ParisU



トイッチュ

December 18, 2009

ジャン・ジャック・ルソー "告白録"。

トイッチュの描写があります。
前後の文はこんな風。


《きたのはせいぜい二、三人の田舎っぺの Teutches で、私の無知と同じ程度のまぬけ野郎、やりきれないことおびただしい。》
                                  井上究一郎様訳


トイッチュはスイスドイツで使う言葉。ドイツ人を示します。此の部分で思い出したドビュッシーのドイツへの目。


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ケークウォークの曲内、ドビュッシーがワーグナーにイタズラをしたと表現した追記です。

ドビュッシーは初期にはワグネリアンと言われるほどワーグナーを尊敬していましたね。けれどもワーグナーオペラが肥え太るにつれ、其処から離れていったのよ・・・。

物々しい特質はワーグナーオペラの魅力で私などは大好きだけど、ドビュッシーは違ったの。剛健巨大なオペラはフランス人にとって '粋じゃない' と映ったのです。美質と悪い特性の表裏ですから、お国柄による見方に過ぎません。つまり楽曲批判を外れる部分のお話ね。

大袈裟に長大に肥えゆくスタイルは田舎臭いと考えたのよ。粋を何より好むドビュッシーですものね。

ワーグナー楽曲は複雑化かつ巨大化して、衣装はとてつもなく豪勢に、演出は大仰になってゆきました。ドビュッシーはね、どっかり太り過ぎたかの作品に '粋' を失った田舎者の仕業と背を向けたのでした。

ドイツ気質を田舎臭いと見下すの、古くからあるフランスの風潮ね。そしてね、彼らの風潮は決して '正しい' わけじゃあないのよ。

京都が大阪を下品と見たり、大阪が京都を冷たく感じたり・・・。隣り合う地同士が異なる文化を批判し合うのはよくあることですものネ。

ケークウォークはね、ワーグナーが持つ異文化に対してフランスのエスプリを仕向けた風に聞こえます。
"粋とは こういうものなのサ。" って・・・。



エートル

December 16, 2009

表の面まで手に摩れてOchiaiのサインが消えかけたポリッシャー。
ペンキがこびりついたヤスリ。お師匠様の書き込み多いバッハ。


こんなオンボロ道具を美しいと思うのは私だけ。何故って自分に存在密な物だからこそ綺麗でとても心楽しく感じるんだわ。それぞれのお人が物を心から愛でる構造の中にはね、人と物が共にするバックグラウンドがあると思う。


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使えないものを持たないととても頑固に通してきたのって、人と事物の関係の問いだって気がするからカナ・・・。

側にある物の種類は各人違っていても、持ち主とより密な物こそを愛せる形はいいなと思う。それって自分を良い形で愛し認識することじゃあないかしら・・・。そんな風な考えはフランスで学んだ大きなことかもしれないワ。

ハイデッガーのダーザイン。日用の語で生存や生活を意味する言葉を彼は '人間の現存在' におきました (過去にはアリストテレスのタウマゼイン=人・物が存在すること:申し返れば人・物の存在を認識すること)。私観ですが ザイン (独Sein) やエートル (仏Etre) が示すものには背景と事物の存在が常に同居してて・・・

だからね、共に在る物を指して Je suis la って言えるよう望んでる。
そうと言えないものは頑固に持たない。たとえ心惹かれても・・・。
楽譜と家庭の古道具は 何処から眺めても自分のエートルがある。



訳すということ(5)マカロン

December 07, 2009

痛みが酷くなった。この4日は痛さでよく眠れない。点滴治療に戻ることを強く勧められた。


コイビート君には悪化したこと話してない。心配かけないようにナンテ発想と少ぅし違う・・・。加減が悪いと知ったらばデートに誘ってもらえないからヨ(笑)

痛くない時間に大急ぎでおさらいとプログラム作り。4月23日のプログラムは追ってお知らせしましょう。

音楽とデートが叶いますようにってことだけ考えてる。周りの人たちは悲壮なお顔・・・貴女の元気が意味わかんないって。
うん、私にもわかんない。でもね、きっと良くなるに違いないもの。

ポルトーで求めたお皿。フランボワーズとピスタチオのチョコレート。お菓子色のカップ。

書物にはマカロンを見つけたの。ボードレール "巴里の憂鬱" を翻訳なさった三好達治様・・・。うふふ、文中でマカロンのこと "糖杏菓" って。

明治33年生まれの詩人さん、巴里の憂鬱翻訳刊行は昭和4年。日本はマカロンを見も知らない読者ばかりの頃ですものね。いつごろに生まれ定着した言葉か、杏の謂れある和菓子が存在したかなど何も知らないけれど、糖杏菓ってかわいい言葉・・・♪

糖杏菓・・・まぁるくて小さくて甘いお菓子の様子、ちゃんとちゃんと連想できますよね!
とっても素敵な訳って思う。



尻切れ草履の後に

November 25, 2009

ボウル・デビューをしたばかり・・・♪

2つ目も1930〜40年のディゴワン&サルグミンヌ。


楚々とした雰囲気が気に入ってしまったの。いつものメルスリーヒゲ様にて。


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せんに "フランス的とは" と散漫に書きました。
"尻切れ草履" に加筆いたしましょう。

常日頃ね、あらすじを語ることをとても嫌がってきたの。どの文学を取りあげてもあらすじに触れなかった。文学を作るディテールを1つ2つ挙げる方法でご紹介してきましたヨ。

この本はどんなあらすじ? と問われてお答えをしたこと・・・ないんだワ。お答えすべきじゃあないって考えるから応じてこなかった。愛読書には、あらすじのために書かれた文学は一つとしてないと思う。

どうしてもと乞われ、では貴女の人生のあらすじを言ってみて頂戴と申したの。
辛口のお返事をするのはね、お人にあらすじで生を述べよと言うと同じほどに 文学のあらすじは本質を失し 練り悩んだものに対する礼儀と尊重を失すると考えるから。

あらすじって言葉を使ったのは親指姫の記事。あらすじに書かれない親指姫の姿を考えたくなったとき。

音楽も文学も、ちょっぴりずつに触れながら問うてみたかったのはね、
始まりがあって終わりがあることが、お話の焦点じゃあないってこと・・・。


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ラシーヌが記した "悲劇の結末のあり方ついて" 序文。

《私としては、悲劇とは何人もの人間が共に行う一つの完全な劇行為 (アクシオン) '筋=事件' の模倣であるから、この劇行為は登場する人間達のすべてが、その結果どのような立場に置かれたかを人々が知るまでは、決して終わってはいないと、常々理解していた。ソポクレスもほとんどあらゆる作品でこのような態度をとっている。"アンティゴネー" のなかで、この王女の死後にハイモーンの怒りと、クレオンの断罪にあれほどの詩句を費やしているのもそのためであり、私も、それと同じくらいの詩句をブリタニキュスの死後、アグリピーヌによる呪詛の言葉と、ジェニーの隠遁と、ナルシスの断罪と、ネロンの絶望とに費やしたのである。》
                     (渡辺守章様訳)

お姫様物語のように、幸せに暮らしましたじゃあ完結しないって内容なのね。生と死があれば其れが及ぼした影響を問い止めぬということ・・・。


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問いに対してラシーヌは "書く" 行為に進み、バルザックはしばしば "書かない" ことを選んだワ。

ジッドは "女の学校" から "ロベール" への影響下を記し、プルーストは影響の結末じゃあなくて影響の "仔細" をつぶさに記した・・・。

だからそれらは完結した? ううん、何も完結はしない。たぶん全ては小休止。どれほどに書いても完結しない人間の物語。完結とは作者がただ 此処を完結に置く、と決めることを指すのじゃあないかしら・・・

完結を定められた物語にはあらすじが生きてくるかもしれないわ。ならば作者が完結を申し渡さない文学や、如何ほどにまでを書いても完結は見られないと括ったもの、または書かぬまでも完結が現れることはないと決めた尻切れ草履は?

それらは物語筋をお道具にして、人のさまが続くことを示してる気がするの。

肩透かしのエンディングに秘められたものは、"物事に終わりがない" というテーマ。


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ブルゴーニュ君が勘ぐっていた事のお答えはね・・・

あらすじでは語れない物語、ディテールを積み重ね積み重ね はじめて形現れるふうな成立ちがあるかもしれないのじゃあない? って考えてみたくなったの。

それでね、川辺シリーズなんて始めてみましたヨ。



大正浪漫(2)桂子の巴里

November 22, 2009

吉屋信子様お作 "花物語"、もうせんに触れました。大正4年雑誌載、大正9年本の刊行。以来少女たちの熱烈な支持を得ました。


同連作中 "白木蓮" の主人公桂子さんは外国留学の奨学金を得るの。


《遠く海を渡りて波まくら、ゆられゆられて行く外国(とつくに) -- そこにも母国の空に咲くこの花の面かげ寂しく胸に描かれて、
消ゆること無き白日の夢を浮かべようものを --。》


異国がとても遠くにあった頃のお話・・・

花物語の世界は美しげな園にあって、学び舎も寄宿舎も可憐に憂う乙女の会話の楽しいこと・・・

似ている世界が手元にあるワ。せんにご紹介したことがある母の女学生時代のお帳面。下級生やお友達のお手紙帳・・・願って昔から繰り返し読ませてもらっているのよ。漢字を読みとばさなければならなかった頃から、とりこになってる。

吉屋信子様お筆の学園のごとく様子が、ほんの手元にあって・・・。花物語刊行から幾十年あとの頃にも関わらず、乙女の園が健在だった様子が覗える・・・。

私が知らない時代の母を "お姉様" "(生徒)会長様" と呼んでゲーテの詩を贈ってくる下級生たち。"会長様にマリア様のご加護がありますように" とシスターの絵を丁寧に描いて下さってるお友達。ページごとに押し花が押されていたり、色鉛筆で風景が描かれていたり・・・

幾度みかえしても本当に楽しいこと。
思い立って物語の桂子さん風のコーナーも仕立てることに。純一さんのコーナーと対の角。お手紙帳をメインに飾って・・・中原純一様風な挿絵も皆様お上手で大好きだもの。

当時に母が使ったセルロイドの筆入れでしょう。桂子さんが開いて憧れていたようなパリの素描でしょう。薄紙の下、葉っぱを押したお帳面でしょう。五銭玉をたくさんと黒電話も・・・


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花物語の世界にはね、見も知らぬ国へ定まらない憧れが描かれる。"訳すということ" シリーズと別観点ネ。実証なく、だからこそ人の心により彩りを具えただろう大正時代の異国・・・大好きだわ。



訳すということ(4)カフェオレのボウル

November 14, 2009

理想のボウルに出会ってしまった・・・

なんて綺麗なの・・・?


くすんだような地の肌。気品ある高台。
秋雨に塗れた草木を思わせるブルーグレーグリーン。

メルスリーヒゲ様ご推定1930年〜40年のディゴワン&サルグミンヌ。


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カフェオレボウルって呼ばれてる物、フランスではこうと指さないことは近頃よく知られるようになってきた。ただ "ボウル" というの。会話の中では "朝食のボウルを取って" って風に使うことも・・・

朝食のボウルは主にシリアルやオートミールを頂くために使われますね。パンを浸す場合も同じふうにネ。お口をつけて頂くのが主体のお碗と違った背景。

大人になってお初に求めたフランスのボウル・・・欲しくてたまらなかったのに長い間どうしても買うことができなかったのヨ。
ボウルへの思い、とってもとっても複雑だったのですもの・・・

野鳩のときの例を引くなら、ボウルって言葉も背景を想起させるものなはず・・・。ボウルが使われる環境、時間帯、変遷・・・。
私せんには、それを知らなかったの・・・。


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2ヶ月くらいパリ郊外にホームステイをしたことがあったの。今もお友達が続いてる優しいご一家。もう一人アメリカ人留学生もホームステイをしてたのよ。

昼食時アメリカ人の彼女がスープをボウルに注いだとき、一家のお母さんがヒュって息をのんでお口に手を当てたの。大袈裟な身振りをしちゃったことを謝りながら優しく問うた・・・。

アメリカではスープをボウルに入れちゃうの? って。

"私たちはね、こんな風に決してお金持ちじゃない階級でもスープはお皿に入れるのよ。昔フランスはテーブル周りの発展が酷く遅かったから、その頃はスープボウルがあったのだし 今もお行儀の良くない食堂では液体をボウルに入れる・・・折角のホームステイだからお行儀の良くない所と違ったことを憶えましょうね。それにボウルの棚は朝の食器用。夜はこの棚。憶えやすいでしょう? "

お家の考え方にも寄るようだけど、私が関わらせて頂いたりお泊りさせて頂いた幾十のご家庭でカフェやスープがボウルで出てきたことはなかったの。小さい子がテーブル付きのベビー用椅子に座らされて、ボウルにミニクッキーを入れてもらってただけ・・・

ボウルでカフェオレ飲むの、其の頃はお洒落に思えて楽しみにしてたんだのに・・・。

問えば、お師匠様は一人暮らしの若い方が 朝も夜も決め事ない簡易の様式で使うものと考えますよと仰って。一等仲良しのタピオカちゃんまでが、ワンディッシュプレートやボウルは持たない主義よ、ベビーじゃあるまいしと主張した。

え〜ん、そうなの? 自分の食器棚にボウルを持ってみたかったのにナ・・・
幾年も我慢した。日々の様式を認識し実践するのが大切ってお師匠様に諭されれば それもそうねって。
うんと我慢した。とうとう挫折した。今月こっそり手に入れた。


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手にすればやっぱり正しく使えない。夜の時間に平気で朝用ボウルを食卓に乗せ、カフェオレをどぼどぼ入れて直接お口をつけて飲みたくなった・・・


ほらね・・・(笑)

パリのお師匠様がた、うんと嫌がるだろうナ・・・


どうしてもやってみたかったの・・・寒い夜両手でボウルを抱えてズズーってね(笑) お初の憧れのボウルなの。内緒で毎日やっちゃおう・・・抱えてズズー♪ カモノハシちゃんお手製のメレンゲもおいしっ。



大正浪漫(1)純一の巴里

October 30, 2009

お友達のリクエスト "ブログでいいから日本間を見せて! "


拙宅は大小2つ日本間があるの・・・ところがね、お友達は殆ど入ったことないワ。

よそを見ているうちに訪問が終わってしまうの。コーナーごとのアンティーク小物にボリュームがあって・・・。
アントレを食べ過ぎてメインディッシュが食べきれないまま帰ってくお客様みたいになっちゃうの。

5,6回は遊びに訪ねてくれたお友達もね、日本間へ行き着くのはもっと先。だからまだ見ぬ場所がリクエストなのですって。


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日本間のテーマは大正浪漫。書籍をヒントに楽しむの。

あのね、森鴎外作 "青年" の主人公純一さんは外国にちょっぴりかぶれているのよ。
《叙事的にフロオベルの三つの物語の中にある物のような体裁を学ぼうと思ったこともあり、マアテルリンクの短い脚本を藍本(らんほん)にしようと思った》りするの。とても楽しいお話なのよ。

そして此処はね、純一さんがお好きな風を集めたコーナーなの。
自己満足全開ネ!

アナベルを挿した大層古いサントリヰのリキュールボトル。せんにご紹介した煙管のための木箱には昔使ったハーモニカ。赤い箱が可愛いトンボ印ですよ。愛用の下駄と小さい頃に履いてた下駄も並べて・・・

もう1枚はね、パリのお友達からの大切なお手紙でしょう。古い硯でしょう。大好きな象牙色の帯締めをレースと一緒に・・・

"青年" が書かれたのは昭和になってから。けれど大正末期に生まれた鴎外の浪漫風が香ってる。

古い時代に外国かぶれの文学好きな人たちが、異国を夢見て愛した空間・・・ちょっぴりこんな風ではなかった? 想像をめぐらせて楽しんでみる。



女の子はファンシー好き(8)ラフォンテーヌU

October 19, 2009

ラフォンテーヌの寓話集ですよ。

モンヴェル挿絵のほかもう一つのラフォンテーヌ。


フランス郵政省で売れに売れた商品になったのが、Claudine Sabatier と Roland Sabatierデザインのこんなイラストなの。
リンク先ページの6枚のイラストをそれぞれクリックすると大きくご覧になれますよ。

1995年6月26日、2フラン80サンチームの切手シリーズが発売されました。pret-a-poster (プレタポステ) っていうの。プレタポステはね、封筒に予め切手が印刷されていてて そのまま投函できるお品。

切手部分がイラストになってる封筒、お揃いイラストのカード、お揃いの単独切手がみなラフォンテーヌのシリーズになっていて。封筒につけられた料金で届かない地区には、お揃いの追加切手が貼れるのですもの・・・♪ 可愛いったら。

ラフォンテーヌ没後300年 (1621年〜1695年) を記念しての発行でした。
発売から僅か8ヶ月足らず・・・1996年2月16日までに約5200万束、枚数にすれば3億1200万枚を売り上げたのですって。凄い人気ですネ。

見れば見るほどお便りを出したくなってしまうセットなのでした。私も引き出しの中、大事にとってあるんですよ。



訳すということ(3)マノン・レスコー

September 25, 2009

デュマ・フィス椿姫に、マノン・レスコーの書物が登場する。

椿姫マルグリットの哀れをマノンの哀れと比べ紐解くシーン。


だからね、椿姫のあとにはアベ・プレヴォー "マノン・レスコー" を開くことになりました。オーバルの小箱、なんだかマノンがほしがりそうねってパチリ。


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各国の情景知識を肌で知るって難しいこと・・・。
けれども具体例を知らなくても、其の場の景色と単語が繋がる感覚回路を増やすことはできる気がして・・・。

野鳩って聞いたとき、私たちがよく知ってる駅構内に居る子や稲を食べる子だけじゃあないって巡らせることができたら。野鳩は色んなお国で色んな生活を営んでるって思いを馳せることができれば素敵。時にはソースと一緒にお料理のお皿に乗っからなきゃならない子も居るだとかネ!

たとえ自身はパンの添え物になってるプロセスチーズだけの体験だったとしても考えの回路が増えてると楽しいの。チーズの種類を知らなくたって考えに至るのは、匂いの強いものでご飯のシメにする感覚ってどんな風かしら? ってこと。

するとね、最後はお茶漬けサラサラしたくなる食べ進み方と根本が違うんだわって発想がくる。どんな食事形態なら強いチーズでシメたくなるかしら? って知りたくなってくる・・・

たくさんのわからないことに お外の世界の回路を作ってくれたのは、私の場合は外国文学だったんです。


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マノン・レスコーは日本語訳で読みました。プレヴォーって著作66、翻訳込みですと113も出版物があるのですが、中でも大ヒット作だけあって本当に面白いこと。

文学のことよく知らないのですけど訳本の楽しみって2種類があるみたいに思っているの。訳者さんが描いた世界が翻訳を越えて訳者さんの文学らしくなってるのと、訳者さんが別の国語で 作家さん世界のニュアンスをなるたけ忠実に再現したのと。

逃れられない訳語の齟齬を、文学的ニュアンスで解決するか 単語を変えてでも文化の置き換えをしないことに忠実であるかってことなのかしら・・・。私は後者の訳者さんを好きになることが多くって。

作家さんに近く近く寄り添おうとするお姿、見せていただいてる感じって大好きなの。

マノン・レスコーを翻訳なさった青柳瑞穂様ね、第2章に "黒白" って単語を使ってらっしゃいました。方位や色は大体言い順が決まっていますね。西東って言わずに東西だし、緑青って言わずに青緑ネ。たとえ緑の分量が多くても 色配分に関わりなく青緑って表現ね。

日本では白黒、フランスは一般に黒白というの。黒白の映画だとか写真だとか。
こんな表現のたび、"今読んでるのは僕のじゃないですよ、ベネディクト修道院長の小説ですよ〜。" って訳者さんのお声が聞こえるようで楽しくて。多彩な表現を見逃すまいと一生懸命読んじゃいました。


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あら? って思う言い回しをきっかけにして 回路が増えることもあるみたい。それも訳本の楽しみだわ。



訳すということ(2)椿姫の白

September 19, 2009

熱が下がって楽になった。

まだ動かないようにして秋用のダイニングクロスを仕立てた。


アンティークレースをとりつけて・・・。昔の発表会に着たワンピースドレスの袖口をお下がりに出すとき取っておいたの。

痛み止めが効いてくるまでデュマ・フィス "椿姫" を捲る。

昔に読んだときには場所の実感がなかったわ。マルグリット・ゴーティエが葬られたのはモンマルトル墓地。たったこれだけの記述でも印象が定まってゆく。純文学の無駄のなさ、世界の広がり・・・。

モンマルトルに二輪馬車で着こうとする絵を浮かべれば・・・
平地の墓地と違ってる。がたつく古い石畳、抑えた色の家々が重なる細道、苔むした石段、4月になって尚肌寒い道を揺られ揺られてモンマルトルの坂を上る。
馬車のきしみと蹄の音が聞こえる気がする・・・

高台の墓地に現れる白い椿。花壇と見紛う一面の純白の椿。白大理石の墓標。

墓地を掘り起こす大きなシャベル。土の下、掘り起こされた樫の木の棺。錆びついた釘。こじ開けられる。

墓掘り人夫の動と棺の静が見えるみたい。錆びきったねじ釘に力を入れて棺を開く人夫の手はきっと日に焼けて大きく無骨。土の下の女性とは対照的に。棺をこじ開ける音は無情に響いたことでしょう。

白かたびらのマルグリット。目は二つ孔に朽ち 唇は腐食でなくなり歯がむき出しになっていた。

美しい椿の白と、凄惨な死体の白と。
白を縁取る色がある。薄黒い車輪、石段、苔、シャベル、土、錆釘、腐肉。


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オペラ上演では描かれない場面です。
台本にないところを示唆するためフランコ・ゼフィレッリ演出では作品を心の中の回想として描いてて素晴らしいの。記録フィルムもありますね。

ヴェルディ作曲、フランチェスコ・ピアージェの台本ともに気付けばイタリアオペラの代表格の扱いに・・・。
デュマ・フィスの原作をこよなく愛するから、現在の演出が華美に過ぎ、たくまし過ぎるふうに映って・・・白いオペラが見たくなった。

夜になれば星空の下、元気だったマルグリットは白いローブになる。
肺を病んで休む家に白い雪が降る。
病床のマルグリットも元気なころと同じように白い夜着じゃあないかしら・・・

そして喀血の赤。

デュマ・フィスのひそやかな世界。


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白薔薇のプレゼントが届いた。
薔薇のお名前、ブルゴーニュというのですって。素敵ね、純白の大輪。


黒いブルゴーニュ君は まだおねむですよ。



女の子はファンシー好き(7)ラフォンテーヌT

September 13, 2009

童謡 "月の光" のイラスト憶えていらっしゃいますか?


"月光のふりそそぐテラス(2) " の記事にリンクした楽譜イラストです。とてもかわゆいでしょう? この方のお作ね大好きなの。

お描きになったのはルイ・モーリス・ブテ・ド・モンヴェル。ベル・エポックにフランスで活躍されたイラストレーターさん。

モンヴェルはね、ラフォンテーヌの寓話集にも挿絵を描き、大人気になったんです。

                    **

17世紀フランス詩人ラフォンテーヌの名をご存じない方だって "兎と亀" "北風と太陽" のお話はよく知ってらっしゃいますネ。イソップ寓話を元に翻訳したお話、ラフォンテーヌ自身の寓話合わせて124話にのぼるそうです。 

"蝉と蟻 (蟻とキリギリス) " "都のネズミと田舎のネズミ" "金の卵を産む鶏" などなど数ある寓話はルイ14世統治下で皇太子様たちに世間的知恵を授けるためにと まとめられました。ルイ14世自身への批判も込められてただろう真意は今は問わずにファンシーもののお話ネ。

モンヴェルが昔に描いた寓話の挿絵が、1995年グッズになって売り出されたのですヨ。ハンカチやドミノカードなどに細かなイラストがついてて可愛いの。寓話集の有名なイラストが表紙になったカタログもつい取っておきたくなります。

江戸の寓話に明治のお方が挿絵をつけて、平成にはグッズまで売り出されちゃうなんて素敵なことですね。



訳すということ(1)野鳩

September 06, 2009

お見舞いがてらのお客様はヤマシギ君。

ボーマルシェがきっかけだったかしら・・・、訳語のこと、話していたの。


ヤマシギ君はね、お豆腐やチーズなど地域性ある単語を訳そうとするのは意味がないと言ったのだわ。お豆腐を大豆のヨーグルトなどに訳す方法があるけれど、単語・言葉というものは固有の文字と音声で 背景までを連想させてこそのものだからと。

私ね、この考えに賛成なんです。双方了解の元に話してる端折った表現だったから、わかり良く喩え話をしましょうね。


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野の鳥の名を聞いて稲や稲につく虫を食べる様子や周りの風景が浮かぶこと、ありますよね。日本の昔は種を植えるとき《鳥に一つ、虫に一つ、人に一つ、三つ種をまく》っていったのですって。共存の素敵な考えネ。

どんな鳥でも良いわ・・・野鳩にしましょうか。野鳩って言葉一つでたくさんイメージを想い起こしますね。稲田、湿った空気、お屋根の色形、山に沈む夕日、くねった道に映る長い影、そして鳥に一つ虫に一つって三つ種蒔く人の背中・・・。

街の鳩なら餌食は公園や駅の虫。"ぽっぽっぽ" って言いながら子供がよちよち追いかけてたり、日本特有に懇切な駅アナウンスの音が流れてたり・・・。

田舎の風景も街の声も、東洋固有の色と音と空気を持った景色なのですね。


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"鳩はpigeon (ピジョン) と言うのよ" って教わる方法があるでしょう? ヤマシギ君はそれに反対と言ったの。同じ喩えをすれば、ピジョンはバゲットを拾い食べメトロの吹き上げ溝の温風で暖を取る連想をもたらす鳥で "鳩" じゃあないってことなのね・・・。

石の建物の陰に群れるピジョンたちはね、カフェの周りに落ちてるバゲット拾いに精を出します。稲と野鳩の背景に種蒔く人が居たように、バゲットとピジョンの背景にも人が居る。

ピジョンたちがオープンカフェに集まるのはテーブルに放りっぱなしのバゲットがあるから・・・。バゲットよりお水のほうが貴重な生活習慣があるからですね。カフェでお水は買わなきゃないけれどバゲットなら只って生活の形がある。

小麦自給率120%以上の国の習慣は、無造作に落とされたバゲットをピジョン達が拾う絵を作るのね。そしてね、ぽっぽって鳴かなくてcoucou-rouとかrou-coucouって喉を鳴らす。


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"豆腐は豆腐という食べ物で、大豆ヨーグルト-Tohu じゃない。" ってヤマシギ君の弁、面白かったから触れてみました。



女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン

September 01, 2009

紫陽花が好き。

うんと大切にしてるお花です。


切りどきを悩むの。お庭に咲かせておきたいし、お部屋にも切花を飾りたいワ。秋色紫陽花になるまで楽しみたくて、新鮮な色のうちにドライにも・・・。厭くことがないから欲張りになってしまう。

紫陽花はいつも足りないの。

一輪の紫陽花にも迷い抜いて鋏を入れる。大事にお部屋に持ちこむとき、小さく切り口を落として土に挿す。とってもケチっぽくなるのよ。本当に大切なのだもの。

いつか各お部屋のコーナーごとに飾るほどドライ紫陽花がたまるかしら・・・道のりは遠いんだわ。

紫陽花は優しい時間を感じさせてくれるお花・・・だから好きだったの。
でもね、パリで出会った詩に紫陽花のイメージが一変した。


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"女の子はファンシー好き" シリーズ、もうお気づきでしょう? ファンシーねって好きになったもの、実は魅力は他にあったんだわってお話なの。
マリー・ローランサンも、ベルト・モリゾTUも・・・

ルイ・アラゴンが残した詩に紫陽花が描かれているの。少ぅしもファンシーじゃない紫陽花が詩の中に生きていたのよ。

志半ばで世を去ったガブリエル・ペリ (仏1902〜1941) へ悔恨込めて捧げた詩。ペリは、ナチス圧制時代にジャーナリストとしてナチスドイツに抵抗し、ドイツ軍に捕らえられて銃殺刑になりました。

現在パリには13番線にガブリエル・ペリ駅が、付近にはガブリエル・ペリ通りが存在するの。

東洋の花言葉では移り気とされる紫陽花・・・。でもアラゴンの紫陽花は強く、移ろうことなく、鮮やかだった。文中 "ツーロン" と訳されるのは地中海を臨む南仏トゥーロン・・・。ペリが生まれた港町なんです。


《ガブリエル・ペリの伝説》より抜粋   

              ルイ・アラゴン
                           大島博光様訳 (三一書房 1951年)

伝説的な死者たちの眠るところ
影は つねに叫びつづける
そこに あやしく花咲きつづける
青い紫陽花の花が 日暮れ頃

そこ イヴリイの墓地にひらく
その扉を閉ざしても むだだ
夜ごと誰かが 花を捧げにくるのだ
かくて ガブリエル・ペリは花咲く

沈黙のうえの 雲の切れ目に
雨降るときも 太陽は美しい
そうして 想い出の眼は青い
暴力の手にたおれたひとに

ああ イヴリイの墓地に
われらの不幸の花束は重い
だが その花の色はかるい
ガブリエル・ペリの気に入るように

ああ よみがえる その花びらのなかに
かれのふるさとの 明るい色が
地中海の あの海の色が
かれのツーロンが 青春の色に

花束は あの愛を告げる
ここ イヴリイの墓地に
ガブリエル・ペリの息絶えた夜明けに
生れいでた あの愛を告げる



女の子はファンシー好き(5)ベルト・モリゾU

August 07, 2009

母が娘時代に使ってたシルク手袋は、私が生まれたときには既に色むらが少し出てました。


だからもうお外につけて出られなかったよう。
手首に小さな蝶がついた優美な形、いいナって眺めてた。

小さな女の子は白い手袋を嵌めた手に憧れますね。いつ? どうやって? お一人ずつちがったきっかけをお持ちなのでしょうネ。

画集を眺めるのが好きだったから、手袋を嵌めた絵を探したりしましたよ。ほかにね、長い巻き毛や綺麗な髪留めを探したりネ。そんな時ベルト・モリゾ 1875年の"舞踏会にて" ("扇を持つ女") が印象的だったの・・・。

モリゾご本人のように意思的な瞳にも やや固い緊張度合いにも目を向けることなく、それと気付きもせずにいました。子供はトランプカードのように綺麗な扇と白い手袋に夢中になって・・・

手袋で扇を持つだなんて、女の子にとってはファンシーな夢世界ですものネ。

小さなプリントでよく見えなかった扇の模様、いつかは本物で見ましょうと決めていた。後年マルモッタン美術館で目を凝らしたけれど 扇に描かれたものはやっぱりはっきりしなかった(笑) 


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ある日に母の部屋へ行くと丁度手袋を嵌めてたわ。薄いストッキングを履くとき、傷つけないようにと手袋で扱ってた・・・。

そんなことに使ってるだなんて・・・! (笑) もったいないから、飾るから欲しいワと言うと 母はきょとんとして染みが出てるのに? こんなので良いならどうぞって。

綺麗な白。小さくアイボリーが浮いたような薄染み。時代を感じる形。昔に憧れた手袋は今では貴重なセルフ・ブロカント。
古いカメラにかけてみたり、ドライフラワーとガラス瓶に沈めたり、様々に飾られてます。

同じ時に譲ってもらったレース手袋は未だ現役。

フランスから届いたばかりのカードはね、アドゥアール・マネ作 "ガラス花瓶の中の白いライラック" です。モリゾがモデルをし、後にはその弟と結婚した相手がマネでした。マネ作 "黒い帽子のベルト・モリゾ" で美しい女流画家のお顔立ちが見えますね。

   (絵画リンクはフリーサイト様のURLをお借りしています)



重なりの量感

July 27, 2009

一本の木を刳った古めかしい無垢のトレイ。

量感があって使い込んだ肌合いはしっとり滑らかです。


直径50cmとたっぷりしてて、大きなダイニングテーブルの上でも見劣りしないの。バゲットやカンパーニュも納まって、堅固な表面はそのままカッティングボードになるのです。

彫り出す工程を思うと益々愛しくなるトレイ。電気機械がなかった時代の品、どれほどの労力が投入されたのでしょう。

働くためのお道具の清さがある・・・。静かに、でも強固に存在を主張する重量感あるものが何だか好き。それは物だけじゃなくて・・・ 


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プルーストに嵌ったのって、お話はもちろんのことあの長さも素敵って感じるからかしら。精緻なものが集まって限りなくふくらんでゆく長編。

大きいけど粗くなくて細かな波の重なりが延々と続くもの、そのお仕事量に触れるのが大好きなんだわ。ヌーヴォーの気の遠くなるモチーフや、ラヴェルのクラクラしそうな音の渦や・・・重ね重ねてできてくる量感は独特の揺らめきがある。


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フランスの特徴的なこと、これまでぽつりぽつり書いてきました。
レース細工のようなとフランスを連想することは多いでしょう。その繊細さだけじゃなくて、繊細なものはパーツだったってところへ目を向けたいのです。

パーツを集合させて大造りを行うところがとっても面白いから・・・。宰相コルベールがレースの国営工場まで作っちゃう政策を果たすのは、レース細工を見ると同じに興味深いこと。また少しずつ追記したいです。



女の子はファンシー好き(4)ベルト・モリゾT

July 26, 2009

痛みが沈静化したから、化膿した骨の周りの治療を願った。


お医者様はね、細菌を刺激してまた急性化するほうが怖いことをご説明なさった。私は積極的な治療ができずにお薬を続けるのが辛抱ならなくなってきて。

折り合い点は、患部に当たらない場所だけに消毒を始めることでした。
化膿が回っていないただ1箇所。それでも数度に分けましょうと低刺激に少しだけ。

無理だったみたい。治療が済むや否や炎症が強く出始めた。先に快復に向かってた感覚麻痺も酷くなって発熱。リンパが疼くように熱くて痛みで眠れず(涙)

まだちっとも良くなってないって、よぉく自覚しました(涙) くさくさしちゃうから好きなもののお話ね。


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印象派画家ベルト・モリゾ "Au bord du lac"。
この頃には絵を指差して "ママ" って呼んでた。

お帽子の形、体の線、お洋服の感じが母にそっくり似てて、母が描かれてるって信じたの。 
-- 此れどこ? ママだけ公園へ遊びに行ったの?

随分くどく尋ねたけれど、乳幼児が問うてることは両親に伝わらなかったワ。印象派の絵の中の人、母親だって思ってるだなんて予想できなかったのでしょうね。

幼稚園へ上がってもまだ信じてた。絵のモデルをしてた大叔母が描かれたものなどあったから、家族はみな絵に描かれてると思い込んでしまったのよ。

穏やかな題材、緑が細やかで多彩で・・・印象派を長い時間しげしげ眺めた最初の絵。その時はただファンシーねって。ファンシーな公園にママが居るから好きって。


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それだけの繋がりだったはず。フランスの学生時代に知ったのはモリゾがマラルメのお友達だったこと、ヴァレリーがモリゾに関する執筆をしてたこと。

どうしても繋がる。幼児が勘違いした小さな要素も同じところ・・・フランス・サンボリズムへ流れてる。



便利カード

July 17, 2009

フランステレコムの市外局番カードと地域別料金グラフです。


フランスって文章表現に拘る習慣が根強いですね。
レポートや論文も、図表を使わず文章でグラフ内容を表現しなければならない分野規定があることも。

そういえばね、楽典指導書も5度圏を図形にしないで長々と文章表現してるの見たことがあるワ。びっくりしちゃった。

一方で郵便局や電話局の無料配布ものなどは こんなカードにまとめてあることが多いみたい。写真のように台紙に窓を開けてね、下のグラフ用紙を上下させて窓を覗くアナログな仕組み。

こんな場合は図表をカード化しちゃうのネ。ちょっと可愛い便利グッズ。



女の子はファンシー好き(3)マリー・ローランサン

July 10, 2009

シャヴァンヌサンテグジュペリに続いてファンシーシリーズ3回目はマリー・ローランサン。


美術展でローランサンを見たのは小学高学年になってたカナ・・・。それまではね、おうちで画集を見て憧れていたワ。ファンシーねって。

その頃、バレエへの憧れも募らせていたの・・・


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19世紀後半イサドラ・ダンカンが起こした動きは現在のモダンダンスを生みました。ダンカンは本能による自然な動きが最も美しいと主張して、それはバレエへのアンチテーゼでした。

身体構造と動作を説いたフランソワ・デルサルト(1811-1871) に影響を受けた思想、有名ですネ。従来のロマンティックバレエを否とするダンカン。重力が存在しないかのような世界を求める舞踏は不自然って考えを講演で様々に語りました。

その頃ねモダン分野を開拓した功績は大きくても、ダンカンのスタイルに対しては幼いながら漠とした反意を抱いていました。おナマねえ。けれど子供のことだからきちんと説明することはできなかったワ。

自然なことの豊かさや優しさと、鍛え上げられた芸術美は異なるのだと。ダンカンはバレエを自然運動に反する人工的なものと唱えたけれど、自然にしていれば成し得ないからこそ心を動かすのだと。バレエは人工じゃあなくて憧憬の美だと。天上への、人の身体を超えることへの。

もしも言葉を持っていればこのように申したかもしれません。
天上のロマンティックバレエに憧れてたから、バレエ舞台を描くローランサンを眺めてた頃。


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後年パリの生活で読んだもの。1949年ピエール・ルイスが出版したダンカン周辺の議論対談・・・。

子供のときに見てたバレエの絵は、ローランサンがルイス著 "舞踏についての対話" (Dialogue sur la danse) に描いた挿絵と知りました。

一見ほんわかしたイメージ画のよう・・・ところがね改めて見るほどに隅々までバレエの表情と仕草が映し出されてるって、大人になってはじめて感動したのですよ。早くからロシアバレエの緞帳やプログラムを手掛けた彼女ですものネ。

ちょっと見れば穏やかな色彩のやさしい絵。けれど其処彼処に表現の構造を見せる知的なお方。とても尊敬するようになりました。



物の線

July 06, 2009

バスルームへ行く通路。


イタリアからフランスへ届いてたお手紙は切手が綺麗。パリの生活の断片が綴られたお手紙を、刺繍糸を縒って束ねて地べたにポンッて飾ってる。

飾りもセルフ・ブロカントに拘るのはね、たぶん線が好きだから。

新品を買い求めると、人と物との間に点ができるワ。線になるには長い月日がかかってく。
アンティークの品は前の持ち主さんとの間に元々線があって手にした人はその線を延ばしてゆくのネ。

セルフの物は、線の中身をみなまでも知ってる特別な楽しさがあって・・・たとえばお手紙の主のお顔を知っている楽しさ。たとえば使った人の手の形を知ってる楽しさ。

でもね、大切にしていても時の流れに勝てず傷んでしまったものは手放さなきゃならないことも・・・


スペインのアンティーク瓶に入れてたのは思い出の種でした。


フランスのコンサートで頂いた花束のポプリや、寮のお部屋で育ててた植物の種などなど。そのまま持ち帰れない生花を乾かしガラスに閉じ込めてとっていた。

中身がお粉になってしまうほど古びたから思い切って手放した・・・

   どこへ?

      お庭へですヨ!


瓶の中からサラサラ零れ出した種子がもしも芽吹いたら素敵じゃあない? ポプリと種をお庭に撒いてお水をあげた。瓶は洗ってキッチンで活躍することになりました。

私はやはり線を求める。



ジッド周辺

June 14, 2009

お医者様事情のせいで図書日記が増えてます。

サンテグジュペリ夜間飛行の序章をアンドレ・ジッドが書いている。


こんなのって興奮しちゃうんです。有名人さん同士の関係を覗きたいミーハーな心ネ。

ジッドがサンテグジュペリのために書いた序章の一文です。


《"夜間飛行" の主人公は、よく非人情的になることなしに、自分を超人間的な美徳にまで高めている。この生彩ある小説にあって、一番僕の気に入るのは、その崇高な点だと思う。人間の弱点や、ふしだらや、自堕落なぞは、世人の親しく見聞して知っているところであり、また今日の文学が、あまりにも巧みに描出提示してくれるところである。それに反して、人間の緊張した意志の力によってのみ到達しうるあの自己超越の境地、あれこそ今日僕らが知りたいと思うところのものではないだろうか》
                                          (堀口大學様訳)


ジッドを読み返さなきゃあ嘘でしょう? ってくらいに気持ちを動かされ "狭き門" を再読した。
カモノハシちゃんがアイスクリームのお箱を持ってお見舞いに来てくれたのを幸いに、わっと話す・・・

-- ジッドが登場人物にどうしてパスカル批判をさせたかってね、前に読んだとき勘違いしてたみたいなの!

急でディープなお話ね・・・

前に読んだ頃にはジッドが捉えたプロテスタンティズムの昇華の先としか見ていなかったから。もし同じお話を別のお国の作家さんが書かれたとして 同じ風に読んでたかもしれないの・・・

カトリック教国にあってジッドが割率少ないプロテスタント家庭に育ったところから省みるべきだったのに。

フランスのプロテスタントの立場はドイツのそれとちがってること他、フランスで教会生活をするまで思い至らなかったことは沢山・・・。今頃にやっと気付いたジッド本人のテーマ。

文学のお勉強ってしたことがないから、ポイントを見つけるのが遅いかも・・・。


狭き門の主人公アリサが批難を向けるジャンセニスムも再読して・・・。

母の大学時代の愛読書パスカルです。


ジッドの旅、もう少し続けてみたいな。



女の子はファンシー好き(2)サンテグジュペリ

June 10, 2009

お初に食べたプディングがよろしくない出来で、

そのせいでプディングって美味しくないって考えてしまうようなこと・・・


よく起こり得ること。そしてとても残念なこと。
そんな過ちをしていました。


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モーリヤック愛の砂漠が比較的長かったから 次は短編を読みたくなった。
サンテグジュペリの "夜間飛行"。

お話と一体になったみたいな文のリズムがとても楽しい・・・。でも前にはサンテグジュペリを挫折したんです。

サンテックス自身の手による可愛らしい挿絵に惹かれて 星の王子様を読んだ昔。ファンシー好きってだけの理由でしたよ。女の子なら誰だって好きになるような挿絵がたくさん載っていたから。

ところがね、ちっとも面白いって思えなかった。残念だったワ、こんなにもかわゆい挿絵のお話は面白くあってほしいのにって・・・


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打ちやって幾年が過ぎました。ある年にフランスのお札は変わり、50フラン札が星の王子様柄になりました。国民的なお話をわからないで済まないわって反省したの。

原文 "Le Petit Prince" に驚いた。独特のリズムと文章の楽しさがふわって広がるような、優しさとリスペクトに溢れた世界だった。

前に読んだのは、幾十もの訳本のうちでも特に表現薄な訳だったよう。よろしくない出来のプディングだった。なにやらお説教臭いファンタジー・ストーリーに思えてたのは翻訳の齟齬。
現在では素敵な新訳がたくさん出版されてるのですね! 良かったこと。

美味しくないって決めちゃってたプディング、もう一度探索したいものがまだまだあります。



女の子はファンシー好き(1)ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ

June 03, 2009


とうとう先生が仰った。切開しましょうって。

でも炎症が強すぎたため麻酔が効かず、消炎措置が先決になり・・・


大きな設備の病院にしばらく転院です。抗生剤も点滴で入れるしかなくなったようだし、今朝一番で行ってきますよ。今日切るかどうかは知らないけれど、どうせ切るならさっさと終わらせちゃいましょ。

その前に絵のお話でも・・・♪ 腐っていても仕方がないものネ!


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小学校に上がる頃、ファンシーなものが大好きだった。
そしてね、ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌにそれはそれは憧れたのです。シャヴァンヌが見たいがために、初めて自分から望んで美術館へ行きたいって願い出た。

きっかけはただのファンシー好き。画集を見てシャヴァンヌをファンシーだって誤解した。たったそれだけのことでした。


**


神戸から比較的行き易い場所でシャヴァンヌを所有している所、倉敷大原美術館へ連れていってもらいました。そこには初めての出会いがたくさん待ってたワ。

モディリアニもエルグレコもルノアールもモローもルオーもセザンヌも、初めて本物を見たのがここでした。初めてゆえに印象はとても強くって・・・

トゥルーズ・ロートレック最晩年の "マルトX夫人の肖像" (1900) が心深くに残ったために 後に中期の作品を好きになるためには年月がかかってしまったほどですし、
ミレーは "グレヴィユの断崖" に揺さぶられたから 大人になってバルビゾンを舞台にした絵に気持ちを寄せ難くなったりもしたくらい。

それらコレクションの中で特別にシャヴァンヌに惹きつけられた。"幻想" "愛国" "漁夫"・・・。帰りたくないって泣いたんだワ。

シャヴァンヌがどこのお国のどんな時代の芸術家さんか ちっとも知らない7才児。離されると泣いちゃうくらい絵の側に居たいわけを説明することなんてできなかったの。


**


後になってオルセー美術館でシャヴァンヌ・コレクションに出会った。
そのときにはね、シャヴァンヌをすっかり忘れて暮らしてた。
絵に再会してはじめて思い出し、気がついたの・・・

シャヴァンヌと同じフランス象徴派、ヴェルレーヌやヴァレリーをくまなく読み始めてた。象徴派からヌーヴォーへの音楽をライフワークに望んでた。シャヴァンヌが壁画を描いた市庁舎があるパリに越してこようって考えてた。全部偶然?

偶然に見えたものが自分の中で繋がった。一目惚れの理由があとでわかったみたいで嬉しかった・・・

ファンシー好きであまり利口じゃなかった子供が何かの種を拾ってた。知らずに育てて芽吹いてみればフランス・サンボリスムの世界が待ってたわ。

誰でもどこかで小さな種を拾ってる。見えないポッケにたくさんの種。
多くの方々の種が素敵に育ちますように・・・。

写真は年期が入ってページがはずれてる大原美術館図録。

  次回はまたブルゴーニュ君ネ!



尻切れ草履

May 31, 2009

化膿おさまらず・・・

フランスの特徴的なもののお話、また少しだけ書いてみましょう。


よくトリュフォー映画は結末が中途半端だって評されます。半端どころか原作から結末部分を丸ごと割愛することもあるのですね。無意識に求めてる結末に程遠いような終止にぶつかるんだわ・・・

お話が盛り上がりを見せれば、当然のように量感あるラストを期待します。それだのに突然に黒い画面にスタッフ・テロップが流れ出す。え? 嘘でしょう? まさかあれで終わっちゃったの? どうして?

期待の範囲から大きく漏れた形を前にした私たちが受けたのは、一つの衝撃と言えましょう。尻切れ草履なことこそを理由に、衝撃的なエンディングとなるのじゃあないかしら。私たちが抱くものが不満であっても疑問であっても、それは打撃の一種ではないかしら。

大どんでん返しが叩きつけられるようなラストを求めてた私たちに、不在の空白が示される。信じがたい驚きそのものが、どんでん返しの結末。

ラヴェル作曲スカルボが 緻密に広がりと高まりを聞かせて追い込むような後半。最強音が連なり大波が打ちつける。  はたり。

え? 消えた?

そんなスカルボの最後は、ベートーヴェンが繰り返し打ち鳴らすダイナミックな和音が連続するラストほどに驚きがありました。
楽曲の終結部においてベートーヴェンが存在を重ね示すとすれば、スカルボは消滅によって私たちを取り残します。

トリュフォーとラヴェル、偉大なお二方に見る共通項を拙いままに・・・

  この3日炎症がリンパにも広がった。痛〜い(涙)



階段壁

May 30, 2009

階段に掛かった大小の額。


空輸便がなかった時代に曽祖父がパリから船で送ったのでした。現在なんの価値もない物たちも、家族には思い出がいっぱい。

明治の人にとって、階段壁を額が埋めるフランス流の飾り方は憧れだったのかもしれませんね。手にした高揚と笑顔が見えるようで・・・

紫陽花お隣の葡萄酒瓶は、今週に遠くイスラエルから到来しましたよ。ヨハネ第2章を讃えたカナのボトル。



街の色

May 13, 2009

おさらいの間、素早く気持ちを変えたいとお花摘みをする。

ソロと伴奏の切り替えや、ドイツものとフランスものとの切り替えのとき。


薊をソーイングルームに飾ろうと束ねながら思ってた。S.G.コレット作 "青い麦" に出てくる青薊のこと。
物語にはたくさんの青が出てきました。青い浜薊、主人公ヴァンカの青のローブや青いセーター、青い瞳、海も空も青くって・・・。

ブルターニュの好天候の中、深い青が映えた物語。

すぐ前に読んでたラディゲ "肉体の悪魔" では、対照的にパリが灰の街として映し出されてた。
リュクサンブール公園の固い椅子、バスチーユ駅の寒さ、氷のような雨の降るギャル・ド・リヨン。

色の表現が至極少ないことで灰色をイメージする仕組みのように感じた。
太陽は田舎にだけ注ぎ、都は其処から離れて閉塞しているような・・・

私ね、灰色のパリも好き。陰鬱な表情と低い空を抱え込んだ都。路地裏には安宿があってマールを啜る人達が大声でフットボールを野次る・・・不衛生とヒステリー女性と狭量と閉鎖のパリの姿・・・。


**


ずっと先で、何を以ってフランス的と述べられるか お話したくて、この日のご質問にいつかお答えしたくて、まとまらないままに少しずつ断片を書いてみています。

考えてるとマダム手袋から書籍が届いたわ。切支丹禁制期の日本を描いた書。ここにはどんな色が出てくるでしょう・・・

今朝は腹部エコーの予約です。



街角が香る

May 10, 2009

北の地方へお引越しをした大切なお友達。

相談事で久方振りに神戸へいらっした。


開口一番聞いたのは、駅前のおうどん屋さんから関西出汁の匂いがしたって嬉しそうなお声。
住んでる頃当たり前に親しんだ匂いが、遠く離れた今は郷愁を誘うものとなったのね。そうして記憶と感情を甦らせたのね。

お客様が神戸を訪れたのは初心を思い出したいって理由でした。おうどん出汁は瞬間的に当時の気持ちを思い起こさせたよう。良かった、元気になって帰っていかれた。


**


パリにはパリの生活の匂いがある。
パリの街の香りとして筆頭に挙げたいのは ジタンやゴロワーズの香り・・・。

発酵した葉を使うために葉巻のような独特の匂いがする。その名の通りジプシー風の、またゴール風の・・・。動物的な刺すような香りを街角の其処此処で感じる。

ふくよかな香水よりも、黒葉カポラルのがさつな香りが私にはパリへの郷愁を誘う香りだわ。

おうどん出汁と安煙草・・・生活から香る街の匂い。



フランス的とは

April 09, 2009

昨日からはじまった神戸の百人色紙展の ご案内葉書。私も隅っこのほうで出展させて頂いてますよ。


お名のある先生方のお作も多いですから是非覗いてみて下さいネ!

14日までの展示で、場所は大丸神戸店9F特設会場 10時〜20時 (最終日は16時まで) です。


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お友達のご質問にお答えしましょうね。ビリティスのお話で "如何にもフランス的な成立ちの" って、例えばどんなこと? ってご質問。

答えをくれるのはモーパッサンのこんな文。少し長いですが引用致します。 (青柳瑞穂様訳)


《言葉と事象の激しい擦過、この、軽妙な言葉の受け渡し。雑談という、この、思想のかるい微笑、これがどうして定義できよう。
 世界でフランス人だけが、この機知をもっている。そして、フランス人だけがそれを味わい、理解する。
 フランス人は消え去る機知と、残る機知をもっている。
つまり、街頭の機知と、書物の機知である。

 この存続するものが、広義における機知で、フランス国民がものを考え、ものを言うようになって以来、この国民のうえに広がったあの辛辣な、あるいは駘蕩たる偉大な息吹である。すなわち、これがモンテーニュやラブレエのおそるべき奇想となり、ヴォルテール、ボオマルシェ、サン・シモンの皮肉となり、モリエールの哄笑となる。

 警句、言いまわしは、ひっきょう、この機知の小出しの銭にすぎなかろうが、それでもこれが、フランスの国民的知性の特質であり、一面である。フランス人の知性の最大な魅力の一つである。これがわれわれのパリ生活の渋い明朗性をつくり、われわれの風俗の愛すべき放逸の因をなしている。これがわれわれの楽しさの一部でもある。》


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モーパッサンが述べるとおりの機知が、ルイス作 ビリティスの歌に見え隠れする。
古代ギリシャのフィクション設定だのに 拭えないフランス臭さが覗いてる詩があって、それらに格別の愛着をおぼえるのです・・・。



ネウマと枝

February 19, 2009

セーヌ川を見下ろすブキニスト。グリーンの露天商が並ぶ川沿いの道が大好きです。


おでんやラーメンがおいしい屋台をお好みの方は多いでしょう? 私は古本屋台に目がないのです。

ブキニストでは本のほか、古いカードや時代を感じるポスターなど紙製小物も見つかります。店主さんたちは日がな一日煙草をふかしながら簡易椅子に座ってお店番。気楽そうに見えて、良い場所でご商売をするためには何年もウエイティングがあるのだそう。

通りがかれば古物情報をくださったりした、楽しい思い出がたくさんあります。ネウマ譜を手に入れたのも此処でしたよ。
石蕗(つわぶき)の枯れ花を古いネウマに合わせてプライベートルームに置いています。


もう一つの枝。ベッドルームにはお庭の赤芽柳を・・・春の訪れを感じさせてくれますね。

次回はブルゴーニュ君登場です。



チェックのトルション

December 28, 2008

くしゅくしゅした花びらが可愛いキャンディ・ジュリアンが次々に咲いています。


古いジャグと写ってるギンガムチェックのトルションは、大の仲良しのタピオカちゃんからの古いプレゼント。パリでお引越しをした時のことでした。

お友達が手分けをして手伝ってくれて、手作業だけで終えたお引越し。翌日も小間物の片付けに タピオカちゃんが来てくれました。

"段ボールを一緒に捨てに行って、代わりにロマンティックなものを置きましょう。" ってスイトピーの花束をくれました。
"それからね、ロマンティックなだけじゃ生活し辛いから 浪漫に代わってうんと便利な物もね。" と、大判のトルションを幾枚か差し出してくれた。

タピオカちゃんのプレゼントの渡し方、とっても素敵だと思ったわ・・・♪
1892年創業、フランスWinkler社のもので、月日が経っても毛羽立たずに使い勝手が良いのです。

洗い晒した大好きなトルション。



映画「アメリ」(2)トリュフォー

November 21, 2008

フランソワ・トリュフォーに意識を向けた時期は、よそ様よりも遅いかもしれません。


教えて頂いたのは大学に入学したての頃、フランス語授業でのことでした。
多くご著書をお持ちの野池恵子先生は、語学授業の教材にご自身が翻訳・編集をされたトリュフォー映画の台本をお使いになりました。

動詞活用表でまごついていたような私は、長編映画のテキストに四苦八苦。はじめは何が何だかわからなかった(笑)
授業が回を追うに連れ、映画の魅力も知ってゆきました。

題材はジャンヌ・モロー主演 "突然炎のごとく"(1961)。
奔放すぎる主人公の像と共に、忘れられない映画となりました。

映画 "アメリ"を観たとき甦った懐かしいテキストと古い画像。

ナレーションの声は、トリュフォー監督 "私のように美しい娘"(1972)でデビューをしたアンドレ・デュソリエ。

冒頭、アメリが映画鑑賞をする場面は、"突然炎のごとく" の上映シーン。
ラブシーンの背景に這っている虫を見つけたアメリの喜びは、監督ご自身の喜びのようで・・・♪

アメリが働くカフェの女主人は、トリュフォー映画 "大人は判ってくれない"(1959)に欠かせないクレール・モーリエ・・・。

ジャン・ピエール・ジュネ監督のお茶目な仕掛けに笑みを誘われ、同時に 先人へのオマージュとリスペクトを贈る心にも胸打たれました。

他の映画の引用やリメイクなど仕掛け盛りだくさんの映画アメリ。

映画の見方など少しも知らない・・・場所設定にも仕掛けを見る気がするのは 素人の変テコな考えなのかしら?
だってね、ほら・・・♪

初めて人との関わりを持って、世界との調和が取れた気がしたアメリが歩いていたのはポン・デザール (Pont des Arts)。
モンマルトル界隈ばかりで過ごしていたアメリの小さな外出で写されるのは、アベス、北駅、東駅の近辺・・・
狭い範囲で行動していたアメリが 1区までお出掛けをしてセーヌに掛かる橋を渡る心弾むシーンでした。

ラストではニノのバイクで巡るのが 14区プラス・ダンフェールロシュロォ (Place Denfert-Rochereau)・・・ぐんと南へ降りてゆく。

人と関わるごとに アメリの物理的世界も広がる感じをとても楽しく思いました。
可愛くてハッピーになれる映画ですネ・・・!




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