L'officiel X



12.9 花鳥園クラリネット・プログラム

November 27, 2012

打ち合わせに参った神戸花鳥園をパチリ。


広い温室内での試弾は気持ち良かった・・・♪

  12月9日 日曜日 午前11h30〜 & 午後14h〜


この度はクラリネット・ババールになります。


プログラムは、ババール・レパートリーから花園に合わせて主催様がセレクトして下さいましたヨ。


マリンバで演奏したババール曲や、牛君のファゴットで演奏した曲も。


私がエーラー式クラリネットに少し興味があったため
お相手はエーラー好きなアルマジロ君にお願いしました。


プログラムは以下の通りです。


サンサーンス 白鳥
ドビュッシー
ゴリウォッグのケークウオーク
フォーレ 水に浮かぶ花
イスパーンの薔薇
シシリエンヌ


  2公演とも約30分のプログラムです。

神戸花鳥園:
〒650-0047 神戸市中央区港島南町7-1-9
Tel:078-302-8899

ポートライナー "京コンピュータ前" 駅下車すぐ
隣接駐車場あり 終日500円(普通自動車)



レッスン中の憤怒

November 09, 2012

"ひっ??" って声を出して固まった生徒ちゃん。


レッスン中に鍵盤表面が外れてしまったの。

  大丈夫よ〜!
  可哀想にびっくりしたのね・・・

生徒ちゃん用に使ってるヤマハグランドは古いから接着が弱くなってたのでしょう。ちょいってくっつけて貰えば平気なのヨ。

外れたついでに鍵盤材の説明をした。
何だってレッスンネタになっちゃいます。

タイトルの怒の対象はもちろん可愛い生徒ちゃんじゃない。
此方の続きのお話ネ。

  *生徒ちゃんを怒るの怒らないの

**


ご機嫌でアマチュアのかたの伴奏をしたり
生徒ちゃんのフォローには何くれとなく努めたり
レッスンで怒ることはまずなかったり

対照的にプロの怠りに常ならぬ怒を露にしたり

  *分かち合いと本
  ?僕が見た素面の事件
  ?ぴょんきち君と僕が知ってる秘密

反対に教える立場のプロでも教え子の身になってのお勉強を欠かさない生徒ちゃんには全面協力したり。

  *親指姫


  一見異なる態度に見える此ういった形は
  とても単純にはっきりと分けられている。

純粋に音楽を楽しむかたへは、存分に悦びが得られるよう協力し
上手になりたい生徒ちゃんとは丁寧に一緒に頑張りたいと思う。
各自の希望に即し彼女たちが怠ける日があっても構わない。

何故って彼女たちは音楽と精神的契約を結んでいない。
音楽を、芸術を、一番大切にするとは誓っていない。
色んな形で楽しめばいい。生活の内の楽しみの1つが
どこまでも楽しみとして豊かに叶えられればいい。

その豊かさはシールを貼って進むものの風ではないけれど・・・

  *ピアノレッスン2:楽しみって何?

音楽にふさわしい楽しみ方を生徒ちゃんにできるだけ沢山見せてあげたい。役に立たない遊びの喜びも。

  *アンティークメニューの使い道

だけどひとたびプロ活動に足を突っ込むなら、
芸術性を二の次にするのは音楽への裏切り行為。
裏切りの殆どは、裏切りと知って行なうものだわ。

ロマンロランが《お前はどちらを選ぶかね? 》と書いている当に《音楽を選ぶ》と選択するのは心的契約なのだと思う。

  *PJライブ動画1:2012から引用


音楽を選ぶ誓いは、ロランがいう風に
自らを棄てても音楽を棄てない誓いかしら。
此の選択の形は洗礼に似てるみたい。


**


レッスン中憤怒が向いたのは、古い楽譜の書込みに対してだった。2台のピアノを並べて一緒に弾きながらレッスンしてるから、私のほうは昔の自分の譜を使うの。

ごく小さな時分に手ほどき頂いた、今思えば私の生徒ちゃんよりお若かったのに一生懸命教えて下さった先生、プロフィールにお名を挙げている先生方、特に愛する母校桐朋やコンセルヴァトワールの敬愛してやまない恩師。などなどお客様が把握されているお師匠様以外に小学生頃に多忙な先生の代行としてレッスンを受けた人が居た。

好い方だったけれど音楽観は極めて見窄らしいと子供ながらに早々に諦めた。全く注意を聞かないまま決まった日に機械的にレッスンに通った。

子供なので何が悪いと言い表すことはできなかった。一面的で即物的な音楽の印象を具体的に説いて辞めるには小さ過ぎた。レッスン中のあまりにも世俗的な世間話が苦手だと愚痴るくらいで、審判を下すだけの素養が私の中にはなかった。

此んなものは音楽じゃないと漠然と感じてただけだった。
高めるべきものがないまま凡俗な気配だけを感じてた。

音楽家を名乗らない限りは愛すべきオバチャンだったと思う。

でも幼年の私はジャンクリストフの子供時代よろしく、
音楽人が無風流で下賎なことを罪と感じた。
自分は何もできない児童にも関わらず考えを譲らなかった。
それでも小さかった分、今よりずっと弛やかな嫌悪だった。

すぐ辞める結論に達しなかったのは遠慮のせいじゃない。
審議材料を結論に結びつける智慧も私にはなかったんだわ。

**


レッスンのために開いた古楽譜の注意書きに愕然とした。
すっかり忘れてた人を急に思い出すことになった。

芸術の体を成さない甚だ通俗的な注意が書きつけられ
無教養な方向性がこれでもかと示されてた。

曲への考え方の間違いは赦される。幾らでも正せる。
目にした注意書きの粗悪さは其処じゃなかった。
雑で行き当たりばったりの世間話同然の幼児性で
作曲家が泥まみれにされていた。

全くお言いつけを聞かなかった証に赤印が重なってた。
よくぞ是ほど不勉強に悪趣味な注意ができたものよと
赤鉛筆の印を苦々しい思いで全部塗りつぶした。

一時期をお世話になった方であれ、其の方がプロとして今も尚沢山の人々に無学習のままピアノを教授し続けている限り姿勢の問は必然。

恩知らずの言いざまのもっと悪いことに、明らかに特別可愛がって頂いたんだった。どんなにご馳走になりどんなに沢山お下がりを頂いたかわからない。親切にして頂いた。それでも私は馴染まなかった。音楽の師に、音楽と風雅を愛することを求めた。それなくして師弟関係は築けなかった。

彼女よりずっとお若く経験浅かった初めての先生は、ただただどうやって音楽を教えようと必死の試行錯誤を繰り返された。私はそれだけで満足し好きになった。

一昨日の師弟サンサーンスとフォーレの場合とはレベルも問題の種類も違い過ぎるけれど・・・

  *ナニソレ解説の払底

決別もまた《音楽を選ぶ》選択に含まれてゆく。

**


  子供さんの先生であるピアノの前の生徒ちゃんに願った。
  間違って教えてしまうのは誰でもある。間違っていいから
  音楽が尊いって事だけは伝えてあげて頂戴ねと願った。


■お教室関連リンク
*ゆる〜いピアノ室へ生徒ちゃん募集
*ヘンレ色のピアノ室
*小さい生徒ちゃんのフランス教材
*趣味の生徒ちゃんのモンヴェル教材
*楽譜って綺麗・・・
*ピアノ室の紙ものと色紙展
*ババールのお教室
*繋いだ手のしらべ:転調
*アンティークメニューの使い道
*大人から始めるピアノ
*幸せな椅子

*ラヴェル "ソナチネ" 1楽章
*クッキーとヴァリエーション・レッスン
*お天気のメロディー
*親指姫
*ピアノ選び
*生徒ちゃんのピアノ

*ピアノを諦めてる人へ(1)4.20ライブちらし
*          (2)5.30パリの風ちらし
*ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?
*       2:楽しみって何?

*ピアノが辛いとか、カトリックとか
*音楽大学選びのつぶやき
*生徒ちゃんを怒るの怒らないの

■HP
*ピアノ室



ナニソレ解説の払底

November 07, 2012

11月16日、PJでフォーレ作曲 "優しき歌" 内 "眩耀の夏のひとひ" を演奏する。


サンサーンスは優しき歌を聴いたとき
"フォーレは発狂した" と叫びました。
其のくらい前衛的な曲です。



上は事実で何の間違いはない。たとえば間違いない此うした1事実をもしも自分がコンサートでお話するとすれば、"ナニソレ解説" と感じるだろう。

今日は此方の続きのお話デス。
  *10.13写真とマメマメ
  *やさしい理解とケクラン

**


サンサーンスが "気が違ったような" と言ったのは、めくるめく多調性ハーモニーを指しての発言なのでしょう。フォーレのハーモニー上の偉業についてはケクランの著作から推量できるところが多いと思う。

特に《新しい和音を創造したのではなく、新しい連結法や調関係の新しい解釈を編み出した》とフォーレを説明するケクランの見方は本当にその通りですね。


  ■ケクラン関連リンク
  *ケクランの甘美
  *独創とシャルル・ケクラン
  *ケクランと叙情
  *フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
  *繋いだ手のしらべ:転調
  *ケクラン、ディドロ、ドビュッシー
  *一目惚れの理:ケクラン
  *フランス音楽(8)感性の求め
  *やさしい理解とケクラン


同著作内でケクランはサンサーンスにも少し触れている。
協和音様式じゃないものが激しい論争を巻き起こした頃の事。

《サン=サーンスの眼から見ると、同時に二つ以上の調性がまじりあっているものは、音楽ではなかった。
確かにアカデミーの会員たちはサン=サーンスの意見に従った。会員のあるものは、ピエルネが、新しい楽派に妥協的な態度をとったり、シャトレー交響楽団 で多調音楽の作品を演奏したりしたことに不服の声をはなった。

新聞と大衆は二つないし三つの陣営にそれぞれたてこもった。
第一の陣営は伝統派で古典主義を主張する。
第二の陣営は、急進派で、時に厄介なスノビズムにおちいる。(しかし、スノビズムは前進を助け、都合のよいアトモスフェアを醸成し、新思想の成功を容易にした。それはそれとして、人々は、スノビズムが "無遠慮でない" 音楽や、過去の傑作を軽蔑したというのでこれを非難した)

第三には心の定まらぬ人たちの陣営である。
この人たちは持前の怠惰な気持ちから新しい音楽を理解しようとせず、また新しい音楽の演奏会に行こうともしない、一度でも新聞か何かで取り上げられると (それが決定的な拠り所となる) この陣営の連中は、その若い作曲家を大音楽家あつかいをする。そして、その日まで堅くて混乱した和声であると非難してきた態度をがらりと変えてしまうのである。》

             (清水脩様訳)

此処に記された新しい音楽とは、無論時代的に前衛音楽じゃあないの。典型例にラヴェル作品が挙げられてた。そんな頃・・・

第三の陣営については、音楽に限らず如何なる分野にも如何なる時代にも最も多人数だから取置き、第一・第二陣営の論争になる中、調性様式に留まらぬもの ----- 例えばスノッブについての考え方、例えば用いられる舞台音楽への考え方他多くを含んでの議論だろう。

実際サンサーンスは普仏戦争降伏直後に国民音楽協会を旗揚げし、それはナショナリスム興隆を軸の1つとしていたように、音楽・和声への考え方は、音楽・和声への考え方のみに起因するとは限らない。

ドビュッシーはじめ多くの作曲家に酷評もされることになったサンサーンスの硬直的な近代音楽批判も、音楽的な保守以外に主義立場上のものもあったのではないかと推察できるかもしれない。

**


サンサーンスの音楽的立場にフランス国内で翳りが出ていた時期に弟子のフォーレが師である自分の音楽的主義を完全に無視して、自らの創意の赴くままに眩いフランス近代和声の艶美を描いたことに対して、上記の彼の言葉は言葉以上に、サンサーンスを取り巻いていたものを語りはしないだろうか。

"優しき歌" を聴いて、フォーレは発狂したとサンサーンスが立腹した事実は、フォーレ作品を表すものじゃなく、サンサーンスその人を示しているように見える。

事の見方については演奏家各自の考えがあるので其れ自体の是非じゃあない。

ただ、考察ないままに "此の作曲家が其うと言ったから、其のような作品だ" と発言してしまえる惰弱は個人的に "ナニソレ解説" と呼ばずにいられない時がある。

何故ってそれはケクランが蔑視する第三陣営の姿そのものだからだ。

**


続きはまた今度ネ・・・


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本
*やさしい理解とケクラン

*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也
*ドビュッシー "木馬" 音源up
*ラヴェル "カディッシュ" 音源upとロラン

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
*女心とアンドレ婦人
  ?僕が知ってるオフィシャル
  ?僕が聞いたお誘い
  ?僕ができなかった球拾い
  ?僕が聞いたiTunes
  ?僕が見たお客様
  ?僕が聞いた常連様との会話
*相方さんの夢

*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!
  ?僕が見たリハーサルの隙間


■ファゴット音楽関連リンク
*PJにて。ファゴットの魅力
*抵抗とスムージー
*サスペンダーの殿方
*変態解説:タンスマン音源up


■ファゴット楽器関連リンク
*試奏の記録
  ?僕が見た試奏会
*ファゴットリードのお話
  ?僕が見たブローチ
  ?僕が見たリード愛
  ?僕が聞いたリードの行方
  ?僕が思うトーテムポール
  ?僕が聞いた暴言

  ?僕が見たモツレク
  ?僕が客席で見たこと
  ?お姉ちゃまファゴットを吹く
  ?僕が知った新年の習わし
  ?僕が見たお鍋


■コンサート外関連リンク
*パナソニックな日・・・♪
*Macへ行こう(14)フォトストリーム
  ?僕が見た虫下し

*カタツムリ石鹸とマメマメ
*音楽解説書とマメマメ
*10.13写真とマメマメ
*黄色いハンカチーフとマメマメ



やさしい理解とケクラン

October 16, 2012

《人は自分が理解できないものを難解だと言う》


此んな文に共感をもって付箋を貼った筈の本を探した。
シャルル・ケクランの著書だった気がしてた。

複雑さに "慣れ" 親しんでいない場合、理解に時間が少しかかると
[難解な事柄] だと思い込む、って意味の文だった。

複雑とは例えば単純なものが層に絡みあったもの。
[ほどいて] しまえば単純なものの集合だ。[難解] と[複雑] は違う。

そして解きほぐす作業スピードはただ習慣によってだけ左右される。知力に関係ないことだ。知力が関わるのは難解な事柄、つまり高踏的で思索的な事柄だろう。

ところが理解できないと単純な事柄同士の複雑な絡み方に過ぎないものを難解な事柄と混同する。

  その種の混同がされるのを日頃目にし
  上文に当たって共感したのだった。

ケクラン書を引っくり返しても記述箇所は見つからなかった。
ラヴェル和声の辺に出てきた気がしていたが記憶違いだった。
乱読の末、記憶の中でどなたの言葉かわからなくなる事がある。
ケクランじゃないとすればディドロ辺りが書きそう・・・?

**


記述個所を探したのは先回の続きを綴るためだった。
昨日は和することができない文を敢えて使ってみた。

  《何事も掘り下げないのがわかり易い印象で》
             *10.13写真とマメマメより

上文に照らす目的のためだった。

此の考えのロジックこそ [難解] だからだ。
掘り下げなければわかり易くなる筈がないじゃないかと疑問ばかりで、私にはわかりそうもないロジックだ。

**


折り角にケクランが出たから彼が重ねて語る多調音楽のことを。

音が使えないブログではおしゃべりだけで調の調子をお伝えする試みにと、転調や二重調性を下の風に表してみてた。

  *繋いだ手のしらべ:転調
  *フランス音楽(7)崩壊と慈しみと

私などのよぼよぼな表現と異なり、ケクランの著書の場合は音楽学生さんや音楽家に読者が絞られるので譜例が多くとても明快に解かれる。

多調音楽の中の無調様式をはじめ科学で説く。

科学についてケクランは《原則として、科学は芸術作品が美しいかどうかを決定する力を持たないといえる。要するに認識の問題である。科学的な検討は技巧の研究にすぎないからきわめて簡単である。》と書いており、別の処では《技法もまた重要な原動力であることを忘れてはならない。》とも記している。


ケクランは繰り返し3つの柱を述べているように読めた。


  [高踏的にならず "簡単簡素" にするために科学を使う]
  [技巧技法は其れそのものが芸術ではない]
  [ただし技巧技法は美を作り上げるための動力である]

**


科学はじめの処だけ引用してみましょう。

《その単純で無頓着な精神 ----- 満ちたりた中産者の怠惰 ----- の故に処女林の境界線にさえ近づくことを恐れるような冷たい精神の持主の側にも真理はある、後者の冷たい精神の持主は、自由への願望を持たず、勇気が欠けているために、危険と見える一切のものを禁じようとする。これはあまりに偏狭にすぎはしないか。

広い精神の持主は数多い人の中にも稀である。そして、音楽芸術の大胆な開拓者の世界にもまた過去を軽侮するという偏狭さがある。

 多調音楽を研究する前に、それが科学とどんな関係にあるかを調べておかねばならない。

 まず音響学的観点から見ると、多調音楽を否定する理由がみつからない。さきにも述べたように (不協和音の新しい概念の項)、数理的には、"協和音" と "不協和音"、例えば五度音程 (あるいは四度または三度) と七度音程との間には分離がない。もしかりにそれに分離があるとしたら、八度音程と五度音程の間も分離があるとせねばならない。

その他の各音程にもこのことをきめるものは、要するに、諸音程間の振動数の関係である。つまり、たとえば八度、五度、四度、三度、二度、などはすべて簡単な数で表す事ができるという風に。しかし、

第1)
2/1、3/2、4/3、5/4、5/3、等の分数で決定される音程を協和音と名づけ、9/8および15/8の音程を不協和音と名づける (不協和、協和の分離があるものと見做して) のにはなんら数字的理由があるのではない。

第2)
もし、厳密に協和と不協和を区別するなら、整数2であらわす音と分数であらわす音とを区別する他はない。(事実2で決定される八度音程は他のものとは全然別個の音程として取扱う。)

そこで次のようにいえるだろう。すなわち、八度音程を第一級の協和音とし、振動数の比が複雑になるにつれて、音程は次々に協和の完全さを失い、不協和の度合を増すと。ただし、協和の度合や不協和の増加は、音楽としてそれを用いることの正邪をいうのではない。》

**


ケクランの書き方は音が数バランスのグラデーションで現れるようで美しい絵を見せられた気がして大好きになった箇所であると共にケクランの人性質が見えて楽しい処でもあった。


    話題に戻れば、此れ自体は掘下げでも何でもない。
    著者にとっても調性解説の主軸ではない。
    綺麗な音の絵を眺める楽しみの風に読む処だろう。

私などがお教室で実際に口にする例えば転調は

《転調とは、大好きな人と手を繋いで歩く心の変化。
1つの要因を契機に、感じる温度が変化すること。
風景が違って見えてきて、
その時を貴重に思わせるもの。》
              (上部リンクより)


ナンテ科白で音の絵を生徒ちゃんに一緒に眺めてもらうだけだ。

けれども其うと口にする時、伝える側は言うまでもなく
和音の構造と関係性を識り尽くしていて然るべきだ。
私なんかはまだまだ日々努力しなければと思う。

伝え手の中で深く掘下げた事柄は聞く人の中にやさしく留まる。
聞き手は心情として認知できる。お互いの育みが生まれる。
ケクランが素晴らしい1例だと思う。
冷静を装った熱い心情に共鳴させられる。
音楽芸術への愛情に満ち満ちたケクランに信頼を寄せる。

伝え手の中で練り育まれないまま浅い思惑で音楽を語れば
造詣はおろか、聞き手との間に信頼さえ育てられない。

**


続きはまた今度ネ。


■ケクラン関連リンク
*ケクランの甘美
*独創とシャルル・ケクラン
*ケクランと叙情
*フランス音楽(7)崩壊と慈しみと
*繋いだ手のしらべ:転調
*ケクラン、ディドロ、ドビュッシー
*一目惚れの理:ケクラン
*フランス音楽(8)感性の求め



10.13写真とマメマメ

October 15, 2012

(撮影者:leonarhodo様)


10月13日ヴァントゥイユの写真です。

相方さんのマメ・ネタを再々録しましょうか・・・

  *カタツムリ石鹸とマメマメ
  *音楽解説書とマメマメ


相方さんの演奏を聞きに幾度かコンサートへ参ってた。


ステージの相方さんが話すナニソレ? な解説はどうでもいい楽器紹介に、どうでもいい作曲家紹介だったりした。

相方さんが決めたことでもなく其処で求められるもの。
コンサートに求められる空気がお話内容も決定づける。
主催様は目的が定まっていても空気までもを決めはしない。

既存の目的をどう捉えどう出すかも、主催様側コンサート実行委員会と話合って形を決めるのも、あくまでも奏者側の制作者または代表者の仕切りが殆どだ。

だからコンサートで主催様のカラーを目に見ることは難しいが
演者代表のコンサートに対する考え方は、良いにつけ悪いにつけ
誰にでも手に取るようにわかってしまうものだ。

制作代表が各音楽の世界観の論究に興味のないコンサートでは
何事も掘り下げないのがわかり易い印象で歓迎されたりする。
曲間は解説の名を借りた奏者のための休憩漫談と相成る。

此うした場合の聞き手側の選択もご趣味の様々があろうと思う。
単に私の場合に限っては、今日はどうでもいい漫談が聞きたいワなんて思う日にわざわざクラシックコンサートを選びはしないだろうし、クラシック音楽が聴きたい日は演奏外の要素にも心情の深化を求めるだろう。趣向の問題だ。

弾き手としてはもう少し複雑だ。
何故音楽を聞いてもらうのか、音楽の何に肉迫すべきかが演奏・解説共に取り留めなくぼやけた会は酷く苦手だが、造り手奏者の意識と価値観が様々な事実がある以上、雇われ奏者の身で演奏に入る場合はナニソレ解説も必要悪と諦める私も居る。


  そんな立場事情も力関係も
    人間関係の事情も何もない
      ババールの控え室をパチリ。


ババールコンサートではナニソレ解説をしないと決めている蝶番君は、一字一句を紙に書き、推敲し、楽屋でも幾度目かの復習をするのだった。ものすごくマメです。

フォーレの、プーランクの、ラヴェルの世界観を壊したくないと言って、ババールトークはとても緊張するようだ。

忙しい中幾日も前に原稿を書き上げ、何度も読み返し、チェックを入れ、最低2度はトークを入れながらの通し合わせ。また修正。本当にマメです。

楽屋で最終チェックをする姿を眺めながら、此の日も感謝でいっぱいになった。長らく一緒にコンサートを作ってくれて本当にありがとうございます。

**


    入念に準備したトークだのに
      やっちゃいましたねっ!

何故か本番で "ヴェルレーヌ詩集フェット・ド・ギャレット" って2度も言うから笑いをこらえてた。それじゃ "お菓子祭" よ・・・

  ヴェルレーヌは "フェット・ギャラント(艶なる宴) " ネ!


(撮影者:蝶番君)


ナニソレ解説は内容そのものより、内容が次に指すものへの美学が有るか無いかの問と考えている。其のお話はまた今度ネ!


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本

*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也
*ドビュッシー "木馬" 音源up
*ラヴェル "カディッシュ" 音源upとロラン

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
  ?僕が知ってるオフィシャル
  ?僕が聞いたお誘い
  ?僕ができなかった球拾い
  ?僕が聞いたiTunes
  ?僕が見たお客様
  ?僕が聞いた常連様との会話
*相方さんの夢

*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!
  ?僕が見たリハーサルの隙間

■ファゴット関連リンク
*試奏の記録
  ?僕が見た試奏会
*ファゴットリードのお話
  ?僕が見たモツレク
  ?僕が客席で見たこと
  ?僕が見たブローチ

  ?僕が見たリード愛
  ?お姉ちゃまファゴットを吹く
  ?僕が聞いたリードの行方
  ?僕が知った新年の習わし
  ?僕が見たお鍋
  ?僕が思うトーテムポール

■コンサート外関連リンク
*パナソニックな日・・・♪
*Macへ行こう(14)フォトストリーム
*カタツムリ石鹸とマメマメ
*音楽解説書とマメマメ
  ?僕が見た虫下し



生徒ちゃんを怒るの怒らないの

October 07, 2012

生徒ちゃんがお手作りリースをプレゼントしてくれました。


拙宅のたくさんのドライフラワーとの相性もぴったりに作ってくれた。嬉しいナ。

**


生徒ちゃんを怒るの怒らないの、先生が怖いの怖くないのとよく耳にする。教師側からも、お弟子さん側からも聞く。

なんだろうと思う。

何回言ってもできない時に怒るという。意味がわからない。
"何回言っても" って、なんでしょうと思う。

教師は "何回も言った" と主張する。
けれど "何回も言った" 内容は生徒ちゃんに理解させることができるほど綿密な定見だったろうか?

"言っても弾けない" は、教師が "理解させることができなかった" 姿を映すだけじゃあないのか。理解を促せない散漫な内容を自分が口にしておいて怒り出すのは無恥というものじゃあないのか。

表現力と表現の種類を身につける音楽レッスンで、
教え手の叙事能力が欠落したまま "何回も言った" は成立しない。

  "言っても弾けない" 人も《理解すれば弾ける》のだ。

**


子供でも大人でも人は納得した事柄には動くことができる。

上手に弾きたい意志がある限り、理解納得しなくても言われた風に弾こうとはする。でも楽器演奏で求められる現れの種類においては、"頭ではわかっていても身体がついてこない" ような気分に始終陥るものみたいだ。

でも其れは違っていると思う。
頭ではわかっていても身体がついてこない、と感じている事の大半は《実は頭でもよくわかっていない》ものだと思う。

  其れを理解に繋げるのが音楽教師の役目ではないのか。

"何回言っても生徒ができない" と怒る代わりに、"私という教師はただ何回も言うだけで理解に繋げられない" と嘆くべきではないのか。

**


思うように弾けないって何でしょうってお話をせんに書いた。

  *"思うように弾けない" について

クリアな輪郭を持ったイメージを付与するには提示する者自身が細部を明確に掴んでいなければならないだろう。断片が茫と寄り集まった祖末なものは他人様に植え付け育つには至らない。

一個の音楽は概略ではない。
あらましを知っていても何にもならない。

自身が掴んでいる実態ある音楽を顕し示し、生徒ちゃんの中で同じだけの実態を伴うものとして理解できるよう努めれば、----- 教師が音楽の知見に努めれば ----- 何回言っても弾けないなんて奇妙な言葉はそうそう出ないものだ。

生徒ちゃんがお稽古を怠っていると教師が嘆くシーンは数ある。レッスンでよく怒る自己申告 = 熱心な教師像の的外れな自己陶酔が多く苦い思いがする。

怠っているのは生徒ちゃんのほうだろうか? としばしば思う。

続きはまた今度ネ!


■ロマン・ロラン関連リンク
*ショパンとロマン・ロラン
*本日PJソロライブです
*満員御礼Merci beaucoup!
*大人から始めるピアノ
*ちょこっと凝集
*おしゃべりな家
*ドイツ民族・フランス音楽
*フランス民族・フランス気質
*MP行って良かった
*実を結ぶこと
*自由
*紫陽花の部屋で
*古希のお祝い
*"思うように弾けない" について
*PJライブ動画1:2012
*頑張って! と言われることは
*ラヴェル "カディッシュ" 音源upとロラン
*水のほとりの恋


■お教室関連リンク
*ゆる〜いピアノ室へ生徒ちゃん募集
*ヘンレ色のピアノ室
*小さい生徒ちゃんのフランス教材
*趣味の生徒ちゃんのモンヴェル教材
*楽譜って綺麗・・・
*ピアノ室の紙ものと色紙展
*ババールのお教室
*繋いだ手のしらべ:転調
*アンティークメニューの使い道
*大人から始めるピアノ

*ラヴェル "ソナチネ" 1楽章
*クッキーとヴァリエーション・レッスン
*お天気のメロディー
*ピアノ選び
*生徒ちゃんのピアノ

*ピアノを諦めてる人へ(1)4.20ライブちらし
*          (2)5.30パリの風ちらし
*ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?
*       2:楽しみって何?

*ピアノが辛いとか、カトリックとか
*音楽大学選びのつぶやき

■HP
*ピアノ室



ファゴットパーティー+プラス

October 01, 2012

リハーサル中にパチリ。撮影者はコントラバスの女の子ちゃん。


昨日はファゴットパーティー+プラスでした。
ミスターメジロ、ミセスメジロはじめ皆様お世話になりました。
盛りだくさんのプログラムとバラエティに富んだ奏者さん方との演奏で楽しかった〜♪

朝からお出掛けしてゲネ・本番と打上げまでハードな日でしたが
演奏もおしゃべりも楽しく有意義なお仕事でした。

丸1日会場篭りで、お外が台風だったことも知らなかった。

1週間前の合わせに比べ、皆様それぞれにお勉強を重ねられた様子がわかる進歩成長を大変嬉しく拝見しました。中でもホルンの男の子君の躍進は素晴らしく、心に残りました。

複雑な和音と、独特のリフレインをあらわすフランス近代曲は、どなたでもはじめは形式美として捉え難いものです。合わせの日に譜の見方の間違いを幾つも指摘してしまったところ、おうちに帰ってソロパートからピアノ譜も見直し、真摯にしっかりと練習のラストスパートに取り組んで見違えるほど素敵な演奏を披露してくれたのです。

僅か6日で成された目覚ましい飛躍に感動しちゃったワ。
悪いところがわかったら時間のあるなしを問わずに曲を見直そうと決意して、骨を惜しまず取り組んだ気持ちに心を動かされた。

お若い方々の熱意に触れるのはとっても嬉しいことですネ。

私も頑張らなくっちゃ。
デュオや伴奏でお留守になり過ぎたソロを、今朝はやり直してゆきましょう。ファゴットパーティーの昨日と打って変わってショパンから始める日。



パナソニックな日・・・♪

September 29, 2012

私たちがお出掛けしたのは世界のパナソニック・アプライアンス社本部のホール。


国内9000人、海外32000人の社員を抱える社長、副社長はじめ、最高幹部の方々への演奏指導でした。

指導といっても面白過ぎる音楽の出来に笑い合ったり、円囲みの向こうのほうで指導中の蝶番君と手を振り合ったりで楽しく過ごし、あっという間に時間が経ちました。

うふふ、なにしろ此んな真っ白い楽譜をお教えするだけなのヨ。
弾きながら手を振るくらい余白がいっぱい。面白かった♪

**


2時間近い行きをババール2人はお話合いで過ごした。打ち合わせがお山ほどもあるから着くまでの車内はお仕事時間に当てられるようお頼みしてた。

10月13日YMCA "ヴァントゥイユを巡って" の詳細打ち合わせをして、練習日程を相談し、11月16日PJ "モンパルナスの夜" の選曲に時間をかけ、ヴィルモランの訳を協議して、今後のプーランクのデュオ用編曲を密議するうち会場到着。

お食事会ではお隣同士のおざぶでタンスマンのレシタティーヴォを相談してた。

同行のSHUN様が気の合い方は運命的な巡り会いですねって、からかってらした通りに延々とおしゃべりが続いてた。

**


明日はファゴットパーティー+プラス。
ファゴット、コントラバス、ホルン、クラの伴奏ですヨ。

合わせは、僅かな譜読み期間を経て1度限りだから心配してると、これら新曲たち全曲を蝶番君がピアノ練習に付き合ってくれたのです。パート譜まで作って合わせ練習をしてくれて感激でした。得難い相方さんに心から感謝しています。

30日までは此れに付き合いますよって他楽器の曲をいっぱい吹いて伴奏練習をさせてくれたから、2人ともヴァントゥイユが少しお留守に(汗) 終わったら必死でババール曲を頑張らなきゃネ。


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本

*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也
*ドビュッシー "木馬" 音源up
*ラヴェル "カディッシュ" 音源upとロラン

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
  ?僕ができなかった球拾い
*相方さんの夢

*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!
  ?僕が見たリハーサルの隙間



PJライブ動画2:2012

September 09, 2012

今年のソロPJ動画、2つ目のupです。
ドレスの段々をパチリ。


  メンデルスゾーン "失われた幸福" 冒頭
    (ロンドカプリチョーソのラストかぶり)
           ↓
      ファリャ "アンダルシア幻想曲"
        (中間部と後半の2動画)



今日もまた隙間のない日曜になるナ・・・

そして明日はババール合わせ。

ファゴットパーティーの曲に忙殺されてババール譜読みが遅れないよう、今日も1日精一杯頑張りますよ♪

ファゴットパーティー+プラスは
ウェーバー、ヴィヴァルディ、デュカ、ボザ他のプログラム。

  デュオ・ババールは
  プーランク、タンスマン、フォーレ、ピアソラ。

    ピアノソロは、
    ショパン、ドビュッシー、プロコフィエフ他。

本当に一杯一杯だけど楽しいナ。
少しでも休むための唯一の方法は、
一刻も早く弾けるようになることですよネ。


*PJライブ動画1:2012



PJライブ動画1:2012

August 28, 2012



今年2012年4月20日の映像デス。

  ショパン・スケルツォNo.3 (末尾)
    ドビュッシー・夢想 (冒頭)
      ドビュッシー・バラード (末尾)

この3曲をちょっぴりずつ。
ライブの様子のご紹介に、ちょこっとネ!

カメラ前を横切ってるのはPJで働くパンダの里ちゃん。
お店の気配たっぷりですね。

**


ライブのあとずっと時間の余裕がなくって、頂いたムービー読込みさえできてなかった。久々にiMovieを触ったワ。

間が抜けた頃に動画upになったけれど、もっと間が抜けたスキャン写真が此方。HART61に載っていたのでした。


今頃upする意味ないったら(涙)


  ■終わってから宣伝シリーズ
  *舟歌の写真と記録
  *ダメダメの反省

コンサートが済んでから宣伝材料に気づくパターンったら、
ひと月以内に3回やっちゃった・・・多過ぎね・・・

**


昨夜お出掛けの帰り道にジャン・クリストフ最終巻を終えた。
至極当然の科白まわしながら印象に残る箇所。

《"お前はどちらを選ぶかね? クリストフという人間とその名前とが、人々の思い出に永久に残って、作品が消えることをかね?
それとも、作品が長く残って、おまえという人間とその名前は跡かたもなく消えることをかね? "

彼はためらうことなく答えた。

"おれが消え去って、おれの作品が生きつづけることのほうだ! おれにとっては、それは一挙両得なのだ。
なぜって、おれの中のいちばん本当のものが、これだけが本物だというものが残ることになるからだ。
クリストフという人間は死んだってかまわない!・・・" 》

          (10巻 "新しい日" より新庄嘉章様訳)


人生の大部分と生命を賭して1つの形を造り出そうとする人は
どなたもがクリストフと同じ気持ちですよネ。

命が絶たれても滅びない分身が遺るのは素敵。
演奏家は、作曲家が遺した分身に触れさせてもらってるのね。


■ロマン・ロラン関連リンク
*ショパンとロマン・ロラン
*本日PJソロライブです
*満員御礼Merci beaucoup!
*大人から始めるピアノ
*ちょこっと凝集
*おしゃべりな家
*フランス民族・フランス気質
*MP行って良かった
*実を結ぶこと
*自由
*紫陽花の部屋で
*古希のお祝い
*"思うように弾けない" について



ドビュッシー "木馬" 音源up

August 27, 2012

お味はあまり好みじゃあない。
それでも買ってしまうチョコレート。


何故って1902年の文字が嬉しいの♪


演奏曲と同時代のお菓子が楽しくて・・・


  *フランスとルイーズ

**


1902年はドビュッシーの年ですね〜。
ピアノ曲をたくさん書いている最中。
"ピアノのために" は初演年でもあったのネ。

今朝はドビュッシー曲本番音源upです。
逐一出した要求にずっと付き合ってくれた相方さんでした。

  *2012年7月のリビングルーム

感謝と共に終えた本番でした。

**


デュオ・ババールの "木馬" は
此ちらのプラグインから
お聞きになってみて下さいネ



**


昨日のお集りは残念ながら欠席しました。
今日のお集りは参りますネ!

午後お目にかかる皆様、どうぞよろしくお願いします♪


■デュオババール関連リンク
*デュオ相性
*分かち合いと本
*伴奏者の勘違い
*アンタ、サイコー!

*ピアノ室の時計
*自由
*ドビュッシー絵画と過ごしました
  ?僕ができなかった球拾い
*2012年7月のリビングルーム
*紫陽花の部屋で
*マンドリンと中也



ピアノレッスン2:楽しみって何?

August 09, 2012

フロランティーヌを焼いた。

続きのお話にしましょうか。


お教室ではフランスの教材を使う楽しみもご紹介してる。

楽しみはできるだけ深く多く提供したい。
それよりも、楽しみの質が音楽に相応しいと良いナと思う。

折角に美しい音楽を交換するお教室だもの、チープな楽しみにはしたくないって希望は守りたいな。

ちっとも上達なんかしなくても、大きな音楽世界を感じられる優美な楽しみは必ずあるから。

**


多分変わらない此の主義は、小さい年頃にイクラ先生に教わったことなんダ。学ぶことの本当の楽しさは、学びの本質を探ること、って実感させてもらった小学校の体験。幾十年も心の奥に残ってる貴重な体験。

  *シルヴィーの鳩とたんぽぽ

小さな生徒ちゃんのレッスンも、良くできたらハンコを押してあげたりシールを貼ってあげたりはしていないの。

段階ハンコやシールを励みにする習慣をもった子は多く、それが子供たちにとってスゴク嬉しいことの1つと承知の上で、あえてしていない。

ピアノレッスンの一等楽しいことは、自分の指が奏でることであってほしいと考えるから。また、少し方向を間違えたとして、ピアノの苦痛を遊びやグッズで和らげるような形には決してしたくない。

  ピアノを弾くことが一番の楽しみで、
    ピアノ演奏が遊びであってほしい。

私自身が遊びピアノを弾き続けてて、
此の趣味のピアノ
どんなに楽しいかだけは知っているから。


だから生徒ちゃんにも此んな楽しさを共有してもらえたら・・・
レッスンの大きな目的は此れなんです。

私たちババールも昨日1日ピアノ室で真剣なラヴェル遊びをしていましたよ。本当に楽しかった〜♪ 終わっちゃうのが残念だったワ。

受験生ちゃんもコンクールを控えた生徒ちゃんもみんな、苦痛なピアノじゃなくて真剣なピアノ遊びであってほしいなあ。

**


8月12日(日) 午後2時〜
兵庫県立美術館アトリエにてババールコンサートです。

  チケットございます。
    ちょっと余り過ぎ・・・(汗)


■お教室関連リンク
*ゆる〜いピアノ室へ生徒ちゃん募集
*ヘンレ色のピアノ室
*小さい生徒ちゃんのフランス教材
*趣味の生徒ちゃんのモンヴェル教材
*楽譜って綺麗・・・
*ピアノ室の紙ものと色紙展
*ババールのお教室
*繋いだ手のしらべ:転調
*アンティークメニューの使い道
*大人から始めるピアノ

*ラヴェル "ソナチネ" 1楽章

*ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?

■HP
*ピアノ室



ピアノレッスン1:辞めちゃう理由?

August 08, 2012

大人になってピアノを再開した生徒ちゃんが一様に嘆く。


"折角習わせてもらってた子供の時、どうして辞めてしまったんでしょう。" って。

  《ピアノにあまり興味が持てなかったから》は後講釈で
    《他のものに興味が湧いたから》は結果論で
      他に前段階の原因がある気がするのよ・・・

思ったほど上達しなかったり、楽譜を鍵盤に写し取る作業に肩が凝ったり・・・其れらも本当は直接の原因じゃあないみたい。

バスケットゴールにボールを入れようとする少年が、思ったほど上達しなかったり、試合にならない段階のドリブル練習に肩が凝るって理由で止してしまうのはあまり見ない・・・

なかなか上達しないものだからこそ、難しいゲームのようなやり甲斐を感じる例は年齢問わず沢山ある。

どうしてピアノは其うじゃなかったのかしら? って考えるの。

**


バスケット少年は、上手にできなくても身体を動かすことそのものが大好きだったりする。

風を切ったり汗が滴ったり、自分の身体の一番近くで起きる心地良さがあるから、どんなに下手っぴにゴールから外れたとしても、動くことそのものを楽しいと感じてる。

昔にピアノを辞めてしまった生徒ちゃんはきっとね、
上手に弾ける状態が楽しく、上手にならない段階を楽しくないと感じたんじゃないかしら? 違うかなあ。

すると、楽しさのために、楽しくない段階を "耐える" ことになり
快楽と苦痛の分量を秤にかければ苦痛が勝って辞めちゃった。

  でもね、バスケット少年が運動を心地良く感じたように
  音を出すコトそのものを心地良く感じられるお人は
  どんなに弾けなくっても続いちゃうの。
  弾けないままでも楽しいの。

    キーになるのは、やはり《音》だと思う。

お稽古してて、やだな〜綺麗じゃないな〜って思う時、
下手っぴだから綺麗じゃないのねって考えがちみたい。

そうじゃないのヨ。
詰まり詰まりでも、止まり止まりでも、
自分の指が綺麗な音を出せちゃうって
ものすごく心地良いことだワ。

ゴールが決まらない少年が、汗をかくだけで満足するように
上達しない生徒ちゃんが、自分の音の美しさに満足できたら。

  当お教室のレッスンはじめは此れがテーマなんです。

自分の声や自分の音は、一等身近な1つの環境で、
そこが綺麗になってくって気持ち良いから。


今読んで下さってる方で、ピアノは下手っぴだけど弾くのが好き! って続けてらっしゃる方・・・
あなたの音はきっと綺麗なのだと思います。


  ババール合わせがあるから続きはまた今度ネ!

**


何となく素敵さんなピアノのお稽古シーンが
プルースト "囚われの女" にあるの。
抜粋しておきますね。



《私はまだひとりであるのを幸い、陽の光が譜を読む邪魔にならないようカーテンをなかば閉め、ピアノの前に腰かけ、置いてあったヴァントゥイユのソナタを何ごころなく開いて弾きはじめた。

アルベルチーヌの帰ってくるのはまだすこし間があるし、間はあっても帰ることは確実なので、私には時間も心の落ちつきもあった。

彼女がフランソワーズと連れだって帰ってくるのだという安心にみちた期待と彼女の従順さへの信頼、そしてまた、そとの光におとらず心を暖めてくれる内心の光のこよない幸福感にひたりながら、私は自分の思考を自在にあやつり、しばらく思考をアルベルチーヌから離してソナタのほうに向けることができた。

いやソナタにおいてさえ、悦楽のモチーフと不安のモチーフとの組合せがアルベルチーヌに寄せる私の愛にいまはどんなによく当てはまっているか》

             (伊吹武彦様訳)


■お教室関連リンク
*ゆる〜いピアノ室へ生徒ちゃん募集
*ヘンレ色のピアノ室
*小さい生徒ちゃんのフランス教材
*趣味の生徒ちゃんのモンヴェル教材
*楽譜って綺麗・・・
*ピアノ室の紙ものと色紙展
*ババールのお教室
*繋いだ手のしらべ:転調
*アンティークメニューの使い道
*大人から始めるピアノ

■HP
*ピアノ室



此れからの予定など・・・

July 21, 2012

(撮影者:蝶番君)


8月12日のコンサートのため、兵庫県立美術館アトリエに行ってきましたヨ! 予想外にピアノが別のお部屋にあって音試しはファゴットしかできなかったけれど音反射を確認してきました。

代わりに当日リハを長めに取ることに。

**


  ブログネタが余って、たまっちゃうナ。

    数年をほぼお休みなく書き続けて、
      それでも書き切れなくって。

お客様がお読みになりたい恋のお話でしょう、
私が書きたい文学や音楽のお話でしょう、

お山ほどもある議題を取りおいて
プログラムupや告知が必要な日も多いでしょう、
それだけで1コマ使っちゃうでしょう、

堅いのが続かないよう音楽話題の間に
緩いテーマの項を設けるでしょう、

1つが長くならないよう、読み易い量に
簡易にまとめなきゃでしょう、

其んな事情も鑑みずブルゴーニュ君が
僕の番はいつ? って待ち構えてるでしょう、

此んな悩みもプログラム作りに似てるって思う。
今日もねコンサート告知をしなきゃなのヨ。


**


PCからアクセスのお方はご覧になれる左欄が携帯では表示されていないのね。お客様の此れからのご予定調整のため、下半期のババールコンサートを記しますネ!

■7月29日(日)
11h〜 & 14h〜

  デュオババール

  ペガサス・デザインギャラリーにてミニコンサート

■8月12日(日)
14h開演 (13h30開場)

  デュオババール《エリュシオンの園》

  兵庫県立美術館にて
  チケットは3000円です

■10月13日(土)
15h開演 (14h30開場)

  デュオババール《ヴァントゥイユを巡って》

  大阪南YMCAライブラリコンサート

■11月16日(金)
19h30〜 21h〜

  デュオ・ババール《モンパルナスの夜》

  ピアジュリアンナイトライブ

■12月21日(金)
19h30開演 (19h開場)

  デュオ・ババール《クリスマスコンサート》

  風見鶏の館にて

**


今年のおしまいまでのババールは此んな感じで
最もコアなプログラムは次回 "エリュシオンの園" です!



雨上がりの写真の通りに昨日は急な雨に遭ってビショ濡れになってしまったのヨ(涙) 帰りの電車から寒くてたまらなくなって帰宅した時には熱が出てた。

今朝は7時半まで休んだのに下がらない〜 やあね困るったら・・・



間違いだらけのチラシ、について

June 29, 2012

トリオ最終合わせの朝。


撒水ポールの後ろ側まで紫陽花が元気に進出。
こんもりした色濃い紫陽花、ほんとうに好き・・・♪

**


  今朝はね、とても面倒くさくって、くだらなくって、
  つまんな〜いブログを書かなきゃならないのよ。

  うんざりね・・・

大切な常連のお客様にはお手紙風リーフレットをお配りした。
私からお送り・お手渡ししました此れをお持ちのお方は間違いないのですが・・・

  数ヶ月前にカワウソちゃんが内容未確認のまま
  勝手に作ってしまった腰の抜けそうなチラシが存在するの。

ご覧になった方々からまた相次いでお声が上がってしまった。

  最低限の内容修正だけは此のページですべき状況みたい。

**


カワウソちゃんのチラシ内容を目にしたのは既に印刷され人様に配られてしまった後のこと。

ゲラチェックはおろか内容確認さえないまま刷り上がった印刷物に唖然としつつも、個別の個人印刷であずかり知れない部分と諦めた。

でも大切な先生が、此ういったものがババールのチラシとして残ったらどうするんだ、とご立腹なの。だから修正を記します。

**


使われている私の写真は、ライブのお客様が撮って下さってHPに挙げていた写真の未承諾転載です。写し手のお客様は確かプリントした写真で下さった筈。お客様のご厚意の記念としてスキャンしてHP掲載したのだったと思うワ。

撮って下さった方にとっては、お声掛けもないままに、しかも私の写真だけれど私のチラシじゃなく、共演者のチラシに無断使用された形なの。

  チラシ制作人に代わって此の場でお詫び申し上げます。

蝶番君の写真に至ってはご本人さえ見た事ない不明な写真。
此れも当然無断掲載です。

  怪しげなプロフィール文も同様です。

私自身はプロフィールに頓着しないほうなので、勝手にやってしまったものはもう仕方ないと流したけれど、カワウソちゃんのチラシでは音楽大学も出ていない風に書かれてるとご指摘受けました。

勝手に適当に経歴を切り貼りした結果みたいですね。

心から愛する故郷であり、今も先生方と親しく交流させて頂いている母校・桐朋学園大学とラ・スコラ・カントリュムを修業しています。詳細はブログ右欄をご覧になってくださいネ!

    先生がたがご心配と数々のご意見を下さったので、
    何かの折のために此処本文に記載しておきました。

**


  プログラムも違っています。
  シャンソンが入っているのは完全な間違いネ。

ユダヤの古い礼拝詩句を用いたカディッシュ、古いイベリア舞踏モチーフのラフォリア、当初予定だった古代詩アポロン賛歌など、古い時代の詩句総称を原案段階で私と蝶番君が《古代シャンソン》と表現していたため、流用して勘違いのまま公のチラシにしたようです。

正規プログラムは以下です・・・♪


  === 7月1日(日) ムーラン・ド・ラ・ギャレット ===


《第一公演》AM11h〜

  ■フランスバロック

ボワモルティエ ソナタ Op.66-1
               Op.50-1
               Op.50-2

オズィ        ファゴットソナタ No.3


  ■イベリア舞踏、ヘブライ詞をモチーフに

マラン・マレ    スペインのラ・フォリア

ラヴェル     カディッシュ


《第二公演》PM1h30〜

  ■フランスロマン、フォーレの歌曲から器楽曲まで

フォーレ この世のすべての魂
      タランテラ
      ノクチュルヌ
      蝶と花
      ゆりかご
      祈りつつ
      棄てられた花
      墓地にて
      夢のあとに
      愛の夢
      エレジー
      秘密
      シシリエンヌ


《第三公演》PM16h〜

  ■フランス近代

プーランク   モンパルナス
          クラリネットソナタ (全3楽章)

ピアソラ    タンゴエチュード No.4
                     No.6
         ル・グランタンゴ

ケクラン    ファゴットソナタ (全3楽章)

サンサーンス 白鳥



失態。申し訳ありません

May 30, 2012

疲れ顔なので写真をポスタライズ加工しました。


  昨日のモデルは大失態・・・
  元気におうちを出たのにナ。

ポーズ中に貧血を起こしてしまいました。
おかしいって思う間もなく立っていられなくなり・・・

本当に申し訳ないことでした。ごめんなさい〜

帰り道は豪雨と雷。
ビストロ・カフェ・ド・パリで雨宿り中をパチリ。

  今日は少し休むことにします。
  でもデュオ合わせまで2日しかないんだワ・・・



手の傷

April 27, 2012

色気ない写真・・・傷だらけの手。
 


ファリャ "アンダルシア幻想曲" で交差し重なる手を
自分でうっかり引っ掻いてしまうのよ。

タイミングが悪いとすぐガリリッ★って。
同じところに幾度も傷を重ねて跡になってしまった。

グリッサンドで出来た内出血もある。

ドビュッシー "交代する3度" のお稽古では
爪が鍵盤間に挟まって欠けてしまった。

  う〜ん綺麗な手にはなれないナ。


お稽古が詰むと

煮詰まりがち・・・


ライブ前は不安のあまり練習し過ぎて、身体のコンディションを整えることができなかったもの。本番の集中のためにもリサイタルはもう少し緩やかなペースで持ってゆきたいナ。

  其んな理由で今日は息抜きのお出掛け。

お昼以降を空けるため1日分のお稽古を朝に詰め込むべく、5時前だけど練習また練習。

1日の練習量は変えられないから皺寄せは結局は睡眠に。昨夜は遅くまでコンサートチケット作業をしてたから3時間睡眠だわ〜。
午後の嬉しい寛ぎの時間のためだもの。頑張ります♪

**


  リサイタルが終わると楽しいアンサンブルがいっぱい♪

1) ソロ翌日からは5月27日フルートソロ会の譜読み開始ネ。
2) 数日後のトリオババール合わせの曲も3公演分なるべく全曲さらいたいナ。

3) 8月12日のエリュシオンの園の曲にも出来れば触れ始め
4) 7月1日トリオから1週間後7月8日のデュオ曲を選曲

5) そうそう6月16日ミュージックパーティー伴奏譜読みもネ。
6) あとは各種コンサート事務を一気に上げてしまいたい。

  これらをリサイタル直後の楽しみに据え、
  今はソロに力を費やしましょう。

さあさ、お出掛けまでお稽古ですヨ。



レッスンのお話(3)1年の修正

April 22, 2012

(撮影者:SHUN様)


  (あ〜あライブ中にまた目を閉じちゃって。
  寝ちゃってる風ですが弾いてます・・・)

パリの風がお陰様で第16回を迎えています。

長く長く聞いて下さってるお客様の内、特にショパン演奏を好いて下さる方がたくさん居らっしゃる。

でもね・・・
私ね、今まで自分のショパンを良いと考えてなかったの。
お褒め頂く度に、此んなのじゃいけないのに申し訳ない、ってずっとずっと思ってきた。

どんなにお稽古しても思うショパンにならなくて、此れじゃない、此うじゃないのにって煩悶と練習とを繰り返した。お初にショパンを弾いてみた十の頃から幾十年続く悩みだった。

**


お師匠様ジュヌヴィエーヴ・イバネス先生はスペイン・フランス近現代がお得意のピアニストだけれど、そのお母様はショパンに精通されたピアニスト。パリにお越しの際には願ってママ・イバネスにレッスンを受けていた。

ママ・イバネスにはロマンチシズムを褒めて頂く事が多かった。
神戸でチャイコフスキー先生は君はショパン弾きだと仰り、
他先生方は大人のショパンだと笑みを下さり・・・

  いずれの場面でも居たたまれない心地がしてた。
  
私のショパンは、ショパンが描いたものに照らしてどうしても正しくない気がして。だのにショパンの声に代わるものは見つからなかったの・・・

**


生演奏はどんな場合も1つの試みであり創造開拓であり、1曲単独の取り出しができるCD録音に求める決定打としての演奏とは意味が異なる。

特にワルツやマズルカなどは流動的にさえなれるキャパシティを備えた要素がほしいと思う。

  私に欠けていたのは其の部分だと気づき始めてた。
  ショパンに自分なりの決定打を出そうとする志操が
  そもそも反ショパン的なものではないかという気づき。

  私の悪かったところは楽曲のあり方を探し求めるあまり、
  決裁するかの如く断案を出そうとしてたところ。

**


今回ショパン演奏は変化した。
先生を得たの。学生時代以来だわ。

新曲お披露目を終えて、連載中途で待っていた続きがやっと書ける様になりましたヨ。

  *レッスンのお話(1)ダメな弟子の私
  *       (2)補うもの

新しく見つけた先生は蝶番君でした。

デュオ・ババールの演奏はフォーレを筆頭にフランスメインだから、普段殆ど私が勝手放題に好きを押し付けてる。特にシャンソンは1拍単位で注文を出してしまった。短い "枯葉" も、シャンソンとはと言及して最初の拍からお稽古を重ねた。

反対に、お任せをして蝶番君の完全采配となったのがモーツアルトVlソナタ。モーツアルトだけはファゴットのソロパート重視の方向で蝶番君がピアノパートを1音符単位で変えていってくれたのでした。

考えの違いもとても新鮮で刺激になった。
自分のものを無くしてみて1から教わるのは楽しいの。

**


ババールに平行して進めてたのがショパン改造だった。
昨年のリサイタルが済んですぐ、1年をかけてショパンへのアプローチを根本から改造しようと決めてた。

此れまでショパンに費やしてきた年月は10年や20年じゃあない。
だから其れらを一旦皆壊すことは時に自分や自分の美意識を傷つけもする。

それでもどうしても変えたかった。
積み上げてきたものを壊してしまうことと、納得ゆかないショパンを抱えていることと、どちらがより深く傷つくか自問すれば、間違いなく後者だと思った。

ん〜、正直大変だった〜。
スケートのエッジを変更して滑走する風な苦労カナ。

1年で全部の癖を修正してやり直すのが可能かどうかわからなかったし、最初はお先真っ暗だった。1年間なんとか頑張ってみた。今のプログラムに入ってからは本編5曲とも逐一直してもらった。

1音の長短まで逐一・・・

  *ショパン "ポロネーズ" No.11

アンコールの遺作ノクターンだけは時間がなくて蝶番君の手つかず。私の好きに弾いてしまってるのヨ。

するとね面白いの。アンコールのショパンだけ別の人の演奏みたいになってます。

インサイドとアウトサイド両のエッジで弾き分けできるようになって、将来的に選択肢がもっと広がるといいな。

  いつも試行錯誤中・・・
  明日はブルゴーニュ君ネ。



上手くいかない人:色紙

April 06, 2012

物事が上手くいかないって嘆く知人を傍から見れば
たくさんの事が上手く運んでる。


私の場合はと眺めてみれば・・・

  上手くゆかない事がとても多いのだと思う。
  上手くゆく事なんてそうそう無いって考えてるみたい。

  だから上手くなんて運ばなくてもガッカリせずに、
  たまに上手くいってる事に喜んでしまうのだと思う。

もしかしたら・・・

上手くいかないって嘆くお人の中には、スムーズなのを当たり前に考えられる風な、恵まれた方もいらっしゃるかもしれないの・・・?

**


私ね、泳げないんです。
頑張れば4mほど進むの。

恋人に泳ぎを問われ、5mくらい泳げる! ってちょっとサバ読んでお答えした。するとね、それは泳げないっていうんだよって言われちゃった。そうなの? 4m泳げるのに?

注意をされるまでは泳げると答えてきた。
水泳授業で少しも進めず、取り残されるのも嫌じゃなかった。

だってお水に入るのが好きなんですもの。
泳げない児童だけ横っちょに集めた練習だって楽しかったワ。
ちっとも上手にはならなかったけれど。

  水泳が上手くいかないって思ったコトなかったの。

**


学校で泳ぎの練習があった頃、ピアノ発表会のために綺麗なワンピースを作ってもらった。そのお洋服が大好きだった。

昔の写真を見せてほしいと恋人に言われ、すぐに浮かんだのが其のワンピースを着た写真。似合ってたって間違った記憶になってたみたい。

  アルバムを開いて愕然とした。
  なんてみっともない子かしら。
  少しも可愛くないの。

今は経年で衰えるばかりでも、子供時代には人並みの子の可愛らしさがあった筈って思い込んでた。

可愛いと言われた記憶はないけれど、細工が悪くてみっともないと蔑まれたのは数回しかなかった気がしたから。

でも勘違いだった。

発表会のお洋服で写ってる子は、我ながら気の毒なくらい造作も悪くて。

全然可愛くないくせに好きなワンピースが物凄く嬉しそう。
ああ、お馬鹿さん・・・(泣)
この日の発表会のピアノも下手っぴだった。

  ピアノが上手に弾ける筈もなく
    可愛い筈もないと見留めて、
      弾けないくせに難しい曲に挑戦して
        似合わなくても着たいお洋服を着て
          心から喜んでただけ。

そしてね、とっても幸せ気分な1日だったみたい。

**


下リンクのとおりに相変わらず色紙も上手くいきません。

  *神戸の百人色紙展2012

でもネ、描くのはとっても楽しくて幸せでした。

ダメな事だらけでも、上手くいかない事だらけでも、
見たり触れたり行動したりが楽しいネ! って気分を
どなた様かと分かち合えると嬉しいです。

  4月12日(木)〜17日(火)
  10:00〜20:00 (最終日は18:00まで)
  神戸三宮さんちかホールにて展示が行なわれます。

  入札方式での有料配布となり
  売上の一部は被災地への義援金に活用されます。



アンサンブル色々

April 03, 2012

演奏録画に行ってきた。


ファゴット奏者のミスターメジロ、クラリネット奏者のアルマジロ君、試弾ピアノをお願いしたみつ豆ちゃん、4人で現場の楽器店へ♪

午後スムーズに終了。
演奏動画が届いたらupできるカナ・・・

終わって4人揃ってケーキを食べにゆきましたヨ。
日曜日のお昼間、ケーキを前にファゴット談はとっても楽しかった! ファゴットの事をおしゃべりするのってワクワクします。

**


電車の中ではニーチェ著 "道徳の系譜" を読み終えた。
ニーチェが引いたスタンダールの言葉が印象的だった。

スタンダールは美を
《ユーヌ プロメース ドウ ボヌール/幸福に対する一つの約束 》
と呼び、ニーチェは此れに賛同した。

美に関する定義をカント的に理解してはならない理由として、彼の芸術論が受け入れる対象となったスタンダールについて

《スタンダールには、美による意志の鼓舞といふことこそ事実だと思はれるのである。》と記す。

  面白いですヨ! ニーチェの芸術論も。

ディドロは自身の審美眼への圧倒的な自信に満ちていて、だから反意に対し攻撃は繰り広げるものの自らへの不安感が感じられない部分が好きなのだけど、ニーチェの筆の上での戦い様も同じく興味深いナ。

カントへチクリチクリと悪口が満載されてて笑っちゃうの。

カントの美術への発言に対して
《諸君は多分彼等には迷惑な笑ひをちよつぴり洩らすことであらう。》って馬鹿にしてみて

《カントが田舎牧師風の純真さを以つて触覚の特質について説くことを知つてゐたのを彼の名誉と見倣さう! 》
の辺りにはニーチェがポーランド貴族の出自を自負し田舎風を軽んじる癖も見えたりして・・・ 

ふふ、ヨーロッパ美学思想界ではよく起きる風潮ですね。

  *トイッチュ

《ショーペンハウァーを見るに、彼はカントなどとは全く比較にならないほど芸術に接近してゐたが、その癖なほカントの魔力を脱してはゐなかつた。》ナンテ嘆いたりもする。

カントはご両親ともルター派プロテスタントでしたがニーチェは口調激しく
《諸君は例へばルターを、ドイツが嘗つて有したこの "最も雄辯な" 且つ最も不遜な農夫を想起するがよい。》って。

              (カッコ内全文 木場深定様訳)

論争するお人同士の哲学書を読み比べるとまるで書簡のやり取りの様で楽しいワ・・・♪

**


今日はソロ中心に。明日の合わせは盛りだくさんで
前半トリオ・ババール、後半デュオ・ババールを頑張らなきゃ。

  昨日から発熱と頭痛がだいぶ・・・
  解熱剤飲んでお稽古お稽古〜。

**


----- ----- (オマケ:ババール連絡記録) ----- -----


蝶番君、カワウソちゃん、
4日の合わせ内容です。

プログラムをできるところから確定したいと思います。
第2公演のフォーレが一番決まり易いと思うから、2人とも順に時間を計りながら音出しして、曲順を相談して、挿入の必要があればそれも含めて決めてゆきませんか?

先回できなかった第1公演のFg.&Vc.のボワモルも選びましょうネ!
カワウソちゃんはブラウス入れる袋持ってきて〜♪ いっぱいあるから^^

蝶番君は8月の候補の譜面も持ってきて下さいますか? ケクランのTrois Piecesはどうでしょうか^^?

  Sacra-Marie



神戸の百人色紙展2012

February 26, 2012

神戸の百人色紙展の季節になりました。


お写真を出される先生方、ご自身の言葉を書き付けられる先生方様々にいらっしゃる色紙展。私は何かお出しできるものがあるの・・・? って毎年悩みます。

絵が大層未熟で恥ずかしいけれど、
フォーレ "月の光" を大好きになったから、やはり此の曲カナ?

夕暮れの金色の窓とヴェルレーヌ詩を描いてみました。
爪楊枝に絵の具をつけて文字にしています。

せっせと筆を持った割に、毎年ながら下手っぴ過ぎて悲しいったら。つくづく絵画の才能がないんだわね・・・
現物をご覧になって、せめて写真に写らない銀青の色合いがご趣味に合うお方がいらっしゃいましたら幸いです。

  4月12日(木)〜17日(火)
  10:00〜20:00 (最終日は18:00まで)
  神戸三宮さんちかホールにて展示が行なわれます。

  入札方式での有料配布となり
  売上の一部は被災地への義援金に活用されます。

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まだ見ぬご入札者様へ届く作品解説をお書きしたところ。
一式を神戸市文化交流課へ発送したら、今日は長めにおさらい時間が取れそう。
ソロと、明日のトリオババール合わせの曲たちと。


*"月の光" 落合訳
関連記事 *月の光とリュート
     *月の光のメヌエット
     *月の光と諦念
     *月の光に溶けて消える
     *月の光と母性
     *フォーレ "月の光"



ピアノを諦めてる人へ(2)5.30パリの風ちらし

February 03, 2012

5月3日 "パリの風" リサイタルちらしをupしました。


神戸布引きハーブ園 森のホールにて午後2時開演です。
どうぞいらしてくださいネ・・・♪


昨日の続きね。
音楽学校は無理と言われた後の気持ちのおしゃべりネ。

私たちが若かったころ昭和の音楽界は今より格段に師弟の隔てが大きかった。先生が仰ることは絶対だった。他人の人生に関与する権利の範囲・・・ナンテ常識がしばしば覆されるものだった。

厳しい教えならば納得の上。けれども
自分の人権を守る風も許されない空気が
特にピアノ界にはあったかも。

たくさんの音楽家の卵が泣いてピアノから去った時代。

  音楽学校は駄目と酷く叱られれば
  諦めてしまう・・・?
  自問するまでもなかった。

**


まだ海のものとも山のものともつかない自分への
望まぬ決め事はディドロが語る "フィレ" なのでした。

下部リンク《幹》に対して《枝》の部分ネ。

  *人の特質

私の場合は枝よりも幹が強過ぎる1項目の特性だったのかな・・・

  手が小さ過ぎてピアノを弾くのは無理って言われた時
  此んな手じゃ音楽はできないって叱られた時決めたの。

    《じゃあラローチャのお弟子に習ってやる! 》
  
一見意味が通りませんね。
お馬鹿過ぎるでしょう・・・

    ラローチャはね、うんと手が小さかったのよ。
    オクターブがやっと届くほどだった。
    その手で光輝くピアノキャリアを重ねたの。

  だからって音楽学校も行けないような者が望むには
  あんまりにスッ飛んだ発想なのでしょうね。 

けれども此れがディドロ哲学の《幹》じゃあないかしら。

    《枝》が全く目に入ってなかった。
    《幹》だけで動いた。

  音楽をしたいって気持ちが幹だったけれど
    常識に適わぬ馬鹿げた発想はディドロの例では
      芸術家項目より狂人枠のほうだった・・・?

**


世の中に幸い此んなお馬鹿さんは少なくて、
多くの方は《枝》の事情にとても悩まれ
苦悩の末にピアノを諦めてしまったりもする。

  幹が特別に強くなくても
    弾いてみたいナって幹が少しあれば
      なんにも諦めることはないのよ。

ババールのお教室は・・・

  *ババールのお教室

プロになる方ばかりじゃなく、指が動き難いなども含めて身体的に音楽に恵まれたと言えないかたがピアノを続けられるよう応援しています。

なんと言っても私が恵まれない身体条件の経験者。
小さいとピアノは無理なんて嘘っこだもの。

**


後年になって、望み通りついたラローチャのお弟子である
ジュヌヴィエーヴ・イバネス女史が私の手を見て仰ったの。

"なぁんだ。ラローチャ先生の手はもっと小さかったわよ。"

  当たり前のように、何でもない口調で。
  小さいからどうだっていうの? って表情で。

とっても素敵な言葉に聞こえた。
悩んでる方に、私も同じ風に言ってあげたい。

誰も手が小さいなんて事情でピアノを辞めたりしないでほしい。

**


恵まれたピアニストさんから見れば至極不便かもしれない。
黒鍵ならば面取り部分を除く僅か数ミリの上面。
ギリギリの角度で指を引っかけて弾こうとすれば
他所様と同じ練習量ってわけにはゆかない。

ハンデがあるなら埋まるまで弾けばいい。
ハンデを埋めるためのお稽古が、いつしか自分の音を創り
繰り返し曲に触れる事に繋がり、自分の音楽を創る。

折角与えられた自分の手。 
どうして悲しいコンプレックスを持たなければならないかしら。

大きな手を授からなかったのじゃない。
小さな手に恵まれたって言えるようになりたかった。

止まぬ努力を重ねればいつかきっと言えるんじゃあないカナ。

**


写真のちらしにあるプログラム。
"アンダルシア幻想曲" はラローチャのオハコだった曲なの。

おしゃべりの続き最終回は今度ね!

**


今日はババールの打ち合わせへお出掛けしてきますね。
リサイタルを挟むから、主催様のご希望日が合うかな・・・
お話合いの午後。



ピアノを諦めてる人へ(1)4.20ライブちらし

February 02, 2012

ピアノを諦めようとしてる方々へ
お手紙を書きたいナ・・・


音楽学校へゆきたかったけれど先生に無理と言われた。
始めるのが遅かったから本格的には身につけられない。

色んな事情のため悲しい気持ちで諦める人は多くって・・・

第三者の立場で見て、一緒に悲しくなるの。
私にはピアノを続けられない致命的な事情があったのよ。

**


私ね、音楽学校へ行けないって先生に言われ続けたの。
え? ってお思いのお方が多いでしょう。
でもホントなんですよ。

先生に抗って、音楽をしたいって言った。
其して毎回酷く叱られてたのよ。

  趣味で弾くなら幾らもできるけれど
    学校へ行くのは無理って。
    音楽活動は到底駄目って。

  どうしてだと思う?
  物理的な事情なの。

私ね物凄く手が小さいの。
身長は低く、身体の厚みもとても薄く
全体に体格に恵まれないけれど
手は信じられないくらい小さいの。

一緒にピアノをお習いしたお友達の中で
私だけいつまで経ってもオクターブがやっと。

音楽を続ける身体的な《必要最低条件》を満たさない。
音楽は無理と仰った先生のご判断は相応だったかもしれないわ。

  ならば諦める・・・?

**


私ね、自分と同じ事情でピアノを諦めようとする方を見ると
励まさずに居られないの。

とってもピアノが弾きたいのに望まぬ身体的理由で諦めるって
どんなに悔しいか本当によくわかるの。

**


小柄だけど手だけは大きいんですねってお言葉を
  コンサート後にお客様から頂くことが時々ある。
    いいえ、と手を見せると10割がびっくりしなさる。

手が小さい事を気に病んだ音楽学生ちゃんが楽屋へ来られ
  握手して下さいと仰って、手の悩みを告白されたとき
    貴女の手は私より大きいから大丈夫よと見せた時も。

伸ばしたい身長が伸びないように
大きくしたい身体の部位も育ちはしない。

だから諦めようとしてるあなたも、ひょっとしたら
私くらいしか弾けるようにはならないかもしれない。
でもね、私程度で構わないとお思いなら大丈夫なのよ。
あなたはピアノが弾けるのよ。

  続きはまた明日ネ!


4月20日金曜の夜、三宮ピアジュリアンにてソロライブです。

  ショパン
    ドビュッシー
      ピアソラ
        メンデルスゾーン
          ファリャのプログラム。

お店への通常チャージ¥1050のみです。
プログラムの事も明日のお話に続きます・・・♪



PJカウントダウンライブ2011

January 01, 2012

(撮影者:ウズラちゃん)


明けましておめでとうございます。
私たちはいつもの年越しでした。

18時、盛り上がりの期待で既に暖まっているPJへ・・・

ノベルティ君と緩く合わせて 開始前から仲良しとおしゃべりが始まりです♪

毎年此の日が唯一のお目文字の方、昨夜会ったばかりの方、はじめましての方、皆様良い雰囲気です。何故って此れから楽しみましょうネ! ってみんなが思ってる場所だもの。

年に1度、夜明けと同時に乾杯する日。
年に1度、連日が午前様帰宅の日。
年に1度、カジュアル・ミニで演奏する日。

皆様楽しい時間を本当にありがとうございました。
音楽で暮れて音楽で明けた2011--2012。


皆様にとって幸せな1年でありますように。
そして音楽に満ちた年でありますように。



感傷とドレス

December 22, 2011

(撮影者:蝶番君)


昨日はシティホール・クリスマスコンサートへお越し頂きましてどうもありがとうございました。ババールの今年最後のコンサートを喜びの中で終えることができました。

楽屋は別棟の会議室。会場と控え室が離れてて、敷地内でも外気の中を移動するでしょうからと、唯一のお袖付きドレスにして正解だったワ。

冬のコンサートは女性奏者にとっても厳しいのですものネ。
ジャケットを羽織ってらっしゃる方々に合った室温の真冬の会場で、肩も背中も出した真夏の海辺の格好で居なくちゃならないのですもの・・・

だからうんと寒かった昨日は厚手布でお袖が長いドレス。
でも此れも苦労しちゃいました。


左右非対称のおリボンが長くてお引きずりで・・・


前も後ろも白い線のように写ってるのは全部パールの連なり。
もぉ重いったら・・・

重た〜い刺繍生地の裾をからげて、おリボン腕に巻き持って、譜面持って、変テコな格好で別棟から移動〜


ババールの今年1年が過ぎ、ちょっと感傷的になっちゃった。


ありがとうございましたって幾度も幾度も蝶番君に申した。一昨日の合わせから繰り返し感謝の言葉を探しては伝えたくなっていた。

終演しておセンチになってしまった私に、トリオ・ババールの新入りカワウソちゃんから初夏の会場選びのメールが届いた。
楽しかった2011年を想ってメランコリックになってる場合じゃないわねって少し元気になった。

主催の方々交えたお食事を済ませ、蝶番君とトリオの新しい譜面を探索に神戸楽譜へ。3人で演れそうな曲を発見してもっと元気になった。

**


コンサートが1つ終わる毎、とっても寂しいの。
夏の終わりに感じるような心細い気持ちになる。

2度と戻らないと実感した時、
過ぎた夏が一層輝いて見える風に。

其の寂しさを埋めてくれるのは
次のコンサートとお仲間の笑顔なのね。



ピアニストの七つ道具(1)

December 20, 2011

(撮影者:leonarhodo様)


デュオは相方さんの音楽を聴きながら曲を運んでゆく。


ある時は支え、ある時は相手楽器の上に乗り、入れ替わり、
共に進み、掛け合い、歌を交差する。


デュオの時には演奏以外の部分もデュオでありたいと思う。
相方さんや相手楽器のコンディションは大切だから
其れだってできる限り支えたいと思う。


デュオの日の

私の七つ道具デス。


リード・トラブルに備えてのヤスリ2種、カッターナイフ、サンドペーパー。ジョイントに問題が出た時のために小さなマイナスドライバー。

相方さんも本番の日によく工具をお持ちだけれど、万一の保険にドレスバッグの底に入れてるの。録音機用乾電池は最近役立ったのヨ。他のは使う機会が来なければ良いナ。

  なんて一生懸命になってたらば、
  また自分のヘアブラシを忘れましたの。
  此のヘアスタイルは手櫛でしたヨ。駄目ねぇ。

**


明日12時10分、神戸市役所クリスマスコンサートへ どうぞお出まし下さいませネ。

今日の合わせも楽しみデス・・・♪



癌検診 天使の贈り物

December 15, 2011

子宮頚癌の疑いで数年前に手術をしてから、術後定期検診を続けてた。


悪いところは取った筈だのに、検診結果はずっと第二項目のままだった。検診の度に、月を置いた再検査を求められた。再検査の結果も三たび再検査が必要と・・・

  今月初めて "異常なし" って記載された。
  嬉しくて・・・

  一足早く天使がクリスマスプレゼントを
  届けてくれたようだった。

随分前のコンサート音源をupした。
ピアソラ "天使のミロンガ" と "天使の死" の2曲。

音声ページはこちらですヨ!

       (プレーヤーを埋め込んでいますが、
        お使いのプラグインによっては
        ページを開くと音が出ます)

クリスマスに贈る新作マフラーも完成した。
シルバーグレーの被毛糸で編んでみた。

明日は風見鶏の館、クリスマスコンサート・・・♪



上がり症です、の動画

November 03, 2011



                          (撮影者: leonarhodo様)

アンコール演奏、フォーレ・シシリエンヌの最後部分です。

上がり症でなぁんにも記憶がありません。
お客様がお声を上げて下さってるって映像で知った。当日は頭が真っ白で何も聞こえてなかったのヨ。

病的に上がるから脚も前に出ない。だからね、いつもピアノ椅子のところでお辞儀しちゃうの。

この日は楽屋で話合ってたんです。一歩でも前に出ないと柱の陰になってお客様に見えないって。頑張って最後だけ何とか一歩進んでお辞儀をし直しました。

帰り際は蝶番君に目で合図してる・・・
"は、は、早く楽屋へ帰りましょ。" って目で訴えてそそくさと戻ろうとする背中。ダメダメだわ(溜息)

上がり症は演奏に関してだけじゃあないからだわ。お人が沢山の場所が苦手なのよ。なるべく隠れてたい癖が出てしまった。

将来克服できると良いナ・・・



ヴァイオリン・チェロ・ベートーヴェン大好き

October 06, 2011

大学でお勉強した面白いファイル。


モーツアルト演奏に当たって引っくり返した資料の一部ですヨ。
1777年ヴェルサイユ大劇場での楽器編成と配置図です。

トリノ、ドレスデン、ザルツブルグ、ウィーン、マンハイム、ミュンヘン、パリ、プラハ、ベルリン、シュトゥットゥガルト。

モーツアルトに関わった主要オケの配備変遷は楽曲への考え方を表して、今目を通してもとっても面白い。

思い出の品も出てきましたヨ。ハフナー、リンツ、ジュピター他山盛りの拙い分析レポート。

**


フランス音楽をずっと弾いてきて、特別に管楽器が好きって周知となって・・・
するとね、よくご質問を受けます。

ドイツ系は嫌いなの? 弦楽器とは演奏しないの? って。

ううん、ドイツ・オーストリアものも弦も大好きヨ!

私バッハとベートーヴェンを
子守唄に育ったもの。


父が好きでレコードがたくさんあって、毎夜流れてた。

大学時代はドイツ・オーストリア系の音楽論にはまって沢山受講しては、1日中音楽論を話してた。指揮伴奏はベートーヴェンがメインで、室内楽も弦とのアンサンブルが多かった。

大学の特徴でもある弦奏者には事欠かなかったし、お仲間にも弦がいっぱい♪ 学生奏者のヴァイオリンの男の子君が大好きでお付合いしてたワ。

パッと目を引く演奏で、線の太い音だったナ。お金持ちじゃなかったから楽器は格別良くはなかったけれど本人が携えている華やかさは大きなコンクールでも映えるようだった。

ヴァイオリンはね、楽器で申すと断然グァルネリが好みです。
豪気で凛々しく、野武士的な奏者様が素敵だわ・・・♪
ファゴットの音の趣味とヴァイオリンの趣味は違うんダ。


ヴァイオリンには男性的で骨太の、スケール大きな音楽を求めるのって今も変わらない。ヴァイオリンの男の子君とは大学生活でずっと仲良くお付合いしてベートーヴェンを多く教わった。

彼の刷込みのせいカナ・・・ヴァイオリンと言えばベートーヴェンが聴きたいって思うようになったみたい。

当時私は酷くヤンチャで演奏が気に入らないと練習中に突き飛ばしたりしてたけど、ヴァイオリンの男の子君のことは尊敬していたの。

**

でもね、たった其れだけ。


  せいぜい大学で毎日ちょろちょろ弾いただけ。

チェロはパリの学生時代に仲良しのチェリストとベートーヴェン・デュオなどしてて・・・目的はお稽古のあと一緒にお菓子を食べにゆくほうだったかしらネ!

  其んな稚拙な弦スキル&ベートーヴェンスキルで
  とてもコンサートに乗せられないワって
  自戒と劣等感で弾いていないだけヨ。

自分の此の分野、素人よねって思うもの。


うふふ、私のベートーヴェンをお聞きになりたい方なんて
この世にお一人もいらっしゃらないでしょうし・・・

だけど聴くのは大好きですよ!

プロのコンサートはね、別個のお話だから・・・
いつかね、おばあちゃまになったらば余興でナンチャッテ・ベートーヴェンを弾くことがあるかも。素人隠し芸大会でネ。



モーツアルトクラブ・コンサート

September 29, 2011

カミュ "幸福な死" を読み終えた。


生と死の思想を描いた書物が 気がつけば増えていた。
知らず知らず書棚に重なる書物と、無意識に選ぶ曲は傾向が似るものなの?

本日のプログラム、ふと気づくと全曲が死生観を語るものになってた。

モーツアルト "アヴェヴェルム・コルプス" は聖体祭ミサで用いられる聖体賛美。
    *アヴェヴェルムコルプス

そして300番代のソナタは母の死の予感に苦しんだ時期から死の前後に書いた一連の作の1つ。

フォーレOp.8の3部作は

    *"水のほとりに" 落合訳
    関連記事*サンピエトロ、体と遺骨
  
    *「罪の償い」落合訳
    関連記事*身代金
        *罪と長調

    *"この世にて" 落合訳

ともに生の営みに触れた曲です。

痛々しいエレジーもまた・・・

    *フォーレ "エレジー"
    関連記事*エレジーと背景

実はリディアにも死って言葉が使われるの。
"君を愛して死ぬのだ" って部分・・・うふふ、でも此れは意味が違いますネ! 私は "果てる" とダイレクトに訳しました。

    *"リディア" 落合訳

今夜は此んなプログラム・・・♪
12時に相方さんがやってきて まずはおうちでお稽古です。

頑張ってまいりますネ。




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