Le morceau Ⅹ



お昼寝の曲

October 13, 2017

家庭犬として生きてきた子たちに比べたらまだまだみすぼらしいコートだけど、ブルゴーニュ君なりに頑張ってます♪


栄養がゆき渡って改善されてきた皮膚を傷めないよう
徐々に生え揃ってゆくコートを綺麗に保ってあげられるよう
いろ~んな工夫をしてみる。



此の曲でお昼寝するのって幸せな雰囲気かな? と思って弾いてみました。

音が出る前にすぴ~ってお鼻を鳴らしてるのが少し聞こえます。
音が止むと目で反応していたり。しっかり聞いてるっぽいのが可笑しいワ~


寒い日に白を身につける幸せ感も好きで


リード&カラーを白にした。


飼い主もお揃いに。


ペアルック(?)に飼い主がうきうきしてるのが伝わるのか、嬉しそうにギュウっとくっついてくるブルゴーニュ君。

私たちのノヴェレットはどんな風に進むのでしょう。



プー "ノヴェレットNo.1" の生地

October 06, 2017

ハート形かと思ったらバレエシューズなんですね、可愛い!


写真は昨日の続きでコフレ・ド・ボヌールさんのお菓子です。

  *クッキーの正しい食べ方


ドライいちじくや胡桃などが一粒ずつ並んで楽しさいっぱいの焼き菓子をピアノレッスンに使えたらいいのにナ。


楽曲の構造は、トッピングの並び順と分量・クッキー生地とトッピングの上下位置(声部)の関係など、ポーションが幾つも組み合わさってる。

トッピングの選別やカットから土台を捏ねるのから全部をたった1人で弾くピアノの場合、技術面でトッピングに引っ張られて土台生地の形が変わっちゃうことがありますよね。


'土台生地の形' が変わり易いのは、今とっても気になってるプーランク "ノヴェレットNo.1" なども。


はじめのところは清涼感と温かさ、混じり気ない音を求めるにはどれほど三思しても足りません。

だけどナントナク音を追うのなら多分どなたにも簡単ですね。
そして曲の力によって、ナントナク弾いても割合好い具合に魅力的に映るのです。

拙ければ幼気を、固過ぎれば古典調を、善し悪しに関わらず耳を傾けさせてしまう優しさは、此の曲の素晴らしい天質です。同時に甘く美味しい落とし穴でもありましょう。


シニカルなプーランクは甘い味わいだけで終わらせてはくれません。


冒頭が弾き好くて綺麗でやさしいから、通そうとするでしょ・・・
すると最終ページがぐじゃぐじゃになるでしょ・・・
するとアララ半年経っても冒頭スルスル最終ぐじゃぐじゃから脱せない例が多いんです。

明らかに付き合い方を間違えてるって周囲は気を揉むのに当人は膿んだ関係から離れられない、みたいになりがちな曲。楽曲の目に見える優しさに流され、問題の根本解決には取り組まないままズルズルする '曲と人とのカップル' になかなか幸せが訪れず・・・(?)


楽譜を開いたらば是非90~97小節の8小節間(トッピングたっぷりのトコロですね)をお稽古してネ!
其処が1~8小節と同じ '土台生地の形' で弾けるようになってから9小節目以降のお稽古に歩を進めると早道にもなり、'生地の形' を把握することもできますね。



ヒュードロドロ

August 18, 2017

パヴェ・ダフィノワのミニサイズを見かけた。
可愛いサイズ感に手が伸びた。


レギュラーサイズと異なって皮面を多く感じるバランスなのね~。サイズが変わればお味バランスは当然変わる。

そういえばロッテさんのチョコパイもレギュラーサイズとミニサイズの均衡が随分違いますよね。パヴェ・ダフィノワはレギュラー派、チョコパイはミニが好きだワ。

**


昨日ブルゴーニュ君は、金属音が保健所に不吉に響いた風な雰囲気で 記述した。 実際それは文字上の '雰囲気' に過ぎない。

  *僕が間違えた道
  *僕のお名前
  *僕らの月日
  *僕らの分かれ道
  *きくらげの寄り道
    ?きくらげのコト


其処に立ち込めた空気が反響させた音ではある。


けれども物理的な音そのものに吉不吉があるのじゃあない。どちらの音に捉えるかは受取り手の気持ちが選ばせるものだ。

ある周波数、ある音質の物理的条件を、恵みを齎すアンビアンスと格付けするか。あるいはアンハッピーに区分するか。多くはその基準は体験を根拠に設けられる。それから更なる体験によって更新される。謂わば動く基準だ。

ごく単純な例だと、テレビでよく用いられる心霊スポットの音が映像と結びつく体験を繰り返すうちに禍々しい画像を思い起こさせる音並びや楽器づかいを刷り込まれるなど。耳にするだけで背筋が寒くなる感じがする。

すると "初めから禍々しい単独音が存在する" と勘違いすることもある。実際には音にではなく音と結びついた逸話や映像に恐怖感覚を憶えるとしても、そのように認識しない場合もある。


悲喜も同じく、単独の音そのものは絶対基準を備えてはいないだろう。


縦に積み重ねられ、横に並べ重ねられた音同士の関わりによって、徐々に染み出すかのように現れ葉脈の産毛にとどまる露の一粒であり、其処へ光が当たるか風で流れ消えるかは一粒のときにはわからない。

一雫の露は未だ性格をもたないのだ。

先刻心霊スポットなんて馴染みのない単語をパッと書いちゃったから続きを例にすると、おどろおどろしい感覚を呼び覚ます効果を含んだ音の重なりを作曲家さんは探し、選び、組立てられて、だからこそ効果として恐ろしさを誘う作用を発揮するが、それはあくまで幽霊文化(?) に根ざした者同士の共有ベースの上に成立つところが大きい。


成仏せずに表情のない顔つきで主張したいことをはっきり伝えないまま浮遊するイメージを分かち合っていない文化土壌の人々にヒュードロドロの音を聞かせれば、ミステリアスな効果音と感じても直接日本特有の幽霊のイメージに繋がりはしないものだ。


ヒュー単独、ドロ単独は、その段階では一雫の露。

すごく当たり前のことを今更急に何? って感じですよね。
口頭でなんでもなく交わす音楽題材の会話(の体貌をした与太話)の場合には、意外とそれらの切分けがなされないまま話題が進行してたりするのを思い出して、何となく。



白い花の贈り物

August 04, 2017

母が編んでくれたサマーセーターが好きで長く着てました。お別れ前にパチリ。


裾やお袖口にも丁寧に編込みをしてくれて、細い糸で根気良く作られた柔らかい着心地でした。

チャイコフスキー "松雪草" 最終回です。
再現部からでしたね。

  *ある白い花
  *ままならぬ恋の花
  *2枚目の扉

仲間の存在に気づいた白いお花の心は変わりました。


秘密の扉を挟んだ前と後で彼女は強くなっているんです。

7小節目で消え入りそうな暗みを帯びてたsi♭-laは、65小節目ではしなやかに伸びるsi♭-laになってもいいですね。


73小節目にもキーがあります。
前半では15小節目というクッション入ってた所ですね。


心を定められない回り道のように挿入されてたフレーズが後半ではすっきり消えてシンプルになっています。お花の気持ちの変化そのもののようですネ。

15小節目の代わりに73小節目でダイレクトに入る平和で明るい音を、よくご存知ですね?

扉のモチーフ(23小節目)でしたネ!

寂しい心で閉ざされていた秘密の扉は
今ではもう秘密じゃなくなって


温かなディミヌエンドで過ぎる73,74小節目。

秘密じゃないのが嬉しくて、解放された心を辿るように
75小節目で再び囁いてみる。'秘密じゃないよ' って。

それから微笑んでもう1度噛みしめ呟く79小節目。
'ひ・み・つ・じゃ・な・い・の' ってピアニシモで。


嬉しそうなお花にいつもの8分音符で寄り添う葉っぱたちは
望んでた笑顔が見られて幸せで、


揺れる花茎をそっと支えて一緒に揺れる。
軽い軽い8分のmorendo si poco a poco.

このまま幸福な空気に吸い込まれてゆくかと思っていたら
最後に素敵な贈り物がありました・・・


白いお花が他所のお花の姿を追ってた頃から、葉っぱは8分音符の小さな存在でした。


ところが一番最後85,86小節目で、お花は初めて付点4分音符を葉っぱへ贈ったのです。

  8分音符から付点4分音符へと変わる音価は、
  白いお花の想いの大きさなのですね。

葉っぱたちはどんなに嬉しかったでしょう。幸せな驚きに涙しそうになるラストです。


'ある白い花' のお話は、お終いです。



2枚目の扉

July 30, 2017

チャイコフスキーの続き50小節目辺りからおしゃべりしますね。


此の辺りをどうしていいかわからないって問いなさるかたが多いから、ちょっと重点をおきましょうか。

  *ある白い花
  *ままならぬ恋の花

36小節目と52小節目が暗譜を間違え易いって書いたのですが、音変わりのキーになるのは直前に弾く左手の1音の違いですよネ。

35小節目のeと51小節目のes。
この違いは白いお花の気持ちの違いですね。

会えないことを悩み、揺れていた35,36小節目のmoll。対して、気持ちを吐露したのちに少し辛くなくなった51,52小節目は平静な表情をしています。


次の53から56小節目には秘密の扉のモチーフsol♯-la-re-la-do-si♭によく似た、センテンスの断片のようなものが4つ続きますね。


心にのし掛かってた秘密の断片は、小さな音で反芻され呼応しながら溶けてゆきます。

そんな間ずっと、8分音符の葉っぱたちがお花に寄り添ってる。

低く語れば上で呼ぶように、上で話せば下で支えるように、
お花がひとりにならないように葉っぱたちはお花を庇って歌います。

その先にはもう1枚の扉である複縦線が待っていました・・・


2枚目の扉を開けた先が再現部です。


メロディーは冒頭と同じだけれど、秘密を打明けたあとのお花の気持ちは以前とは違いますね。

葉っぱたちに導かれて笑顔を取り戻したお花は、以前より明るく自由に生き始めます。

葉っぱたちがずっと側で守り、自分の笑顔を待っててくれてたと気づくのです。土に縛られ会いたい人に会えない不幸より、すぐ傍に我慢強く励ましてくれる葉っぱたちが居る幸福に気づくでした。


提示部でメロディーと小さな伴奏のようだったお花と葉っぱたちの関係を、再現部では変えても良いかもしれません。私の個人的な趣味ですが再現部の葉っぱのモチーフ /♪♪♪♪/ の8分音符を提示部より若干強めに出していくのも良いかもしれないですね。


其うすることで動きをもった自由さを感じられるし、お花のメロディーと葉っぱのモチーフとの絡みも密になってきます。


お花の '気づき' と共にメロディーにも目を向けたいですね。
再現部(と無論冒頭)のメロディーが、扉のモチーフを孕んだものだというところに。

  秘密があったからこのメロディーは憂いを込めて歌われ、
  秘密がなくなったからこのメロディーは清らかに歌われる。

1つのメロディーが語る心の変容と、変化した心が視る存在の変移をとても判り易く学べる楽曲でもあると思います。
続きはまた後日に。

**


コンクール直前だものだから音楽のおしゃべりが続いちゃった。
明日は話題を変えましょう。



ままならぬ恋の花

July 29, 2017

胸に仕舞った想いを打ち明ける時、最初はためらいがちなもの。
だけど1度口にすると、抑えてた感情は溢れ出す。


溢れる想いをおし流してしまいたくて打明け事を重ねる。4回も。

  展開部の4度の短音階上行形はこんな風に
  胸内からのぼり出てくる独白のようです。

チャイコフスキー "松雪草" のお話の続きの展開部から、白いお花の想いを辿ってみましょう。

  *ある白い花


会いたくて飛んで行きたい。
側に行けないなら想いだけでも飛ばしたい。


そんな時ドスンって跳ばないですよネ!

32から33小節へ音が跳躍する所は、16分音符上行のあととあって弾き難そうに詰まってしまうかたが多いです。

どうか25から32小節までの気持ちをそのまま飛距離に託すように気持ちを繋げてね。むしろ気持ちの発露の一端として扱いたい音形なのです。

33小節目のre-reの切られるような痛みと、35小節目si♭-si♭の愁い故のぬるみ。

37からは33,35のモチーフが縮小されて繰り返されます。33の痛みと35の諦めの狭間で揺れる揺れる女心。

コンクール課題は小学生の部です。そして生徒ちゃんも小学生でした。


だから此の辺りを年齢相応にオブラートに包みつつ、だけど複雑な表現に至る感覚を得てもらうためにちょっぴり工夫しました。

レッスンではね、白いお花が恋してるのは庭園の奥に咲くお花って設定にしたんです。

会いたいのに側へ行くことができない切なさのアイディアはビクトル・ユゴーに頂きました。
ユゴー詩の "蝶と花" では動けるものを羨むお花でしたが、松雪草はままならぬ恋を秘めたお花に。

会えなくても想いだけは飛んで行きたいってフレーズも、土に囚えられたお花としてのセリフなら小学生にもすんなりわかるようでした。


41小節目からの同音形の語りも、'2度目は表情を変えましょう' のような丸投げでは原拠がないが故の無理やり感が出てきますから1節1節小学生が心で納得しながら音を辿れる形でありたいですよね。

52小節目から白いお花の表情は変わってゆきます。
36小節目と暗譜を混乱し易いので注意が必要な箇所ですね。


どんな風に変わったかのヒントは '秘密' にあります。

秘密の扉・扉のモチーフですと先回お話した23,24小節目のモチーフが、53,54,55,56小節に渡って温かな響きで繰り返されます。

やさしくて心の憂いが溶けてゆくような響きは、秘密を打明けて心が軽くなった人のようでもあります。

白いお花が何を感じてゆくか、後日また触れてみましょう。



ある白い花

July 23, 2017

ある白い花が咲いていました。
美しく可憐なその花は、どこか寂しげに見えました。


彼女は此の音符のような♩細い茎をしていました。


数日前、コンクールを控えた可愛らしい少女へのレッスンをこんな風に始めました。

少女の先生はうちの生徒ちゃん。コンクール直前のアドバイスレッスンを求めて連れてきたのです。

課題はチャイコフスキー "松雪草(雪割草)" です。本番まであと数日しか残ってない中で、1回のレッスンでグンと段階を上げられるよう私自身もお稽古して待ち受けました。


彼女の横顔のように陰っていた地に陽が射し始めます。花は光を受けて少し微笑み身体を伸ばします。すると葉っぱたちは嬉しそうにザワザワと花について動きました。


葉っぱたちは花を真ん中に守るように両側に寄り添い、花の笑顔を望んでいるのです。


Durが強調される9小節目から緩やかなクレシェンドがかかる様子が、陽の光です。和音の色合いや明度を感じてもらうために、レッスン中よく陽や翳りのニュアンスをお話するんです。

身体を伸ばす花とは13小節目の伸びやかな膨らみ。
葉のざわめきは17小節目からの新たなクレシェンド。

ポイントは葉っぱになる8分音符の動きですね。


内声に入ったメロディーを強調しようと思うあまり、外声の8分音符がお座なりになりがちですよね。

お花の動きを支え(中心部のメロディー)、守るように(両外声の8分)ついてゆく葉っぱのイメージは演奏の助けになると思い、此のようにアドバイスしました。

冒頭の控えめな8分と17小節目からの8分の表情を見直しますと、
後者は[花とともに陽を受けて緑を濃くした葉]でもありましょう。


ところで21小節目のpiuFのあと急に23小節目でPに声をひそめるのは何故でしょうね?


秘密の扉があるからですヨ。
23,24小節目を扉のモチーフと致しましょう。

お日様を仰ぎ風を受け楽しい瞬間はあるけれど、花には口に出せない物思いがありました。だから何だかもの悲しげなんですね。

どんな悩みがあるのか、秘密の扉をそっと開けて花の心を覗いてみましょう。


24小節目に複縦線があるでしょう。複縦線を1枚の扉と考えて展開部へ進んでみます。



天使たち

July 16, 2017

ブルグミュラー25の練習曲21番 "天使の声" も、アヴェマリアと並んでレッスンで扱ってこなかった曲でした。


物凄くつまらないレッスンになりそうな曲でもあります・・・
例えば天使の声だからふんわり弾きましょう、とかね。

そこまで酷くなくても、教える側が気をつけなくちゃならない点が多い曲だと思う。私は要点をおさえて教える自信がないから生徒ちゃんの課題にできませんでした。


まずは天使から入りたい曲。


天使とは何ですか? って問われてほぼ答えられる国の先生と生徒ちゃんなら必要ない。そうじゃないなら天使から始めなきゃって思う。

天使と訳されてるけれどブルグミュラーのタイトルが複数形であるように、天使はしばしば複数で登場します。

天使のシーンで有名なのはイザヤ書6章でしょうか。2節の天使(セラフィム:熾天使)は複数形で書かれてますが日本語の性質上、和訳は単数に思える書き方になる。だけどよく読むと6節でちゃんと日本語でも 'セラフィムのひとりが' となっているから2節の天使が複数だったとわかりますね。


こうしたところで既に、1人の天使が囁いてくれているようなイメージは覆されます。


次に '声' と訳されてるアルモニィ(ハーモニー)とは何か。

文字通り音や声の重なりのハーモニーと捉えることもできますが、複数で登場する天使たちのイデーのハーモニー(近世・近代哲学のイデーよりプラトーン的なイデア)とすることもできる。


カテキズムを開くと天使は知性と意志を備えたペルソナとしての存在で、体をもたないとされています。そしてたえず神を観想する存在。

保護者たるものと記される愛の姿に私たちは優しさと慰めを感じます。


しかしあくまで思い描くのは私たちの側であるということ。
存在としてふんわりしているのじゃあないし、白いお洋服が見えるのでもない。

如何なる時も神を讃えるお手本となり、心静かに観想する理と知を備える。その存在に気持ちを開き、向き合うことで生じる清々しい気持ちや和み。

此れら内容を上手に伝える能力が自分にはないから、この曲を教えるのを飛ばしちゃってるのです。


No.16
  *甘い棘

No.19
  *聖母



聖母

July 12, 2017

アルザスのラベンダー・サシェを頂いて
トゥール・ダルジャンのメニューのピンに掛けた。


自然な優しい香りが広がったピアノ室で、先日からのブルグミュラー練習曲のお話です。

19番アヴェ・マリアを子供さんにお教えしたことがなかった。
確か初心者の大人のかたにレッスンしたことがあっただけ。

ラテン語のAveの感覚も含め楽曲理解を促すのがとても難しく思えて、レッスンではあえて選んでこなかった曲でした。


アヴェ・マリアは、言わずと知れた天使祝詞。


ブルグミュラーが40年以上を暮らし、この曲を書いた国で必須の祈祷文です。カトリックの方々にとっては耳慣れたお祈りですね。

■文語

  めでたし、聖寵(せいちょう)充満(みちみ)マリア、
  主、御身(おんみ)と共にまします。
  御身は女のうちにて祝せられ、
  御胎内の御子(おんこ)イエズスも祝(しゅく)せられ給う。
  天主の御母(おんはは)聖マリア、
  罪人なるわれらのために、
  今も臨終の時も祈り給え。
  アメン

子供さんだと1993年以降の口語のほうがお耳馴染みがあるでしょうね。

■口語

  アヴェマリア、恵みに満ちた方、
  主はあなたとともにおられます。
  あなたは女のうちで祝福され、
  ご胎内の御子イエズスも祝福されています。
  神の母、聖マリア
  わたしたち罪びとのために
  今も死を迎える時もお祈りください。
  アメン


天使祝詞を冠した当曲は、祈祷文と同じ心持ちで触れたい。


崇敬を込めて、ロマンチックに走らず、聖性への敬いを保持して、恵みを謳い、個人的な刹那感情に依らず、心静かで背筋の伸びる演奏でありたい。

  平面的になるのを恐れる必要は全くない。

発音した音が減少してゆくピアノでオルガン風を保つのは難しいから、ついつい要らぬ表情を加えてしまいそうだけれど、その必要もない。

心の祈りが、ひとたび '表現' の飾りをつけた途端に '祈り' ではなくなってしまう落とし穴に落ちなければ良いだけなのだ。

だけどそれはとても難しい。


聞かせる演奏じゃなくていい。
祈りの演奏であればいい。


小綺麗にまとめたくなる欲求を抑えたら黙想の美しさが見えてくる曲だと思う。それはマリア様のお美しさだ。

透明度が高いCisDur。ピアノで始まり、大きな抑揚はない。
消える直前、俄かに膨らみをもつがそのままディミヌエンドをしてピアニシモへ向かう。

しかしディミヌエンドもリテヌートもドラマティックな終わりを求めての指示じゃない。

手前勝手な抑揚を施したくなった時は天使祝詞に立ち返ると答が書いてある。

ピアニシモで流れるDurの1度和音は、
Priez pour nous,pauvres pécheurs,
Maintenant,et à l'heure de notre mort.
今も死を迎える時もと、変わらぬ祈りを聖母に請い願い
安堵で満たされる、祈る者が得る明るみの和音なのだ。


No.16
  *甘い棘



甘い棘

July 01, 2017

シマエナガ先輩がブルグミュラー練習曲を録音なさった。


18の練習曲に続いて25の練習曲も発売されるそうで、聴かせていただくのがとっても楽しみなのです。

私も15年ほど前、CDリリースの題材にブルグミュラーを選んだ者の1人だから、共有できる想いがきっとありそうで嬉しいのです。

すっかり完売して今はもうないCDだけど、先輩とのおしゃべりをきっかけに再考したくなった。もちろん昔の録音の反省も含めて。


15年を経ても私自身は成長できないながら、 'パリの外国人ブルグミュラー' としての感覚を見つめ直すのは楽しそう。


シマエナガ先輩にお言葉を頂戴したことにも背中を押されてちょっとだけ弾いてみた。25曲の様々な表情を楽しんだ。


  16番 "小さな嘆き" を長年勘違いしてきたお話。

"小さな嘆き" ってタイトル訳で触れた当初、[幼い者の嘆き] または [(生死に関わる深刻度ではない)悩みの度合いとしての幼気] に近いイメージをもってた。

私の年齢が低かったがために起きた勘違いとも言える。この曲を弾いていた幼児期に考えうるものには限界があった。大人になっても最初の刷込みを見直すことなく過ごしてしまった。

ある時 "Douce Plainte" だって気がついた。


'小さな' と訳された言葉はDouceだった。悩みの大小じゃなくって悩みの性質を歌うのだって気がついた。

心の奥底に入り込んでしまった棘のうずき。
棘は小さいほど深く侵入し、目に見えないのに取り出せない。
愛の気持ちを孕んでいるからこその痛みであり
思い出すたびツクンと走る疼痛のようでもある。
取り戻せないものへの郷愁が含まれた、言い表せない嘆き。

心情的に充分大人なアプローチができる楽曲だった。


だとすれば10~11,12~13小節にかかる2つのクレシェンドは楽曲心情に相応しいものにしたいと思った。


ピアノから始まるクレシェンドにフォルテまでの大仰な膨らみをもたせたり、切迫した感じでドラマを築いたりも多く見られるところだけれど、実際は此処は感情の発露とは違っているな・・・なんて思いながらピアノ室で過ごした。

**


漱石がI love youをそのまま訳した教え子に、今夜は月が綺麗ですねと訳しておけって言ったという逸話がある。信憑性はわからないけれど、漱石か教え子かまたは此のお話を考えた方かが美しい感覚の持ち主だったことには違いない。

真偽はどうでもいいが、愛する女性に万感込めて '今夜は月が綺麗ですね' と仰る男性のほうが数倍エロティックじゃあないか。

漱石を真似るわけではないけれど小さな嘆きを "甘い棘" と訳したくなった。別にこれはエロくしたいわけじゃあなくてサ。



標題音楽

June 23, 2017

白血球の値が下がってしまった。


抗癌剤の副作用でありがちなこと。熱がぐずぐず続くのも白血球に起因するところが大きいようです。

  *グロッグ的熱

まあぼちぼちいきましょう。

'標題音楽'と'音楽の表題'を混同してるらしい生徒ちゃんの生徒ちゃん(孫生徒ちゃんですね)のお話を聞き、金魚の記事を書いてみた。

  *金魚


上記事は[カラスという標題の音楽]です。
この曲(記事)が顕そうとしているのがカラスだからです。

  標題へ導く事柄を記述順に書き出すと

利口な生き物・嫌われる・大柄・存在感のある・ソーラーパネルの上・好むとされる光るもの・近くの屋根に腰を下ろした

  など。

利口だけれど嫌われがちな、光るものが好きな鳥類が屋根に居る話である。単純な内容だ。

カラスという標題音楽の場合、喚起させるものがカラスだということ。


  聞き手(読み手)にカラスを暗示し
    カラスをイメージさせ、
      カラスがいる情景へ導く形をとっているので
        カラスの標題音楽なのだが、

カラスが[標題]となる記事に金魚という[表題]をつける遊びが入ることで、孫生徒ちゃんにもわかりやすく標題と表題を説明しようとしたんだった。


付近の生き物を観察するのが好きで


タニシだの *僕が見たタニシ

象だの *2016年8月のおうち避暑
マンモスだの *歌わない歌

クマだの *クマが来たよ
ライオンだの *ライオンが来たよ

を友達にしてて、他には金魚も時々遊びに寄ってくれる。
丁度音楽解説の題材が側に居たのだ。


金魚のタイトルはちょっとシュールな雰囲気も楽しめる遊びのつもりだったけれど思いの外混乱を呼んだみたい。


記号としての単語、呼び名としての生物名でも、私たちが日頃単語イメージに強力に囚われていると追認できたのは面白かった。



腹巻FP146

June 18, 2017

ラヴェンダーが咲いてゆく。
原産はフランス・プロヴァンス。
地中海沿岸の土地の香りを運んでくれる薬草系が大好き。


お庭でも家内でもフランス臭にまみれてさえいれば幸せです。


このところ書き出してるフランステーマのおしゃべりのきっかけは

  *ほくろぶた

プーランク・ピアノコンチェルトでした。20分ほどの短めのコンチェルトは楽章配分が興味を引いた。


曲全体の半分の10分間が1楽章に割かれる。


配分に首をかしげる内に2楽章は5分半から6分弱で終わってしまう。まさかと思う間もなく3楽章はたったの4分で搔き消えるのだ。

ああ~・・・と私は感動でのたうつ。
その感動と衝撃は例えば少年の朝の此んな出来事のようだ。

少年は学校へ出かける時に毎朝の如く妹が毛糸の腹巻を厭がって泣くのを母の言いつけでなだめなければならない。兄の仕事には慣れている。何年と繰り返されているから。


妹の手を引き、鼻を拭いてやり、冷えてお腹を下さぬよう腹巻をつけておくよう言い聞かせ、またぐずぐずと泣けば腹巻のシミが猫に見えると機嫌をとる。


すると村では見慣れない女の子がさらさら揺れるミニスカートからすんなりした脚を出して通り過ぎた。

それは好ましいとか綺麗だとか以前に、腹巻のない世界がスカートの向こうに広がっているのを知る瞬間なのだ。

腹巻がない世界は、腹巻の有無に拘る母や妹と全く違った '掟' で回っていると気づくのだ。


母は腹巻がないとお腹を下すと小言を言い、妹は腹巻をからかわれると泣く。


  各自に理由があり、少年はどちらの味方でもなかった。
  母妹2人ともが満足ならば良いと思ってた。

  しかし絶対的な事実は、腹巻がない世界では
  腹巻の議論が行われないということだ。

  腹巻が無い。それは少年にとって朝が無いに等しかった。
  少年の毎朝の出来事が丸ごと其処には無いのだ。

  朝が無い・・・!
  少年は目眩をおぼえる。


妹が恥ずかしがる腹巻は少年も妹の年の頃にはつけていた。
だから猫の形のシミはおそらく少年が昔汚したものだろう。


母は子供は腹巻をするものと思っており、少年もそう教え込まれてた。

自分は腹巻は可であると思ってた。
妹の級友たちは不可と言うらしかった。

  可か不可かだって?
  どちらにしても腹巻の域を出ないのだ。

腹巻がない所で生きてきたあの娘は、母のように腹巻を信じたことも、少年のように腹巻の言いつけを守ったことも、妹のように腹巻に泣いたこともない。

  ああ朝が無い!
  あの娘の世界には少年の朝は無い!


すぐに通り過ぎて、あまりに短い時間でよくはわからなかったが、


スカートをはためかせたのは [腹巻がないが故の風] なのか。それとも [腹巻以外の別のものがあるが故の風] なのか。


  FP146のコンチェルトは此うした事態だ。

ブログの1記事の中で腹巻だけに此れくらいの分量をとってしまう。それを1楽章の分量とする。そんな馬鹿な、じゃあ全体が長いのか? 違う。4楽章形式か? 違う。

やがて少年は識る。
この疑問はそもそも腹巻を巻いたまま首を傾げる愚かさだと。
腹巻のない世界の住人は腹巻を解き明かしてはくれまいと。

腹巻の疑問を共有する曲ならば、腹巻のある世界の作曲家が苦悩と共に著してくれるかもしれない。しかし何としたことかそれは、腹巻の無い世界に何が起きるかの解答になり得ないと。

回答を与えられないまま少年は立ち尽くす。
スカートが去った後も、3楽章が掻き消えた後も。


■フランス的テーマ関連リンク
*フランス的とは
*村落の花

*ゾラの実
  *ゾラ19世紀の記念碑
  *フランス19世紀の繊細
  *自尊と言語と音楽

*フランスと動物臭

*自己紹介のパトロジー
  ?僕が聞いた言葉遣い
  *仕事、何してる人?
  *病理組曲
  *ほくろぶた

*音楽のひとこま
*曲決めは楽しい (2009年のお答えを兼ねて)

*フランスとヴォルテール
*オーレリア或いは夢と人生
*仏文学を好きなのはネ・・・

*ランボーと抑圧
  *ランボーの田舎

*パリの不合理
  *ミスタンゲットのパリ
    ?僕が見た素面の事件
  *街角が香る
  *街の色
  *サ・セ・パリ
  *"パリ空の下"

*パリの歩き方
  *フランスのご馳走様
  *フランス菓子をおいしく味わう
  *バカンス風お食事時間

*愛すべきフランス
*怪談の日仏

*重なりの量感
  *FOUJITA展とエネルギー
  *チェックするブログと おしゃべりな家
  *フランス気質と音さがし

*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質
  *紫陽花の部屋で
  *トイッチュ

*自由

*フランスとルイーズ
*神のないルイーズとフランス


**


■フランス音楽関連リンク
*フランス音楽(1)霧の具象
*フランス音楽(2)感情と心象
*フランス音楽(3)失意
*フランス音楽(4)エクリチュール
*フランス音楽(5)さかしま
*フランス音楽(6)トーン変動
*フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
  *プーランク "花" 音源up
*フランス音楽(8)感性の求め

*フランスのからくり
  ?僕が見たタニシ
  *くっきーさんとサティ
  ?僕が見てるちゃいちい小鳥

*フランスの特権
*フランス音楽とゲラン
*目眩まし

*尻切れ草履
*沈黙とフランス音楽
*パリとアズナヴール

**


■イマージュテーマ関連リンク
*美しい白のイマージュ
*イマージュに血が通う
*本質なきイマージュ
*本質とイマージュ
*イマージュと技巧
*切られたイマージュ
*女の子はファンシー好き(6)ルイ・アラゴン
*イマージュのシルエット
*イマージュ
*フランス音楽とイマージュ考
  ?僕が思うパリの風
*審美とイマージュ
*イマージュと食
  *夫の食とバルザック
*キッチンのイマージュ
*夫のコタツ嫌いとイマージュ
*イマージュと朝顔

*人工の庭
*明るい朝
*人工と自然
*お庭と作業台


**


■象徴関連リンク
*象徴(1)月とピエロ
*象徴(2)オコゼ
*象徴(3)花色
*象徴(4)気狂いピエロ
*象徴(5)シニフィエ
*象徴(6) "蝶と花" 落合訳

**


■シュレアリスム関連リンク
*フランス、恋の結末、オートマティスム

*海原の娘(1)虚構現実
*海原の娘(2)幻想の意味
*海原の娘(3)普遍性への問い
*謎 -- ラヴェル "永遠の謎"
  ?僕が思うシューレア・クリーム
  ?僕が思う靴下と階段

*ブルトンと散形花

*パリのプーランク
*フロランタンと詩と音楽
*プーランクとシュレアリスム



病理組曲

June 15, 2017

'穴' って呼んでるプライベートルームのメンテナンスを口実に
何故かピアノ室も・・・


  *壁のメンテ
  *ロマンチックじゃない一角

古び過ぎた壁や床を触っただけでイメージは変えてないのです。

ピアノの傍に置いてたテーブルをお母様席に持ってきたのが変化したところで、他は大体いっしょカナ。


2つのピアノのお尻尾が並んでる位置も変わらず前と同じところに置いてもらいました。


先日からの一連のおしゃべりはきっと音楽のお話に違いないって少数のお方がお気づきのように、楽曲形式をお話する試みの一端です。


ベートーヴェンはハイドンに比べて楽章編成を自由に扱ったと言われるのは、創作したいものを型に合わせず、型を創作したいものに合わせて伸縮性を変えてゆく精神ゆえですね。創造への信条を強くもった結果というところを捉えておきたいですが

これを信条ではなく感覚道理(仮名です。こんな言葉はありませんが)で行なったのがプーランクと言えるかもしれないナンテ日々感じてる。


感覚道理(仮名)とはラテン語のsentireの意とフランス語の場合のsentireに理趣、とりわけプーランクにとっての良識としての理趣を加えたようなものを指している。今のところネ!


そこに善悪は絡まない。ただし是非は絡む。

プーランクでなくても良いのだけど彼に代表されるポイントをフランス的な感覚道理と仮に措くということ。それを実際に文字(音符)にしてみたくなった。


三思の末、プレリュードは省いた。
現在のところ此のような感じだ。

アルマンド
  *自己紹介のパトロジー

クラント
  ?僕が聞いた言葉遣い

サラバンド
  *仕事、何してる人?


3つの小曲は組曲の性格どおり同調になります。
クラントはイタリアの軽快なコレンテより少し遅めの中庸テンポで聞いていただければ幸いです。



レッスン記録:恒星と雫

June 09, 2017

クレマチスが次々に開く。


産毛が生えてる葉やお花が何故か好き。動物っぽいからかな?

ほわほわ産毛つき蕾がすごく可愛い。
雫の形をしてる。

先日の転遷について、もう少し詳しく記しますね。

  *レッスン記録:転遷


はじめ生徒ちゃんはアイロンビーズを置きました。
お箱遊びから画集遊びに移行して、今度は何も描かれていない白い紙が背景です。

アイロンビーズが太陽に見えたみたい。そこで太陽の周りを回る惑星を描きました。

先生が幾本かプレゼントしたファーバーカステルの画材をお指でまぁるく塗りつけてます。


それからアイロンビーズの太陽とパステルの惑星に別の物が加わりました。


"太陽じゃないけど太陽みたいなのをいっぱい作りたくなった"
のですって。じゃあ恒星カナ!

生徒ちゃんの中でアイディアが動いてる。いいですね。着想が次の発想に繋がって、もう素敵な転遷になってる。

楽曲のモチーフが今触れているような形で転遷するのを体験し感じ取るための心の土壌づくりは、たっぷりとしておきたいですね。


恒星に使ってるのは、今よりずっと幼くて普通のクレパスが上手に握れなかった頃にレッスンで使った物です。


小さい子がギュッと掴んで描き易いクレパスで、これを握って大きな音符のまるを描いてたんですよ。


でも初めてのこの日、生徒ちゃんのアイディアは此処で止まってしまいました。

太陽と惑星と恒星を作り、薄い黄色で雲を描いたところまで。

  だから少しだけ手助けをしました。
  転遷の理解を促す手助けです。

例えばね・・・って思いつきでクレパスの恒星を倒しました。


恒星は雫に変身しました。
生徒ちゃんが描いた薄い黄色の雲から落ちる雫。

すると、先ほどまで太陽だったアイロンビーズが雪の結晶に見えてきます。

2段階前のお箱遊びのころに[異名同音 'として' ]で学んだ事が生きてきます。

  *レッスン記録:異名同音
  *レッスン記録:異名同音 'として'

生徒ちゃんは雫をとっても気に入ってくれて嬉しそうで、
それはイコール転遷の説明を理解した瞬間でした。


■お教室関連リンク

初期
*レッスン記録:音符イチゴ
*レッスン前の時間
*レッスン記録:オクターブ
*レッスン記録:メダカのドレミ
*レッスン記録:スタッカート

*レッスン記録:楽譜を作ろう!
*レッスン記録:上の音
*レッスン記録:痩せたメダカ
*レッスン記録:カタツムリ
*レッスンの成り行き
*レッスン記録:イチゴのタイ
*レッスン記録:指番号
*レッスン記録:音の実

*レッスン記録:復習とカメ
*レッスン記録:音ブロックで曲を弾こう
*レッスン記録:好きな曲を作ろう!
  *緊張するレッスン
  *泣いちゃダメ?
  *レッスン記録:下地(1)色
  *レッスン記録:下地(2)味


記号
*レッスン記録:ト音記号
*レッスン記録:臨時記号


音符
*レッスン記録:音符の長さを憶えよう
  *子供の絵、母の悩み
  *レッスンと色

*レッスン記録:十六分音符
*レッスン記録:床の五線
*レッスン記録:紙粘土
  *先生の真似

*付点音符を憶えよう
*レッスン記録:付点音符のサイズ


成長過程
*レッスン記録:記憶の拡張

*7ヶ月でカバレフスキー
*お庭レッスン

*レッスン記録:香りレッスン
*レッスン記録:ハーモニー体験


リズム
*レッスン記録:リズム解き
*レッスン記録:食べ物カード
*レッスン記録:楽語とリズム


暗譜
*レッスン記録:はじめての暗譜
*レッスン記録:楽譜の道筋
  *1年間のレッスン記録


トレーニング
*レッスン記録:音階練習
*レッスン記録:指遣いのカリキュラム
*レッスン記録:音階と和音


幼児期の聴音
*レッスン記録:はじめての聴音
*レッスン記録:寒暖の和音


アウフタクト
*レッスン記録:アウフタクトの導入
*レッスン記録:アウフタクト実践例
  *レッスンこぼれ話:ピンクのうさぎ
*レッスン記録:なめこぐま
*レッスン記録:はじめてのバラード
*レッスン記録:ぬるぬる


お箱遊び
*レッスン記録:雪のパーツ遊び
*レッスン記録:お箱遊び
*レッスン記録:異名同音
*レッスン記録:異名同音 'として'
*レッスン記録:お箱卒業の日


画集遊び
*レッスン記録:画集遊び
*レッスン記録:ポムポム・キュビズム
*レッスン記録:ダリに参加する
*ダリとモチーフの引出し
*レッスン記録:ダリと創る
*レッスン記録:画集遊びと思考
*レッスン記録:ダリをお料理する
*レッスン記録:モチーフのイメージ
*レッスン記録:感得
*レッスン記録:お水に映る
*レッスン記録:最後のダリ


音の絵
*レッスン記録:鍵盤でお絵描き
*レッスン記録:太陽のトリル
*レッスン記録:お豆コロコロ
*レッスン記録:ぶどうポロポロ
*レッスン記録:イチゴのたね


*レッスン記録:お菓子パーティー
*レッスン記録:付箋を使う


*レッスン記録:色をつくる
*レッスン記録:転遷

■オトナのレッスン関連記事
*音楽史のレッスン
*ピアノレッスンの主張
*レッスン記録:Dur
*ラヴェル音源とドビュッシーのフェイント
*レッスン記録:月の光
  *僕が見たイケメン生徒ちゃん

*レッスン記録:ドレミ
*レッスン記録:カメラータ
*レッスン記録:モノディと公会議周辺
*レッスン記録:純正律
*レッスン記録:ピタゴラス音律
*レッスン記録:ビデオと地デジ

(スプレーン)
*レッスン記録:読み取り開始
*レッスン記録:記号の意図
*レッスン記録:フェルマータの場所
*レッスン記録:次回のピアノ課題

(月の光)
*レッスン記録:噴水
*レッスン記録:2冊目
*レッスン記録:人の文字
  *レッスン記録:衣装の絵
*レッスン記録:不離一体

(カッサンドル)
*レッスン記録:カッサンドル13
*レッスン記録:カッサンドルそして・・・
*レッスン記録:楽語

(グリーン)
*レッスン記録:君が眼に
*レッスン記録:感じがする



サティ "ランピール劇場の歌姫"

May 26, 2017

譜面台にチェリービーがよく似合う。


  *チェリービー

シャープな線の集まりと、キリッと濃いお花色がマッチして
フレームとお花の絵のようにお互いを引き立て合うみたい。


車輪の支えが折れてしまってる古い押し車には小さな野のお花がぴったりです。


荒いお仕事場で長く働いてきた無骨な子が、ゆらんほわんと揺れるピンクの小花に出逢って気持ちを癒されているのです。

  ペンキを塗られお洒落させられて照れながら、
  心の中では密やかな想いがあったらしい。

  これでピンクの小花の傍に長く居られる姿になると。
  だから水色に塗られるのが気恥ずかしくても我慢しようと。


"なんて可愛い色になったのでしょう! 素敵ネ" って小花が明るく話しかけながら近づくと気後れして、面映ゆそうに後ずさりする押し車。


私は小花のポーを押し車に乗せたらさぞかし可愛くなると考えてるけれど、恥ずかしさで彼は壊れてしまいそうだから、彼の心が落ち着くのを待っているのです。


'分量としては' コレくらい。
登場人物の心情部分とト書部分の分量配分は。


何のお話?
サティ作曲 "ランピール劇場の歌姫" のこと。
この曲の話題をメールでおしゃべりしたのをきっかけに、今の考えをメモしたくなった。

歌い手さんはラディーヴァになりきる必要はないと思うのだ。
毒々しいお色気も要らない。
ト書と人物のパーセンテージが物を言う歌。

好きな気持ちを隠して後ずさりする押し車と
嫌いな気持ちを隠して嘲笑を浮かべる歌姫と

それはト書?
それは人物?

押し車の気持ちを知らない小花はあどけなく
歌姫の気持ちを知らない '紳士ども' は愚かしく

ト書で歌うか
人物で歌うか


小花の隣に居たくて好意を隠す押し車と
プリマの座に居たくて反発を隠す歌姫は


小花を好くほどに彼女に遠い不器用な我身を嫌悪する者と
聴衆を嫌うほどに彼らに支えられてる我身を嫌悪する者であり

ト書にも無い
人物にも無い
この歌の二律背反は、

歌姫と '紳士ども' との関係だけにとどまらず
reason for beingに関わるものがある。
(詩の舞台も鑑みてraison d'etreよりreason for beingかな)

  だから悲哀があり輝きがある。

  すべてが刹那のものなのだ。

  ピンクの小花の季節も。
  歌姫が称えられるのも。
  ピカデリーの繁栄も。
  紳士どもだって嫌う間もなく彼らの心も移ろう。

  だから夢中になるのだ。
  から騒ぎができる。朗らかになれる。 
  この時が短いと誰もがどこかで知ってる。

  夢中にさせてくれるものを求めて彷徨う男達と
  歌姫の悲哀の両を受け止めるピカデリー。



くっきーさんとサティ

May 23, 2017

日頃から芸人さんをリスペクトしてます。


以前書いた 'すべらない話' の枠外で尽きぬ興味があるのはくっきーさん。

  *テレビのお話

怖面白い作風は一部のサティ作品のようでもある。
諧謔趣味と未解決事項の重なりがとてもフランス的に見える。

説明なんかするより先ずは '絵描き歌大好き邦彦おじさん' の一休さんをご紹介したいです。番組アップロードのリンクを貼っちゃダメかもだから、

   [邦彦おじさん 一休さん 渡れない橋はゴミ]
  で検索してみてくださいネ。


触れたいポイント満載だけど今は後半に絞って・・・


橋を渡らず対岸へ行く解決法は傘で飛ぶ、であった。
歩かず飛ぶなら橋が架かったままでも可能なのに爆破する。

  何かが二重。何かがおかしい。
  それは先日あげたサティ曲でも起きている。

  *僕が見たタニシ

1916年のほうの '3つの歌' 1曲目、"青銅の像" の歌始まりから数えて9,10小節目。un grand mot に le Mot を被せてるところ。

8の倍数の小節数で括らずに10 (+2) を据え、おさまりを不安定化して印象づけたフレーズ終わりを言葉と音とで粘ってみせる。詩の作者ポール・ファルグが唯一大文字でしたためたその単語、当に le Mot をピアノとともに3オクターブのユニゾンで。

こんな風な曲の断片を思い出させてくれるくっきーさん。


くっきーさんの感覚が好きだなあって思うところは他にも沢山あります。ラストを少なく分量配分しなさるところも好き。


傘で飛び立つシーンも1つのコマ割りが非常に短く、画像転換が速いですよね。

(蛙の)青銅の像のうんざり感が粘っこく伝わる前半に反して、弱音の軽いスタカートでスルンと終了するから尚、続いてゆく彼女(蛙)の日常を表すかの効果との類似を感じさせもして。

私たちが見ていない時も青銅の像や白塗りのおじさんが顕在してると伝えるような仕舞い方が楽しい。

ナンテあまりいじると危険ってところもポール・ファルグに似ています。



レッスン記録:色をつくる

May 16, 2017

ぽろんとした形が大好きなカリフォルニアローズ・フィエスタ。


元種のインパチェンス種よりも夏に強いから長い間楽しめますね。スターダスト・ラベンダーってお名前がついてる株です。

次々にお花が咲く季節。
エクステリアに色が増える。
色の組み合わせでハーモニーが変わる。


生徒ちゃんにあげた大きなルノワール画集で課題を出しました。
此処にある色を作ってみて、って。


絵の中のどの色でも良いんです。作ってみたい好きな色を選んでもらいます。

学校に上がったばかりの小さな生徒ちゃんは、色を混ぜて使ったことがない子も多いのです。混ぜられるのは絵の具だけじゃないのよって、生徒ちゃんママにお話した。

クレパスだって重ね塗りをしたり
塗ったところをお指で伸ばしたり


重ねて、ぎゅーっとこすって、また塗って、混ざった色は
1872年の "モネ婦人像" の複雑なドレスの色に近づきました。


何色と何色を混ぜるとどんな色になる、って知識がないまま作る貴重な体験です。

色を見て考える。考えつくままやってみる。
混ぜ重ねた色が、目的に近づいたり遠のいたりするドキドキ感。


和音も此うしてできてるのよって知る体験だったのでした。


苦労して作った色を、和音で表現するとしたらどんな音?
響き、強さ、肌合いはどんな風?

モネ婦人の落ち着いた雰囲気は高音域じゃない感じ。
沢山の色があるのに一体化した様子は、近い音域の音が集まっているかも。


クレパスの組み合わせに決まりがなかったように
鍵盤上でも決まりをもうけず、生徒ちゃんが考えつく音を重ねたり取り去ったりしながらピアノで色を作ります。


最初はうまくできなくてちっとも構わない。
頭を捻って探して、色を持つ音に触れる体験が大切なのですもの。


■お教室関連リンク

初期
*レッスン記録:音符イチゴ
*レッスン前の時間
*レッスン記録:オクターブ
*レッスン記録:メダカのドレミ
*レッスン記録:スタッカート

*レッスン記録:楽譜を作ろう!
*レッスン記録:上の音
*レッスン記録:痩せたメダカ
*レッスン記録:カタツムリ
*レッスンの成り行き
*レッスン記録:イチゴのタイ
*レッスン記録:指番号
*レッスン記録:音の実

*レッスン記録:復習とカメ
*レッスン記録:音ブロックで曲を弾こう
*レッスン記録:好きな曲を作ろう!
  *緊張するレッスン
  *泣いちゃダメ?
  *レッスン記録:下地(1)色
  *レッスン記録:下地(2)味


記号
*レッスン記録:ト音記号
*レッスン記録:臨時記号


音符
*レッスン記録:音符の長さを憶えよう
  *子供の絵、母の悩み
  *レッスンと色

*レッスン記録:十六分音符
*レッスン記録:床の五線
*レッスン記録:紙粘土
  *先生の真似

*付点音符を憶えよう
*レッスン記録:付点音符のサイズ


成長過程
*レッスン記録:記憶の拡張

*7ヶ月でカバレフスキー
*お庭レッスン

*レッスン記録:香りレッスン
*レッスン記録:ハーモニー体験


リズム
*レッスン記録:リズム解き
*レッスン記録:食べ物カード
*レッスン記録:楽語とリズム


暗譜
*レッスン記録:はじめての暗譜
*レッスン記録:楽譜の道筋
  *1年間のレッスン記録


トレーニング
*レッスン記録:音階練習
*レッスン記録:指遣いのカリキュラム
*レッスン記録:音階と和音


幼児期の聴音
*レッスン記録:はじめての聴音
*レッスン記録:寒暖の和音


アウフタクト
*レッスン記録:アウフタクトの導入
*レッスン記録:アウフタクト実践例
  *レッスンこぼれ話:ピンクのうさぎ
*レッスン記録:なめこぐま
*レッスン記録:はじめてのバラード
*レッスン記録:ぬるぬる


お箱遊び
*レッスン記録:雪のパーツ遊び
*レッスン記録:お箱遊び
*レッスン記録:異名同音
*レッスン記録:異名同音 'として'
*レッスン記録:お箱卒業の日


画集遊び
*レッスン記録:画集遊び
*レッスン記録:ポムポム・キュビズム
*レッスン記録:ダリに参加する
*ダリとモチーフの引出し
*レッスン記録:ダリと創る
*レッスン記録:画集遊びと思考
*レッスン記録:ダリをお料理する
*レッスン記録:モチーフのイメージ
*レッスン記録:感得
*レッスン記録:お水に映る
*レッスン記録:最後のダリ


音の絵
*レッスン記録:鍵盤でお絵描き
*レッスン記録:太陽のトリル
*レッスン記録:お豆コロコロ
*レッスン記録:ぶどうポロポロ
*レッスン記録:イチゴのたね


*レッスン記録:お菓子パーティー
*レッスン記録:付箋を使う


■オトナのレッスン関連記事
*音楽史のレッスン
*ピアノレッスンの主張
*レッスン記録:Dur
*ラヴェル音源とドビュッシーのフェイント
*レッスン記録:月の光
  *僕が見たイケメン生徒ちゃん

*レッスン記録:ドレミ
*レッスン記録:カメラータ
*レッスン記録:モノディと公会議周辺
*レッスン記録:純正律
*レッスン記録:ピタゴラス音律
*レッスン記録:ビデオと地デジ

(スプレーン)
*レッスン記録:読み取り開始
*レッスン記録:記号の意図
*レッスン記録:フェルマータの場所
*レッスン記録:次回のピアノ課題

(月の光)
*レッスン記録:噴水
*レッスン記録:2冊目
*レッスン記録:人の文字
  *レッスン記録:衣装の絵
*レッスン記録:不離一体

(カッサンドル)
*レッスン記録:カッサンドル13
*レッスン記録:カッサンドルそして・・・
*レッスン記録:楽語

(グリーン)
*レッスン記録:君が眼に
*レッスン記録:感じがする



舌切り雀、Il vole

May 13, 2017

モッコウバラと小手毬がいちどきに満開になり、お庭は賑やかになった。


昨日いただいたメールでプーランク歌曲を試みられてるかたがいらっしゃるのを知って嬉しかった。
折良く今週考えてたプーランク歌曲を思った。

歌のお話がしたくてうずうずする日がある。大概は '歌解釈人' をディスるばかりで有意義な内容でもないから、あまり表を向いては話さず仲間内に留めるのが常だ。

私たちが呼んでいるところの '歌解釈人' とは歌うたいさんと限らない。

歌とはこうあるべきと主張する歌い手・伴奏者・それから前者が声高に語る迷信のような講釈を信じ込んで無意味にバラ撒く人などの総称を歌解釈人としてる。


歌伴以外の器楽奏者は近づかない世界だが、歌手の卵さんたちが知らず接触して悩んでいることがある。


見分け方は、オレオレ詐欺の判別より簡単だ。

  1.声の出し方を力説するが、音楽を語ろうとはしない。

文芸作品のエッセンスをもたないまま字の書き順ばかり説明してくる自称大作家くらい怪しい。

弟子は習った書き順で字を書こうとして行き詰まる。
字は単語を形作り、単語は文章を形作り、文章は伝えたいことを味わい深く伝えるものだと気づくことなく、楽器としての喉が老いる年齢まで書き順の勉強をし続ける。

書き順を守らないと舌切り雀にされるかもと恐れるからだ。
声の老いが訪れる頃に、その書き順でもってして表す筈の音楽に結局触れなかったと気づく。異なる分野ながら気の毒すぎて泣ける。

  2.呼吸法を説明するが、音楽の呼吸には口を噤む。

理屈は同上。

  3.発声時の姿勢には細かいが、楽曲に対する姿勢は雑だ。

理屈は同上。

見分けるのは簡単だと言いたいのだが、これは本題じゃあない。


歌解釈人から連絡がきたのは大分前だった。


別に悪い人じゃないから普通の会話はするけれど音楽の話をしたいと望んだことはない。

日頃から綺麗ねって感じている相手がお化粧品を教えてくれれば使いたくなる。お勉強が得意じゃない人が勧める参考書は買いたくならない。よくある単純な構造によって彼女が勧める音楽に興味がもてなかったからだ。

  しかし勧めがしつこい。
  何を? 音楽をではない。

これは何なのだ? 何を勧めてるんだ? と思った。
歌手じゃない私に良い歌を教えて何がしたいんだ?

とイラッとさせる感じが既に、感性の塊である音楽が相容れないことを証明してるようなものだ。


私たちは何一つ共通した音楽観を持っていないが、それはそれで良いではないか。


共通項がないのは、音楽にとどまらず美学も哲学も芸術への考え方も埋めようもなく隔たっているせいなのだ。放っときゃいいじゃないか。

擦り合うところがないのに、わかって頂戴なと押し込んでくる野暮ったさがプーランクの音楽とかけ離れてて萎える。

  しつこく勧められた歌を50秒ほど聴いた。
  あ~無理って気分が増しただけだった。

歌手は何ら悪い感じじゃなかった。
まとまって、整ってた。良い支度がされてた。

よく床掃除された場所に通されたってところだ。
ゴミは落ちてない。モップがけがしっかりされてる。

しかしこれといった魅力は感じられず、だから何? と不審がっていると、すごいでしょ~お掃除とお片付けが完璧で最高! とどうでもいい内容を押し付けられて尚つまらなくなる感じ。

字の書き順を間違えないって素晴らしいワってことか。
勝手にやってほしい。私は関わりたくない。

その歌がつまらない理由を理解するのに50秒は長すぎるくらいだった。


例えば50秒間にEの音が複数回出てきたが、何回目のEも同じなのだ。歌い始めのEもフレーズ途中のEも同じ調子・同じテンションである。

音楽上は同じEであるべきではないのに揃えようとする不自然さゆえに特定音が目立ってしまい、音楽を破壊していた。

技として其うするには非常な努力が必要だろう。
だが努力跡として見えてしまってるところがもう泥臭い。

重ねるが決して悪い歌手じゃない。
無風流な歌を賞賛する歌解釈人のセンスとは、どこまでも相容れないと確信しただけだ。


さて本題です。


si♭が5つも続く。mi♭が3つあり、それからsi♭が6つ並ぶ。
プーランクFiançailles pour rireの "Il vole" の出だしです。

同じ音高の音をみな揃えて歌うを善とする価値観から離れた処に生きる人間には、面白いんじゃあないかなって思うのだ。

書き順がないこの曲はアマチュアさんにも提案することがある。

同じ音高でも言葉によって意味によって出す音がどんどん変わる表情の豊かさが、なんて楽しいことだろう。

  Il voleのお稽古はじめは発声じゃない。

En allant se coucher le soleil と詩を唱え
幾度も科白のように口にするうちにリズムがついて
もっと繰り返せば音高ができてきて
気がつけば譜面になってるような。

理想の発声・理想の歌い方など持たず
代わりに理想の夢心地を探ったりして。


譜面を見る通り、難しくないとは言わない。


だけれど頭と心が書き順で占められて不自由になる難しさとは違う。

舌切り雀じゃない。
Il vole(飛んでいる)だ。

歌わない歌のように掠れ、呟き、嘆息もいい。

  *歌わない歌

音楽的な掠れと、音楽的な呟きと、音楽的な嘆息を自分に課せたら素敵。歌解釈人など居ない世界でそんなお話がしたくなる。

短い短い人生に、生徒ちゃんも私も自由なプーランクをもっと自由に取り入れよう。ナンテ思いながらふと点けたCD。アズナブールのÀ ma femme(妻へ)は、Il voleどころじゃない数の同音の羅列で語られる。楽しいな。

うんと自由に、うんと多面的に、
誰もが歌うことを心から楽しめますように願ってます。



天使の曲

March 21, 2017

FaceBookを開くと桐朋出身の素敵なピアニストさんのブログにこんな可愛いモノが!


お手作りのアイシングクッキーですって。拝借したお写真にて。

すごいなぁ・・・って先日画面を見入ったのでした。


すると大きなキャンディーが届きました。


キャンディーの中から、あの天使が現れてびっくり。感激です。

古くて貫入が浮き出たお皿に置いてみる。


ブログ画面で拝見してたとき優しくなよやかに見えた天使は
お皿に光を放ち、ぐんぐん力を帯びて見えてきた。

曲を実際に弾いてみると、聞いてた時の印象とすっかり変わることはよくあります。そんな時の心踊る驚きに似てる。


生気に満ちた天使が、天主の栄光を讃えるかのように手を伸べていたから、


銀色のバトンを持たせてみましたヨ。(ベッド用テーブルに置いてあるお薬のミニミニスプーンの柄なのです)

狭い場所の同じ灯りの下で動かず写してるのに、射す光まで力強くなったかに見える1枚です。

バトンはメロディーラインにつけたアクセントってところでしょうか。1つのアクセントで全体が硬質な音に聞こえたりする図。


同色のマカロンを置くと、マットな色合の第二主題への推移部カナ。


第二主題で天使はシルエットのように陰になり、代わってイエズス様の聖なる岩 (マカロンね) がメロディーに。


曲のおままごと。
小さいお皿の上だけの今日のお遊び。



動物と人間と不安

March 08, 2017

中学校の何年生だったかパジャマを作る家庭科課題がありました。お別れするとき記念に撮った写真です。


実際に使えるものをお初に縫ったのだったナ。2枚目のようにお袖口や裾にもゴムを入れて下手っぴに縫った少女期でした。あれからお針の腕は上がらないまま。

**


動物が、瀕死の怪我を負ってても走って天敵から逃げることができる事例を指して、"人間なら此の量の血が流れたら、恐怖で動けなくなる" って解説を聞いたことがある。

出血が多いと死んでしまうとか大怪我だと助からないなど生半可な知識が人間にはあるだけに、多量の血が出ると精神的にダメージを受けてしまうって要旨でした。


随分前に耳にしたうろ覚えの此のお話を、入院してから時々思い返す。


痛かったり出血したりの事実に加えて、嗚呼どうしようって不安や恐怖が一層の精神的ダメージを与えてしまうんだろうなって。

怪我の影響以前に、これだけの血が流れ出てしまった・・・って恐ろしさが身体を強張らせ、体力を奪ってしまうこともあるだろう。

裏を返せば、単純に本能の指令に耳を傾ける動物の精神で居れば、実際に起こってる事実以上のダメージを受けずに済むのかも。

すごいね、動物!


私は病気からはあまりストレスを受けてないんです。どうしましょうって不安を感じてなくって、病気のことを考える時間は1日の中に殆どないです。


多く考えるのは音楽のこと。読んでる本のこと。
病気じゃなかった時と何にも変わらない。
努めて同じようにしてるのでもない。

それが1番考えたいことで、自分の考えるべきことだから考える。
考えれば理解でき結論づけられるから考える。


術後、打撃を受けた身体は弱ります。


でも不安に苛まれることがなかったのは身体機能が衰耗してる機会に、ドビュッシーが書く[弱まり] の表現を掴み取ろうと気分的に忙しかったから。

今まで元気だったときに、演奏譜面を見て彼の[弱まりに対する美意識]にうっとりしてたから今が識るチャンスと思った。現在の身体の感覚をドビュッシーの感性ならばどう表現するでしょうって妄想してたのでした。

ジャンケレヴィッチを引用しますね。私にはドビュッシーの囁きの美を言葉にまとめることができないから。

《[弱まりながら]、[消えるように]、[できるだけ弱く]、[かろうじて聞こえるように]、[それと分からぬほどに]、[ほとんど聞こえないほどに]、[さらにほとんど聞こえないほどに]、[もはや聞こえないほどに]、[消滅するように]というぐあいに、


ドビュッシーでは最小のニュアンスにまで微分された衰退のあらゆる段階が表現されている。

メリザンドの死は、これらの段階をすべて経過していったと言えるだろう。静かで小さな存在は、黙って[消えるように]死んでいく。

メリザンドの死は、戦いの喧騒、壮大な怒号、歴史的な咆哮のうちにあるのではなく、聖書に書かれた神の息吹のように軽いそよぎの中で起る。》

             (船山隆様・松橋麻利様訳)

**

精神的ダメージに屈せず動ける動物は素晴らしい。
そして動物の本能と同じくらい、人間ジャンケレヴィッチの叡智も素敵。彼は人間が理知を用いてあらゆる精神状態を保ちまた創り出せることを教えてくれる。


*涙が拭けたら
  ?僕と回復とスカウサギ
*プーランクで麻酔
  ?僕が知ってる麻酔のオチ
*ヴルスト先生
*病者の塗油
*こんなお出かけ
*与えられた中で

*結婚したい
*ずっとご飯を作りたい
  ?僕が聞いた踵のお話
*いったん最後のコンサート
*ピンク・ピンク
*幸福 -- 重なり
*院内生活
*今日の続き
*MRIのイメージング
*お祈りを感謝します
*祈る朝に
*長いひと月
*病人と香り
*ブルーシェルフ
*内視鏡の苦痛と歌
*意識が戻って
*出張
*アッパーシェルフ
*コーナーアングル
*居場所
*強弱
*Macへ行こう(19)未来を買う
*死にたくない理由
*病気が判った日
*歩く
*アンサンブルをありがとう
*生きたい理由
*病者の秘跡
*諦めずに
*夫が怖かった
*病気



プーランクで麻酔

March 04, 2017

2月末。手術前日の早いお夕食後、
20h前までYouTubeで曲を聴きながら共同食堂でお勉強してた。


手術の成功率が高くても低くてもあまり気にしてなかった。運が良いことも悪いこともある。生きるも死ぬもお任せしようと思った。

その時は、運が悪ければ最後に触れる曲になるかもしれないのかなあって思いながらずうっと1曲を聴いてた。

誰にでも、人生で感動した曲や支えになった曲があるように
私にも思い出の曲は多量にあった。

けれど思い出のどの曲でもなく新しい曲を選んで聴いてた。
希望を託して、今後弾きたい曲を心に響かせたいって思った。

プーランクがいい。今までは著作権の関係であまりたくさん弾いてこられなかった。あと8年ほど経って日本での著作権が切れたらLicaちゃまとお稽古したい曲だった。

其んな期待を抱いてたら8年を生きる気になれるのかな。楽しいなあ、やりたいってLicaちゃまにいつ言おう? 彼女はまた私と一緒に弾いてくれるかな? ナンテ考えながら前夜はストンと眠った。


手術当日


  メスが入って弱ってしまうまでは
  ちょっと面白かったんですよ。
  なんだかね、コンサートごっこみたいでした。


シャワー後も時刻の声がけで着替える段取りなんかがコンサートっぽい。違ってる点は進行係役が看護士さんであることと、お仕事しないで寝てればいい私側に全く緊張がないことでした。


出番です、みたいな感じでオペ室到着時刻が伝えられました。


点滴台を引きずって進んでゆくのは扱いづらいドレスの裾を捌きながら歩くのに似てる。

長い長い無機質な廊下。楽屋から舞台裏が遠い現場みたい。夫とはドアーの前でお別れ。

"この扉が開いてもお客様が並んでないから今日は全然緊張しないヨ~ " って扉を指差し、表情を失くしてる夫に笑いかけて別れました。


並んでらしたのは先生方でした。
執刀医3名、補助に多分2名、麻酔医2名を含めて総勢13人ほどの方が立ち動いてらっしゃった。


全身麻酔の前に硬膜外麻酔のためのカテーテルを脊髄近くに入れる予定になってました。


全麻から醒めた後の激痛を持続的にチューブを通して緩和できる大事な麻酔ですが、この最初が上手くゆかなかった。

原因は私の脊髄が狭い事らしく、何度か刺し直しても他の場所に小さな痙攣がくる。そのままカテーテルを進めては神経を傷つけてしまうので何度か抜いては刺し、後退しては進め・・・

その間ずっとプーランクを小さく歌ってた。
歌わなきゃ痛すぎるもの。

心が痛さに囚われたら辛いから音楽の流れに気持ちを乗せたい。
ほらね~こういうことがあるから昨夜メロディー覚えておいて良かったでしょ~って心の中で自賛して必死で音を辿った。

素敵な曲。きっといつか弾こうって手術台の上で決めた。


硬膜外麻酔はこのまま進めると神経に触れて危険ですので
断念して術後は別の方法で痛みの緩和をする形にしたいと思いますが、どうでしょうか?


麻酔科医の先生がおっしゃった。

  "どうでしょうか、って・・・? "
  もう本当に吹き出してしまった。

  " 先生にお任せします以外に言いようがないですよ! (笑) "

手術台で10人以上の先生方に囲まれて痛がりながら背中にカテーテルを出し入れされてるシーンなのだ。他に何が言えるだろう。

まあ面白いことはあるものね、患者の承認を得た形にする必要がある規定かな? それにしてもねえって笑って全身麻酔の鎮静に落ちた。

チューブが入らなかったのが、術後あれほどのたうち回って痛がることに繋がるなんてその時は知らなかった。点滴の鎮痛でどうにかなるような痛みじゃなかったんだのに。


術後の激痛からようやく抜け出すことができました。
痛さが落ち着いてくると徐々に睡眠もとれるようになってきました。



ヴルスト先生

February 28, 2017

今私が自由にできる空間は、こんなに小さく殺風景。
でも想いや考えの中には山盛りの自由がある。


どこに居ても楽しいことは一杯あるもので、入院生活もそれなりに面白がってます。

現在撮れるこんな画像じゃお読みになる方につまんないから、少し前のおやつ(?)写真にしましょう。お肉食べに行きたいよぉの願望を込めて。


先日外出した時に三宮ルビアンさんへパンを買いに行ったの。サルラというパンが好きでよく求めます。


ルビアンさんのサルラはフランス・サルラの町のことなのかしら?
今日はWiFi環境に居られる時間が短くて、オフラインで此れを書いてる今は検索が叶わずわからないワ。
もしSarlatなら教皇庁との関係で有名な街ですね。


フィセルの弾力とソーセージのボリューム感が好きなサルラは毎日16h過ぎごろに焼かれるようで、その日の診察終わりの時刻にはまだ準備ができてなかったのでした。


ちょっと悩んで代わりに求めたヴルスト。名前の通りヴルストソーセージが挟んである。

形状もサルラと違う。パンより長いヴルストソーセージが、パンの両端を越えて両脇にはみ出してる格好です。


  楽章構成を不思議に思ってたプーランク楽曲を浮かべながら
  矯めつ眇めつヴルストを見た。
  そうか・・・


パンの長さの範囲内にソーセージが入っているのがこの楽曲ジャンルだというバイヤスがかかった目で見てたと反省しました。


ソーセージがパンより長いヴルスト・・・? そうじゃない。

  ソーセージが長いかパンが長いかではないのだ。
  形状が根本ではない。考え方の違いの表れが形状なのだ
  と、当たり前のことに気づいた。


楽章の組立ての趣意が違うのだ。


  プーランクは
  パンより長いソーセージを入れたのではなく
  ソーセージより短いパンを作ったのだ。

そんな事を思いながらヴルストを頬張った。

世の中は音楽の先生で溢れてる。小さなパンでさえも。



内視鏡の苦痛と歌

February 02, 2017

昨日に引き続き処分品写真から、母が編んでくれたカーディガンです。


またしても捨てる前のボロボロ写真を載せるパターンでごめんなさい。面倒な模様を根気よく編んでくれた記念に。古びてお別れしたけれどc+の子だから寂しくない。

  *物とお別れ

だけど私自身はc+になれてない。
もう十分に働いたから眠っていいね、のc+にはあまりにも遠い。

  だからできる治療に全力を注ごう。

**


最初の診断で、全身の検査が必要になった。

検査の中には辛さを伴うものもある。
内視鏡や気管支鏡もその1つ。

これは辛い検査なのですが・・・ってお医者様が仰った。
私は辛かろうと痛かろうと必要な事は全部やります、って即答になった。

ぐじゃぐじゃ迷って無意義な時間を費やすのが嫌いな普段の性格は診察でも出る。迷う余地があるとは思えないのだ。

  迷いと熟考は違う。
  病気を熟考するのは私じゃなくてお医者様だ。
  考えるほうは医学を識るかたにお任せしようじゃないか。
  私は医学の可能性を夢見て迷わず従うだけだ。


初日に担当医がオーダーされた検査はすごい数だった。
本当に大変だと思いますが・・・と先生は切り出しなさった。


いいえ大丈夫ですってお答えしながら場違いに笑ってしまった。
大変なのは病気であって、たかが検査じゃないもの。こんな程度を大変と言ってたら病気は乗り切れないのだから。

何でも提案してくださいとお答えした。先生に、躊躇なくできるだけ自由に発言していただけるようにしたいのだ。それが結局は自分を救うことだ。

**


数々の検査は苦しさを伴うものもあったけど、夫が身震いをするだびにコンサートより全然マシって笑ってた。

だってね何人もの専門医にお任せできて、此方は耐えるだけでいいのですもの。

音楽に全神経を集中する必要なく時には緩和剤でボ~っとしてれば良くって、集中が途切れぬように針の先ほどの出来事に神経をすり減らしながら長時間緊張と戦うこともない。責任もない。ただ我慢するだけ。

それって精神的には無茶苦茶楽よ~って言ってきた。

  内視鏡の日、夫は泣きそうな顔で
  お人前で抱きしめて診療部へ見送ってくれた。

そりゃ厭だけど・・・って笑った。やっぱりリサイタルよりは全然怖くないヨと夫に手を振った。


内視鏡やそれより数段辛いとされる気管支鏡は、もちろん苦しかった。


口中の緩和に苦いゼリーを4分間含んでから、舌を引っぱられて喉の奥へスプレー麻酔を幾度かに分けて吹き付ける初めのところから苦痛は激しいしネ。

  マウスピースを咥えてカメラが喉の奥に挿入される時、
  先生方はちょっとアブナイ人間と思いなさったかも。
  ごめんなさい。
  ごく小さくメンデルスゾーンをハミングしてたんです。

本当は声を出しちゃあいけないみたい。呻いたりすると喉を閉じるから余計に苦しいのかも。だからよそ様にはお勧めしないけど、声楽が専門職でなくても低く歌うことで喉を開く感じにできる人はそのほうが吐き気が少し治まるように感じた。気のせいかな?


  何よりも "失われた幻影" の美しいメロディーが
  自分自身の苦しさを救ってくれたのだ。
  16分の12拍子のやさしく哀しく優美な流れは
  病や痛みや辛さと別次元の世界へ誘ってくれた。

  機械音が響く病室だからこそ美しい芸術作品が必要だった。

治って何としてもこの曲をコンサートで弾きたいって願った。
緩和剤の効果と苦し過ぎたのとで、いつしか気を失ってた。

**


今日は午後診察で久々に朝ゆっくりしてます。



歌わない歌

December 07, 2016

ティールームのシュガーバインに薄茶色のマンモスが止まった。


いつもおうちに来てくれる象たちよりも少し大きい種類みたいで

  *2016年8月のおうち避暑

どうもこれはマンモスらしいってことになった。


近くで見るとやはり毛長マンモス種に違いないって思う。


ボードレール "旅への誘い" もどこかで本当のいざないじゃあないと感じる風な、信じる事ができないような心証を与える。

デュパルク歌曲ではその印象が顕著で、力ない落潮の美しさを見せてくれる。何かが衰弱した世界。愛の夢の衰弱かもしれない。

頽廃の内に遠く叶わなかったものがか細く美しい光を放つようで
恋が終わったあとにしたためる恋文を思わせもする。
伝える意義のない恋文、求めのない恋文ということだ。


この動画がとっても好きです。
これをそのままメロディーにのせたような歌唱が好きです。

そんな歌を生でたった1度だけ、お師匠様の伴奏で聴いた。





ボードレールの手紙を受け取ったマリー・ドーブランは
聡明とはいえない性質を備えた大衆演劇女優だったし

ボードレールの愛も偽りが混ざっていたかもしれぬと考えられるいきさつだったが

それでも此処に書かれたような愛の対象を彼が求めたのは真実だろう。


詩の言葉をただ置いてゆくような、
置かれた詩の足跡をぽつりぽつりと聴衆が追えるような
'歌わない' 歌が今の私にとっては当楽曲の理想に思える。


"旅への誘い" が誰をもさそっていない通り、誘わない歌唱。

ドラマティックでなく、声を響かせもせず、
勢いは枯れ、口の中で、詩世界を壊すことなく、
終わってしまった事柄と始まることのない事柄を
語るともなく語ってほしい。


生きてるうちに其うした歌手さんに出会えたらいいな。
否。グワグワ歌う無粋を避けたいだけだから
いっそ歌い手でなくてもいい。

それまでは器楽バージョンでの演奏です。


■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち
  *愛と死

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影
  *ムービーの事故

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去
  *スケッチ帳

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[旅への誘い]デュパルク
  *旅への誘い
  *早い朝の呟き

[波と鐘]デュパルク
  *未解決

[ラシーヌによる雅歌]フォーレOp.11
  *フォーレとナポレオン3とラシーヌ
  *"ラシーヌによる雅歌" 落合訳
    ?僕が見た餃子屋さん

[牢獄]フォーレOp.83-1
  *ヴェルレーヌ "牢獄"
  *"牢獄" 落合訳
  *牢獄のポプラ
  *窓とお馬鹿さん記
  *簡素で静かな
  *背信
  *牢獄と鐘の音

[古寂びた修道院にて]フォーレOp.2-1
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること
  *"古寂びた修道院にて" 落合訳
    *ユゴーxフォーレ
    *フォーレの改訂や単語など
    *フォーレと翼廊
    *回廊
    *軽やかさ
    *訳のやり直し



ヴェルレーヌ "牢獄"

November 05, 2016

ハンギングポールにビオラを移植した。


去年の零れ種で咲いた小さな株に、お花はまだぽつりぽつり。
やがてシャビーなバスケットを覆ってくれるでしょう。

リハーサルでちょっと緊張してる朝。

**


フォーレOp.83-1"牢獄" は1894年12月4日の作(刊行は1896)。

フォーレが選んだ当詩をヴェルレーヌが執筆したのは、そこから20年余りを遡った1873年9月のことでした。

1873年はフランス詩を愛する私たちには思い入れ深い年ですね。
7月10日にヴェルレーヌが恋人ランボーを銃撃したのが1873年でした。


恋人を拳銃で撃って2ヶ月ほど経った頃に牢獄で書かれた詩ということになります。


誤りを犯して間もない彼の後悔は身を切るようで
時間は決して戻りはしないと識りながら、道を踏み外す前に戻りたい想いにも苛まれたことでしょう。


乾いたような諦めと激しい自責。
心の色を空に映し、空の色が涙に染まるような1曲です。


牢獄でヴェルレーヌは沢山の詩を書きつけ、1881年に詩集 "叡智" を出版することになります。"牢獄" は叡智第3集収録の詩。


■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち
  *愛と死

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影
  *ムービーの事故

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去
  *スケッチ帳

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[旅への誘い]デュパルク
  *旅への誘い
  *早い朝の呟き

[波と鐘]デュパルク
  *未解決

[ラシーヌによる雅歌]フォーレ
  *フォーレとナポレオン3とラシーヌ
  *"ラシーヌによる雅歌" 落合訳
    ?僕が見た餃子屋さん

[牢獄]フォーレOp.83-1

[古寂びた修道院にて]フォーレ
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること
  *"古寂びた修道院にて" 落合訳
    *ユゴーxフォーレ
    *フォーレの改訂や単語など
    *フォーレと翼廊
    *回廊
    *軽やかさ
    *訳のやり直し



スケッチ帳

October 30, 2016

今はもう居なくなってしまった子。
私のせいで居なくなってしまった子。


母が私を出産する前から準備してたぬいぐるみ君でした。
だからとても古くって。

布も擦り切れそうだから他のぬいぐるみ君のように洗うのは怖かったけれど、拭いて綺麗にするだけじゃあ可哀想ねって思い切って洗ってみた。

お湯をかけてすぐにまずい・・・って気がついた。
昭和40年代のお人形の中素材は現行のもののようにお湯切れが良いものじゃあなかったのです。

濡らしてしまった後の感触から推測すると多分オガクズをギュッと圧縮したような材料が中に使われてたんだと思う。


あっと思ったときには既に遅くって、泣きながら洗い終えて祈る気持ちで必死で乾かしたけれど元には戻らなかった。


万が一のために洗う前に写真を残した。

写真を見ると小さな頭の手触りも、いたいけない体つきも、愛らしいお尻尾も、そして古い布独特の甘いような香りも鮮やかに甦ってくる。

窓辺や、棚の半ばや、重ねた本の上にいつもチョコンと居てくれた存在の温かさが写真から溢れてきそうな気がする。


ドビュッシー "スケッチ帳より" は、
今は失われてしまった風景だと個人的には考えたいのです。


この曲の景色はたとえば、
今窓から見える身近な風景そのままの良い写生ねってお話ではなくって

  *あの時

失われたものの優しさと、失われたものが体をもっていた時の姿で記憶に触れてくる切なさのような情調を携えているようです。


■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち
  *愛と死

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影
  *ムービーの事故

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[旅への誘い]デュパルク
  *旅への誘い
  *早い朝の呟き

[波と鐘]デュパルク
  *未解決

[ラシーヌによる雅歌]フォーレ
  *フォーレとナポレオン3とラシーヌ
  *"ラシーヌによる雅歌" 落合訳
    ?僕が見た餃子屋さん

[古寂びた修道院にて]フォーレ
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること
  *"古寂びた修道院にて" 落合訳
    *ユゴーxフォーレ
    *フォーレの改訂や単語など
    *フォーレと翼廊
    *回廊
    *軽やかさ
    *訳のやり直し



フォーレとナポレオン3とラシーヌ

October 24, 2016

肌寒い朝にラシーヌを書棚に仕舞いに入った読書室。


ついでにちょこっと秋冬モードに小物替えです。
子供っぽいカナ? 可愛い赤が好きなんです。

**


"ラシーヌによる雅歌" は1865年、フォーレ20歳の作品です。

20歳の頃の自分を振り返ると、こんなにも美しい曲が涌き出す精神にはほど遠かった。若くしてなんという品格でしょうと驚くばかり・・・

フォーレは1854年10月、パリにあるニデルメイエール古典宗教音楽学校に入ってカトリック聖歌を重点的に学びます。

第二共和制(~52)後、第二帝政に入った時代ですね。


フォーレが初めて曲を書いたのは1861年。
同校の教授になったばかりのサンサーンスとの出会いから始まります。

ニデルメイエール校卒業時の作品が "ラシーヌによる雅歌" だったのでした。


ジャン・ミシェル・ネクトゥー著 "評伝フォーレ" 第3部・第15章に拠ると、創設者のルイ・ニデルメイエールはラシーヌ、コルネイユ、ボシュエ、ラ・フォンテーヌを文学の学ぶべき人物とする教育方針で、フォーレは文学でも1等を受賞していたのですって。


絶対的な古典の大家であるラシーヌに此処の学生だったフォーレが目を向けるのは必然だったのかもしれませんね。


ウラジミル・ジャンケレヴィチがOp.61 "優しき歌" を巡ってラシーヌに触れている箇所があるから引用しますね。

《レオン・シェストフの言葉を借りるなら、内面深くに隠れた悲劇を自らのうちに蓄えてしまっているような芸術家ではないにしても、少なくとも彼のあの慎み深さは、ラシーヌのそれと同じく、抑え込まれた激しさを前提としている、ということである。

アブサンがポーヴル・レリアンの肉体を腐らせ、魂を堕落させたついでに奪い取ってしまったこの慎み深さは、なおまだこの "優しい歌" を包み込んでいる。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)


7年前に拙ブログでもラシーヌへの未熟な感想を書いていますが


  *ラシーヌの魅力

彼の抑止から漏れ出る熱と冷たい炎の耽美は宗教題材においても見事に結実するのですね。


ラシーヌの麗しい文体を20歳のフォーレ青年が大切に手に取った寄宿舎はカトリシズムの強い校風でしたが、背景にもカトリック復古精神の波がありました。

即位したシャルル・ルイ・ナポレオンの皇后、ウジェニー・ド・モンティジョ后が、少女期をパリのサクレクール女子修道院の教育課程で過ごした熱狂的なカトリック信者だったことも社会に影響を与えたようです。

"ラシーヌによる雅歌" は第2部にオリジナル編成のカルテットで演奏致します。


■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち
  *愛と死

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[旅への誘い]デュパルク
  *旅への誘い
  *早い朝の呟き

[波と鐘]デュパルク
  *未解決

[ラシーヌによる雅歌]フォーレ
  ?僕が見た餃子屋さん

[古寂びた修道院にて]フォーレ
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること
  *"古寂びた修道院にて" 落合訳
    *ユゴーxフォーレ
    *フォーレの改訂や単語など
    *フォーレと翼廊
    *回廊
    *軽やかさ
    *訳のやり直し



旅への誘い

October 12, 2016

夏の名残の僅かなお花が開いてる。


これからが我が世と勇む秋のお花は生き生きと、終わってゆくお花は散る時を静かに待っている。

ブルーがテーマカラーのカーポートに古道具が1つ加わった。
グッズ要ります? ってハヤブサ君が手押し車を届けてくれた。

車輪の支柱が折れてもう動かない手押し車の底には、プランターを入れられるようにってお水抜き穴を3つ設けてくれてた。

長い間働いた無骨な体には垂れ下がる小花が似合うかな。


残ってる青いペンキで車輪を塗ったら可愛くなりそう。

**


楽しい構想は輝いているほどに、うたかたの夢のように思えることってないですか?

未来の眩しさに恐いような気持ちになって、夢見ながらもそれが夢幻だとどこかで識ってるような。

ボードレールの詩にデュパルクが曲をつけた "旅への誘い" に其んな印象をもった。

此んなに寒くなったのに今日まだ蕾を作ろうとしてるインパチェンスも。


この子は本当に咲こうとしてるのか、咲けると信じてるのか。それともおそらく開くことはできないだろうと識っているのか。

まだ見ぬ途への夢語りは、先ゆきが美しいほどに混沌として
衰勢の思考を感じさせる耽美がある。

パリの風 第2部はデュパルク "旅への誘い" で始まります。




■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち
  *愛と死

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[旅への誘い]デュパルク

[波と鐘]デュパルク
  *未解決

[古寂びた修道院にて]フォーレ
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること
  *ユゴーxフォーレ
  *フォーレの改訂や単語など
  *フォーレと翼廊
  *回廊



未解決

October 07, 2016

パリのタピオカちゃんから彼女のお気に入りのお店、フラゴナールの包みが届いた。


南フランスの老舗パルファン専門店のお品はとっても可愛くて独特のノーブルな香りがする。サヴォンやボディクリームも以前タピオカちゃんを通して知ったのでした。


程なくしてハヤブサ君が顔を出した。
彼の工務店がある西宮市から近くまで来たと言って、台風でアーチが倒れないよう錘にするのに丁度な四角い石を運んできてくれた。

次のチャイムはお約束がない筈だった。
ご病気から回復された楽器店の方がお顔見せに来られたのでした。

リビングルームでちょっとお茶して楽器のお話をしてたらレッスン時刻に。


レッスン終わりを見計らって今度はネコヤナギ君がお野菜を届けに来た。


入れ替わり立ち替わりお人と顔を合わせてバタバタした時間のあとは夕方からデュパルクを譜読みしてた。

**


"波と鐘" は1871年の作で彼が神経衰弱と診断されるよりずっと前だけれど、病みがちな精神の片鱗は十二分に感じられる。

心がどこへ向かうかわからない危うさと、まずい言い方だけれど社会に属することをどこかで投げ出した人特有の、客観視をあえて拒否するところから起きる、恥じらいを捨て切った感性の飛礫は大きな魅力だ。

危険な香りがする男性を好まれる方がたまに居らっしゃる。私はまるで好きではないけれど作曲家に関しては其うした気持ちがわかる気がする。


デュパルクには未解決要素が含まれた楽曲が多く


それは楽曲に乗せて未来への扉が開いたりするメッセージ的な作曲信条とは大きく隔たった背理と不条理の世界という部分でも非常にフランス的なのだろう。

解決を望む不確定事項と、解決がパラドクスを生み出すが故に解決を求めない闇とは根本的に異なるのだと考えさせてくれる作品でもある。


デュパルクの魅力は好みに嵌り過ぎて、締まりのないニヤニヤ顔で譜読みしてました。



愛と死

September 26, 2016

今朝はピアノ室からです。


ゴイェスカス5曲目 "愛と死" には、前4曲のモチーフが次々に現れそして瞬く間に消滅する。

"愛の言葉" "窓辺の語らい"、"灯火のファンダンゴ"、"嘆きまたはマハと夜鳴き鶯" のストーリーが絡み合うように回想となって立ちのぼる。

作曲上ははっきりとしたモチーフ展開だけれどその印象は蜃気楼のよう。

出逢いのシーンのモチーフが、愛を語った言葉が、つい昨日のことのように生々しく現れる。だけれど其れは一瞬間だけ宙に留まって消えゆく短い運命と知らしめるかのような存在感をもっている。

  蜃気楼の追懐は次の刹那には掻き消えるからこそ
  マハは幸福な交感の日の想起をなぞるように愛しむ。
  マホを失う今、愛はそのまま苦しみになる。


モチーフの目的は現れることだったかもしれないけれど
演奏上私は、消滅することに注目したくなる。


愛する人の亡骸を膝に抱いて思い出のシーンが駆け抜けてゆく時、其処にあるのは追懐のシーンが二度と得られないという現実だ。

愛の言葉、はにかんだ笑顔、マハを見るときの癖。
とめどなく出現する幸福なイメージは、死に瀕した眼前のマホの上に憐れにも散り消える。


激しい悲嘆とは違う、現実感を失った静かな嘆きがマハを包む。

マホの命は絶えて、あとには暗い死の鐘の音。


空気づくりがなんて難しい楽曲でしょう。
悩みに悩んで何度も弾いて、マハの心内に添える時がくるカナ。


5日目になった熱はお陰様でゆっくり下がってます。38度前半になった朝。


■パリの風 第21回プログラム

     《第1部》

[愛と死]グラナドス
  *眠る物たち

[アデュー] メンデルスゾーンOp.85-No.2
  *寝具
  *アデュー

[失われた幻影]メンデルスゾーンOp.67-No.2
  *失われた幻影

[葬送行進曲]メンデルスゾーンOp.62-No.3
  *葬送行進曲

[月の光]ドビュッシー
  *レッスン記録:月の光
  *慈しみの月光
  *レトロなワンピース
    *断捨離中です
    *断捨離後の収納
  *物とお別れ
    *赤い辞書
  *アーチの影

[西風が見たもの]ドビュッシー
  *古いノート
  *西風の2度
  *西風が見たもの
  *行き止まり

[スケッチ帳より]ドビュッシー
  *手紙
  *くたっとした布たち
  *あの時
  *スカートのレース
  *スケッチ帳の大過去

[火祭りの踊り]ファリャ
  *火祭り

     《第2部》

[古寂びた修道院にて]
  *僧院の廃墟にて
  *
  *2016年8月のおうち避暑
  *今日会えること




Topページへ
Blogページへ