Le morceauV



ドビュッシー「グラナダの夕暮れ」

August 12, 2010

1人の作曲家が1つの地を描き

表情が異なる2つの曲・・・


リンダラハと同じアンダルシアを舞台にした、標題性豊かなもう一つの曲は "グラナダの夕暮れ"。

幕開けの如くに始まるハバネラは、アンダルシアの歴史を物語るアラブ音階に包まれる。伴奏型にギターの開放弦が模倣され、スペインの特徴的平行和音で変容してゆく。

倦怠と情熱。蒸した空気感と吹き去る乾いた風。
属和音楽句や経過和音楽句が多いことでもドラマティックな印象を与える曲運びは、臨場感溢れる現実世界のグラナダ。

とり残され、微かにハバネラが木霊するようなリンダラハの中庭と 遠く時空が繋がるグラナダのもう一つの側面。

*ドビュッシー「リンダラハ」(1)背景
*                (2)中庭
*                (3)ハバネラ

*スペインへの恋(1)火祭りの踊り
*          (2)グラナダの実
*          (3)コルドバ
*          (4)風
*          (5)ラ・ペドレラ
*          (6)幻想曲
*          (7)熱



ドビュッシー「リンダラハ(3)ハバネラ

August 06, 2010

アルハンブラは、

赤い城塞アル・ハムラーからの名。


イスラム建築の特徴になる質素な外観の内にある装飾美。
王朝の隆盛を反映した建造を外に現さず、囲われた室内に麗々しい技術の傑作を置くんですね。

複雑なアラベスク文様。細かなモザイク。壮大趣味に陥らない緻密な彫刻。"リンダラハ" の曲そのものみたいね・・・

彫りものの如くに3連譜と8分音符が絡み合い、un peu en dehorsと指示された歌が浮き上がる。宮殿室内、気が遠くなる細かな木組みに浮かぶカリグラフを思い出す。

夏場高温になるグラナダで とても低い気温の高台。街を見はるかす地に築かれた絵巻の世界。更なる宮殿奥、回廊に囲まれぽつりとある中庭の静けさのとおり 密やかに流れ出す短調。 

強烈な陽と雑踏から隔離され、独自の世界を幾世紀も守ってきたかの秘密めいた音はこび。ハバネラが濃く薄く波のように重なってゆく。

僅かに5分と少しの、小さな中庭にふさわしい曲。
音は、多くない。デュナーミクでインパクトを与える曲でもない。

失くし物が眠っているようなリンダラハ。

曲がおわったのちもハバネラのよじれが反響し、息苦しいような密な空気が残る。

*ドビュッシー「リンダラハ」(1)背景
*                (2)中庭

*ドビュッシー「月光のふりそそぐテラス」(1)標題
*                        (2)旋律
*                        (3)印象



ドビュッシー「リンダラハ」(2)中庭

August 04, 2010

リンダラハとは、

アルハンブラ宮殿の中庭の名。


スペイン南部アンダルシアの都市グラナダで、最後のイスラム王朝ナスル朝時代に完成したのがアルハンブラ宮殿でした。

総面積1万4000uの広大な敷地に数ある庭園のうち、小さな小さな中庭リンダラハ。"ライオンの中庭" と "二姉妹の間" に挟まれる簡素な・・・簡素だからこそ物語を呼び起こす。

"月光のふりそそぐテラス" (下部リンク) でも見られたようにドビュッシーはエキゾティックな空気を愛していましたね。リンダラハの中庭にも、14世紀イスラム世界へ誘なわれる夢を見たのでしょうか。

木立の黒、乾いた壁が反射する太陽と熱、中央の小噴水の滴り。
回廊から誰がどんな風にリンダラハを臨んだのか・・・ 幾世紀の人々の生活を吸い取って静まりかえる庭。

アルハンブラの幻惑に私もまた捕らえられるのです。
  
*ドビュッシー「リンダラハ」(1)背景

*ドビュッシー「月光のふりそそぐテラス」(1)標題
*                        (2)旋律
*                        (3)印象



ドビュッシー「リンダラハ(1)背景

August 01, 2010

1880年夏のこと・・・

お師匠様のお書き物で知りました。


ドビュッシーがバスク地方サン・セバスティアンを訪れたのですって。
ガスコーニュ湾 (ビスケー湾) に面するサン・セバスティアンは、古くからスペインの避暑地として知られていました。

ドビュッシー家が夏の間だけ雇い入れていたフォン・メック夫人の証言によりますと、湾につながる入り江を臨む保養地アルカションに滞在したとか。

其処からサン・セバスティアンへと向かったと、ルシュール著 "ドビュッシーとグラナダ症候群" に記載があります。


**


遠い日・・・130年前の夏に ドビュッシーが触れたスペインの香りは
後に数々の音楽に生きてゆきます。

"グラナダの夕暮れ" "葡萄酒の門" "仮面" "遮られたセレナード" など、スペイン作曲家ファリャをも魅了した名作の数々。

中でも "リンダラハ" の陰影に惹きつけられる。

リンダラハは1901年に作曲されたのち、オーケストラ譜に紛れ25年間失われていました。ドビュッシー自身初演を聴くことなく世を去ったのでした。

元気だった38歳 (完成時は1901年4月のため) の筆が既に、失われた世界を描いた風に見えてしまうのは感傷がすぎるでしょうか・・・

*スペインへの恋(2)グラナダの実
*          (4)風


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プーランクの仕草

July 21, 2010

お芋のマフィンとカボチャのマフィン、

どっちから食べる? が今朝の悩み。


ジャンケレヴィッチ--モンポーの記事を読んだ。呼吸は少し良く、ぜいぜいする音が小さくなってきた。

男性の好きな仕草って話題、ときどき耳にしますネ。乙女な方々からよく聞くのは車をバックさせるときだとか。ネクタイを緩めるときだとか。

私はね、プーランクの仕草が好きなんダ。譜読みしてて ときめいちゃった。胸がきゅんとなるフレーズ。プーランクそのもの・・・ クールに交わし、ふとした拍子にロマンティックに迫る。

キザでなげやり。そっぽを向いて流し目で振り返る色気。
ここ! プーランクのココが好きなのよ〜♪ って1人にやにやするなんて・・・ ピアノ室で不気味な光景なんだワ。

今日午後はクラリネットのしじみちゃんと録音です。



ラヴェル「カディッシュ」

July 07, 2010

今夜演奏するカディッシュ

思い入れてしまう好きな曲。


ラヴェルは母方にバスクの血をもつことは有名ですね。此の家系がおそらくユダヤ系だったこと、およそに一致した見解なのね・・・。

私はユダヤ系にお友達も居るんダ。他方パリの街で、また別のお友達の輪でユダヤに対する共通した空気も幾度となく感じてきました。

あくまでも拙い私感に過ぎないけれど、触れた狭い範囲では人種的な事よりユダヤ教を遠巻きにする空気が強かったワ。(現代はユダヤ系民族=ユダヤ教徒に限らぬため)

ラヴェルの時代はもちろん今のふうな穏やかな様相とはゆきませんでしたね。


ラヴェルも公にしておらず・・・


だから彼がユダヤ教徒だった証明はされていません。学者さんがたのある程度共通の見解としか申せないのよ。

でももしもそうだとしたら、カトリックの国でどんな風に感じていたかしら。周り中が異なる宗教色を持った世界・・・ 記念の日も風習も季節ごとの食習慣も違った世界・・・

愛する母国が、自分を受け入れない部分。とても大切で純粋な信仰が 自分の国と溶け合えない葛藤が小さくなかったと考えるのは容易です。

私自身日々感じつづける葛藤に重なります。

カトリック教徒の私にはヘブライの哀悼の歌の詳しいことは 本当には知りえないと思います。とても切なくわかるのは、ラヴェルがただ一曲だけユダヤの典型的なカディッシュを書いたこと。

完成の1914年、ラヴェル自らピアノを弾いて初演したのでした。


**


今夜7時半、ピアジュリにてお待ちしておりますネ。
     ライブお問い合わせ:Tel 078-391-8081



プロコフィエフ・ソナタNo.2第3楽章

June 01, 2010

フランソワーズ・ファベール "ピアニシモ" を読んだ。

日本語書名は "失われしもの"。


主人公の父親に描かれる指揮者の精神のあり様は、どうしてだかプロコフィエフを思い出させた。

昔プロコフィエフはロマン派作曲家に比べエピソードが少ない風に思えた。現在に近いほど情報は残し易かったろうに・・・って。

ショパンは意中の女性を想う心の内を、お友達にどんどん吐露したワ。片想いをワルツにして、作曲の心情も再びにお友達に書き送ったり。

心理経過を綴ることが少なかったプロコフィエフが見せているのは、ショパンとまるで違うもの・・・結果を導いた断片の集まりのよう。


前出 "ピアニシモ" の偉大な指揮者も丁度此んな風だったの。


同性の恋人を失いながら快活に、聴衆の喜びに氷のように当たり、自らの秩序を求めることに愉しげで。側の者は疑問を募らせ、其れに対して説明的な打ち明けを必要としない強靭さを持っている。

説明しない強さある人間って 他人を不安にさせるところがあること・・・プロコフィエフソナタも同じ風だナって・・・。

2番ソナタの3楽章はね、足元が崩れゆくような音がとても素敵。
崩壊するものがあるのに、客観性が内の熱を覆ってる。

ドライなようで、ハーモニーはハッとするほどロマンティック。脆さがあくまで客観的に歌われて・・・。うふふ良いナ、素敵だナ・・・



ドビュッシー「霧」

May 26, 2010

紅茶の香りのマカロンクッキーを頂戴した。

雨に濡れた優しいピンクベージュの薔薇に似合う。


下部リンクのジュール・シュペルヴィエルにこだわって3日もお話を続けたのはね、ドビュッシー・プレリュード "霧" に通じる議題に思えたからなの。

"霧" の世界は、現実から生まれて現実を内包する超現実の夢世界か
それとも現実と次元を異にする幻想世界に置くのかしらってわからなかったから。

わかったのは、2つが別物だってことだけだったワ・・・


平行和音と、印象的な復調。

ドリア旋法と流動する48分音符。


第一主題の欠片が 回顧のようにエコーして消えてゆく・・・
シュペルヴィエル "海辺の娘" のように次元を変えた物語のようなのよ。


**


明日27日モーツアルトセミナー&コンサートにどうぞいらして下さいネ。
元町風月堂ホールにて、午後6時30分より。

海原の娘(1)虚構現実
      (2)幻想の意味
      (3)普遍性への問



レット・バトラーとガーシュイン

March 26, 2010

マーガレット・ミッチェルの名作 "風と共に去りぬ"。

皆様はレット・バトラーをどんな風にご覧になってるのでしょう・・・?


お洒落でお金持ちで女性を子供のようにあやす余裕がたっぷりで、格好が良くてダンディーな男性・・・

私ね、読んだ昔にはレット・バトラーをちっとも魅力に思わなかったの。何故って格好の良いお金持ちって、いつの時もどうにも苦手だったから・・・

たくさん好条件を持てば、折角に良いお人の本質も条件の中に隠されてしまうように思えて・・・。もしも其んなお方がお付き合いくださったらば、いつか私は何を愛してるのかがわからなくなってしまう気がしたの。

でもね、今週になってレットをお好きな女性の気持ちが少しわかった。
趣味は取りおいて・・・客観的に確かに魅力的なのだわって男性を改めて知ったから。


うふふ、あのね

ジョルジュ・ガーシュインです・・・♪


ガーシュインは若くして相当な収入を得ていたの。ポピュラーとミュージカルの作曲でお金持ちだった彼は、シンフォニック・ジャズとしてクラシック界へ進出しても大成功をおさめます。

上のリンクにもある通りに、ストラヴィンスキーに教えを請うたらば "如何すれば其処まで収入を上げられるのかこちらが教えてほしい" と言われたほどに。

才能に溢れてチャンスにも恵まれ高収入を上げ、男性としての自信と余裕たっぷりの微笑みのお写真がありますね。

時の人となった輝きと色気が、曲の音にも満ちている・・・♪

瑞々しくて ときにちょっぴり脂っぽい色香があって、崩した音の運びにも気持ちがくすぐられちゃう。生真面目な音楽とは本質が違う、音の悦楽に導かれる。キザで強引で、それだのに時々不安定な音型。

レット・バトラーの魅力もこうだったのじゃあないかしら・・・って、ピアノの前で笑みが漏れた。

*ガーシュイン "ラプソディー・イン・ブルー"
*ガーシュインのウイスキー
*アメリカン



チャイコフスキー「ナタワルツ」

January 15, 2010

クロード・モネが室内コレクションを愛し お庭を細部まで追求したこと・・・共感とともに憧れてるの。


彼は独自の規則性で品々を整えた・・・。お庭は日本の太鼓橋をかけて日本アネモネを取り寄せ、おうちの中では歌麿・広重・北斎を収集して・・・。

自らが作り上げた家内の世界に 再びインスピレーションを得ていたのでしょうね。

大好きな物を大好きな飾り方に配置して、其処からまた感覚を受けて作品に反映する・・・。枯れることない循環を持っているって素敵ね。


**


チャイコフスキー "ナタワルツ" はナターリャ・プレツスカヤに献呈された小曲です。愛らしいモチーフが幾つもあるけれど、音は? バランスは? って少し戸惑ってた・・・。

同じくらいの規模の小品を浮かべた。イベールのキランとした音色とも違う。サティのように緩やかなリズム感じゃなく、プーランクほど幅を持たせない感じ・・・。

少しちがえば一本調子になりそうな繰り返し。一本調子を避けるためにと表情を塗りつけたりはしたくない。

どうしましょうね・・・って思案しながらピアノ室の壁を眺めた。大好きなのに着る機会すくないお洋服を飾った壁。布は吸音もしてくれるし、ぶら下げるの、大好きなのよ。

母のお古、フランスアンティーク布のお洋服は スモーキーなブルーグレーやグリーングレー。ダサ可愛い分厚い布地だのに、ひっそりした雰囲気も・・・

ねえもしかしてナタワルツって此んな感じ?
キランってさせずにスモーキーな音を選んで、静かだのにところどころが可愛くて・・・

多くの抑揚を求めず ひそやかに。
単色じゃない、似た色同士が交じり合ったような優しさで・・・。 



ショパン「スケルツォ」No.2

January 12, 2010

モンテーニュ "エセー" を読んでみる。

16世紀フランスの偉大な哲学者さんですね。


紐解いてみたのはね、鬱積について明らかにしたかったから。哲学者さんならばどうご覧になるかしらって。

ショパン・スケルツォのことなのヨ。曲の中、くぐもったものが募る不安定性を解いてみたくなった。

エセー文中にルクレティウス(紀元前99年頃〜紀元前55年 ローマ哲学者)の引用。

《よく見かけるように、人間は、自ら何を求めているかも知らずに、常に求めつづけ、住みかを変えれば重荷を下ろすことができるかも知れないと、次々に場所を変える》

此れについてモンテーニュは 

《私が自らの態度の不定なことによって、私自身を動揺させ混乱させる。》

と加えています。ネ? スケルツォも不安定が動揺を呼んでくるふうだから、ぴったりね。


**


スケルツォNo.2は、ショパンの他のスケルツォ作品にも通じる運命的な暗み・くぐもりを秘めていますね。そうして鬱屈が噴出す形でクライマックスを押し上げます。


【募ったものは 噴出すれば解決をみるか -- 否】

此の疑問を元にモンテーニュのページを捲ったのよ。


何故って長調の明るい和音に終わるラスト、どうしても昇華し切らぬものがあるって感じるもの・・・

解決済み,マル ってハンコを押すような連続和音で終わっちゃいけないでしょう?

モンテーニュは此のような場合を指して "風向き" というの。"変化と不統一" と述べているワ・・・。方向を変えた同じ要素が矛盾として出てくるって。

キケロ(紀元前106年〜紀元前43年 ローマ哲学者)の引用が上手く説明しています。

《快楽を軽蔑するが、苦痛には弱い。栄光を無視するが、不名誉には心がくじける。》

同種の対比対照が多くみられるような2番スケルツォに とても具合良く重なる表現じゃあないかしら。

 かたいお話でしたから次回はブルゴーニュ君ネ。



お芋とブラームス

January 08, 2010

《晴れたる空に夕立の音を聞かせて
みなぎり落つる噴井(ふきい)の水、


遠く望めばブランデンブルク門をへだてて緑樹枝を挿し交わしたる中より、
半天に浮かびいでたる凱旋塔の神女の像》


何十回と読み返した森鴎外 "舞姫"。代表作と同時に内容に批判が集中した初期作品ですが、典雅とロマンティシズムの香り、私は大好きだナ。

ルソー "告白録" が長くって(笑) やっと読み終えたから短くギュッと凝縮された書物に手が出たの。鴎外作品って音のリズムが素敵・・・

あまり知らないドイツの雰囲気は 自分の中に持ってないもの。
スペインへの憧れのように血が自らを騒がせるのと違ってる・・・
違ってるから憧れるのかな・・・文学と音楽に垣間見える悲壮感。


**


窓を開けばブラームスpfコンチェルト2番の冒頭、ホルンパートが遠くに聞こえた。
ご近所さんかも? よくリストをかけてらっしゃる奥様かもしれないワ。


シ♭、ド、レ・・・ 風に乗る音。静かな住宅街に かすかに響いた。


せんにスティーヴン・コヴァセヴィチ様演奏のブラームスが好きって書きましたのね、意外に思われたお方いらっしゃるでしょう?

何故って真に豊かな音楽演奏とは少し違ってるかもしれないもの。

音楽ってね様々な要素が内包されて、曲によって聞きたい要素が異なりますね。私たちがベートーヴェンに求めるものと ショパンに求めるものは異なってますよね。

私ね豊饒や典雅な心持ちはフランス音楽に求めるみたい。ブラームスに欲する要素は、私の場合は豊かさじゃあないみたい・・・

同じ風を繰り返してしまうと評されがちなコヴァセヴィチ様の演奏はね、何故だか其処が好きなのヨ。

時が巡ろうとも 別個な要素が入ろうとも、耳を貸さずに思いつめた方向へどんどん嵌りこむふう・・・。意地っ張りのごとくに一つの方しか見ないような・・・。

自己の考えに捉われて滅する風な、自分は決して変われないような雰囲気を醸しだす演奏でしょう? ピアニストさんご自身は世界でも卓越した技巧をお持ちだのに、ブラームスの一種の不器用そうな雰囲気に似合ってしまう 精神的な固さ。

其処がね、好きなの。見ていたくなっちゃうの。


**


風が窓から音を招き入れた。
シ♭、ド、レ・・・ レ

え? 次にはミ♭でしょう?

           シ♭、ド、レ・・・ レ、ド、ド
           い 、し、や・・・ き、い、も

あら・・・ブラームスじゃあなかったのね・・・



ショパン「ポロネーズ」No.2

December 12, 2009

冬のパリの風景のように

たまらなく好きな音楽があるワ・・・。


ブラームス ピアノコンチェルトNo.2、スティーヴン・コヴァセヴィチ様の演奏が・・・。

旧ユーゴ系のお血筋もあってか、暗く渦巻いて葛藤するエネルギーの表現に卓越してらして・・・ ブラームスをソロレパートリーに持っていない私は大変に憧れちゃうのです。

2楽章冒頭の引き締まったユニゾンから、硬く厳しく激情的に進み、絶望の中へ突き進むような曲運び。

なぜかしらね、聞くごとにハインリヒ・ハイネ "リート(小曲)" のロマンツェーロ序詩に掲げた詩を彷彿とさせるの。


もしもお前が裏切られたら
いっそう信実(まこと)をつくすがよい
死ぬほど心が苦しくなったら
おまえは竪琴を取るがよい

絃は鳴る 炎と熱のみなぎる
勇者の歌がひびく
すると怒りも熔けて
おまえの心はたのしく血を流す


此の2楽章と同じく重いユニゾンで開始するショパンの2番ポロネーズ・・・。違いは、ポロネーズ冒頭ユニゾン5音にモノローグ的な要素があること。

他者へ吐露するより、自らへの語りと感じられるワ。モノローグがアッチェとリットを交互に繰り返した後、外へ向けて流れ出す・・・。

激しい訴えのパワーを冒頭から表したブラコン2楽章に比較して、2番ポロネーズは独白から告白へと移りゆく表現って言える気がするの。

長調へ転調した典型的なポロネーズスタイルの箇所は乾いて硬く、軍隊調の風景を想起させ・・・
とってもかっこいいポロネーズの大曲です。

明日はブルゴーニュ君がお話しますネ。



ショパン「ワルツ」No.13

December 05, 2009

向かって左はクレイユ・エ・モントロー社アンティーブってシリーズのカップ。


HBCMの刻印ですからHYPPOLITE BOULANGER 買取1920年以降のもののよう。
ハンドペイントのお花が可愛くて、六花亭さんのチョコレートが似合ってる・・・♪

ショパン・ワルツNo.13は、カップより約100年前1829年作曲です。
片想いのお相手コンスタンツィア・グラドコフスカ嬢に寄せて書かれたの。

ショパンはね、片想いのお嬢様とお話もしていなかったのですって。ご友人へのお手紙に そうとしたためてる・・・。うふふ、遠くから眺めるだけの片想いだったのネ。

私自身はね、ショパンの風な片想いの仕方が実感できないほうなの。お人を好きになるとき知り重ねて段々に気持ちが動く。物事の判断や覚悟。主義を貫く心の強さや潔さ。持久力、切れ味、粘り強さ・・・この目で見たものが幾層にも重なってゆくごと好きになるワ。

だからね、遠くから印象や雰囲気でお人を想像し 自己の中で組み立てた像を好いてしまう方法は私の中にはないものなの。そしてね、経験ないことに楽曲を通して触れるって、まるで物語を読むように楽しいのヨ。

うんとやさしくて ちょっぴり切ない変ニ長調のワルツ。変ト長調へ転調部分は夢心地。コンスタンツィア・グラドコフスカ嬢ってどんなお方だったのでしょうね。

彼女と言葉を交わしていないショパン、直接に語りかけるより一人の胸のうちを柔らかに表す風に描いてて・・・ やさしさに包まれる雰囲気が魅力となったワルツです。


**


此処からはお友達宛て・・・
              水くらげちゃんへ・・・♪


お譲り品候補の写真ですよ。ご希望通りのサイズの3点です。


前に2本のダーツが取ってあります。

ダーツの先はポケットの中に入りこんでるデザイン・・・♪


ダークグレーがマニッシュな中、隠れ可愛いデザインです。
たった一つだけの前ボタン。お袖口は、おそろの小ボタンが2個ずつ。既製品です。


レトロなモカのチェック。

立体的な木製アンティークボタンが とっても格好いいの。


ポッケが脇の合わせ目より外側に付けられてるのが特徴的です。
ストンとしたシャツに合わせてもレース襟に合わせても。インナーでガラリとイメージが変わります。お仕立て品です。


タイムズスクエア近くの古着屋さんで購入しました。

冬のアメリカで、上着の上にもう一枚が着たくて求めたの。


私の場合大きすぎて1枚では着られません・・・
ハードな厚革のグレイに 少しだけガーリーなダイヤポイント。古い革なので表面傷があります。

以上3点、気に入るのがあったら取りに来てネ。勿論全部でも!



ショパン「ワルツ」No.10

November 30, 2009

お医者様予約は遅めの時間。

ショパンをおさらいしてから ゆっくり参れるワ。


ワルツNo.10の甘やかな哀感、大好きよ。
1829年の作品。

染み入るような哀愁。諦めの囁き。
ワルツのリズムにのせたスラブ風の陰影。

時は流れているのに心だけ取り残されたような・・・

消えてしまった取り戻せない過去の香りに憧れるような。
静かで優しい・・・失意のメロディ。



ドビュッシー「ゴリウォッグのケークウォーク」

November 27, 2009

化膿組織が取り出しきれる時期はいつ?

細菌に左右されるの厭きちゃった。


治ると見越してスケジュールを決めちゃう・・・
決めちゃえば治るのじゃあない? (笑)

4月ホワイエ・コンサートを1時間の演奏時間でってご連絡が。通し練習でタイムどりをしながら足し算と引き算の日々。


**


今朝はドビュッシー "ゴリウォッグのケークウォーク" のお話ネ。

ゴリウォッグは黒人のお人形。ゴリウォッグと名付けられて世に登場したのは1895年。Florence UPTON & Bertha UPTON 親子が送り出した絵本に描かれたの。

絵本のなか通称Gollyって呼ばれてるゴリウォッグのお人形はね、処女作出版当初は脇役だったの。絵の作者フローレンス・アプトン嬢ご自身のお持ち物と思われるクマさんなど、色んなお人形達が出てくるのよ。

ゴリウォッグはイギリスで大人気になって、シリーズ本を幾冊も重ねました。ドビュッシー夫人とお嬢様、イギリスの絵本が大好きだったからゴリウォッグも沢山お持ちだったでしょうネ。パパ・ドビュッシーがお嬢様のためにと作曲したのが "ゴリウォッグのケークウォーク"。

アメリカ黒人ダンス "ケークウォーク" のリズムに乗せてGollyが踊る曲・・・お嬢様、どんなに喜ばれたでしょうネ。

だって絵本から曲が飛び出してくるのですもの・・・♪ 私もね、昨日は似た体験をしたのヨ!


カモノハシちゃんにフランスの絵本を貸してたの。

兎さんがブス可愛くて大好きな絵本。


おうちのポストに返却されてた。ポストの中ブス可愛い兎さんが絵本から飛び出してる・・・?! 近づいてびっくり。きゃ〜可愛い! 手作りの兎さんよ。絵本とそっくり! なんてなんてブス可愛いの?

Gollyの曲を書いてもらったお嬢様のお気持ち、きっとこんなだワ・・・。


**


お嬢様のための曲も、子供用と留まらないのがドビュッシー。ピックウィック卿礼賛がイギリス国歌のパロディなら、ゴリウォッグのケークウォークにも小さなパロディが見られるのヨ。

挿入されるのはワーグナー "トリスタンとイゾルデ"。

肥大化したワーグナー・オペラの物々しい動機を使い、笑いを乗せる辛口のユーモア。ごく僅かな小節でチクッてネ。ちょっぴりの意地悪な気持ち、ワーグナー氏へ小さなイタズラ。

けれど才ある芸術家さんは品を崩さぬ範囲をご存知よ。次の小節では すぐにおどけた笑いに変える。フランスのエスプリがピリリと楽しめるの。 



ガーシュイン「ラプソディー・イン・ブルー」

November 21, 2009

1898年生ジョルジュ・ガーシュイン 26才の作品。


ユダヤ移民の苗字を使わなくなったあと、ジョージ・ガーシュインとして活躍します。ジョルジュと書いたけれど、フランス社会一般がこうかは知らないの。私が属してたようなフランスの音楽世界ではジョルジュ・ガーシュインって呼んでいますよ。

ガーシュインはねラヴェルをとても尊敬していました。後にパリへ渡り、ラヴェルも "誕生日プレゼント代わりにガーシュウィンに会いたい" とアメリカを訪れます。

ラヴェルに学びたいと希望したガーシュインにかけたラヴェルの言葉は有名ですね。

《君は既に一流のガーシュインだから、小ラヴェル(2流のラヴェル) になる必要はない。》

ガーシュインの才能を高く評価して機知ある言葉をかけたラヴェルも とっても素敵ネ!

ラプソディー・イン・ブルーは、形式を外れた自由幻想曲の意味を含ませたタイトル。アメリカ音楽の分野を打ち立てたといっても過言ではないでしょう。

音に身を任せ、音楽の喜びをダイレクトに感じられる楽曲です・・・♪


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アメリカのこと呟いてた日に計画進行したのはラプソディー・イン・ブルーでしたヨ。

コンチェルト形式の楽曲だけどピアノソロバージョンをリサイタルに入れたらば うんと楽しいのじゃないかしらって・・・
うふふ・・・♪ オケ部分もソロでとなると体力の勝負ですから、骨髄炎を早く治しますヨ!

お披露目は4月23日松方ホールホワイエコンサートにて。詳細は後日にネ。



ウエーバー「ロンドブリランテ」

November 13, 2009

小さな読書室があるの。本を読むほか色々に楽しむ。


レコードステレオがあったり、オープンリールを置いてたり・・・
時を読み、時を聞く場所。

床に大きな古壺。見たことがない刻印・・・メルスリーヒゲ様が教えてくださった。西ドイツDummler & Breiden の刻印ですって。

今少しドイツづいてる。ウエーバー "ロンド・ブリランテ" なんてプログラムに入れようとしてる。La gaieté とフランス語原綴で記した副題は広く "戯言" "上機嫌" と訳されて有名になりました。

1819年作曲 (同年初演) の華やかなで煌びやかなサロン風舞曲・・・
ドイツものだのに ちょっぴりフレンチムードなところ、此の壺と似た佇まいネ。


**


★お詫び
お教室アドレスへレッスンをお申し込みくださった方へ・・・
ソフト不具合で少し前からメールが戻ってしまう現象が起きていたようです。現在改善されています。大層失礼いたしました。



ドビュッシー「ピックウィック卿礼賛」

November 11, 2009

チャイコフスキー先生のお見舞いは演奏評。

ピアニスティックなレッスンじゃあなくって・・・。


未完成な曲たちへ批評を頂くの。次段階の曲作りに方向を決める切欠ができる。

批評と、そして音楽のお話し合い。ポロネーズ、スケルツォ、ロンド。弾きながら、センセ此処をどう思う? って意見し合う。大好きな時間。

お医者様の間に弾きためた次期プログラムを通していった。中に面白い曲があるのヨ。

ドビュッシー作曲 "ピックウィック卿礼賛" です。
始まりはね、イギリス国歌 God Save the Queen (神よ女王陛下を守り給え) のメロディーなのよ。

イギリスとイギリス人をユーモラスに揶揄した前奏曲らしい冒頭です。
ドビュッシーが国歌を挿入したもう一つの曲・・・フランス国歌を謳った "花火" と対極の形と申せるかもしれないわ。

パリ祭にインスパイヤされたとも 良き時代のフランスへの追憶とも言われる "花火" のフランス国歌は、作曲家が常に携えていたナショナリスムの大きな表れと言えるでしょう。其の24曲2巻に及ぶプレリュードの終結に置いたことからも・・・。

イギリスの作家チャールズ・ディケンズ "ピックウィック・ペイパーズ" から取られたタイトル。主人公は太ってて居眠りばかりしちゃうのよ・・・それにあまりお利巧さんじゃあないの。

曲には諸説あります。私はピックウィック・ペイパーズの登場人物に直接的な関連を探すより、イギリスの中流社会に現れる気質全体をとらえた風刺とするお説を有力に考えています。

ジョークと堅苦しさ、親切心と尊大さ・・・。
意識的な振る舞いが滑稽に見えてしまったり、格好をつける様子が愛すべきものと映ったり。人間のさまを接ぎ合わせてパロディにしたようなふう。

フランス目線のイギリスは 日本から見たイギリス像と随分違ってて・・・。彼らにはどう映っているの? って思いを馳せてみるのも一興ですね。

皮肉な調子の中にもユーモアを忘れないドビュッシーの楽しい曲。

明日はブルゴーニュ君ネ。



フローベール「ボヴァリー夫人」

November 01, 2009

痛みで眠れず・・・(溜息)

フローベール "ポヴァリー夫人" を読み返した。


作中、ラテン語一文が出てくるのです。(本書Classoqies Garnier版231ページ)

《Fabricando fit faber, age quod agis.》

お友達とおしゃべりをした後に此処を読んだの・・・おしゃべりの話題は "何かになろうと希望してたかしら" ってことだったわ。
私、ピアノを弾く人になろうって考えたことがなかったのよと お話したの。ただね、弾かないでいるのが辛かっただけなの。

学校のキャンプへ参っても、早く帰っておさらいしたいってそればかり。キャンプから帰るとピアノ室に飛び込んで、ピアノの前へ座ると安心するの。遊びに行っても同じように・・・楽しいはずだのに弾かない時間がとっても辛いの。

離れられないのだから此れをする以外に方法がないでしょうって風になって・・・
何かを目指したこともないし、なりたい職業と考えたのでもなかったわ。
ピアノがなければ死んじゃうわって感じてただけ。

骨髄炎の只中にあんまり加減が悪くって僅か2時間ほどのおさらいしかできない日があったわ。そんな日は腐っちゃうの。

弾くのは意志じゃあなくて、ただ・・・。ただせずに居られないってこと。お友達に上手に説明できなかったナ・・・。

フローベールがお薬屋さんのオメーの台詞にのせて、代わって素敵に言ってくれてたの。

《Fabricando fit faber, age quod agis.》

《鍛冶をすることが鍛冶屋を作る、すべからく汝のなしつつあるものをなせ。》

そろそろ鎮痛剤効くかな・・・あと1,2時間眠る努力をしましょ。



ダンノーゼル

September 23, 2009

市販の風邪薬、どれを飲めば良いですか?

骨髄炎治療に通うお医者様へお電話した。


担当の先生は手術中。同じ科のほかのお医者様にお電話をまわしてもらい、ご指示を仰いだ。

"辞めておいてください。風邪薬は飲まないでください。"

熱が高いと申したの。飲み合わせが悪いなら1,2度今のお薬をやめて風邪薬を飲みたいって。ところが外科の担当医を受診してからにするよう仰った・・・(溜息)外科受診にお出掛けできるくらいの熱なら、風邪薬は必要ないというのに。

もし熱さましを飲まずに一夜を過ごし、そのままに外科へ参って更に内科へ行けるなら上等に元気ではないの・・・。お電話で看護士さんとまた揉める(笑)
翌日になってやっと担当医に通じたの、風邪がひどくなったあとでした。悪化の一途、その間処方のお薬を控えたために化膿炎症も悪化。

身体を傾けるだけで骨の中が浮き動くのが気味が悪くて、今度は風邪薬をよして処方箋に戻る・・・どちらもどちらの選択ね(溜息)


**


写真は "ダンノーゼル・エ・レモワンヌ"。通称和訳ダンノーゼルです。

音楽を志すかたならご存知ですよネ。19世紀末フランスのソルフェージュ教材です。教材にありがちな無味乾燥なものじゃなく、綺麗なハーモニーが特徴的。大変多く巻があって、一般的な視唱のお勉強には主に1Aから2Cの範囲が使用されます。

私は4Fから使い始めました。ヴォリューム3からはハ音記号になるの。ソプラノ記号やアルト記号などのことネ。そしてヴォリューム4Fは様々な記号が入り組んで数小節ごとにどんどん変わってゆく・・・。

大阪の相愛大学音楽部教授の親戚に ほんの子供時分からソルフェージュを学んでました。小学生になった時言われたのよ・・・ヘ音記号と同じにハ音記号も読めるようになりなさいって。頭で考えることなく読めるようになるため、4Fをマスターするようにって。

薄くコップの跡がついてるの、ご覧になれるかしら・・・? ダイニングルームに置いていた染みなのよ。毎日朝食時に2,3曲ずつ視唱をしてから学校へ行ってました。朝に早起きをしてお稽古、帰宅をすれば塾やお稽古で、朝食時間が少しの隙間だったから・・・。

うんと頑張ったのにハ音記号は苦手なままなの。今もね、移調楽器のアンサンブルでソロパートが実音じゃない楽譜がくると え〜んって思うもの(笑)
教材は良かったのに私は悪い使用例なんです。



お天気のメロディー

September 10, 2009

レッスンで "お天気のメロディー" をはじめたのは小さい生徒ちゃんのためでした。


音楽性豊かで年齢と比較して表現幅が広い子。だのに楽譜を正確に読むのを怠ける癖があったの。持ってるものがあるからそうなるのね。音符を見返すより自分の中の音楽を形にしたいとせっかちになる。

耳のおぼえのまま、早く音にしたいと焦るように鍵盤を押す・・・。それって一面では大事な才能でもあるんです。紙の上より音を出すのが楽しいって気持ちは、演奏に厭くことない大切な気持ち。

彼女の感覚を壊さないまま読譜も好きになってほしいと願った。楽譜に書いていないことを音にしちゃだめなんて言いたくないワ。
何故って "書いてあることを弾く" は正しいけれど、"書いてあることだけを弾く" は間違いだから。

インクで書かれていないことを読み取ってゆかなければならない後の事を考えれば、彼女の感覚を抑えこむべきじゃあないと思ったの。
今段階は書かれてることだけを弾いて、次の段階では書かれてないことも加える・・・って要素連合方式は生徒ちゃんに音楽を失わせる危険がある気がしたのよ。

そこでね、読譜より記譜を教えたの。
もともと楽譜にないことを好き勝手に弾いちゃうのだから、ハーモニーもどんどん浮かぶ子でした。浮かんだ音を書いてもらった。

そしてね、私、彼女が書いた楽譜をわざと間違えて弾いたり、汚く弾いたりしたの。生徒ちゃんね、お口を歪めて我慢しながら私の音を注意した。それでも私は間違えづくしに弾いて、最後には書いてないメロディーを弾いた。

あとに綺麗な演奏をしてみせると ほっとしたお顔・・・。

折角書いた大好きな曲、書いてない風に弾かれちゃったらとても悔しくて嫌でしょう? 作曲家さんたちも "そんなこと書かなかったのに! " って思っちゃうのよってこと、一度でわかってくれました。


**


他人様の記譜に興味を持たなかった子が、自分で書きはじめると意識が変わるよう。

記譜をしながら楽語や表示記号を同時に教えてゆきました。この曲、どんな風に弾いてほしい? 此処は速いのね? 速いときに書くイタリア語は何だった? って、必要なことをおぼえながら楽譜を作ってゆくようになりました。

ページが進むのとっても嬉しそう。自分だけのオリジナル楽譜だものネ!


**


ある日に早めに到着した大人の生徒ちゃん、レッスンを見てあれをやってみたいって言ったの。

そのときしてた即興テーマはね "きょうのお天気" 。
初夏は雨が多かったから雨の音をたくさん作った。お天気は毎日変わるから同じ曲は二つとない・・・お初の題材には良いテーマな気がしたの。

道路で見た雨、おうちで聞いた風など再現するの。雨の感じは憶えてるのに どうやってピアノの音に乗せれば良いかはじめはわかんないのよ。色んな鍵盤に触りながら、こうじゃないああじゃないって真剣に独り言を言ってました。

大人の人が久し振りの創作に没頭する・・・側の私にも楽しさが伝わってきて笑みがこぼれました。人はみんな何かを作るのが好きなのね。子供のときの積み木遊びみたいに音を積んでゆく。

強い風を吹かせたいならこの音を足して、雨が跳ねる感じならこんなリズムは? ってちょっとずつ手助けしながら作ってく。

そうしながら積み木の形がわかってく。
三角のとんがり積み木は一番上ねだとか、大きな積み木が下ねだとか、生徒ちゃんが自分で見つける。

レッスンは先生も楽しいの。

明日はお友達のリクエストでキッチンのおしゃべりね。



ヴィヴァルディの喜び

August 28, 2009

伴奏でバロックが多くって・・・とチャイコフスキー先生とおしゃべりしたの。


簡単なはずの譜読みだのに不思議に苦労したから、バロックのイメージを頂戴したくなったのよ。

すぐにも浮かんでくるバロック世界は大好きなラシーヌやモリエールが居た宮廷。メヌエットやフランス特有のミュゼットなんかのバロックダンス音楽。

建造物はダイナミックなローマバロックから受け継がれながら、フランスバロックには適度な抑制があって・・・ルネサンスの香りも残したすべらかな印象の姿。

フランス庭園に好んで植えられるクロッカス、ミュゲ、アイリス。花の香りと古典演劇。

ラシーヌ劇って大好きで、お部屋にゆかりの写真も飾ってる・・・。1699年にラシーヌが亡くなった場所に当たる建物なの。6区ヴィスコンティ通り24番地。

フランスバロックにこんなに思い入れがあるのに他国だと風景も浮かばない・・・。知らないから浮かばないのよ・・・引き出しがないんだわ。

旅行をして絵葉書より少ぅしだけ増えた画面はある。でも、ただ行ってきただけ。幾百年前の時代を自然に考えさせる引き出しにはならない。拙い手探りしか持ってない。

引き出しにない曲に触れなきゃならないとき、とても悩みます。
するとね、チャイコフスキー先生が仰ったの。ヴィヴァルディの粗い才覚のこと。
単純なコードに粗暴と言えるような伴奏づけをしながら、

  ソ    ソ    ソ    ソ  
 ミ ミ  ミ ミ  ミ ミ  ミ ミ 
ド    ド    ド    ド

音そのものに喜べるような粗削りな感覚を天賦のものと感じるって。聞いてるとヴィヴァルディの喜びが伝わって嬉しい嬉しい気持ちになるって。     

そうなの? はじめピンとこなかった。未完成な素材の喜び?
どういうことかしらって半月くらい考えてた。


**


♪美味し〜いキノコはホ・ク・ト

キノコ総合生産をしてる長野県ホクト株式会社のコマーシャルがテレビから聞こえた。わぁ・・・♪ なんだかね、学んじゃった。

ユニゾンだけで構成される伴奏形。恐ろしく単純なコード進行。肌理粗さが活力を与えるパターン。オクターヴの刻みがハーモニー保持より動的に考えられて作られる。コマーシャル曲として優れてる。狙い撃ち効果のような・・・。

チャイコフスキー先生が仰ったヴィヴァルディの喜びって感じに近かった。

うん♪ 明後日のソロ会の気分もできてきた。

キノコ食べたくなっちゃったな・・・
ホクトのキノコ食べてみよっと。



アナログのメトロノーム

August 24, 2009

時計にメトロノーム・・・

時を刻むものはアナログが好き。


時が動いてるのが目に見えるから。
時が其処から此処に移ったのってわかるから。

ピアノのお隣にあるものは、音楽と同じに時の移行を感じ取れるスタイルがいいナ。

今週末はフルートソロ会の伴奏。色んな曲を色んなお人のテンポで刻む。だから何度もメトロノームをかけて、テンポを憶えこむまで繰り返す。

メトロノームの中をご覧になったこと、おありですか? 指定拍に1度、小節頭を指示するベルがついてる。4拍に1度なら キントントントン。3拍ならばキントントン。

ベルは銅と錫の合金か亜鉛を混ぜた合金が多いかな・・・。楽器音に消されぬように響く音。子供さんには便利だけど私たちは困っちゃう。小節ベルが鳴らないようにしていても、音の振動で金属が反響する。

中を開けて、ベルが振り子に触れない角度にラジオペンチで曲げてゆく。ついでに中をお掃除して・・・ハイ! 金属が共鳴しなくなりました。

ドイツ製、黒い木製の古いメトロノームはバイエルのお供をしてくれてました。これからもずっと一緒ネ。



ドビュッシー「デルフォイの舞姫」

August 13, 2009

今週細胞診を受け、その後は自分のミスが発端で処方箋トラブル。


薬局さんに捻じ込んだり、閉まってしまった病院の救急外来に捻じ込んだり(笑) ストレスフルに動き回るうち強い痛みが始まる・・・。痛む箇所が初期より広がり、もうがっかりなのです。

痛み緩和のためにもストレス・フリーになりましょう。お電話、メール、インターホンの遮断を日に1度だけ解くのも止して、お稽古とお勉強に全集中です。レッスンもお医者様もお休みの数日は音楽だけの時間・・・♪

ドビュッシー前奏曲 "デルフォイの舞姫" をおさらいです。ギリシャの古都デルフォイが舞台なの。アポロン神殿の遺跡の前の踊りを描いた静かで厚みある楽想です。

都市国家ポリスでは スポーツ、芸術、祈りの儀式など市民の集いがありました。宗教でもあり行事でもあり一部には娯楽にもなるお祭りの集い。でも古代ギリシャのそれとなればイメージが確定しない・・・。

ギリシャ文化のこと、ジェラール・ド・ネルヴァルに教わりたくって取り出した。フランス浪漫主義から象徴派への作家さんでギリシャ古典教養に深いお方。同国人ドビュッシーがギリシャから得たイメージを伝えてくれそう・・・。そしてね、そのイメージは私たち日本人が描くものとは異なる筈。

"デルフォイの舞姫" を弾きながら、譜面台にネルヴァルを置いて読んでゆきましたよ。

読み進むうち印象が変わってきたの。皆様はギリシャの神話世界って どんな光景を思い浮かべられるのでしょう・・・。私はこれまで、乾いた土っぽい雰囲気をぼんやり感じてきた気がします。ところがネルヴァルを通した舞台は潤いに満ちて 広がり豊かな情景。

"DELFICA" って名のうってつけの詩も見つけましたヨ。本を閉じたとき、ゆるやかな3拍子のテンポが決まってた。



ドビュッシー「月光のふりそそぐテラス」(3)印象

August 03, 2009

古いカタログ以外はみんなセルフ・ブロカント。


ゴム跳びして遊んでたゴム、ずっと使ってるアラジン・ブルーフレームのウイックのスペア、昔にフランス土産に頂いた小さい花瓶、アンティーク布、50年現役のネジ巻き時計。こんな物たちがソーイングルームのアクセサリーになってます。

もう少し古い時代のレトロも好き。私たちが現代の目で見て感じることと過去の人たちが受けたイメージとの隔たり・・・。昔の人たちはどう感じたの? って想像するのが楽しいから・・・。

外国のもの、異なる時代のもの、受けた感想は必ずしも正しくポイントを捉えてるわけじゃない。ぼんやりした憧れ。個々の中で作り替えられ広がるイメージ・・・。

続きのお話、最終話です。ドビュッシーは異文化世界に興味を抱いていました。イスラムの香りがするスペインを捉えた "リンダラハ" のように大変に正確な描写もあれば、東洋を舞台にした "パゴッド" などイメージ図のこともあって・・・

月光のふりそそぐテラスは後者に当たるでしょう。Rene PUAUXの記事に見たヒンズー世界は、私たち東洋人が感じるものとは違う、フランス人の印象。

曲が流れ出すと空気が濃くなるような心持ちがして、不思議な気分に誘われる・・・
音楽学的に理由を顕すなら、9小節目までトニックにならないハーモニーだってことが非安定感の大きな要因でしょう。

ドビュッシーがヒンズー文化をミステリアスに感じて、それをゆるやかなイメージ描写にした様子が見えるよう。ベルエポックの西洋から見た未知なる世界が魅力的。

今朝は血液検査の結果を聞きにゆきます。少しは良くなっていますように!



ドビュッシー「月光のふりそそぐテラス」(2)旋律

August 02, 2009

どどどれみーれー 

どみれれどー


ブルゴーニュ君が書いたのじゃあないのですヨ。
こうと書けば、メロディーがおわかりの方がいらっしゃるかなって・・・

童謡 "月の光で" です。左リンクの楽譜挿絵も可愛いですネ! ドビュッシーは、フランスの子供なら誰もが知る月の光のメロディーを "月光のふりそそぐテラス" に使っています。先日ご紹介したLeon VALLASは《七の和音上に綴られている童謡 "月の光で" に、旋律的にも律動的にも惹かれ、漠然とではあるが、それに基づいている。》と記します。

此処が面白いの。漠然とってところ・・・


**


"月光のふりそそぐテラス" は綺麗な3部形式 (@第一主題提示〜第二主題確保 A第二主題展開〜第一主題変容二態 B第二主題再現〜Coda) で成っています。

主題が再現される部分で出発点のドミナントに回帰したり、ある筈の要素がバスへもぐってしまったり・・・ドビュッシーぶしはどこまでも健在。

でもね、正しい分析よりも興味深いのが "漠然と" 童謡の要素に合致するところ・・・
反復し変容し細分化される律動のもとが どどどれみーれー の節に重なるのがカワユイの。

確保を繰り返す音響体は調性を変化させてゆくのに、どこかに どどどれみーれー のメロディーが見え隠れするの。

書き示された音の後ろの歌とでも申しましょうか・・・ "漠然とではあるが、それに基づいている。" ってVALLAS氏の仰り様以外にないほどに、月の光の影のように背後にうっすらのぞくメロディー・・・


**


不思議な物語調子の "月の光で" をざっと訳してみましょうか・・・

  (Pour l'amour de Dieu は軽い意味にお願いと訳し、
  順が入れ替わったPour le dieu d'amour を愛の神かけて
  に致しましたがお一人お一人のニュアンスでどうぞ)


《Au clair de la lune》

月の光の下
お友達のピエロ君 ペンを貸してくれる?
ひとこと書きたいの。
ろうそくは終わったし、火ももう無いから。
ドアを開けてくれる? お願い。

月の光の下
ピエロ答える。ペンは持ってないんだ
もうベッドに入ったし。
隣の女の所へ行ったら? いると思うよ
台所で火を打つ音が聞こえたからね。

月の光の下
良い子リュバンは 栗毛の女の家をノックする
すぐ返事がある。
ノックをするのは誰? 彼が答える番。
ドアを開けてくれない? 愛の神かけて。

月の光の下
よくは見えないけれど 二人はペンを探す
二人は火を探す
探して 二人は見つけたかどうか知らない
知っているのは 二人の後ろでドアが閉まったこと。



ドイツバロック

July 31, 2009

中川浄益様お作の建水。

ほっこりしてて気品があって・・・。


お水零しに使うのがもったいなくて、ピアノ室の常連になってます。乾燥花を挿したり生徒ちゃんの忘れ物を翌週まで入れておいたり。

此の場所でおさらいを進めてるのはフルート伴奏曲。安川優子先生のお弟子さん方の曲をいちどきに致しますよ。メンデルスゾーン・トゥーコンチェルト、ヘンデル・ソナタ、バッハ・ソナタなどなど。

譜面づらは易しいのに、一等時間がかかるのってドイツバロックなんです。ヘンデルよりメシアンの譜が見易いのと申すと皆が驚く・・・。

慣れだけの問題だと思うの・・・複雑に聞こえるフランス和音は譜読み途中も自然に次の位置に指が行く。指が和音を教えてくれるほどに慣れ親しんだ関係になってる。ドイツバロックでは、ただのトニックとドミナントの展開だけの楽譜面でもすんなり譜読みが進まないことがある・・・。

理屈じゃあないみたい。準備中、単純な和音でつっかえながら何拍延ばしたかしら? なんて思っちゃう。割り切れるシンプルな拍子なのに・・・。
次にフランスものの楽譜へと移行すると、まるでくっきり見える眼鏡をかけたような気持ちになるの。変拍子でも感覚に入る。

日本の音楽学校教育の例に漏れずドイツ方式に学んできました。大学入試課題は当然のようにベートーヴェンも入るのですしネ。
ドイツ和声を学び、スコアリーディング課題も殆どがドイツもの。モーツアルト、ベートーヴェン、ブラームスの分析は大好きだった。

レッスンもすれば聞くこともする・・・でも習慣って怖いのね。意識せず身体に染み込んでゆく音楽は、いつしかフランスものになってたみたい。
伴奏の間ドイツ感覚を取り戻しましょっと。

明日はブルゴーニュ君ネ。



ドビュッシー「月光のふりそそぐテラス」(1)標題

July 28, 2009

ピエール・ロティって方が好きなの。

好きでたまらないのよ。


ステキにお茶目な照れ屋さん。深い教養を隠し持った士官さん。
お人を好きになって、小説を面白く読んで、あとに繋がった・・・プルースト贔屓でドビュッシーと同じ時代のお方だったこと・・・。

リンクしたページには出ていませんけれど " イギリス人なきインド (l'Inde sans les Anglais) " ってお作を書かれてる。作品内に " 月光のもとで会議の催される露台 (Terrasses pour tenir conseil au clair de lune " ってタイトルをつけた1章があるの。

過去のフランスでは "月光の降り注ぐテラス" がこれに基づいて作曲されたって信じられていたのよ。お2人とも同世代の寵児ですものね。

でもそれは違ってた。表題には別の理由がありました。


**


本当のところ表題の出所は何だったか発表をしたのは Léon VALLAS。1958年 "CLAUDE DEBUSSY et son temps" (Éditions Albin Michel) に記したのはこんな内容。


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René PUAUXという文学者、1912年12月ル・タン紙にお手紙形式で連載を書いていました。記事はイギリス王ジョージ5世が インド皇帝 (イギリス領) になった戴冠式、ダルバール祝典のこと。

ドビュッシーはル・タン紙の読み物に関心があってよく読んでたのですって。中でも特に心を動かされたRené PUAUXの記事はね・・・

《La salle de la victoire, la salle du plaisir, le jardin des sultanes, la terrasse des audiences au claire de lune.
勝利の間、歓びの間、サルタン達の庭、月光の降りしく謁見台》

(1917年出版 René PUAUX "le Beau Voyage" Payot p85に再録されています。)

ピエール・ロティ以前に著されたこれら語群がドビュッシーの心を打ったのですね・・・
ヒンズーの舞台を描きたいと考えたのです。

1915年5月29日 Alfred BRUNEAU 宛のお手紙で、ドビュッシーがRené PUAUXをとても褒めていたことも上記Léon VALLAS の著書内に。

" (René PUAUXは) 常套的な流儀を遥かに超えている非凡な感性 " と言って心を寄せています。


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標題一つに様々な逸話を秘めたドビュッシー。触れてゆくのが楽しい。
明日はやわらかいお話を選びましょう。



親指姫

July 21, 2009

連休のレッスンのお話。

大きい生徒ちゃんには選曲を全面的に任せてる。だから好きなように色んな曲を持ってくるのよ。


生徒ちゃんはね、ヤマハ代理店で先生をしています。受け持ちのお弟子さんがピティナコンクールに出るからと、自らが子供用課題をおさらいしてきたの。

彼女はお弟子さんに教える曲をよくレッスンに持ってくる。どんなに簡単でも自分の曲として学んでる。とても良い判断ですネ。
小さい子の曲・・・ちょこっと数小節を弾いてみせるのは誰にだってできるけど、全曲を憶えてきちんと弾ければ教え方は違ってくるもの。

一等違うのは、その曲の時間を体感する感覚を得ること。


**


自身の手に入っていない曲を教えるのは、本のあらすじを話すほどに 書き表されたものに遠く離れたこと・・・。あらすじは、内容じゃありませんね。書き表そうとしたものを表現するための流れと言えましょう。

お話が流れてゆく時間を体験するのを省き あらすじだけになっちゃえば、お話の中で感情や思考が変化するために必要な時間を見落としてしまう。

親指姫はね、もしもモグラに会っていなければツバメの良さがわからなかったかも。蛙のお母さんのためにと1度はツバメにお断りを入れたから、2度目のチャンスを迷わなかったのかも。たくさんの人達に会う中で微妙に変化し成長する親指姫の心。あらすじには書かれません。

音楽でその部分はとっても重要じゃないかしら。
曲も人も 時間の中で動いてる。それを1曲ずつ体感して教えてる生徒ちゃんは、とても良い先生だと思うワ。




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