Paris Y



潔斎のクリスマスイヴ

December 24, 2013

只今! ハイ。


帰宅した夫がお玄関で差し出したのはコンサートで頂いてきたブーケ。

独身時代は、コンサートの花束を活けたり管理したりが面倒らしい夫にいつも貰ってしまってて、下さった方に申し訳ない気分だった。今は一緒のおうちに飾って一緒に愛でることができる。そのことにブーケ以上の幸せを感じる。

テーブル花だけ豪華でご馳走は頂かないクリスマスイヴです。


今日は大祝日に備えて潔斎を守っていた日。


その習慣は僅か数十年前まで続いてたそう。現在クリスマスイヴの食事制限は義務じゃあなくなったけれど、恒温動物のお肉は口にせずに小斎 (abstinentia) を守りたい。

午後はクリスマスミサへ・・・
25日にミサにあずかりたかったけれどスケジュールの都合上やむを得ず。明日夫は大阪の教会での演奏、私は合わせでミサ出席が叶わないの。24日のミサは久々です。

今日の問題・・・
折角一緒にお出掛けだからミサ前にちょこっとおうちのお買い物など済ませたい。でもね街を歩いて冷えても御聖体を頂くミサ前に暖かいものを飲んだり食べたりできないのです。

お外はうんと寒そう。
御聖体拝領1時間前までにどこかで身体をしっかり暖めておきましょうか。


■カトリック関連リンク
*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
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*2013年年末間近

*お祈りとお姑さん
*結婚式のブーケ
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シネマ記録(7) 愛と宿命の泉Part.2

December 16, 2013

イチオシです。
すごく好い映画だった。


愛と宿命の泉Part.1 "フロレット家のジャン"
愛と宿命の泉Part.2 "泉のマノン"
前後編の扱いの2作は今年1番の映画だった。

罪と赦し、罰と復讐、欲と後悔、恋と肉親の愛、生と死、

人の一生の中で其れらは儚く立ち消える思い出でもあり
また死後も尚存続するインフルエンスを秘めてもいることが
2世代に渡るヒストリー全編で描かれる。


時を経て変わるものと続いてゆくもの。
村の風景と相俟ってヴェルディ運命の力が効果的だった。


映像と音楽が溶け合うようだった。

ウエットでうら悲しく片や瑞々しさにも彩られ・・・
音と絵のメランコリーはフランス映画のお家芸的マッチングだった。

前編ではドライなイヴ・モンタンが最後に溢れさせる叙情は素晴らしく、夫のモンタン熱を悪化させた。


悲しみというには重すぎて
後悔というには罪深すぎて
愛というには身勝手すぎて


それでも目の前の間違った道を行こうと私たち人間は愚かで、
だから憐れみを必要とする者だと感じさせられる映画だった。

**


心のあらゆる動乱も今は昔と成り変わって
時に導かれる生と死によって購われ
昔語りとなって移りゆく情緒がとてつもなく好みだった。


まさに此れを探してたんだった。
哀しみの昔語りと、村落のタペストリー。
グラナドスの音楽への大きなヒントを得た映画だった。


曲のお話は今度ね。


*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*     (2)宮廷画家ゴヤは見た
*     (3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*     (4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*     (5)たそがれの女心
*     (6) 愛と宿命の泉Part.1



シネマ記録(6) 愛と宿命の泉Part.1

December 11, 2013

読書室に青木の実を飾った。


楕円が下がる実が可愛くて、成り姿が引立つよう葉を落としながら活けていった。拙い投げ入れでも夫は注視して味わってくれて有難い。

寝室には紫蘇の枝。
種が落ちたあとのドライをばさりと立てた。


お夕食後、穏やかに降る雨の中を2人で出掛けた。
お揃いで2014年のスケジュールノートを買って帰りにDVDを借りた。


色気があって粋な中年男に憧れる夫はイヴ・モンタンが大好きだから、モンタン主演の映画を観ようと手にしたんだった。

1920年代が舞台のプロヴァンス地方。
水道が通っていない農村の、畑の水を巡る画策と人間模様がメインストーリーだが、マルセイユ近郊という舞台設定の通りに旧港の瓦色を感じさせる鄙びた石造りの古民家も私にとっては見所だった。

カメラワークが素晴らしく、テーマに流れたヴェルディ "運命の力" の音楽を物悲しく聴かせてくれた。狭小範囲から動かない映画が多いフランスらしく、人口少ない村の鎖された心理と、美しくまた残酷に移り変わる四季が見事な背景になってた。

  単純な勧善懲悪風がどうしても好きになれない自分には
  私欲に始まった愛憎劇は興味深かった。

  欲に塗れて他者を陥れる者にも三分の理があり
  被害者然となった者にも愚蒙の落度があり
  両者一方を味方と慕うそれぞれの者の愛の形も
  エゴイズムの一種であることが面白く観られる映画だった。


*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*     (2)宮廷画家ゴヤは見た
*     (3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*     (4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*     (5)たそがれの女心



お客様の顔ぶれ

December 09, 2013

"お土産にシーズ買ってくるわよ。" って先月シアトルへ向われた教会のお母様ゴッドマザー。


Licaちゃまが時々送って下さる大好物をゴッドマザーもまた大好きなんだった。ホームメイド風に関わらず日本では少しお値段が張っちゃうからアメリカへ行くなら勿論ネって仰りながら発たれたんだった。

シーズキャンディーズを手渡された日から20日足らずの今日はゴッドマザーご夫妻がお夕食のお客様♪
お父様のほうはお勉強会でもお会いしたから2週間と経ってない。


お招きする人たちが大好きだ。


  親しくして、しかし干渉せず
  仲良く馴染んで、しかし依存せず
  実にバランス良い人たちだと思う。

夫も此うした付合い方をする人たちの中で心地良いらしくて
よくおしゃべりして輪に親しむ。

付合って頂く側からすると、干渉しないから親しくできて
依存しないから仲良く馴染めるってことなのだ。


個々人の交際の形は生活環境から決まってゆく部分が大きいかもしれない。


各自が習慣づけた付合い方で幾十年が過ぎた後には、もはや民族って言葉で括れるのじゃあないかしらってくらい交際感覚に差異が出るみたいだ。

末永く親しい間柄で居てほしいと思う人たちを浮かべると共通点があった。一様に、広い範囲の職種・人種と日常的に触れ合う人たち、複数の土地に住まった人たちばかりのようだ。経験が形作る傾向が占めるところが大きいってことだろうか。

**


パリで水が合ったのは、距離バランスが肌に合う人たちが周りに多かったお陰もあったナって思い出しもした。

  提案は活発だが要求はしない。
  友愛は大きく示すがベタベタしない。
  議論に精出し論調激しく批判するが
  人格・習慣の批難は慎む。

  多分其の辺りの感覚がマッチしたのだ。


懐かしく快い空気を届けてくれる人たちに囲まれて幸せに思う。
楽しい夜になりそうです。



ランボーの田舎

October 26, 2013

裏口付近、夫がメインで使う階段周りは "アリスのロブスター" がニョキニョキ。


  *フランスと動物臭

夏に小花をたくさん咲かせてくれたブライダルベールも冬越し準備でドア内へ入れた。


来月には葉を刈り込んで冬の準備をさせなきゃだけど
もう少しだけ深いグリーンを楽しみたい。


此処裏口靴脱ぎ場は、夏には下写真のように少しスッキリ。
今からの季節は冬ごもり組のグリーンが少しだけ増えますよ。

夫とぐるぐるおしゃべりした。


フランスの田舎のバカンスの様子を夫と話したのは
ランボーの出身地、シャンパーニュの田舎町が
興味をそそったからだった。

  *ランボーと抑圧

シャルルヴィルという町を夜のキッチンで検索した。
私は地図を眺め、夫はグーグルマップで駅を探した。


19世紀の田舎町というものについて話した。


鎖され、閉塞感漂う空気が立ちこめた過疎の町と
都会の仕事から引退した後に終の住処にと選ばれる別荘地は
根本的に空気が違うかもって。

人口が少ないことで次世代への希望が小さく感じられる場所と
人口が少ないことを土地が豊かと表現したくなる場所があるんじゃないかなって・・・

ランボーの少年時代のシャルルヴィルは、少なくともランボーにとって前者にしかなりえなかったのね。

閉鎖された処に宿る土着因習の粘りのような空気が
少年ランボーの胸懐にどんな失望の塞ぎを与えたか
思い浮かぶままおしゃべりし続けた。

私自身は生まれた時からずっと田舎暮らしだけど
クリスチャン家庭のせいで古例習俗を切り離して生活してきた。
伝統は重んじても土着宗教色と其れに纏わる流俗は斥けての暮らしだった。

訪れた外国の幾つかの田舎家も弊えた場所とは違っていたから

  *バカンス風お食事時間

ランボーの心に影を落とし、彼が当時手紙をしたため後に呪詛を語るところの、活力の低さと惰性の為来が繋がり合う風な空気感は、実際には知らないのだ。

  識らないながら彼あでもない此うでもないと話し合い
  此処数日の私たちの話題の中心はランボーになってる。

**

夫は通勤時にでも調べたようで
ランボー詩にオネゲルが作曲してるって教えてくれた。

父がオネゲルを好きで幾枚かレコードが置いてある。
ご飯どきに一緒に聴こう。



バカンス風お食事時間

October 24, 2013

フランスでバカンス時期を過ごすと、ただただ食べ続けおしゃべりし続ける様具合に驚いたりする。


お仕事休みを全身で満喫すべく田舎で行なう事柄は
次の季節の英気を養うとことん原始的な娯楽。

食ですね・・・

葡萄酢・レモンピューレ・お塩ほか調味料を加えてカルパッチョソースを作り、
サーモンを厚い削ぎ切りにして和えながらバカンスシーズンを思い出してた。


さっと湯がいたほうれん草は塩ダレ風ソースに浸して
絞ってから敷き詰めた。


小鍋ごとの熱々アヒージョと
魚介のスープと一緒に食卓へ。


海産物が食べたい日だった。

**


学生だったりお仕事しかけたばかりだったりの若い頃
バカンス時にはお師匠様やお友達のご両親、また少し年上のお友達などの別荘で数日を過ごすことがあった。

泊まらせて頂きにお邪魔できるのはピアノのある別荘に限られてるから、お誘いを受ければ楽器の有無と練習時刻の確認した。
お声掛け下さったお宅は何れも1日中広間でピアノが弾ける別荘で有難かった。

朝ご飯を食べてお昼前まで何杯も飲み物をお代わりしながらテーブルでのおしゃべり。もう1度休みたい人は各シャンブルへ、お昼前までコンポートなどつつきたい人は尽きないおしゃべりに任せ・・・

  テーブルには空になったポットが並んで
  床はパン屑が重なっていく頃、
  誰かがお昼どうする? って言い出せば
  なし崩しに昼食となるんだった。

はふはふと熱いドリアを食べ込んでる夫におしゃべりした。


食べてる続きでまた何か食べるの、フランスのバカンスもそうだったワって。


キノコ入り揚げ立てサモサは、巻くまでの手間がかかるけどお腹へ消えちゃうのは一瞬。
バカンスの1日にゆったり作るのにピッタリだった。


  バカンス中のフランスの田舎で
  お昼を終えると [お腹ごなしの] お散歩に
  近場を散策しててんでんばらばらに帰ってくる。

  帰り着いた順にガトーアペリティフをつまみ始めて
  またなし崩しにお夕食に入ってく。


Le Bihanさん(神戸そごう前のネ!) のルヴァンタイプのパンに嵌っててテーブルをお粉だらけにしながら思い出話。


夫も私も自宅レッスンとちょこっとお稽古だけのバカンスの1日は実によく食べ、
キッチンとダイニングの往復で暮れるのがこの頃お定まりになってる。


夕にはふんわりフランも作ってしまった。


食べるのも作るのも娯楽。1日バカンスを堪能した。

でも本当は一番の娯楽は夫を見てるコトです。



ランボーと抑圧

October 22, 2013

赤い表紙に金文字の装丁が可愛くて大好き。
新潮社さんの世界詩人全集9巻ランボー詩集です。


キルケゴール、ショウペンハウエルと続いたから
次は詩集を繰りたくなった。

栗津則雄様の解説も大変興味深かった。

お初に触れる訳者様だと思うけれど、ランボー特有の生命に対する意識への考察が簡潔にまた深い愛情を持って顕されててとっても素敵。

ランボーへの締めつけ厳しい母親の影響、其して母親ヴィタリー・キュイフ自身もまた夫フレデリック・ランボー大尉の軍人暮らしの放浪癖のために一層律格な暮らしの規定に逃げ込んでいった経緯、其れが後世に残る詩に大きく現れる反抗心として少年アルチュール・ランボーが如何に自らの世界を広げることに繋がったかを男性的な文で描かれるのだけど、流石に全集詩を訳されるお方は絵画調に決められていて。


1870年の2通のランボーの手紙を栗津様が引いてらっしゃるから訳者様の文と共に引用します。


《 "もうシャルルヴィルにいらっしゃらないなんて、本当におしあわせです。ぼくの生まれたこの町ときたら、ちっぽけな田舎町のなかでもとりわけ馬鹿々々しい代物です。・・・知らない国にでもいるようです。身体具合は悪いし、腹が立つやら、馬鹿々々しいやら、むしゃくしゃするやら。・・・自分の国にいながら流罪にあっているようなものです。" (1870年8月25日)

"ぼくは死にそうです。凡俗と悪意と灰色の生活のなかで、ばらばらになってしまいそうです。" (同年11月2日)

などという彼の手紙の言葉は、爆発的な生命力を失ったこの死んだような田舎町と、そこに住む人々に対する、彼のおそろしく絶対的な嫌悪と侮蔑とを、なまなましくわれわれに語るのである。

 家庭や環境によってさまざまな抑圧を味わう少年など、これはべつだんめずらしいものではない。誰しも何らかの程度、この抑圧を味わい、何らかの行為によってそれからいくばくかの脱出を試みていると言ってよい。
だが、母親とシャルルヴィルによって二重に閉じこめられているランボーにとっては、この脱出は、空想や欲情や便所などへの逃避にとどまらぬもっと全体的なものである必要があった。

  (中略)

1868年、14歳のときに書いたラテン語詩に、彼は、"なんじ、やがて詩人とならん" というアポロンの予言を書きつけている。おのれの辿るべき道として、詩はすでに、彼の眼前にあった。》

**


抑圧は彼にとって起爆剤だった側面として
抑圧が充分に文芸へ意欲を掻き立てるものになりうること
また其れを用いる術を得る明哲さを称えたい気持ちの一方

無聊に倦んだ田舎町が抱える澱みもまた
多くの作家が描いてきた文学背景として
大きな興味をもったりもする。
観光客的な興味に過ぎないかもしれないけれど
抜け出したい対象としての倦怠の澱 (おり) と
目指す生命の象徴としての生(なま)の澱との間には
どんな隔たりがあるんだろうってふと考えた。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは

*ゾラの実
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*フランスと動物臭

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*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
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*      (2)感情と心象
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*      (7)崩壊と慈しみと
       *プーランク "花" 音源up
*      (8)感性の求め

*尻切れ草履

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*イマージュに血が通う
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*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
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*イマージュのシルエット
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*フランス音楽とイマージュ考
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*  (6) "蝶と花" 落合訳

**


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*海原の娘(1)虚構現実
*    (2)幻想の意味
*    (3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
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       ?僕が思う靴下と階段

*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



結婚式のベール

October 11, 2013

結婚式で頭を覆うごく小さなベールです。


修道会で売っているミサ用のマリアベール。

お式が終わったら記念の日を思いながらミサで使おうと思う。


披露宴に比べると結婚式に出席する機会って少なくて
他の方の司式を其んなに拝見したことがなかった。


結婚式次第を作る際、参考にと過去の式次第を見せて頂けたのが興味深かったのです。

司祭様と新郎の入堂で開始されたり、司祭様は横から入られ新郎が入堂する式次だったり様々あった。

神父様それぞれのお考えが反映された形が目にできて、とっても楽しかった。

私たちの式の参列者は、親族と、血縁者外から選ぶ証人と、カトリックで霊魂の親としての後見人に当たるゴッドマザー。


ごく内輪の小さな挙式は今週末。


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フランスと動物臭

October 05, 2013

ホトトギスが開きはじめた。


硬い蕾の時から細かな毛が生えている。
蕾がほころぶ前、基部の下側にぼったりと厚い立体曲線を描く、脚のような突起が生まれ膨らんでゆく。

2つの扁球体が組になった突起は3ヶ所に現れ、花びらには斑が浮き上がる。

花柱が伸び、先が開く。花柱の裂片に花糸が垂れる。

ミュシャやオーブリー・ビアズリーの絵に描かれていそうな濃厚な花。

  *落日の色、ヴィオロン音源up


有機的なお花が好きだ。
ユーカリの花瓶にリュウカデンドロンを添えた。


お花と苞葉が混ざり合うような印象の動物的な紅。
ジョン・テニエル画のアリスに出てくるロブスターに似てて好き。

少し怖いような色とコントラストや、不可思議な形や、何かを語り出したいかと思えるような強い香りの植物が好き。

それらは決まってちょっとだけユーモラスで、ユーモラスな姿はどこか哀しくて、群生していても孤独で、其うしてハッとさせる強力な美を秘めているようで目が離せなくなる。

  どんな言葉で表せるんだろう。
  獣性のものに備わる華って言い方が近いのかな・・・



フランス音楽の中にも動物臭を求め、拾い集めてる気がするのだ。


果実やお花の香の爽やかな甘さより、ムスクやアンバーグリスなど動物の分泌物を原料にした香の耽美に惹かれるようなことと重なるのかな・・・?

続きの曲のお話は明日ね。


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*フランス民族・フランス気質

*フランスのからくり

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*神のないルイーズとフランス
*フランス音楽とゲラン

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*フランス音楽(1)霧の具象
*      (2)感情と心象
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*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



プーランクとシュレアリスム

September 01, 2013

今朝またちょこっとシュレアリスムに触れてみる。
小沼純一様著 "パリのプーランク" 一部引用から・・・


 シュルレアリスム的な詩をどのように音楽化しうるのか。そもそもシュルレアリスムは音楽を、文学や美術に対して劣った芸術とみなしていた。殊にブルトンは、晩年にいたっては多少なりとも考えを変えたようだが、基本的に音楽蔑視の姿勢を保ちつづけさえした。

そこには、もしかするとボードレールからマラルメ、ヴェルレーヌといった象徴主義が音楽に対して抱いていた至高のイメージ、詩が音楽に接近するという指向 = 志向性への反発もあったのではなかったろうか。

そこで顕揚されるのがイメージの魅惑であり、ロートレアモンの高名な詩集 "マルドロールの歌" の一節 --- "手術台のうえのミシンとこうもり傘の出会いのように美しい" のように、ありふれたイメージでさえ新しい文脈に置きなおして、新しい驚異に出会わせる場とすることこそが詩の役割であり、詩そのものであった。

 とはいえ、シュルレアリスムはけっして抽象化をめざしたわけではなかった。それは現実の、具体的なイメージにこそ執着してもいた。風俗的なイメージや語彙を積極的に利用した。では今度はそれを音楽語法として考えたとき、どうだろう。それこそまさに、プーランクがエリュアールやデスノス、あるいはジャコブのテクストでしばしばおこなったようなことではなかったろうか。

俗っぽさがそのまますうっと崇高さに入ってしまう音楽空間。あるいは瞬間的に変化する曲調。ここでプーランクが調性を放棄することなく、歌曲として仕上げていることに注意しておく必要もあるのかもしれない。

シュルレアリスムが具体的なイメージを歪めたり文脈を変えたりしても、かならずしも全的に壊してしまうのではなかったことと、それはパラレルに思えるのだ。》

  *パリのプーランク
  *フロランタンと詩と音楽


小沼様ご著書内で先日の引用部分でも引かれてたロートレアモン "マルドロール" が上写真の本です。


該当箇所全文は・・・

《 Il est beau comme la rétractilité des serres des oiseaux rapaces ; ou encore, comme l’incertitude des mouvements musculaires dans les plaies des parties molles de la région cervicale postérieure ; ou plutôt, comme ce piége a rats perpétuel, toujours retendu par l’animal pris, qui peut prendre seul des rongeurs indéfiniment, et fonctionner meme caché sous la paille ; et surtout, comme la rencontre fortuite sur une table de dissection d’une machine à coudre et d’un parapluie! 》

《彼は猛禽類の爪の緊縮性のように美しい、あるいはまた後剄部の柔らかい部分の傷の中で動く筋肉の不確かな運動のように、あるいはむしろ、あのいつも獲物がひっかかってて張り切っていて、一台で齧歯類を無限に捕らえることもできれば、わらの下に隠しておいても役にたつ永遠の鼠取り機のように、またとりわけ、解剖台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように美しい! 》

    (日本語版は手持ちがないので渡辺広士様の訳文を
    Webから拝借しています)

此のページが第6章、上文に当たるところ。


ずっと以前にロートレアモンを読んだとき、"現実にはありえない出会い" と別の側面でミシンと傘の解説を目にしたことがある。

うろ憶えだけど、ミシンの針・傘が雨という針を受け止めるための物であること、2つの物の関係性と2つの物の攻撃性・防御性 (防御性も一種の戦闘性の意味に受け取れた) のお話だったと思う。

文学素人の私など文中の物の出会いの側面に見落としは多かろうけれど、いつか作者の思料に近づけたらと願う。

例えば手術台より、後者渡辺広士様が訳された解剖台が気持ちに添った。つまり une table d'operation じゃあなくって une table de dissection・・・

治癒のための台じゃない理学的な台の印象が、ミシンと傘の骨の金属マテリアルを引立たせるのだろうかなんて思った。


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*神のないルイーズとフランス
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*  (4)気狂いピエロ
*  (5)シニフィエ
*  (6) "蝶と花" 落合訳

**


■シュレアリスム関連リンク
*フランス、恋の結末、オートマティスム

*海原の娘(1)虚構現実
*    (2)幻想の意味
*    (3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段

*パリのプーランク



フロランタンと詩と音楽

August 29, 2013

フロランタンって小さい時から一等頻繁に口にするお菓子だった。


大昔、父がフロランタンに嵌ってから常備お菓子になった。

元々ナッツ好きで、お菓子もナッツが詰まったのが大好きです。

子供の頃に父が買いに日参したフロランタンは大きな円形だった。キャラメルが厚くて、良い具合に焼けた干し葡萄が乗ってた。思い出のお店は残念ながら今はもうなくなってしまったけれど、代わって長方形の小振りなフロランタンが美味しいお店ができた。

せんにおしゃべりな家から届いた古いココットの風合いが
此んな小さな焼き菓子を入れるのにも打ってつけ。

懐かしい風味のタルトが好きだったパリのお店カードもパチリ。


フランスの焼き菓子は幼児期の家庭の味でもあったと、温かい気分で振り返った。

**


先日引用した小沼純一様著 "パリのプーランク" 内で
詩を歌曲に仕上げる業を的確に書かれてるところがあった。

  *パリのプーランク

 《詩を見る。
 そこには文字が並んでいるだけだ。
読まれなければ、それはただの 'しみ' でしかない。
文字だということがわかっても、ただ文章を行分けにしているだけなのか、詩として読まれるべきものなのかは、目を落とし、文字の並びをたどるだけでも、まだ、わからない。

だが、紙のうえのしみから文字へ、文字から散文/詩へと変貌していくとは、ほかでもない、読む側の姿勢にも大きく依存している。

それが読まれたときおのずと、テンポが、ニュアンスが読み手のなかで生じてくる。

詩は作者の手を離れて、ただのしみになっていたが、読み手によって改めて詩としての生命を得ることになる。そして作曲家は、おのれの "読み" を音楽として、作品化するだろう。

 プーランクは詩の "良い" 読み手であった。
そして詩のなかにある、言語の独自な音楽性を聴き取ることができた。

ひとはしばしば小説や詩を読んで音楽的だと形容する。
しかし厳密にいうとそれはひじょうに恣意的で気軽な発言にすぎないことが多い。

実際には音楽の音楽性があり、言葉の音楽性がある。
さらにいえばほかのジャンルにおいて、たとえばダンスの、身体の音楽性があり、絵画や彫刻の音楽性がある。
それらはなにか通じ合うものがあるにしても、安易に代替できるものではないし、通分できるものでもない。

ときに言葉の音楽性を生かそうとして、音楽のテクストに重ねることは、逆に、"言語の音楽性" を殺すことにもなりかねなかったりする。その意味でプーランクが "良い、詩の読み手" であったというのは、殊にフランスの古典から現代までの多くの詩に親しんでいたばかりでなく、そうした詩の音楽性を生かしながら、音楽の音楽性と重ね合わせることのできる能力をもっているということにもなるわけだ。》

歌詞を見るとき、作曲家が辿った同じ道筋を追えたら・・・って改めて願った。


*2012年7月のリビングルーム



パリのプーランク

August 27, 2013

春秋社発行 "パリのプーランク その複数の肖像" はとっても楽しい本だった。


たくさんの友人知人を得ていたプーランクの立ち位置がよく顕れて、著者小沼純一様の感覚部分と研究部分とのバランスも面白い。音楽関係外のかたにもうんと読み易いと思う。


興味深かった箇所を少し引用しますね。


《プーランクはこんなふうに書いている ------

'1936年11月の日曜日、私は完璧な幸福を感じていた。
ドメニル通りをぶらぶらしていたのだが、一本の樹のなかに機関車が通っているのが見えたのだ。
それはあまりにきれいで、しかもバスティーユからノジャンへと何度も出掛けていった子供の頃とおなじだった。
鉄道は三階の高さから出発するのだが、私にとって、プラタナスのなかに一台の機関車が巣づくりをするのにシュルレアリスムは必要なかった。
幼少期を想起したことに感動して、私は "豊かな眼" のなかに収められた "うるわしき日" を暗唱しはじめた。
夜、音楽はまったくひとりでにやってきた。'

 ここでイメージされるのは、ルネ・マグリットのタブローのように、現実にはありえない出会いが出現する、そんな光景ではないだろうか。
プラタナスと樹木と機関車。"手術台のうえのミシンとこうもり傘の出会いのように美しい" (ロートレアモン) 光景。
作曲家が語っているように、シュルレアリスムは、かならずしも故意に "夢" みられたものではない。しばしば、ごくあたりまえに存在しうるものだ。
そして詩はその存在の様態を言葉として具体化し、それに音楽をつけるとき、詩のながれがわかればわかるほど、ごく "自然" に、やってくるだろう。》

シュレアリスムが当たり前に存在しうる・・・
近代フランス音楽が授けてくれた私の中のテーマでもあります。


1920年〜30年を境にしたモダンな音楽ならずとも、それ以前の近代枠にもよく見られるながら、プーランクは特にシュルレアリスムのヴィジョンがクリアだと思える。

アポリネール x プーランク、ルイーズ x プーランクで現れる趣向は本当に好き。

**


小沼純一様は6人組についてミヨーの回想録を引いてらして
彼らの主義のわかり良い部分があった。

《批評家のアンリ・コレが "コメディア" 誌の文芸欄に "ロシアの5人組とフランスの6人組" という文章を書きました。全く勝手気侭に六人、オーリック、デュレイ、オネゲル、プーランク、タイユフェール、そして私の名前を、私達が違う性質の持主であることなどおかまいなしに、互いによく知り合った仲間で、同じ日のプログラムに名を連ねたというだけの理由で選んだのです。

オーリックとプーランクはコクトーの考え方に近く、オネゲルはロマン派、私は地中海叙情派でしょう。私は共同の美学理論といったものに根本的に反対です。それは制約であり、新しい作品に一回毎に、違ったしかも時には相反する表現手段を探究しなければならない芸術家の想像力への、理屈に合わない拘束だと思います。》

**


彼らは結局、世論が6人組を括る方向へ走ったことで、抵抗するよりはと共同の音楽会を催し多く成功をおさめたけれど、個々のお仕事はより興味深いですね。

ダリウス・ミヨーの文は芸術家の主義思想を、見物人はもとより批評家さえ如何に無理解に一側性の見解を持つかも表していて、彼らの失望に同調しつつ彼らを愛し、また筆者にもとても共感した。

著者様が6人組の名称についてお書きの箇所。

 《誰もが "6人組" という呼称を用いる。そのレッテルを貼られたことに如何に抗弁しようと、"メンバー" たちが躍起となっても、それは無駄なのだ。括られたことそのことこそが、ジャーナリズムのなかでは有効に機能し、実態をなおざりにしたまま、言葉だけが流通してゆく。それは近代 (以降) のひとつの病いであるのかもしれない。

 作曲家であり音楽学者・批評家という肩書きをもつアンリ・コレは、現在ではまさにこの "レッテル" を与えたことでのみ名が残っている人物である。もしこのうわついたレッテルさえ書きつけなかったら、誰も彼の名を諸々の文章のなかで引くことなどなかっただろう。》


■プーランク関連リンク
*爛熟、プーランクと爛れ
*プーランク "ロマンツァ"
*フランスとルイーズ
*カフェは難しい・・・
*プーランク x ルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*ルイーズのチーズ
*ルイーズの赤
*思い出の硝子瓶 + ルイーズ
*ルイーズのお稽古
*落日の色、ヴィオロン音源up
*プーランク "花" 音源up
*女心とアンドレ婦人
*PJにてプーランク・マズルカ
*ラファエル前派とカードアイコン

*プーランクのテクスチャー
*フランスの特権



ラファエル前派とカードアイコン

August 20, 2013

楽曲テーマに合った絵画イメージを毎回のババールカードに使いたいナって思う。
カード・アイコンはいつもホンの少し迷う。


七夕ライブ・アイコンだったカシニョール "月光" は図がまとまっているから小さく入れても判り良かった。

"群青" ではラファエル前派にしたくって・・・

でもね、細かなグラデーションが多い彼らの絵画の内、小さくプリントし得るものは少ない気がした。かつ群青のテーマに沿った深い青がベースの絵画は限られる。

選んだのはジョン・ウイリアム・ウオーターハウス作 "ボレアス"。


ビクトリア朝時代の文化に大きな足跡を残したラファエル前派。
彼らの幻想性は空想型じゃなくって精神世界の象徴として大好きだった。


芸術と人間存在への彼らの問いも興味深いばかりか
彼らが生きたのは演奏レパートリーの時代なのだった。

**


ラファエル前派を好きになったのは大人になってからで・・・それまでの10代では特に好しと感じなかった事柄に惹かれ始めたからカナ。

事柄とは、
上手な言葉で表せないけれど
《生々しさ》だった。



人の気配の強度のようなもの・・・
生 (せい) であり生 (なま) であるもの・・・

たとえ絵のテーマに死を扱ってさえ、また死を扱うからこそ、人の徴証になるような。
ヒューマニティーでもない、たとえば人の情動そのものが形になったような。

思春期には・・・何ていうかしら、生のパトスって美しいと感じなかった。

不安定な成長期にある者は自分自身が生々し過ぎて、其処から目を逸らしたかったのかもしれないわね。
自分の中から其れらが失われ始める歳になって、失くしそうなものを作品に求めるようになったのカナ。


今の日常でよく触れる芸術家さんたちの内、作品に一等生々しさを感じるのはやはりルイーズ・ド・ヴィルモラン。


8月22日ピアジュリアンで演奏のプーランク作曲 "パガニーニ" のルイーズ詩も、どことなくラファエル前派を思わせた。

"Larmes de Marie-Madeleine マグダラのマリアの涙"、"Chat botté courant la forêt 森を駆ける長靴を履いた猫" などまたしても寓話や聖書物語が登場する。象徴的に挿入される断片はあくまでもルイーズの心的世界みたいだけれど。

ラファエル前派が聖書や神話をモチーフに描いたさまに少しだけ似てる。

**


  今日バーベキューでお会いできる皆様
  後ほどヨロシクネッ!


■プーランク関連リンク
*爛熟、プーランクと爛れ
*プーランク "ロマンツァ"
*フランスとルイーズ
*カフェは難しい・・・
*プーランク x ルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*ルイーズのチーズ
*ルイーズの赤
*思い出の硝子瓶 + ルイーズ
*ルイーズのお稽古
*落日の色、ヴィオロン音源up
*プーランク "花" 音源up
*女心とアンドレ婦人
*PJにてプーランク・マズルカ

*プーランクのテクスチャー
*フランスの特権



黎明、希望と決意

August 07, 2013

8月22日PJライブで演奏予定の "黎明燃え広がりて"。


訳詩に幾日か迷ってた。

  *"黎明燃え広がりて" 落合訳


譜面に示された詩・・・フォーレが選び残した1、5、7節を見ると、もっと柔らかな訳が可能にも思えた。けれども歌詞になった3節はヴェルレーヌがうたった4節に支えられていると感じたのだ。

フォーレが3節を選び取ったのは、其れだけで詩として・音楽として・また一世界として成立させる意図に違いなく、従って訳詞ではない音楽訳として触れる限りは残る4節の内容は盛込むべきではない。

削除された4節を盛込まず、しかし詩全体を支える精神状態は顕したいと思ったのだった。


此れまで出会った事への憎しみ、魂が宿らぬものへの怒り、悪への恨みが描かれた第2・第3パラグラフ。


其うした過去と比ぶべくもない程の美しさとの出逢いと愛を讃えた第4パラグラフ。

除かれた2、3、4があった上での大きな希望と決意を漲らせた第5パラグラフとして訳したくなった。

**


柔らかな情炎映す艶なる瞳よ、私を導け
未来を示せ、おお震える掌をとれ
真直に歩みたいのだ
苔むした路も
岩に石に鎖(とざ)された途も



原文に正しく日本語を当てるなら

=====
優しい炎のように美しい君の目に導かれて
真っ直ぐに歩みたい。
君に手を引かれて
おお僕の手は君に手を取られて震える
=====

等が相応しいだろう。
けれども心情的に、上の風では弱いと感じた。

弱い' といっても faible なわけじゃあない。
文章上 fragile と感じたんだった。


  希望に支えられた決意。
  愛の喜びの根柢にある恩寵を讃える気持ち。

  此の2つを文化圏の異なる日本語で示すには
  語順正しい訳では埋めきれない気がした。

実際 Je veux, guide par vousPar toi conduit が使い分けられているところからも

"君" の瞳や手に導かれつつも、"君" の心は "君" 以上に大きな何かから授かったものであることと、彼女が授かったものが "僕" に齎される恩寵とに照準を絞り、魂の高らかな宣言として訳した。


尚 des sentiers、le chemin、la route の3語の書き分けがあったので、路・途・道程 と置いた。



"黎明燃え広がりて" 落合訳

August 03, 2013

フォーレ作曲、ヴェルレーヌ詩 "黎明燃え広がりて"。


'優しき歌' 2ピース目に当たる曲。
"暁が広がっているから" ってタイトル訳も多いですね。


《黎明燃え広がりて》

             ポール・ヴェルレーヌ
             落合訳       


黎明燃え広がりて 曙の時
積日に失われた希望が戻る
私の祈りは聞き入れられ
歓びの全てが戻り来る


柔らかな情炎映す艶なる瞳よ、私を導け
未来を示せ、おお震える掌をとれ
真直に歩みたいのだ
苔むした路も
岩に石に鎖(とざ)された途も


遅々とした道程の慰めに
他愛ない歌を口ずさむ
煩いなく疑念なく
私の声に耳を傾ける人が居る
此れ以外の天国など望まない


第3パラグラフは印象的だわ・・・


6連符アルペジオが続いた前半に対して、此処からは4連符アルペジオの1小節を経て3連符に代わり、音数が少なくなったことで旋律 (人の声としての) が引立って一層ペルソネルな空気になる。

ヴェルレーヌ原詩を見ると7節の詩になっていて、その内
フォーレが1、5、7節を選んで作曲したのが上記訳部分です。

婚姻の悦びと確信の証の1曲。
詳しい解説はまた今度ネ!


《Puisque l'aube grandit》

               Paul Verlaine

Puisque l'aube grandit,puisque voici l'aurore,
Puisque,après m'avoir fui longtemps,l'espoir veut bien
Revoler devers moi qui l'appelle et l'implore,
Puisque tout ce bonheur veut bien etre le mien,

Je veux,guidé par vous,beaux yeux aux flammes douces,
Par toi conduit,ô main où tremblera ma main,
Marcher droit,que ce soit par des sentiers de mousses
Ou que rocs et cailloux encombrent le chemin ;

Et comme,pour bercer les lenteurs de la route,
Je chanterai des airs ingénus,je me dis
Qu'elle m'écoutera sans déplaisir sans doute ;
Et vraiment je ne veux pas d'autre Paradis.



■訳すということ関連リンク
*訳すということ(1)野鳩
*       (2)椿姫の白
*       (3)マノン・レスコー
*       (4)カフェオレのボウル
*       (5)マカロン
*       (6)マリア様のお顔
*       (7)クロモスとお友達
*       (8)伴奏
*       (9)エコルセ
*       (10)メープルクッキー
*       (11)スタンダール
*       (12)演奏通訳


■訳詩リンク
*"ロマンス" 落合訳

*"リディア" 落合訳
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*"月の光" 落合訳
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     *月の光と母性
     *フォーレ "月の光"

*"イスパーンの薔薇" 落合訳

*"トスカーナのセレナード" 落合訳
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      *フォーレ "トスカーナのセレナード"
      *トスカーナに憑かれて
      *フランス気質と音さがし
      *19世紀の恋情

*"罪の償い" 落合訳
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    *罪と長調

*"墓地にて" 落合訳
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*"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
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*"祈り" 落合訳

*"夢のあとに" 落合訳
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*"クリメーヌに" 落合訳
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    *フォーレ "クリメーヌに"


*"水のほとりに" 落合訳
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*象徴(6) "蝶と花" 落合訳

*"水に浮かぶ花" 落合訳
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*"この世にて" 落合訳
*"ゆりかご" 落合訳
*"漁夫の悲歌" 落合訳
*"秘密" 落合訳
*"棄てられた花" 落合訳
*"秋" 落合訳
*"贈り物" 落合訳

*"森の鳩" 落合訳
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フランス、恋の結末、オートマティスム

June 12, 2013

蝶番君とのことは勿論ちっとも秘密じゃあなかった。


音楽ホールでも何処でも手を繋いで歩いてた。
主催様の殆どが楽屋を一つにセッティングなさってた。
近しいお友達やお客様にはよく冷やかされた。

デュオのお話と恋のお話を別々のものの書き方をしたのは、あくまでブログ上のことだった。

  *階段の恋、顛末
      *出会い系の裏幕
  *不思議な駅2010、顛末その後

**


ブルゴーニュ君が前振りしたような

  *僕が思う女子力欠落

恋のお話を用いてフランス音楽解説としたいって希望は
必ずしも1曲ずつの解説だけじゃあなかった。

  *コンプレックス最終駄話

本当に拙くプロットも未熟で、お仕事前に私なんかが朝なんとなく更新するだけの、ブログという簡易ツールで上手に著せる筈もないけれど、フランスの音楽だったり小文だったりにあるからくりの真似事をしてみたかった。

  *フランスのからくり

ストーリー上のからくりも時たま試みたけれど


  *アンジェラ
  *恋した街
  *最後の手紙

2つのお話で内容は繋がっているにも関わらず、トーンを違えてみれば別々のものの印象になるのカナ? なんて験しもした。

技量の問題大きく、アンドレ・ブルトンの風にゆく筈もなかったけれど楽しかった。


問題は、デュオパートナーであると同時に恋人同士と知ってた人々までが、2ストーリーを書き分けたことで混乱しちゃったことでしタ。


すっかりわかんなくなってしまったお客様が、"どこまでが本当で、どこからが創作ですか? " ってお尋ねになった日もあった。どれも全部本当ですよ、とお答えした。月が経ち入籍を此のページでご報告した時にやっと "どれも本当" の意味に納得しなさった風だった。

  *音楽のひとこま

上リンクに書いた内容が私にとってのフランスのテーマかもしれない。

《ブルゴーニュ君は何が本当なのかを問い、
私はその度にどれも本当よと答える。
どれも皆本当。
ただし、たくさんの本当を合わせても
物事の全てには至らない。》

《事実のひとこまをクローズアップすると
全体像の印象と違ったものが生まれ出る。
楽曲には其ういった要素が多分にある。》

《私たちが見てるのは、常に物事のひとこまに過ぎない》



不熟な者なりにこれからもフランステーマを追いかけたいです。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは

*ゾラの実
*ゾラ19世紀の記念碑
*フランス19世紀の繊細
*自尊と言語と音楽

*音楽のひとこま
*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
*仏文学を好きなのはネ・・・

*パリの不合理
*ミスタンゲットのパリ
       ?僕が見た素面の事件
*街角が香る
*街の色
*パリの歩き方
*フランスのご馳走様
*フランス菓子をおいしく味わう

*愛すべきフランス
*怪談の日仏
*トイッチュ
*フランスの特権

*重なりの量感
       *チェックするブログと おしゃべりな家
*フランス気質と音さがし
*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質

*フランスのからくり

*自由
*紫陽花の部屋で
*フランスとルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*フランス音楽とゲラン

**


■フランス音楽関連リンク
*フランス音楽(1)霧の具象
*      (2)感情と心象
*      (3)失意
*      (4)エクリチュール
*      (5)さかしま
*      (6)トーン変動
*      (7)崩壊と慈しみと
       *プーランク "花" 音源up
*      (8)感性の求め

**


■イマージュテーマ関連リンク
*美しい白のイマージュ
*イマージュに血が通う
*本質なきイマージュ
*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
*女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン
*イマージュのシルエット
*イマージュ
*フランス音楽とイマージュ考
       ?僕が思うパリの風

**


■象徴関連リンク
*象徴(1)月とピエロ
*  (2)オコゼ
*  (3)花色
*  (4)気狂いピエロ
*  (5)シニフィエ
*  (6) "蝶と花" 落合訳

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■シュレアリスム関連リンク
*海原の娘(1)虚構現実
*    (2)幻想の意味
*    (3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段



お祈りとお姑さん

June 08, 2013

出逢う前の蝶番君は、私が知ってる彼とは別人らしかった。


幾十年の内、恋人をご両親に紹介したことも皆無なら、1度も結婚を考えなかったという。

其んな風だからご両親は息子に付き合っている女性が居るのやら居ないのやらさえご存知ない有りようだったそうだ。だからご両親にとっては私が、息子が初めて紹介した恋人になった。

神戸でのコンサートのために遠方から泊まりがけでお越しになったこともあった。
知り合うまでの蝶番君は彼女を紹介しなかったばかりか、関西のコンサートへ1度もご両親をお招きしたこともなかったと聞いて驚いた。

もぉどういうコト? ってびっくりしちゃうけれど、大学入学と同時に実家を出て以来25年余りが経つ男の子君なんて、そんな味気ないものかもしれないのね。


其んなだった息子が人が変わったように初めてコンサートに来てほしいと報らせ、初めて結婚したいなんて言い出せば反対があろう筈もなくって・・・


お陰の迎え入れは両手を挙げてのもので有難かった。

**


終始和やかなお食事会で、1点だけお話しておきたい事があった。
教会での結婚式についてだった。

蝶番君のパパちゃんは青年期に洗礼を受けられてる。
不思議な駅で出逢った私たちには共通点が多かった。

クリスチャンのパパちゃんは何ら問題ないとして、ママちゃんは息子が教会で結婚式をすることにもしかして寂しい思いをされないかしら? って少し案じつつ、私たちの希望を伝えるつもりで会食に臨んだ。

  でも私たちが口を開くより前に
    ママちゃんが当の話題を始めたのだった。

唐突に、スペイン人神父様のお名を仰られた。


蝶番君の七五三の日、神社へは詣でずにカトリック教会で神父様に祝福を頂いてお祈りして頂いたと仰ったのだった。

なんて素敵なの・・・
意表を突かれて私たちはゴソゴソ囁き合った。

"蝶番君そうだったの? 聞いてないヨ〜 "
-- 僕も今初めて聞いた。知らなかった・・・

ママちゃんは続けて話された。蝶番君は兄弟ともカトリック幼稚園へ通わせたので、ご縁あるカトリックの方との結婚式が教会でなされたら嬉しいって・・・

  私たちはお話しておく事がもうなくなってしまった。

**


その夜、婚姻届を前に2人でお祈りをした。
この婚姻が主の御胸に添うものでありますように願い
巡り逢いに感謝を捧げた。

とっても満たされた独身最後の日だった。

**


結婚記録が続いていますが、どうか許されてね。
晩婚で初婚の身には物珍しいから、しつこい〜

今週2度目の絵画モデルの日。
今日は油絵のほうです。

ヘトヘトのまま、これから準備して行って参ります。


■カトリック関連リンク
*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント
*年頭2013
*ギャレット・デ・ロワ
*ロザリオの祈り
*ミサ前に
*チョコレートに悩む
*キャスピアと教皇聖下
*ミサのオルガン



マリー・ローランサン

May 30, 2013

ババール合わせの朝。
7月7日PJ用、プーランクのお稽古です。


先週は "パリに彩られた画家たち" 展へ立寄った。多忙だったけれどプーランク・プログラムの最中にローランサン周辺の美術展は外せない。

マリー・ローランサンは絵画としては、1920年から前後1、2年の作品が好き。他方時代の雅として愛しているのは、此の度BBプラザ美術館で見た1924年。

フォーレの没年でもある此の年はフランス文化が栄えを極めた一時代としてとても大切に思う。

近代に特化した瀟洒があり、直前のモンパルナスの時代から引き継がれた文芸が見事に花開きバレエ、ポエジー、文学が、フランス6人組の盛んな音楽活動に融合し、舞台芸術との共同制作に発展しつつある時、美術分野の中心に居たのがマリー・ローランサン、ピカソらだった。

演奏レパートリーにぴったり重なる展示に興奮してしまった。


展覧会の大きな楽しみの1つは、学芸員さんが書かれる解説パネルを読むこと。
パリの生活で週1くらいで美術展に通ってた時におぼえた楽しみ方。


素人なので大雑把な物言いになるけれど、パネルをよく眺めていると、学芸員さんには美学系解説を書かれる方と美術史系解説を書かれる方がいらっしゃるのが見て取れる。個人的には前者が好みだワ。

絵の下についている小さなパネル故、膨大な背景から伝えるべきポイントを厳選して書かれるのだと思うけれど、読んでゆくと書き手の方が何に最も着目し、何を愛してらっしゃるかが伝わってくるのが大好き。

だからパネルはじっくり読む。無機質なプラスティックパネル1枚にお人の気配がある。文学の翻訳者のように、または楽曲の演奏者のように対象を引き立てるために自己を忍ばせ伏しながら、そうすればするほど解説者個人が浮き上がる風に見える。

BBプラザ美術館の展示パネルでは、主に3人ほどの学芸員さんが別々に書かれてらっしゃるように思った。絵に対する目線が異なるのですぐに気づくコトだけれど、其んな時はどなたの見方が好きカナ・・・? と読み比べてみたりもまた楽しい。

今回は牝鹿作品周辺を書かれた方の解説が特に好きだった。
きびきびと締まりある文章の内に作品への愛を物凄く感じた。

鑑賞後に学芸員さんにお目にかかれたが、好きだったものを自分からは挙げられなかった。別のパネルの書き手なら失礼になるからだ。

だけれど此ういった事にだけは私はとても運がいい。
お出逢いできたのは一等好んだ解説を書かれた方だった。

こじんまりして、鑑賞スペースはゆったり取られた良い美術館でした。また行こ〜っと♪

**


早朝はバタバタ用を片づけて、合わせ前に指ならしを。



恋した街

May 26, 2013

乱れ咲く蔓薔薇の1輪が、花の時を終えた。


恋人とお庭のホースを買いに出掛けた日。

若葉をつけた銀杏の並木に沿って歩く道で恋人は、今の季節だけアジアも色が変わると言った。ヨーロッパの風が味わえる唯一の季節だと嬉しそうに並木を見回していた。

**


不思議な駅で出会った当初、嬉しい発見をしてた。

一緒に歩いているとどうしてか、懐かしいヨーロッパの街を行く気持ちがしたのだった。風景が違って見えるのは恋がなせる業か彼が持つ雰囲気か定かじゃなかった。多分前者なのだと思った。

でもどちらとも違った。私と同じくヨーロッパをとても懐かしく懐古している人だからなのだとわかった。


パリの・・・


  一番恋しいのは
    生活でも物でもなくて
      風なのだった。

パリの風が流れる場所を求め、音楽を求めて
彷徨う気持ちになることがあった。



JR三宮駅の階段で変テコな一目惚れをして2年半

  *不思議な駅(2)階段の恋

たくさんのヨーロッパの風を頂いた。
何をするのも楽しくて、一瞬一瞬が貴重だった。

姿を見るだけで泣きたくなるほど好きだった。

**


"貴方を好きだった" なんて言い方を私はよくしてた。
終わってしまった過去じゃあなくて、フランス語の半過去を強調した言い方だった。

過去が、終了したものに限らない前提の言い回しも
恋人と分かち合えるヨーロッパの風の1つだった。


ホースを求めて拙宅へ一緒に寄ったあと、彼は帰っていった。


"送らなくていいよ。"
いつものように彼が言った。

幾度も聞いた言葉だった。
"寒いから送らなくていいよ。"
"暗いから送らなくていいよ。"
"疲れてるから送らなくていいよ。"

彼はいつも其う言い、私はいつも送った。
この日も同じだった。

  "ううん、送らせて。
  もう・・・見送る機会もなくなるなら・・・"

**


続きは明日ネ!
今日はフルートソロ会のリハーサルです。

皆様どうぞよろしくお願い致します・・・♪


*アンジェラ
?僕が知ってるお別れ紛い




ダサいお菓子

May 23, 2013

ボンヌって大好きだけど存在はダサい感じかも? でもね好きで時々パチリしてます。


スーパーマーケットで買うボンヌのお菓子は留学時代の名残なんです。

大学卒業以後のお勉強は、両親から独立して自分の力で学びたい・・・ナンテ背伸びをして奨学金でコンセルヴァトワールに通ってた。

お小遣いの余裕はないのに楽譜とコンサートには糸目をつけず、従ってケーキ屋さんなんか滅多に行けないことになった。

決めた生活方法に拘ったばかりに、折角パリに居るのにもったいないカナ? って当時は考えたけれど、今思えば他の贅沢がなかったからこそ音楽の悦楽をより多く得られた気がしてる。

甘いものは欠かせなかったからスーパーマーケットのお菓子で賄った。その中ではボンヌママンはちょこっと贅沢で。

'生活良好' みたいな数フランの包みに比べて、同じスーパーマーケットでもブルボン製品など買う感じ? 大して変わらなくても奨学金を受ける身には少しの違いが大きかったんです。

個別包装だからレッスンバッグにも入れておやつにしてたナ。
懐かしい学生時代のお菓子が今も時々食べたくなる。


ポークビーンズの缶詰も同じ事情で懐かしいの。


遅くまでお稽古をして、お夜食によく食べました。

此の缶はね、イカリさんの安売りでしたヨ♪

**


ジャンケレヴィッチ著の引用の続きをつけておきますね。
彼の音楽美学は感動的でさえある。


訳者様方の熱意ある取組みにも心動かされ・・・


《フォーレの方は、ドビュッシーのこの夜想曲第一稿のめくるめく輝きや、第二稿の黒鍵を多用しつつ早くも "パゴダ" を予測させるあのひそひそ話のような音型を斥ける。

フォーレは詩の視覚的な暗示には関心を示さない。
'貴女の魂は選り抜きの風景のよう・・・'。詩の第一行からして早くも、本義と転義、比喩と字面の中間に位置するどっちつかずの象徴的作用の兆しが現れている。

"ゆりかご" を通じて、私たちはこうした両義的状況をフォーレがどれほどまで楽しみ、魂と自然の間に結ばれた神秘的な連帯を再発見するためにいかに音楽的同義語を用いたかを、すでに知っていた。

幻想に浮かぶ船、東洋人のおぼろな影、 暗喩に富んだ夜の思い・・・まことにフォーレの世界は、両義性と異名同音の綾なす世界なのだ。

しかしながら、もしも物質が具体的で量的であるのを止め、浸透性をもつものになるとしたら、今度は魂も具象性を欠いたままでは収まらなくなる。風景が魂の状態を映すことになれば、魂もそれに応じて風景となり得る。

ヴェルレーヌに倣いフォーレが内面的冒険と快い邂逅とによって際立たせられた感傷的な旅をやり遂げたのは、そうした風景をめぐってのことだった。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)


■ジャンケレヴィッチ関連リンク
*フランスと4.20PJ写真(2)演奏中
*グッゲンハイム道順とババールカードVol.12
*お席数限定ラ・クロワ
*音とお庭
*間際の悩み
*七夕はPJへ
*裏口のカードル
*延期



マンゴームース・レシピ

May 18, 2013

フランスに入るマンゴーは主にコートジボワール共和国産だけど、
こちら安価なインド産の缶詰。1缶850gと使い手があるの。


マンゴームースが大好きでパリの生活でタピオカちゃんと一緒に色んなレシピで試していました。今日はね一等美味しい配分に感じてる、マダム・ビスコッティに教えて頂いたレシピを書いてみますネ。

  a 粉ゼラチン大さじ3
  b ミルク200cc
  c お砂糖1cup弱

1) 粉ゼラチンを同量のお水でふやかします。
2) ミルクを沸騰させないように温めます。
3) 温かいミルクにゼラチン&お砂糖を全量入れて溶かします。

お砂糖が少し多めだけれど後でレモンをたっぷり入れたいのと冷やして頂くのとでちょこっと甘めの設定です。お好みでネ!

d マンゴピューレ400g
e ヨーグルト200cc
f レモン大さじ2ほど


4) 上3つの材料を入れて混ぜます。


写真のようにヨーグルト部分がダマになりがちだから・・・


5) ストレーナーで漉してなめらかにしますヨ。
6) 肌理が整ったベースに3)のセットを投入。
7) 混ぜ合わせたら一旦冷蔵庫でトロリとなるまで冷やします。

かため過ぎずに頃合いが大事ですね・・・
私は山勘だけど、次項のクリームを準備して泡立て終わるくらいの時間カナ?

g 生クリーム200cc


8) 生クリームをしっかりと9分立てします。


ボールは大きいのを使っておきます。
後でピューレと合わせる嵩を考えておくと良いですネ。


9) 冷やしておいたピューレと泡立てたクリームを合わせます。

むくむく・もこもこしてるのを丁寧に合わせ整えてゆきます。


優しい色合いのデザートになりますヨ。


滑らかになったら、お好みの型に流し入れて冷やして下さいネ。

**


さあさ、お菓子で遊んでないで譜読み譜読み。



裏口のカードル

May 17, 2013

譜読みに明け暮れた週。


フォーレもプーランクも細かな音が多過ぎてかけた時間の割に進みが悪い。

それより今日は日曜のホスピタルコンサートの最終合わせ。
相方さんは学校公演のあと拙宅に回るから午後からの合わせの日になった。


裏口スペースに大きい額を置いた。


記念に取ってあったエリュシオンの園のポスターを入れてみた。

兵庫県立美術館で貼って下さっていたポスターで、予算削減に自分でデザインしたのも思い出に残ってる。

フランスのお師匠様がコンサート記念のポスター類を額装してたくさん飾ってらした。お家の中を1冊のアルバムのように設えてらして素敵だった。

以前なら仕事の跡を家内で目にするのは抵抗があったのに、今はあまり人目に触れない此んな裏口になら構わないカナ? って気分になってる。


配達の大きな荷を運び込んだり、お客様以外の作業用出入りに使うくらいで使用頻度が低い裏口。


ちょこっとお庭花のドライがあったり、古いバッソン教本があったり、パリの思い出のつまらない品がぽつぽつあったりするだけのスペース。


お師匠様のようにサロンに大額を幾つもナンテ勇気はとてもないけれど、
お客様が撮って下さったコンサート写真も移動した。


**


ジャンケレヴィッチ著書内に、フォーレ、ドビュッシーとヴェルレーヌの関連で本当にジャンケレヴィッチらしい文があったので書き出してみますね。

《とりわけこの音楽家の好奇心は、"イヴの歌" の 'たそがれ' や "第三歌曲集" の '夕べ' を包み、夜が始まる不安を誘うこうしたきわどい時刻に向けられる。

このヴェルレーヌ詩が1883年 (実際は1882年) の初期の歌、次いで1892年の連作歌曲 "華やかな宴" において、計二回ドビュッシーによって音楽化されていることは周知の通りである。

シャープを六つ用いていかにもきらめいた感じのドビュッシーの第一稿は、なおまだマスネにきわめて近い。その豊かなきらめき、玉虫色に輝く和声、満ちあふれる和音、光る滝のように鍵盤上に急降下する密に束ねられた音符、これらにより、自らのすべてを捧げつつドビュッシーの夜想曲は蒼白い月明かりを浴びるのである。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)

おさらいしなきゃならないから続きはまた今度ネ!


■ジャンケレヴィッチ関連リンク
*フランスと4.20PJ写真(2)演奏中
*グッゲンハイム道順とババールカードVol.12
*お席数限定ラ・クロワ
*音とお庭
*間際の悩み
*七夕はPJへ



ムーランルージュ

May 02, 2013

(撮影者:ノベルティ君)


ノベルティご夫妻が春のパリへ行ってた。
次のリサイタルテーマがムーランルージュだからと写真を送ってくれた。

シャンパーニュを飲みながらムーランルージュでお食事された様が写真付きのメールで語られていて、見てるだけで私も楽しくなった。


懐かしのモンマルトルは写真だけでも胸がキュンとして・・・


**


背景にモンマルトルなくしては語れない19〜20世紀のパリのテーマに迷わずラ・グリュの名を冠した。初めてモンマルトルをリサイタルのサブタイトルにしたのは第3回 "シャ・ノワール" だった。

10年以上も前のこと・・・
時の過ぎゆく様に感慨を覚えながらアポリネールのバイオグラフィーを読んだ。

昨日のジャンケレヴィッチ著フォーレ論と僅かに共通し、また大きく異なる、堀口大學様のアポリネール解説があった。

《一編は一編ごとに、別人の作の感を与える。どこにこの詩人の特質を捕えてよいか、読者は途方にくれる。思考の面でこの詩人を掴まえようとすると、たちまち雲や霧が湧き起って、その正体を隠してしまう。

          (中略)

サンボリズムからキュビズムまで、彼にはさまざまな傾向と主張があったが、彼がはたして自分のどの傾向に最大の価値を認めていたかも知りがたい。

          (中略)

思考の山師、彼にはこんなところがなくもなかった。その風貌にも、気質にも、山師的なところが多分にあった。彼のあの狂おしいまでな自己追求の熱情、冒険を、危険さえを、追い求めるあの熱中。》

彼もまた19世紀末から20世紀初頭の僅か38年を生きた人でした。
どんなに一生懸命に生きても1人に与えられた時はなんて短いんだろう。

ムーランルージュのラ・グリュで真のテーマにしたいのは、過ぎ行く時を足掻き生きる生の美しさそのものかもしれません。

明日お客様にお目にかかれますのを楽しみにしております。

  塩屋グッゲンハイム邸にて
  5月3日 午後2時〜

  お問合せは神戸コンサート協会
  Tel 078-805-6351



フランスの特権

April 02, 2013

ディプティックのトワレ "オレーヌ"。
深みある水仙と藤の香です。


春らしい陽気に誘われて久しぶりに使った。
パリの学生時代に側にあった懐かしい香りに胸がキュンとした。

プーランクのおしゃべりからの続きです。

  *プーランクのテクスチャー

**


面白いと感じたのはヨーロッパに住まったお友達の発言だった。

試聴したコンチェルト録音に不承知だった私に、此のような事はフランスの特権だと言ったのだった。

最初意味を計りかねた "此のようなこと" とは、プーランクをシェーンベルク風に演じる構造を指したみたいだった。

理解が遅かった私に説明してくれた。

異国料理をフレンチ仕立てで楽しむ方法は成立するけれど、フランス料理をドイツ風に作るのは色んな場面でおよそ認められないのと同様に、

プーランクをシェーンベルク的に演奏してしまうのはあり得ず、オーストリア曲をフランス風に奏する逆なら受け入れられるのは、フランスという国の、世界でただ一国だけが持つ特権じゃあないかってお話だった。


なるほどと納得したのは、フランスで聴いた引っくり返りそうなドイツものと、ドイツ (オーストリアは知らないのです) で聴いたでんぐり返りそうなフランスもの双方に対する産出国側のお人からの評価の違いを思い起こしたからだった。


フランスの、流儀というものに対する強度故か、流儀の性質故か・・・多分両方が理由でしょうか。

異国のものを扱う際にフランス風の作法に則る宣言は、広い分野に於いて箝口令を敷くことともなったりする。

其んな作法の場であるべきかどうかと正しさの価値判断の沙汰を待たない強引さ・傲慢さが、私にとってはフランスの最も愛すべきところの1つだったりもする。

  異国の音楽作品の取扱いに関して
    極めてフランス的な科白を耳にした日でもあった。
     《正しいものが美しいとは限らない》


■プーランク関連リンク
*爛熟、プーランクと爛れ
*プーランク "ロマンツァ"
*フランスとルイーズ
*カフェは難しい・・・
*プーランク x ルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*ルイーズのチーズ
*ルイーズの赤
*思い出の硝子瓶 + ルイーズ
*ルイーズのお稽古
*落日の色、ヴィオロン音源up
*プーランク "花" 音源up
*女心とアンドレ婦人

*プーランクのテクスチャー



キャスピアと教皇聖下

March 25, 2013

カモノハシちゃんがせんにポストに入れててくれた石鹸を使う前にパチリ。


銀色の器はキャビア専用のサーバーだったんです。
ある日内側のガラスが割れて、2枚貝の立て付けも悪くなったの。
蓋の貝を外して石鹸容器になって久しい。


キャビアと言えばフォト・エッセイスト片桐敬子様のパリのお土産が此方でした。
1年越しになってしまったupです。


マドレーヌ広場に2軒のキャビア専門店がありますね。
1つは1872年創業の老舗プルニエ
もう1つが1927年からの名店キャスピア

私なんかはどちらにもご縁が薄くて、キャスピアに此んなオリジナル陶器があるって知らなかった。

珍しいお品をありがとうございました・・・♪

**


フランスのお話続きで今日の本題。
"TVカトリック" チャンネルから拝借しています。




教皇様のお言葉の一部は

Je vous remercie tous pour l’amour et la priere avec lesquels vous m’avez accompagne. J'ai senti physiquement votre priere, qui me soutient. Continuez a prier pour moi, pour l’Eglise et pour le futur Pape.

全文感謝とお祈りの心を想う素晴らしいスピーチだと思った。

突然発表されたベネディクト16世教皇様ご退位から最後の司式の灰のミサ、そしてコンクラーヴェ2日目第5投票後のフランシスコ1世新教皇様のお祈りまでは順次チェックしてたけれど

日本でベネディクト16世現名誉教皇聖下のお言葉が、私のために祈ってほしいとは厚かましい、って風に一部で捉えられたのは今頃に知って驚いた。

恐らくは個人の考え方じゃなく宗教観の差異からくる祈りの意味の違いで此んな考えが顕れるのをお初に知った。

**


"私のために祈ってください" --- "あなたのために祈ります"

カトリック教徒ならごく日常的に使う言葉であるばかりか
祈祷を願うのは託し、委ね、心を開き、信じる証に他ならない。

無論祈る対象は神であり教皇様じゃない。
ご退位なさる教皇様ご自身も、神の前に民衆の兄弟であると慎みと愛を持って仰られたって感動を覚えた。それはカトリック教皇様がサン・ピエトロに集ったカトリック教徒に仰せのお言葉に対して当たり前の理解だと思った。

**


本日は再度の内輪リハーサル。
昨日はやはり穴が見つかりました。

修正して臨む2度目はほんの少しマシだと良いけれど・・・
クタクタで状況は厳しいです。
今日のお客様はチャイコフスキー先生。


*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント
*年頭2013
*ギャレット・デ・ロワ
*ロザリオの祈り
*ミサ前に
*チョコレートに悩む



フランスのご馳走様

February 06, 2013

父の本、パウロを読みかけてる。


どうして何にでもお名前書いちゃうのかしらねぇ。
違った苗字の方と同居したこともなく、電車に乗らないから置き忘れもないでしょうに不思議な癖・・・祖父と同じ癖。

**


ちょっとデリケートな習慣部分の話題。

フランス語を習ってる生徒ちゃんから、ご馳走様の言い方を問われた。フランス大好きな此方の生徒ちゃん。

  *パリの歩き方

日本と同じで、お人と場合によりけりと答えた。

  お招きありがとうとお礼を述べる。
  楽しかった事実を伝える。
  当たり前の最低限の礼儀だけれど
  其うした上で重点を置くコトは他にあるなって思う。

**


基本的に日本でだって同じ事。フランスで少ぅし余分にクローズアップされるだけ、と前置きして話した。

  お食事は人の心や精神が繋がる会話のお道具だから
  例えば哲学や芸術議題に終始したテーブルで
  殊更に食べ物がどうのと取り上げるのは野暮にもなる。

  会話に場違いにならなければお料理が来た時に
  美味しいワと感想を挟めればさり気ないけれど
  皆がキルケゴールの沙汰を交わす腰を折れば
  興ざめもする。

    身も蓋もない言い方をあえてすれば
    ソサエティに寄るところが大きい。

どんなコミュニティもどんなお国も同じで
フランスがとか日本がとかの問じゃない。でも
どうしても違いを言わねばならないなら、
ソサエティと新たな個人との融合の仕方が無粋なことを
日本人以上に嫌う部分はあるかもしれない。

ソサエティは必ずしも全て上下の意味じゃなく
例えば神父様を囲んで皆でお食事する場で
食物を分合い・分かち合う意識を薄めさせてまで
ソースに感激してみせるのは俚俗に感じる。

また一定以上のクラスのお方にお振舞い頂戴するなら
お相手にとってお料理が素晴らしいのは日常事にあって
ごてごてお世辞を並べるのは端なくもなりかねない。

伝えるべきは、
どういった会話で以て此の美味しいお料理を分かち合えたから嬉しいか。其のテーブルで自分はどんな事柄を得ることができたか。そして分かち合ったのが自分にとってどのような存在としてのお相手だったか。

等々あまり泥臭くなく述べるのが相応しい場合があると思う。
あくまでも人間と会話の充実度を焦点にする礼節。

  異なったソサエティ習慣から見れば偏狭な物言いだろう。

でも折角にクラシック音楽を愛する生徒ちゃんが同じ染まるなら、より懐の深いソサエティの習慣に染まってほしいと願っての答になった。

**


無粋と言ったわけは、粋・無粋は理解度合い次第に思えるから。

相手方を理解するためのお食事の場にあってお相手のソサエティ習慣外の言動は無粋で、お食事を交わしても何らお相手を理解しなかった表明に過ぎない。

  特に自分自身に言ったことだ。
  近年日本で無粋な事をしてしまった。

そぐわないなあって思いながら1度だけ顔を出した、ひとつテーブルのお集まりがあった。2年ばかりも前だったと思う。

最初から最後まで物質話題に終始する様子に嫌気がさし・・・。
会話の先には何の発展もないと感じてたのは私だけみたいで他の人たちは結構楽しそうだった。

居場所のカテゴリーが違うなら、ただ1人違ってる者 (此の場合は私です) が場の価値観を鑑みて京風の仕方をするのがgalanterieというものだのに、それさえ面倒臭くなり煩わしい気分をあまり隠さなかった。

無粋だったワ。反省。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは

*ゾラの実
*ゾラ19世紀の記念碑
*フランス19世紀の繊細

*音楽のひとこま
*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
*仏文学を好きなのはネ・・・

*パリの不合理
*ミスタンゲットのパリ
       ?僕が見た素面の事件
*街角が香る
*街の色
*パリの歩き方

*愛すべきフランス
*怪談の日仏
*トイッチュ

*重なりの量感
       *チェックするブログと おしゃべりな家
*フランス気質と音さがし
*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質

*フランスのからくり

*自由
*紫陽花の部屋で
*フランスとルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*フランス音楽とゲラン


■フランス音楽関連リンク
*フランス音楽(1)霧の具象
*      (2)感情と心象
*      (3)失意
*      (4)エクリチュール
*      (5)さかしま
*      (6)トーン変動
*      (7)崩壊と慈しみと
       *プーランク "花" 音源up
*      (8)感性の求め


■イマージュテーマ関連リンク
*美しい白のイマージュ
*イマージュに血が通う
*本質なきイマージュ
*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
*女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン
*イマージュのシルエット
*イマージュ
*フランス音楽とイマージュ考
       ?僕が思うパリの風


■象徴関連リンク
*象徴(1)月とピエロ
*  (2)オコゼ
*  (3)花色
*  (4)気狂いピエロ
*  (5)シニフィエ
*  (6) "蝶と花" 落合訳


■シュレアリスム関連リンク
*海原の娘(1)虚構現実
*    (2)幻想の意味
*    (3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段



パリの歩き方

January 14, 2013

夜のレッスン後、幾度かフランスに行ってる生徒ちゃんが、パリの街歩きのお勧めを教えて下さいって問うた。


私は音を聞くコト、匂いを感じるコト、と答えた。


ルイ・シュヴァリエ著 "歓楽と犯罪のモンマルトル" に面白い1文がある。


相方さんにお借りした本だった。

  *モンマルトルの書と
  ?僕が思う交通標識

《1978年にある不動産屋が、ロシュシュアール大通りに建てた安マンションの広告を新聞に出したとき、すこしでもよく売れるように、それが隣りのクリシー大通りにあるかのようにして売りだしたことがあった。つまり、売れ行きの悪いロシュシュアール大通りの建物を、イメージがまだましなクリシー大通りの一部にしてしまうというとんでもないいんちき広告をおこなったのである。》

             河盛好蔵様訳

1本の道を隔てて人の生活が変わる街を表した文。

  地区によって通行人の服装が異なる。
  風に乗る香水の香りの質が異なる。

メトロ・バルベス駅にゲランSHALIMARの香りはなく
パッシーの道端にLeader Price の3色商品袋は落ちてない。

其れを感じるためにタクシーだけはお止しなさいと言った。

街の音が変わる界隈でエンジン音しか聞こえず、
下水臭の地区と香水の匂いの地区の違いがウインドウに遮られ、
区域でガラリと変わる通行人のお国訛りの差異も耳に入らず、
車が侵入できない細道を1つも知らずに行き過ごし、

得られるお宝をみすみす捨てる如くで残念よと忠告した。

生徒ちゃんはアメリカで高校生活を送ってたから
所謂外国へ行く注意点の風な瑣末事は必要ないのだ。

楽しんできてほしい。
自分だけの宝物を見つけてきてほしい。

美しい側面も荒れた側面も、
多面のパリを見つけてほしい。


自分が言葉のわからない国へ単身行ってする事も勧めた。


片仮名だけの地図は用意しなくても良いから現地のメトロ駅で無料で貰える地図もご覧なさいねと言った。
表記体がまったく違うオグズ語国で私自身が失敗したから。

英語読みする生徒ちゃんはシャトレ・レアールとガイドにあっても駅看板のChatelet Les Halles の字体に気づけなければ右往左往してしまう。片仮名で発音を知るのが有効なのは生徒ちゃんに勧めなかったタクシー移動の場合カナ。メトロやビュスではあまり役立たなくなっちゃう。

地図の書き方だって街の特色を表すから、知れば楽しい。

付け足したのは2つの文学。プルーストとゾラ、上層と下層のお話を1篇ずつ読んでおけば両の区域の楽しみがどんなに深まるでしょうと。

生徒ちゃん自身のパリ探索ができるといいなあ・・・


新しかった本はさっぱりページが閉じなくなった。


中にメモ貼付けを重ね過ぎてページが浮いてしまった。


■お教室関連リンク
*ゆる〜いピアノ室へ生徒ちゃん募集
*ヘンレ色のピアノ室
*小さい生徒ちゃんのフランス教材
*趣味の生徒ちゃんのモンヴェル教材
*楽譜って綺麗・・・
*ピアノ室の紙ものと色紙展
*ババールのお教室
*繋いだ手のしらべ:転調
*アンティークメニューの使い道
*大人から始めるピアノ
*幸せな椅子

*ラヴェル "ソナチネ" 1楽章
*クッキーとヴァリエーション・レッスン
*お天気のメロディー
*親指姫
*ピアノ選び
*生徒ちゃんのピアノ

*ピアノを諦めてる人へ(1)4.20ライブちらし
*          (2)5.30パリの風ちらし
*ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?
*       2:楽しみって何?

*ピアノが辛いとか、カトリックとか
*音楽大学選びのつぶやき
*生徒ちゃんを怒るの怒らないの
*レッスン中の憤怒

*頑張って! と言われることは
*頑張って2と高校生クイズ
*音楽家の卵
*ピアノと根気

■HP
*ピアノ室



フランス古書の油紙

January 13, 2013

アンティーク品で悲しい気分になることが起きたから
心の内を自身でよく知りたくなってる。


考えてみる過程を整理してみたくなった。

  *アンティークを考える

お金持ちのコレクションにされる楽器。
ページを解かれ売買される書物。
ディスプレイの道具にされる楽譜。

まるで女の見目が良いからと、富んだ男性の添え花に買い上げられるしかなかった女性のような不遇のやり切れなさを覚える。

弾かれない楽器、音を紡いでもらえない楽譜、読まれない書物。
其れらには作り手と共に生命を損じてゆく悲劇を感じてしまう。

人の心が反映された物には、造り手が願う愛し方をもって愛したいと思うのだ。

食器の作り手は楽しいお部屋に置かれるよう願っただろう。
所有者の自由な形の楽しみでお茶やお菓子にと。
古びて使えなくなったらばお花やカードを飾るのも素敵。
日用食器の作り手が求めるのは、ただ人の手が側にあること。

  楽器や楽譜や書物はそうじゃない。

音を紡がれないこと目的に造られた楽器や楽譜はない。
叡智と感性を交わさないこと目的に刷られた書物はない。

  楽器製作者に、作曲家・作家に、ただならぬ情を感じてる。

**


古書が大きなスペースを占める本箱の中。

ラシーヌ、アナトールフランス、バルザック、ヴォルテール、カミュ。セピア色に染まった書物には古い油紙が巻かれてた。

油紙に破れが見えはじめ、背表紙が見難くなってしまった。
1冊は此の通りタイトルがまったく読めなくなってた。


必要な本を探し辛く油紙を廃棄した。


刷られて売りに出される形になってから掛けられた油紙は著者と関連がない。だから躊躇しなかった。書物を読まれるべき書物として愛すれば油紙は不要だった。

  書物には著わした筆者が居る。
  当然の一様が無視される悲しい事が起きた。
 
    時代時代の綴じ方・紙の使い方は
      今はなき小さな本工房の味も示すが
        味わいも美しさも筆者ありき。

    まして古い装丁や挿絵や古印刷の希少性は
      良い書物あってこそ心ある装丁業に繋がった。

    著名挿画家の手によって彩られた紙面も
      中を読まず挿絵を書いた人など居たろうか?

プルーストに挿画した麗しのマドレーヌ・ルメールが?
エミール・ゾラの大作に描いたエドゥアール・マネが?
メリメの小説でモノクロの線が生きるオーギュスト・ルルーが?

  まさか其んな愚行はしない。

彼らの絵は書物内容にインスパイアされて描かれ刷られ、物語と挿絵の双方に相応しい造りを施されて世に送り出された。

    馬鹿馬鹿しいほど当たり前の事を
    どうしてわざわざ重ね書くのか。

**


外国語紙面を飾れば素敵さんに見えるかと陳腐な理由で
"古紙" にアンティーク価値があるからと不分明な理由で
例えば綴じが残っている古書を人の手でバラバラにして
売り物・飾り物の "アンティーク紙" (?!) に破壊する。

愚策だ。

心あるアンティーク好きさんは物品を丁寧に扱われるだろう。
隔たりを感じる此の事例の場合は "ディスプレイ品コレクター" とでも呼べば良いのか・・・ その世界の線引きを知らないので正しい呼称はわからないけれど、バルザックの不機嫌顔が浮かびそうな考えの持主かもしれない。

  *お玄関はお家の・・・

本を愛するとは1人の人間の訴えに向かい
精神と、意図と、試みと、執筆の労力と
長編を構築する年月の重さと、頭脳と、気力と
思想と、趣向と、人生の題材と、命の賭し方と
背景と、時代と、貧富と、階級と、生活と

記されたあらゆる事柄を理解してゆくことではないのか。

**


  出来事の件はまた後に。
  今日は本に例えて今の気持ちだけ記してみた。


*古書と優雅
*フランスの古本
*使い込まれた古書♪
*19世紀のフランス古書
*背表紙が取れたフランス古書



ギャレット・デ・ロワ

January 06, 2013

サクサクのパイ♪
アーモンドペーストの生地♪


今日は嬉しいエピファニー。
カトリックの一級大祝日。

夜半、典礼の御公現の項を読んで話し合った。
密誦を読み、捧げものの事をおしゃべりした。

《主よ、願わくは、主の公教会のささげものをかえり見給え。
このささげものをもって、われらはもはや
黄金・乳香・没薬をささげるのではなく、
われらの主なる御子イエズス・キリストが、
意味され、ささげられ、拝領されるのである。
御身と共に・・・。》

それからおもむろにギャレット・デ・ロワにナイフを入れた。


コムニカンテスに目を通し、美味しいギャレットを頬張って。


タピオカちゃんからもママン手袋からもエピファニーのメールが届いた。

  御公現の日をとても楽しみにしてた。
  まるで御降誕前の地上のように心が荒れていた。

お正月の精神と様式を守られる方々は心配りをお持ちで
自らに惰性がある場合に他信仰者へのデリカシーに欠ける。

其んな風に感じ、毎年のごとく辛いお正月だった。
いわゆる年神を迎えての祭りを総勢が行なうのが当然のような押しつけを感じてた。

  *寛容というもの

9世紀以降の典礼は1月1日を2級の祝日においているけれど
5世紀から9世紀以前はお正月の不道徳な祭典を排斥していた。
その旨に逃げ込み、主の御割礼 (御降誕8日目にモイゼの律法に従った形) の項だけ読んで、お稽古に費やした。

1月6日のエピファニーを心待ちにした。

有効な捧げものを持たなかった紀元前の人々が主の御降誕で光に満たされたように、喜びのエピファニーを迎えた。

此の日を境に例年お正月の憂いから開放される。
とっても嬉しい今日の日。


*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント
*年頭2013



寛容というもの

December 30, 2012

先月再読したドストエフスキー "罪と罰" にロシア正教が繰り返し登場する。


他作品にも多いドストの最大のテーマの1つなのね。

  *さもない日曜日

私はロシア正教じゃないけれど彼の清潔な思想描写は好ましく映った。あくまで東方教会を遠くから見る目の一定の好感。

法哲学者ホセ・ヨンパルト神父様のお言葉が思い出された。
時々読ませて頂いてるカトリックブロガーさんが引用され
明確なご説明をされていたのだった。


  ヨンパルト神父様が仰るのは宗教的寛容についてだった。

今日は神社に、明日はお寺に、次は教会へ行く人は、迷っている人・真剣に考えない人・矛盾をおかしている人なだけで、決して寛容な人ではない、という内容だった。

  他者に寛容であるとは何かのお話だった。

  人間は一定の立場を取らないかぎり
  寛容はありえない、とのことだった。

寛容とは。自分の考えに確固たる正当性を確信し、相手が当問題では間違っていると理解判断し、その上で人間としての相手を受け入れることとされていた。

  無節操・不真面目・でたらめ・不心得は
  決して寛容とは言い得ない。

**


ドストエフスキーは西方ローマカトリックから離れたロシア正教の内容だけれど真摯な真心には心打たれる。

クリスマス・イベントのでたらめな茶番に疲れ果てたのち、
本然の寛容が成立し得ないにも関わらず
寛容の自己申告だけが増長する季節から逃げ出したくなる。

毎年のことだ。

節操なく、だからこそ寛容の無いあらゆる事柄を諦めつつ
その中でせめて自分の穏やかな生活だけは守ろうと
無益なエネルギー浪費をしている。

寛容は、互いの強い信念を尊重すること。

  信念なきところに寛容は生まれない。
  信仰も、音楽も。


*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント




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