La visiteW



リサイタル訪問とおかっぱ

November 04, 2011

青井彰氏のリサイタルへ行って参りましたよ。


ヘアサロン予約で、コンサート打上げに参加できず残念!

ピアノリサイタルではバッハ平均率1巻を順に聴き、ロビーでたくさんの知人に会って、ヘアサロンで本を読んだ。

ドイツ・フリードリヒ2世が学芸思想を保護した18世紀、カントやゲーテがフランス啓蒙思想から自己形成した事をはじめ、何故ヨーロッパ全土にフランス啓蒙思想が広まったかって考察の書。

17、18世紀のフランス文化芸術の権威が各国に模倣された流れが第一の理由って部分が面白かった。"文化的信用" は思想を伝えるに当たって大切な要素なんですね。

絵画、建築、音楽、文学、思想、造園、食、衣類・・・此れら含む宮廷は、国外で宮殿そのものがヴェルサイユの模倣になっていた経緯と 当時のフランスの文化勢力を読んでゆくうち・・・

髪はすっかりおかっぱ♪



北野異人館コンサート

October 28, 2011

26日ラインの館コンサートへ行って参りましたヨ。


出演依頼をお繋ぎしたテレマン室内のフルート森本英希君とギタリスト亀井貴幸君のデュオに出演御礼のご挨拶でした。

次回の異人館コンサートはデュオ・ババール。
昨年はシジミちゃんと演奏してたの。

  *コンサート明け

今年は蝶番君と出演なので顔合わせ旁、事前訪問を・・・

行って良かった〜♪

オケ中での巧みさから此の度のお願いの運びとなった森本君のフルートは素晴らしかったワ♪ バッハからアンコールにはボサノバも入れてらっしゃった中、どれもブレのない安定感と音楽力を見せて下さいました。

各作曲家のエスプリとフレージングの確かさも、鋭敏なタッチからマットな音まで幅広く操られる音色もとても素敵だった。ご自分の音への集中力の高さもお見事でした。

良い演奏を聴かせて頂いて寒さ忘れる帰り道でした。

フルートはトラヴェルソとの持ち替え、ギターはテオルボとの持ち替え可能なお2人で楽しいプログラムでしたよ。間を取持って下さったギタリスト増井一友様にも感謝です。

ババール異人館コンサートは12月16日風見鶏の館にて。
詳細追ってお知らせ致しますネ。

まずは31日のRCコンサートね!

*昭和モダン歌謡



風月堂ホールと南京町

September 30, 2011

今日は少し朝寝をしました。


昨夜モーツアルトクラブ総会にお越し下さったお客様、
どうもありがとうございました。

長い1日をあっという間に感じた。朝に部分練習を済ませ、12時に相方さんが来られるのをお待ちした。前々日の合わせから42時間ほどの間に変化した部分を報告したり試したり・・・

合わせっていうよりお遊びです。ソナタ中間部、ママンの思い出部分の音質変わりを楽しみ合ったり、終音を消す呼吸を探したり。

元々お初の音出しの日から合わない箇所なんて何処にも見当たらなかった。合わせは専ら色と質感を試すことに終始します。

**


それからホールへお出掛けして、
  お腹が空いて駅のベンチでパン食べて、
    ゲネをして、
      本番をして、
        本番後の会食をして、

くたくたになって元町商店街をエレジーを歌いながら歩いてた。
疲れていても音楽の時間がもっと欲しい。
まだ足りない。

お店が閉まった夜遅い商店街、
歌いながら歩くなんて酔っぱらいさんだけね。
2人とも1滴も飲んでなくて完全なシラフなのだけれど・・・

**


南京町広場で腰掛けた。
写真の通り楽器と衣装を下ろして、
気持ち良く9月の終わりの風を受けた。



  心地良い疲れに浸る暇は少なく・・・
  PJライブまで20日あまりですから
  プログラムを決めなきゃねって。

**


数日で次の合わせ。
選曲して、音出しして、タイム計って・・・
新たなプログラムが上がりましたらお知らせしますネ!

次回は10月21日ピアジュリアンにて。
ババール・ライブにどうぞお越しくださいませ。



感謝です

September 25, 2011

風で帆のように膨らみ過ぎた写真

(撮影者:蝶番君)


昨日は美術館の調べにたくさんのお客様にご来場頂きましてどうもありがとうございました。
お客様の笑顔に支えられ、楽しく演奏できました。

終演後、予定通り友人を見舞い、病状の悪さに愕然とした。友人は、大きくなり過ぎた食道の癌のせいで声が殆ど出なかった。

息が漏れる微かな声で、"コンサート楽しかった? " と言った。
"次のピアジュリアンはいつ? " と続けた。ちらしを渡すと ありがとうって嬉しそうにちらしを見てた。

  幾度も絶句しそうになった。

友人の願いは、また演奏を聞くことだった。コンサートに出掛けられないなら外泊の形でも良いから家で横になり 私たちが演奏に行くのを楽しみにしてた。

もう願いが叶うことはないかもしれないと、私は言葉が出ずに友人の足を闇雲にさすった。

蝶番君が、今日のプログラムを全曲弾きに行きますからって友人に言ってくれた。

**


  へこたれてしまって早々に退室した。

お腹を空かせたまま何となく歩いた。たくさん歩いた。荷物は重かったけれど友人の様子はもっと重くのしかかり、お茶で休むより歩きたかった。

先の駅までせっせと歩くことにした。途中水場を見つけて ぼんやり休んだ。変過ぎる体つきに写ってる写真は、ワンピースがぶわわ〜って風をはらんだ瞬間。

  友人の事は話し合わなかった。

コンサートでの音の響きの事、次の合わせの事、今後のプログラムの事。とりとめなく話して少しだけ前向きな気持ちになれた。

**


明けて今日は相方さんの講座の日。行きたかったけれど、さすがに身体がもたない。此処で無理するとまた酷い事になるから我慢ネ。身体を休めながら朝の時間は御礼メールや次のコンサートのお知らせなどを片付けてしまおう。

今日の予定を考えながら流れてるのは、譜読みに期間を要しそうな先のデュオ曲なのです。i-Tunesをリピート設定にしてMac作業中は聴きっ放す。リズムも和音も取り難い近代フランス曲なので、耳から身体に叩き込んでしまおう。

  悲しいことがあっても音楽時間は続いてゆく。
  聞いて下さるお客様に、
  そして今日もピアノが弾けることに心から感謝です。


*生きててよ
*元気になって
*祈り
*病床の絵
*食べてね
*会いたいよ
*折れた百合
*会えたね
*祈りの花
*月の光と母性
*届きますように・・・
*ピアジュリのお約束?
*お便りいただきました
*生と日々
*ハヤシライス
*「ごめんね」
*ブルターニュの聖画
*軌跡
*再転院
*想い
*2011年8月
*退院と再入院
*本日県美コンサートです

?僕がおうどん屋さんで見たこと
?僕が思う荷台屋さん
?僕が行ったお見舞い



第9回ミュージックパーティー終了です

September 18, 2011

ミュージックパーティーに参加して参りました。


昨年に引続き2度目の参加です。揚琴っていう写真のような珍しい楽器を目にすることができましたヨ。私の演奏はトランペット伴奏と ちょっぴりショパンなどでした。

たくさんの方々と音楽を通じてお知り合いになれて嬉しかった。お世話になりました皆様、楽しい時間をどうもありがとうござました・・・♪

**


往復の電車でカミュの "幸福な死" を読んだ。ヘッセ "クヌルプ" の世界からカミュに舞い戻りです。

"幸福な死" は、"異邦人" に結晶化する以前の試験的な問いが多い小説。幸福な死のメルソーは 異邦人のムルソーの試作と聞いて読んでみているの。

異邦人のムルソーが私に残した疑問・不明点は罪と良心の呵責の関係だった。ムルソーは殺人を犯した後悔を問われて、後悔というより倦怠感を 覚えているって答えたのだった。

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  脳裏に存在し、意識下にある形と
  悔いるというアクトとの間に
  大きな溝を持ってる風に見えるムルソーの感覚を
  幸福な死のメルソーは少し解き明かしてくれるよう。

今日おさらいしながら考えてみよう。

今日からは、ソロとファゴットデュオの準備に集中しますヨ♪

  音楽は楽しい。
  毎日音楽ができて私は幸せです。



風見鶏と日記

August 28, 2011

夜、北野風見鶏の館へコンサートを聴きにいった。


午後はドレスのサイズ直しに時間を使ってしまってた。ドレスって裾丈ひとつ決めるのも大変なんだワ。裾幅が広く布の重なりが多いから何段階も待針刺す。

裾をさわって頂いてる間ずっと本を読んでた。
ヘルマン・ヘッセ "クヌルプ"。
バルザックの大長編のあと楚々としたヘッセの魅力にとても癒された。

人間関係で悲しい思いをしたお友達に話してあげたいナって思う文に出会った。

《人間はめいめい自分の魂を持っている。
それをほかの魂とまぜることはできない。

二人の人間は寄りあい、互いに話しあい、
寄り添いあっていることはできる。

しかし、彼らの魂は花のように
それぞれの場所に根をおろしている。
どの魂もほかの魂のところに行くことはできない。

行くのには根から離れなければならない。
それこそできない相談だ。

花は互いにいっしょになりたいから、
においと種を送り出す。

しかし、種がしかるべき所に行くようにするために、
花は何をすることもできない。

それは風のすることだ。》

                    (高橋健二様訳)


**


直しが終わり、細かにサイズを記録したドレスを再びお預けしたらば北野町へ・・・♪

昨年しじみちゃんと演奏したコンサート以来、久しぶりの異人館。参ると、いついつまでに曲目とプロフィールを出して下さいね、って(汗)

12月16日、風見鶏のクリスマスコンサートはデュオ・ババールが演奏します・・・♪ 広報こうべで案内がされますが、追ってこのページでもお知らせ致しますネ。

  今日はフルート合わせへ西宮へ。
  皆様よろしくお願いいたします・・・♪



バーベキュー大会parPJ

August 23, 2011

 明石の海岸沿いをゆく景色にドキドキしました。久しぶりの海の風景。潮の香りに高揚を覚えて・・・


PJ主催のバーベキュー大会に参加させていただきましたヨ。お店スタッフさん、常連さん、レギュラーアーティストさん入り交じっての交流会の楽しかったコト・・・♪

海岸を臨み潮風を感じながら、スイカ割りあり 花火あり 食べて飲んでおしゃべり一杯。

牛君やゾウガメ君たちファゴット奏者さんとのファゴット談話にテンションが上がり過ぎちゃった・・・ 

ファゴットってやっぱり大好き・・・♪ いつ、誰とどんな組み合わせで、何のプログラムができるのカナって妄想混じりの楽曲談義。音楽のお話はどんな時も一等楽しいものですネ!

皆様お疲れ様でした。どうもありがとうございました・・・♪



モーツアルトxモーツアルト(2)K304

August 01, 2011

モーツアルト・ソナタK304

続きのお話です。


最近の合わせは、プログラム決め用の音出しやタイム取りに時間を食ってた。K304に触れたのはまだ1度きり。そのとき話し合ってたのはテンポが醸す内容・・・って申せば良いのカナ・・・

相方さんの提案はヴァイオリン&ピアノで耳慣れたアレグロテンポより遅めに歌うことだった。すぐ私も同意した。其の中の微妙なテンポ設定はまだ決まっていない。

相方さんは、スピードを上げることで曲調が乾き全体がドライなイメージになる懸念を独特の言い回しで表現した。アレグロテンポでは哀しみが薄れる、と。

  私は、よりウエットな色調を求められてると理解して、
  アレグロ表示はテンポ表示上で捉えずに
  曲内のアレグロ的要素と考えたくなった。
  感傷的な音楽の中の鼓動と劇性としてのアレグロ・・・

遅め?速めって申し方は、共通認識がある者の間以外では元来相応しくないかもしれない。テンポのお話はテンポ自体の決め事が目的じゃあなくって、其のテンポが齎すもの・・・それぞれのテンポが携えてくる情感の違いを指しますね。

**


そうした1度目の合わせが済んで1人研究を試みるうち、遅めの設定故に2楽章とのキャラクター差が薄く感じられるのが悩みになった。

練習は2楽章を先につくり1楽章へ戻りましょうか? なんて提案してみた。結果から冒頭を導き出せば2つの楽章の兼ね合いが上手く見つかるかも・・・

モツレク前のおしゃべり時間。

最後に蝶番君が言った。また独特の言い回し。
2楽章形は確かに難しいけれど、失意のソナタにもしかしたらキャラクター分けは必要がないかもしれない、って。

**


うふふ、失意のソナタですって。詩人さん風の言い回しが僅かな時間にまた2回もあったナ・・・ 其して私は独特の表現に音楽を感じたりインスパイアされたりする。

席へ戻ると700席を埋めているプログラムを開いた。
黄色い紙が挟まってた。何かしら? って何となく眺めれば
"KMC主催による近年の主なイベント" ってタイトル。

    《7月30日(土)13:30〜松方ホール
     井上和雄指揮モーツアルトのレクイエム》

今日のことネ! 次の行はK304を弾く日。

    《9月29日(木)18:00〜?月堂ホール
     ファゴットとピアノのデュオ 片寄伸也 落合桜》

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モーツアルトソナタ、楽しみになってきましたヨ。


*モーツアルトxモーツアルト(1)開演前



モーツアルトxモーツアルト(1)開演前

July 31, 2011

昨日、松方ホールへ演奏会を聴きにゆきました。


"井上和雄と歌うモーツアルト・レクイエム" 。お友達の井上先生指揮で相方さんも乗られるから 是非覗いてみたかった。

混雑が予想されてた。"開場前に到着して席取りしなきゃ自由席だから危険だヨ" って指揮者に言われて早めに家を出た。

入場の列に並んで、目指したシートへ・・・♪
オケを聴くときはファゴットの前席を取る変態さんだから・・・

  *PJにて。ファゴットの魅力

昨日も変わらず。相方さんのファゴットなら尚更ネ。

モツレクは異例って言える編成。奏者椅子の並びをざっと見渡す。バセットホルンのお隣さんになるから・・・前列16番席。ヴィオラ奏者の譜面台の間を縫って斜めからファゴットのお指を拝見するなら此処♪

お席を迷い右往左往する人々の中で、目的が決まってる変態さんは素早いのでしたヨ・・・
無事シート確保!

   って申すのかしら・・・
   どなたも狙っていないガラガラのお席位置なのです。
   ファゴット好き専用かぶりつきシートみたいな場所ネ!

**


プログラムと本でシートをガードしてからロビーへ。アイスティが飲みたいワ・・・♪ ストローをちゅうちゅうしながら遠目に見える知人に手を振ったりしていると・・・

此方へ歩いてくる蝶番君・・・。開演25分前にまだジーンズ姿でロビーをお散歩なの・・・?!

ディヴェルティメントは出番ないから、ってまったりモードでおしゃべり。
いつも余裕ねぇ・・・。感心しながら尋ねた。

   "演奏前に演目以外の曲のこと話しても大丈夫ですか? "

快諾された。先回の合わせから数日の悩みをお話した。

**


お話はモーツアルト・ヴァイオリンソナタK304について。
蝶番君がセレクトしてくれた とても美しい1曲です。

モーツアルトの甘えんぼな部分が見える風な明るい曲よりも、短調のひっそりした此の曲が自分たちに合っているのじゃあないかと選んでくれた。寒い寒い2月か3月のことでした。

バロックから古典に強い蝶番君と違って、フランス近代にうつつをぬかしてきた私とご一緒にモーツアルトはご迷惑じゃないかしら・・・って躊躇した。その戸惑いを感じ取ったように、《パリで書かれたモーツアルト・ソナタ》を選んでくれたのです。

悩みは2楽章形式の本ソナタの場合、各楽章の役割がまだはっきり見えていないコト。急緩急のような性質や寒暖の差異がない2つの楽章の役割と、両楽章の意味の重さの配分が、自分の中で少しもクリアじゃないって話した。

拍子やドラマ性が異なっても、所謂楽章キャラクターがどうしてもカブってしまう・・・

本番前の相方さんに其ういった事を熱心に話した。

     続きはまた今度ネ!



幸福論

July 14, 2011

暑くなった日、

相方さんの講座へお出掛けした。


講座課題のケクラン(1867年-1950年)と ぴったり重なる時代のフランス哲学者アラン(1868年-1851年) を行き帰りに読んだ。
有名な "幸福論" に興味を引く表現があった。

紀元前4世紀のギリシャ哲学者ディオゲネスは

     《最上のものは苦しみである》

って言いました。

     《守銭奴は多くの楽しみを自分に禁ずる。
     そして、なによりもまず楽しみにうちかつことによって、
     それからまた、財力を蓄積することによって、
     強烈な幸福感をつくりだす。》

アランは人間は棚から牡丹餅の幸福をあまり望まないのだって説くの。

     《かれはこの財力を
     自分自身のおかげであるとしたいのである。》

もしも守銭奴が遺産によってお金持ちになったらば みじめだろうって。

守銭奴で強く印象に残っているのはバルザック著ウジェニー・グランデの父親なのですが、彼はけちんぼに聖餐式のパンの代金までを計算する大金持ちでした。

アランが記述する事、わかる気がする・・・

**


先日、精神の平静は尊いのだろうけれど、つい力を求めてしまうって仰るかたがいらっした。アランの物言いを借りれば

     《ヘラクレスは怪物をさがし求め、
     これを退治したことによって、
     自分の力を自分自身に証明したのだった。》

     《およそ幸福というものは本質的にポエジーであり、
     ポエジーということばは行動を意味するからである。》

                              (白井健三郎様訳)

ってことじゃあないかしら・・・

フランス語のポエジーは、ギリシャのポイエーオンからきています。
"詩" とはつまり、"成す" が語源・・・

欲望のポエジー、力あるポエジー・・・素敵だワ。

*象徴(4)気狂いピエロ



お便りいただきました

June 26, 2011

PJライブの日に

リハーサルをしてると


オーナーがお手紙封筒を手渡してくださった。ピアジュリ気付で 私宛のお手紙が届いてた。百人色紙展で拙い作を入札してくださったお方でした。

優しいお便りでした。中でも一等嬉しかったのは、病気の友人も病状が回復するようにって一文を添えてくださったことでした。ありがとうございます。友人のことまで案じて頂いて、友人が来たかったライブ場所でお読みできて、本当に有難く思いました。

M様、美術館コンサートでお待ちしております。
演奏があるホワイエ部分は入場無料です・・・♪

**

  ねえ見てる?
  お会いしたことがないお方まで 此うしてお言葉をくださったよ。
  嬉しいね。頑張んなきゃね。
  元気になって色んな方達にお礼言わなきゃね。

**

終演して帰り道に モーパッサン "ピエールとジャン" を読み終えた。

本書は1887〜88年の作。ドビュッシー世代ネ! って思いながら読んでたらば、あとがきにポール・ブールジェのお名を発見した。此の日ドビュッシー作曲・ブールジェ詩のロマンスを演奏してきたばかりだった。

  *"ロマンス" 落合訳

ブールジェはモーパッサンと親交があって、此の作はブールジェの影響下に書かれたのですって。知らなかったワ・・・ 
音楽と読書がまた一つ繋がった嬉しい夜でした。

今日はちょっぴり早い時刻から生徒ちゃんのレッスンです。



会えたね

June 17, 2011

病室を教わってすぐ

雨の中とんでった。


朝は打ち合わせがあった。待ちきれない思いで午後急いで向かった。
気ばかりせいて慌てんぼを繰り返した。

交通の間モーパッサンを読んでたけれど あまり頭に入ってなかった。朝、雨に濡れて摘んだお庭のお見舞い花を忘れた。

エレベータを降りたのが1階下だったって気づかず右往左往した。友人は探してくれて、どこにいるの? -- 団欒室だってば -- 居ないよ -- 居るヨ って間抜けなお電話になった。

**


慌てんぼをしたから? ひと月振りだから? 慣れない深刻な状況だから?

やっと会えると照れ笑いになった。


ブログやメールなら本当の気持ちが綴れるのにね。
お初に優しいやり取りしちゃったから、会うと恥ずかしいじゃない。

指が分かれた靴下に、なにこれ水虫なの? ってズケズケ言う。
違うよ、水虫じゃないよ。友人は反論した。

優しくして、励まして、此れからのことを力づけるんじゃなかったの?
お鼻っから水虫と決めつけて からかいに来たんじゃないんだのに。

**


せんだって みんなでご飯を食べた時と変わらないやり取り。
数ヶ月先も知れぬ命を見る前に、友人が今生きてて、私たちはずっと友達だねって確かめるように普段通りの会話になった。

友人は痩せたけれど、力ある眼のままだった。
早口で話し、せっかちに動いた。

友人はとっても嬉しそうに、飲み屋さんに居るみたいに笑った。
いつもの通りに おしゃべりがわけもなく楽しかった。

**


あっという間に時間が過ぎた。
下まで送ってゆくと何度も言った。しつこく繰り返した。

はぁ? バカじゃないの? なに言ってるの!
私は悪態をついてベッドに押戻した。

やっと言うことを聞いた友人は、ありがとうと言った。
私こそ、ありがとう・・・

答えた瞬間に涙が一挙に噴出した。友人と目が合った。

私は慌てて乱暴にベッドカーテンを翻して出た。
カーテンの外から また来る、と鼻声で言った。

*生きててよ
*元気になって
*祈り
*病床の絵
*食べてね
*会いたいよ
*折れた百合



不思議な出会いと日々

June 03, 2011

モデルをつとめさせて頂いた

100号の油絵。


実物は全身だけど恥ずかしいから、部分だけパチリ。

現在の彫刻モデルはゆっくりとした歩み。
個展後に稀にはお作を頂くこともある。

別の画家さんの油絵は、そうそう時間もないのでモデルのお話は取り置きにした。

**


忙しがるのは好きじゃないけど、お医者様と練習日程が時間の取り合いになってる。

昨日は午前中北野のギャラリーへ出向いて2,3おしゃべりした後 近辺でお仕事関連の用を足しに行った。治りつつある背中に 北野町の坂は少しきつかった。

カトリック神戸中央教会の聖堂へ寄って友人の事をお祈りした。

坂を降り、予定してたドレスの下見と試着へ。ドレスには興味薄いのだけど、お仕事着だからしぶしぶね。背中が痛くて時々しゃがむ。

次の予定、ホタテちゃんの職場で用を済ませる。ホタテちゃんと話す間またしゃがむ。


**


早く帰っておさらいしたいと

電車に乗った。


とても綺麗な女性が、舞うような仕草でお隣に座りなさった。

座席に着くなり強い視線でじっとご覧になって、"あの、大変失礼ですけど。" と切り出された。
何かしらって思いながら、凝視に耐えて はい? ってご返事した。

女性は画家さんで、モデルをして下さいませんかと仰った。
お外でよくウオッチングをなさってて、電車の中でお目に止まったそう・・・

ポカンとしちゃったのは、お申し出に驚いたからじゃあなくって。どうした事で此うも画家さんや彫刻家さんにばかり立て続けにお声をかけられるのかしらって疑問から。

年も年。元々良くもない容色は衰える一方で、でも芸術家さんにとっては何か面白いのかしらね・・・って 疑問を取置いた。

お名刺を頂けば、神戸芸術文化会議のお方。奇遇だわ。
おんなじ。私も芸文会員です、洋楽部門の・・・って申して驚かれる。

夏の懇親会場でお目にかかる筈のお方でした。
楽しいわね、電車の中の出会いも・・・♪



古いコミュニオン・カードと物

May 28, 2011

芍薬が満開の朝、

タピオカちゃんから荷が届いた。


本をたくさん送ってくれる。そしてページの間にいつも何か挟んでくれるの。此の度は20世紀初頭のコミュニオンカードだった。セルロイドでできているのヨ! 時代を物語りますネ。

くすんだ色味まで愛らしく、嬉しかった。
信仰生活も共にしたタピオカちゃんは よく堅信のお品をくれる。

**


モンマルトル展訪問でも、たくさんの古い紙切れを見た。

  ?僕が見たモンマルトル展

シャノワールで開催したオラトリオのプログラムだったり、詩と音楽の夕べのお知らせだったり。

素敵な言葉を発見した。
シャノワール創立者ロドルフ・サリスの言葉だった。

Qu'est-ce que Montmartre? -- Rien!
Que doit-il etre? -- Tout!

モンマルトルとは何? -- 何でもない!
何であるべき? -- 全て!


シャノワールへの、19世紀後半のモンマルトルへの、多大な愛着を伝える古びた愛しい紙切れたち。情熱の歴史と文化への愛が刻まれてる。変態さんだから紙の破片を眺めるだけで感動に泣けてくる。

美術館の静かな廊下を歩きながら思った。
    物って、人の想いのカケラなのね・・・

美しい象牙の聖書が 読めないドイツ語なので迷いつつも手にしなかったことがある。それで良かった。美しい外見に一瞬目が眩んで欲しくなった愚かしいミーハー根性・・・忌むべき感情だった。

  紙や本は語りかけてくる。
  語るために伝えるために著されたものたち。
  持ち主に語りを聞いてもらえない本は可哀想。

**


シャノワールを愛したサリスの想いが記された紙切れが、アンティークとして売買され飾られて終わるような事がなく、此うして東洋の美術展までも廻り 多くの人に愛される形が取られて良かった・・・って思う。

引き継がれる物を所有するのは
人の想いを所有することじゃあないかしら・・・


だから向き合えるものを自分に備えぬままでは扱えないと思う。
物について其んな事を思った美術館の1日。

*使い込まれた古書♪



カフカ「城」

May 25, 2011

先週末は大阪訪問。

コンサートを聴きに行った。


カワウソちゃんと蝶番君のデュオがあったの♪ 背中は思いのほか早い快復で、痛みに煩わされることなく音楽を楽しめた。

終わったあとは3人でティータイム♪
カワウソちゃん&蝶番君のペアと 蝶番君&私のペアでは、出てくる音楽も雰囲気も180度違ってる。此んなに違うものかしらってくらいなのヨ。

それはお茶時間もおんなじで・・・ だからお互い面白くって笑いが止まらないミニ打ち上げでした。一回り以上も年下のカワウソちゃんはとても可愛いし、楽しかった〜♪

カワウソちゃんは違いにとっても興味を抱いてて、私たちの合わせがどんな風かを 赤ちゃんカワウソのような黒目がちの瞳で問うた。"カワウソちゃんとの合わせとは そりゃ全っ然っちがうよ。" って笑う蝶番君。

合わせの会話ってどんなのか尋ねられた。
会話? 特別なお話はしてないと思うけど・・・

**

昨日の合わせではね、不思議な世界が展開されるプーランク "アンナの庭" を話題にした。読み終えたばかりのカフカの大長編 "城" を取上げて・・・

作品に通して存在してる城は、神の恩寵の象徴と考える解釈があるのね。ところが部分的な象徴でしかなくって、城全体の存在は恩寵に符合する形じゃあない。

だからカフカは象徴文学じゃあないってお話を、独文学者で東大名誉教授の辻?(ひかる) 様が此んな風にお書きなんです。

= = = = =

《象徴という言葉は、元来ひとつの統一的な世界観を前提としているものであって、そうした統一的な意味構造の世界から分離した個々の事象の象徴というものは、ありうるものではないのである。

たしかにカフカの描きだす事象や形姿は、なんらかのものの象徴として見えてくることは否定できないが、もし、その背後にあるものが、統一を欠くとすれば、それはけっきょくのところ象徴ではない。》


《 "変身" の主人公ザムザは、二十世紀における小市民生活の悲劇を描きだしたものだというのも、よく聞かされる解釈である。しかし、こうした解釈は、部分的にどんなにその妥当性を感じさせられても、とうていカフカの一作品全体を解釈しきれるものではない。》


《まるで反対の解釈を行う余地が、
すぐにあらわれてきてしまうからである。》


《逆にこうした特長こそ、
かえっていっそうカフカ的であると言えるのだ。》

= = = = =

ねぇ・・・此の不可思議さったら、プーランク世界にちょっと通じるものがあると思わない? そんなコトも呟いたりする。

ヴェルレーヌの駄目大人っぷりを話して頂いたり、フォーレ解説書の間違いにすごい勢いで突っ込みを入れたり、変態さんっぽい合わせにお付き合い頂いてる感じですヨ、カワウソちゃん。



裸足の集合写真

May 17, 2011

私、裸足なんです・・・

みっともな〜い。


(撮影者:大阪音大作曲
      田村義一先生)


今年2月初旬のこと。年若い美人チェリスト・カワウソちゃんと蝶番君とのデュオを聞きに行ったのヨ。バロックから古典のプログラム。

其の時の集合写真だのに、演奏しなかった者が何故か此んな位置で写ることになってしまいました。お隣が蝶番君こと大阪チェンバーの片寄信也さんです。

今月カワウソちゃんも森のホールに来てくれましたヨ・・・♪ ありまとぉ。

普段練習で一緒に弾くと見落とす部分が、別のペアを通すとよくわかってお勉強になった。相方さんが他所様と組まれるアンサンブルを聞いて自分の役割を客観的に知るって大事ネ。

カワウソちゃん、週末もまた聴きに参りますネ・・・♪

**


此ちらのペアのお披露目は6月24日(金) ピアジュリアンね・・・♪
プーランクとシャンソンがメインのプログラムですよ。
蝶番君の哀感のファゴットは、プーランクによく似合う。

昨夜ノベルティー君とのプチコンサートは大盛り上がりで終了。
背中の痛みを騙し騙し今日はゆったり新曲を譜読みして過ごします。



1日のコト

May 07, 2011

モデル日の昨朝、

よく晴れていた。


いつもより少し早い5時半に目覚ましが鳴った。お出掛け前に予定の事柄を皆までも済ませられるようにと欲張って 寝不足をした。

大急ぎでバスを使い、髪を乾かしながらブログを書き殴った。だからね、昨日のブログは何だか濃い雰囲気なの。

普段にはあまり変態さんに映らないよう内容を薄めて薄めて書いてゆく。薄める時間もなく思ったままを書きつけた朝はちょっぴり濃い目。

身支度を済ませ、後援先へ報告書を書いてゆく。音楽関係で必要な葉書も数枚。時計を見ながらペンを走らせる。

お出掛け前にどうしても1時間は譜読みに当てたかった。ノベルティー君との本番用の方はまだ譜面も揃えられてない。きゃ〜っ 1週間で何とかします。

**


後援行事報告書や葉書類をポストに投函して、駅の階段を登る。

電車の中で目を通して考えたい本があった。1枚目の写真、ヴェルレーヌ詩の用語解説と用語背景。フォーレ・プログラムに入るヴェルレーヌのうち、ロココ世界を扱うものは私には解読し難かったから。象徴表現をお勉強しなくっちゃネ。

元町下車。時計を見ながらまた急ぐ。6月24日PJライブのドレスに合わせて ネックレスを作ろうって思った。上等な石はなんにもついてない。布のお花のパーツを組み合わせる注文をしに栄町へ・・・。

ドレスの色合いを浮かべながら その場でザッとデザイン。急ぐから後日受け取りに来ると言い置いて、再びヴェルレーヌを読みながらお仕事へ。

**



睡眠不足と慌しさと労働で、終わるとヘトヘトだった。

僅か2日前に会ったばかりの人と会うことになってた。


2日前には可愛いお茶を頂いてた。


本番が終わったらばゆっくり過ごすように言われ、でも頂いたお茶は飲めなかった。何故って、嬉しくてもったいなくてお外の袋もまだ開けられない。大好きなベルガモット1つ。スタンダードなアッサムブレンド1つ。

**


昨日はおうちへお邪魔した。早朝から午後までヘトヘトになって詰め込んだのは、此の時間を空けるため・・・

焦茶色のリボンが掛かったふかふかのシフォンケーキとホイップクリームが準備されてた。お仕事の中休みに買いに出てくれたと聞いた。

お夕食を作って下さった。
棚にモンテヴェルディのムジカ・サクラを発見してお借りした。

帰りの電車でヴェルレーヌ解説を読み終えた。
もう身体の疲れを感じなかった。

   今日は譜読みに専念しよう。



シルヴィーの鳩とたんぽぽ

March 28, 2011

フォーレ歌曲 "森の鳩" の舞台を探しに行った。


楽曲場面を求め歩いたり 楽曲内のものに触れたりする大切さは、7つのときに教わった。

今、音楽を奏でるためにおこなう様々な行動と試みの元を教えてくれたのは小学校の担任の先生だったんです。ピアノも弾けない先生が誰より豊かに施してくれた音楽はじめ。とっても大切な思い出なの。

  *木馬の序--廻る歌

運動会でたんぽぽの曲をお遊戯することになったの。私たちのクラスはもう大変・・・♪ たんぽぽを見つけ出さなきゃならないし 時期に合わない綿毛を識るため花びらを剥いて種の元を採掘しなきゃならない。

種子と発芽を黒板で説明されて、手には青臭い匂いの茎のお汁がついてた。お遊戯のお稽古時間以外もたんぽぽ探しに懸命になって・・・
それがどんなに心楽しかったか。

明けても暮れてもたんぽぽ漬けにされて、1曲に触れるための作業工程にどんなことが必要か幼いなりに理解した。

今でもたんぽぽを目にするごと笑みがわく。
私の音楽作業の根底で明るい色を放つお花。

**

現在は運動会のお遊戯じゃなくて県立美術館演奏予定の "森の鳩"。

  *"森の鳩" 落合訳

ヨーロッパ白樺の林が自分の中の場面設定だったんです。主人公の男性がシルヴィーに語りかけるのは細い幹とアーチを描くなよやかな枝の側・・・。

でもね日本の小さなお山だから、サルスベリや夏椿を見立て使いにしましたよ。うふふ、なんとなくヨーロッパ白樺に見えませんか・・・?

明日はブルゴーニュ君のおしゃべりネ。



北野町デート

March 22, 2011

北野のカフェ・ド・パリ。年に2回くらいカナ・・・ほんのたまに座りに行く。ペルノーのパラソルが見たくなって。リカールのキャラフがお隣にほしくなって。


此処と同じに・・・パリのごく普通のカフェは素敵さんに繕われてない。丈夫さが取り得の厚焼き食器をがらがら扱って、キャラフの内側は硬水のせいで取れない石灰。ギャルソンのエプロンポケットにざらっと小銭。

テラスでちょっとがたつく椅子。適当な軽い食事。生活臭と強いキャラクターの人々。其んな風がたまらなく懐かしくなったとき何となく此処でクレーム・ブリュレを食べてみる。

素敵さんとは違ってる、生活するパリの気配をちょっとだけ思い出せて嬉しいの。


**


昨日からショパンノクターンを完全にやり変えることに決め、手を入れ直しはじめた。今日はどれくらい成長できるかな・・・ 頑張ろう。

*愛すべきフランス
*パリの不合理
*ミスタンゲットのパリ



神戸外国人墓地

March 17, 2011

お友達のお墓です。

外国人墓地の中・・・


他所様のお墓やお名が写り込んでない写真を1枚だけ・・・

一般公開されてない14ヘクタールの広大な敷地。教区ごと集落が分かれてる。回教墓地やお初に目にしたゾロアスター教墓地もあるのね。カトリック墓地へ着くと教会へ踏み入ったようなホッとした気持ちになる。

ローマ帝国からの迫害時代にカタコンブでミサが立てられてたように 墓所と教会は切り離せないもの・・・

  *サンドニ、心臓と遺骨
  *サンピエトロ、体と遺骨

マリア様像を碑に置かれてる方、聖母子を象ったお墓。宣教師さんの古いお墓は典礼書の彫り物がされてた。見知らぬブラザーの石造りの典礼にかかった枯葉をお掃除した。


**


頭の中で鳴っていたフォーレ歌曲 "墓地にて"。

  *"墓地にて" 落合訳

[海に死す者がどれ程に残酷か] 以降 (上記リンク内) の此の部分を・・・

  Combien plus malchanceux
    Sont ceux
  Qui meurent à la mé,
  Et sous le flot profond
    S’en vont
  Loin du pays aimé!

  Ah ! pauvres, qui pour seuls
    Linceuls
  Ont les goémons verts
  Où l’on roule inconnu,
    Tout nu,
  Et les yeux grands ouverts.

フォーレは以下のように4つのフレーズに取っています。

@Combien plus malchanceux sont ceux qui meurent à la mé,
AEt sous le flot profond S'en vont loin du pays aimé!
BAh! pauvres! qui pour seuls Linceuls Ont les goémons verts
Coù l’on roule inconnu, tout nu, Et les yeux grands ouverts!

其うして、可哀想に! と 眼開いたまま! の2箇所にエクスクラメーションマークが挿入されています。

気持ちの高まりの表現とテンション高い和音に反して、旋律は1,2,3,4の順にのぼらない。
@-do A-do# B-ré C-ré が開始音になります。

Cの冒頭音に自然に求めたくなるmi♭または其れ以上の高音はありません。Bの最終尾にmi♭が上ずるように顔を出しますが、Cの始まりはmi♭より半音低いré。フォーレが仕分けた4つのパラフレーズは感情的盛り上がりだけで見ると一見ロジックに反します。

しかし半音低いré音こそ死の拘束力・抑圧された心情が溢れるように感じます。mi♭がメロディーラインとして解決をみるのはCの最終音まで引き延ばされる・・・。

今ずっと心に留まっている曲です。



たくさんが好き

February 12, 2011

ルソーが終わって今はダンテ。


大長編を読みながら残りページの量をちらりと見る。終わっちゃうのが寂しいの。ずっと続けば良いのにって思う。巨編にしんどさを感じない。

長い楽曲をおさらいしながら残りページを繰る。あと5ページしかないワ・・・って溜息をつく。もっと長い曲を書いてくれれば良かったのにって寂しくなる。

受け手としての持久性が農耕民族の枠から外れてるのかもって時々思う。気分的にしんどくなる限界線がお人と随分ちがってて・・・ 

たくさんが好き。分量多いものをドンッて受けるのが好き。
プルースト13巻は物語の量感に嬉しくなる。
ロマン・ロランを買い込んで積み上げ、たくさんだワ♪ ってほくそえむ。

変態さんね・・・

物理的に体力がそうあるわけじゃない。けれどもフルで弾くリサイタルを終えて楽屋で言っちゃう・・・"今からまた全曲弾きたい♪ "
帰り道にはすぐ、次あの曲が弾きたいの〜って妄想を騒ぎたてる。


**


夏休みの宿題、好きだったの。私たちの頃は夏休みって毎日の宿題がたくさん出てた。1つ1つは簡単でも児童たちが負担に思ってたのは "たくさんある" 事そのものだったみたい。

何から手をつければいいだろう、彼れも此れもと並べるだけで気が遠くなりそう・・・って負担な風に、手伝ってあげましょうか? ってついつい言ってた。私は増えると嬉しいから。

幾つも実験レポや工作や採集を作ったのヨ。1つするのじゃつまんなかった。絵日記は何ページも書くから絵日記帳が足りなくなって、後半の分を書い足した。

自由作文は原稿用紙で字数が決まってて、1つじゃあてんで物足りないから幾種類と持ってった・・・ 先生にご迷惑ね。

たくさんが楽しいの。


**


今週のたくさんは、蝶番君の本番を聞きに参ったことでした。かぶりつきの真正面へ直行。ご迷惑だったら。

お勉強したかったんダ・・・ お隣で弾いてくださる時に見逃してる事がきっとあるから。聴衆として正面で感じれば、どんな音楽を求めてるか少し学べる気がした。ガン見する。ナンテご迷惑。

プログラム総替えで2回公演。両方っとも聞いちゃいます♪ 椅子の堅い木枠に背骨が当たり痛くて途中クッションをお借りしてまでも みっちり聞いちゃった。

2回の本番〆て3時間半以上をかぶりつきで?
ううん、それじゃあ足りなくて間のリハーサルも聞かせて頂いた。

就寝のときイタタタ・・・
木椅子に当たってた背中がやっぱり内出血してて痛かった〜(笑)

それでもたくさんが好き。たくさんが楽しいの。



ショコラの日のルソー

February 11, 2011

素敵さんのお友達サロンにおよばれしました。


レクチャーつきで作ってくださったフロマージュ・ブランのクレープ包みやラヴェンダー・ヌガー、いろんなパティシエさんのショコラをお味見させて頂いた午後。

昨日の皆様、楽しい時間をどうもありがとうございました・・・♪


**


行きの電車でジャン・ジャック・ルソー "孤独な散歩者の夢想" を読み終えた。ルソーの夢想とは精神的覚醒と同義なんだワって学んだ。

観念を捨て自己解剖してゆく随想が興味深かった。
心に残った言葉を1つ・・・


《青春時代は叡智を学ぶべきときである。老年時代はそれを実行すべきときである。》

《死なねばならぬ間際になって、生くべき方法を学ぶ時間などあるだろうか?》

                                (青柳瑞穂様訳)


ルソーがソロンの言葉《われつねに学びつつ老いぬ》を引いた文です。

■ソロンのリンク
  *古書と優雅

今日は何を学び、どう生きただろうって日の終わりにいつも思う。
今日足りなかった事を明日は実行できたら・・・

《死なねばならぬ間際になって》今日よりたくさん笑ってたいと思う。



サンピエトロ、体と遺骨

February 10, 2011

バティカン市国で求めたサンピエトロ大聖堂のパネル。


昨日、遺された心臓や遺骨の言葉に禍々しいものを思い浮かべないって書いたのでした。

  *サンドニ、心臓と遺骨

其れはね、遺骨に近しい習慣の故みたい。

カトリックで公会議前につくられた祭壇には、中に聖人の遺骨が納められています。石の祭壇に内蔵してあったり、祭壇基礎部分に埋められてたり。

祭壇は歴史的にも1つの墓所であり聖遺骨を前にミサをあげます。
ヨーロッパには祭壇の基に聖人の御遺体が横たえられている教会も見ますね。

そうしてサンピエトロは大聖堂自体も殉教者聖ペテロの墓所だったとされる場所に建っています。殉教者記念の地へ巡礼を目的に建立されたんですね。


**


死と、生きた証の臓器や身体を近く持つ習慣に加えて一層大きな事実は、カトリック教会の中心である御聖櫃の存在。

聖変化後のホスチア (ラテン語で "いけにえの供え物") と葡萄酒を、御聖体と御血として預かり、体と血の実体を意識化にもって戴く習慣・・・

恐らくあらゆる芸術表現の上で影響を及ぼすところでしょう。
先日記事、訳詩に感じた思想の微妙な差異も此の部分でした。

  *"水のほとりに" 落合訳


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年賀状の記録のままになってた宛名をリサイタルちらし用に整理、印刷。封筒貼りまでだけ完了。次はお知らせ文書づくりネ。



サンドニ、心臓と遺骨

February 09, 2011

ズワイガニ姫とのデュオ、昨年9月のチラシを今頃upします。


一目見て、え〜?? って笑っちゃったの。

だってサンドニ聖堂の背景なのですもの。本国外では別名 "死者の聖堂" って呼ばれることもある迫力ある聖堂。コンサートちらしに用るなんてマニアックな趣向で可笑しかったの。

ロマネスク要素をとどめる初期ゴシックの聖堂は、聖ドニの悲劇の殉教記念。王家の地下墓所で有名ですね。

薄暗いクリプトにルイ17世の心臓や王家の様々な棺が安置されてたり、棺の周りに大理石で死姿の横臥彫刻が象られてたり・・・ 脈々と続く歴史文化を感じるバジリック。


**


サンドニは長い歴史習慣上少ぅし特殊なバジリックだけれど、他所教会も多く記念の心臓や遺骨を所有して様々な形で納められてる。

日本の感覚で死者の心臓というと おどろおどろしいイメージを持ちがちかしらね・・・ 死体の臓器って映像が一番に浮かんじゃうかしら?

"心臓" も "こころ" も同じ単語で表すお国の感覚は2つのイメージ的隔てが低いかもしれない。


**


プーランク歌曲になったアポリネールの詩にもあったワ。

《自分の心臓を引きちぎり、右手に持って》
《心臓が血を流す》

などの表現・・・ 

フランス詩に比べれば肉や臓器は日本詩歌には少ない表現かもしれないですね。あまり知らないからすぐ浮かぶのは中原中也くらい・・・


ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ
ヌックと出た、骨の尖。


私自身はねアポリネールらの強い表現に抵抗はなく、また遺された心臓や遺骨の言葉にも禍々しさを思い浮かべないの・・・
そのお話はまた明日ネ!

件の歌曲は "すすり泣き"。初夏にデュオ演奏予定です・・・♪



布花びらのイヤリング

February 08, 2011

うごき過ぎってわかってる。

絶対にまずいワってわかってる。


今日またお医者様でイヤなこと言われちゃうってわかってる。
でもね、ピアノが楽しすぎて・・・

憶えきれてなかったショパンの内声をなんとか形にした。外枠暗譜をした此処からが長い道のり。

  *日々。

ドビュッシー3曲は前曲のイメージを引きずらないよう確かなキャラクターに組み立て直したい。ピアソラとマクダウェルの切り替えは鍵盤上の発音の切り替えと共にと試してく・・・

お医者様までの時間をいっぱいいっぱいに使って、今日も一歩前に進みたい。


**


ちょこっと立ち寄った栄町でお花のイヤリング見つけちゃった。
今度のドレスに合う色のアクセ、ないかなぁってお店を覗いたの。

ごく小さな店内に並ぶ引き出しやガラス瓶。可愛い駄菓子屋さんみたいに ころころアクセパーツが入ってるの。

お店のパーツでオーダーもできちゃう。写真は完成品の組み合わせを1部取り替えて頂いただけだから、10分足らずでできちゃった。お値段も可愛いのですよ〜

出来上がる間キャンディーをよばれて、小っちゃい布小袋に入れてくださって2250円♪ 1からオーダーしても1時間っくらいで作っていただけるのだそう。

くしゅくしゅっとしたチープで可愛い布イヤリング、気に入っちゃったナ。
神戸市中央区栄町通3丁目1-5 SPCビル1F "Voyageur" さんにて。



モンパルナス(2)プーランク

February 04, 2011

モンパルナスって題名だけで食指が動いてしまったの。


作曲はプーランク、詩はアポリネール・・・ どうして弾かないで居られましょう。

一緒に弾きたいネ! ってしじみちゃんと言ってたの。けれどもプログラムに隙間がなかったのよ。残念ね。

しじみちゃんとのコンサートは長い前半のあと、プーランクを投入した後半は55分に膨れてて・・・ 此れ以上は曲を増やせなかった。お客様がクタクタになっちゃいますものネ。

先回は叶わなかったけれど次の演奏機会に是非とも弾きたい、って譜面を入手した。開いてみてびっくり。詩がすごかったの〜

手持ちのアポリネール詩集に収録がなかった "モンパルナス"、楽譜上でお初に目にしたのヨ・・・

とりとめない語りが常軌のさまではなくて・・・。

《決して花を咲かせない2つの植物》を見て、
《僕の果実はどこにあるの》と問うている。
《週決めのお部屋をずっと貸して頂戴》と願ったと思えば、
《髭の天使よ》と語りかける。

《石畳の線の上を歩いちゃいけないと知ってるよね》って急に言ったり
《君の瞳は大きな風船みたい》って呟いたりするの。

異常とも言える病んだ心持の詩を 幽かで悲しげなメロディーと沈静の打音が運んでゆくの・・・ 

まるでラシーヌのシーンのような張りつめた狂気。
  *ラシーヌの魅力

病んだものが乱れず端然と描かれる美って、とてもとても好きだワ・・・

                     **

今日はモンパルナスのお初合わせが叶います・・・♪
楽しみでワクワク。はやく弾きた〜い! はやく合わせてみた〜い!



絵をみる

February 03, 2011

ゲーテはディドロを此う言ってるのですって。


"思惟のあらゆる方向に訓練され、偉大な精神と悟性を持った人"


ディドロのありようってとっても好きなんです。

  *スペイン料理とディドロ


《かくの如く彼は曇りなき合理主義者であつたと共に、
他面一切の文化に対してその社会的実践力を要求する際には
モラリストとしての彼が前面に浮び上がつてくる。
この時、彼の感性と感情は輝き、
彼の詩的情熱は想像の美に充される。
もし彼のモラリズムが事物に対する冷静で緻密な
科学的分析に依つて支へられてゐなかつたならば、
それは単に無力な空説法に終つてゐたであらう。
だがディドロは何を扱っても常に此の二つの側面を
緻密に結合してゐた特異な思想家であつた。
絵画に対しても彼はこの態度で臨んだ。
後でみるやうに、彼はその "絵画論" に於て、
デッサンに対して彼の哲学的自然観を適用して分析を行つてゐる。
ディドロの絵画批評には、彼のモラリズムと並んで
此の科学的分析の面のあつたことが、普通に看過されてゐる。
これらは、結局真、善、美の統一を強調する彼の根本的立場から来てゐる。》

                                    鳥井博郎様著 "ディドロ" より


ディドロの絵画論、またゲーテのフランス美術への教養溢れる著書に浸って ちょっぴり絵画鑑賞の指針を得たように楽しんでた。

ところがね、バルザックが全く別の視点で面白いことを書いてるのを発見したの。厭きもせず手をのばした長編 "従妹ベット"。


《天才と呼ばれる人たちの作品は万人の目に、--無知文盲のやからの目にさえもはっきり映る
あのかがやかしさ、あのすばらしさを、皆が皆おなじ程度にそなえているというわけではない。
だからしてラファエロの二、三の絵、たとえば有名な "キリストの変貌の図" だとか、
"フォリニョのマドンナ" だとか、ヴァティカン宮殿の "スタンツァ" の壁画だとか、
そういう絵はシャラ画廊の "提琴を奏する男" や、ピッティ画廊の "ドニ家の人々の像" や
"エゼキエル異象を見るの図" や、ボルゲーゼ画廊の "キリスト十字架を担う" や、
ミラノのブレラ美術館にある "聖母マリヤの婚姻" などと違って、不意に嘆賞の念をそそられることはない。》



《ヴァティカンの "スタンツァ" や、"キリスト変貌の図" や、
例の単彩画や三枚の小品なぞは崇高の極、完成の極である。
けれどもこれらの傑作をのこるくまなくじゅうぶん理解するには、
この道にもっとも明るい人でも仔細な鑑賞と、ある緊張感が必要だ。》



《ところがこれに反して "提琴を奏する男" や "聖母マリヤの婚姻" や
"エゼキエル異象を見るの図" になると、絵のほうから目という二つの入り口を通って、
見る人の心にはいってきてそこにすわってくれる。》



《こんなふうになんの苦労もなく受け入れることのできる絵のほうが、見る人からいえばありがたい。
芸術の極ではないけれども芸術の喜びにはちがいない。》

                                 (水野亮様訳)


無論バルザックが芸術の極地より喜びを推奨したのじゃあありませんね。ラファエロのお作を比べているのですもの、いずれにしても世紀の芸術のお話ネ!

文はね、物語の彫刻家さんを説明した部分。
ディドロが真善美と道徳 (ある時は表現としての、ある時は画家としての) の集結を語るのに対しバルザックは極と快の切り口で語るのが面白かったんデス。

バティカンのラファエロは驚嘆しますね。
また絵画を観に行きたいナ。ロザリオの祝別も受けたいナ。
バティカン恋しの気分。



モンパルナス(1)良き時代

February 02, 2011

モンパルナスは特別に懐かしい。


パリは至るところ思い出深く、街の空気がふと甦る瞬間胸がキュンとする。モンパルナスもよく長い夕暮れを過ごした場所でしたよ。

其の名だけで人々に一種の郷愁と過去の時代の夢を思い起こさせる街ってあるのね。銀座が今ある姿のみならず、良き時代の思い出を街の名に絡みつかせてるように・・・ 

往来激しい大通りと大きなマーケットを備えた現在のモンパルナスにも、20世紀はじめの懐かしさを残すところがあるワ。馬車と自動車がごっちゃに走ってた頃を想わせる風な・・・


**


お譲りいただいた黒木教授の蔵書の1つ、Francoise PLANIOL著ラ・クポールを読んでる。

ラ・クポールはモンパルナスの老舗ブラッスリーの1つ。此ちらでチラって写真が見られますヨ。
パリがうんと元気に光ってたころに栄えたブラッスリーって大好きなの。

  *アメリカン・レトロ

ラ・クポールの本には モンパルナスで過ごしたコクトーやキキ、フジタにカフカほかたくさんの文学者さん哲学者さんがたが登場して楽しいのヨ・・・♪

夜な夜な文学論と音楽が繰り広げられてた処・・・ 外観の円屋根 (クポール) を冠したブラッスリーの80年前を描く場面。

《タンゴは大変なアルゼンチン節で (もちろん夜を徹して) カラスの翼のように光る黒髪の男性歌手が、水のような緑色の繻子のシャツと首に真白なネッカチーフで、バンドネオンとヴァイオリン、ピアノにチェロのバチーチャ・オケに伴わている。》
                           (落合訳)

此処でいうバチーチャ・オケはもちろんビアンコ・バチーチャ楽団ですネ。ページの隙間に入りこんで良き時代へ旅しています。

演奏レパートリーの時代を生きた人々の気配を求め、しばしば通ったところでした。



挫折と本

January 10, 2011

18世紀フランス啓蒙思想

ディドロ研究を半分進んだ。


引用や例がたくさんの哲学研究書は私にはいきなりだと難しいワ。だから例に挙がるお作をなるたけ読み押えてから・・・ 楽曲の部分練習をしてからおさらいを始めるのと似てるの・・・♪

素人考えをめぐらせる。モンテーニュ、ヴォルテール、ルソー、パスカル周辺再読ののちディドロを手に取ると大まかなことが掴めるカナ・・・って気がして験してみた。

本が好きで仕方ない。


**


電車の中、アサリ君が言った。中学のときヘッセの "車輪の下" が一等好きだった、って。

アサリ君は少し言い淀み、上手く言えないですけどと前置いた。ヘブライ語やラテン語を勉強するシーンが好き・・・って少しもどかしそうに言葉を探した。

うんっ! わかるワ! って盛り上がる。車輪の下のお勉強シーンって清らかさが好きなのね? 学ぶ事は清い事って命題が感じられるのネ?

アサリ君大きく同意。
あのシーンの学びの清さを改めて思い返した。


**


中学のとき私は

アサリ君とは違ってた。


プルーストに憧れながら、本当はサガンが好きだった。其れを恥ずかしいと隠してた。

サガンは素敵なお小説を書いてるけれど、厳選・吟味・精神の重層性の点に限ってはプルーストに比ぶべくもないとわかってた。プルーストに憧れても字面を追うだけで大変で、疲れるとサガンを読んでた。

ブックカヴァーで隠しながら・・・
誰が見るわけじゃないのに私自身は知ってたからだワ。私はプルーストをサガンほど面白がれる器に至ってないって。

だから自分の目から隠したかった。プルーストを読めないコンプレックスと サガンを読みたくなってしまうコンプレックスの双方を持ち、双方を隠した。サガンにもプルーストにも失礼なことだったナ。


**


誰と比べるわけじゃない状況で覚えてたコンプレックスは、大いなる知に届かない事への劣等意識だったかも。

在りたい形と自分の形が違うのを埋めるには、ヘッセが描くような清い勉学をこつこつ積み上げる以外にないって知った。

音楽も・・・
何千の時間をこつこつ。
何万の時間を積み上げる。


**


音楽以外に相変わらず怠け者。

成人してからも挫折を味わったワ。


ヘブライ原典で聖書語彙がわかるようになれないカナ・・・ってあらぬ夢を抱いて、あっという間に挫折した。特別な努力さえしなかった。

ヘブル・フランス対語辞書を奮発したものの、あまりページを開くことないまま諦めてしまった。お髭みたいな文字が並んで気が遠くなったんだワ。もうね、文字に見えないんだもの・・・

この先も使わない怠け者のヘブル辞書、アサリ君に上げましょうね。


**


挫折しても懲りない・・・ ヘブライの旧約原典は無理でも、ラテン語で詩篇を唱えたいと また夢見はじめて幾年か経つ。

今度はね月に2度のラテン語レッスン、こつこつ頑張っています。
次に挫折しそうになったらば、アサリ君の好きなヘッセのお勉強シーンを開いてみよう。



使い込まれた古書♪

December 24, 2010

大阪外大名誉教授でいらした黒木義典先生がお亡くなりになって久しく経ったのち、蔵書の一部を引き継ぐお話を伺った。


使ってくださるかたへ・・・と聞いて1も2もなく挙手しました。

フランス国教育功労勲章を受けてらっしゃる先生の蔵書は多分野に渡り、本棚を拝見するテンションったらマックスになってしまいました。

欲しかった本を発見する度きゃ〜! って幾度かあげた悲鳴。大丈夫ですかと お家のかたが覗かれる程。

ユーゴー、バルザック、アナトールフランスなど文学ライン以外にも珍しい書籍がお山のように。興奮で真冬に汗が出ちゃったくらい。


**


大事に読み継ごう。背表紙が取れるほどお勉強しなさったのね。古い本は元の持ち主さんに喜ばれる使い方をしたい。古書から1つでも多く学びを得ることが黒木教授が望まれることじゃないカナ・・・

ずっと大切に致します。一等素敵なクリスマスプレゼントを頂きました。




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