Paris T


ミスタンゲットのパリ

November 19, 2008

"君はパリの粗野なシーンが本当に好きだね。"っておじいちゃまが笑った。からかうようにCa,c'est Parisを歌う。

"Paris, c'est une blonde
Qui plait a tout le monde"


Clubでの会話でした。
こんなお話になったのは、北野坂でアコーディオンが聞こえたから。
アコーディオンの音、大好きなの。

北野町のことですから路上演奏はありません。どこかのお店からB.G.M.が流れてきただけ・・・
それでも ふいに胸が締め付けられるほどに好きな音。

おじいちゃまにお話したわ。
アコーディオンの通気むらや 未熟で雑に入り混じった音が呼び起こす景色・・・粗い石畳に足許を取られるように 粗野なパリの音楽に捉われているのって。

精緻でポエティックなメロディーの筆を五線紙に走らせながら、ミュージックホールに通ったドビュッシーの心がわかる気がする・・・
二つの音楽は相反するものじゃなく、互いに彩り合いながら 心の中で波のように寄せて返すものになる・・・

モンマルトルで通称"兎"と呼ばれるオ・ラパン・アジルで繰り広げられる世界や、ビストロで掻き鳴らされる音楽がどうにも好きなの・・・って。

"君の好きな 労働者のパリの思い出があるよ。"って おじいちゃまは語り始めました。
おじいちゃまのお話の仕方は 物語を聞くようだわ。

"早朝散歩に出かけると まだどこの店も開いていなかった。
どうしてそんな時刻に散歩をしたのか もう理由は憶えていない。
本を読んでも眠れなかったのかもしれないし、本を読まずに早過ぎる時刻に寝たからかもしれない。

その朝開いていたカフェはただの一軒で、普通ならば僕が選ぶカフェではなかったんだ。
少なくとも このClubとは様子が違ってた。

カフェでは早朝だというのにアコーディオンの音楽が鳴っていて、
コーヒーを飲んでいるのは労働者ばかりだった。
青い服の清掃夫などね。

労働者達はマールを注文していた。
僕は思わず 注文した声の主を振り返ってしまったよ。
マール? こんな早朝に? とね。
そもそもワインの絞り滓のマールを 僕は口にしたことがなかった。

彼らはコーヒーと最下級の絞り滓を啜って、実に車にガソリンを入れた調子で店を出ていく。
味わうためじゃない。アルコールを注入して労働の力を得るためのマールだ。
Ca,c'est Paris! とは歌っていなかったが、僕には歌が聞こえた気がするよ。

どうだい、君の愛するパリの顔の一つだろう?"


***


左の写真はシャンソニエ "オ・ラパン・アジル" のパンフレット。
お鍋に片っぽの足を入れた兎さんがトレードマークです。
右は経済系の小雑誌。



映画「アメリ」(1)好きなもの

November 15, 2008

階段の球根性ベゴニアが零れ落ちそうに咲いています。
窓辺で読む本のためのペーパーウエイトにも 暖かそうな光が差して・・・。


大好きだった映画、ジャン・ピエール・ジュネ監督"アメリ"は 何度だって観たくなる・・・♪早朝の事務の最中に DVDを回しっ放して音だけを聞いてたワ。

登場人物が増える度、挟まれるナレーション・・・"彼女の好きなもの"。

特徴あるキャラクター達の好きなものと嫌いなものが表現されてゆく。私たちは共感したり奇異に思ったり・・・ ジュネ監督は、観客のその感想こそが観客自身の"彼女の好きなもの"になるって仰っているのかしら?

時には美意識よりも人の癖のほうが目立って現れることに興味深い目を向ける監督の感覚がパリへの郷愁を誘いました。

癖の強い愛すべきパリの住民達の描写・・・悪癖、ヒステリックな叫びの表現、衛生感の欠如、せせこましさ、老い、無秩序、無駄と無為などなどを 大らかに愛をもって捉えていかれるところも大変に好ましくて。


大好きなアメリを真似て、今日は"好きなもの"の写真です。

美意識じゃあなく癖のように つい好きになる雑多なもの。


昔っからプライベートルームにぶら下がってるワイヤーに通したクリップに、その時々のお気に入りを掛けるのです。

今はね・・・

フランスからマダム手袋が送って下さったウイリアム・ウォーターハウスのカード。"お医者様のいうことを よく聞くんですよ!" って書いてある。

ドライ紫陽花と、チェコ旅行で求めた珍しい黒い木の十字架。

クルンと巻いたもの? 切れちゃったピアノの弦(笑)なんだかかわゆい形でしょう?


それからね、幼いアメリが映画でしていたと同じように さくらんぼをイヤリング代わりにする兎さんが出てくる絵本。



クスクス

November 13, 2008

クスクスが大好物です。

学生の時に住んでいた寮学食では 土曜日ごとにクスクスのメニューが出たの。スープの羊肉と メルゲーズの焼ける香ばしい匂い・・・♪


土曜日が来ると勇んで学食へ走ったものでした。
今でも週に一度っくらい食べたくなるクスクス・・・。

元気になってきたことをおじいちゃまに申すと、特有の口調でお返事しなさった。

"それは良かった。僕のほうは 君と全く同じ台詞は言えないのが残念だが、段々元気になっていく年でもなさそうだから やむを得ないね。
ところで元気なら そろそろクスクスを食べに行こうじゃないか。"

ところがね、無休の筈のお店は何故だか休業。
おじいちゃまは、それならパトゥはどうだい? って。

"年寄りでも、クスクスの味を求める子に煮魚を食べさせるほどモウロクしちゃいないさ。
実のところ、本当に食べたいものに代われるものは無いものだね。それでもパトゥの鹿か子羊なら、なんとかクスクスの代わりを果たせないかい?"

なのに今日という日は何があったの?
大好きなお店が軒並みに閉じている日?
パトゥさんもお休みで スイスシャレーさんのチーズフォンデュコースに落ち着いた(笑)

クスクスがなくってゴメンネ、ゴメンネっておじいちゃま。
お目当てのお店が臨時休業だったのは ちっともおじいちゃまのせいじゃあないのに。
学食のクスクスのことを憶えていたおじいちゃまは、青年期に培われた味覚とちがったものしか食べられない辛さは よくわかるんだよって。

貧乏学生でしたので フランスではお安い北アフリカ料理がすっかり日常になったらば、今は恋しい味を見つけることが難しい。

ええ、おじいちゃまも同じなのね。だから私も、おじいちゃまの青年期に周りにあった景色のような英国の女学生さん調で楽しませてあげたくて こんな装い。


母が手編みをしてくれたカーディガンコートは、樅の木をイメージした凝った模様です。
枝と鳥のペンダントも母の古物。



パリの洋裁店

November 03, 2008

ごめんなさい。朝からお目汚しを致します。
何故かどアップの写真しかありませんの・・・。カメラデータを覗いて愕然としつつ。

連休を利用して、お招きのあった絵画展をハシゴして参りましたよ。とても楽しい一日になりました。
けれど今日の話題、肝心のお洋服が写っていないワ・・・。

焦げ茶色のアンティークレースのワンピース。襟ぐりがあまり開いてしまわないようチクチク縫い詰めながら、ワンピースができ上がった遠い日のことを思い出してた。

50年代のシネマファッション風シルエットを求めて 初めて洋裁店に脚を踏み入れた月。
仕上がった時に申したわ。こんなに前を開けてと言っていませんよって。

お店のマダムは酷く悲しそうに仰った。

"私達は最大の努力をしました。うちの商品の形でなくなってしまうほどに前も後ろも詰めたんです。後はマドモワゼル、貴女が努力をして下さい。"

努力って?

"ミルクと卵とバターを食べて、そんなに前が開かなくなるように努力して下さい。"

まっ・・・!
だからね、"ミルクやバターは、貴女方ほど良い仕事人ではないんです。彼らはマーケットの棚に座っているだけであまり働きかけてくれないから、彼らより有能な貴女が もう一歩手伝って下さらなければ困るのよ。"と詰め寄りました。

問答の末にできてきたワンピースはやっぱり前が微妙だったわ(笑)

パリの小さな洋裁店の思い出です。
アンティークジャケットを合わせてお出掛けしました。



マダム手袋との出会い(4)

October 16, 2008

電車の氏は・・・列車のシートでなくて立派なお部屋の真ん中にお座りになっている氏は仰いました。


「フランコ・ジャポネーズの会が街の中心にありますよ。特に日本文化の影響に熱心な女性主催者がいらっしゃいます。どれ、ご紹介しておきますから 直接連絡をとってみて下さい。」

その女性主催者がマダム手袋でした。
日本昔話のわらしべ長者さんのような事情で、コンサートまでの間メールのやり取りが始まりました。
事務的なお便りから段々に趣味のお話が増えて、ガレのこと、ノエルのお菓子のこと、ショパンのこと・・・楽しいおしゃべりを交わした末に 終演した楽屋で初めてお出会いしました。

私達は互いに一目見て好きになり、コンサートの後たくさんお話をし合ったのです。

マダム手袋というお名はね その時忘れてしまった手袋をパリまで届けて下さったから。そしてそのご好意が私達をより仲良しにさせるきっかけとなったから。

マダム手袋は 彼女の車に置き忘れていた手袋をすぐに見つけ、宿泊中のホテルに届けるために戻って下さったそう。けれどその時もうお部屋に居なかったの・・・。
長い芸術週間に企画の中で出逢ったシャタンの髪の研究者さんと恋に落ちて、リサイタルの後もグラスを傾けにお出掛けをしていたのだわ・・・。
お馬鹿さんも大概にしなきゃ。

そのお陰で彼女はパリまで手袋を届けにいらっした。
「なんだか大切な手袋のような気がしたのよ。」
そんな仰り方をよくなさる方・・・。置き忘れた手袋は本当に大切なものだったのです。

写真家君に始まって、誰一人が欠けても 勿論ブルゴーニュ君が欠けても行き着くことができなかったマダム手袋との出会いのお話でした。

今日の写真はMAUSの広告新聞。駅に展示広告されていた鼠さんのイラストに可愛い・・・と単純な思いで近付いたらば アウシュビッツ物語の広告でした。2巻形式の大変重い漫画です。




マダム手袋との出会い(3)

October 15, 2008

「いきなりに大変失礼ですが、日本風に最初に名刺を・・・」と仰った。
名刺を使うお仕事の機会で日本にいらっしたことのある方なのね?


けれどいくら日本風でも 乗り物の中で名刺を出される方はいらっしゃらないでしょう?
考えられない行為だと不審を隠さない私に「重ねて失礼ですが・・・何かあればここに連絡を下さい。」と渡された名刺は ある大使館のものでした。

あら、でも名刺なんて勝手に作ることができるじゃあない? だからちょっと確認ね。
「貴方の前任者と今週夕食を食べに行きましたわ。このワンコと3人で。」
"・・氏ですか?!" と電車の氏は驚いて。
同じポストの前任の名を知っていることを確認し、お名刺だけでは見えないお身元が少し明らかになりました。連絡先を出されたのは 外国人へのご職業的なご親切だったのね。

"彼とお友達ですか?" とお目々をまんまるになさった氏。お話を重ねれば 次には大使館付きのドクターだったおじいちゃまのお名まででてきたの。外国の田舎列車の中で・・・びっくりね。

奇遇に混乱なさったような氏は、それで貴女は・・・犬君とバカンスですかと。
私の身元なりともをお尋ねになりたかったところでしょうに 礼儀正しく個人的な質問を避けられました。
ですから、いいえ犬君とコンサートをしにお出掛けですよと申し上げ、ならば次のコンサートの際には是非連絡をと仰るお言葉に、頂いたお名刺を仕舞っておきました。


***


コンサート伴奏を無事に終え パリに戻ってお友達のおうちへオミヤを持ってまいりました。お土産演奏もネ。
とっても古いプレイヤルのピアノは、焦点が定まらぬような音色がかえってサティの音楽を生かしてくれました。

すると此処でも慌しいことが起きたんだわ。お友達宅に居合わせた別のお客様が急なリサイタルのご提案。
地方文化都市のアート企画で20世紀初頭のプログラムが弾ける演奏者を急ぎ探していたのだとか。是非にサティをと仰って。
大きなギャランティに有頂天になりながら涼しい顔を装って、ではサティとドビュッシーにしましょうかと 願ってもないプログラムがその場で決まってすぐに契約。
いい加減だわね・・・

見も知らない地方のこと、お客様が入らないのは寂しいから 列車の中で頂いたお名刺の大使館へ出向いたの。受付に面会の電話を入れてから受話器を握って困惑したワ・・・「帽子の犬を連れた日本人です。」と申すしかないのだもの。なんて怪しい面会申し込みかしら。

そしてご相談したの。コンサートを西の地方の方々にお知らせする方法はないかしらと。

次回最終回です・・・

今日の写真は旅の勧めの冊子。Nouvelles des Voyageursは 生活、文化、見所、お祭りについてなど多方面からクローズアップしています。



マダム手袋との出会い(2)

October 14, 2008

道端や乗り物の中で見知らない人が親近感を表したり おしゃべりしたりするフランスの習慣は、大阪の下町のオバサマ方の習慣に近いかもしれませんね。通りすがりに口をきく回数は 大阪より多いくらい。


ナンパとの見分けと距離の置き方は無論必要ですけれども 長距離列車ではその場を快適に過ごすための都市のソーシャビリティーの場合も多いでしょう。

ブルゴーニュ君を褒めて下さった方に「毛が飛びませんか」と会釈をし、前に向き直ると 再びのお声。
「ラブラドールですね。とても綺麗で大人しいですね。」

もぉ。
「ええ、飼い主に何・事・も・なければ とても大人しいんですよ。」と牽制を打って拝見したらば、素晴らしく整った身なり・・・どう眺めても 列車でナンパをしなきゃあならないほど女性にご不自由されている感じじゃあなかったの。退屈でただおしゃべりしたいだけのよう。

仮にナンパでも つんつんと黙りこくっては互いに不快を感じるだけだから 割合にお返事は致すほう。お断りのお返事に限ってはいても。

せんに「時間がないのよ、ごめんなさいね。」と過ぎた後カフェに入ると さっきのナンパ氏とカフェで鉢合わせしてしまったことがある・・・(笑)。
"時間が無いって言ったじゃないか。"
「ええ、貴方とお茶を飲む時間はないけれど、一人でお茶を飲む時間はあるのよ。」
"なるほど。良いお茶の時間を。良い一人時間を。"
「ありがとう、貴方もね。」
そんな風にやり過ごす流儀の方が だんまりよりも自分には向いているから。

そう考えて表情を解くと電車の氏はお席を立って名刺を出しなさった・・・
一体なあに? 車内の社交の範疇を越えているじゃあない? と訝しく思ったの。

続きは次回に・・・。

今日の写真は新聞2つ。左は羊さんが可愛いから置いていただけのクリエ・アンテルナシオナル。ヒューマンなコロニゼーションとは何かってお話でした。
右はビジネス紙。チェコのIPB銀行のことなど。



マダム手袋との出会い(1)

October 13, 2008

先日クッションを下さったマダム手袋との出会いのお話を致しましょうかしら。
そのためには随分と離れたところまで遡らなければなりません。


ある夏の夜、友人の写真家のヴェルニサージュへ参りました。個展開催前夜の特別招待のお集まりでしたから芸術家さんが多かった。
モンソー公園の近くだったワ。蒸した風が公園の樹木を揺らせてた。

会場には展示物が巡らされていて、現代写真に興味のない私は 被写体のかわゆさで唯一気に入ったブルドッグの写真の前で 暇にまかせてお料理ばかりを食べていました。

主役の友人に呼ばれてコンサート主催者の方に急な紹介を受けたところ、気難しそうな紳士は間を置かずにベートーヴェンのお話をしなさった。このような場では たまにあること・・・教養テストのようなことをなさって、言葉を交わす相手かどうかを測るようなコト。
テストをされるのも、テストをしたがる年長の方も、そんなに嫌いじゃあないナ。どなたにも当たりの良い方よりも お話甲斐がある場合も多いから。

"フランス音楽の・・・"と紹介された者にベートーヴェンを振ってくる小さな意地悪に対抗してみるのは、手持ち無沙汰にお皿をつつくよりも面白いと思って好きなことを言い散らかしていました。
9番は実はトスカニーニのテンポが好きだわだとか、7番はアバドで聴きたいのにパリ公演が少ないわね、サヴァリッシュは聴きに参ってこうだったのよなんて申しながらお皿を重ね、彼はグラスを重ねました。

結果的にはこの夜、今日にまで続く友情が生まれたの。


***


同じ夏が終わる頃、パリから汽車で2時間ほどの地へ向かっていました。
ヴェルニサージュで知り合った方が開くコンサート伴奏のため。

田舎に向かう列車は バカンス後半の理由もあってよく空いていました。
乗り慣れない長距離列車でブルゴーニュ君があんまりキョロキョロするものだから、麦藁帽子を脱いでブルゴーニュ君に被せていたの。
ブルゴーニュ君は 布や帽子を掛けてやると安心して落ち着く性質があるのです。

水色の麦藁帽を顎の下のリボンで留めつけたブルゴーニュ君はなかなかに素敵で、眺めていると近くのお席からお声が掛かったの。
「利口そうな犬君ですね。それに美しい。」

続きは次回に・・・
写真はカイエ・ドュ・ジャポンとciteUの号外新聞



留学前(9)風景

May 11, 2008

一晩降り続いた雨。
雨を降らせる空と共に夜の間中起きてることになっちゃった。

お昼過ぎからの小さな事件・・・沢山泣いて沢山笑ってヘトヘトになっても、翌朝開いた桜草が 新しい一日への元気を分けてくれました。


今日は留学前の記録 最終話。
神戸芸術文化会議に寄稿した文章です。今月出た「こうべ芸文No.98」より。
これはネ、パリへ行こうと決めた理由です。

*******************************************************

《鍵盤の端から端へ下降する三十二分音符群の長い曳引は、重い石塊のようにまっすぐに地上に落ちるのではなく、漂い、遅滞しつつ落下する》

フランスの哲学者ウラジミル・ジャンケレヴィッチが ドビュッシー作曲「月光の降りしく謁見台」に寄せた一文である。

この文を読んだ当時20歳前であった私は、音符という記号を音にし 音の集合が形作るものを楽想とするだけの未熟な音楽学生だった。そんな頃にジャンケレヴィッチの書物に出会った若い日の感動が、後に私を強力にフランス音楽へ 取り分けドビュッシーへと惹き付けた。

ざわめきを制する揺らぎ、澱みと停滞のおもて面に映し出される ゆるやかな蛋白光、沈黙の密度、閉塞する時間、物質と非物質の定め難い境界・・・ドビュッシーの世界観を見事に書き表したジャンケレヴィッチの文中では、ともすれば無骨格と捉えられがちなフランス音楽が、抑制を保った華麗な文体で詩のように、しかし鮮やかなレトリックで、そして常に鏡像を持った情景描写と共に 心象をも映じる二重風景が語られていた。
彼が水先案内をする音の風景の中で最初に注目したテーマの一つは、上出の文にも見られる【落下・降下】であった。例えば前奏曲「枯葉」は、彼の筆に寄れば吹き溜まり、再び落下するために浮揚し、閉塞の中に徘徊する。

次第に私は曲が司る風景への憧れと疑問を強くしていった。ドビュッシーの描く風景を私は知らない。何故なら降下する枯葉を見下ろす空は 決して日本晴れの抜けるような秋の空であってはならず、北欧羅巴の低く重く垂れ込めた空の筈だからだ。

同前奏曲集内「音と香りは夕べの空気の中に漂う」の曲中に沈殿し淀み、歩を進めることを躊躇わせる程に接地する香気は、菖蒲の香りでも蛍袋の匂いでも無い筈だった。
吹き降りるような風の落下が見られる「野を渡る風」に描写される野も、断じて水田ではあり得ない。
日本に住まう私は音楽を奏でながら しかし音楽風景の何一つ体験していないことを痛感し、情熱に駆られて東京からそのままパリへと飛び発つことになった。15年以上昔のことだった。

ドビュッシーの曲中の降下をジャンケレヴィッチはGeotropism、植物の根が引力に向かう向地性に喩えている。私が引力によって引き寄せられた地は、ドビュッシーの音楽風景の中だった。




留学前(8)パゴッド

May 10, 2008


雨降りの土曜日。レーゼンベルグが庇の下でお花を惜しげなく付けています。

量感ある花数。蕾もまだ沢山控えていますよ。


留学前のお話を続けましょう。

学食と同じ敷地にある寮内には ピアノがあるって聞いていました。
でも其処だって 学食と同じように寮生さんや学生さんのもの。部外者が入り込んで良いはずがない。その上 当時の語学力ではピアノ使用の交渉なんてできるはずがない。

正攻法が駄目なら、ねぇ、もう弾いちゃいましょうよ! って考えた。
強引ねぇ・・・

まだ学生にもなれていなくて、寮生の権利もなくて、語学力もない、無い無い尽くしの私の唯一の術は ピアノが弾けることだけだもの。

学食から寮に着いたのは まだお昼休みの時間。受付の方も居らっしゃらなくって鍵が掛かってた。
ガラスの扉に張り付いて奥を覗いたらば 艶消しの美しいスタンウェイのフルコンが見えちゃった・・・。
もう駄目。何にも考えられなくなっちゃった。

外出するために中から扉を開けた方がいらっしたから、開いた隙に入り込んだ・・・
もう・・・なんてことするの?

叱られてもいいって思った。初めて会うピアノ、どうしても弾きたかったんですもの。

吹き抜けの天井が高い白亜の大サロン。重量感のある漆黒のスタンウェイ。
鍵盤の重さにはムラがあって ソステヌートペダルは恐ろしく固かった。
止まる音と部屋内を回る音をコントロールして、気がつくと大理石の内壁に響き渡っていたのは ドビュッシーのパゴッド。

サロンに面したフランス窓から 何人もが覗いてた。叱られてつまみ出されるまで 一曲でも多く弾くんだわって、続けさまに受験曲を並べてゆきました。
誰も止めに来ない。30分が過ぎ、1時間が過ぎ、1時間半・・・

広い階段を駆け下りてきた女の方。館長だって名乗られた。
外国人の部外者が学食食べて 寮に忍び込んでピアノを弾いちゃったんだもの。きっと物凄く叱られる。

館長さんは、「ピアニストさん? 明日も練習に来て聞かせて頂戴な。午前中一杯ならいいわよ。」って。
翌日は「ドビュッシーでしょう? 夏中ここで練習してもいいわよ。」って。
そして数日後は「貴女どこに泊まってるの? この寮の寮生にならない?」って。

夢のようでした。後で伺えば、設備と援助の行き届いた国立寮は 多くの方が希望しているから、何年も前から申し込みが必要で 学業を比較した審査に掛かるのだとか。

こうして運良く、受験までの無料練習場と300円の学食の権利を手に入れたのでした。
パゴッドの魔法でした。



留学前(7)パン

May 09, 2008

乾いた風がいい気持ち。
日陰の雪柳は まだお花をつけています。


留学前のお話が途中になっていました。こちらの続きを致しましょう。


うんと貧乏な生活で 受験までを賄わなくちゃあならないの、どうしましょうかしらって考えるために まずは腹ごしらえ。

栄養のあるものをお安く頂くには 学食が一番ねって、国際学生寮の学食に紛れ込みました。
入試もまだで 学生証も持っていなかったけれど、叱られたら 他のお安い食堂でも教えて頂けば良いワって澄ました顔して並んだの。ガードマンさんは片目を瞑って通してくれて有り難かったナ。今ほどチェックの厳しくなかった一時代前のこと。

一度は一斉チェックの日がありました。フランス国とパリ市が援助している学食に 部外者が不正入所をしないための 不意打ちの取り締まり。いつものガードマンさんじゃあなくて、厳しいお顔の制服の方々・・・。
並んでいる学生さんは 学生証か大学都市の入居証明を出さなきゃいけないの。でなければ列から追い出されてしまいます。

私はどちらも持ってない・・・
チェックが始まると 自分から列を退去していく方も多かった。
取り締まり官がどんどん迫ってくる。前の方はちゃんと証明を出しなさった。
私の番・・・
なんにもないから スーパーのレシートを堂々と出しました。どうせ追い出されるなら 何かやってみてからの方が良いもの。

取り締まり官は「ブラヴォー」と呟いて 見逃して下さったナ・・・。
どうしても学食で食べたい必死の思いが伝わった? 呆れただけ?

F10が230円くらいの時代だったかしら。300円足らずで たっぷりの定食と学生仕様のデザート一つ。パンはお替りが自由でした。
だから残ったパンを早速ポケットに入れて、これで朝のパンを買わなくて済むワって大喜びをしていました。

両親が見たら絶句したかもしれないナって頭を掠めたけれど、これから一人でやっていくんだもの。悪いけど 今は雀にだってパンを分けてあげられないのよって固い決意。
でもね一日置いた翌朝の学食パンは、決意よりもっと固かった。



留学前(6)クエッション

April 06, 2008

今朝はまだ薄暗い時間。
暖かかった昨日のチュチュ・オプティマの蕾をUPしましょう。太陽に向かって背伸びをしているよう♪


毎日の暮らしに必ず使う物・・・色々ありますね。

これだけは必要って思ってるものって、本当に欠かせないの?
そう考えたのが、異国へ行ってみたかった二つ目の理由です。
第一の理由は 後にお話しましょうね。

どんな家庭で生まれて どこの学校へ行って どんな暮らしをしていて どんな先生について・・・って外からご覧になる他人様が 価値のようなものをお決めになる中で生活をしていて、そこにある居心地の良さは 自分で作ったものじゃあないって気がついたの。

アファールへ行けば 穀物を磨り潰す作業ができない私は 女性としての価値を問われてしまう。
太った人ほど美人とされるエジプトならば 貧しいオヘチャ。
東の端っこの国の小さな柵の中の価値観で暮らし良いことがあっても、それは偶然に過ぎないってことを 自覚したくなった。
まるで付加価値のように錯覚しがちなものを 一度みんな無しにしてみたくなった。

誰も知らない所で、先入観無しに見られる私は何者に映るの?
このクエッションの答えを見つけるためには、滑り止めの学校や 最初から電話まで引かれた お風呂付きマンションは要らなかった。

無くちゃ暮らせないって気がしているものが、生きてるうちに増えてるワ。
でも必要なものは 思うほど沢山はない筈。
今も毎日のように考えること。




留学前(5)片道切符

March 31, 2008

しとしと降り続いた雨が上がって、今朝の空は 淡く透明な水の色。


お話の続きです。
レッスン代もケチケチしなきゃならなかったのは、自分のお財布で留学費用を捻出したかったからです。

おうちに多少の余裕があって留学費が負担じゃなかったとしても、両親が教育費を厭わない考えだとしても、どうしても一人でやってみたかった。

大学卒業後まで誰かに寄りかからないとお勉強ができないようなら、私ならばそのお勉強は 本当の意味で身にならないでしょうと思ったの。

自分の手で実りを得たかった。
私なんかの手の届く範囲はきっととても狭いものだけれど、小さくても一人で得た実りは 後に確かな血肉になると思うから。

大学時代 東京への充分な仕送りは、あまり使わないで貯めていました。その時々で返そうとしても両親は受け取ろうとしなかったから集まっていた幾許かの金額。これを返さず使わせてもらうから 他にはなんにも要らないのと両親を説得。

生活の基盤が見えない段では所持金を使いたくなくって、片道切符しか買わなかった。
異国から戻ってこられないように追い詰めてみれば 何としてでも学校に受かろうって思えるじゃあない?

初めに蝶々と呼んだ先生に 入試の曲をレッスンして頂く日々。先生の所に泊り込んでいる間は良いけれど ここを出たらば何処で寝泊りすれば良いのかしらね・・・って思ったわ。
だって、先生の生活アドバイスは お話にならなかったんですもの。
入試までをホテルに住んで、楽器店の高額な時間料金のピアノで練習するだなんて。

金銭面だけじゃあなく、その方法は私には不向きだわって・・・。
音楽学生はその周囲も含めて、至れり尽くせりの環境でなければ学べないかのように考えていると思えて仕方がなかった。温度調節のできるレッスン場があって 鍵盤が欠けたりしていない立派なピアノがいつでも弾けて お食事の心配もなく好きなったけ練習できる・・・
そんなのは10代までで沢山。そんなことをするために 片道切符で来たのじゃないわ。

20過ぎのこの頃、下手っぴだったピアノをとてもとても好きになりかけていたの。
恵まれた環境の中で弾いていたらば、怠け者の私なんて きっと恵まれている時「だけ」弾きたがる人間になってしまう。
知人が一人も居ない場所でも、食べることができなくても、第一には弾きたいと思える自分を見つけ出したかった。

一通りのレッスンを終えたらば再びパリへ。今度は汽車の乗り方だってわかるワ♪
先生のアドバイスを反故にして ホテルには行かないって汽車の中で決心しました。

写真は、societe biblique francaiseのカタログです。子供用からギリシャ語対訳までのお品揃え。



留学前(4)先生

March 30, 2008

チュチュ・オプティマが柔らかな色合いで咲いています。

留学前のお話の続きを致しましょう。


汽車の中でも紙をピラピラ振りながら、「この駅で降りたいの。着いたら教えて下さいネ」って同じ車両の皆さんに言ってまわりました。30分で着くのか2時間もかかるかも知らないんですものね。
この頃に 通りすがりの方達に本当に沢山のご親切を受けて有難かったから、今は迷われている外国人さんを見かけるとすぐ、お手伝いご入用ですか?って言っちゃうようになったナ。

駅に着いた・・・でもここって何処?パリからどの辺りの位置に向かったかも判らなかった。無計画も甚だしいこと。先生が車でお迎えに来て下さっていなければ なんにも始まらなかったのじゃないかしら。

先生は初め テープの演奏と私とが結び付かなかったよう。
「小さな蝶々ちゃん。演奏を送ってきた人を迎えに来たんだけど。ちっちゃい蝶じゃなくってさ。本当に貴女が弾いてた?」と疑って仰った。

「その言葉、レッスン後にもう一度仰って下さい。」って ツーンとして申しちゃった。フランス語もきちんと話せもしないのに どんな拙い言葉でもタンカだけは切るのね。ピアノだって今よりもっと下手だったくせに なんてハッタリかしら。

こんな時、先生のご機嫌を損ねてレッスンして頂けなくなったら・・・なんて思わないのは 今も変わりないみたい。
折角見つけた先生だけれど、レッスンをお願いするなら先生が音楽を伝えたいと思って下さった上で お教えを仰ぎたいもの。ご機嫌を取り結んだからではなくネ。

だって私には、身にならないかもしれないレッスンを受けるようなお金は無かったんですもの。
続きは次回に・・・♪



留学前(3)持ち物

March 23, 2008

取り散らかったお話だけれど 放浪記ってわけじゃあないの・・・


確かに何も持たずに出発してしまったのは人様にお勧めできる方法じゃあないけれど、留学時の持ち物で一番大切なのは、相手国への愛とリスペクトだと思うんです。

それから自国の誇り・・・ネ! 日本人として自分がどの程度磨かれているかの判断は 常に必要ですし、両国ともを見る目が近視眼的でないか絶えず自問をすることは、自国で暮らす時より多く問われることかもしれません。

言葉のお勉強もモチベーションがないまま単語を憶えて完成と考えると、きっとつまらない結果になってしまう。異国の言葉でお定まりの自己紹介くらいできたって 一通りで終わってしまうもの。どんな内容を自己紹介にするかって判断の方が大切でしょう?それは自国内での自分のあり方に関わってくることですね。

自国の文化を理解して 相手国の文化も同じレベルで理解しようとする姿勢があれば良いんじゃあないかしら。それだけを強く持っていさえすれば お話はどんどん広がるわ。

同じく持ち物も自分の中に備えておくこと。
防犯ブザーよりも 咄嗟の時の即断力。
豆知識本よりも 状況を見極める目。
安全地帯を記した地図よりも 危険を切り抜ける機転。

それからガイドブックを何冊も買うより ヴェルレーヌ一冊を読み込んでおけば どんなに役立つでしょう。
雨、微風、陽光、色、花、水、香り・・・それらが何を象徴し、どんな感覚で捉えているのかを 知識ではなく肌合いで知っていることは とても大切だと思うんです。

ぞっとするほど汚れた邦訳のヴェルレーヌ詩集は、10才の頃から読み続けた 私にとってのフランス・ガイドブックでした。付箋いっぱいでページも外れてしまったワ。
訳を読んでいた頃、原語で読めばどんな世界が現れるのかしらって思ってた・・・ 



留学前(2)渡仏

March 22, 2008

曇り空だった昨夜、雲の合間にお月様がとても強い光で輝いていましたよ。
具合が良くなくて月を見ていた夜。


お話の続きを致しましょう。

留学なさった先輩が沢山いらっしゃるのだからお話を伺ったり、師事したい先生にコンタクトを取ったりしておくのは当たり前のことだったのかもしれません。

でもね、お話を伺ったからといって実地で何の役に立つものでもなくって・・・準備中の安心感を得る程度じゃあないかしらと その時は思っちゃった。耳で聞いて知った気分になっても意味ないわって。それは先輩の見たフランスに過ぎないもの。

今になって拝見していると、入試も大抵ホテルを押さえて試験を受けに行ってから、受かったらば帰国して渡航準備をするもののよう。2回も往復ナンテ 面倒で料金が余計にかかっちゃうこと、考え付かなかったナ。

シャルルドゴールに到着して、これからどうするのかしら?ってキョロキョロ。そして先生にお電話をしたんだわ。

演奏テープを送りつけたらば、何だか読めないお手紙が来て電話番号が書いてあったから、それだけは持って出たの。
辞書を引こうにも 当時はフランス人の癖字の特徴も読み取ることができなくて、さっさと諦めたのです。テープの演奏が不適格だったらば わざわざ速達のお返事をお書きにならないんじゃないかしらって山勘で。追い帰されればその時に考えれば良いわって。

テレホンカードを買って、フランス式の公衆電話に出てくる文字に首を傾げながらリンリン。テープをお送りした日本人ですって申したものの、先生がお出になってから気付いたの。先生の仰ってることがちっともわからないってことに。

簡単なご挨拶ができたって、お電話の込み入った会話なんてわかる筈なかったんだわ。どうしましょ・・・
お隣の電話機でお話中の見知らぬお兄様に ハイって受話器をお渡ししちゃった。
お兄様はびっくりなさった拍子にご自分のお電話を切っちゃって、私の突き出した受話器を茫然と受け取り 先生とお話して下さった。
そして、先生が仰ったご住所を紙に書いてくれたの。

その紙だって読めやしない。読めたとしても その場所がどの辺りかもわからない。
あちこちで紙をピラピラ振りながら、皆さんのご親切で汽車に乗りました。
今から思えば あれはギャル・ド・リヨンだったのじゃあないかしら。

続きは次回に・・・
写真はご近所のナイチンゲールちゃん差し入れの文旦と三宝柑



留学前(1)楽観

March 21, 2008

きちんとしていて計画的・・・って誤解のせいかしら、留学準備のことをよく尋ねられるのです。


誤解なんだわ・・・。確かにきちんとした部分も少し持っているかもしれません。けれどもそれは小さな事柄に対してばかり。

お花をどんな順に植えましょうだとか、冷蔵庫の炒り子を 何回に分けて使い切りましょうだとかネ!
ところが人生の大きな事には甚だ無計画。行き当たりばったりなのですよ。

コンサートちらしの裏面に見られるような 計画的なレパートリー整理はしていても、そもそもどうやって音楽をお仕事にしていきましょうかって計画は 全く無かったのですもの。

これからお勉強なさる方へ 知っている範囲の留学のことをお伝えできたら良いのに、何にもアドバイスができないのです。残念だわ。

留学準備を何もしなかったのですもの。試験課題をお勉強しただけでした。
だって留学直前は東京で大恋愛中。恋に忙しくて渡仏準備どころじゃあなかったんだわ。

おうちも見つけていなかったし、コンセルヴァトワールの入試前で学校も決まっていなかったし、ピアノはどこで練習すれば良いかわからなかったし、フランス語もろくすっぽ話せなかった。

どうしてそんなのでお出掛けしちゃったのかしらネ。
山勘で何とかなるんじゃない?って思ったものだから、大学生活で使った荷を神戸に置きに戻って、そのまま出発してしまったの。

「試験に落ちたら10日くらいで帰るかも。もし受かっておうちも見つかったら 何年か居るかも。」って申して日本を発ちました。だって本当にそれっしか判らなかったんですもの。
どの国の人も 笑顔と怒った顔は同じだもの。フランスに住んでいるのは笑ったり怒ったりする人だから 取って食われはしないワって楽観的に。

続きは次回に。
今日のお花は赤いデイジー。



ミュージアム・カタログ

February 27, 2008

美術館、博物館、見学できる建造物など、パリのミュージアムを網羅した お利巧さんの無料カタログですよ。


ナショナル・ミュージアムと民間や個人の経営の小さな美術館を合わせて 一目で判る冊子は、小さいけれど働き者。
住所、電話番号、入場料、開館時間、それからどんな物が見られるかが短く説明されています。

美術館は楽しみが一杯。先々週の浮世絵展でヤマシギ君に尋ねていたのは、展示作品に付けられている解説パネルのことでした。

前から不思議だったのです。各館の学芸員さんが書いてらっしゃるのでしょうから 個人差は出るとしても、ミュージアムによって 解説の観点そのものが異なるのは何故かしら・・・って。
ヤマシギ君は、歴史系学芸員さんと 自分のような美学系で異なっていると教えてくれました。まあ面白い!知らなかったワ。そう思って読んでゆくと 尚興味深いこと。

個人コレクションでは 同じ作家さんの作品の中でも 収集する時代が偏っていたりして、コレクターさんご自身のお好みが判るのも楽しいし、
オーナー美術館では 作品のどの部分を見せたいのかが その配備から伝わってきたり・・・
鑑賞の楽しみは尽きませんネ!



à Mec

February 17, 2008

私信とはいえ呼びかけが下品・・・?フランス語のそれとは ちょっと違うのですよ。ケベックのお友達言葉のニュアンスでネ!


ポストに入らないお荷物があります、ってインターホンの向こうに郵便局員さんの声を聞いたのは昨日のこと。
パリからのお届け物でしたが、Economique2で送ってくるお友達が居らっしたかしら?ってお箱を引っくり返しても、差出人は無記。

お名前は書いていなくても よくよく見覚えのある字。昔500通以上も(もっとかしら?)お便りを頂いたもの。忘れない文字だわ。
ロマンスの頃は たくさんのお手紙から KenzoやVan Cleefの香水が香るのが好きだった。
投函場所は14区のMontsouris郵便局。間違い無いなくぶち犬君だわ。

中身は、学生の時に暮らしたMaison des étudiants Canadiens 通称MECの75年間のドキュメント写真集でした。
お手紙は無く、無記名のお箱に分厚い写真集だけが入っていました。
どなたからか判らないかも・・・って考えなかったのかしら?メモ一枚入れないなんて、すっかり著名人になっても意固地なところは直ってないのかしらと苦笑しつつ開きました。

*ぶち犬君へ*

立派な本をどうもありがとう。
消印にある11月にパリへ行ったのね。そしてCitéUに寄って写真集を手に入れて Monsouris郵便局で投函してくれたってことね。

バッチリ写ってたClaudette。ぶち犬君は彼女が苦手だったわね。私はあんな風なインパクトのある女性が好きだけれど。
よくピアノを弾いてたle salon Wilsonが懐かしい。
この写真集に写真提供しているRobbert Fortinとは、写真と音楽のコラボ演奏会をしたことがあったわ。

あれから年を置いて右岸に住んだの。以来私にとってのパリの情景は セーヌの岸辺と切り離せないものになったわ。その生活の中ではRER-Bを利用することもすっかり無くなって・・・。
昨日は久し振りにパリ南部を懐かしく思い出しました。Maison Internationaleの裏手から毎日一緒に見た教会の尖塔の様子もネ。

裏表紙に寄せられている言葉、
《Il n'y a qu'une seule chose de plus beau que Paris,
C'est la nostalgie de Paris.》
と書いたL.Aragonの小説がとっても好きになっているの。

ぶち犬君のやり方は、Aragonの小説にとっては面白い技法かもしれないけれど、私はお手紙の無いメッセージのような重苦しいものが苦手。

元気?MECで思い出したから送ります、って一筆を書くことができない相手に、本と一緒に 本より重いものを送らなくてはならないかしら。
現実の思い出なら 幾らも分かち合えるけれど、無言のぶち犬君の流儀は分かち合えないの。

短いお便りでもあれば、ちゃんとご返事するわ。
10年も前のお別れはお別れ。亡霊と新しい関係は築けないから、次回があれば簡単なメモでも入れて頂戴な。



コミュニティ誌

January 29, 2008

昨日からノビちゃってます・・・
風邪?それともバリウムが合わなかった?・・・多分両方。


検診の後 雪がちらつく下を帰宅して大変ごとになっちゃった昨日は、ブルゴーニュ君もすっかり元気をなくした心配なお顔でした。
写真は枕元でじっと見守ってくれていたブルゴーニュ君です。


吐き気が軽くなった後しばらくは、コミュニティ誌を読んでいました。美術館や文化施設のコミュニティ誌って 好きなほうかもしれないな。
館の方針が表に出ている施設もあれば、ディレクターが変わる度に新しい形を取り入れるところもあり・・・。よく眺めると体制が見えて面白いナ。


取り止めなく見えた企画が 振り返るとどこか一貫性を持っていて、少しずつ主題を攻めていくような情熱を感じたり。
自由に新しいイベントを開催しているように見えても資本提携のあるものばかりで、結構コンサバティヴね・・・ナンテ可笑しかったり。

左は 4年ほど住んだ大学都市のコミュニティ誌。
右は ポンピドゥセンターのカルチャー企画。



施設冊子

December 11, 2007

エンドレス・ヒロインが咲いています。黒味のあるベルベットのような花びらが素敵・・・。

手持ちの冊子を整理がてらパリの生活項目も少し更新致しましょう。


写真はパリ北東のラヴィレット公園地図です。
科学・産業・音楽など20世紀の文化都市公園として作られたもので、近代的なパビリオンの並ぶ様子は博覧会場のような雰囲気でもあります。
運河と水路を取った広大な敷地は 建築企画として過去話題になりました。
ミッテランのパリ大改造計画の中で、ラヴィレット建設はルーヴルピラミッドに比べると批判的な景観論議は少なかったものですが、私などは20世紀パラダイムよりも お散歩がしたいかどうかが問になってしまうものですから、この斬新さはあまり得意なほうじゃないナ・・・。

広大過ぎるラヴィレット公園を良いなと思ったのは、ただ一度だけ。好きだった人と長い長い公園の一辺を歩きながら駅に向かう途中、手を繋ぎたいナ、どうしようカナって迷ったある日。その方が手を入れているポケットに自分の手を滑り込ませた時だけは もっと広い敷地でもいい、ずっと歩いていたいって思ったわ。
・・・ナンテ、正しく面積を示すようなちゃんとしたラヴィレット解説は よそ様にお任せしますね。


敷地内のシテ・ド・ラ・ミュージックに、このような充実したコンサート情報の冊子を見ては何度か参りました。


最後の写真は、屠殺場跡地のラヴィレットに対して、食料市跡に建ったフォーラム・デ・アール。エミール・ゾラが著書「パリの胃袋」で描いたレ・アールは、今は年間4千万人以上が訪れるショッピングセンターになっています。
整備されて景観は変わっても 小説の舞台になった頃の熱気残る場所。


今日はゾラを鞄のポケットに入れて 打ち合わせに参ります。



雑誌

November 09, 2007


咲きかけのスノードルフィンは、なんて瑞々しいのでしょう。透けるような薄い花びらを 一枚ずつ広げようとしています。朝の冷たい空気の中で とっても健気な姿を見せてくれます。


日刊紙などご紹介が済んだパリの生活項目。雑誌・機関誌もちょっとだけご紹介します。

Grands Peintresは、紹介されることの少ないマイナーな絵にもスポットが当たっていて楽しかったな。ページ数の少ない薄い雑誌ですから広く浅くではありますけれど、画集を買わなくてもお気に入りの絵がお安くいつでも見られることを目的にしたり 入門編として購入したりするには向いています。写真はクリムト特集。


Sciences Humainesは何の雑誌と申せば良いかしら・・・社会学に力を入れた情報考察のための雑誌という感じです。思想分野もあくまでもヒューマンな見地から・・・ご都合主義の偽善も多く あまり好みではありません。未就学レポートなどがあったので持っているだけ。


01Informatiqueは 社会全般情報系グラフ誌というところでしょうか。厚紙で新聞サイズです。お勉強しなければと読んでみましたが不得意分野だわ(笑)

今朝はまだ用が済んでないので ここまでに・・・皆様も良い一日を♪



ポンピドゥ・センター(2)

September 09, 2007

ポンピドゥのお話の続きです。「子供達のアトリエ」以外にも多くの活動があり、それについての冊子は上段のこちら。下側のポンピドゥ新聞には、施設内で行われる講演会やビデオ鑑賞のお知らせ、ポンピドゥ図書館情報などが書かれており、上の赤いのが活動日ガイド。


その他のことは中段のポンピドゥ・マガジンに書いてあります。特定の作品や美術家を取り上げることもあれば、年間の美術館コンサートの上演状況が載っていたり、時にはポンピドゥ美術館外のことでも 自国のアートとはという観点での記事なども。


赤とグレーのコンビネーションのカタログは、季節毎に発行される商品目録です。ポンピドゥ内のショップや本屋さんでのオブジェクト情報。
偶然ですが、この回のカタログはフィリップ・スタルク作品の表紙ですね。私は過去ポンピドゥのカタログやショップによってフィリップ・スタルクのファンになったんです。スタルクはミッテラン大統領のお気に入り作家でした。
彼のデザインのキッチンウエアはシンプルな中に有機的な暖かさがあって好きだわ・・・


最後の写真はイベント・チケットやメンバーズカードのお知らせ冊子です。



ポンピドゥ・センター(1)

September 08, 2007

古代美術からのルーヴル、1848年以降の作品を所有するオルセー。二つの大美術館の後の時代の作品を受け持つのは、ボーブールにあるポンピドゥセンターです。


設計は 関西空港のターミナルビルを手掛けたことでお馴染みのレンゾ・ピアノとリチャード・ロジャーズ。ロジャーズの方は日本ではあまり知られていないかもしれませんが、水道電気のパイプやダクトを 一つの作品として剥き出しにしたポンピドゥ内部は、彼の工業志向の表れたものです。

ポンピドゥでは 20世紀の絵画と彫刻のコレクションを主として、フォーヴィズム、キュビズム、シュールレアリズム、アメリカ抽象表現主義を取り揃えています。
上段左の写真が美術館冊子。右は3ヵ月毎に発行の特別展等のお知らせ冊子です。

ポンピドゥは美術館というより総合芸術文化施設としての取り扱いと言えます。だから活動もとてもアクティヴで、新しい試みも多いのです。


例えば中段は「子供達のアトリエ」という常設企画の冊子。見学しますと単なる子供の絵画スクールでなくて、五感の開発と表現手段を同時進行で体得させることを目的といているように感じました。大人が行っても楽しかったわ。一般公開部分より内側の 充実した子供施設内部を体験するにはお子様連れであることが入場条件の一つになります。
続きは次回に・・・。



ルーヴルとオルセー

August 30, 2007

今日は美術館のお話。自分仕様ですから決して他所様のご参考にはなりませんが・・・
小さな私立美術館のお気に入りもありますけれど、やはりルーヴルの圧倒的な美術品は見る価値が高いですから ここから始めましょう。パリ市内の主要美術館は 受け持ちのコレクション年代毎に お役目が分けられています。ルーヴル美術館は、古代から1848年までの作品が主要コレクションです。
壮麗壮大な旧ルーヴル宮殿の中は迷子になりそうに広くて、一日二日で2万6000点を回り切ることはとてもできません。ですから写真のような3ヵ月毎の機関誌に目を通してその日の目的を持ってお出掛け。イベントのお知らせやレクチャーも載っていますので便利なのです。


お恥ずかしい告白をすれば 私は古代文明やイスラム美術がよく分からないのです。お勉強不足もありますし 年齢で変化する趣向が古代美術に行き着いていないせいもあるかもしれません。中世以前の理解不足とイスラム色に対する違和感からか 文明系統のお部屋にはあまり参りませんの。ルーヴルでは専らレンブラントやルーベンス等フランドル派とオランダ絵画を楽しみます。それからポンパドゥール公爵夫人の像で有名なブーシェなどのあるフランス絵画のお部屋も勿論。


これはオルセー美術館のマップ。
オルセーの受け持ちは、ルーヴル・コレクション以降の1848年から第一次世界大戦の始まる1914年までです。フランス近代美術の殿堂と呼ばれるに相応しいオルセーには何度も何度も通いました。
「祝典の間」を覗いたらアール・ヌーヴォーのお部屋へ直行です。後期印象派やアカデミスム、オリエンタリスムなどもオルセーの大きな見所なのですが、私はどうしてもヌーヴォー贔屓。ガレ、マジョレル、ガウディの家具や ナンシー派のガラス工芸にうっとりして時間を過ごします。
こちらオルセーの冊子は4ヶ月に一度の発刊です。



電話

August 21, 2007

お相手の分からないお電話には よそ行きのお声でお出になる方が多いのを見ると、此処は日本だわと思います。
お電話での習慣はそれだけに留まらずに、他者に対する習慣の上での日仏の差に繋がるようです。考え方の癖のようなものがあるようですよ。
日本では知らない方に対して快い態度を示し、親しくなるにつれてマイナス要素も話すようになる、と言ってしまっても大きな間違いではない気がします。知り合う前に綺麗なお声でご挨拶。そして仲良くなると地声が出せる感覚。日本的な習慣と意識をなさることもないくらい、生活の中に根を張った姿じゃないかしら・・・。


フランスはこれが正反対に現れてきます。見ず知らずの相手には冷ややかな接し方をする方が多いです。お店で、道端で、行きずりの人に対しての愛想は極めて悪い国民と言えます。その代わり知り合ってしまえば無理が利くことになり。

両国の習慣の背後に感じるのは、大まかにはこんな図式です。
初対面で「私は貴方の敵ではありませんよ」と表明しておくことを大切にして その中から仲良しさんの味方を作っていく。そして味方になれば最初のように緊張感のある笑顔を必要としなくなるのが日本流。
敵か味方か決まっていない時点で媚びる必要はないと考えて、交流を持つにつれて態度を軟化させた時に初めて心からの笑顔になるのがフランス流。

本当に大まかな言い方ですが、最初にお話したお電話の場合ですと 良いお声で出て 知り合いとわかれば「ああ、何々ちゃん」と地声になる日本方式と、最初わからないお相手に無愛想に出て 知り合いとわかれば「ああ、何々ちゃん」と良いお声になるのがフランス方式ということです。

ここまでが「パリの生活」項目のお話。続きで今日の日記です。
どちらが良い悪いではないですが習慣として私はいつもフランス流の応対・・・つまりとっても感じ悪くお出会いし、お行儀悪くお電話に出るのです。

昼日中からお電話なんて迷惑ねと言わんばかりの調子で出ると、電話の向こうから「桜さんいらっしゃいますか」と。
知らないかもしれないお相手にこちらから私ですと名乗る謂れはありませんので「どちら様っ?」と居丈高な低い声を出しましたらば 大ベテランの声楽家の先生でした・・・。あら・・・。
さっぱりしたご気性がとてもステキな先生です。先生は「桜さん物凄い冷たいんだもん、怖いヤン。どなたが出られたかと思った;」と仰って・・・。きゃあ・・・
伴奏依頼でしたけれど お盆休みでCDのことが滞ってしまっていますからお断りするしかなくとっても残念でした。熱心に仰ってくださって心から恐縮しました。これで9月の本番のお断りは2本目・・・。CDの目処が立たないことには他に何も手を出せないのです。
次回は是非にと仰って、光栄でした。

今日の植物は上が鼠糯(ネズミモチ)と糯の木。下はご近所さんに頂いた万両。



カフェ

August 20, 2007

パリのカフェ・レストランでお茶を飲もうとしたら断られたというお話を時々耳にします。他のテーブルではコーヒーだけ飲んでる人も居たのに、と。
その経験から意地悪をされたと誤解なさっている方がいらっしゃるのをとても残念に思うので一口メモです。
いかにも観光客風を嫌うお店は確かにあると思いますが、お茶が飲めなかったのは必ずしもその理由じゃないんですよ。
カフェ・レストランなら飲み物だけの注文も勿論できます。時間帯でお食事のみの時刻を区切っているところもありますから お席に付かれる前に確認されればもっと安心ですね。


店内を見渡してみて下さい。テーブルに紙のランチョンマットがある席と置いていない席がなかったでしょうか。
ランチョンマットやナフキンの備えられた席を、お客様を迎える準備のできた席と考えて 座ってしまうケースが多いと思います。
でもこれお食事用の席なんです。お茶だけ召し上がりたい時は、ちょっと見たところ準備ができていないような何も置いてないお席へついて下さいね。

「ここではお茶だけが飲めない」と言ったギャルソンは、ここのカフェではお茶だけは飲まさないと追い出したのではなくて、「ここの席ではお茶だけが飲めない」と言っていると思いますから よく尋ねてみてください。
皆様のフランス旅行が楽しいものでありますように。
写真は上がお庭の虎杖とゴールドクレスト。これら大きな木が作る木陰で育っているのが、下の写真の木立アロエとクラッスラ・テトラゴナ。



日刊紙(2)

August 15, 2007

毎日暑いですね。今日が猛暑のピークなのだとか。暑さが落ち着くことを祈ってあと少し頑張りましょうね。

あんまり暑くて文章更新の気力がないので 写真で新聞のご紹介をしますね。今日のはイギリス紙なので 項目のパリの生活とちっとも関係がないのですけれど・・・。
一枚目は右派のThe Daily Telegraph
二枚目は自民寄りThe IndependentとIndependentのウィークエンド版


中段左、保守系高級紙のThe Timesは イギリスの新聞の中では日本で一番有名ではないでしょうか。シャーロック・ホームズにもよく出てきましたね。何だかホームズが読みたくなってきたワ。
中段右は中道左派The Guardian


最後は国外版も充実している経済新聞 Financial Timesです。





July 21, 2007

今夜はもうピアノはおしまい。だってアジア杯の準々決勝ですもの♪
外国旅行の時「向こうで虫に刺されると ヤブ蚊に刺されたみたいに酷いのよ」なんて耳にすることがありますね。
乾燥した土地でも生きられる蚊は強いから・・・?それだけじゃあなくて私達の身体の慣れも大分影響しているようです。


パリの街中、特に私の住んでいる都心では蚊にお目に掛かることがとても少ないですけれど、日本から初めてフランスの田舎へ行った時の虫刺されは随分腫れてしまいました。
期間が経つにつれ刺された時の反応がどんどん小さくなって・・・。身体が慣れるんですね。人の免疫力ってすごいわ・・・と、ここまでがパリの生活のお話。
ところがフランスで過ごす時間の方が長くなると、日本の蚊に刺された時にうんと腫れるようになってしまったのが現在の問題です。

お薬を散布したいけれど ブルゴーニュ君が居るからできないわと悩んでいると、こんな強い味方が登場。
お友達が探してくれて届けてくれた一鉢目はニューギニア原産の食虫植物ウツボカズラです。お薬を撒かなくても虫を食べてくれます。

不思議な形・・・葉の先から蔓が伸び、ウツボカズラの口に当たる筒ができて成長するみたい。筒はぶつかり合うと ポコンポコンとミステリアスな音を立てます。写真用に下に置きましたが、筒が床や鉢に触らないように設置しなくてはならないのだそう。

二鉢目はアメリカ原産のサラセニア。茎が捕虫器官になっています。半日陰に置いて 乾いてからお水を上げるウツボカズラに対して、湿地に生育するサラセニアは乾燥させない管理が必要なのですって。お庭用の植物手帳にメモしました。大きく育ってほしいな。



日刊紙(1)

July 20, 2007

フランスのお話をして下さいと頻繁に言われます。住まいのカテゴリーを増やしたついでに パリの生活の項目を設けるやり方で順番にお話致しましょう。


フランス各地での短期滞在はあっても数年以上の暮らしを持ったのはパリ市内だけですから パリがお話の中心になります。とわざわざ記すのは、地方色が強くかつ近代以前に設立した国ゆえに極端な中央集権国家でもあり、よってフランスのお話とパリのお話は随分ちがってくるからです。

生活の身近なこと、毎日手に取る物から参りましょうか。新聞かしら。
右派全国紙のル・フィガロが代表的で長年販売数上位です。残念ながら今手元に無いわ。
代わりに1枚目の写真の夕刊紙、フランス・ソワール。完全保守と言えるかと思います。
いずれも各紙の特色が強く、新聞社毎に正反対のことが書かれた記事をよく目にするのも日本の新聞とは異なるところです。


2枚目のル・モンド。中道左派で記者さんの特徴は少なく淡々とした紙面。


3枚目の写真のようにル・モンドには、写真左に移っている「エコノミー」「イニチアシヴ」の版の他、右側に写っている「Aden」という映画やコンサート情報が水曜日に付録として付いていましたが 今は無くなってしまいました。


4枚目は新左翼から左派一般紙へ移行したリベラスィオン。
・・・こんな感じの項目、如何でしょう。




Topページへ
Blogページへ