Paris Z



フォーレ "本当は、怖いくらいに" 落合訳

November 09, 2014

木の皮のお花ガーランドがマイブームでもう1つ追加。
寒さが増してくると家内に暖か色がほしくなる。


タピオカちゃんが送ってくれたフラゴナールさんの大きなクロスもとっても可愛い暖か色。


今朝はフォーレOp.61-5 楽曲訳を。



  《本当は、怖いくらいに》
              ポール・ヴェルレーヌ
              落合訳

本当は、怖いくらいに僕の命は鼓動しています
昨夏、僕の魂を囚えた輝く想いに。

永遠に愛しい貴女の面影を
貴女だけに捧げた心に宿しています。
貴女への愛と、貴女に気に入ってもらえたらと請う想いで
いっぱいになった心に・・・

どうか赦してください、此んな風に率直に伝えてしまうことを。

貴女の言葉ひとつが
貴女の微笑ひとつが
これからは僕の掟となってゆくだろうと慄くのです。

僕を天上の夢想から悲嘆の底へ突き落とすには
貴女の身振り、貴女のおしゃべり、
貴女の瞬き1つで充分なのです。

それでも、
未来が見通せなくても
数限りない苦悩が次々訪れても
無限の希望の元に貴女を見ていたい。

再び失望に沈むことがあっても
無上の幸福に浸って
幾度でも申します。

貴女を愛しています
・・・君を愛してる!

《J'ai presque peur en vérité》

J'ai presque peur en vérité,
Tant je sens ma vie enlacée
A la radieuse pensée
Qui m'a pris l'âme l'autre été,

Tant votre image à jamais chère,
Habite en ce coeur tout à vous,
Ce coeur uniquement jaloux
De vous aimer et de vous plaire ;

Et je tremble, pardonnez-moi
D'aussi franchement vous le dire,
À penser qu'un mot, qu'un sourire
De vous est désormais ma loi,

Et qu'il vous suffirait d'un geste,
D'une parole ou d'un clin d'oeil,
Pour mettre tout mon être en deuil
De son illusion céleste.

Mais plutôt je ne veux vous voir,
L'avenir dut-il m'être sombre
Et fécond en peines sans nombre,
Qu'à travers un immense espoir,

Plongé dans ce bonheur suprême
De me dire encore et toujours,
En dépit des mornes retours,
Que je vous aime,que je t'aime !


             (下線はフォーレの改訂個所)

加えるべきお話などはまた今度に。
今朝はミサに行くのです・・・♪


*フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
*フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
*フォーレOp.61-5 始まり
*フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
     ?僕がイヤんなるコト
*フォーレOp.61-5 許して下さい
*フォーレOp.61-5 愛しき者
*リディアとマリアンヌ
*フォーレOp.61-5 希望



フォーレOp.61-5 希望

November 07, 2014

木の皮でできたお花ガーランド、数百円。


奥まったお部屋は明る〜いピースで・・・
おうちの中心にある幾つかの落ち着いたお部屋を抜けると、はじっこには此んなお馬鹿っぽいピースが現れる。


夫の大学院の卒業証書もお馬鹿インテリアに溶け込んでる。


私は読めないから、言われなきゃ卒業証書ってわからない。

**


仄暗い所を抜けて行き着いた突き当たりは殊の外明るく感じる。
もっとお馬鹿さんっぽくなっていいから
もっと楽しく設えたいって夢を見る。
わくわくする計画で一杯になる。


フォーレOp.61-5 第5パラグラフは其んな希望に溢れてる。


第4パラグラフで、"僕を天上の夢想から悲嘆の底へ突き落とすには貴女の瞬き1つで充分なのです" と語った後


  Mais plutôt je ne veux vous voir,
  それでも貴女を見ていたい

と結論する。

数え切れない数の人々皆が同じ風な恋の悩みを得て
悩みの果てに其れでもあなたを愛すると決めた瞬間に、

  恋の悩みは悩みじゃなくなるのだ。

振り向かれないかもしれない想像が恐ろしくて、自己防衛本能が悩みの形を違えてたって気づき・・・ ならば止してしまう? 片想いを終わらせることができるの? って己に問うて

  傷ついてもいいって決めることができたら
  物思いは掻き消えることがある。


すると何故だか希望ばかりが見えてくるのだ。
此の一瞬にホ長調へ転調する。


  L'avenir dût-il m'être sombre
  Et fécond en peines sans nombre,
  未来が見通せなくても
  数限りない苦悩が次々訪れても


パラグラフはじめの "それでも貴女を見ていたい" は次文へ掛かり

  Qu'à travers un immense espoir,
  無限の希望の元に
  貴女を見ていたい。


ドルチェの優しい音だけれどsenza rall.
気持ちは前へ進むのだ。


此の曲に解釈が入る余地はない。
誰もが体験で知っている、恋する人間の当たり前の心の動きが
そのまま表示記号になっているのだ。

闇を通った後の希望のメロディーは poco a poco cresc. で
高らかなフォルテへ昇る。


*フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
*フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
*フォーレOp.61-5 始まり
*フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
     ?僕がイヤんなるコト
*フォーレOp.61-5 許して下さい
*フォーレOp.61-5 愛しき者
*リディアとマリアンヌ



フォーレOp.61-5 愛しき者

November 03, 2014

片想いだと知るのが怖くて
問えないまま飲み込んでしまった言葉でいっぱいになって


だのに何かの拍子に、突き動かされるように大胆な気持ちに変わった一瞬に・・・剥き出しの言い様になることがある。

  *恋した匂い


迷い、悩んでやっとの思いで言葉にしたら
一旦唇に乗せた途端に秘めていた感情が溢れだす。

思い煩いが嘘のように、次々に伝えたい事が湧き出てしまう。
逡巡の期間、苦しさに喘いだ気持ちを吐き出すかのように
予期せぬ勇気に捺されて捨て身の念いで愛を示したくなる。

フォーレOp.61-5 第4パラグラフは其んな風に流れてるように思うのだ。

  *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
  *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
  *フォーレOp.61-5 始まり
  *フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
     ?僕がイヤんなるコト
  *フォーレOp.61-5 許して下さい


震える訴えを記した第3パラグラフだった。


  A penser qu'un mot, un sourire
  De vous est désormais ma loi,

  貴女の言葉ひとつが
  貴女の微笑ひとつが
  これからは僕の掟となってゆくだろうと慄くのです


婉曲な表現じゃない。でも自らの想いの内を解き明かすに留めている意味では、彼にとって抑えた表現だったのだワって、第4パラグラフにきた時に感じさせられる。


続くセンテンスはもっとダイレクトな訴えに変わる。



  Et qu'il vous suffirait d'un geste,
  D'une parole ou d'un clin d'oeil,

  貴女の身振り、貴女のおしゃべり、
  貴女の瞬き1つで充分なのです

何が充分なのか・・・?

  Pour mettre tout mon être en deuil
  De son illusion céleste.

  僕を天上の夢想から
  悲嘆の底へ突き落とすには


興味深いのは、リディアのテーマの使用です。


第2パラグラフにマチルダのテーマを使ったフォーレは、第3パラグラフつまりイマージュだけに留まらずマチルダの具体的なジェストを想定して告白が始まったところからリディアテーマの変形を用いるのです。

  *"リディア" 落合訳


愛しき者の象徴的なメロディーは、


ヴェルレーヌの想いをフォーレ自らへ映し重ねたかに見える。

  此のような形が歌集 "優しき歌" には多く見られ
  9曲の中に各曲テーマが複雑に絡み合う。

  誰もに平等に与えられた恋心を
  人々に眩しく思い起こさせる作品だと思う。



フォーレOp.61-5 許して下さい

November 02, 2014

恋人時代に夫と訪れた美術館で求めたカード。


お揃いで選んだカードたちが今はおうちに2枚ずつ。
其んな事がとっても嬉しい。

ミュージアムショップでカードを選びながらおしゃべりした。同じ絵柄に興味が向いて同時に手を伸ばす瞬間が沢山あった。其んな時は恋人とうんと近しい感じがして嬉しかった。

別々のおうちに帰らなければならなかったけれど
お揃いのカードを持ち帰ると寂しくない気がした。


おしゃべりのたび嗜好を知るのが楽しかった。


  ちょっとでも沢山の仲良くできる事を探して拠り所にし
  恋人が好かないものを遠ざけて
  お話中に新しく知った好みを守って

共に心を動かすのがいつしか私の中の決まりになった。
フォーレOp.61-5 第3パラグラフは其んな心情の箇所。

  *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
  *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
  *フォーレOp.61-5 始まり
  *フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
     ?僕がイヤんなるコト


第2パラグラフ前にピアノソロで挿入されたマチルダの面影のところのメロディーが、第3パラグラフ前でも形を変えて現れる。


声は "Et je tremble, 僕は震えてしまうのです" と始まる。
其れからぽつりと "pardonnez-moi 僕を許してください" と呟きの弱い音。

何を許せと?
"D'aussi franchement vous le dire 此んな風に率直に貴女に伝えてしまうのを" です。

**


  A penser qu'un mot, un sourire
  De vous est désormais ma loi,

  貴女の言葉ひとつが
  貴女の微笑ひとつが
  これからは僕の掟となってゆくだろうと慄くのです

**


深く愛していれば当たり前の心情を表すことを謝る彼。

まるで、貴女を愛していいのですか? って問い掛けたい気持ちを覆うように。


恋人を求める気持が生んだ '掟' は、


  もしも自身がマチルダに望まれないなら
  震えるほど辛い枷になる。

  彼女が望まない事を遠ざけたい心情が
  自分を彼女から遠ざけることとなる。

けれど成就するなら '掟' を持てるのは如何ばかりの幸福だろう。


気持ちが止まってしまいそうに怖しくまた甘美な期待も混ざった思い為しは、優しい弱音dolceで囁かれる。



フォーレOp.61-5 第2パラグラフ

October 30, 2014

古いガラスケースが壊れてしまった。
小さな抓みで開け閉てするケースだった。


嘆いてたらば夫がガラスと枠を外してくれた。


ガラス扉の木枠をフレームに見立てて読書室に立て掛けた。


壊れた物を記念に飾っただけだけど
アイボリーの漆喰壁がタングステン色で引き締まったかも。

枠の足許にシジュウカラちゃんに頂いたグラスと
青い空ちゃんからのトルションのお箱を置いてみた。


フォーレの事を考えてた読書室から
Op.61-5 第2パラグラフを。


  *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
  *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
  *フォーレOp.61-5 始まり


先回の

  Tant votre image, a jamais chère,
  Habite en ce coeur tout à vous.

  永遠に愛しい貴女の面影を
  貴女に捧げ尽くした心に宿し

は "貴女にすべて捧げた" のほうが詩に忠実かもしれない。未だ迷ってるところ。語順が問題で、日本語訳だと "すべて捧げる" が "心" より先に来ることに齟齬を感じたから。

ヴェルレーヌは "すべて" に物理的な事柄を重ねてはいない。
しかし慣例的には恋愛に於いて "すべて捧げる" とは未来を含んだ行為でもあったりする。未来に繋がる関係が予想された時にこそ口にできる言葉でもある。

詩が示す時点のヴェルレーヌとマチルダの関係は定まっていなくって、

そこに和訳故の逆の語順によって、詩中では "心" を形容するに過ぎない "すべて" が先に来て良いかどうか迷うのだ。


迷って再びフォーレの目を追う。


tout à vous はc-c-f と高いファのメッツォフォルテ。しかし
"貴女" と発音するやいなやディミニュエンドしてしまう。

次のセンテンスはフォーレの改訂により2度目の "Ce coeur"。
(ヴェルレーヌ原詩はMon coeur)

Pで Ce coeur uniquement jaloux と囁き伸ばしてもまだ弱音のまま・・・

今の個人的な感覚だけれど、
"すべて捧げた" と日本文で書いたときに受ける決然とした言い切りの感じを、語順の問題とはいえ此のデリケートな転調の一瞬に書き入れたくない思いがしてる。

フォーレが描いたヴェルレーヌ像に限れば
日本語での "すべて" の語は恋愛の慣習に照らした場合に強過ぎる気がしたのだ。


試行錯誤しながら幾度も音符をなぞった。


第2パラグラフの始まりにespressivoで僅かにピアノソロが挿入される。

Tant votre image と歌う前、同じメロディーが鍵盤上に現れるのだ。

  さながら思い浮かべた "貴女の面影" そのもののように。
  其うして数秒後の歌のシーンで、恋文に記すのだ。

  たった今心に映ったvotre imageを
  "永遠に愛しい貴女の面影" と書付ける。

  言葉にする前の兆しをフォーレは見事に捉え表す。

ヴェルレーヌが恋文を私たちに見せてくれたとしたら、
フォーレはヴェルレーヌが筆を執った時空間を見せてくれる。



フォーレOp.61-5 始まり

October 29, 2014

そろそろポイント暖房にガスストーブを出そうねって
夫と話しながらガスコンセントをパチリ。


古くなってしまってたから夏頃に、電気コンセントと一体型に取り替えた。今冬お初に使います。

またはじっこを写しながら・・・


"本当に恐ろしいほど" って訳が多いフォーレ '優しき歌' 5曲目。
未だ拙訳でのタイトルは未確定だから、今段階Op.61-5と記載しておこう。


  *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
  *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'

タイトルと冒頭、J'ai presque peur en vérité は "本当は恐ろしい・本当に恐ろしい" 双方ともに可能なように思う。

主人公は何が怖いのかって、"命が締めつけられると感じるのが" 怖いのです。胸が締め付けられるじゃなく "生命が締め付けられる" は恋心ゆえの強い感覚。


上2行を進んだところで私たち詩の読者は、命が締め付けられるわけを浮かべる・・・


愛されないかもしれない不安が理由か、
マチルダに強いときめきを感じるのが理由か。

次行を読んで、ああって納得する。

  "昨夏、僕の魂を捉えた輝く想いに"

胸がキュンとなるあまり
命が締め付けられるように感じる後者のほうねって思う。

其れから否、やはり理由は前者かもしれないと考え直す。


A la radieuse pensée 輝かしい想い、眩いようなときめきを知った者は、2度と訪れないかもしれない出逢いの贈り物に豊かさを見出すほどに、かけがえのない相手を失うことが恐ろしくなる。


近づくのも怖いほど大切な想いを抱いて、
そんな気持ちにさせてくれた初めての、其して多分最後の相手と
心を通わせることさえ恐ろしいのだ。


何によって、いつ、此の想いが壊れてしまうだろうかって
近づくのも遠ざかるのも怖くて身動きできなくなる。


  Tant votre image, a jamais chère,
  Habite en ce coeur tout à vous.

  永遠に愛しい貴女の面影を
  貴女に捧げ尽くした心に宿し


大切なあまり動けなくなった果てには
面影を切なく浮かべるのが精一杯で


恋に囚われた不安定な気持ちに添うように
フォーレはpp Alegro molto で楽曲を開始する。


スラースタッカートの合いの手には軽い焦燥も感じさせる。
恋の結論を急ぐ焦燥じゃなくて、言い表したい気持ちを伝え切れない自分への焦りのような。

pの弱音と細やかさを基底に、止まれぬ想いだけがmfまでの短いクレシェンドになる。

打ち明け事だけど赤裸々な表現では描かれない。

愛の囁きは相手への誓いばかりじゃないのね・・・
心弱さの吐露も美しい愛の歌なのだと思った。



マフィンとデート

October 27, 2014

磨りガラス窓から射す太陽が柔らかかった。
昨日は暖かな1日だった。


久々に骨髄の炎症が出て苦しい週末を過ぎた後だいぶ快復。
先週風邪をひいてたから抵抗力が落ちてたんだろう。

何にしても炎症を久々って言えるなんて幸せ・・・!

  *骨髄炎その後


しっとりバナナマフィンを焼いた。
"わ〜♪ "っていっぺんに2つパクパク食べる夫。


形良く膨らんだのを選んで袋詰めした。


夫が神父様とお約束した日に、お住まいの修道院へお持ちするために焼いたのでした。


  *ゴイェスカス "愛の言葉"

夫はお仕事先の大阪から、私は神戸から。
大好きなお花屋さんで待ち合わせでした。

持参するテキストが結構な重さになったから、朝夫がファゴットとバッグに加えて私の分も持って出てくれました。重くって申し訳なかったナ・・・


ガラスにクロスが施された修道院のドアー。


5分強早く着いたから此処で一緒に待ちました。


コートを脱いだ膝の上で
待ち時間の5分間、カテキズムをさらさらお勉強して・・・


世界共通の要理はぶ厚過ぎるから、簡易のQ&A形式のカテキズム要約を持ち込んだのでした。

**


終わって暗くなった坂道を手を繋いで下りながら
楽しかった様子の夫はず〜っと神父様のお話をしてた。

夫がなついちゃった神父様は懐が深く、広い胸で受け止めて下さるお方。小さい事に拘らず、ついでにお身体もタップリ大柄でいらして。

常日頃から夫は決まって此んなタイプのお方を慕う。私も大好きな神父様です。

楽しいデートでした。


■カトリック関連リンク
*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント
*年頭2013
*ギャレット・デ・ロワ
*ロザリオの祈り
*ミサ前に
*チョコレートに悩む
*キャスピアと教皇聖下
*ミサのオルガン
*お祈りとお姑さん
*結婚式のブーケ
*結婚式のベール
*2013年年末間近
*潔斎のクリスマスイヴ
*クリスマスミサへ
*大掃除は5月
*ギャレットと待ち合わせ
*カルナヴァルでした
*灰の水曜日2014
*ブロッケス受難曲
*充実デート
*読後のひとりごと
  ?僕が見た舞台裏
*キヨ子様
*シネマ記録(11)大いなる沈黙へ



シネマ記録(11)大いなる沈黙へ

October 22, 2014

元町映画館に行きました。


タイムスリップする気分になる外観。
レトロで小さい映画館が大好きです。


今週は朝10時にしか上映してない "グランド・シャルトリューズ 大いなる沈黙"。


夫のお昼出勤前の映画観賞でした。

席数が少ないから混雑が予想され、30分前の開館時にって勧められた通り、元町アーケードを進んだ9時半にもう列ができてた。

早めに行って良かった。
満席になって立ち見用のお座布団も足りなくなってました。

お年上のお姉様方で一杯なのでしたが、どんなグループの方が是ほど集まってらっしゃるのか不思議なくらいでした。


たまらないレトロ感漂う映画館に
チチヤス・ミルクコーヒーはぴったり♪


フランス・カルトジオ会の大修道院、シャルトリューズが舞台。
ローヌ・アルプス山間にある清貧の修道院です。

聖務日課に務める修道士さんたちの沈黙の日々のドキュメント。
俗世と隔絶して全てを投げ打ち、神様だけに捧げた生。

日曜日に4時間の会話が許されるだけ。週日は一切の私語が禁じられ、独房に眠り、ネウマを使った聖歌と祈りで日々を送る。


チチヤスコーヒーに喜んだのさえ反省してしまうような空気の修道院でした。


夫は、観ておくべき映画だったと心動かされた様子で何度も此の映画のお話をしてます。
其うして何かにつけて夫が "シャルトリューズでは" って標語の如くに言っている今週の我が家です。


*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*シネマ記録(2)宮廷画家ゴヤは見た
*シネマ記録(3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*シネマ記録(4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*シネマ記録(5)たそがれの女心
*シネマ記録(6) 愛と宿命の泉Part.1
*シネマ記録(7) 愛と宿命の泉Part.2
        *フロレットという女性
*シネマ記録(8)ミッドナイト・イン・パリ
*シネマ記録(9)カミーユ・クローデル
*シネマ記録(10)アデルの恋の物語



フォーレ '気に入ってもらえることを願う'

October 16, 2014

具体的に悩みを記録して考えてみたい。


フォーレ "本当は恐ろしいほど" の訳はできるのかしらって悩んでる。とても難しく感じる。

  *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト

迷ってるのは第2パラグラフ
Mon coeur uniquement jaloux
De vous aimer et de vous plaire
の1文。

直訳は、
ひたすら貴女を愛して、貴女に気に入ってもらいたいと執心する
となりますが・・・


'気に入ってもらう' '貴女が気に入るように' の言い回しは
恋愛以外でも日常によく使われる。


  ちょっとした贈り物の場合に置き替えて
  ニュアンスの違いを考えてみた。

**


同性相手に日本語で "気に入ってもらえて嬉しいワ" って言う時、
気に入られる → "嬉しい" の気持ちは、相手の趣味に合う物を探した行動が無駄にならずに結果を導けて良かった、など《行動達成》の気持ちが大きい気がする。

好意を持っている女性への男性が言う "気に入ってもらえて嬉しい" は、贈った物を気に入られた事実が必ずしも渡した自分を気に入ってもらえたことにならないって自戒含めて、"今段階は、趣味に合う物を見つけられた俺、いいぞ! " って気分に近いのじゃあないかしらって気がした。

女性側が受ける感じかつ少ない体験からしか判らなくて間違ってるかもしれないけれど、アピールの第1歩として《準位達成》の喜びって感じがするのだ。


一方フランス語で同じ言葉を口にする場合
Je suis content que cela vous plaise など


  "嬉しい" の意味合いは、前2例のような
貴女が気に入ってくれる事実を作ることができて嬉しい行動達成
  または
貴女が気に入ってくれる物を見つけられた僕の自己評価として嬉しい準位達成
  の気持ちよりも

貴女が気に入る → 貴女が喜んでいる → それを手伝えて嬉しい
  ってニュアンスのほうが大きく感じられるのだ。


口にする側も各自言葉の使い方は違って、受取り側の私も狭い範囲の個人体験からの感じ方に過ぎないけれども、ニュアンスばかりは個人感覚以外の選択肢がないものだからとりあえず続けます。


上3パターンから感覚的な事を総合すると、日本語で此の文を話すときには行動達成にしても準位達成にしても自己への評価結果が、"嬉しさ" となって現れて、フランス語の同文のニュアンスには相手方の喜び如何に重きがあると感じられるのだ。


だからフランス語の場合、ドライな感情で " (自分としては興味薄だけれど) 貴女が喜んでるならまあ良かったことね" の風に此の文を口にするのも可能だけれど、日本語だと温度が釣合わなくなる。

寄って "気に入られるのを願う" を短い言葉で訳するのは日常文でも難しいように感じた。


ヴェルレーヌに戻って uniquement jaloux de vous plaire の意味は
どうだろうって思った。


意中の女性の喜びを望む事と、自らへ愛が還元される事。
愛の告白に赤裸々に心の内を吐露する彼は無論、両の感情を持ってただろう。

マチルダの気に入りとなって彼女の笑顔が見られれば其れだけで天にも昇る幸福を感じたろうし、また、恋の不安の中では我が身に気に入ってもらえるところがあってほしいと慈悲を乞う気持ちで願いもしただろう。

書付けられた此の文はどちらに重きを置けば良いか。


私にはどうしても決められなかった。
フォーレの視点を辿った。


ヴェルレーヌの訳詩ではない、フォーレの楽曲訳のありようで
当詩をフォーレがどう読んだかに重きを置く格好です。

**


該当箇所 Mon coeur (私の心) をフォーレは Ce coeur (此の心) に改訂しています。

歌パートの四分音符1つに 'ス' と静かな摩擦音を当てて
次ワード '心' が付点四分音符で美しく伸びる効果も呼んでる。

ピアノから内的なクレシェンドで心動かすメッツォフォルテに乗るのは aimer (愛する) の語の高音e、次に高音がやってくるのが件の plaire (気に入る) でdisが当てられる。

前者は

  mer
 ai

と下から上へ伸び上がり

後者は

 plai
   re

と上から下に閉じてゆく。


フォーレが描いた暖かにも感じられる和音の運びは
plaire のところで切なげな孤独感を見せる。


愛する悦びよりも失う不安のほうが強くなる部分に感じた。

上例3つ目の常習以外の・・・
貴女に気に入ってもらえたら気持ちが救われると懇願する想いとして訳そうって、今のところは結論した。

続きはまた。


■訳詩リンク

*"リディア" 落合訳
関連記事*"リディア" 再考
    *リディアという女性
    *バロックとgalantuelles


*僧院の廃墟にて


*"イスパーンの薔薇" 落合訳

*"トスカーナのセレナード" 落合訳
関連記事*トスカーナの目覚めと眠り
      *トスカーナの気配
      *フォーレ "トスカーナのセレナード"
      *トスカーナに憑かれて
      *フランス気質と音さがし
      *19世紀の恋情
      *トスカーナのおしゃべり


*"罪の償い" 落合訳
関連記事*身代金
    *罪と長調


*"墓地にて" 落合訳
関連記事*神戸外国人墓地


*"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
関連記事*解説 "眩耀の夏のひとひ" 訳


*"祈り" 落合訳


*"黎明燃え広がりて" 落合訳
関連記事*黎明、希望と決意


*"夢のあとに" 落合訳
関連記事*夢の目覚めの悲しさよ


*"クリメーヌに" 落合訳
関連記事*アヴェ・マリス・ステラ
    *フォーレ "クリメーヌに"


*"水のほとりに" 落合訳
関連記事*サンピエトロ、体と遺骨


*"月の光" 落合訳
関連記事 *月の光とリュート
     *月の光のメヌエット
     *月の光と諦念
     *月の光に溶けて消える
     *月の光と母性
     *フォーレ "月の光"


*象徴(6) "蝶と花" 落合訳


*"水に浮かぶ花" 落合訳
関連記事*象徴(3)花色


*"ゆりかご" 落合訳
関連記事*ゆりかご


*"ロマンス" 落合訳
*"この世にて" 落合訳
*"漁夫の悲歌" 落合訳
*"秘密" 落合訳
*"棄てられた花" 落合訳
*"秋" 落合訳
*"贈り物" 落合訳


*"森の鳩" 落合訳
関連記事*シルヴィーの鳩とたんぽぽ


■訳すということ関連リンク
*訳すということ(1)野鳩
*       (2)椿姫の白
*       (3)マノン・レスコー
*       (4)カフェオレのボウル
*       (5)マカロン
*       (6)マリア様のお顔
*       (7)クロモスとお友達
*       (8)伴奏
*       (9)エコルセ
*       (10)メープルクッキー
*       (11)スタンダール
*       (12)演奏通訳



読後のひとりごと

October 12, 2014

戸棚周り等はじっこを写しながら。


トルストイ著 "懺悔" を読み終わった。
50の頃トルストイが自殺をしようとした原因になる彼の疑問について書かれてた。

  《私の一生涯からいかなるものが生まれるのか?》
  《何故に私は生きるのか》
  《私の行く手に待ち構えているあの避け難い死によって
   滅せられない悠久の意義が、私の生活にあるだろうか?》

             (カッコ内 原久一郎様訳)


中盤で人生問題に対する実験科学の関係と置いて
  《何のために私は生きているか?》
の問がある。


前半に
  《自分が何を欲しているのか、自分でそれが分らなかった。
   私は生を恐れた。生から遁れ出ようと望んだ。》
と記された内容が説明されてゆくんだった。


其処では古い東洋の寓話が語られる。
怒り狂う猛獣に襲われる旅人のお話だった。

猛獣から遁れて涸れ井戸に逃げ込んだ旅人は
井戸の底にも自分を食べようとしてる竜が居ると知る。

井戸の外には猛獣、井戸の底には竜。
私たちの人生の上でも起きる喩えにもなり、また
どちらへも行くことができない苦悩の象徴でもあるようだ。

旅人は中途の灌木の枝につかまるけれど
彼の手はいつまでも持ちこたえられそうになかった。
更に鼠まで灌木を齧りはじめてしまった。

  四面楚歌の絶望の中で旅人は
  灌木の葉に蜜がついているのを見つけ
  舌に受けて舐めるのである。


トルストイの寓話への結論は違ったけれど


葉の蜜は、ときどき聞く風な
"辛い事は多いけれど、生きてれば良いことだってある"
等の言とも重なる。

**


トルストイは本書をギリシャ正教の立場と探究の精神で描き
1冊を通して疑問への解決法を模索する順序に則ってた。

当書を読んで思ったのは、彼含め個人の行動指針に対し
[何事においても是非を問うことはできない]
って事だった。


個々が苦悩の末に導いた方向についてのみならず、私たちが是非を云々して良いような事柄が果たしてどれくらい存在するだろう。


是非じゃあなくて、この世の命題は、各人が添おうと思うか思わぬかだけのものが殆どだって感じた。
改めて其う感じるくらい "懺悔" の中の考えは自分には遠かった。

**


ごく個人的に私の場合に此の命題はとても単純なのだった。

キリストの犠牲のうちに赦された命を以ってして私は未だ何も報いていないから、生きる義務をおぼえるんだった。

平たく申せば命の恩人をもった人間の気持ちだ。

その気持ちがカトリックとして是か非かもわからない。私個人が自分の人生に於いてのみ、そう思ってきたってだけだ。


だから自分の場合は


葉の蜜のような喜びが有るから生きるのでもなくて
猛獣と竜に脅かされる絶望が有るから死ぬのでもない。

どちらでもないのだ。

生きる間の喜びと悲しみは付属品ではあるけれど、それよりも
報いるまで生きなければならないと感じてきたんだと思う。
其して報いを果たせる時が来ないこともまた判ってる。

其んな愚かしい人間が尚慈悲を受けていると考えるから、
生きる疑問に陥らずに居たのだと実感した。



古い童謡と雨の庭

September 27, 2014

テアトル広場のプラックを頂いた。


パリ・サンピエール教会前の広場標識のミニチュア版。
お土産屋さんなんかで見たことがある。

早速カーポートの壁に掛けてみた。
グリーンと白と紺色の懐かしいプラックを此れからは毎日側で見られて嬉しい。


明日、県立美術館で演奏させて頂く "雨の庭" をお初に弾いた頃を思い出してた。


"雨の庭" をきっかけにフランスの古い童謡楽譜を随分集めてた。
曲中に18世紀の小唄 "Nous n'iron plus au bois" が挟まれてるからだった。

けれども夢中になったのは、結果的に '挿入・曲中使用' として童謡が使われた事実に対してじゃあなかった。

**


日頃口ずさむことはなくても、例えば夕日を見ると '夕焼け小焼け' がふと浮かんだり、木枯らしに身を縮めた途端に 'たき火' の3番歌を思ったり

憶えてるってコンシャスもないままに刻みこまれてて、何かの拍子に心のどこかで追懐するもの・・・

  其れが童謡というものなら
  其うした現象含めて童謡を識るといえるなら
  夕焼け小焼けほどに身体に刻まれていない内は
  フランス音楽を語る事はできないって自戒と共に、
  持っていない背景だからこそ憧れる対象になった。

童謡が刻まれている作曲家の心象に夢中になったんだった。


自曲に既存曲のモチーフを挿入することを、其れまでは技法や発想の説明部分として観てたんだと思う。


平面的な捉え方だったし、作曲者の表象を情報に置き替えてしまう意味においては音楽学生失格の態だった。

童謡に限らず・・・
フランス音楽の中でモチーフに繰り返し用いられる曲たちが
彼らの心情、生活、信仰、歴史の中でどんな存在だったか
検分したいと思うきっかけになった1曲でした。



ベッドルームのテーブルクロス

September 14, 2014

フラミンゴちゃんから思いがけずお箱が届いた。
大きなテーブルクロスが入ってた。


モーヴの入り方がとっても好みだった。
フラミンゴちゃんが選んでくれる物はかっこいい。パリの売れっ子フォトグラファーらしいカラーの組み合わせセンスです。

Martine Nourissat のタグでした。
トルション1枚きりしか持ってなかったメーカーさん。

あり合わせを置いてるうちに何となく暖色系が集まってるベッドルームで使うことになった。

壁が白浮きする感じを緩和しようと掛けてた絵は
クロスと合わないから後で場所を替えよう。
葉っぱドライと組合わせて床置きのほうがいいカナ・・・


大きなローテーブルにもたっぷりなサイズが嬉しい。
お揃いの4枚のテーブルナップとセットの心遣いも・・・


秋に向けて就寝前のお茶時間に使えそう。

眠る前、此処で翌日のレッスンカリキュラムの相談や
お献立の相談をしています。


ヘアカットしてもらってる間にデカルト "精神指導の規則" を読み終わった。


近年読んだデカルトの中で1等好きでしたヨ。



平和

August 14, 2014

パリ1913年。


バレエ・リュスによるニジンスキーバレエ "遊戯" のシーン。
タピオカちゃんのお手紙に入ってたカードをピン打ちした。

夫のお水周りの側、小さな窪みのようなシンプルスペースです。


マリア様のカットが好きだナって思った主日の典礼聖歌表。


その日の心持ちで、今まで流し聞いてたところが急に腑に落ちたり、読み唱える度に考えが覆されたり、典礼の力に自分自身の中が変化するのもミサの大きな喜びの1つに感じる。


  此の日は答唱詩編の最後の部分に共鳴した。
 《正義は神の前を進み、平和はその足跡に従う》


心に留った箇所はカトリック中央協議会年間冊子2014.8.10で註釈がつけられていました。


《平和は、単に争いや戦いのない状態を指すのではなく、'欠けたもののない状態' を表す。不正な力によって '平穏' に保たれているような状態は '平和' とは呼べない。それゆえ '平和' は '正義' と切り離せないのである。》

**


日々の中で平穏を、時に安穏を平和と言い換えて求められる毎、
詭弁だわ〜って大きな抵抗を感じたナ・・・
感じた抵抗を片っ端から口に出すから幾十年平穏にいった試しがないのはさておき、

抵抗をおぼえて心が平和じゃない状態は、正義と切り離したものを平和と偽る事への気持ち悪さだったんだなって合点がいった。

そして合点さえ、此うした些末な日常事に照らさなければ観取し得ない智慧の無さも反省。

  正義ある平和が行なわれますように。



区別

July 22, 2014

何にも関係なさそうな話題の最中に
前から疑問だった約款が1つ解明できたりする不思議。


2つの主題に繋がりはなかったのに、お友達の随順する姿を知ることで自分が持ってる其うではない感覚の理由が明瞭になった。

**


ある日Faxを受け取った。
滅多にない紙づまりを起こした。

嵌り込んで上へも下へも動かなくなった。
ランプが点滅してた。
詰まりを取り去るよう表示が出続けるのに
幾重にも挟み込まれて中を開いても外れない。

山谷に細かく折られた形で挟まった紙はビリビリになって
破片を少しずつ無理に外して時間がかかった。
紙の下でインクリボンまで山谷の形状に折れ曲がり
折れて詰まったリボンの一方はロールがすっかり伸び出して
機械の中で波打ってた。


好きじゃない人からのFaxに限って此れだわと舌打ちした。
機械の調子に過ぎず送り主に非はない。
この件に非はないけれど、別の多くの件と同じく間は悪い。


相性の悪さと間の悪さがFaxにも反映されてるかのようで、物凄くいらいらしてた。


  お友達からのFaxが詰まったって苛立たないだろう。
  恋しい人からのFaxならば、山谷に折り込まれた紙だって
  心に刻まれる形に感じられるかもしれない。

  人間は其んなものだ。

  なにしろ其の日のFaxに私は頻りに悪態をついてた。
  一事万事、彼輩はやる事なす事スッキリ運んだ試しがない。
  何でもかでもガチャガチャ無作法で、どうなってんの! と。

どうかなってるのは拙宅のFax機だから全く理のない悪態。


Faxの主を "面倒くさい" の語だけで片づけてきた。


相性不一致の理屈も考えなかった。
'好き' を鑑みて共通項を見出すのは楽しいけれど、スルーしたい対象は理由を考えるのさえ面倒なもの。

其んなときプラトン "パイドロス" を読んでて楽しかったページがあった。

ソクラテスとパイドロスの対話で [鉄や銀の語を論じるときはすべての人が同じものを思い浮かべるが正しい・善いといった語は一定の見解が定まっていない。] → ならば → [弁論の技術を追求するなら第一に前者特定の見識のものと、考えが不定にならざるを得ないものを一定の方法で区別して、それぞれの何らかの特徴をつかまえてしまうことである。]


ただ煩わしいと不分明に流してるものは、区分して取出してみるとどんな形をしてるでしょうって考えてた矢先だった。


書出しに戻ると、共存と受入れの姿勢のお友達の考えに触れたきっかけで自分には其れが皆目ないって気がついた。


仮に悪でも '私を理解してほしい' と立論を畳み掛けてくるなら、共感できなくても理解するだろう。其うした人の多くは、共感と理解は別と鑑別してるものだ。だから理解を強く望む人が必ずしも共感を望むわけじゃない。要求段階から区別をされた形は性にも合い、理解を飛び越えて受入れようとさえ思う。けれども

仮に善であっても '私を受入れてほしい' を第一の欲求とし、受入れられることが共感・共存の糸口と考える人を理解する可能性は自分の場合はないのだろう。


'一定の方法を以て区別し見出せ' っていうソクラテスに従えば
理解を求め領会に動いてくる前に受入れを願われる形を自分は煩わしく思うのだと気がついた。

**


今朝はあまり日本的じゃない内容でした。
東西それぞれの風土や宗教観が影響をもたらす感覚は
此うした日常通念に大きく関わるとも感じた日。


*好き嫌いのそれぞれ


■ソクラテス関連リンク
*ソクラテスと肉体
*オーブン壊れちゃった
*人間の愉しみ
*実を結ぶこと
*リサイタル告知とクリスマス写真
*1日追想



カラー階段

July 15, 2014

え? って思いますよね、この色・・・


設計者がひどく夢見がちで、遊び心最優先で、可愛らしい贅沢が大好きなお利口じゃない思いつきをする人だから (父です) 他にあるメイン階段なんて昭和の建築当初は深紅だったんです。

そのせいで娘もカラフル階段が好きです。


主に私が使ってる此処は1本の階段に踊り場を3つ確保して、数段ずつに分けた遊び階段。


無駄満載。
踊り場ごとに好きな風に飾って楽しみなさいって考えの設計だったのに、あんまり物を持ってないからスカスカ。


無駄ついでに、飾る物もないのにニッチがすごく沢山・・・


お友達に頂いたアンティーク糸巻きやクロモを置いてみたり
パリのお友達が旅行中に送ってくれたカードを立てかけたり

展覧会チケットなんかも並べてパリへのノスタルジーに浸れるコーナーにするくらい。またしてもゼロ円。


昔はすっきりが好きだったから手持ち品が少ないのだけれど


この数年に気分が変化して、アメリのお部屋っぽく可愛いモノでゴチャッとさせたくなってきちゃった。

  精神年齢退化してるのかしら・・・それとも
  自分が年をとったから若い心に憧れるのかな。

現代のパリっぽく進化を目論んでる場所。


■無駄リンク
*夫のプレゼント・センス
*レース手袋の無駄



ちいさいもの

July 14, 2014

お友達が下さったフランスアンティーク糸。


シック可愛くて大好きです。もったいなくって使えない。時に晒された糸は使ってもきっとすぐに切れてしまうのでしょう。儚さがより愛しくなる小さいもの。

ミニミニサイズのバレリーナのお人形。バカラのフラコンは後年の頂き物。生徒ちゃんからのレースのハンカチーフ。


フランスの低いヴァーズはアコヤガイかな?


赤いカードはフランスの美術館切符なのです。
15世紀にフランドルで織られたタペストリー "貴婦人と一角獣" の図案で、フランス国立クリュニー中世美術館所蔵作品。精密な古いタペストリーだなんて信じられないモダンさにびっくりする。

じめじめした時期だからコーナーを爽やかに替えたくなった。壁に立てかけてるカードも取り替えて


黒いお帽子の女性2人組?


上は恋人時代に夫と訪れた美術館で。ムーランルージュがテーマのコンサートを考えてた頃でロートレックに目がいったんだったナ・・・
1895年、文芸評論誌 "白いレビュー" の表紙になった1作です。

下はタピオカちゃんが送ってくれたアンリ・ルロル(1848年〜1929年) "オルガンのリハーサル"。ルロルはドビュッシーの親しいお友達だったことからドビュッシー展で売られてたんですって。
ルノワールが描いたルロルのご令嬢方の絵も有名ですネ。


大きいサイズのお気に入りを立てかけてるのは
幅のある半円型のコンソール。


3本脚が面白くって好きなのだけど古くてもうハゲハゲです。


表面剥がれを隠すのに好ましいクロスを持ってないから
とりあえず適当なレースを・・・


半円の上へ綺麗に掛かってくれる生地と形と大きさって難しくってなかなか探せないのです。


ほら〜


クロスサイズが合ってないから、小物配置も落ち着かなくて適当なことになってます。

パリのお友達がちょこちょこ送ってくれる此うした小さいものたちを集めて、フランスを懐かしんでみる。

2014年キャトーズジュイエに。



・クーポールのカップ

June 28, 2014

フラミンゴちゃんから小荷物が着いた。


惜し気なくトルションをたくさん使って梱包してくれた包みを開くと、ラ・クーポールの陶器ロゴが見えた。

1927年から数々の芸術家たちの溜まり場だったモンパルナスのカフェレストラン。此方でも幾度か話題にした、プーランク時代の色合いを残す場所です。

カップと並べて写したのは手持ちのラ・クーポールのレストラン史。おんなじロゴ・・・♪


昔ラ・クーポールがリモージュに依頼したものみたい。


現行の同じお品が現在も尚作られてるかもしれませんが
此方は金彩も剥がれそうになってるブロカントです。

嬉しい・・・ モンパルナス大通りの雑踏が甦る。

お手紙が入ってた。


フラミンゴちゃんの文はちょこっと男の子君っぽく独特で素敵なのです。

タピオカちゃんなら "パリは今正午なのよ、緑色を感じる風が吹いてるワ" って書いてくれるところを、フラミンゴちゃんの場合は "正午が巡ったパリ、緑は風の色" って、和訳なら体言止めみたいな感じ・・・

文章は表現のツールや手段に留まらず、それぞれに人の香りを伝えてきて楽しいって感じた日。



鏡像

June 14, 2014

水に映る世界が好きだ。


水面の鏡の中では空間っていう非物質が、見慣れた物質に親しげに手を添える。

岩の窪みに溜まったお水を眺めた。
アーチが映ってた。


見る場所を変えると水の中のアーチも揺れながら場所を変える。


水面でアーチは横たわってる。
枠に鳥がお腹を見せて数秒留り、飛び立った。

水の世界は現実世界を歪めて、
可視と不可視の境目がなくなるような錯覚を起こさせる。


"水に映る影" をジャンケレヴィッチが次のように記していました。


《ドビュッシーは、このすばらしい音楽の水彩画において、クロード・モネが '睡蓮' で描いたのと同じ光を揺らめかせている。
その反対にフォーレは、鏡を通してさかさまに映る世界の中にその像を休ませ、くつろがせる。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)


  お2人の大作曲家の水のテーマは本当に魅力的で・・・

  たゆたう光と澱みが水の魔性を引出すドビュッシーの誘い。
  滞留さえ流れの鼓動の一部のようなフォーレのイノセント。

彼らの作品たちのことを想いながら


開ききったラベンダーを夫と一緒に摘んで窓辺で乾かした。



**

水と幻影がテーマの近代フランスには、お花が終わっても水に映る世界でラベンダーは若い茎のまま・・・なんてお話がありそうだワ。


■ジャンケレヴィッチ関連リンク
*フランスと4.20PJ写真(2)演奏中
*グッゲンハイム道順とババールカードVol.12
*お席数限定ラ・クロワ
*音とお庭
*間際の悩み
*七夕はPJへ
*裏口のカードル
*延期
*ダサいお菓子
*西宮ミュージックパーティー
*七夕ライブ
*七夕PJ、星灯りのプログラム
*優しき歌とリディア
*ババールカードVol.14と優しき歌
*ゆりかご
*夜鳴きうぐいす
*沈黙とフランス音楽
*フォーレとヴォルフ



フォーレとヴォルフ

June 09, 2014

ヴォルフはとっても好き。
歌曲には思い出もある。


だからヴォルフを曲解して顕した文なら引用を躊躇うでしょうけれどジャンケレヴィッチの書きようは単純に人物対象じゃない。
音楽思想の形が根本的に異なる良い例だと思う。

《あくまで芸術家であるフォーレは、形式的完成をきわめて大切なことと考えた。


芸術家には言うべきことが数知れずあるだろうが、それを言うのにどのような言い方をしても許されるということではない。情熱家で、ロマン主義者のフーゴ・ヴォルフはしばしば無造作に結論を引き出している。彼はおそらく

  形式にまとまりがないのは熱い感情が原因なのであり、
  その方が愛に燃える心には受け入れやすいのだ
  と考えたのだろう。
  だから彼はあんなにもぞんざいに結論を下すのだ。

このようなおろそかなやり口は、わずかばかりの誠実さと引き換えに認められるべきものなのか?》

  中略

《フォーレは即興を許し霊感をはばたかせる権利が
不可侵のものとは考えていない。》

  中略

《フォーレはおそらく、情熱に燃えさかる心には何事も許されるのだとは考えなかったのであろう。フォーレの音楽にみるあの気品高さ、動きの端正さ、典雅な結び方は今述べたことに起因している。

'芸術的なるものは閉ざされた空間を欲する' とは
"ファウスト" 第二部における錬金術師のせりふである。》


同著者がリストについて


《言いたいことはすべて言い切ってしまうこの種の資性が獲得する圧倒的な成功は、半濃淡とほのめかしによるところの詩心をくじき、言い当てる楽しみという余地を少しも残さない。》

と、述べている箇所はせんに引用しました。

  *七夕はPJへ


情熱をぶつければ '作曲は情熱を伝える事と' 考える聞き手には、判然としたもの故に受け入れ易い。そして一層の平明を欲して音楽や演奏に結論を求める場合がある。情熱も、作曲者演者が言い切れば言い切るほどに其れらの聞き手は '成功' と体感する・・・

ってお定まりを前提にしてジャンケレヴィッチが顕した上記2項目からの展開が顕著な個所は、フォーレをヴォルフ&リストと比較した次段階に当たるドビュッシーとの比較箇所のように思う。

《ドビュッシーの "やるせない夢ごこち" では、ピアノが静かに九度の和音で夢見るごとく滑り下りていくが、その鍵盤にかすかに触れるさまは、まるで枝のそよぎのようでもある。

ドビュッシーの場合、やるせない夢ごこちを表す曲線は概して下降の向きがあったのに対し、フォーレの音楽づけは、大地や苔から蒸気が立ちのぼるように、上昇線を辿る傾きがあることを思い起こそう》

  (中略)

《つまり、ドビュッシーは感知できる特質に向けて身を低めていくが、フォーレは逆に物質を気化させ、消してしまう。》


少し判り難いので長いけれど続きの部分も挙げます。


《ドビュッシーにあって、あの頬に触れんばかりの多種多様な和音も、夏の夕の雲にも似た変わりやすい色彩も、いずれもこのことに発している。したがって旋律は絶えずゆらめく半音階のひだを帯びるため葉のざわめきとその影で覆われる一方、ピアノの音は木の葉の縁から露が滴り落ちるかのように、指の下で小刻みに震えおののく。

 フォーレはといえば、こちらは 'かすかな声の合唱' よりは、むしろ '音もなく揺れている小石' に耳をかそうとする。

樹々のそよぎ、葉むらのざわめきは、フォーレにあっては響きの暈光(うんこう)となって溶け合い、それが私たちを内省の念と同時に官能の歓びへと誘うのである。

恋人の影、親しいその影は半陰影の音の深みのなかにすべての特質を混ぜ合わせ、ひとつにする。耳ざわりな雑音をひとつ残らず吸収しようとしてか、フォーレは歌の線の下に、十六分休符と入れ違いのシンコペーションによる十六分音符の軽やかなモスリン織りを張りめぐらせる。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)


訳者様の功績大きく、見事なジャンケレヴィッチ節が伺える。

ジャンケレヴィッチの語り口に触れてると興奮して鼻血が出そうになる変態だから、此んな文を味わい味わい '滑り下りる音' と '気化する音' を夢想してしまう。

いずれも結論がない・・・否、結論という概念をもたない音楽なのだと思う。


■ジャンケレヴィッチ関連リンク
*フランスと4.20PJ写真(2)演奏中
*グッゲンハイム道順とババールカードVol.12
*お席数限定ラ・クロワ
*音とお庭
*間際の悩み
*七夕はPJへ
*裏口のカードル
*延期
*ダサいお菓子
*西宮ミュージックパーティー
*七夕ライブ
*七夕PJ、星灯りのプログラム
*優しき歌とリディア
*ババールカードVol.14と優しき歌
*ゆりかご
*夜鳴きうぐいす
*沈黙とフランス音楽



目眩まし

June 08, 2014

マーガレットが元気良く開く。


此れがまた失敗なのです。目指したい視界から遠のいてばかり。


フランスの南の地方を訪れた日に強い印象に残ったのは
色とりどりのお花を併せ植えた沢山のコンテナだった。


2、3種類の色があるとコントラストがついてお花がくっきり浮かび上がる。5、6種類の色を寄せると色の系統は3種ほどに分かれて見えて、対立色はモダンにも映る。

  それ以上の色種になると色もお花も急に印象が薄れ
  乱反射と錯覚するような眩い印象が強くなる。
  花々より其処へ射し屈折する光が際立つようだ。


其れは音楽によく似てて


音の二分化・単純化が齎すコントラストや、コントラストと把握できる範囲を超えると、人はコントラストがないように感じる場合がある。

contra -- stareはフランス音楽の色に於いては反対色に限らない対照色になるが、反対色が見出せないと、色の粒が数えられない事と塗りつぶされている事を '感覚の上で' 混同する。

  其うして、(色の中の、また音の中の) 光の介入に眼を遣ると
  混同で目眩ましとなった段階から1つ進んだ光景に出逢える。


音の景色と、音の景色を見ることに段階があるのを
毎日感じていたい思いがする。


小さなお庭の身近な光景もフランス音楽の音世界風に作りたいナァなんて夢見てるのに、色とりどりとはゆきません。センスと予算の問題が大きくてズッコケまくり。何故だかピンク系ばかりがよく育つ、植物の気まぐれにも翻弄されてる。

  とりあえず夢だけ見ておこう。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは
*村落の花

*ゾラの実
*ゾラ19世紀の記念碑
*フランス19世紀の繊細
*自尊と言語と音楽

*フランスと動物臭

*音楽のひとこま
*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
*仏文学を好きなのはネ・・・

*ランボーと抑圧
*ランボーの田舎

*パリの不合理
*ミスタンゲットのパリ
       ?僕が見た素面の事件
*街角が香る
*街の色
*パリの歩き方
*フランスのご馳走様
*フランス菓子をおいしく味わう
*バカンス風お食事時間

*愛すべきフランス
*怪談の日仏
*トイッチュ
*フランスの特権

*重なりの量感
       *チェックするブログと おしゃべりな家
*フランス気質と音さがし
*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質

*フランスのからくり

*自由
*紫陽花の部屋で
*フランスとルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*フランス音楽とゲラン
*"パリ空の下"

**


■フランス音楽関連リンク
*フランス音楽(1)霧の具象
*フランス音楽(2)感情と心象
*フランス音楽(3)失意
*フランス音楽(4)エクリチュール
*フランス音楽(5)さかしま
*フランス音楽(6)トーン変動
*フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
       *プーランク "花" 音源up
*フランス音楽(8)感性の求め

*尻切れ草履
*沈黙とフランス音楽

**


■イマージュテーマ関連リンク
*美しい白のイマージュ
*イマージュに血が通う
*本質なきイマージュ
*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
*女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン
*イマージュのシルエット
*イマージュ
*フランス音楽とイマージュ考
       ?僕が思うパリの風
*審美とイマージュ
*イマージュと食
       *夫の食とバルザック
*キッチンのイマージュ
*夫のコタツ嫌いとイマージュ

**


■象徴関連リンク
*象徴(1)月とピエロ
*象徴(2)オコゼ
*象徴(3)花色
*象徴(4)気狂いピエロ
*象徴(5)シニフィエ
*象徴(6) "蝶と花" 落合訳

**


■シュレアリスム関連リンク
*フランス、恋の結末、オートマティスム

*海原の娘(1)虚構現実
*海原の娘(2)幻想の意味
*海原の娘(3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段

*ブルトンと散形花

*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



ブルトンと散形花

June 01, 2014

レーゼンベルグが次々に開いてます。


アンドレ・ブルトン著 "シュルレアリスム宣言・溶ける魚" より

《鳥たちは色彩を失ってから形を失う。》

もう此処からして大好き。日頃目にし耳にするものを如何にいい加減にしか捉えられてないか知ることができる。遠く飛び行く鳥は確かに、色が判別できなくなっても鳥の形だけを残し、其れから形が見分けられなくなる。

去る鳥がどんな風か見知ってるつもりで、
何も見ていなかった、何も感じ取れてなかったと思わせられる。


続きです。


《それらはいかにも実(じつ)のない蜘蛛の巣のような存在になっているので、私は手袋を遠くへ投げる。黒いステッチのある私の黄いろい手袋は、くずれかけた鐘楼に見おろされた平原の上におちる。それから私は腕ぐみをして様子をうかがう。笑いの様子をうかがっていると、それらはすぐ散形花 [訳註あり] のようにひろがって咲きそろう。夜がやってきた、まるですみれ色の水面におどりあがる鯉さながらに。見慣れない月桂樹たちが、海からおりる空とからまりあう。》

             (巌谷國士様訳)


本書訳の出版を2度試みられたフランス文学者巌谷様は解説でとても簡潔にブルトン像を書き取ってらっしゃる。解説内容全文が好きな中でも目を引いたのは

《〈既知〉のなかに〈未知〉をもとめ、より強度な〈未知〉の光明によって〈既知〉をふたたび輝かそうとする志向》

っていう文でした。


シュレアリスム解説でしばしば用いられる '強度の(な)' って言い回し。


適切で其れ以外の表現は難しくって、そして適切だけれど妥当ではない、受取り側の力量任せのところがある言葉だとしたら私は幾らもわかってない。

遠のく鳥の姿を本当には識らなかったように、既知のつもりの現実も感じ取れてないところが多いんだろうな。引用最終、立ち木へ夜の帳がおりる時も、薔薇が開く形さえも。


[訳者様註:


散形花(オンベル)とは、たくさんの小花をつけた花柄が日傘(オンブレル)の骨のようにひろがり、全体としてひとつの球状をなす花(あるいは花序)のこと。ランボー14行詩 "母音" (1872)のなかに、"散形花のおののき" という一句が見られる。]

**


  そこでランボー3冊を覗いてみましたヨ。

原書の初期韻文 "Voyelles" 内の該当箇所 "frissons d'ombelles" はEの項にありました。粟津則雄様は [繖形花(さんけいか)のおののき] って訳されて堀口大學様の場合は原語のままのルビで [繖形花(オンベル)のかすかな顫え] でした。


■シュレアリスム関連リンク
*フランス、恋の結末、オートマティスム

*海原の娘(1)虚構現実
*海原の娘(2)幻想の意味
*海原の娘(3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段

*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



村落の花

May 14, 2014

ロベリアが少しずつ広がってる。


植木鉢にこんもり茂るといいなあ・・・

昨日までのブッ切れ日記がなかった顔して今朝のおしゃべり。


ラベンダーも元気に蕾を上げてきました。


此処は屋根から下がる雨水の樋が目立たないようお花で隠しているのです。


夫はブルーが好きだから、よく通るお玄関口へブルー系のお花鉢を集めた。


バルザックの村落風景の叙述が読みたくなって "谷間の百合" をパラパラ捲った。

《私は魂を揺り動かされて、その円形花壇の底まで降りてゆき、間もなく一つの村落を見出したが、それを私に比類ないものと思わせたのは、私の内部に豊饒をきわめていた詩情だった。水の草原のただなかに、いくつかの小さな木立を冠のようにのせて、優雅な姿に切り出された島々の間に三つの水車がおかれているところを想像してご覧なさい。それこそ生き生きした、それこそ彩り美しい、つづれ織りのように流れを覆って、その上に飛び出し、流れとともに波を打ち、流れの気まぐれのままに靡き、水車の輪に叩かれる流れの嵐に合わせて身を屈するそこの水生植物には、水の草原という名以外のどんな名がつけられよう。そちこちに堆く砂利の山ができ、水がその上に房をなして砕けると、それに太陽が反射する。アマリリスや睡蓮やみずゆり(訳註:白睡蓮)、いぐさや桔梗撫子がその豪奢なつづれ織りで岸を飾っている。腐った橋桁で組み立てられた端は揺れ、橋桁には花がまといるき、欄干には生き生きした草やビロードのような苔が植わっていて、欄干は流れに向かってかしいでいるが落ちはしない。つかい古した小舟、漁師の網、羊飼いの単調な歌、島のあいだを泳いだり、ジャルで羽掻いたりしているあひる、ジャルというのはロワール河が運んで来る大粒の砂の名だが、それや、縁無し帽を横ちょに冠って騾馬に荷を積むしごとに精出す粉挽き小屋の少年、こういう細部のひとつびとつが、この情景を驚くべき素朴さをもったものにしていた。》

             (寺田透様訳)


延々と続く描出。
バルザックの感性は全く素晴らしい。


私たちがぼんやり通りすぎる小風景。時に寄っては緑地と顕し済ませてしまう事、お人に寄ってはただの叢にしか見えないもの。眼を開くことができなければ雑草地にもなる処へ感性の眼を落としてゆく。

其処彼処のページでバルザックが長々と繰り広げる風景叙述が大好きです。見方・感じ方を諭してもらっているようでスゴク楽しい。

彼が村落を描く様はフランス文芸の真髄に近い一姿だって思う。

  *沈黙とフランス音楽

目を凝らさなければ見えず、耳を澄まさなければ聴こえない。
感性を持たずに触れれば取るに足らない雑木の群が
其実精細に綾なす絵画的な作図になって
気づく者にだけこっそり分け与えてくれる蜜をもってして
味わった者を虜にする、密やかでインティメイトな空気。


一生追いかけたい "フランス的" というもの・・・
でも一生かかっても手に入らないんだろうナ。
そして簡単に手にできないものだからこそ美しいのでしょうね。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは

*ゾラの実
*ゾラ19世紀の記念碑
*フランス19世紀の繊細
*自尊と言語と音楽

*フランスと動物臭

*音楽のひとこま
*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
*仏文学を好きなのはネ・・・

*ランボーと抑圧
*ランボーの田舎

*パリの不合理
*ミスタンゲットのパリ
       ?僕が見た素面の事件
*街角が香る
*街の色
*パリの歩き方
*フランスのご馳走様
*フランス菓子をおいしく味わう
*バカンス風お食事時間

*愛すべきフランス
*怪談の日仏
*トイッチュ
*フランスの特権

*重なりの量感
       *チェックするブログと おしゃべりな家
*フランス気質と音さがし
*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質

*フランスのからくり

*自由
*紫陽花の部屋で
*フランスとルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*フランス音楽とゲラン
*"パリ空の下"

**


■フランス音楽関連リンク
*フランス音楽(1)霧の具象
*フランス音楽(2)感情と心象
*フランス音楽(3)失意
*フランス音楽(4)エクリチュール
*フランス音楽(5)さかしま
*フランス音楽(6)トーン変動
*フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
       *プーランク "花" 音源up
*フランス音楽(8)感性の求め

*尻切れ草履
*沈黙とフランス音楽

**


■イマージュテーマ関連リンク
*美しい白のイマージュ
*イマージュに血が通う
*本質なきイマージュ
*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
*女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン
*イマージュのシルエット
*イマージュ
*フランス音楽とイマージュ考
       ?僕が思うパリの風
*審美とイマージュ
*イマージュと食
       *夫の食とバルザック
*キッチンのイマージュ
*夫のコタツ嫌いとイマージュ

**


■象徴関連リンク
*象徴(1)月とピエロ
*象徴(2)オコゼ
*象徴(3)花色
*象徴(4)気狂いピエロ
*象徴(5)シニフィエ
*象徴(6) "蝶と花" 落合訳

**


■シュレアリスム関連リンク
*フランス、恋の結末、オートマティスム

*海原の娘(1)虚構現実
*海原の娘(2)幻想の意味
*海原の娘(3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
       ?僕が思うシューレア・クリーム
       ?僕が思う靴下と階段

*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



シネマ記録(10)アデルの恋の物語

April 29, 2014

コンサート前で疲弊してると夫が映画観る? って誘ってくれた。
ミルクティーをいれてオヤツを食べながらおうちで観るDVD。


時間が充分はないから普段なら2、3回に分けて少しずつ観賞するのに、止められなくなって一気に観てしまった。

イザベル・アジャーニ主演。フランソワ・トリュフォー監督なんて其れだけで夢のような映画です。此の映画でトリュフォーは脚本もグリュオー&シフマンと共同執筆してるんですね。

  アジャーニの狂気と忘我の女性の比類ない演技。
  彼女の持ち味と役柄が溶け合っていて惹き込まれました。


アジャーニのどこか不安定な美しさ。
今にも均衡を破りそうな張り詰めた感覚が眩さを一層際立たせるようで目が離せない。見る者の不安感を誘うような吸い込まれそうな美でした。

**


舞台は1863年。ナポレオン・トロワのフランスからイギリスの旧統治国カナダへと旅立つユゴーの娘アデルの執拗な求愛が描かれます。妄執に囚われた主人公の愛は相手への執着となり、相手への執着は愛される自分へ執心を思わせます。

先日 "カミーユ・クローデル" にヴィクトル・ユゴーが亡くなった日のシーンが出てきてた。"アデル" では偉大な文豪ユゴーの父としての悲嘆も垣間見え・・・


  映画の間また女の嘆きのプログラムの事を考えてた。
  気分転換にって誘ってもらった映画だったけれど
  何をしても曲のことばかり浮かぶ。

アデルの恋の物語ではアデル・ユゴーとイザベル・アジャーニ、2人の女性像に見入った。

  受け入れられなかった利己的な愛、
  撥ねつけられても止まない執着、
  愛されない事実を拒否する狂気、
  思い出への固執、婚姻の迷夢、

人として不十分なアデルの仕業だけれどアジャーニ演じるアデルは大変魅力的でした。うら若き彼女の姿は思い返しても溜息が出るような麗しさでしたよ。


*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*シネマ記録(2)宮廷画家ゴヤは見た
*シネマ記録(3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*シネマ記録(4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*シネマ記録(5)たそがれの女心
*シネマ記録(6) 愛と宿命の泉Part.1
*シネマ記録(7) 愛と宿命の泉Part.2
        *フロレットという女性
*シネマ記録(8)ミッドナイト・イン・パリ
*シネマ記録(9)カミーユ・クローデル



シネマ記録(9)カミーユ・クローデル

April 11, 2014

かっこ良いわ〜! ジャン・ジャック・エンネル・・・
1829年〜1905年フランスのアカデミー画家。


タピオカちゃんからまたまた小包が届いて、中に入ってたエンネルカタログが素敵だったから額装しました。

タピオカちゃんってば共通のお友達フラミンゴちゃんにもお土産を托してくれてたのに

  *おしゃべり・おしゃべり

フラミンゴちゃんに渡し忘れた雑貨がまだあったワって、郵送でもたくさんのオマケを届けてくれた。


タピオカちゃん会いたいなぁ、フランス伝統主義絵画はステキだなぁ、ってパリ病が悪化。


フランスどころか半日だって遊んでる場合じゃない時期のパリ病治療はフランス映画です。

  カミーユ・クローデルを観ました。

数々の賞を受けた作品。イザベル・アジャーニ主演。
アジャーニ映画は "王妃マルゴ" "イザベル・アジャーニの惑い" 以来でした。惚れ惚れした〜

  *シネマ記録(4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他

並外れた集中。集中と隣り合わせの狂気。知性と破滅的な精神を併せもった人物像はカミーユなのかアジャーニなのかわからなくなってしまうくらいにアジャーニは素晴らしかった。尖った天性で強烈な求心作用を起こすようなイザベル・アジャーニ。彼女を通して、カミーユも此うだったのかもって想像させられました。


個人的に苛烈な女性が好きなんです。


  ルイーズ・ド・ヴィルモランとか
    マルタ・アルゲリッチとか
      イザベル・アジャーニとか

ディープで兇猛さも感じさせて、本能に突き動かされる様も曝け出す逞しさを備えた特別に美しい方々。

カミーユも大変な美貌と才気を備え、作品とオーギュスト・ロダンとの恋に狂気のような情熱を見せます。けれども彼女の場合は恋の破局を端緒に発狂してゆき・・・ 失った恋に囚われたまま精神病院に監禁されて生涯其処を出ることはありませんでした。

不幸せを呪い自らの精神を傷めつけ、作品さえも破壊してゆく。
一見不運な、本当に不運な巡り合わせの歯車に身を置いてしまったかもしれないけれど、狂うような恋と常軌を逸した執着を精神病院で亡くなるまで放さなかった人を、後世の者が不幸だと言うことはできない気がして。

愛の破壊と精神の破壊がみられる重い映画でした。
重たくて、脆くて、常識的じゃなくて、そして美しかった。

**


昨日から色紙展が始まっています。*4.10〜神戸色紙展
よろしかったら覗いてみて下さいネ。


*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*シネマ記録(2)宮廷画家ゴヤは見た
*シネマ記録(3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*シネマ記録(4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*シネマ記録(5)たそがれの女心
*シネマ記録(6) 愛と宿命の泉Part.1
*シネマ記録(7) 愛と宿命の泉Part.2
        *フロレットという女性
*シネマ記録(8)ミッドナイト・イン・パリ



おしゃべり・おしゃべり

April 03, 2014

ピカピカの太陽が射してた昨朝、矢車草君と打ち合わせへ向かった布引橋。


歩きながらパシャパシャ連続して撮った3枚です。

楽しみにしてたフラミンゴちゃんとのデートは、ホールを出て三宮へ移動したあと12時丁度から始まった。


ジャポニズムに興味がある彼女は旅の前半は京都滞在・・・
う〜ん外国人にとって神戸の街って京都からわざわざ来て楽しいかしら? って心配だったのです。

  *お客様を巡って

でも結局街もお道具もなぁんにも要らなかった。


少し北野でも歩く? 私もよく知らないけど・・・って誘った。


歩き回る間中おしゃべり・おしゃべり・おしゃべりで、建物1つ紹介する隙間もなくって。おしゃべりし倒して気がつけば駅周辺へ降りてきちゃってた。

  プーランクやサティのこと
    復活祭のアニョ・パスカルのこと
      ローマの建築物のこと

なぁんにも見ないうちに電車に乗った。電車からの景色にも見せてあげたいものがあったのに、また猛烈なおしゃべりをしてる間におうちに着いちゃった。

  映画 "アメリ" の監督ジャン・ピエール・ジュネ氏が
    フラミンゴちゃんのお家に来た日のこと

  異常なまでにパンを愛してパンの皮を女性に喩える
    変わり者のパン屋さんのご主人のこと

なぁんにも見ないうちにお玄関を入った。和のものがない拙宅に来たって面白くないのに・・・って渋ってたことなんてすっかり忘れた。

お昼間からワインを飲んで、朝早くにお支度しておいたフレンチを食べて、ケーキやチョコをお庭で食べて、薄暗くなるまでまたしゃべりにしゃべって終わったのでした。

  ピエール・ルイスのこと
    ジャンケレヴィッチのこと
      マカロンとチョコのこと

  ヴィクトル・ユゴーの別荘のこと
    美味しいドレッシングのこと
      モンマルトルのギャラリーのこと

  モンサンミシェルの海岸のこと
    谷崎潤一郎のお墓のこと
      イギリス絵画のこと
      
お見送りしたあとで気がついた。
拙宅でピアノを聞かせるのさえ忘れてた。
おまけに一緒の写真の1枚も撮らずに・・・

なんにも考えないで、なんにも気づかわないで、
ただただおしゃべりし続けた本当に楽しい1日でした。



お客様を巡って

March 28, 2014

タルタル・アペリフレシリーズのチーズです。
プロバンス風と銘打ったお味のほう。


初めて求めたのはお友達が訪ねてくれる日だった。
アペリティフと一緒に並べようとしたのでしたが・・・

プレートに個別にカッチリ嵌ってて付属のピックで取出すとチーズに穴が空いちゃう。プレートのお腹を押しながらシュガートングでつまんでみたけれど型崩れしがち。まさか手掴みしたものはお客様にお出しできないし、プラスチックプレートのまま食卓に乗せるのも抵抗があって・・・ 結局お出しできなかったのでした。う〜ん、此れはファミリー内で食べましょうねってことカナ。


お客様と言えば・・・今朝は困惑して呟き・・・


3月末から2週間ほどパリのお友達アーティストが関西へ来ることになっててメールで色々相談してた。フランスの政府機関に滞在するうち1日を神戸に来たい旨・・・

できるだけお手伝いしたいって願う反面、日本で会ってもお役に立てるとも思えなくって不安いっぱいだった。

何故って彼女は大変に日本の美と日本の自然を愛してて、何にもわかってない私より余程詳しい。街のあらゆる処に日本人としての当たり前の知識を求められてるならきっと応えられないな。我ながらレベル低すぎ・・・外国人観光者ほどの知識もない。

  観光のやりとりのはじめに告白した。

"とっても会いたい。だから聞いてね。私のフランスに対する思い入れや知識と同程度のものを日本に対して持ってるって想像してるなら大きな間違いで、貴女より日本を知ってるって言い切れない。
貴女が好きな熊野古道も吉野も、通り過ぎたことさえないのよ。
だからね貴重な貴女の滞在時間を私に会うことで無駄にさせるのは怖いから、貴女のより良い滞在のための過ごし方を1番に考えて頂戴ね。その上で貴女の行きたい場所への案内人の役割に於いて、観光客1人が観光客2人になるだけでも良ければ喜んでするわ。

でもロクじゃないわよ。たとえ神社へ行ったとしてもカトリックの私には何がどうなってるか知る由もないもの。書いてある説明書きを読んであげられるだけ。"

  メールを打ちながら省みて・・・
  とっても会いたいけれど本当に役に立たないわ〜

そもそも神戸って、ジャポン大好き外国人が旅の1日を潰してまでやって来て面白い街かしら・・・ナンテ疑問も。



  数時間後に返信を受け取った。

"Sacra! 何処へも行かなくていいわよ! 貴女に会って話して、貴女の住まい、貴女の宇宙を見ることができたら1番嬉しいのよ。"

  え〜・・・
  より一層悪いワ・・・

日本の名所案内人も勤まらないけれど、拙宅はもう尚更お話にならないでしょう。だって・・・

異国に滞在する外国人の気持ちはよくわかる。好きな国のファミリーはどんな風に暮らしてる? おうちはどんな風? って知ってみるのが大きな喜び。
其うして 'より異国らしいモノ' に触れたいって期待してしまうもの。

  しょうがないから駄目押しメールになりました。
  来客に躊躇しまくる希有な事態。

"どうぞいらしてね。がっかりするために来ることになるから先に伝えるわ。
多分貴女が望んでる家屋じゃあないのよ。瓦屋根もなければ木製の表札に漢字が書いてあるのでもない。貴女にとって普通の外観で、お部屋の中と言えばもっとがっかり。畳も土焼き花瓶も、巻取り式の紙額 (Kakejiku) も床敷き正方形クッションもない。辺りはフランスの物しかない、貴女にとって普通過ぎて馬鹿みたいな1日を過ごしに来てくれるっていうなら私も喜びを得られるワ。
お迎えに行くわね。"

  溜息・・・
  普段のフランス好きは裏目に。

どうする? って見渡してもジャポン大好きフランス人が喜びそうな設えもない・・・ 申し訳なさで気が進まないけれど、会えるのはすごく嬉しい。喜ばせられそうな事を早く思いつかなきゃ・・・



灰の水曜日2014

March 09, 2014

灰の水曜日、冷たい小雨の中を夫と一緒にミサへ出かけました。


灰の式は棕櫚やオリーブの灰で額に十字の印をして頂きます。
《あなたがたはちりであり、ちりに帰って 行くのです》
の言葉と共に悔恨と死と謙遜を思い起こさせる大切な儀式。

前年の枝の主日に使った枝を燃やした灰に、司祭様が聖水をかけられて灰を祝福なさいます。贖罪の象徴の灰です。

昨年は朝7時のミサを選んだけれど今年は夫と合わせた予定で夜のミサへ。

ミサが始まるやいなや、またボロボロ泣いてしまった。


  *クリスマスミサへ


どうしてか夫と並んであずかるミサは神父様のお言葉が染み込むように感じられちゃうのです。嬉しくて、意味のないところで泣き、歌いながら泣き、どうなっちゃってるのかなあ・・・

夫の前にも御聖体じゃなく祝福を頂いてるかたがいらっした。
どうしてか私はどなたかが司祭様から祝福を受ける姿を見るのが格別に好きなようです。ほんわり心が温かくなって、知らないその方に笑いかけてしまった。

夫も灰で額に十字を刻んで頂き、祝福を受けて会堂を出ると
小雨は止んでとっても綺麗な星が光っていました。

**


駅前でコスメコーナーを覗いて・・・
口紅がなくなりかけたから次のは夫好みの色を求めたかったのです。夫は淡いピンクベージュを指差した。
灰の水曜日にコスメではしゃいじゃって、またダメ教徒でした。


■カトリック関連リンク
*寛容というもの

*疎外感を越えて
  *不思議な駅(15)好きなもの
*サン・ニコラの日
*2011新年
*サンタクロース
*クリスマスツリーと恩寵の聖母
*禁欲のクリスマス・イヴ L'abstinence
*お年賀状プリント
*年頭2013
*ギャレット・デ・ロワ
*ロザリオの祈り
*ミサ前に
*チョコレートに悩む
*キャスピアと教皇聖下
*ミサのオルガン
*2013年年末間近
*潔斎のクリスマスイヴ
*クリスマスミサへ
*大掃除は5月
*ギャレットと待ち合わせ
*カルナヴァルでした

*お祈りとお姑さん
*結婚式のブーケ
*結婚式のベール



カルナヴァルでした

March 07, 2014

ラザニアを作ってる図。


カトリックの四旬節を前に食べ込んでいました。
節制と禁欲の灰の水曜日以降を思うと、今のうちに思い切りお腹に詰め込んじゃわなきゃって通俗根性がむくむく・・・


スティックブロッコリーと烏賊のパスタのソースを作り中に
お鍋の中をパチリ。


オーブンに入れる前のハーブ漬け込みもパチリ。
大きな赤身をお腹いっぱい頂いた。


民衆行事カルナヴァルは意識しなくっても
四旬節を思うと自然お肉を食べ込む週間となって・・・


荒野のイエズス様に倣う46日間の前に羽目を外すカルナヴァルはとってもロジックだわなんて思ってしまった。


豚バラ大根は拙宅の場合は前以てお大根に圧力をかけてトロトロにしてから調味料を炒め和えします。


オイスターソース、ネギ油、ニンニク、中華コンソメ、胡麻油、出汁醤油、お酒、お砂糖少量などなど。

夫がフライパン一杯食べちゃった。

**


カルナヴァル化してたお食事のあと・・・典礼を読み直して四旬節の悔恨の節制に共鳴した筈だったのにナ。結局灰の水曜日の大斎には何を食べましょうかばかり言ってたダメダメな教徒でした。



シネマ記録(8)ミッドナイト・イン・パリ

February 28, 2014

可愛い〜!
切紙細工のエッフェル塔カードです。


タピオカちゃんから届いた2つ折りカードを開くと飛び出す絵本みたいにエッフェル塔が出現した。
なんて可愛い。お手紙を読みながらクッキーでおやつ。


光の具合でエッフェル塔の影がフランス全土に伸びて・・・


たったそれだけで胸が詰まりそうになっちゃった。

パリが恋しいナ・・・


フランス地図も切り抜きで文字が記されて、パリの位置はお星様マークが切り抜かれてる。
パリものの赤って大好きです。


すっかり郷愁を誘われて、パリの風景が見たい〜って騒いだ夜、
夫が寒風の中DVDを借りてきてくれました。

**


ミッドナイト・イン・パリ。
ウッディ・アレンの監督作です。

現在と1920年を行き来するファンタジーの中に、心酔する過去の文学者たちへの想いと、現代生活の幸せとをしんみり感じさせる映画でした。

現代を生きる懐古趣味の主人公。
アメリカ文化流入の活気に溢れる憧れの1920年にタイムスリップしますが、其処で出逢った女性も懐古趣味でした。
彼女が憧れる華やかなアールヌーヴォー時代にも古きを良きものと思う人々が居て・・・

舞台の1920年はコンサートプログラムの時代が嬉しくって、現代のパリでは通りやカフェの1つ1つが懐かしく・・・私も時代の一側面しか見ない懐古趣味だなあってやや反省。
何故って主人公は言うのです。憧れの時代には歯医者さんに麻酔がないって。

私たちはきっと少しずつ欲張りなんですね。
美しい時代に憧れて、一方で携帯がなきゃ暮らせないし、麻酔をしないで親知らずを抜くなんてあり得ない。石釜に魅せられても電子レンジは必須。麗しい扇を揺らせる姿は眩しいけれどクーラーなしじゃ居られない。

今の時代に生きられる有難さを見直してみたいと思いました。


■シネマ記録リンク
*シネマ記録(1)モンパルナスの灯・他
*     (2)宮廷画家ゴヤは見た
*     (3)エゴン・シーレ 愛欲と陶酔の日々・他
*     (4)カラヴァッジョ 天才画家の光と影・他
*     (5)たそがれの女心
*     (6) 愛と宿命の泉Part.1
*     (7) 愛と宿命の泉Part.2
        *フロレットという女性



大掃除は5月

December 28, 2013

昨日はとっても楽しい夜でした。


まずは赤嘴クイナちゃんとパンダの里ちゃんとの合わせ。
お初合わせはとっても楽しい。貴女はどんな音楽がしたい? って問い掛けながら弾く気持ちになる。

合わせのあとのリラックスしたご飯とおしゃべりも沢山笑ってあっという間に過ぎました。蝶番君もうんと楽しんだみたい。また来てネ!

**


数日前、屋根裏手前の小さなお部屋を少し模様替えした。

椅子のカバーリング布をお洗濯してマダム・ビスコッティのお妹様お手編みの柔らかなカバーに替えた。

南仏の黄土色の壺が欲しいなあって長年思いながら、床置き紫陽花は相変わらず古いジャグに入ってる。


リビングルームの本のコーナーは生花が傷んできたからドライに置き換え。
今はお庭にもお花が少ないのです。


普段のお掃除をするだけで拙宅は年末の大掃除をしない。

**


大がかりなお掃除は毎年春にすることにしてる。
年末の、って時期限定の大掃除は少なからず抵抗があるからだ。

毎年5月のリサイタルの後、少しゆったりできる数日にしてるのです。他のクリスチャン友にも暖かい季節に窓を開け放って大掃除する派が数人。寒い季節にこびりつく汚れも暖かいと落ち易いっていうのも納得だから、拙宅は今年も5月に。

大掃除が歳ガミを迎える古来の慣習からとの説多く、また煤祓いで厄を祓う意味合いが重なれば私たちは神道イストじゃないから慣習と括りづらく時期を外す。


先日は嵌め殺しの明かり取り窓はお掃除ついでにチュールを取りつけてみた。
柔らかな光になって此のほうがいいカナ・・・


毎日のちょこちょこしたお掃除のまま迎える年末です。

**


午後までピアノ室で過ごせる日。山盛りの課題を少しでも進めなきゃ。




Topページへ
Blogページへ