。
納得だわ、修道士ナルチスのイメージに益々添うてきたわ。

午後はお散歩に出たいの。夕方のミサまで沢山歩いてみるわ。
私は考えが浮かばないくらい疲れてるけど、栗が落ちた歩道は何かの考えを私にくれるかもしれないもの。

     タピオカ


*タピオカちゃんのお手紙
*タピオカちゃんの訪問記
*恋の問いごと
*頬杖の恋




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