La visite ⅩⅡ



ろくでもない日

December 02, 2018

ろくでもない日だった。
憂さ晴らしに須磨のマスト型時計台へ行った。


相当質の低い思考回路でしかありえない発言というのがある。
所謂アンテナが弱いが故のデリカシーを欠いた(多く備えてるのに使わない人は好きだが)発言とその根本の無粋な発想。

野暮な頭脳と鈍い感性を、人間は直しようがないものだろうと人生4万106回目くらいに悟った日だった。

よくあの小賢しいオバチャンが仕出かしては周り中に疎まれてたなと思い出した。

悪い場面でしか思い出さない彼女の厭わしいドタ足をうっかり重ね合わせてしまったくらい不快な日だった。


10代の娘さんが邪気なく無神経発言を繰り返したって成長の余地がある。


聞く方を和ませる可愛らしさゆえに、仮に失言をしても同時に放たれる魅力に触れたいがために同性でも情状酌量してしまう力があるお嬢さんも実際多く、

其うした方々はお若い場合に限り(今後悪癖も良い方向へ向く可能性が限りなく残されてる年齢の意)個人的には嫌いじゃない。

しかし、
可愛らしい女の子なら単なる物を知らないが故の非常識と寛容に捉えてもらえるかもしれない遅鈍な発想や不躾な発言も、60前だかのオッサンがやれば確実にアウトだ。

イライラのあまり昨日は死んだ。


週末というのに身内と病院に居る時だった。相手側の日時指定でのやり取りのため、院内の時間の隙間を使った果ての出来事だったので身内も巻き込んで皆で彼に対し相当苛立った。

感度が極めて悪い鈍性の頭脳回路と感性の貧しさを目の当たりにした。受け入れ難い種類の感受性の低さだった。

皆で不満をぶちまけ合ってもむしゃくしゃしたままで、身体の不調を顧みず夜にお出掛けをしたいと夫に頼んだ。

体調がより悪くなるほど厭な気分にさせられた時は夫とブルゴーニュ君とラブラブ出かけるに限ります。


文と一致しないスウィートな子がチョコンとお座りしてるのは、夫の提案で行った海浜公園。


海以外の所には行かないの? って感じですね。
色んな場所から海が見たいの。

右手のひときわ明るく写った街灯の奥に、赤いロケット型の建造物がうっすら見えるかな?

最終目的地の赤灯台です。


まったく無知でしたが観光協会のページに依ると


1884年(明治17年)に木造灯台だったものを改造したのですって。
ドビュッシーがローマ大賞に輝いた年ですね。

和田岬から移設されたのだそう。
それにしても可愛いですね。
鉄骨灯台では最古と書いてありました。

此処の周りの浜や通路の一部は、先の台風被害の傷跡らしき様子がお片づけできてなかったですが、真冬までに手が回るといいですよね。


夫が気を晴らしてやろうと思ってくれて
ブルゴーニュ君が何処へ行くのもトコトコついてきて


帰ったら作りおいたご飯が温めるばかりになってて
自家製豆乳ヨーグルトが楽しみで

ろくでもないことがあった日だったけれど、どんな時も家庭っていうチームがしっかり機能してると濾過作用は素晴らしく働く。


帰宅して忘れないうちに象たちの次の日の朝ごはんをお庭へ出した。


象たちは定住先は拙宅じゃなくてお隣さんの大きな木の枝だけど
彼らも一応チームのメンバーだから。




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