Le morceau [



マクダウェル "ブルレスク"

December 29, 2015

夫がコンサートで頂いてきたお花を活けた。


独身時代もコンサート後によくお花を届けてくれて嬉しかったなあって思い出してた。

マクダウェル12のヴィルトゥオーソエテュードよりNo.7 "ブルレスク"。

  軽やかでカプリッツィオ要素たっぷりに
  絶え間なく動いてゆくチャーミングな1曲。


3度挿入される民族舞踏風のフレーズを、数ヶ月前なら悩んだかもしれないナ・・・ってお稽古しながら思った。


  昔から5度の扱いが大問題なのだった。

ブログ上とってもザックリした言い方をすると高雅なものに終結するようなドビュッシーの5度は自然に心情に沿うのに、民のものに繋がる5度が心理的に嵌らない気がしてしまうのだった。

フランス外の民族調が自分の血肉とは遠く思えて、どこか気持ちと合致しない思いを残してた。まるで知らない土地に馴染もうと無理に方言を真似てるみたいに。


理解しようと努めては他人の言葉を話すような感覚になっていた、ある特有の曲調。でも今はもう怖くないのです〜


10月に鑑賞したバレエで江原功様の指揮が大変参考になったのだ。

  *アンナ・カレーニナ

此の日の演目につけられてたチャイコフスキーOp.37-No.7のオーケストレーションを幾度脳内再生してるだろう。'民'の匂いの5度とカプリス風の音の動きが合わさった短い1曲が彩り豊かに生かされてた。

長い年月わからなかった感覚がストンと腑に落ちた忘れられない指揮だった。作曲家違いの当曲の演奏にもヒントをいただいてる。

偶然聴いてすっと合点がゆく演奏に出逢えるのは凄く嬉しい。


■パリの風 第20回リンク

*見る音楽
*パリの風の歩み
*パリの風の形態

*憧れの窓
*ボルドゥーとゴイェスカス
*グラナドス "窓辺の語らい" +Faure

  *"クリメーヌに" 落合訳
  *アヴェ・マリス・ステラ
  *フォーレ "クリメーヌに"

*マクダウェル "タランテラ風に"

*マクダウェル "牧歌" +Dukas

  *雅歌メモ

*マクダウェル "ピューリタンの時代から" +Faure

  *フォーレ "聴きいれ" 落合訳
  *閉ざされた庭
  *聴きいれ
  *貴女の祈り

*マクダウェル "ミッドサマー" +Faure

  *フォーレ "九月の森の中で" 落合訳
  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら

*ドビュッシー "マズルカ"

*ドビュッシー "喜びの島" 再
*ドビュッシー「喜びの島」(1)シテール
*ドビュッシー「喜びの島」(2)ホールケーキ
*ドビュッシー"喜びの島" +Faure

  *フォーレ "目覚めているか、太陽の如き私の香よ" 落合訳
  *創世記とフォーレ
  *果実
  *髪をほどく女
  *想いが香る
  *肌の匂い



ミサ曲とクリスマス・オラトリオ

December 26, 2015

暖かなクリスマスの昨日、夫と御降誕ミサに出席しました。
ミサ固有文の日です。


ミサ曲でお馴染みの言葉ですとキリエ、グローリアはなく、アレルヤが入りコンムニオで閉じる形式のミサですね。

(昨日の今日なのにアレルヤ--トラクトゥスだったかアレルヤ--セクエンツィアだったか忘れてしまいました。
馬鹿過ぎです。多分後者だった気がしますが自信ない。)


ふと見ると夫がファゴットと一緒に譜面台を携えてた。
午後の演奏に譜面台を持ち込まなきゃならないとか。


あらクリスマス・オラトリオの筈じゃなかった? って問うと、そっちはもう終わって今日はアンサンブルだよって答え・・・

クリスマス・オラトリオだから当然此の日って思い込んでた。
演奏会事情は典礼通りとはゆきませんよね。


元々クリスマス・オラトリオは教会暦に従って書かれて、クリスマスから1日6日御公現祭の間に演奏されるように配されてますね。


典礼を捲って詳しく書いてみますと

■12月25日御降誕の大祝日(1級大祝日)

□12月26日最初の殉教者聖ステファノ(2級大祝日)
□12月27日福音史家、使徒、聖ヨハネ(2級大祝日)
□12月28日殉教者、罪なきみどりご(2級大祝日)

■御降誕の大祝日の8日間中の主日(2級祝日)

□12月29日司教殉教者、カンタベリーの聖トマ(2級祝日)
□12月30日御降誕の大祝日の8日間中の6日目(2級祝日)
□12月31日教皇証聖者、聖シルヴェストロ(2級祝日)

■1月1日主の御割礼の祝日と御降誕の8日目(2級大祝日)

■イエズスの御名の祝日[割礼と御公現との間の主日](2級大祝日)

□1月5日教皇殉教者聖テレスフォロ(記念)

■1月6日主の御公現れ(1級大祝日)

**


此うした典礼のうち、□印をつけたところは年によって変動する日曜日が入りますね。今年でしたら8日間中の主日となる12月27日。

6部構成のオラトリオですから、残る1部は何日でしょう? 任意なのかしら?

最後に "ごめんなさい、わかりません" で〆るなんて・・・



マクダウェル "タランテラ風に"

December 22, 2015

冬場クマたちが暖かいサンルームへお引っ越ししたから
クマが泳いでたシャンパンクーラーにワイヤープランツが入りました。


プランターを落としにして嵌め込むとぴったりサイズでしたヨ。

**


マクダウェルOp.39 '12のエチュード' より"タランテラ風に"。

通称のタランテラだけで呼んで問題ないと思わせる。マズルカ様式の外へ出たものとして作曲されたドビュッシー "マズルカ" が "マズルカ風に" じゃないのと正反対ですね。


小さいけれどタランテラ要素がキュッと詰まってて
あっという間に風のように通り過ぎる。

清潔感があって締まりが良くて、短い中にも風景的なドラマも見える。所謂ナポリ風ではないライトなタッチに彼の作風であるロマン要素が入り交じった愛らしさ。小品は楽しいな。


■パリの風 第20回リンク

*見る音楽
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*ボルドゥーとゴイェスカス
*グラナドス "窓辺の語らい" +Faure

  *"クリメーヌに" 落合訳
  *アヴェ・マリス・ステラ
  *フォーレ "クリメーヌに"

*マクダウェル "牧歌" +Dukas

  *雅歌メモ

*マクダウェル "ピューリタンの時代から" +Faure

  *フォーレ "聴きいれ" 落合訳
  *閉ざされた庭
  *聴きいれ
  *貴女の祈り

*マクダウェル "ミッドサマー" +Faure

  *フォーレ "九月の森の中で" 落合訳
  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら

*ドビュッシー "マズルカ"


*ドビュッシー "喜びの島" 再
*ドビュッシー「喜びの島」(1)シテール
*ドビュッシー「喜びの島」(2)ホールケーキ
*ドビュッシー"喜びの島" +Faure

  *フォーレ "目覚めているか、太陽の如き私の香よ" 落合訳
  *創世記とフォーレ
  *果実
  *髪をほどく女
  *想いが香る
  *肌の匂い



ドビュッシー "喜びの島" +Faure

December 18, 2015

お稽古中ピアノの前で、曲の中の感覚のことを考えてる時がある。


昨日はドビュッシーを弾きながらふと、[信じること]と[疑わないこと]は大きく異なってるなって考えた。信じる悦びより疑わない感覚を感じさせる楽曲に思えた。

[信じる]というのは時には意志であり、時には理性であり、時には個人の内面と客観性との鬩ぎ合いであり、あるいはカトリックでは '此れが真と承認する' という理知であったり、

いずれも熟慮した末に手にするのが信じるという感覚ではないかしらって思った。


疑いを越えて[信じる]時には、'もしも・・・' という憂慮が含まれる場合がある。


信じようとする意志、信じなければならないとする克己心、信じたいという望み。それらには幾パーセントかの不安が混ざってはいないかしら。


対するに[疑わない]というのは非常に明朗な心情じゃあないかな。

ドビュッシー "喜びの島" の快活で天衣無縫な空気感。怖れのない爛漫な輝きは、疑いを持たずに居られるとき人は此うも真裸になれるのだって教えてくれる。


フォーレ "目覚めているか、太陽の如き私の香よ" ではイヴのインノセントな表情が描かれる。


こちらは疑いを持たないのじゃあなく疑いを知らない健やかさではないかな。創世記の地上だからこその豊饒なマインドなのだろうか。

ドビュッシー&フォーレ。コンサートでお聴き比べ頂きたい2曲です。


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  *フォーレ "クリメーヌに"

*マクダウェル "牧歌" +Dukas

  *雅歌メモ

*マクダウェル "ピューリタンの時代から" +Faure

  *フォーレ "聴きいれ" 落合訳
  *閉ざされた庭
  *聴きいれ
  *貴女の祈り

*マクダウェル "ミッドサマー" +Faure

  *フォーレ "九月の森の中で" 落合訳
  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら

*ドビュッシー "マズルカ"


*ドビュッシー "喜びの島" 再
*ドビュッシー「喜びの島」(1)シテール
*ドビュッシー「喜びの島」(2)ホールケーキ

  *フォーレ "目覚めているか、太陽の如き私の香よ" 落合訳
  *創世記とフォーレ
  *果実
  *髪をほどく女
  *想いが香る
  *肌の匂い



ドビュッシー "喜びの島" 再

December 07, 2015

ガーデンマムがよく咲いてくれた。
濃い蜜の香りに小さな蜜蜂が毎日飛んでくる。


蜜蜂の分を半分残してカットしお部屋に活けた。

  今年はドビュッシー "喜びの島" に再び興味が湧いてた。
  リサイタルで弾いたのは10年以上前だと思う。
  しばらくぶりの曲はとっても新鮮だった。


次から次へ涌き上がるモチーフは悦楽と脹よかさに満ちてた。


以前弾いたときはドビュッシーの作曲技法の確かさに惹かれた。
ドビュッシーの型 (即興的に見えるが緻密な手法であることや、型から外れた風に見えるのに端的な処理がなされる事を含め) ・彼独自の様式を心から愛してた。

年を経た今は少し違って感じる。


走り出してしまいそうな高揚や、(ドビュッシーの度重なる不実の果ての逃避行にもみられる) 独善的心境や、独善であるから一層快事と感じる心情などを表へ押し出すことを昔ほど浅短だと感じなくなっていた。


  演奏を変えてみてもいいなって思った。

**


7年と数ヶ月前に此の曲のことを書いてたのを読んでみた。
日々のブログだから柔らか〜く、弛〜く書いたつもりだったのに、楽譜を前にしないで読み流すと判り難い・・・

  *ドビュッシー「喜びの島」(1)シテール
  *ドビュッシー「喜びの島」(2)ホールケーキ

これ以降、ブログ形態では日常の何でもない事に繋がる方法で曲を表現できたらなって考え始めたのでしたが未だに上手く書けない。


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  *"クリメーヌに" 落合訳
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  *フォーレ "クリメーヌに"

*マクダウェル "牧歌" +Dukas

*マクダウェル "ピューリタンの時代から" +Faure

  *フォーレ "聴きいれ" 落合訳
  *閉ざされた庭
  *聴きいれ
  *貴女の祈り

*マクダウェル "ミッドサマー" +Faure

  *フォーレ "九月の森の中で" 落合訳
  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら

*ドビュッシー "マズルカ"

*ドビュッシー「喜びの島」(1)シテール
*ドビュッシー「喜びの島」(2)ホールケーキ

  *フォーレ "目覚めているか、太陽の如き私の香よ" 落合訳
  *創世記とフォーレ
  *果実
  *髪をほどく女
  *想いが香る



マクダウェル "ピューリタンの時代から" +Fauré

November 17, 2015

お玄関リース真下のワイヤープランツが大分こんもりしてきました。後ろ側がまだスカスカだから大きくなるのを待ってます。


チェッカーベリーの赤い実もたっぷりついて、風にも秋の深まりを感じますね。


マクダウェル作曲 'ニューイングランドの牧歌' Op.62 の10曲に収録されているNo.8 "ピューリタンの時代から"。


タイトル "From Puritan days" には文言が加えられている。
in nomine domini とラテン語が添えられているのです。

日本語では '主の御名において'。作曲者の言語では 'In the name of the Lord' ですね。

此の曲の演奏に際して何となく、In the name of the Lord をちゃんとお祈りの中で聞いて、そして口にもしたかったから日曜は英語ミサを選んだのでした。

  *ラナンキュラスと英語ミサデート


哀傷を感じさせる重い4分の3拍子がdmollで嘆きます。


主を思い、主に希うあらゆる場面のどういったシーンかは著されていませんが、各自の想いの中、主と対面する心情の1つって括りで良いのではないかと思います。

カルヴァリ山のイエズス様を彷彿とさせる楽曲にも聞こえるかもしれませんし、個々の憂事を主に問う気持ちも描かれているかもしれません。

  いずれも希み叶わぬ悲嘆が痛々しく迫る小曲。


並べて聞いて頂けたらって考えているのがフォーレ '閉ざされた庭' から "聴きいれ" です。


こちらは聴許のタイトル通り、叶えられる願いですね。

  *閉ざされた庭
  *聴きいれ
  *貴女の祈り

先で形になるよう願って今日もじっくり練ってお稽古します。


■パリの風 第20回リンク

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*パリの風の歩み
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*憧れの窓
*ボルドゥーとゴイェスカス
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  *"クリメーヌに" 落合訳
  *アヴェ・マリス・ステラ
  *フォーレ "クリメーヌに"

*マクダウェル "牧歌" +Dukas

*マクダウェル "ミッドサマー" +Faure

  *フォーレ "九月の森の中で" 落合訳
  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら

*ドビュッシー "マズルカ"



閉ざされた庭

November 13, 2015

秋のはじめからずっと咲いてくれてるポンポンマムは徐々に褪せてきて、控え目な風情になってます。


'閉ざされた庭' という言葉は聖母の純潔を偲ばせる。

わが妹、わが花嫁は閉じた園、
閉じた園、封じた泉のようだ。


旧約の雅歌4章12節です。
庭・園は若き乙女の象徴とされ、閉ざされた園 Hortus conclusus はしばしばマリア様の御姿のお側に描かれる。

小さなホーリーカードでも、聖母と幼子の背景に閉ざされた庭が見つけられることもありますネ。


フォーレ作曲Op.106は此うした "Le jardin clos 閉ざされた庭" をタイトルした8ピースの曲集です。


1曲目に当たる "聴きいれ" を演奏してみたくって・・・

  *聴きいれ

カトリック的な象徴が散りばめられた曲集に触れるのがとっても楽しい。



グラナドス "窓辺の語らい" +Fauré

November 07, 2015

お洗濯ブースの壁にお友達のショップカードが似合いそうで飾ってみた。


古い木製扉を開いたお洗濯場は、うんとシャビーです。

カラーモルタル塗りの地肌
剥き出しのままパイプを残して
経年でチョコレート色になった木枠の窓

質素で古めかしい此んなスペースが何故だか好き。


フォーレのクリメーヌは此んなシャビー空間と関係なく暮らしてる風に高雅で、生活感を何処かへ置き忘れてきたかの様子に思える。


  *"クリメーヌに" 落合訳
  *アヴェ・マリス・ステラ
  *フォーレ "クリメーヌに"

クリメーヌの佇まい故か、片恋の身にはクリメーヌの限られた部分しか見ることができないせいかって考える。おそらくは後者を理由とするところが大きいのじゃあないかしら。

恋と、恋する女人の美しさに幻惑されて
胸引き絞られる恋の囚人が見る世界は
彼にとってもはや幻想ではないのだ。

焦がれ、眼がかき曇るほどに魅了され
自らの煩悶が大きいほど反対に恋の相手の純正を尊び
彼の中で一層純化されてゆくのは、
彼の恋心そのものでもあるだろう。


遠くで眺める存在と感じさせるフォーレ "クリメーヌに" に対して、グラナドス "窓辺の語らい" の2人には親密な交感がある。


窓に遮られ、触れ合うことができない2人の切ない逢瀬。
窓の隔てと、クリメーヌに焦がれても愛を語らうことができない隔てが、それぞれに悩ましい。

  コンサートで2曲をどうぞお聞き比べくださいませ。


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*マクダウェル "ミッドサマー" +Fauré
*ドビュッシー "マズルカ"



マクダウェル "牧歌" +Dukas

November 06, 2015

子供の頃とっても気に入ってたルームウエアは母が手縫いしてくれたものでした。褪せた小花模様が好きでおうちでよく着てた。


ぼろぼろになってからも飾ってる。ベッドルームへ行く手前、ホワイエの壁です。
シャンペトルな雰囲気が曲のお話に繋がりそうで写してみた。


マクダウェルOp.39 '12のエチュード' よりNo.7 "牧歌"。
田園風景や田園詩曲を意味する Idyll がタイトルで、Delicacy,singing tone,grace. って註釈がつけられてます。

恵みの風景だからこそ grace はこの曲に於いて所謂事実形容的な graceful って考えるより、say grace の場合のように元来の God's grace の意味合いを失わない捉え方が相応しいように思った。


とろんと柔らかな気配。


軽いピアニシモの風と麦穂の揺れ。
草の匂い。明るい陽射し。

日は、明日また明けると約束をする優しさで静かに暮れる。

**


ポール・デュカ作曲 "ホルンとピアノのためのヴィラネル" も同じく明るい田園風景を描いてる。

英語詩の1ジャンルでもある villanelle ですが当曲の場合はフランス宮廷時代からの田園詩のほうと言われますね。


マクダウェル "牧歌" とデュカ "田園詩" の2曲を1つのコンサートで並べてお聞き頂けたらな、って思っています。


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マクダウェル "ミッドサマー" +Fauré

November 05, 2015

夢うつつの閑やかな時間。優しげなハーモニーが幸福感を誘う。


何にも妨げられず甘い眠気を貪るのが幸福なのか。否。

  穏和な時が誰かによって守られていることが
  安らぎを与えようとする誰かの慈しみに包まれるのが
  最も大きな幸福感を与えてくれるのではないか。

其んな風に思わせる穏やかな1曲はマクダウェル作曲 'ニューイングランドの牧歌' より"ミッドサマー"。

解説の中 a dreamy portrait of a warm and lazy time って1文が楽曲を言い得てたのでメモしておきますね。


ミッドサマーには小さなテキストがついてるんです。


  Droning summer slumbers on
  Midst drowsy murmurs sweet.
  Above, the lazy cloudlets drift,
  Below, the swaying wheat.

安らかな当曲には Dreamily と演奏表現指示も。


  ゆったりした揺蕩い
  居心地良いハンモックのような優しい時間。


ミッドサマーと対比して聞いて頂けたらって思う曲が
フォーレ "九月の森の中で" なんです。


"九月の森の中で" で歌われる老年期にある人は森を愉しむが
老いも含めて自身が置かれた世界から逃げたい想いが詩中に顕れる。


  *人生の秋
  *乾きと樅
  *森の安堵
  *深い森の中
  *失望の葉のひとひら



"ミッドサマー" が奏でる和やかな愛に包まれたものと異なって
慰めを必要とし、探し求めた末に見つけた森の優しさだ。

しかし一方、本当に老齢期が起こさせる想いとの差だけだろうかとも・・・

ミッドサマーの人物が心地良く受け止める慈愛の時空は
森へ向かう老人の時空とも繋がる我々の此の世界の筈なのだ。

心を守ってくれて安らかな時を与えようとしてくれる者を物理的にか精神的にか失っているであろう独りの歩は、人の愛が存在する町をも離れたがっている。

森は優しく受け止めると彼はいう。しかし優しい森は真実だろうか? 彼の欲求が彼に其う感じさせただけかもしれないのだ。



レッスン記録:ぬるぬる

September 08, 2015

カバレフスキーバラードのお話の続きです。


  *レッスン記録:なめこぐま
  *レッスン記録:はじめてのバラード

バラードOp.27-16は様々な捉え方ができますよね。

嘆きの譚詩曲に考えることもできますし、con motoに重きをおいてリゴードンみたいにも演奏できるかもしれません。2,4拍の左手8分音符を軽くとってガヴォット風に進めるのだって面白いかも。

  私たちはシュールな感じを目指したんです。

5歳だった此の子はどういうわけか不条理なお話を物凄く好むって生徒ちゃんママに聞いてました。


だから当回はスケルツァンドの雰囲気で、戯れ事となめこぐまたちの悲しみとが一体になる風な、不条理で面白くってだから哀しいバラードに導きたいと思いました。

  レッスン中、生徒ちゃんはとってもよく笑ってた。

説明のお話を聞いては笑い、弾いて聞かせると笑い、自分で弾いてまた笑い・・・非現実の可笑しな世界の空想にとっぷり浸かっていました。


5,6小節目や10,11小節目、それから20,21小節目と25,26小節目の4箇所に出てくる幅が異なる2度音を 'ぬるぬる' の象徴にしました。


なめこぐまの手は、ぬるぬるした感じ? それともぬめぬめがいい? って問うて、生徒ちゃんは 'ぬるぬる' のほうを採用。

ちょっとしたニュアンス次第で拡がる世界が変わるのは大人のピアノでは沢山経験できますが、年少さんに与えられているのは [ひろがり] っていう1等ステキなものを求める部分が省かれてることも多い。

其処をたっぷりと補給したい。ぬるぬるとぬめぬめの、ちょこっとの '感じ' の違いを話し合ったりして大事になめこぐまのイメージをつくってゆきました。


ぬるぬる' をおいたのは奏法のためでした。


子供さんや初心者の方は8分音符続きの下行でとかく拍の裏が強くなりがちですよね。1,2,1,2の2に重心がかかって強く重たくなってしまう。それを矯正しようと拍の表へ意識を向けさせても弾き難いばかりだったり曲の可愛らしさに繋がるものからは遠くなったりする。

ぬるぬるを幾度も歌うとね、拍の裏である 'る' を強く歌うとしたら変だナって生徒ちゃんが自分で判るし、ぬるぬるに掛かるスラー感覚も自然に理解できるみたいです。


  拍裏の音を強くしないで、って言いたくないんです。
  どうして拍裏を強くしないかを自然な形で伝えたい。


ぬるぬる8分音符のレッスン前週に生徒ちゃんママに宿題を出しました。


なめこも好きでモグモグ食べられる子だから次のレッスンまでになめこを食卓に乗せて、ご飯作りの時になめこに触らせてあげてくださいねって宿題でした。

なめこに触った感触で弾く。ぬるぬるなめこってきっと乱暴に掴んだりしないでしょうから・・・

ドルチェ・メッツォフォルテ後の数小節を経て、同じくドルチェで弱く弾く箇所です。がちゃがちゃ弾いちゃいそうなジグザグ音型をPで弾いてもらうための宿題でした。


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ボルドゥーとゴイェスカス

August 07, 2015

空っぽのキャニスターと宝物が入ったキャニスター。
2つは違って見える。


  *幸せのアンティーク・キャニスター

僅かに金彩が残ってるほうは、蓋を開けたり閉めたり挿したドライが変わったりする日々の活動的な使用感が現れてる。MDを仕舞ったキャニスターは何か落ち着いた穏やかな雰囲気に見えてならない。

ディドロ著 "ダランベールの夢" のボルドゥー風に考える。
MDの中に録音された幸せな時間を一種の原子であるとしよう。

  *夏日のatom


ピアノ室で育まれた愛しいアンサンブル時間は、原子の形を保ったまま一度MDに閉じ込められ、キャニスターの内空間に徐々に溶け出す。


貫入が入った古い陶質は湿度と共に愉しげなアンサンブル原子を吸い、陶器の釉薬掛けを通して外へと吐き出す。

空っぽのキャニスターと雰囲気が異なるのは原子の種類と数が理由だ。

**


なんて・・・
ドゥニ・ディドロフアンの方々に叱られてしまうような稚拙な例文しか考えつかなかった。兎も角ディドロ著は出色の感覚を教えてくれる。

現代から振り返れば非科学的ともいえる論は、1700年代に科学を哲学で解明しようとした彼らのとてつもなくロマンティックな仕業だったと思う。


"ダランベールの夢" でドルネ嬢が網膜とは何かと問うシーンでデブロッスは


《それは人体のうちで最も細く最も華奢で鋭敏な神経の糸で織られ、眼の奥に張りめぐらされた一種の蜘蛛の巣のことです。映像がこの浮動する巣にくっつき、この巣のかすかな振動が脳と呼ばれるあの繊細で柔らかい物質に伝達され、魂がこの物質の波動を受け、》

と回答してる。

続いて視覚から呼び覚まされる記憶が如何に鮮烈なものかを

《別れた不実な女のことを十年間も、いいですか、十年間もですよ、考えたこともなく、探し求めようともせず、会いもせず、その女のことを話しもせず、懐かしいとも思わずにいたのです。十年経って、ふとしたはずみでこの男は女に出会いました。すると、男の眼はかき曇り、頭は錯乱し、手足はわなわなと震え、膝から力が抜け、気分が悪くなり、いまにも死にそうになったんですよ。これでも、自分の心の状態が分るなどというひとがあったら、お目にかかりたいもんですな。》

             (カッコ内総て新村猛様訳)
とも説明する。


蜘蛛の巣の振動が脳に伝わる先には


《脳も魂も振動するのに倦きて、疲労のあまり衰弱するようなことにでもなれば、そのひとは、倦怠から悲哀へ、さらに、メランコリーへ、感傷へ、涙へ、不機嫌へ、消化不良へ、不眠症へ、苦痛へ、神経過敏へ、気鬱症へと》

とセンチメントの変化を語る。

科学を知らない私などには寧ろ納得し良い表現でもある。

**


グラナドス作曲 "ゴイェスカス" の世界には、出来事のさなかに居る人の眼差しが感得するものと、其の人の眼にまるで物質が出来事を捉えていたかのような鏡像のメモリーとの、両の世界が描かれているようで・・・

ディドロを読み返してみたくなった朝。



プーランク遊び

July 31, 2015

ピアノ室に寂しい色のピシェを持ってきた。
暑すぎる日々に低コントラストの色の組み合わせが恋しくなった。


夫とお仕事曲の合わせをして、まだ時間があったからプーランクを弾いて遊んだ。

6月のクラブ・プーランクでパンダの里ちゃんと彰タンのコンビが演奏してくれたフルートソナタを遊び弾き。

残念ながらプーランクはファゴットソナタを書かなかったから他の楽器のトランスクリプションで楽しんでみる。


低音楽器で演奏するとピアノパート音域との位置関係が替わり、それによって新しい表情も生まれたりしてすごく楽しかった。


小暗さが強調されて第二テーマが別の意味をもって、
なんだか初めて聴く曲みたいだった。

見慣れた風景を照らす照明が変わると初めて見る景色に感じるみたいに。

  9月12日(土) 12h〜のクラブプーランクでは
  コンサートじゃできない此んな遊びもしてみましょう。

参加費無料。どなた様もご参加頂けます。FBイベントまたはFBメッセージにてご参加受け付けております。


■クラブ・プーランク
*クラブ・プーランク
*プーランクと運命の人?
*プーランクの著作権
*プーランクとカミュ
*プーランクと伊達

■プーランク関連リンク
*爛熟、プーランクと爛れ
*プーランク "ロマンツァ"
  *ロマンツァその後
*フランスとルイーズ
*カフェは難しい・・・
*プーランク x ルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*ルイーズのチーズ
*ルイーズの赤
*思い出の硝子瓶 + ルイーズ
*ルイーズのお稽古
*落日の色、ヴィオロン音源up
*プーランク "花" 音源up
*女心とアンドレ婦人
*PJにてプーランク・マズルカ
*ラファエル前派とカードアイコン
*パリのプーランク
*プーランクとシュレアリスム

*プーランクのテクスチャー
*フランスの特権
*プーランク "草むらの中で"



プーランク "草むらの中で"

July 25, 2015

ファックス機を置いてるところ。たまにしか使わないけれど楽譜がPDF以外にFaxでも届いたりするから一応は必要・・・


色気のない通信機器をなんとか可愛く誤摩化したいコーナーです。


昨日は室内楽レッスンをしてた。
プーランク "草むらの中で" が課題だった。


3/4拍子、5/4拍子、3/4拍子が2小節ずつ組み合わさる冒頭だが
歌詞との絡みが面白い。

頭の3/4 x 2小節は Je ne peux plus rien dire (もう何も彼に言うことができない) と一括りで、小節の造りだけ見れば次の5/4も2小節繋がりかと思いきや違ってる。


5/4の1小節目 Ni rien faire pour lui (彼のためにもう何もしてあげられない) は、3/4の1,2小節目と同じく語りになっていて、音型もまた同様。


5/4の2小節目は Il est mort de sa belle (彼は美しさ故に死んだ) となって語りの感情より事実描写が取り上げられる。

次小節は Il est mort de sa mort belle (彼は美しい死故に死んだ) と再び事実描写だが此処で3/4に戻ってくる。

つまり


(図の反映崩れを防ぐためにバーとカンマを挿入してみます)


小節並びは

1,2mesure__3/4
__3mesure__5/4
__4mesure__5/4
5,6mesure__3/4

のサンドイッチで始まるが音型は

1,2mesure__3/4__forme1
__3mesure__5/4__forme1
__4mesure__5/4__forme2 
5,6mesure__3/4__forme1変容

サンドイッチの形にズレが生じ、詩は

1,2mesure__3/4__forme1________語り1
__3mesure__5/4__forme1________語り2
__4mesure__5/4__forme2________事実1 
5,6mesure__3/4__forme1変容__事実2

拍とフォームを飛び越えた2分割だ。

何でもないことだけど
此うした食い違う感じがスゴ〜ク好き。



ドビュッシー "マズルカ"

July 20, 2015

紫陽花が好き過ぎて、飾る毎に見入ってしまう。
渋い色になった紫陽花たちは一層雅びた雰囲気に。


よく育った茎は素敵に太く、頭は文庫本より大きいポッシュのネルヴァルと並べてもたっぷりサイズ。

ドライになりかけて、カサリコソリと心地良い音は
ドビュッシー・マズルカのささめきのようだ。


華があるけれど派手ではなくて
心象を炙り出すのに、洒脱な語り口調に乗せる故にか想いの押しつけがみられない。


戯むれごとのようかと思えば其処此処にえもいわれぬたおやかさが散りばめられて、多感でセンシティブな表情が漏れ出る。

艶消しのけぶるような色調。

ああドビュッシー、たまりません。

夫が恋人だった頃、着信音を1人だけ変えてた。


  *古い携帯の音

低く、ふつりと途切れるような音を選んだ。
恋人の話し方に似てたから。

音量は他からのお電話の呼び出し音より小さくしてた。
小さな音が心に触れてくる感じを好んでたのだ。
恋人の接し方に似てたから。


絞った音量は聞こえ難そうでいて、そうじゃなかった。


恋人の呼び出し音に敏感だったからかもしれない。でもそれだけじゃなくて人の耳は一定の弱音をよく捉えるものだって感じた。

ドビュッシー・マズルカに度々あらわれる弱音も、
大切なことを聞き取ろうと耳を傾けさせるような
優しく悩ましげな気配がある。



フェルメールとフォーレ

June 29, 2015

今年の薔薇がドライになった。


茎を長く切ったから背の高いピシェに丁度いい。
白い小物をあと1つ足したら、もう少しフェミニンな空間になるかな?

ユーカリは此処にはないほうが良かったみたい。円い葉が横に広がる枝のほうがまとまりそう・・・ 葉もの1つで印象が変わってしまう。音楽の1音と同じですね。


フォーレ "水に浮かぶ白鳥" を譜読み中。
Op.113 "ミラージュ (幻影) " 内の一作品。


譜を追いながらフェルメールのポワンティエみたいって思った。

  ゆるく反射する光によって水の色は
  思いも寄らない多色を生み出して
  静やかに動かぬ水が、動く光で変容する。
  目にしてることを知覚できないような色の点描で
  水は本来の水の色になる。

其んな風に感じさせる楽想です。


フェルメール作品くらいサイズが小さな曲の中に、水の絵画のような麗しいエッセンスが詰まってる。


ジャンケレヴィッチが "水に浮かぶ白鳥" (引用書物の訳者様の訳では "水の上の白鳥" ) を著したところを引用しますね。

 《第二の楽想を成すのは '閉ざされた庭' の "第七曲" と同様、16分音符のリズムである。この動きは、白鳥が睡蓮をわずかにかすめつつ水面を穏やかにすべり進む様子を喚起する。

その水は 'イヴの歌' でファン=レルベルグが描いたような流れる水ではなく、淀んで動かない水なのである。歌の線は、'五つのヴェネチアの歌' のテーマに倣って、夢見るように波打っている。和声の歩みは継起するさまざまな調を巡りながら、歌の上に充実した厳粛な響きを生みだす。》

             (小林緑様・遠山菜穂美様訳)


"水に浮かぶ白鳥" をお聴き頂けるのは9月26日午後3h〜 シマブンホールにて。


リーフレットが上がったら詳細をお知らせしますね。


■フォーレ関連リンク
*フォーレと色
*花びらリムのシュクリエ

■ジャンケレヴィッチ関連リンク
*フランスと4.20PJ写真(2)演奏中
*グッゲンハイム道順とババールカードVol.12
*お席数限定ラ・クロワ
*音とお庭
*間際の悩み
*七夕はPJへ
*裏口のカードル
*延期
*ダサいお菓子
*西宮ミュージックパーティー
*七夕ライブ
*七夕PJ、星灯りのプログラム
*優しき歌とリディア
*ババールカードVol.14と優しき歌
*ゆりかご
*夜鳴きうぐいす
*沈黙とフランス音楽
*フォーレとヴォルフ
*鏡像
*フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト



プーランクと伊達

June 09, 2015

"フランスの伊達とイタリアの伊達ってぜんぜん違うよね。" ってゆりかもめ君が呟いた。言い得た言葉に嬉しくなった。


クラブ・プーランクの日の会話だった。
プーランク曲のフレーズを使って、もし他国の感覚なら此んな感じって想定で実演比較してみたあとのこと。

此の実験は、'お洒落感って何? ' とか 'さりげなさには種類があるよね' なんて伝えたくてやってみたんだった。


ゆりかもめ君は前後が遠方のお仕事でクラブ参加のために新幹線往復をしてくれたのだが、私たちは終わるまで知らなかった。


夫と3人で帰路につく頃、此れからまた新幹線に乗るって判ったんだった。えっ・・・! って申し訳なくびっくりした私たちに、いや来たかったからねって一言。
 
プーランク的粋だわね〜って、ゆりかもめ君と別れてから夫と会話した。


ババールで演奏した曲に付け加えた 'ひとくちメモ' は当に其うした感じのテーマだった。


クラブ内なので砕け過ぎた言葉で

もし此うすると綺麗にハモるけどベタ。
もし此んなんなっちゃうとダッセーなって感じ。

なんて実演してみた幾つかのフレーズで伝えたかったのはプーランクのスタンスの部分だったかもしれない。


音楽を泥臭い説明にしないで、わかってもわからなくてもいいよってところが見える感じがプーランクを好きな理由の1つで、


ゆりかもめ君がお仕事の状況説明をしないままサラリと伊達行動してくれたのも、なんだかプーランク風ねって夫と話した。


また、実演のミニ解説を '一言' じゃなく 'ひとくち' にしたその場のいい加減な命名はプーランクの隠し味の意だったが、隠し方の妙ってあるなと感じた。


帰る時にもう1つの隠し味を目にした。


FB写真で見覚えあるサメビタキ先輩のパニーニーマシンが置いてあった。今回参加できなかった先輩が厨房のために貸して下さったのだそう。

クラブ・プーランクは表に見えない隠し味で成り立ったようだ。
しかしお2人に改めて御礼の言葉なんかを書くのはプーランク風じゃないから割愛。



プーランクとカミュ

June 05, 2015

プーランク曲を種類分けしたらば、近代作曲家の中でも仕分け箱は多くなるだろう。だからどのタイプの曲も彼の1キャラクターに過ぎないけれど私は仇っぽく熱を帯びたような曲が特に好きだ。


例えば 'メタモルフォーズ' の "あなたは此んな風" や
'バナリテ' の "オテル"、'気まぐれな婚約' の "ヴィオロン"。

熱と書いたのは強いアルコールが喉を焼いてゆくような熱さのことだ。


気密性の高さっていうか、エロスと澱みの濃度に圧迫感をおぼえて喉が乾き、乾きを潤そうとアルコールを煽って尚思考を止めてしまうような・・・


なんとなくカミュ著 "異邦人" の空気感なんかを思わせる。


 《太陽の光が ほとんど垂直に 砂のうえに降りそそぎ、海面でのきらめきは堪えられぬほどだった。浜にはもう誰もいなかった。丘を縁どって、海の上に突き出た あちこちの小別荘のなかでは、フォークやスプーンなどの食器類の音が聞こえた。


地面から立ち上る石の熱気で、ほとんど息もつけなかった。はじめ、レエモンとマソンとは、私のあずかり知らない事柄や人物について、いろいろ話し合っていた。二人が知り合ってからもう大分になること、また一時は一緒に生活したことさえあることが、わかった。

われわれは水ぎわへ進み、海に沿うて歩いた。打ちよせる磯波が、時に、長くのびて来て、われわれのズック靴をぬらした。

私は何一つ考えられなかった。帽子なしの頭に直射する太陽のおかげで、私は半分眠ったような状態だったから。》

             (窪田啓作様訳)


引用文中 "ほとんど息もつけなかった" のところは手持ちの原書のほうでは On respirait a peine、僅かばかりの呼吸を余儀なくされるニュアンスで噎せ返るような空気感を伝えてくる。


  倦怠と惰気。

  外部の熱は絡みつくようで
  粘る大気に益々虚脱してゆく。

  其して "何一つ考えられなく" なるのだ。


プーランクの此の種類の曲に現れる "何一つ考えられなく" 風なシーンは、実に危うくてなまめかしい。


艶美の前に麻痺したような、背徳のエロティシズムだ。
いいなあプーランク。色んな種類の曲たちがそれぞれに楽しい。

続きは明日12h〜PJのプーランク・ランチでおしゃべりしましょうか・・・


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*プーランク "ロマンツァ"
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■クラブ・プーランク
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ロマンツァその後

May 30, 2015

暑い1日でした。
レーゼンベルグが次々に花開いた。


鮮やかなピンクが暖か過ぎると思えるくらい蒸した朝、
嬉しくて飛び起きた。

夫が遅出の朝が大好きだ。
お昼を回ってから大阪のホールへ出勤の日だった。


カーポートのラベンダー・レディも活き活き。


午前に夫とプーランクを合わせるお約束が楽しみだった。
クラブ・プーランク用。1度くらいは合わせなきゃネ。


夫にリクエストしたのは恋人時代に一緒に演奏したロマンツァだった。私が偏愛してコンサート用に3度も4度もリクエストした曲。クラ曲だけど低音楽器での演奏に独特の魅力を感じたのだ。


でも今となってはあの頃


楽曲を愛したのか、此の曲を吹くときの夫に特に惹かれたのか
定めることはできないなって伴奏を弾きながら思った。

  プーランクの特定の曲に漂う虚無感と
  漂泊の人のような不安定感と
  其処から一瞬間に湧く短い情動のようなものが
  恋人だった夫に重なる形を愛したのかもしれないな。


側でロマンツァを吹いてる人は家庭をもって安定を得て
細過ぎた身体はしっかりとして沈んだ面持ちも見なくなった。


いつまでもどこか青年っぽい感じを残した
何となく寂しげな印象の人は居なくなってた。

この人、結婚したのねって実感した。

  地で行くプーランクは失われた代わりに
  潤沢なプーランク演奏が生まれるといい。

明るい明るい陽を浴びて、手を振りながら夫が出掛けていった。


■プーランク関連リンク
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*プーランク "ロマンツァ"
*フランスとルイーズ
*カフェは難しい・・・
*プーランク x ルイーズ
*神のないルイーズとフランス
*ルイーズのチーズ
*ルイーズの赤
*思い出の硝子瓶 + ルイーズ
*ルイーズのお稽古
*落日の色、ヴィオロン音源up
*プーランク "花" 音源up
*女心とアンドレ婦人
*PJにてプーランク・マズルカ
*ラファエル前派とカードアイコン
*パリのプーランク
*プーランクとシュレアリスム

*プーランクのテクスチャー
*フランスの特権



ドビュッシー "塔"

April 26, 2015

フレームの連なり。


脇から写すと間が詰まって見えるから、実際はもっとスカスカ。
それでも一応こちゃっとさせたい計画はそれなりに進んでる。


雰囲気が似たものの連なりって好きなんだわ・・・って意識してみたら、


其処此処に連なるモノが結構あった。


アイロン掛けに入ったクチュリエのフラッグガーランドも連なりだワ。


コットン布の優しい変わり模様に一目惚れして・・・
楽しげな物を四旬節に買っちゃったって反省して、イースターを迎えてから取付けた。


ドビュッシー "塔" もエキゾティックな屋根の連なりを思わせる。


アイレベルから辿って、ローポジションでぐっと見上げ、
水平アングルへ滑り移るような楽しさがある。

東洋人の私たちが慣れ親しんだ多重の塔のイメージに加えてジャポニスム全盛のフランスにおいて感じられた異国情緒は、さぞマジカルで謎めいていたことだろう。


ドビュッシーが生きた時代と、異文化の建造物がフランス人にどう映ったか想像してみると、曲中に現れる "塔" はぐっと魅力を増してくる。




5月3日(祝) 午後2時〜のコンサートです。
三宮ピアジュリアンホール8階にて

チケットのご注文は
神戸コンサート協会 078-805-6351
までどうぞ

〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜


        《第1部 ピアノソロ》

  (ドビュッシー "版画" より)

パゴッド
グラナダの夕暮れ
       *ラヴェル音源とドビュッシーのフェイント
       *音楽の表示
       *5月3日 三つのスペイン
       *ババールカードVol.19と三つの夕べ

雨の庭
       *古い童謡と雨の庭
       *雑貨と三つのお庭

  (マクダウェル "ニューイングランドの牧歌" より)

古い庭園
       *マクダウエル "古い庭園"
       *古い庭園

秋の喜び
       *マクダウェル "秋の喜び"

  (グラナドス "ゴイェスカス" より)
       *5月3日 三つのオペラ
愛の言葉
       *ゴイェスカス "愛の言葉"
       *ピアノ曲ゴイェスカス
       *グラナドスのストリーム
       *コン・ファンタジア

        《第2部 デュオババール》


  (グノー "ロミオとジュリエット" より)

ジュリエットのワルツ

  (フォーレ歌曲Op.1-2より)

五月
       *フォーレ "五月" 落合訳
       *フォーレ "五月" を振り返る
       *"五月" のぼやき

  (フォーレOp.61 "優しき歌" より)
       *フォーレと色
       *花びらリムのシュクリエ

本当は怖いくらいに
       *フォーレ "本当は、怖いくらいに" 落合訳
       *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
       *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
       *フォーレOp.61-5 始まり
       *フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
       ?僕がイヤんなるコト
       *フォーレOp.61-5 許して下さい
       *フォーレOp.61-5 愛しき者
       *リディアとマリアンヌ
       *フォーレOp.61-5 希望
       *"本当は、怖いくらいに" タイトル他
       *"本当は、怖いくらいに" 挿入箇所

眩耀の夏のひとひ
       *"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
       *解説 "眩耀の夏のひとひ" 訳
       *好きな一コマ

ね、そうでしょう?
       *フォーレ Op.61-8 落合訳
       *サンルームと暗い森
       *暗い森、優しい森
       *ペーストガラスと歩調
       *詩人と決め事
       ?僕が聞いた後悔とフォーレ
       *フォーレのオアシス

  (フォーレ遺作 より)

町人貴族のセレナード
       *"町人貴族のセレナード" 落合訳
       *フェーブとモリエール
       *町人貴族 -- languis
       *町人貴族 -- 9/8拍子と瞳
       *町人貴族 -- 反語
       *町人貴族 -- 愛しイリス

  (ビゼー "カルメン" より)

カルメン・オペラダイジェスト
       *クチュリエとカルメン原作など

**



*パリの風 第19回
*第19回 "愛の悦び"
  *陰と陽
  *密封

*5月3日プログラム
*"愛の悦び" リーフレット
*プレコンサート記録 le6avril15

*夢はナシ。生活を紡ぐ
*家事とロダン
*つながり
*2015年2月のお洗濯物

*練習用カラオケ
  *キッチンで暗譜
*机とピアノ
*カラフルがテーマ

*4.22ナイトライブ
  *本日PJライブです
  *ピアライブの思い出



好きな一コマ

March 18, 2015

頂き物のオイルを開けてみたらラベンダーとジャスミンの香りがした。


前に頂戴して愛用のマンディルルールやクリームバスのメーカーさんのだそう。

ぽかぽか暖かかった昨日、窓を開いたお部屋で使ってみた。
気持ちいい風が入ってきた。

好きな一コマが想い巡った。


フォーレ歌曲 "眩耀の夏のひとひ" のシーンで


《来たる夕暮、風甘やかに
君が薄衣忍び入り 戯れ遊び、掻い撫でる》

って訳したところがあるのですが

  *"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
  *解説 "眩耀の夏のひとひ" 訳

この場面ってたまらなく好きです。

妻となった人の薄ぎぬに風が忍び込んで愛撫する。


風を孕む袖や胸元の '部分' は非常に具体的でありながら
女性のお顔は見えない。

まるで身体の部分だけアップで拾う映画場面みたい。


女性のお顔はわからないのに此の曲は何故か、夫となった人の眼は想像させるのです。

妻に忍ぶ風の所作を自らに投影する男性。
風が渡る彼女の衣を透視したい願望を隠さぬ眼差し。


詩と楽曲のコンビネーションが愛に溢れる2人の艶やかな関係を浮き立たせるみたいで、音楽の奥深さを改めて知らされるところでもある。


フォーレは此のシーンに Molto piu lento の指示を加えて
中声部域をまるで戯れる微風の如くにそよがせた。

暖かなエロスも感じさせ、愛と愛の未来に対する抜群に安定した心うちを表す数小節。大好き♪



コン・ファンタジア

March 16, 2015

お玄関壁。


アンティークバッグを掛けたフックに初雪葛を挿してみた。
小っちゃな部分にグリーンを増やして春待ち気分です。

**


グラナドスの譜面に度々Con Fantasia って出てくる。
目にするごと笑みが漏れる。

作曲家さんのお顔が見えてくるみたいな記述が大好き。


幻想的にといってもフォーレの浮遊感あるそれとは違う。


フォーレはいつまでも着地しない和声連結と調性の重なりとが相俟って、時間枠を越えた錯覚現実のような幻視のような、其うして温度までも備えたイリュージョンを映し出すけれど

グラナダスの場合は幻視的なというところじゃなくて肉体を伴った表象といった感じを受ける。

体験的な、そして表象を意味するルプレザンタシオンが導く内的ファンタジーと、外装のファンタスティックな話説のコンポーネントが重なってゆくような・・・


生気に満ちた心を歌う "愛の言葉" は
人の感覚の不思議も思い起こさせる。


体験的な、って感じさせるのは彼の楽曲がとっても人間的だからかも。

恋をして自分自身が新しく目覚めたような思いになって
辺りが輝いて見えて、エネルギーが涌き出るような

皆違った人間で違った恋なのに、同じ魔法にかかる。
グラナドスの曲舞台もやっぱり私たちと同じ風で・・・

  其んな時期を過ぎたあとも
    昔ドキドキした香や空気や音楽で
      恋した日の気持ちが急に甦ったり
        
  幾つになっても
    恋人が居なくなっても
      ときめきの記憶は古びずに残って


胸の奥底に留まってふとした拍子に呼び起こされる人間の感覚が既にファンタジーなのねって思いながら楽譜を眺めてる。

**


楽曲記事リンクがたまるとすぐ忘れちゃうから
くどいですが5月3日のプログラムをまた貼っておきますネ。


5月3日(祝) 午後2時〜のコンサートです。
三宮ピアジュリアンホール8階にて

チケットのご注文は
神戸コンサート協会 078-805-6351
までどうぞ

〜 * 〜 * 〜 * 〜 * 〜


        《第1部 ピアノソロ》

  (ドビュッシー "版画" より)

パゴッド
グラナダの夕暮れ
       *ラヴェル音源とドビュッシーのフェイント
       *音楽の表示

雨の庭
       *古い童謡と雨の庭

  (マクダウェル "ニューイングランドの牧歌" より)

古い庭園
       *マクダウエル "古い庭園"
       *古い庭園

秋の喜び
       *マクダウェル "秋の喜び"

  (グラナドス "ゴイェスカス" より)

愛の言葉
       *ゴイェスカス "愛の言葉"
       *ピアノ曲ゴイェスカス
       *グラナドスのストリーム


        《第2部 デュオババール》

グノー "ジュリエットのワルツ"

フォーレ歌曲Op.1-2 "五月"

  (フォーレOp.61 "優しき歌" より)
       *フォーレと色
       *花びらリムのシュクリエ

本当は怖いくらいに
       *フォーレ "本当は、怖いくらいに" 落合訳
       *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
       *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
       *フォーレOp.61-5 始まり
       *フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
       ?僕がイヤんなるコト
       *フォーレOp.61-5 許して下さい
       *フォーレOp.61-5 愛しき者
       *リディアとマリアンヌ
       *フォーレOp.61-5 希望
       *"本当は、怖いくらいに" タイトル他
       *"本当は、怖いくらいに" 挿入箇所

眩耀の夏のひとひ
       *"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
       *解説 "眩耀の夏のひとひ" 訳

ね、そうでしょう?
       *フォーレ Op.61-8 落合訳
       *サンルームと暗い森
       *暗い森、優しい森
       *ペーストガラスと歩調
       *詩人と決め事
       ?僕が聞いた後悔とフォーレ
       *フォーレのオアシス

町人貴族のセレナード
       *"町人貴族のセレナード" 落合訳
       *フェーブとモリエール
       *町人貴族 -- languis
       *町人貴族 -- 9/8拍子と瞳
       *町人貴族 -- 反語
       *町人貴族 -- 愛しイリス

ビゼー "カルメン"
       *クチュリエとカルメン原作など

**



*パリの風 第19回
*第19回 "愛の悦び"
*陰と陽
*密封
*2015年2月のお洗濯物
*5月3日プログラム
*"愛の悦び" リーフレット
*4.22ナイトライブ
*練習用カラオケ



グラナドスのストリーム

March 06, 2015

ピンクのアルストロメリアがとっても長もちしてる。
夫がコンサートで頂いてきたお花。


たくさん蕾がついてて、
ピンクと同じ茎から白いお花が開いた。

長く咲いてる分、栄養不足になったのかな?
心なしか弱々しく透明感いっぱいの花びら。


ドビュッシーの音楽表示と別個の魅力を備えてるグラナドスの表示・・・


  *音楽の表示


グラナドスの指示ってしばしば2拍と空けずに出てくる。
1拍ずつ指示がかかることだって珍しくない。

それらの多くは潮流を作るものって気がする。


"マハと夜鳴き鶯" の中間部を挙げると


ラレンタンド&テヌート・モルトは、右手高音のトリル装飾を俯きがちななよやかさに納めながら左手がたった2拍で4オクターブを昇るさまに激しさを見せないままファンタジックに染める効能を備え、

次の拍でメノモッソに入ってゆく右手アルペッジョは隠しても漏れ出る女人の華やかな痛々しさが響き、2拍後にラレンタンド・モルト・・・だけれど絶えゆくタイプじゃなくてスコープを大きく取るのが相応しいと気がつくのは1拍先にアンポコテンポが表示されるから・・・そのアンポコテンポも1拍を保ったと悟らぬうちに流れは再びラレンタンドに捉えられ、ピアニシモの中にもバスが深く響くとただの1拍のラレンタンドを打ち棄てて左手は遡ってゆくような上昇の気配を見せる・・・かと気づくや否やモルトアッチェレランドと急激なクレシェンドでフォルテシモまで駆け抜けるのは右手であった。


ナンテ、目を通しづらい、読点がない文を作ってみた。


  "グラナドス譜ってこんな感じ" って即席で
  文字を拙い用例にしてみたのですが・・・

此んな文じゃ上手に表現できないけれど、グラナドスの途切れるところなく連なり流れるようなストリーム特性にすごく惹かれるのです。


面白いなって感じるのは、指示書きに忠実でなければグラナドスにならないトコロ。譜読み段階で見る指示書きは、どうしてなのかしらって不思議な気持ちになったりもして・・・

ところがわけもわからないままに書つけ通りをなぞってゆくと、グラナドス音楽の道筋が現れてくる。

  川は此うしてできるのねって目の当たりにしたような感動。

どうして此処からお水漏れしてるの? どうして此のお水が彼んな処へ流れ着く筈があるの? って稚拙な疑問を抱いた曲はじめの自分を殴りたくなる瞬間に出逢う。

ドビュッシーは既存の曲運びに、
表示に寄って '意味' を挿し加えてくれる気がする。
グラナドスは単発の音の言葉を、
表示に寄って '物語文' に結んでゆく気がする。

双方とも本当に魅惑的な作曲家。



音楽の表示

March 04, 2015

近代音楽ではたくさんの指示を書き込む作曲家が増えた。
書き記し方に見える作曲者の為人が楽しい。


形式や和音が複雑化して説明的に書き添えざるをえない場合もあろうけれども、指示書きが音楽になるみたいなとっても魅力的な明示をする作曲家が居る。

春に演奏するドビュッシー&グラナドスも魅力たっぷりにインストラクションを顕す作曲家だと思う。


今朝はドビュッシーのほう。
彼は "口調" がとっても興味深い。


少しの文字。だのにあまりにしばしば出てくる指示。まるで口を挟まずには居られないかのように見える時さえある・・・

"僕の曲どう? 通して弾いてみて。" って言っておきながら演奏中さんざ口を挟んでくる、うるさくて、しかしとてつもなく蠱惑的な音楽を備えた先生みたいに思う。

何が蠱惑的って、そりゃあもう作曲者の頭の中で紛うことなき理想のドビュッシー曲完成版ができ上がっててブレないところ。
自らの音楽の理想型を元にした指示書きだと明白に伝わってくるところ。


  お山のようなお小言を積み上げたあと彼は
  "僕はちょっとの注意しか口にしない。殆どしゃべらない。"
  なんて言ってるようなのだ。


奏者の指が鍵盤に触れる僅か前に "次はこう! もう1つお次はこう! " って感じで飛び出す表示を見てみる。


"版画" からグラナダを例に・・・

'極めてリズミカルに' のあと小さい文字で付け加える。
'大きく増大させながら'。

これで少なくとも私たちに2つ以上の事柄を考えさせる。

'rythmé リズミカルに' って表示を設けられた私たちは、合間に幾度か登場する '正確なテンポで' とのニュアンス差を考えることになる。

正確なテンポの際に作られる固めのリズムをもって 'Trés rythmé' と思い違いをしていはしないか? と。
此れが1つ。


続く理解は 'en augmentant 増大' の単語を用いている意図についてだ。


テヌート・強調のスタカット・アクソン・松葉表示・更なるFF表示、等がありながら敢えて augmenter としているのは、増大とはデュナーミクばかりじゃあないと判らせてくれる。
此れが2つ目だ。

**


続くルバート後の但し書きも興味深い。

始めに出てくるテンポプリモには '一層委ねて' の註釈がつく。2度目3度目の註釈なしのテンポプリモの所では始まりのテンポに戻す "力作用" が働くが、其処とは異なるのだ。

  テンポが異なるのじゃあない。
  意識が、情感が、異なるのだ。


1度目の註釈付きテンポプリモを私は曲中もっともエロティックな空気感の箇所に感じるが、


ピアニシモながらおおらかな音色と、なすがまま赴くままにしかし多感な推移と、少々扇情が入り交じる崩れ感のあるリズムと、ごく緩やかな松葉に添ったクレッシェンド&ディミニュエンドがそのまま三連に入る1拍は、甘く長じたシンコペーションがエコーの如く溶け流れるようであってほしく・・・

其うした情感と相俟って現実の音以前に耳の奥に聴こえた音楽を確かにするのが 'plus d'abandon' のアトラクティヴな表示だ。

  もう1点を前6小節に立ち返れば


風に委ねた気ままな調子の5小節と、直前テンポルバート+expressif は別個のマテリアルの流れではないかとも思わせるのだ。


たとえば歩き見る風景の流れを司るテンポルバートの後、風の流れを司るテンポプリモへ移ってゆくように。

もし其うならば、揺らめきながらも温順で無風の雰囲気を備えたテンポルバートであり決して "思うがままに歌う" ようなルバートであってはならない、等々作曲家のおしゃべり口調は興味尽きることがない。



古い庭園

March 01, 2015

好きだなぁ此の曲・・・


"古い庭園" のセピアカラー。

清高ってわけじゃない。もっと・・・何でもない曲。
和音が時々ちょっと洒落ててセピアに光沢を挿す。
ごく短くてゆるやかで。

古い1枚の写真みたいな曲。


夫の側でお庭仕事をしながら・・・


  *お庭曜日

いつか此のお庭も人の気配がなくなって寂れてゆくんだわって考えてた。

すべての命が失われ、暮らした場所に静寂が帰ってくるのは寂しいけれど、それさえも時の豊かな営みだと思う。


住人が失われた場所は、過ぎ去った暮らしを余さず伝える気がする。お家やお庭はまるで生きてるみたいに暮らしの気配を含ませて、不在となった後もずっと持主を憶えてるかのように。


廃校になった小学校に小さいお椅子がちんまり並んで、誰も居ないお教室に児童の笑い声がいっぱいに湛えられてるシーンもあれば、打ちやられ萎えた姿になった場所もあって・・・


"古い庭園" は愛溢れる時を吸い込んだお庭みたい。
朽ちたあとに僅か残る幸せの記憶のような曲。
だから切ない。


"古い庭園" は4月22日・5月3日両日演奏いたします。



        《第1部 ピアノソロ》

  (ドビュッシー "版画" より)

パゴッド
グラナダの夕暮れ
       *ラヴェル音源とドビュッシーのフェイント

雨の庭
       *古い童謡と雨の庭

  (マクダウェル "ニューイングランドの牧歌" より)

古い庭園
       *マクダウエル "古い庭園"

秋の喜び
       *マクダウェル "秋の喜び"

  (グラナドス "ゴイェスカス" より)

愛の言葉
       *ゴイェスカス "愛の言葉"


        《第2部 デュオババール》

グノー "ジュリエットのワルツ"

フォーレ歌曲Op.1-2 "五月"

  (フォーレOp.61 "優しき歌" より)
       *フォーレと色
       *花びらリムのシュクリエ

本当は怖いくらいに
       *フォーレ "本当は、怖いくらいに" 落合訳
       *フォーレ "本当に恐ろしいほど" ラスト
       *フォーレ '気に入ってもらえることを願う'
       *フォーレOp.61-5 始まり
       *フォーレOp.61-5 第2パラグラフ
       ?僕がイヤんなるコト
       *フォーレOp.61-5 許して下さい
       *フォーレOp.61-5 愛しき者
       *リディアとマリアンヌ
       *フォーレOp.61-5 希望
       *"本当は、怖いくらいに" タイトル他
       *"本当は、怖いくらいに" 挿入箇所

眩耀の夏のひとひ
       *"眩耀の夏のひとひ" 落合訳
       *解説 "眩耀の夏のひとひ" 訳

ね、そうでしょう?
       *フォーレ Op.61-8 落合訳
       *サンルームと暗い森
       *暗い森、優しい森
       *ペーストガラスと歩調
       *詩人と決め事
       ?僕が聞いた後悔とフォーレ
       *フォーレのオアシス

町人貴族のセレナード
       *"町人貴族のセレナード" 落合訳
       *フェーブとモリエール
       *町人貴族 -- languis
       *町人貴族 -- 9/8拍子と瞳
       *町人貴族 -- 反語
       *町人貴族 -- 愛しイリス

ビゼー "カルメン"
       *クチュリエとカルメン原作など


**
チケットのご注文は
神戸コンサート協会 078-805-6351
までどうぞ



*パリの風 第19回
*第19回 "愛の悦び"
*陰と陽
*密封
*2015年2月のお洗濯物
*5月3日プログラム
*"愛の悦び" リーフレット
*4.22ナイトライブ
*練習用カラオケ



ピアノ曲ゴイェスカス

February 27, 2015

ピアノ室へ行く短い階段の上、
覗いてるうさぎのお人形の足が可愛くてパチリ。


ゴイェスカス "愛の言葉" を巡って考え事の断片が浮かんだり消えたり・・・


ゴイェスカスはピアノ曲が完成したあとオペラ化されてる。
グラナドスの最高峰と謳われて大層な人気ゆえのことだった。


フェルナンド・ペリケ・イ・スアスナバール (1873-1940) って仰る方の脚本。ただ彼は脚本家で名を残したというよりポエットに登録されてるよう。詩人さんの脚本ってその特質が表れるのかな。

  後に別楽器に編曲されたり
  改訂されたり
  別ジャンルへ分類されたり
  曲使用目的を変更されたものって
  とっても悩む。

悩んでから私の場合はいつも
作曲編曲の '時' に従おうと結論する。


ジュトゥヴの編曲は間に長い時と時代変遷が横たわってるから其れが顕著でした・・・

  *ジャズ&ジュトゥヴ再考


ゴイェスカスもピアノソロ曲用に作曲された '時' の音楽を演奏したいって思ってる。其処にはフェルナンドもロサリオも未だ不在。

ピアノソロ・ゴイェスカスを元にオペラ舞台で悲恋が誕生するのは此処から5年後なんですね。



口説き文句 レキエブロス

February 13, 2015

アリッサムやイベリスブライダルブーケ、
白い小花たちが春待ちのお庭の一番乗り。


大好きな人と一緒にお庭を愛でるのが日常になった日々に感謝と感動をおぼえる。

春のお庭づくりに煉瓦を運んでくれた夫に
はじめて逢った時の姿を重ねた。

あの日の夫の表情は印象的だった。

  新鮮で刺激的な巡り逢いの瞬間、
  互いの間で時間はコマ送りのようにゆっくり流れる。

忘れられない邂逅を脳裏に刻み込むための時間を
天から贈られるかのようだ。


初めましての駅で、彼は自分の瞳と戦ってた。


初対面の自己紹介を交わしながら意志に反して逸らしてしまいそうになる瞳を一生懸命戻そうと苦労してた。

落ち着いて話し繕いながら目はキョドってるのが感じられた。私も不意打ちのように名を呼ばれたあと半ば茫然としてた。

  *階段の恋、顛末

お話中も凝視を続けてしまった。見つめながらデュオ打合せにぜんぜん関係ない事を考えてた。告白すると、

此の方の喉仏って、なんて綺麗な形なんでしょうって考えてた。
どうした嗜好かわからないけれど鋭角的な喉仏が好きなのだ。

彼氏さんでもないお人の喉仏を観賞して楽しむなんて初対面にあるまじきことだった。丁度目線の位置の首元までが、初めてに関わらず近しいものに思えたのだった。


逢った瞬間に五感が全開になってしまうことが本当にあるのねって知った。


其うして夫も同じようにタガが外れてた。

  *不思議な駅(16)馴れ馴れしい男

後によく考えると普通じゃないって思えるコトも
感覚の栓がどうかしちゃってる時にはおかしいと気づくことさえできなくて・・・


波に押されるように、昂揚感に煽られるように
始まりは突然にやってくる。

**


ゴイェスカス "愛の言葉" は、ともすれば聞く人たちを置いてきぼりにしそうなくらいに主人公達独自の幸福感に塗れるような姿態が展開される。

組曲に Los majos enamorados --- 恋する若人たち --- のサブタイトルがつけられてる通り、心の高まりとフレッシュな感性が能弁に語られる1曲目だ。

タイトルは愛の言葉って訳されてる。Los requiebros は、男性から女性への口説き文句の意味。


そして口説き文句は必ずしも明け透けな誘いの弁ばかりじゃあないだろう。


私にとっては、見つめ合って目を逸らしてしまった彼の拍動も、お仕事相手なのだと何とか視線を戻そうとする試みの息詰まる時間もレキエブロスだったと甘い気持ちで思い出す曲。


*ゴイェスカス "愛の言葉"



花びらリムのシュクリエ

February 10, 2015

サルグミンヌ刻印、1900年代初期のシュクリエ。


蓋の葡萄レリーフが可愛〜

数個の薄茶と黒の点は汚れじゃなくって陶土の鉄分です。


冷たいのか暖かいのかわからない独特の肌質。


光で色を変えるような印象。


蓋の持手は葡萄の蔓。装飾技術のお国の意匠ですね。


どこがバランスの支点かわからないような形が何故だか好き。


此のクリスマスローズもちょっと配分が似てる。


ボリュームと長さの釣り合いが不安定に思えて
よく見るとぎりぎりの平衡が保たれてるって気づくとき
なんだか感動をおぼえるんです。


花びらが放射線状に並んだようなリム。


ソーサー固定のタイプでした。

ソーサーがくっついてるから安定が良くって、広いリムがデザインの納まりも担っていました。


肉感的なレリーフとトロトロした釉薬。


ナンテ・・・何のお話かとっくに判られちゃってそう。

フォーレ&ドビュッシーの一見アンバランスで不思議な配分やふくよかな肉感を、同じお国と時代の食器にも見つけると嬉しくなる。


  たっぷりしてて滑らかな、ニュアンスの語り部。
  自由に見える創意はよくよく計算されて
  熱意を覆い隠す瀟洒と漏れ出る愛らしさと。

数分間で消えてなくなってしまうメロディーの甘い後口。
彼らの音楽はシュクリエの絵図のようです。



謝肉祭

February 07, 2015

ファゴットルームにお掃除しに入ると
テーブルの上に "教会ラテン語への招き"。


これ何・・・

最近に買ったの? って帰った夫に問うた。


購入したのは随分前ってお返事。
出逢った頃に影響されて買ったのだとか・・・


ラテン語は習ってたけれど、もう全然わかるようにならなくて
挫折しまくってるのに恥ずかし〜
宿題も追いつけずに此の頃は諦めて怠けてるんです。

でも此の本の中身、とっても面白い。


翌日はまた夫のお供で修道院訪問でした。


  お勉強個所はマルコとコリント1。
  それから四旬節を前にカーニバルの雑談でした。

カルニバル (謝肉祭) はカトリック行事ではありませんね。灰の水曜日から始まる自粛と節制の四旬節を前にマルディ・グラ '肥沃の火曜日' まで食べ込んだり楽しみを享受したりするのを黙認して頂いてる形です。

  試験期間が始まる前にお勉強をうちやって
  リフレッシュしておきたくなる感じに重なるカナ。

クアドラゲシマは自分なりに課題を課して自己制御に励みたいものですが・・・
私に必要なのは '可愛いモノを欲しがりません' 課題とか 'お菓子ばかり食べたがりません' 課題とか。馬鹿みたいですね。


謝肉祭の曲が数多くあるのも年中イベントに組み込まれてる行事をテーマにした自然なことですね。


私たち民にとっては教会暦の合間にある此うした通俗イベントも季節ものの風物詩になっていて・・・

其う言えば生徒ちゃんがチャイコフスキー "四季" を弾いた時、彼女は月別の風景を描いた曲集の中でどうして2月が謝肉祭の曲なのか意味を知ってたかなってふと考えた。ごく当たり前に思って教えなかったかもしれないって気がついた。

クラシック音楽の文化圏行事が日常でない場合に、不明に感じる点って多いのかも。もっともっと考えて教えなきゃいけないなって反省した。



マクダウエル "古い庭園"

January 20, 2015

裏口階段前のエレモフィラ・ニベア。


仄かな光を発してるような白い枝が大好き。
ヘリクリサムコルマ、シロタエギク、アサギリ草。ホワイトからシルバーのリーフが多い裏口です。

**


  マクダウエル "古い庭園" は
  物語の広がりを綺麗だなと感じる。


チャイコフスキー "舟歌" で動いてるのは舟だった。


小舟に揺られゆく人の心情かもしれないし、遠く小舟を眺めて自己へ投影する景況かもしれない。

いずれも流れる舟を巡る胸懐のようだった。

  *チャイコフスキー舟歌の無力
  *舟歌の展開部


"古い庭園" はまるで映画を観るかのように、映し出されるフィルムのコマが動いてる風に感じられる。私たちは留まって、ノスタルジックな庭園の動く画図を見せてもらうみたいに・・・


追想の風景を垣間見せてくれるようなゆったりした曲運び。


ちょっとメランコリックなトーンも。でも此うした楽曲は奏者が感情を押し被せてしまうと、たまゆらの美しさのようなものを壊すだろう。

"僧院の廃墟にて" と少しだけ似てる。

  *僧院の廃墟にて

淡々と語り部に徹して叙景を写す演奏が
ノスタルジアを浮かび上がらせるように思う。




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